転生者がいっぱい   作:もぬ

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男の子だってプリキュアになれるもん!

「こ、これだ……!」

 

 部屋でゴロゴロしながら携帯端末をいじり、市内でのアルバイトの求人を眺めていると、ひとつの企業に目が止まる。オレは思わず身体を起こした。

 主な業務は、日曜日朝に悪者をやっつけること。土曜に訓練など。

 求める人材は……変身系異能があり、戦闘経験豊富な方。若い女性が望ましい。

 いまどき非常に厳しい条件だが、これがなんとほぼ自分に当てはまる。

 また、拘束時間の少なさに対して破格の給与額だ。加えて労災・雇用保険アリ。

 

「天職だ……」

 

 選ばれし者にでもなったような心持ちでエントリーシートを引っ張りだす。期待に胸を膨らませ、いつになく気合の入った履歴書を仕上げていった。

 

 そして今日は土曜。

 例の企業で面接のある日だ。

 学生の身分であるオレはリクルートスーツなど持っておらず、アルバイトの面接には制服で行くのが常だが、必ず普段着で来いとの注釈があった。

 

「ぬーん……」

 

 鏡にうつる自分の姿を眺める。

 大方の転生者の例に漏れず、見てくれはかなりの美少女だ。青みがかった長い髪は艷があり、女性的な魅力を演出している。少し表情を意識すると、その眼や顔立ちには気品と強さが備わっているように見える。視線を下にずらすと、中学生としては均整の取れた美しいプロポーションがあった。

 この身体の元の持ち主である『青木れいか』ちゃんは、非常に高スペックな女子だと断言できる。

 しかしその中身がオレとあっては、宝の持ち腐れも甚だしい。本来の彼女は清楚で品行方正そのもの、育ちの良さが滲み出たふるまいをする少女のはずだが、目の前のこいつはどうだろう。

 同じ顔ではあるものの、部屋での格好は適当に買ったジャージ。学校指定のやつとはローテーションだ。長い髪はアップでひとつにまとめた適当ポニテ。これはまあどんな髪型でも可愛いので、可愛い。

 暗がりで漫画やらゲームやら楽しむのが好きで本来のこの子より目が悪くなり、野暮ったい眼鏡をかけている。この辺が元のれいかちゃんに一番申し訳ないポイントである。

 さて。普段着で来い、というのならば、オレはいつもこのまま近所のスーパーまで出たりするのだが、さすがに面接とあってはダメだろう。

 よそいきの服を求めタンスの中を漁る。せいぜいTシャツとパーカーとかしか出てこないのだが、その奥底に、自宅ファッションショー用に購入していた、このキャラデザに似合いそうな淡いブルー基調のワンピースファッションを発掘することに成功した。

 これだ、これしかない。派手すぎず落ち着いた印象をあたえ、顔の良さを引き立て、同い年の少女より一段大人びた雰囲気を演出する。しょせんコーディネートの何たるかを知らない男が選んだものだが、顔が良ければセンスがあれでもセーフなのだ。 

 着替えて、鏡の前で一回転する。裾がふわりと広がる感覚に酔いしれる。目にはコンタクトレンズを入れ、髪は下ろす。

 面接官に悪印象を与えない笑顔を少し練習し、自分の(というかれいかちゃんの)可愛さに満足して鼻を鳴らしたのち、会場へと向かった。

 

 

「おお……」

 

 その企業は、思っていたよりちゃんとしたビルに入っていた。

 緊張しながらエントランスを横切り、前世の自分と同じような世代の大人たちとすれ違いながら、エレベーターを見つけて試験会場を探す。

 アルバイト面接はこちら、という道案内に沿ってある一室の扉を開けると、そこには、今の自分と同世代くらいの少女たちがいた。

 先にそこにいた4人の少女と目が合う。

 

「あれ?」

 

 思わず声が漏れ、少し恥ずかしく思った。

 集まった5人はみな、どこかで見たことがある気がしたのだ。おそらく転生者なのだろうが……どこで見たのかな。

 まさかとは思うが、この子たち、全員オレと同じアニメシリーズの……?

