鬼っ子ハンターついなちゃん~怒りの方相氏~   作:一条和馬

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鬼っ子ハンターついなちゃん~怒りの方相氏~

   ●

 

「GYAOOOOOOOOO!」

「ちっ!」

 草木も眠る丑三つ時。

 木々が生い茂る山の中で二つの影が激突した。影の内の一つは小柄な少女だった。彼女の名は如月ついな。現代に生きる鬼退治のプロフェッショナル役追儺(えんの・ついな)名で活動する『鬼っ子ハンター』である。(※ただし見習い)

 対する影は、ついなよりも二回り以上大きい、赤い肌の『鬼』だった。

 岩の様な硬質な肌に、額の一本角。

 しかしこの『鬼』は、とりわけ『顔』が巨大だった。小柄とは言え、中学生であるついなを丸呑みできそうな大きな口がある顔は目の前に立つのも悍ましい程に威圧感がある。頭身がどうのこうの以前に、顔の方が体の倍はあるのである。

「さながら、暴食鬼……ってところかな!?」

 先程からついなが赤鬼……暴食鬼に近付けないのには理由があった。

「GUOOOOOOOOOO!」

 暴食鬼が巨大な口を開けて、息を吸う。

 ただそれだけで辺りの木々が震え、草花たちが根を張った土ごと吸収されていく。

 三又の槍と木の盾による近接戦闘が主なついなにとっては接近するのも危険な相手だった。

 いくら槍捌きに多少の心得があるとはいえ、足場から崩されるというのは打ち合う以前の問題である。

 更に、見た目に反して、早い。

 相手の実力以前に『人気のない夜中の山の中』で『自分の身長より大きい、ほぼ顔だけの鬼』が『地面を吸い込みながら高速で追いかけてくる』とセットで来れば、ついなが苦戦する……というか『近付きたくない』と思うのは致し方ない事だろう。

「自分もうちょっと小顔になる努力した方がええ……よっ!!」

 悪態をつきながら暴食鬼の『吸い込み』を避けるついな。

 円を描くように反時計回りに回避するが、暴食鬼はまるで首振り設定の扇風機の様に顔だけを回してついなを追いかける。

「GYAAAAAA……GYA!?」

「かかった!」

 ついなは、ただ逃げ回っていた訳ではない。

 土を根元から吸い込む程の吸引力は確かに、厄介だ。そんな攻撃を続けたまま回転などしてしまえば、自分の足元『以外』は根こそぎ吸い込めるだろう。

 しかし、減っていく足元の土が、鬼の体重を支えて地形を維持出来るだろうか?

「GYA!?」

 答えは否である。

 脆くなった足場は崩れ、暴食鬼は焦りから『吸引』を中断して状況を確認する。

「今や! ディクソン!!」

 そして、ついなにはその『一瞬』で充分だった。

「方相閃!」

 ついなの額に付いていたお面……ディクソンの黄金色に光る四つ目が輝く。

「雷!!」

「GYAOOOOOOOOO!?」

 ディクソンから放たれた雷光が、暴食鬼に直撃する。

 

 

 が。

 

 

「嘘やろ!? ちょちょちょ、ちょっと待ってタンマ!!」

 雷光、とは言ったが、ついなの霊力によって放たれた『実体のない雷』である。

 しかし暴食鬼はあろうことか、それを『食べて』しまったのだ。

「GYUOOOOOOOOO!!」

「ああぁあぁああぁあぁあぁディクソン! ディクソンストップ!! 吸われてる! 吸われてる!!」

 吸引力の変わらない鬼、再び。

 なんとか方相閃・雷を引っ込めるついなだったが、時すでに遅く、一瞬で半分以上の霊力を『食べられて』しまった。

「ぜぇ……はぁ……」

 生まれつき病弱な体質だったついなにとって、霊力とは比喩表現なしに『生命線』である。

「一昔前のアニメのギャグキャラみたいな見た目の癖して……やるやん……!」

 盾を投げ捨て、槍を支えに立ち上がるついな。

「こうなったら……ドゥルルの一本持ってかれる覚悟はした方が……ええかな……ッ!!」

 ドゥルルとはついなのトレードマークでもある、ロールがかかったツインテールの事である。

「ウチの必殺技で……勝負や!」

 震える足に活を入れ、削り取られた大地の上を力強く踏む。それに呼応する様に、槍の穂先が黄金色の光に包まれた。

「方相閃……ッ!」

 どんな敵をも一撃で屠るという破魔の刃を携え、暴食鬼との距離を一気に詰める。

 

