鬼っ子ハンターついなちゃん~怒りの方相氏~   作:一条和馬

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~ついなちゃんと嘘つき陰陽師の巻~

「ん~ま~い~!!」

 

 

 ほっぺが落ちるとはこの事だろうか。それは、久しく山菜を煮ただけの鍋しか食していなかった如月ついなにとって、久しぶりの『食事』だった。

 

 

 

―山岳に囲まれた人里離れた集落に、安くて美味い蕎麦屋があるらしい―

 

 

 

『仕事仲間』からそんな耳寄り情報を得たついなは夏の長期休みを利用し、遠路はるばる件の集落へと足を運んできた、というのがここまでのあらすじである。

 

 

「お姉さん、とても良い笑顔してますよ?」

 

 

そうやって会釈をしてくれたのは、お盆を片手に持った少女だった。彼女は実家でもあるこの店の手伝いをしている蕎麦屋の娘で、名はミソラ。まだ小学五年生だというが、その手際の良さは大人顔負けで、ついなも最初は敬語でよそよそしく接してしまった程だ。決してついながちんちくりんだから相対的に大人っぽく見えたとかではない。

 

「ウチ、そんなだらしない顔してた?」

「本当に美味しいんだって思ってくれてるのは、しっかり伝わったよ」

「だってホンマに美味いんやもん~! 特に“つゆ”がええね。蕎麦本来の味を殺すことなく、それでいて“だし”の味もしっかりしてる……それに、内側からパワーが溢れてくる様な不思議な感覚……」

「おっ。お姉さん“分かる”タイプなんだね? 実はこの“つゆ”は近くに流れている川のお水を使ってるんだけど、なんでもレイリョク? が他よりも多いんだって」

「霊力が……ははん、なるほどね。と、言うことはこの辺って妖怪とかお化けがいっぱい出てきたりするんとちゃう?」

「そういうのは聞いたことないけど、“鬼”なら何回か現れた事があるよ」

「なんやて!?」

 

 妖怪や怨霊の類だと“専門外”になるが、ついなは鬼退治師こと“鬼っ娘ハンター”。人里で悪さをする鬼を狩って生計を立てているのでこの手の話には敏感だった。

 

尤も、今日は完全オフなので“仕事道具”は持って来ていないのだが。

 

 

「あ、驚いちゃった? でも大丈夫! なんたってこの村には“鬼一法眼の子孫”がいるからね!」

「鬼一法眼?」

 

鬼一法眼とは、平安時代末期に実在したとされる伝説の陰陽師の女性である。その“伝説”が数多くあり、源義経に兵法を教えたのも彼女であるという説がある。

 

しかし、それは所謂“歴史”のお話。如月ついなにとって鬼一法眼とはまた別の“繋がり”があった。

 

「なんやこんな所で親戚に会えるなんてなぁ」

 

 

そう言ったついなは感心しながら蕎麦を啜る至福の時間に戻る。

 

何を隠そう、彼女もまた鬼一法眼の子孫なのである。

 

 

「え、お姉ちゃんもそうなの!?」

「らしいよ」

 

 

興味がなくなった、というより蕎麦より優先順位が下がってしまった為に適当な返事を返すついな。

 

 

「じゃあお姉ちゃんも鬼を追い払えたりするの?」

「うん? いや、ウチの専門は退治やから、そんな生温い事せぇへんよ」

「……じゃあ、この村にたまに悪さをしにやってくる“鬼”を退治してくれないかな?」

「……話、聞かせてもらってもええかな?」

 

 

 

 蕎麦屋の娘ミソラが言うには、こうだ。

 

十数年前、この村に“小鬼を引き連れた鬼”が襲ってきたという。

 

何人もの人間が殺され、村は滅茶苦茶にされてしまったのだが、ある時“陰陽師”を名乗る赤子連れの老紳士が現れ、その鬼を封印したのだとか。

 

それから老紳士は村はずれの廃寺に住んでいたのだが、一年前に病気で他界。それと同時に封印した“鬼”の取り巻きだった小鬼が村に出没するようになった。それを追い払っているのが、老紳士が連れていた赤子、“鬼一法眼の子孫”だという。

 

 

「つまり子どもなんか」

「お姉ちゃんもそうなんじゃないの?」

 

 

 ミソラの案内で件の廃寺へと向かっていたついな達。そんな彼女らの前に人影が一つ。

 

 

「あれが噂の子?」

「ううん。私の幼なじみのヤマジ。喧嘩では一番強いんだけどダイチくんの鬼を追い払う“力”を怖がって近付けないの」

「ははーん……典型的な“お山の大将”って感じやね」

「あ? おいミソラ。そのぺったん誰だよ」

「誰がぺったんや大人のれでぃーに向かっておい」

 

 

 ヤマジと呼ばれた男児は、“ガキ大将”という言葉が良く似合う恰幅のある風貌をしていた。ここまで完璧なガキ大将は都会では中々見れないのでは、と思えるレベルである。

 

 

「この人は如月ついなさん。観光でここに来たんだって」

「へっ。じゃあダイチの噂聞いて笑いに来たんだろ? 俺と一緒だ」

「なんや君も興味あんの? じゃあ一緒に見に行く?」

「だっ、だだ誰があんな怪しい奴の近くに行けるかよ!?」

 

 

 ホンマは興味津々な癖に、とはヤマジ少年の目を見て分かった事だが、“大人のれでぃー”であるついなは黙って頷くだけに留めた。幼少の頃から“非日常”を渡り歩いてきた彼女は、平均的な女子中学生よりもずっと成熟した思考を持っているのだ!