 いかん、いつまでも入り口で突っ立っているのも恥ずかしい。部屋に並べられた椅子の空いているところに座る。ここは面接受験者の控室のようで、面接官の腰掛けるテーブルなどはない。

 開始時間までにはまだ余裕がある。少し受け答えの反芻でもしておくべきだが……

 チラチラと他の子たちに目が行く。どの子もオレに劣らず可愛い容姿の娘ばかり。部屋が美少女の良い匂いで満たされているような感じがしてなんだか集中できない。

 ……あっ。

 こっそり周りを見ていたのはオレだけではないようで、ひとりと目が合う。大人びた顔立ちの中に少し勝ち気な印象を受ける目が印象的で、姿勢は綺麗ですらっとしていた。モデルさんか何かをやってらっしゃる? とすら思わせる。

 しばしまじまじと見つめあう形になり、思わず照れてしまうと、向こうも照れたような笑顔で会釈してきた。やばいな……絶対モテるでしょ。めちゃくちゃかわいい。

 面接に受かったら、あの子と一緒に働けたりするのだろうか。モチベーション上がる。

 

「ではこれより面接試験を行います。隣の部屋が会場となっていますので、名前を呼ばれた方は、そちらのドアからお入りください」

 

 しばらくして、いよいよ試験の始まりが告げられた。早まる動悸をおさえつけ、自分の順番を待つ。

 

「蒼乃美奈さん」

「はい」

 

 目のあったあの子が立ち上がった。感じていた印象の通り、モデル染みた背の高さとプロポーションだ。それでいてやせ過ぎず健康的な体つきをしている。青を基調としたファッションは可愛さと格好良さの両方を演出しており、センスの差を感じさせた。

 思わず見惚れ、歩みを目で追っていると、またしても視線があってしまった。彼女は微笑んでオレに目配せをし、面接会場のドアを開けるのだった。

 はわわ。あの子オレに気があるんじゃないかな。

 

 面接が終わった。アルバイト生としては、おおむねあたりさわりない受け答えが出来たと思う。普通ならそれができればこの容姿で採用される自信があるのだが……、

 周りを見渡す。受験生控室で待つように言われた我々5人は、全員めっちゃかわいい。あとなんか、たまたまだと思うけど、落ち着いた雰囲気で清楚なタイプの女の子ばかりだ。これでは外見のアドバンテージはない。これを勝ち抜くためのオレだけの長所といえば、面接でアピールしたケンカの腕っぷし……もとい、戦闘経験だろうか。こんな可愛い少女らがバチバチに戦えるとは思えないし。

 しかし面接を終えて即、全員集めて合否発表とは変わった形式だ。自分を含めたこの中の誰かが落ちてしまうのを見るのは忍びないのだが。

 

 試験前以上に緊張して座っていると、ついに試験官だった男性が姿を現した。

 オレ達の前へとやってきて、手元のレジュメを我々の顔と見比べながら、口を開く。

 少しの説明を聞き、ついに合格が発表されることに。緊張で身じろぎすると、着慣れないワンピースが肌とこすれるのがわかった。鋭敏になった感覚が、試験官の言葉をしっかりと捉えようとする。

 

「全員……合格です。これから私達と一緒に、この会社で頑張っていきましょう」

 

 少し間をおいてから、面接会場が華やかな声で包まれる。

 オレは思わず、となりの席に座っていた蒼乃ちゃんと、向かい合って手を取り合った。

 たかだかアルバイトの面接。しかし緊張からの解放感もあってか、年相応の少女のようにはしゃいで喜んでしまう。しかし今だけは、ここにいるみんなも同じ気持ちだろう。

 

「……ところで。これから共に働く者として、円滑な人間関係の構築のために、どうしても最初に言っておきたいことがあります」

 

 試験官の男性が、ひとつ勿体ぶった言い方をした。

 オレ達は聞く姿勢を整えられず、手を取り合ったり、あるいは感極まって会ったばかりの子と抱き合う姿勢のまま、その言葉を聞いた。

 

「君たち、全員……元男性の転生者です」

 

 

 

 

 

 

 

 

真!ハードパンチャー プリキュア 

  第1話 男の子だってプリキュアになれるもん!