 ぎゅるるるるるるるる……。

 

「ざぁぁぁぁぁあああ……あ?」

 ついなの必殺技、方相閃・斬が炸裂しようとした直前。辺りに緊迫した状況には不釣り合いな程に間抜けな音が響いていた。

 

(あれ……? 今もしかして、ウチのお腹鳴った……? これから格好良く決めるってこのタイミングで!? いやいやいや……ちゃんと昼ご飯食べたし。野草と木の実やけど。たらふく食べたし。味無かったけど。いやまぁ「お腹空いたなー」とは確かに思ってるけど流石にこの状況で鳴る程飢えてへんよ流石に……!)

 

 この間僅か0.1秒。

 『鬼』との死闘の最中になんと悠長な。と思うかもしれないが、多感な十代女子として『最低限の女の子らしさ』と言うのは時に命より重い。

 

 

「GUOOOOOOOOOO……」

 しかし、そんな乙女のプライド崩壊の危機は杞憂に終わった。

 目の前の赤鬼が青鬼に見間違える程に顔色を悪くし、お腹(?)を抱え始めたからだ。

「うっ……!」

 膝立ちになった暴食鬼の顔がついなの目と鼻の先まで接近すると、吐き気を催す程に醜悪な『臭い』がついなの身体を包んだ。微かにだが、暴食鬼のお腹の方からゴポゴポと嫌な音まで聞こえてくる。

「……よし、今日は引き分けって事にしといたるわ。お互いベストコンディションには程遠いみたいやし? 体調不良の『鬼』を倒したなんて、方相氏としてのウチの沽券にも関わるし? やっぱしんどい時は家で寝てるのが一番やとウチは思いま」

 

 

 詳細な表現は控えさせて頂くが、その日。役ついなの『最低限の女の子らしさ』は死んだ。

 

 

 

 

 

 

   ●

 

夫が遺した唯一の遺産である山に、一匹の『鬼』が現れた。

 

 その『鬼』はとても大食いで、最初は木の実や小動物を食べるだけだったが、最近は夜な夜な山の外を徘徊し、近くの酪農場で飼われている牛や馬を丸呑みしだしたらしい。

 

 まだ人間が食べられたという話は聞いていないが、このままではいずれ『人を喰う鬼』になるだろう。

 

 その前にどうか『鬼』を退治してほしい。

 

 それが『鬼っ子ハンターついなちゃん』に届いた依頼だった。

 

 

「うう……ウチの……ウチの大事な一張羅がぁ……!」

 翌日。

 暴食鬼が一夜にして『吸い込んだモノ』を頭から被り、そのまま山の麓の川まで流された役追儺こと『如月ついな』は、仮拠点としてテントを張っていた川の畔まで半べそかきながら帰宅、朝日が真上に昇りかけた今の今まで川の水を使い手洗いの洗濯をしていた。

 

 が、暴食鬼はついなと戦う以前に色々と『食事』していた様であり、『乙女の身だしなみ』だけで持ってきた石鹸があるとはいえ、もみ荒いでは限度があった。

「せめて……せめて洗濯板があれば……」

 そんな事を呟きつつ、しかし無いものねだりしても仕方ないと再び川で洗濯する作業に戻ろうとしたついなだったが。

「……なぁ、ディクソン君? 今日だけはウチ『まな板』って言われるの、許すわ……せやから……な?」

 何かに『気付いてしまった』ついなが、横で日光浴を楽しんでいた(投げ捨てられていたともいう)ディクソンを手に取る。

 ディクソンこと『方相面』はただの飾りではない。感情もあれば喋る事も出来る、方相氏にとっては大事な『仲間』である。

「いやーっ! まさかこんな所に洗濯板があるとは!!」

 しかし、今の如月ついなは文字通り聞く耳持たなかった。

 バチ辺りなのは彼女の重々承知。

 だが、神や仏を拝んでも服の汚れや臭いは落ちないのだ!