 

 

「随分立派なお寺なんやね」

「ダイチくんと“テンカイサマ”がちょっとずつ修理したからね」

 

 

 “廃寺”と聞いていた割には大きな損害もなく、むしろ小綺麗に整えられた境内を興味深そうに見渡すついなだったが、ミソラの言葉にあった“老紳士”の名を聞いた時、足を止めた。

 

 

「ちょっと待ってミソラはん。今、“テンカイサマ”って言うた?」

「そうだよ? 天気の天に、海で天海様。とっても有名な陰陽師なんだって」

「え、いや、有名なんてレベルやないと思うけど……」

 

 

 天海とは安土桃山時代に実在した天台宗の僧、大僧正の一人である。一説によると『本能寺の変』を起こし、その後の『山崎の戦い』で敗走した明智光秀の出家した姿だとも言われるこの人物だが。

 

 

「いや、天海はん生きとったら500歳とかやで。……ちょっと怪しくなってきたな……」

「まさか、ダイチくんとテンカイサマが嘘つきって事?」

「この業界嘘つき多いからなぁ……ま、たまたま同じ名前の陰陽師ってだけかも知らんしなぁ」

「俺は良いけど、じーちゃんの悪口を言う奴は許さないぞ」

「せやけどなぁ……うん?」

 

 聞きなれぬ声の方についなが振り返る。

 本堂と思しき建物から顔を出す、一人の少年と目が合ったのはその時だった。

 

 

「君が、ダイチはん?」

「そうだけど、お姉さんは?」

「ウチは如月ついな。君が鬼一法眼の子孫やって聞いて、同じ子孫として挨拶するのもええかなって」

「鬼一……え? 子孫? 本当に?」

「せやで」

「ダイチくん、ついなさんは鬼退治師なんだって。悪さをする小鬼たちをやっつけてもらおうよ!」

「それはダメだ!!」

 

 

 ミソラの提案を、ダイチは力強く否定。場の空気が一瞬で凍り付いた。

 

 

「……そ、そんなに怒鳴る事ないじゃない」

「……あ、いや、ごめん。だって、ほら……。女の子を危険な目に合わせられないし……」

「お、それウチの事言ってる? 肝は据わってるみたいやねぇ」

「そ、そうだよ! ……それに、俺だって修行中の身なんだ。倒せなくとも、追い払えるから良いじゃないか」

「でも……」

「ふむ……」

 

 

 心配そうに見つめるミソラと、明らかに“何かを隠そうとしている”ダイチの言動を察したついな。

 

 問い詰めれば簡単にボロを出しそうものだが、ここは一つ“大人のれでぃー”としての対応を見せる事にした。

 

 

「……分かった。じゃあその小鬼とやらをダイチはんがほんまに撃退できるのか、見せてもらおうやないか。その腕次第で信じたる」

「ほ、本当か!?」

「うん」

「じゃあ、鬼一法眼の子孫で、天海じーちゃんの孫で、安倍晴明の息子であるこのダイチ様の実力を見せてやると!」

 

 

 安倍晴明は、言わずと知れた陰陽師の代表格的存在だ。しかし安倍晴明は天海はおろか、鬼一法眼より昔の時代、平安時代の陰陽師だ。嘘をつくならせめて学校の社会の教科書くらいの歴史知識は身に着けて欲しいものだ。

 

 

「いや、流石にそれは盛り過ぎやろ墓から飛び出して殴りかかって来るで」

「だ、だって本当の事だし! ……あ、でもいつ出てくるか分かんないから、待つだけ無駄なんじゃない?」

「それは気にせんでええよ。どうせウチ夏休みやし。どっかその辺で適当に野宿しながら待ったるわ」

「え? 宿ならあるけど、そこじゃダメなの?」

「ふふふ、ウチはなミソラはん。万年金欠やねん」

 

 

 

 

 

 “小鬼”はその日の晩に現れた。

 

 

「鬼だ! 鬼が出たぞ!!」

 

 

 街灯もなく、家の灯りだけが夜を照らしていた村に多くの火が灯った。大人達が懐中電灯や松明を手になんとか光源を増やそうとしていたのだ。

 

 

「私は、その、怖いから……」

「せやね。ミソラはんはここで待ってて」

 

 

 結局ミソラの部屋で寝泊まりする事になっていたついなは外に出るや否や、闇に紛れて移動を開始した。普段からの“習慣”でもあるが、それ以前に女子中学生が見知らぬ土地で、しかも『鬼が出た』と叫び回っている夜に出歩けば、それだけで行く手を拒まれるだろう。

 

 

「ダイチはん、約束通り来たで」

「うひゃあぁあぁ!?」

 