 

 

 

 

 全員合格という喜ばしい結果になったはずの面接会場は、何やら重苦しい雰囲気に包まれていた。

 理由は……どうしてだろうね。皆まで言いたくない。

 オレと同じように青い顔で沈んでいるそこの蒼乃さんという子は、オレが前世で淡い初恋をした人に似ている。高飛車そうな目鼻立ち、どこか大人びた美しい容姿は好みのドンピシャである。

 しかし、中の人は男。

 他の3人を見る。そこで茫然としている水無月さんという子は、ともすれば気合を入れたオレ以上に清純で落ち着いた雰囲気を纏っており、クールな魅力を醸し出している。あそこで真っ赤な顔をして震えている薬師寺ちゃんという子は、さっきまで天使のような笑顔を振りまいていて、それでいてどこか母性や知性が見え隠れする、幼さと女性らしさの同居した少女だ。そのとなりで床にうずくまって絶望している菱川ちゃんという少女もまた、清楚さと快活さとをバランスよく兼ね備えた魅力的な女の子である。

 しかし、中の人は男。

 

「………あ……っす」

「……あっ、スゥーッ、どうも……」

 

 蒼乃さんと再び目が合うが、お互い気まずい感じで視線を逸らした。

 

「さて。皆さんは間違いなく合格なのですが、面接では後回しにしていた確認事項がありましてね。よろしければ今、一斉にやってほしいことがあるのですが」

 

 爆弾を投下した人は涼しい顔で、淡々と自分の仕事を進める。これ以上何をさせようというのだろう。急に疲れたからもう帰りたいのだが。

 

「みなさん、自分の能力で『変身』するところを見せてくれませんか? この部屋のつくりは頑丈なので、変身に伴って周りを殺傷するようなことがなければ、演出自体は派手にやってくれてかまいませんよ」

「変身~?」

「今ぁ……?」

 

 やる気のなさそうな少女たちの声がこだまする。お世話になる企業の人を相手に大変失礼な態度であるが、行き場のない残念な気持ちがいま、オレ達の中に渦巻いているのであった。

 しかしこうなるとこのままではよろしくない。テンションがあまりに低いと能力の発動に支障をきたすこともあるからな。この中にもそういうタイプの異能者がいるかもしれない。

 

「まあまあ。元気を出して。これから好待遇の労働環境があなた方を待っているのです。このビジネスが軌道に乗れば正社員登用ということも十分ありえますよ」

 

 それを察してか、面接官さんがオレ達に発破をかける。

 そうだ。オレは元々なんのためにここへ来たというのか。ここで週二回のびのびと働かせてもらうためだ。

 彼の言葉にのろう。無理やり気分を盛り上げ、精神を整える。

 

「よろしいでしょうか。では、そちらの青木さんから、順番にお願いします」

「はいっ」

 

 隣の蒼乃さんと十分に距離を取り、オレは呼吸を整えた。

 

「こおおお……!」

 

 脚をがに股に開き、腰を下ろして魂を燃やす。

 肌身離さず持っているスマイルパクト……女性がお化粧するときに使うアレと酷似した変身アイテムを取り出す。小さな青いキュアデコルを台座にセットすると、『Ready?』と問いかけられる。オレは裂帛の気合をもって吠えた。

 

「プリキュアッッッ!!! スマイルチャージッッッ!!!!」

『GOGO!!! Let’s go BEAUTYYYYYYY』

 

 パクトに吐息を吹きかける。周囲の空間に凍てつく波動が充満し、気温が下がる。どこからともなく軽快なBGMが聞こえてきた。仕様だ。

 光に包まれたオレの身体は、足先から新たな衣服を纏い始める。全身を青いフリフリの衣装に着替え終わったとき、長い髪が光り輝き、透き通るような綺麗な青へと色を変えた。

 最後にスマイルパクトで両の頬を殴打し、己に喝を入れる。力がみなぎり、心のうちから力があふれてくる。

 最後にポーズを取り、叫んだ。仕様だ。

 

「しんしんと降り積もる清き心……キュアビューティ!」

 

 ふう、と一息つく。面接官の人が笑顔で拍手していた。

 やがて後のみんなも追従し、部屋の中が何度も光輝いて、ちっかちっかと目に痛くなる。面接官さんはいつの間にか遮光グラスをかけていた。

 

「ブルーのハートは希望のしるし! つみたてフレッシュ、キュアベリー!!」

「みんなを癒やす! 知恵のプリキュア、キュアアンジュ!」

「英知の光っ! キュアダイヤモンド!」

「知性の青き泉! キュアアクア!」

 

 全員が変身を終える。驚くべきことに、全員が同じアニメシリーズの転生者だった。

 蒼乃さんがキュアベリー、薬師寺ちゃんがキュアアンジュ、菱川ちゃんがキュアダイヤモンド、水無月さんがキュアアクアである。

 いや、待ってほしい、それ以上におかしな点がある。

 

「青系統しかいない……」

 

 なぜ。他にも色、いっぱいあるのに。

 

「いえいえ、すばらしいですみなさん。本格始動が楽しみですね」

 