 

 

「なかなか……いや、予想以上に綺麗になったわ……」

 ディクソンの悲鳴を聞き続ける事小一時間。悪臭と染みは見事に消え去り、生地は元の美しい梔子色へと戻る。

 ここまで綺麗に洗ったのだ。そして、今の天気は絶好のお洗濯日和。雲量0の青空が山の向こうまで広がっている。

「物干し竿……は槍を使うとして」

 テントの方に視線を向ける。

「あ」

 一瞬だが、二体のぬいぐるみと目が合った。

「前鬼ちゃ~ん、後鬼ちゃ~ん……?」

 声こそ優しいものだったが、行動は素早かった。

 前鬼・後鬼はぬいぐるみに魂を映した、夫婦の鬼である。普段はついなの周りを浮遊しながら戦いの補佐をするが、今回は『遠征』という事もあってテントの荷物番をしてもらっていたのだ。

「逃がさんぞ。大人しく物干し竿の支えになれ」

 今の如月ついなは『鬼っ子ハンターついなちゃん』改め『洗濯の鬼ついな』とでも言おうか。

 二匹(?)の抵抗虚しく、洗濯物をかけた槍の両側に紐で括りつけられ、日が当たる位置で待機させられる。

「これで最低限の乙女の『威厳』は守れるやろう……」

 

 満面の笑みで仁王立ちするついな。

 

 しかしこの間、ずっと下着姿である。

 

 

「さて、次の問題は……暴食鬼の倒し方やな……」

 

 そっちの方が優先順位高い様な気がするが、そこまで考えに至っていないついなはいそいそとテントの中から厚手の布で出来た巻物を取り出し、地面に広げた。

 所謂『道具箱』だ。役ついなの主な武器は槍と盾。今の様に人里離れた山の中ならあまり気にしないが、都会のど真ん中で『怪異』と戦うとなると、それ相応の工夫が必要になる。

 そこで頼りになるのが『工具』や『農具』だ。

 昔から一揆などで農民が武器として使ったり、忍者が市井に紛れ込む際に自然に持ち歩く『隠し武器』として重宝されていたのは、現代社会でも同じだった。

「槍やと間合いはともかく、地面持ってかれるのが辛いからなぁ……ここは多少危険でも、取り回しやすい武器にするべきか……」

 そう言って取り出したのは、片手でも振れるサイズの手斧だ。

 忍者の武器として有名なのは小振りな『忍者刀』や、草刈り鎌に鎖付き分銅を繋げた『鎖鎌』だが、忍者刀は銃刀法違反になるし(槍もそうだが)、鎖鎌に関しては試作一号機を家の庭で振り回している最中に足に絡まって転倒した苦い思い出があるので、半ば消去法で手斧になったのだ。

 

 だが、なかなかどうして、いざ使ってみれば悪くないものだった。

 『安価で入手が容易』とは先程述べた通りだが、草刈り鎌だとどうしても『本来の用途』から霊力を込めても然程強靭にはならず、実体のない霊体はまだしも、鬼に対する武器としてはどうしても心許ない。

 その点、手斧は『本来の用途』からも強度や破壊力は草刈り鎌とは比べ物にならない。のみならず、刀と同様に『重さで斬る』事から武器としての扱いにも特殊な立ち回りを要求されない、というメリットも存在した。

 更に鎖鎌や忍者刀、ついなの愛用する長槍でも言えることだが、唯一『投擲』出来る武器でもある。無手になるというデメリットはあるが、それにさえ目を瞑れば『間合い』は更に広がる事になる。

 これだけでも『武器』として優秀だが『道具』としてみても有能だと知ったついなは、『遠征』の際は常に何本かストックを持ち歩くようにした。木の伐採だけでなく、肉や魚を捌く包丁代わりにもなり、(ついなの霊力あっての事だが)崖登りの際の『かぎ爪』にも早変わりするとくれば「もうあいつだけで良いんじゃないかな」とすら思えるレベルである。