 

 闇を一気に駆け抜け、一度の跳躍で境内へと侵入したついな。

 対してダイチの方は塀の向こうから忍者よろしくいきなり飛び出して来たついなに驚き、その場で尻もちをついてしまう。

 

 

「大丈夫?」

「ちょ、ちょっと石に躓いただけだし!」

 

 

 それも充分恥ずかしいと思うけど、とは口に出さない大人のれでぃー。

 昼に出会った時の少年らしい格好とは違い、今は“仕事着”らしい装束に身を包んでいた。背丈はともかく、見た目は立派な陰陽師である。

 

 

「じゃ、早速お手並み拝見といこうか」

「良いよ。……あ、でも俺はともかく大人に見つかったら」

「それはご心配なく」

 

 

 短く答えたついなは、軽く跳躍し、境内に植えられていた大木の上へと姿を隠す。

 

 

「ウチ、かくれんぼは得意やねん」

「あ、そう……」

「ほれほれ、早く行かんと村の人襲われるんとちゃうの?」

「そ、そうだった! 絶対手を出すなよ! 危ない奴らなんだからな!」

「はいはい」

 

 ダイチから見えている訳ではないが、手をヒラヒラと振りながら返すついな。そして村の方へと走り出した少年の背を追い、ついなは再び闇へと消える。

 

 

 “鬼”は人間の子どもとさして変わらない、小柄な姿をしていた。赤い一本角に、青い二本角。武器は手にしていないが、手に生えた爪はそれだけで凶器であり、見ればいくつかの建物に鋭利な傷跡が残されていた。

 

 

「また来たな、鬼達め!」

「ギャッ! ギャッ!」

「キョウコソ、オマエ、タオス!」

「やれるものなら、やってみろ!」

「うーん……まるで時代劇やなぁ」

 

 

 それが、ダイチと小鬼のやり取りをみながらついなが抱いた最初の印象だった。

 

 

「えいっ!」

 

 

 腰に差していた刀を引き抜き、一閃。

 刀と言っても短刀の類で、恐らく戦闘ではなく祭儀用に使う“なまくら”の刀だ。

 

 しかし。

 

 

「ギャー!」

「ア、アニキー!」

 

 

 赤い小鬼は当たってもいない刀に驚き、斬れてもいない傷口を抑え、うずくまる。

 

 

「チ、血ガデタ!」

「オノレ、オボエテロ人間メ!」

 

 

 村人から丁度影になる位置からそう言った小鬼達は、これまた芝居がかった台詞を口にして村の外へと逃げていった。手負いにしては随分と元気な逃げっぷりである。

 

 

「流石ダイチ君だ!」

「ごめんね、こんな時間に起こしちゃって!」

「いやぁ、今日も誰も襲われなくて良かったです!」

「……あれ、これもしかして、村人総出でウチを騙そうとしてる?」

 

 

 そうとしか思えない程にベッタベタな演技のダイチを横目に、更に怪しさを募らせるついな。

 

 その後も見守るついなだが、村人の方は本当に安心し切った様子で自分たちの家へと帰っていく。普通こういう場合、一度引いて油断させた“今”こそ大変危険なのだが、そう言った事に警戒した様子はない。

 

 

「……お姉ちゃん、見てたでしょ?」

 

 

 ついなが隠れている闇とは正反対の方向に向かってそういうダイチ。

 

 

「……あれ、もしかしていない? ……なんだよ、折角今日は“衣装”まで来て気合い入れたのに……」

「ほほう……」

 

 

 そこまで聞いて、ついなの中は自身の予想の一つが当たっていた事を確信した。

 

 

「いやぁ、疑ってごめんなぁ。ダイチはん、ほんまに鬼を追い返せるんやな!」

「わぁ!?」

 

 

 後ろから足音なく近づき肩を叩いてやると、面白い位に飛び跳ねて驚いてみせたダイチ。

 

 

「み、見てたの!?」

「もうバッチリ。ウチでも見た事ない凄い術やったから、ちょっと驚いたわ」

「本当? じゃあ、俺が鬼を追い払えるって話、信じてもらえる?」

「信じるも何も、現に追い払ったやんか。うん、これで明日には帰れるな!」

「そうか! ……じゃ、じゃあ、夜も遅いし、今日はミソラの家に泊まるんだろ? 送っていくよ」

「お、悪いね」

 

 

 その後はダイチが予め用意していた懐中電灯の灯りを頼りにミソラの家まで移動。玄関先からダイチが見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 そして三度、闇へと姿を消す。

 

 

 

 

 

「ダイチ。流石に今日のはやり過ぎだと思うんじゃが……」

「だけど、あれくらいしないと、きっとあのお姉さん信じてくれなかったよ」

「でも、仮に本当に“鬼退治師”だったらオイラ達もヤバいよ。村に行った時、気配を一つも感じなかった」

「あぁ。鬼退治師ってのは嘘じゃねぇだろうな……なぁ、ダイチ。なんならソイツにワシらを“消して”貰っても……」

「それはダメ! 絶対ダメなんだ!」

 

 

「……ま、そういう事やろうな」

 