 プリキュア姿のまま席につき、今後の予定を確認する。薬師寺ちゃん……キュアアンジュさんの髪がめっちゃもっさりして暑そうだと思ったが、オレを含めて涼しくなれる系の異能持ちが多いようで、面接官の人などはむしろ寒そうにしていた。

 しばらくして、解散になる。あるものは変身を解除してそそくさと立ち去り、あるものはこちらを一瞥して悲しそうな顔をしたあと、窓を開けて5階から飛び降りていった。なにそれ。

 オレは少し蒼乃さんと話しながら帰ることにした。聞いたところ前世で死んだときの年齢が近いようで、共通の話題が多い。友人になれそうだ。

 

 

 

 あれから何回か訓練を積み、民間の異能者チームとして本格的に始動するための準備期間を終えたオレたちは、そこそこ仲良くなることができていた。

 いわゆるTS転生者にある悩みを共有できる貴重な仲間であり、同じアニメシリーズの力を受け継いだことの奇妙な連帯感がある。一緒に働いていくのに不都合はない。

 薬師寺ちゃん……いや、薬師寺の姐御などは、いずれみんなで飲み会をしたいなどと天使のような顔でガハハと笑っていた。成人したら行きましょう。それまでつながりが切れないといいな……とすでに思ってしまうほど、オレ達が打ち解けるのは早かった。

 

 土曜の勤務日。全員で、新しくこの会社につくられた特殊災害対応課の一室に集まる。

 いよいよ我々が出動する時が来たのだろうか。

 課長――中年の男性だ――がホワイトボードの前に立ち、おもむろに話し始める。

 

「みんな。いよいよ初仕事のときだ」

 

 この国では、悪事を働く異能者や突然現れるトレースなどの特殊災害に対抗する、人々の平和を守る異能者たちが存在する。彼らの多くは国家公務員や地方公務員だが、近年ではそのヒーロー性に目を付けた民間企業にも、その人手がわたりつつあった。

 オレ達を雇ってくれたこの会社でも、今回からこの分野に手を出すことに決まったらしい。

 ちなみに、経緯はわからないのだが、メンバーは面接をしてくれたあの人と、この課長の二人だけである。

 何も聞くまい。オレは花の学生生活を豊富な小遣いで楽しめればそれでいい。

 

「公務員たちでも手を焼いているA級の犯罪者が、この近辺に潜伏しているという情報が入ってね」

 

 課長がホワイトボードに1枚の写真を貼る。写っているのは、そこそこ整った顔立ちをした黒髪の青年だった。

 つまり、この平凡そうな男性が、今回のターゲットというわけだ。

 

「彼は街中で破壊活動を行う危険な男だ。銀行強盗などにも手を染めている。今回、近くの襲われそうなところや民間のお金持ちなんかに営業をかけて、護衛や捕獲の依頼を受けることに成功した」

 

 課長が自慢げに営業努力を話す。5人で黄色い声を出して褒めると、課長は顔をほころばせた。

 続けて、対象の情報を確認する。

 

「やつの肉体はゴムとガム両方の性質を持つらしい。それだけ聞くと弱そうだが、物理攻撃にはめっぽう強いという。

 転生者の子として生まれた、いわゆる2世異能者だ。知っての通り、彼らのように力を自分のものとして授かり鍛え上げてきた連中は、安定性や経験値では君たち転生者に勝りうる。非常に困難な相手だ」

 

 少したじろぐ。話を聞いた限り、オレ達のランクでは正直難しそうだ。

 

「しかし君たちならば。君たち5人の絆を重ねれば、負けはないと信じている。ああいう輩こそ捕まえたときのポイントはでかい。これは君たちの名をあげるチャンスだ。ビジネスではあるが、正義の心でもって、やつの悪事を止めてくれたまえ」

「課長……」

「君たちの手には、市民たちの平和と、私の昇進がかかっている。しっかりたのむよ」

「課長……!」

 

 みんなと顔を見合わせる。ひとりで戦うんじゃない。みんながいれば立ち向かえる。そのためのチームだ。

 標的の写真を見る。きっと負けないようにと、気を引き締めた。

 

 日曜日。

 おあつらえ向きに、時間は朝。

 まだ誰も出勤していない銀行を襲撃した異能者を捕まえよ、という指令が下る。オレ達は最速で現場につくことに成功した。

 警察に囲まれ、抵抗の意思を見せる青年がそこにいた。例のやつだ。

 