 

 最も、普段から槍で戦うついなにとってこの『武器』はまだまだ手には馴染まないものだが、戦場で選択肢が増える事は、悪い事ではない。

 

「とりあえず、用意だけはしとくか……」

 『道具箱』から手斧を二本引き抜き、『Oni is OUT!』と書かれた盾の裏面の持ち手の端に差し込む。盾が多少重くなるが、元々霊力で身体強化をして飛び回るのであまり影響はない。

 

 

「さて、洗濯物渇くまでまだまだ時間掛かりそうやし……メシにするかな!」

「ごはん!」

「そう、ご飯や………でぇぇぇぇい!?」

 

 独り言に返事が来た事に驚き、その場で尻もちをついてしまうついな。

「˝いっっっっっ!!」

 小石と砂利が敷き詰められた地面に下着一枚しかない臀部を叩きつければどうなるかは、説明する必要もあるまい。

 

「いったぁ~~~~~~~!!」

「おねえちゃん。こんなトコロで何してるの? なんでハダカなの?」

 

 涙目でお尻をさすりながら立ち上がるついな。

 彼女の前で心配する声を掛けてきたのは、一人の少女だった。

 同年代より小柄なついなよりも更に小柄で、真っ白なワンピースに身を包んでいた。肩まで伸びる茶色い髪は『伸ばした』というより『散髪していない』と言えばいいだろうか。これで麦わら帽子でも被ってひまわり畑の前に立たせれば完璧な『田舎の幼なじみ』の完成である。

「ウチは悪い鬼を退治するお仕事をしてる『鬼っ子ハンターついなちゃん』や。……服着てないのはその、洗濯中で着るものがなかったからで……」

「鬼退治? 桃太郎みたいだね!」

「桃太郎やなくて方相氏の……いや、難しい事は分からへんわな。お嬢ちゃんはこんな所でなにしてんの? おとーさんおかーさんは?」

「れなはね! ……れなは、おかーさんとはぐれちゃったの……」

 そう言うと、『れな』と名乗った少女はぽつぽつとついなに話を聞かせてくれた。

 

 曰く、母親と共に『よにげ』をしていたれなだが、山の中で休憩していると気が付けば母親とはぐれた、という。『よにげ』とは『夜逃げ』の事で間違いないだろう。その証拠に、れなの身体には所々青い痣の様なものがあった。

 

「この山で?」

「うん」

 

 頷いて肯定するれなに対し、ついなはなんとか冷静さを保って見せていたが、体中からどっと嫌な汗が噴き出るのを感じた。

 

 昨晩、この山で、と来れば暴食鬼と鉢合わせした可能性が高い。

 加えて、彼女が頭から被った『消化されかけの動物の血肉』が、『なんの動物か』までは分からない。

 

「おかーさん……れなを捨てて、一人で『よにげ』しちゃったのかな……」

「……」

 

 母親に捨てられる。それはついなにとって縁のない話ではなかった。

父の先祖が初代役行者の『役小角』、母の祖先が伝説の陰陽師『鬼一法眼』であるついなは生まれながらに強大な霊力を宿して生まれ、その力を恐れた母に捨てられた過去を持つ。

 それから祖父である如月宝庵に育てられ、なんとか明るく元気な中学生『如月ついな』として、また方相氏の一人『役ついな』として立派に成長を遂げた訳だが、万人が自分の様に親に捨てられた後に生きていけるとは限らない事も悟っていた。

 

「……れなちゃんは、おかーさんの事、好き?」

「うん! 大好き! ……おとーさんはいつもれなを叩いたりしてたけど、おかーさんはいつも、れなを守ってくれたの。それに、おかーさんの作るご飯はたっくさんあって、すっごく美味しいの! 『たくさん食べて、大きくなってね』って! だかられな、いつも残さずぜんぶ食べるんだよ!」

「そっかー……」

 

 れなの言葉と、彼女の『笑顔』で母親に本気で『愛されている』事を悟ったついなは、しかし更に表情を険しくする。

 父親の虐待から娘を連れて逃げる。今まで生きて来た全ての環境を捨てる覚悟というのは、相当なものだ。

 そんな『覚悟』を持った母親が、果たして『鬼』を前に娘を置き去りにして逃げるだろうか?