 

 村から外れた川の畔。そこで話し込んでいた小さな影に、ついなは音もなく近付いた。

 

 

「お、お姉ちゃん!?」

「ばっ……バレテシマッタモノハ仕方ない! ここで二人とも……」

「別に退治したりせんよ。ウチかて小鬼使役してるし」

「え……?」

 

 

 頑張って“怖い鬼”を演じようとしていた小鬼達を身体を張って守っていたダイチが、素っ頓狂な声を挙げた。

 

 

 

 

「……ワシらは元々この村を襲った鬼に奴隷の様に扱われておってな。天海様……ダイチのお爺さんがそれから解放して下さったんじゃ」

「オイラ達を退治しない代わりにダイチの面倒見る様に言いつけられとったんじゃが、ご覧の通り、懐かれちまってなぁ……」

「すぅ……」

 

 

 そう語ってくれた赤鬼と青鬼の膝の上で、小さい寝息を立てるダイチ。

 

 

「随分と義理堅い鬼もおったもんやな」

「ワシらずっと同族に道具として扱われとったからの。ニンゲンの子どもとはいえ、家族の様に接してくれたのは嬉しかったんじゃよ」

「しかし他のニンゲン相手だとそうもいかねぇ。だからオイラ達が時折村を襲う『フリ』をして、ダイチの陰陽師としての『地位』を守ってるんだ」

「それにしたってあの演技は酷いで」

「姐さん騙すんじゃって急に言われたからのぅ。いつもは魚の血ィなんか抜いて誤魔化しとったんじゃが」

「せめて二日は欲しかったなぁ」

「急いて事を仕損じた訳やね……で、これからもずっと続けるつもりなん?」

「ダイチが大人になって、ニンゲンの常識身に着けて、ワシらを邪険に扱ってくれれば、或いは……」

「それに、“封印した鬼”の事もある。オイラ達が定期的に村を脅かしておけば、誰も怖がって『祠』には近付かないって寸法よ」

「その『祠』っていうのは?」

「この川を上流に登っていくと小さな滝があって、裏に楔石で縫い留めてあんだよ」

 

 

 青鬼の指さす方向を見るついな。小さくだが、確かに水の落ちる音が聞こえた。

 

 

「天海はんが封印するのがやっとな程に凶暴なんか?」

「ワシらニンゲンの基準はよー分らんが、少なくとも、ワシらでは全く歯が立たないのは間違いない」

「そっか……じゃあ、ウチが退治したろか?」

「「え?」」

 

 

 その提案は小鬼達には意外だったらしく、同時に声を揃えて困惑の表情を見せた。ついなは続ける。

 

 

「こう見えてそれでメシ食わしてもらってる身やからな……。生憎今は“仕事道具”がないから、明日朝イチで家に戻るとしても、最低二日は掛かけど……」

「これまで十年、ずっとアイツの影に怯えて暮らしてきたんだ。今更二日くらいなんて事ないぜ!」

「しかし、そこまでしてもらって悪いんじゃが、ワシら仕事頼めるような貯えはないぞ? 無論、ダイチにもじゃが」

「別に依頼料取ろうって訳ちゃうよ。それに……」

「それに?」

「アンタら演技でも人間襲うの嫌やろ?」

「「……」」

 

 

 ついなの指摘に対し、小鬼達は言葉を返せなかった。

 

 

 

 

「なんだよ……ダイチの奴、ずっと嘘付いてたってのか!」

 

 

 “小鬼騒動”の後、たまたま森の中に消えていくダイチを見かけたヤマジが追いかけた先で、彼は全ての話を耳にしてしまった。そしてすぐさまその場から走り去る。

 

 ついな達がヤマジの存在に気が付けなかったのは、(単純に彼女らの実力不足もあるが)この“川”が原因だった。二つの地脈が重なる上にあるこの川は比較的霊力が集まりやすく、その霊力の奔流がヤマジの存在を綺麗に隠していたのだ。

 

 

 ヤマジにとって、ダイチは所謂『恋のライバル』だった。

 蕎麦屋の娘、ミソラを振り向かせる為、彼は村で一番強い男になろうとした。強くなれば、きっと彼女が頼ってくれると思ったからだ。しかし、流石の彼でも“鬼”と聞けば尻込みしてしまう。そんな“鬼”を追い返すダイチは確かに強敵だったが、同時に“憧れ”でもあったのだ。

 

 そんな彼が、“鬼”と協力して村の皆を驚かしていた?

