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一体何なんだ、この状況は。
先ほどの冷たく寂しい空間とは違い、俺の周りでは炎が燃え上がっている。俺が目覚めた時も、スイレンの氷の牢獄は炎で覆われていた。
「うぅ…」
道の脇から女性の呻き声が聞こえた。思わず大丈夫ですか、と声をかけそうになったが、相手がスイレンだと分かった瞬間、俺はぐっとこらえた。彼女は相当怒っているようだった――発言の中にも、その様子が見て取れる。
「あなたたち、どうやってあそこを出たのか知らないけど――私はこの炎を、瞬きする間に凍らせることができる。すぐにあの部屋に戻りなよ」
「悪いな、スイレンさん。俺達は行かなきゃいけないところがあるんだ――ゼラオラ!!」
先ほど俺の隣で俺と同じように凍り付いていたゼラオラは、その余韻を全く残さず、いつものようにバチバチと手から小さな稲妻を出して威嚇した。
同時に俺は、思考を巡らせていた。気のせいかもしれないが、これまでスイレンが話すたび、彼女の首についているペンダントは妖しい光りを帯びていた――俺の予想が正しければ、きっとあれがトリガーだ。
「首元のペンダントを狙うんだ!」
ゼラオラはちょっと頷くと、まずスイレンに電磁波を浴びせて動かなくなったところを、プラズマフィストで確実に屠った。ペンダントはスイレンの首元から離れたかと思うと、次の瞬間にはあっけなく砕け散った。
「う…ッ!?
ああああぁぁぁぁぁぁァァァァァァ――」
断末魔の悲鳴のようなスイレンの叫び声と共に、彼女の体は紫色の――ペンダントと同じ色だ――雷に包まれた。しばらくしてそれが消えると、スイレンは気絶したのだろう、目から少しだけ涙を流しながら眠っている。
「これは――?何をしたのですか、カイ君?」
後ろで一部始終を見ていたリーリエが不思議そうに俺の顔を見つめてきた。
「ちょっと不思議に思っただけさ。リーリエさん、スイレンは普段からあんなペンダントをつけていない、そうだろ?」
「え、えぇ…」
「だったら話は簡単だ。あのペンダントは、恐らくザオボーが誰かを操るための装置だったんだ。まぁ、ゼラオラの一撃ですぐに砕けちまったけどな」
少し信頼性に欠ける発言だが、先のスイレンの身に起きた事象が、俺の予想は正しいということを証明していた。リーリエはすぐに理解してくれたようだ。
「つまり、首元にかかっているペンダントを壊せば、相手を傷つけずに洗脳を解くことができる、ということですね」
「まぁ、そういうことだ。とにかく、俺達はトレニアを探そう――どうしてこんな炎を生み出せたのかは分からないが、こんな事態になった要因としては、彼女が一番その可能性がある」
ほどなくして、俺達はすぐにトレニアを見つけた。彼女の周りには誰もおらず、彼女はひたすら前進を続けていた。
「トレニア、俺だ!非常階段から一階に向かうぞ!」
しかし、トレニアは止まることはなかった。こちらを振り向こうとせず、同じペースでひたすら歩いている。
「お、おいトレニア――」
そこではじめて、彼女は俺の方を見た。彼女と目が合ったその刹那、俺の中に今まで感じたことのない感情が生まれた――幼馴染である彼女に対して、よもや恐れを抱くなんて。さらに俺は同時に、彼女の服装が変わっていることに気が付いた。長い振袖に身を通し、手には彼女の体の半分はあろうかという木の杖を握っている。
まるで、彼女に別の人格が乗り移ったようだ。しかし彼女の胸元にペンダントは見当たらない。洗脳されずに、別の人格が宿っているとは――
「――まさか」
俺の頭の中に浮かび上がってきた考えを嚙み砕きながら、俺は冷や汗を流していた。
「テールナー!俺の声が聞こえるなら、ついてきてくれ!」
ここで、トレニアは明らかな反応を見せた。驚いたかのように一瞬こちらを見つめると、表情を崩さぬまま俺に向かって頷いた。
またも俺の予感が当たった――そう、彼女は俺と"逆"だったのだ。ここからは俺の仮説だが、彼女は凍り付いていく中でRe:Unionの力に目覚め、テールナーとその身を一つにした。しかし、俺とは対照的に、トレニアの体にテールナーの人格が宿ったのだ。俺が名前を呼んでも反応しなかったのはただ無視していたからではない、自分が呼ばれていると思っていなかったためだ。そこまでをリーリエに道すがら話すと、リーリエは少し眉を寄せた。
「うーん、それだと戦闘中のコミュニケーションが難くなりますね。何かいい方法でもあればよいのですが…」