 ついなは母親からの『愛』を知らない。

 しかし大事な物の為に命を懸ける行為なら、理解出来る。

 

「……ウチが保証するよ、れなちゃん。れなちゃんのおかーさんは、絶対れなちゃんを見捨てたりしてない」

「絶対?」

「絶対」

「じゃあ、一緒におかーさん、探してくれる?」

「もちろん、ええよ。……でも、その前に、ウチはこれから、わるーい鬼さんを退治せなあかんねん。おかーさん一緒に探すの、それからでもええかな?」

「うん! ……あのね、おねーちゃん。おねーちゃんも『おに』なの?」

「うん? 違うけど、なんで?」

「だって、おっきいツノが二本もあるから!」

「これは角ちゃうよ! そういう髪型やの!!」

 

 ほら! 毛!! と言いながら左右のドリルテールを持ち上げて見せると、れなの顔に再び笑顔が戻った。

 

「すごい! かわいい!!」

「んふふっ。せやろ? あっ、ええこと思い付いた!」

 普段友人に小馬鹿にされる事の多い髪型を褒められて気分の良かったついなは、『道具箱』の端に仕舞っていた二本の紐を取り出した。これはついなが普段使用している髪留めの予備である。

「これを……こうして……っと。ほら、出来た!」

「おねーちゃんとお揃いだ!」

 用意した手鏡でツインテールにした髪を見せてあげると、れなは飛び上がりながら歓喜した。

 この後、彼女のこの『笑顔』はいつ消えて、いつ戻るのだろうか?

 たまたま出会っただけの『部外者』たるついなにはそれは理解出来ない。

 

 しかし確実に言えるのは、昨日逃した『鬼』は逃がしてはいけなかった『敵』であるという事だ。

 

 

「さて、じゃあまずはご飯作ろうか!」

「れなもお手伝いするよ! なにを作るの?」

「雑草と木の実の鍋」

 

 れなの顔がちょっと引き攣った。

 

 

   ●

 

 暴食鬼は何故か、夜にしか現れない。

 先日も、夜遅くになるまで暴食鬼を見つけられなかったついなは、れなと共に夕方までテントで過ごし、それから山に入った。見張り番の前鬼・後鬼はついなに同道したが、代わりに外界から見えなくなる結界をテントに張り、その中でれなを待たせた。テントから出なければ鬼はおろか他の生き物にも見つからない、普段は使うのを渋る使い捨ての高級品だった。

「前鬼、後鬼……相手の吸引力は凄まじいからな。探すのは手伝ってもらうけど、見つけたらすぐ離れるんやで?」

「……」

 ついなの周りを回りながら肯定の意を示す前鬼・後鬼。ぬいぐるみとはいえ、鬼の魂を宿す前鬼・後鬼は頼りになる味方だが、普段は宙に浮くぬいぐるみ。大地をも削る暴食鬼を前に踏ん張れる保証はどこにもない。

 

「しっかし、ひっどい場所やな、ここ……」

 

 依頼主は『夫の遺した山』と言っていたが、長い間手入れされた様子はなく、草木は自然の流れに赴くまま、無造作に生い茂っていた。暴食鬼に『整地』されるのは厄介だが、この状況がついなに有利かと問われれば、完全にそうとも言い切れない。

 伸びた草木は確かについなが伏せて隠れる事も出来るが、それに関しては暴食鬼にも言える事だし、加えて背の高い木々達は夜の光源たる月や星々の輝きを遮る。夜目が全く利かない訳ではないが、明るい方が戦いやすいのは間違いない。

 

「お……?」

 

 だが、そんな鬱蒼とした『森』は急に消えた。

 無理矢理掘り返された大地は、大自然のルールや、人間の計画的伐採には見えない。明らかに暴食鬼の食べ散らかした『跡』であったが、昨日戦った場所ではない。その証拠と言っては何だが、掘り起こされた地面からは既に新しい緑が伸び始めていた。