 

 まだ“社会”というものを知らない少年の心に、深い傷が付く。

 

 

「俺は……俺はなんて奴を格好いいと思ってたんだ!!」

 

 

 そして彼は走る。

 

 辿り着いたのは、“鬼”を恐れて誰も近付かない、滝の裏の洞窟。

 

そこにあったのは、注連縄で縛られた石の塚だった。

 

 ヤマジは怒りに任せ、石の塚を崩していく。

 

 やがて岩の様な“鬼”肌が見えるまで、彼の手は止まらなかった。

 

 

 

 

「鬼だ! 鬼が出たぞ!!」

「んぁ……?」

 

 ダイチを寺に届け、部屋の隅で半べそをかきながら待っていたミソラを宥めてから布団に入った午前二時過ぎ。再び村人の怒号が響いた。

 

 

「また鬼……?」

「二回も来たのは初めてかも……」

 

 “鬼”と聞いた恐怖で再び目が覚めたミソラがついなの服の裾を掴む。

 

 

「でも、大丈夫だよね? さっきの鬼なら、またダイチくんが追い払って……」

「いや、今回はちょっとマズいかもしれん」

 

 

 ついなの額に、嫌な汗が流れる。

 空調の効いた部屋と外からの温風の差で汗をかいた訳ではない。

 

 

「え……?」

 

 

 彼女の不安は、横に居たミソラにもすぐに伝播した。

 

 

 

 森が、燃えている。

 

 

 

「森が……!」

「ミソラはんはこっから動いたらアカンよ!」

「お、お姉ちゃんは⁉」

「ダイチはんの寺に行く! 武器の一つくらいは余ってる筈や……!」

 

 

 そう言ったついなは旅の手荷物でもあった学生鞄を背負い、窓からそのまま飛び出す。「お姉ちゃん!」後ろからミソラの声が聞こえるが、ついなは振り返る事なくまっすぐにダイチの住む寺へと向かった。

 

 

 

 

 丁度その頃、ダイチも境内から小鬼達と共に森の火事を眺めていた。

 

 しかし、問題はそれだけに留まらなかった。

 

 

「大変だダイチ君! 今度は大きな鬼が……なっ……!?」

「あ……!」

 

 

 村の危機を伝えにやってきた大人の一人が、遂に見てしまったのだ。

 

 ダイチが、小鬼と一緒にいる所を。

 

 

「ま、まさか、自作自演だったのか!?」

「ち、違うんだおじさん!!」

「何が違うんだ! くそっ、最初から変だと思ってたんだ……どうせあの火事もお前の仕業なんだろう!?」

「そんな事しないよ!!」

「どうだか! なら村の奴が見たって言う『大きい鬼』もどうせお前の仲間なんだろう! もう騙されないぞ。火事を消して、鬼も退治したら、次はその小鬼達もボコボコにしてやる!!」

「そんな……!」

「どうせこの闇夜じゃ村から逃げられないんだ。大人しく殺されるのを待っていろ、この嘘つきどもめ!!」

「だから、違うのに……!」

 

 

 その場で崩れるダイチを、小鬼達が支える。男性は村の方の爆発が気になったのか、その場から去ってしまった。

 

 

「……ダイチ。すまんの、ワシらのせいで……」

「……気にしないで。いつかは、こうなると思ってたから。それより、今なら間に合うよ、二人とも逃げて!」

「そんな事出来ねぇぜ。ダイチはもうオイラ達の家族だ。ダイチだけ置いて逃げられねぇぜ」

「そうじゃ。ワシらが脅して無理矢理働かせていた事にすれば、最悪ダイチだけでも……」

「そんな事、出来る訳ないじゃないか!」

「……せやで。そんな事、ウチがさせへん」

「……お姉ちゃん?」

 

 

 流石に三度も続けば、ダイチは“急な来訪者”に驚かなかった。

 

 

「あの鬼退治は、ウチが請け負う。せやけどその為には“本物の武器”が必要や」

「本物の……? そうだ! おじいちゃんが用意した“お札”がある!!」

 

 

 来訪者……ついなを伴い向かったのは、小さな蔵だった。

 

 

「この箱に、確か……あった!」

 

 

 漆喰の塗られた重い箱を開くと、そこには奇怪な呪文が描かれた紙の束が収められていた。

 

しかし。

 

 

「なんやコレ!? 使い物にならへんやんか!!」

「そ、そんな!?」

 

 

 ついなの指摘通り、“お札”は手に取るとそこからそよ風にも耐えられず、ボロボロになって宙を舞った。

 

 

「随分ずさんな管理をされとったんやな……しゃーない。ちょっとそれ貸して」

 

 

 ダイチが返答する前に箱を奪ったついなは学生鞄から大学ノートを取り出し、白紙のページにボールペンを走らせた。

 

「どうするの……?」

「霊符を写す」

「そんな事出来るの?」

「こういうのに使う素材っていうのはあくまで術の“質”を上げるものなんや。一番重要である“意味のある呪文”さえ押さえとったら、ノートの走り書きでも最低限の役割は果たしてくれる」

 

 

 ダイチにそう話しながらも、ついなは高速でペンを動かしあっという間に30枚ほどの『写し』を終える。

 

 

「後は……“コレ”持ってきてて正解やったな」

 

 

 そう言って、ついなが再び学生鞄に手を忍ばせる。

 

 

「……なんで学生鞄から斧が出てくるの?」

「生活必需品や」

 

 

 

 

 

「ア、アイツは……ッ!」

 

 

 燃える森を背にゆっくり歩いてくる巨体に、村の大人たちは見覚えがあった。

 

 見間違える筈もない、十年前に村を襲い、多くの村人を殺した“あの鬼”だった。

 

 