話しているうちに、俺達は目当ての場所である、下へとつながる非常階段を見つけた。火災により電気が消えているのか、出口までは暗くて見えない。
「うっ…」
それと同時に、俺の後ろでトレニアの声が聞こえた。彼女の隣ではテールナーが眠っているようだ。
「テールナー…いや、トレニアか!!」
「カイ、これは一体…?」
「詳しいことは降りる時に話そう、でも今はここからの脱出が先決だ!」
「う、うん!」
俺達は急いで階段を駆け降りて、安全だろう一階へと向かった。
<side トレニア>
「――!!それは、本当なの…?」
「あぁ、俺もリーリエさんも見てるんだからな」
非常階段を駆け降りている最中、私がカイとリーリエさんから聞いた話は信じがたいものだった。曰く、私はテールナーと一体化――つまり、カイと同じ力に目覚め、それにより増幅された力であの部屋の氷を溶かすほどの炎を生み出し三人とも助かったが、その余波が外にも伝わり火事を起こしたのだ、と。
「でも私、そんな記憶は何も…」
「えぇ、そうでしょう。なぜならテールナーと一体化している時、あなたの体に宿っていたのはテールナーの心だったのですから」
リーリエさんのこの返答も信じがたいものだったが、私は無理に飲み込み、二人の話を信じることにした。
「っと、そろそろ出口みたいですね」
リーリエさんの言葉に私は顔を上げた。確かに、薄暗い階段の先で光が漏れ出ている。向こう側はかなり騒がしくなっているようだ。恐らくエレベーターがまだ機能していたのだろう、非常階段の出口付近で人が固まっていなかったのは幸いだった。
「きっと向こうでは混乱してるはずだ。トレニア、リーリエさん――絶好のチャンスだ、これに乗じて一気にエーテルパラダイスの奥に急ごう」
カイの提案を否定する人は誰もいなかった。私たちはそのまま階段を一気に駆け降りると、
外ではカイの予想通り、人でごった返していた。
「…ここ、こんなに人がたくさんいたんだ」
「あぁ、そうだな――そしてここにいる俺達を除いた全員が、ザオボーの手下に
しばしの沈黙。
「こいつらは悪くないからな――全員、俺達の手で開放してやろうぜ」
「うん、もちろんだよ。その為にも、今は急がないと」
私の視線の先には、エーテルパラダイスの奥へとつながる扉が開いていた。上の騒ぎのせいか、幸い警備はいない。
「準備はいいですね、二人とも。走りますよ」
そして私は、カイとリーリエさんと一緒に、振り返ることなく走った――突然、声をかけられるまでは。
「お待ちください、皆さん」
「え…誰?」
私の知らない女性が、優しそうな笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
<side カイ>
「お待ちください、皆さん」
突然後ろから声をかけられ、俺は思わず足を止めて振り返った。そこにいたのは、少し予想外な人物だった。
「ビッケ、何でここに…?」
リーリエの呟きと全く同じことを、俺も感じていた。
ビッケ――彼女はエーテルパラダイスの副支部長である。つまり肩書ではザオボーの部下なのだが、彼女は彼の目論見に反発し、リーリエや彼の兄であるグラジオと一緒にそれを阻止したという――そんな彼女は一体どうしてここにいるのだろうか?前と同じように俺達を助けに来てくれるのか、あるいは――。
などと考えていると、ビッケが突然口を開いた。
「あらあら、皆さんお疲れでしょう?」
「――どうしてそれを?」
「あなた達の顔を見ればわかりますとも。さぁ、こちらにベッドを用意しておりますので、しばし休息をしてはどうでしょう?」
ビッケはその笑みを崩すことなく、俺達を見つめてきた。確かに俺達はかなり疲れている。が、急にこんな話を持ち出され、怪しくないと言える奴は正気の沙汰ではないだろう。が、そんな大馬鹿者がここに一人いた。
「助かります、ビッケさん!カイ君、トレニアさん、行きますよ」
「え…?ちょっとリーリエさん!?」
慌てて俺は、ビッケには聞こえないほど小さい声で反論した。
「どういうことだよリーリエさん、どう見ても怪しいだろ?」
「えぇ、しかし彼女の首元にはあのペンダントはありません。それに彼女はいい意味で前科がある――私は、彼女を信じたいのです。それに彼女はポケモンを持っていませんから、万が一のことがあってもすぐに無力化してペンダントを破壊できるはずです」
「わ、分かったよ…」
小声ながらも気迫のある声に押され、折れたのは俺の方だった。
「それでは皆さん、こちらです!見失わないようにしてくださいね」