「たくましいな。ウチもこれくらいしぶとく生きてみたいものや……ん?」

 

 禿げ上がった大地の中に、手付かずらしい場所があった事に気が付いたついなは、思わずそこへ足を運んだ。

 

「……これは、人間の骨、か……?」

 

 まるで大海の中にポツンと浮かぶ小島の様な『大地』には、人間のものらしい白骨が転がっていた。白骨化して長い年月が経っているらしく、元の人相は分からない上に落ちていた着物も雨風に晒されて痛んでいたが、辛うじて女性である事が判明した。

 

「殺された……訳ではなさそうやな。暴食鬼に食われた? ……いや、あんな掃除機みたいに吸い込んで全部溶かす奴が骨と服だけ残すとは思われへん。それにこの白骨……二年や三年ではここまで劣化せぇへんぞ……。暴食鬼は関係ないんか……? でも、じゃあ、なんで『ここ』だけ綺麗に残してるんや……?」

 関係ない筈なのに、妙に気になって仕方がなかったついなは白骨死体の周りの物色を続ける。すると胸元らしき場所に、小さな銀のロケットペンダントを発見した。

「着物にロケットって事は、少なくとも江戸時代とかまで遡る事はなさそうやな。どれどれ、ご供養の為にも、せめて名前くらいは刻まれててくれよ……」

 槍を脇に抱えたまま、ペンダントを回しながら確認するついな。

 

 その時だ。

 

「GYAOOOO………!!」

「ッ!」

 森の向こうから、確かに『声』と木々をなぎ倒す『音』を聞いたついなは、即座に槍を構える。

「向こうからやって来てくれたか……前鬼! 後鬼!」

「……!」

 仔細語らずとも察してくれた二匹のぬいぐるみが空高く舞い上がる。

「! !!」

「は? 下から?」

 更に続く山の上を警戒していたついなは、急いで後ろに振り向く。

「GYAGYAGYA!!」

 同時、森の奥から巨大な『顔』が出現した。

「随分と急いできたやんか、暴食鬼…! なんや、『コイツ』に触られるんが気にいらんのか?」

「GYAGYAGYA! GYAOOOOOOOOO!!」

 言葉が通じたかはさておき意味は通じたらしく、脇目もふらずに一直線についなの元へと突進してくる暴食鬼。

「予感的中か! 方相閃! 魔眼!!」

 ディクソンの四ツ目が光り、何百という数の霊力の弾丸が乱射される。

「GYAGYAGYA!?」

 急な攻撃に怯む暴食鬼。だが、弱い小鬼なら一撃で消し飛ばせる弾丸の嵐を全て食らってもダメージを受けた様子はない。

「散弾ではダメか! なら直接叩き斬る!」

 盾を前に構え、跳躍。

 『吸い込み』される前に一気に喉元に槍先を向ける。

 が。

「GOGYAGYAGYA!」

「なっ!?」

 吸い込むばかりだと思っていたその巨大な口から吐き出された土塊を真正面から受け、吹き飛ばされるついな。

「しまった!」

 盾を構えていた事から直撃こそ免れたついなだが、衝撃で槍を遠くに飛ばされてしまう。

「……ふっ。こんな事もあろうかと、仕込んでいた甲斐があった……と……」

 盾の裏に差していた手斧の一本を引き抜いて立ち上がったついなは、そこで改めて飛ばされた土塊を見た。

 否。正確にはそれは土だけではなかった。ビニール製の布に、複数の鉄棒。極めつけに、小鍋や雑多な日用品。

「……おい、暴食鬼。お前、これをいつ、どこで吸い込んだんや……?」

 ドロドロになった結界符を横目に、ついなは暴食鬼を睨む。

 この結界は確かに見えなくはなる。しかし、その場から『消える』訳ではない。

「答えろ、この野郎! れなちゃんを……れなちゃんをどないした!!」

「GYAGYAGYA!」

「な……ッ!」

 暴食鬼の言葉を理解した訳ではない。

 

 丁度吹いたつむじ風が、ついなの前に一本の髪留めを運んできたからだ。

 