「アレから、十年くらいかァ……? 待ってたぜぇ……この時をよォ!!」

「どっ……どうせ見掛け倒しなんだろ!」

 

 

 ダイチと小鬼が一緒にいた事を目撃した男性が、さび付いた鍬を構えて突撃する。

 しかし、“鬼”は片手を払う動作だけでその突きをいなし、体勢が崩れた所に平手打ちを一発。

 

 

「ぐわあぁぁあぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 その軽い動作だけで男性は十数メートル吹き飛び、コンクリート製の家の壁に背中からぶつかった。

 

 

「おっと、悪いな。手加減したつもりだったんだが、生憎寝起きでねェ……」

「がっ……がが……」

「だが安心しなァ。どうせ皆殺してやるからよ」

 

 

 腕を大きく振り回しながらゆっくり移動する鬼に、村の大人たちはゆっくりと後ずさる。

 

 

「俺をあんな薄暗い所に閉じ込めたニンゲンは村の連中を全員殺してからなのは確定だが、俺様は優しいんだ。俺を解き放ってくれたガキの一番大切な奴から殺してやるよ。一番苦しむ時間が短いなんて幸せモンだと思わねぇか、少年?」

「え……?」

 

 

 鬼の首が180度ぐるりと回り、まだ火の手が回っていない森の茂みに隠れているヤマジの方を見た。

 

 そして、少年が無意識に目を向けた先を確認する。

 

 

「わざわざ教えてくれてありがとうよ」

「なっ!?」

 

 

 自分の“失態”に気が付いた時には既に遅く、鬼はその巨体から考えられない跳躍で大人達を飛び越え、ヤマジが視線を向けた蕎麦屋の二階……ミソラの部屋の前に着地した。

 

 

「きゃあぁあぁぁぁ!?」

「ふんっ」

 

 

 瓦屋根が砕け散り、少女の悲鳴が響く。鬼はそれを意にも解さずに拳一つで壁を突き破り、逃げようとしていた人間の小娘を捕まえた。

 

 

「コイツだなァーーーッ?」

「イヤーーーー! 助けてーーーーーッ!」

 

 

 今にも崩れ落ちそうな蕎麦屋の上に立ち、少女を片手で高らかに持ち上げる鬼。

 

 

「さて、どうしてやろうか? 握り潰すか? 引き裂くか? いや……腹も減ってるし、丸呑みしてやろうか!!」

「やだぁ……やだよぉ……」

 

 

 泣きながら必死に逃げようとするミソラの抵抗虚しく、鬼は口を開きながら手を天に上げ……。

 

 

 そのまま『自分の腕』が切り落とされるのを見た。

 

 

「え?」

「は?」

 

 

 ミソラと鬼が、同時に疑問符を浮かべる。

 幾ばくかの沈黙の後、鬼は自分の右腕が切り落とされたのを確認し、そこからとめどなく血が溢れるのを確認し、そして、叫んだ。

 

 

 

 

「あの鬼はウチが引き受けた。皆は怪我人引き連れて寺の方へ逃げるんや!」

 

 

 鬼が手放したミソラを空中で受け止めたついなは、そのまま村の大人に彼女を託し、再び背を向ける。

 

 

「寺って……あの嘘つきのいる場所に!?」

「挟み撃ちされろって言うのか!!」

「アホ言うな! ダイチはんは、あの鬼の封印を誰かが遊び半分で破らんように啓蒙活動してただけや! ……そりゃ、やり方はどうかとウチも思ったけど」

 

 

 学生鞄から取り出した大学ノートの一ページを切り取り、構えるついな。

 

 手斧はミソラ救出の為に投擲してしまったので、今の彼女にはこれしか武器が残されていない。

 

 

「俺の……俺の腕があああ………! おのれ、ニンゲンめええええええええ!!」

 

 

 『殺す順番』等と言う上から目線の発言をしていたとは思えない野生的な咆哮と共に、鬼が一直線についなへと飛び掛かる。

 

 

「ふんっ!!」

「グギャアァアァアァァ!?」

 

 

 対しついなは切り取ったページを投擲。不可思議な走り書きの描かれた紙は風に攫われる事なく一直線に鬼へと向かい、直後火の玉となって鬼を包んだ。

 

 

「す、凄い!」

「こんなんただの時間稼ぎにしかならん! はよ逃げろ!!」

 

 

 別のページを引き千切りながら叫ぶついなの気迫に圧され、村人たちは一斉に寺の方へと逃げていく。

 

 

「残り28枚……!」

 

 

 

 

「ダイチ、ワシらもあの嬢ちゃん助けてくるわ」

「どうせ死ぬなら、ダイチを守って死ぬ方がよっぽど良い」

「え……?」

 

 

 ダイチが振り向くと、既に“家族”の姿は無かった。

 

 代わりに村人たちが大挙して押し寄せる。その中にはミソラとヤマジの姿もあった。

 

 