こうして俺達は、向かっていた方向とは別の方向へと向かっていった。
「――ビッケさん、まだなのか?」
歩き始めて十数分後、俺は痺れを切らして尋ねた。あれ以来、彼女は一言も発することなく歩き続けていた。
「いえ、もうすぐですよ!もうしばらく――あっ、あの部屋です!」
ビッケが指差す先には、小さな部屋が二つ用意されていた。それぞれの部屋に、ベッドが二つずつ用意されている。その他にも小さめの机やテレビまでついており、ホテルのワンルームのような部屋だった。
「カイさんとトレニアさんは前の部屋を、リーリエさんを後ろの部屋を使ってください。それでは、ごゆっくり」
その瞬間、俺の頭からは湯気の一つでも出ていただろう。その場を去ろうとするビッケに、俺は思わず声をかけた。
「おい待て待て待て待て!俺とトレニアが一緒の部屋で寝るだと?仮にも健全な男子であるこの俺が女子と同じ部屋でマトモに寝られると思うなよ!それに――」
「しかし、カイさんとトレニアさんはついこの前、同じことをされたと聞いていますが?」
今度はトレニアが顔を赤くする番だった。そして何故か俺の方に向かって一瞬なく寸前のような顔を作ると、次の瞬間には俺の頬に向かって彼女の手が唸っていた。
「がはっ!!」
急激な感情の変化のせいか、それとも彼女の平手打ちの衝撃のせいか分からなかったが、俺は鼻血をまき散らして床に倒れた。慌てた様子のビッケに対して「大丈夫です!」と大声で抗議するトレニアと、その様子を見てやれやれと首を振るリーリエが見えた。直後、俺は服の襟を彼女に捕まれ、そのままずるずると部屋の中に引きずられていった。
「まったくカイってば、余計なことを思い出させてくれたわね」
「あれはビッケさんの方から言ってきた話だろ!?」
部屋の中で、トレニアは散々俺に向かって文句をたれていた。
「第一、カイがあんな話題を振らなかったら――」
「でもお前だっていやだろ?同じくらいの年の男子と同じベッドで寝るなんて」
「それは…別に、カイとなら、嫌じゃない…けど…」
何故か語尾をどんどん小さくしながら目線を下げていくトレニアを不思議に思いつつ、俺は相変わらず怪しいと踏んでいるビッケのこれまでの言動について振り返ってみることにした。こう見えて、俺は直前の会話などはすべて記憶することができる。その中から、怪しいと思う点をいくつか割り出していく。
「…?あれ――」
そうしていると、おかしいという点はすぐに見つかった。
「そういえば、何で俺とトレニアが一緒のベッドで寝たことがあるって知っているんだ?――そもそも、俺とトレニアの名前を、何で最初から知っているんだろう…会ったことがないのに」
「その通りですよ、カイ君」
不意にどこからかビッケの声が聞こえ、俺もトレニアも顔を上げた。声の出どころはテレビだった、そこに移っていたのは、ビッケと――
彼女に縛られている、リーリエだった。
「リーリエさん!?」
「リーリエさんはこちらで預かっておきます。大丈夫、殺すことはしませんのでご安心を」
予想していたことだが、いざ目の前で起こっているこの状況に、俺は思わずつぶやいていた。
「なんで、あんたまで…あんたの首元に、あのペンダントはなかったっていうのに」
「ペンダントがない、ですって?うふふ――」
不気味な笑い声を漏らしながら、彼女は首元に手をかけ――服の下についていたペンダントを、俺達に見せた。
「――!!」
「いいですね、その顔。この際だから話してあげましょうか、カイ君。私はポケモンは持っていない…ですが、情報収集と話術はエーテルパラダイスの中では一番の達者でしてね。あなた達のことは、直前に調べ上げておきましたよ」
そう、彼女の狙いはこれだったのだ。言葉巧みに俺達を騙した後、戦力を分裂させて各個撃破する――かくして彼女の目論見は、ものの見事に成功したのだった。
「それでは頑張って取り返してきてくださいね、カイ君、トレニアさん」
その言葉を最後にテレビの画面が消えた。同時に俺達の部屋の床が真っ二つに割れ、俺達を暗闇へと飲み込んでいった。
最後まで読んで下さりありがとうございます!
そういえば今回の話のタイトルですが、脳死で考えてたので変わるかもしれないです…この前別小説でも同じことやってましたすいません。
それでは次回予告!
「知らないね。あたしに家族なんて、誰もいないさ」
ビッケの策略により、リーリエとはぐれてしまったカイとトレニア。彼女を探す最中、二人が迷い込んだのは――。
次回[愛を忘れた陽だまり]
お楽しみに!