 それは確かに、ついながれなの髪を結んであげたものだった。

 

「……そんなに……そんなに腹減ってるんやったらなぁ……」

 瓦礫からゆっくりと抜け出したついなは、懐に手を忍ばせた。

 取り出したのは、和紙に包まれた干し肉。

 ただの干し肉ではない。鬼の『肝』を乾燥させた、霊力補充用の非常食である。

 即座に霊力を回復できる代わりに自身も『鬼』に近付く為、少量齧る程度で留めているそれに容赦なく口いっぱいに頬張り、そして盾の裏にあったもう一本の手斧を引き抜いた。

「たらふく喰わしたるわ……ウチの、怒りをな!!」

 二本の手斧を手前でクロスさせるついな。

「方相閃……光雷!!」

鉄の刃が黄金に光る霊力に包まれ、更に溢れ出した光はついなの全身を包む。

 槍先だけに集中させるだけで精一杯のついなだが、鬼の肝を食べた興奮状態と多量な霊力で無理矢理制御する、方相閃・光雷は下手をすれば自滅すらあり得る特攻技だった。

 しかし、それすら辞さない覚悟が、今のついなにはあった。

 少女は、れなは小さい『自分』だった。

 鬼と戦う『非日常』に投げ出される事のないもう一人の『ついな』だった。

 れなの母親は、きっと死んでいる。恐らくそれは事実だろう。

 だが、少なくとも。

 昨日、暴食鬼を倒せていれば。

 目の前に無残に『少女に渡した髪留め』が転がる事は無かった筈なのだ。

 

「ウチは……ウチは、お前が……何より、弱い自分が許されへん……!」

 

 姿勢を低くし、暴食鬼へと駆ける。

 

「GYAOOOOOOOOO!!」

「ぬぅおああぁぁぁらあああああぁぁぁぁっ!!」

 

 今まで以上に強い吸い込み攻撃をする暴食鬼に対し、ついなは退く事なく前進。そして、その勢いのまま二本の手斧を投擲した。

 

 ついなの『助走』と暴食鬼の『吸い込み』は飛来する手斧に更に回転と速度を与え、暴食鬼の喉でカーブする事なく、口内に深々と突き刺さる。

 

「GYAAAAAAAAAAAAA!?」

 

 痛みで吸い込みを忘れる程に騒ぎ、暴れ出す暴食鬼。

 

 しかし、ついなの怒りはこれでは収まらない。

 

「でぇぇぇぇいやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 刺さった手斧の柄を持ち、一気に外側に引き裂く。

 

「GYAOA……!?」

 

 顔を上下半分に引き裂かれた暴食鬼は、悲鳴の途中で絶命した。

 

 

 

   ●

 

「はぁ……はぁ……」

 

 倒した。

 

 生き残った。

 

 生き残ってしまった。

 

「……せや! れなちゃん! まだコイツの腹の中で生きてるかも!!」

 

 下顎だけ残した暴食鬼の身体を動かして、身体が見える様にするついな。

 

「……!」

 

 そこで初めて、彼女は巨大な顔に隠された暴食鬼の『身体』を見た。

 

 飢えた鬼、餓鬼の変異体である事は予想が付いていた事だった。その身体が子どもの様に小さいのは今更驚く事ではない。

 

 しかし、ついなは膝から崩れ落ちた。

 

「そっか……アンタが、アンタが暴食鬼やったんやな……『れなちゃん』」

 

 顔に隠れた小さい身体は、白いなワンピースを身に着けていた。

 昼間見た時より随分痛んで見えるが、確かに、彼女のものだった。

 

 

「ありがとう、おねえちゃん……」

「ッ!?」

 

 意気消沈するついなの耳に、声が届く。

 同時、暴食鬼の身体から小さな霊魂が飛び出した。

 

「れなちゃんか!?」

「やっと思い出したの。おかーさん、一人で『よにげ』したんじゃなかったんだ。れなより先に、『ここ』で死んじゃったの。でも、れな、信じられなくて。『生きていれば、いつかおかーさんに絶対あえるんだ』って、だから起きてからずっと、いっぱい食べて、待ってたんだ」