「ミソラ! ヤマジ!」

「ダイチくん!」

「ダイチすまねぇ! 俺が……俺がお前の事を疑ったりしたから……」

「一体何の話だよ! ……それよりついなのお姉ちゃんは!?」

「一人で戦ってるの! ここに逃げろって言われたから……ねぇ、ダイチくん。お姉ちゃんを助けられない? いつもみたいに、鬼を追い払えない!?」

「……それは、出来ない。僕はおじいちゃんみたいな『本物の陰陽師』じゃないんだ。だから、出来る事なんて……出来る、事なんて……」

 

 

 物心ついた時から自分を育ててくれた祖父との生活を思い出すダイチ。

 

 思えば彼は、祖父から陰陽術らしい陰陽術を一つも習わなかった。

 

 彼が教わった事と言えば、精々文字の読み書きくらいであり、後は独学で知識を身に着けたようなものであり……。

 

 

「……読み書き?」

「ダイチくん?」

「そうか……それだ!」

 

 

 再び蔵へと走ったダイチは、また別の箱を取り出して戻ってきた。

 

 その中には、祖父が亡くなる直前まではずっと愛用していた思い出の習字セットが入っていた。

 

 

「重要なのは、文字に込められた意味……!」

 

 

 ダイチには、陰陽術の心得はない。

 

 従って、霊符や護符に描かれた呪文の意味は理解出来なかった。

 

 しかし、昔からずっと祖父の書いた字を真似て書いて練習した。

 

 その中に今でも読めない文字があった。

 

 だが、読めないだけで、彼は必死に練習した事があるのだ。

 

 そしてその経験は、一度筆を走らせれば後は腕を勝手に動かしてみせた。

 

 

 

 

「残り……3枚!」

 

 

 “刃”の意味が込められたページを切り取り霊力を送り込むと、それは紙ではなく刃となる。

 

 

「せぇぇぇぇぇぇっい!」

 

 

 自身を独楽の様に縦回転させた遠心力を加えた一撃が鬼を襲う。単純な切れ味だけではどうしても抜けない鬼の肌を切り裂く為の、ついなの秘策の一つ。だ、いかに霊符とて最低限の力しか込められていない。

 

 

「それはもうさっき見たわ!」

 

 

 対して鬼は左拳を突きあげるアッパーで迎撃。

 

 

「くっ!」

 

 

 パワー負けしたついなはそのまま後方へと飛ばされる。

刃は岩には勝てないのだ。

 

 

「姐さん!」

「オイラ達だって、この十年間何もしなかった訳じゃないんだぞぉーッ!!」

 

 

 鬼が攻撃を振り切った隙を狙い、二匹の小鬼が後ろから飛び掛かる。

 

 小柄の体躯を活かした奇襲攻撃は、先程から少しずつ、しかし確実にダメージを蓄積させていた。

 

 

「ヴオオオオオオッ!!」

 

 

 が、奇襲など効くのは一度目で、二度目三度目と続けばそれは奇襲とは言えない。

 

 敢えて無防備な背中を晒し、そこに食いついた所を振り向きざまの裏拳カウンター。

 

 

「ギャッ!」

「ギィッ!?」

 

 

 攻撃にだけ集中していた二匹の小鬼は抵抗する間もなく鬼の鉄拳を受け、ついな同様に吹き飛ばされる。

 

 

「い、生きとるか……!?」

「な、なんとかの……!」

「畜生……! やっぱオイラ達じゃアイツには勝てねぇのかよ……!」

 

 

 

ヨロヨロと立ち上がる二匹の小鬼を庇う様に、立ち塞がるついな。

 

 手には“盾”の意味が込められたページがあったが、それは先ほど突き飛ばされた衝撃を殺す為に使用したものだった。

 

 これで、残りは一枚。

 

 “爆”の意味が込められた特攻用の霊符を残すのみだった。

 

 

「せめてディクソンは連れてくるんやったなぁ……。ウチ一人やったら自爆に耐えるとか無理かも……!」

 

 

 それでも、彼女は退く事はなかった。

 以前、ついなは『もう一人の自分』とも言える少女と出会い、それを手に掛けてしまった。

 

 本人が望んだ事とは言え、それは彼女の心境に変化を与えるには充分過ぎる衝撃だった。

 

 そしてまた一人、ダイチ少年という『もう一人の自分』と出会ったついなにとって、これは“贖罪のチャンス”でもあった。

 

 

「今後こそ……ウチは守るんや……!」

 

 

 最後の一枚。もうノートから切り取る必要は無かった。

 

 

「うおおおああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 霊符の力を受けて真っ赤に燃えた拳が、鬼を滅ぼせと轟き叫ぶ。

 

 

「ぬぅううわあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 それを最後の一撃と察した鬼も、真正面から迎え撃つ。

 

 霊力と筋力。二つの力が真っ向からぶつかった。

 

 そして。

 

 

「あ……姐さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

 

 押し負けたついながきりもみ回転しながら、燃え盛る森の中へと消えていく。

 

 

 

 

 この十年、名もなき“鬼”にとってはとにかく毎日が苦痛で仕方が無かった。

 

 意識はあるのに指の一本はおろか、眉の一つ動かす事の叶わない地獄。妖力を使って“手下”を呼び寄せようにも地脈が重なったこの川の近くではどれだけ妖念を発しても流されてしまう。

 

 