「ごめん……ごめんなれなちゃん……ウチがちゃんと気がつい取ったら、もうちょっと、何とかなったと思う……」

「おねえちゃんは何も悪くないよ!」

 

 泣き崩れながら謝罪するついなに、霊魂となったれなは優しい声で続ける。

 

「むしろお礼を言うのはれなのほうだよ。木の実やとりさんで我慢してたんだけど、耐えられなくなって、うしさんやおうまさんまで食べちゃって……それでもずっとお腹が空いてて……おねえちゃんに近付いたのも、ほんとは、食べようって、思ったからなんだよ。……あんまりにもガリガリだったから、止めたけど……」

「しっ、失礼やな! ウ、ウチはこれからないすばでーな大人のレディーになる予定なんや! それをお前……貧相とか……うぅ……」

「でも、おかげでれなは『にんげん』のままおかーさんの所に帰れるんだよ……。ありがとう、おねえちゃん。りっぱな『おとなのれでぃー』になってね!」

「……おう! ウチが美人で超つよ格好いい『鬼っ子ハンター』になるのを、天国でおかーさんと一緒に見とくんやな!」

 

 涙を必死に堪え、立ち上がったついなは霊魂に対していつもの明るい笑顔を見せた。

 

「やっぱりおねえちゃんは笑ってる顔が一番すてきだよ! ……あ、おかーさん!!」

「え?」

 

 れなの霊魂が移動するのを目で追うついな。

 向かったのは、白骨死体のすぐ近くだった。

 

「娘を止めてくれて、本当にありがとうございました」

 

 白骨死体から淡い光が漏れだしたと思うと、そこから着物を羽織った女性の霊が現れ、ついなに深々と頭を下げた。

 

「……あれ、アンタ。どっかで……」

 

 

 ついなの問いに答える前に、二つの霊魂は天へと還っていった。

 

 

   ●

 

 何とも後味の悪い仕事だったが、仕事である以上、ちゃんと依頼報酬は貰わないといけない。何より、折角新調した『遠征セット』を暴食鬼こと、れなに全部台無しにされたのである。元々祖父に泣きついて買ってもらったものだ。月のお小遣いが500円しかないついなにとっては自分で手が出せる代物ではない。だからこそ、仕事をこなし報酬を貰い、祖父の機嫌をとって何とか新しい『遠征セット』をって貰わないといけないのだが。

 

「あれ、間違えたかな……?」

 

 依頼主が住んでいる筈の家は、既に朽ち果てた瓦礫の山だった。

 『騙された』……とは考えられなかった。数日前についなは確かにこの『屋敷』の中で『着物の女性』から依頼内容を聞いたのだ。

 

「えっと……つまり……?」

「おやぁ? お前さん。ここらでは見ない顔じゃのぅ」

 

 瓦礫の前でついなが悶々としていると、現地住民らしい老人が話し掛けてきた。

 

「えっと、おじーちゃん。この辺に住んでんの?」

「そうじゃよ」

「ここに住んでた人、知ってる?」

「うーむ……ここは30年くらい前には若い夫婦が住んどってのぅ。小さい女の子と三人で幸せそーだったんじゃが……ある日旦那を残して夜逃げさしちまったらしくてな。そん後色々あって旦那は盗み働いて刑務所行き。嫁さんと娘さんも行方知らずで……いやー、どうなったのかのぅ」

「もしかしてその『嫁さんと娘さん』って、この二人違いますか?」

 

 寂しくなって久しい頭を撫でながら悩む老人についなはロケットペンダントを開き、中に入っていた写真を見せた。

 れなと着物の女性が並んで映る、古ぼけた写真を。

「おお、そうじゃそうじゃ! 思い出したぞ、真奈さんと玲奈ちゃんじゃ! お前さん、この写真を一体どこで? 二人は元気にしておるのか?」

「お預かりしたんやで。それに……二人は元気や。ずっと一緒におるよ」

 ロケットペンダントの写真を見ながらそう言ったついなの笑顔は、どこか寂しさを帯びていたという。

 

 

 

 所で、依頼の報酬はどこから貰えば良いのだろうね?

 

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