―この川の近くなら、お前はきっと何倍もの力を手に入れられるだろう―

 

 

 名もなき“鬼”がこの地を訪れる前に出会った『天狗』の言葉だ。

 

 確かに力は得た。

 

 名すら与えられなかった鬼は、初めての一方的な蹂躙に高揚した。

 

 だからこそ許せなかった。

 

 自分を騙して“こんな場所”に誘い込んだ『天狗』を。

 

 そして、自分を封印した『赤子連れの陰陽師』を。

 

 

「まずは、あのクソ陰陽師……それから天狗野郎だ……!」

 

 

 この十年間一度も忘れなかった『臭い』を頼りに足を進める。

 

 

「お、鬼が!?」

 

 

 辿り着いた寺の境内には、蠅の様に飛び回っていたニンゲンの小娘が逃がした連中と、忌々しい装束に身を包んだ、ニンゲンの小僧の姿があった。

 

 

「おい小僧! その服の持ち主はどこだ!?」

「じーちゃんは死んだ! もういない!! 俺が相手だ!!」

「お前がぁ……?」

 

 

 足を震わせながら立ち塞がる少年の姿に、鬼は思わず笑みをこぼし、そして思い出す。

 

 

「オマエ“あの時”の赤ん坊だな? ……ジジイをこの手で殺せなかったのは残念だが、あの世にいるアイツにバラバラになった孫を送り付けてやるのも悪くねぇ!!」

 

 

 拳を握り、突撃する名もなき“鬼”。

 

 

「はぁっ!!」

 

 

 少年が投げてきた“紙”を払いのける事無く突き進む。

 

 もし、この少年が先程の小娘より実力があるのなら、一緒に戦っていた筈だ。それに見るからに“場数”が違う。故に、名もなき“鬼”は特に何も考えず、ただ正面から全力で潰す事だけを考えていた。

 

 

「……がっ!?」

 

 

 やがて思考を取り戻した時には、振り上げた拳が動かなかった。

 

 押しても引いても、ビクともしない。

 

 

「テ……メェ……!」

 

 

 口も上手く動かない。

 

 少年が投げた霊符は……祖父であるテンカイサマが教えたのは“封”の意味が込められたものだった。

 

 素人が書いたその紙は、ちゃんと意味を理解して要点だけを走り書きしたついなのものよりは威力がある程度だった。

 

 しかし、今の少年は陰陽師の正装たる装束を身にまとい、儀式用の短刀を身に着け、そして神聖な空間たる寺の中で“術”を発動させたのだ。

 

 その効力は、名も与えられなかった“手負いの鬼”程度では破れない。

 

 

「……と、いう訳や」

 

 

 もはや喋る事も叶わなかった名もなき“鬼”にそう説明したのは、炎の中に突き飛ばした筈のニンゲンの小娘。

 

 

「お姉ちゃん!」

「おじーちゃん越えれたやん。やったな、ダイチ」

「だけど、コイツをこのまま残しておいたら、また……」

「それは心配ないよ」

 

 

 少年の手にあった紙を一枚、小娘が手に取った。

 

 

 先程の戦いで同じ『模様』を見た。

 

 アレは確か、刃物の様に鋭い『紙』に描いてあったものだ。

 

「覚えとけ……ウチは“鬼っ子ハンターついなちゃん”……鬼を封印なんて生易しい事はせぇへん」

 

 

 そこで、名もなき“鬼”の意識は永遠に途絶えた。

 

 

 

 

 

 翌日。

 村人に見送られながら帰路についた如月ついなを木の上から観察する、三つの影があった。

 

 若い男女二人に、老人が一人。

 

 三者は共に天狗を模した仮面を被っており、その素顔は分からない。

 

 

「どうやら、私たちの出番はないみたいですね、『天海殿』?」

 

 

 その内の若い男天狗が、老天狗へと話し掛ける。

 

 

「拙僧は既に死人……易々と人里に顔を出す訳にもいきますまい」

「顔などいくらでも誤魔化せましょうに」

「拙僧は『清明公』ほど極みには達しておりませんので」

「はっはっは。それは間違いない。……しかしあの少年、ダイチと言ったか。なかなかどうして、見込みがある若者じゃないか」

「陰陽術など、この時代を生きるには不要。そう思って教えなかったのですが……いやはや、まさか読み書きの稽古に使った霊符を細部まで覚えているとは」

「ふぅむ……次に子を“拾う”機会があれば、いっその事陰陽師として育ててみるのも悪くないかもしれぬな。……『法眼殿』、その際は私の嫁役を務めてくれませんかな?」

「……冗談言わないで」

「然り然り。しかもその場合、また拙僧が『おじいちゃん』をせねばならないではないですか」

「このルックスで『おじいちゃん』は無理があるだろう?」

「……化けるのが得意なだけで一番のジジイが良く言うわ」

「はっはっは!」

 

 

 『法眼殿』と呼ばれた女性の天狗は『清明公』と『天海殿』程会話には参加せず、ただ村から遠ざかっていく一人の少女の背を追い続けていた。

 

 単純に、彼女にとって、会話よりもそっちの方が優先順位が高かったのだ。

 

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