「こんなことやめて真面目に働けー!」

「田舎の両親が泣いているぞー」

「うるせええ!!!」

 

 朝早くから出動させられてしんどそうな警察官たちのあおりが地雷を踏んだのか、青年は怒りをむき出しにしてきた。

 

「俺は……こんな身体に生まれたくなかった! こんな人生には……! ゴム人間のクソ親父が行きずりの女相手に、ちゃんと避妊してりゃ……」

 

 本人なりに苦労があるのだろう。しかし、それで人に害をなしてしまっては、オレ達異能者は怪物と同じだ。

 タイミングを見計らい、5人で青年の前に飛び出す。

 

「そこまでよ!」

「この街での悪事は絶対に許さない!」

「おお、この子たちが例の……」

「がんばれー」

 

 事前に訓練したとおり、マスコミのカメラを意識して言動をつくる。

 本当は話し合いで済めばいいのだが……こんな演出だと、彼の立ち位置は完全に悪役になってしまう。すこし心苦しい気持ちになり、手を出すのはためらわれた。

 しかしこちらも仕事だし、彼はもう犯罪に手を染めた後だ。やるしかあるまい。

 

「みんな! 変身を!」

 

 スマイルパクトを取り出す。

 青い光がそこからあふれ……、

 

「え? うわあっ!」

 

 何かが伸びてきて、オレの顔をしたたかに打った。

 頬に痛みが走り、思わず顔をおさえてうずくまる。

 

「何が変身だ。長いんだよ。隙だらけだ」

「………」

 

 憮然とした表情で言う。言っていることはたしかに、その通りだ。

 ……ああ。しかし。

 やってはいけないことを、あいつはした。

 

「お前さんよお……変身の途中で攻撃したらいかんっちゅう、不文律を知らんのか?」

「姐御、落ち着いてくれ! 素が出てる!」

 

 じわじわと怒りの表情を見せ始める薬師寺の姐御を見かねて、背の高い蒼乃さんが後ろから抑える。

 それが逆効果だったのか、彼女は顔を真っ赤にして暴れるのだった。

 

「離せええ!! お前のおっぱいが背中に当たっとるわああ!!!」

 

 にわかに現場の温度があがりだす。

 オレは、やつに殴られた頬の痛みを反芻する。

 

「青木さん、どうする? ケンカを売られたのはアンタだ」

 

 菱川が膝をつき、オレの顔を覗き込んできた。彼女のその瞳の内に、隠せない闘志が燃えているのがわかった。

 足に力を入れて立ち上がり、周りを見渡すと、みんなはオレの言葉を待っていた。同じ気持ちを分け合ってくれているのがわかる。オレのこの痛みは、きっと彼女たちも感じているのだ。

 あいつは無碍にした。何を?

 ……美少女の変身中に攻撃してはならないという、ただひとつのルールをだ……!

 

「みんな……! オレは今からなりふり構わずやる。お約束を守らないやつが、そして女の子の顔に傷をつける奴がどうなるのか……教えてやろう」

「よく言った青木。みんなァァァッ!! 変身じゃあああああ!!!」

 

 爆音とともに天から、あるいは地から吹き出した青い輝きが、オレたちを包む。

 わずかコンマ以下の短い時間で、5人全員の戦闘準備が完了した。

 バンクスキップである。一刻を争うような緊急事態に備えてオレたちが身につけた、新たな能力だ。

 敵が身構える。ここからが戦いだ、などと思っているのだろうか。

 ちがうね。今から始まるのは、ルールを侵したものへの処分である。

 

「かあああっ……プリキュア! 大海嘯

「う、うおあ……!!」

 

 アクア姉さんが知性の欠片もない技を繰り出した。津波のごとき勢いで放出された水がヤツをのみこむ。

 オレたちもまた追従し、それぞれの力を振り絞る。

 

「プリキュアーッ! 瞬間冷凍波ーーッ!!」

「プリキュアダイヤモンド拳骨」

「ずおりゃーーっ!!」

 

 濡れた敵に凍える吹雪を当て、動きを鈍らせる。すかさずダイヤモンドの拳が顔面に炸裂し、ベリーの長い脚から放たれた蹴撃がやつを弾き飛ばす。

 

「が、がはっ……!」 

 

 必殺技の連打をくらい、敵が膝をついた。アンジュの姐御が大股でにじり寄る。

 

「死にさらせ!」

 

 そしてその頭を鈍器で殴った。あの人の持つ魔法のステッキ、アンジュハープによる凶器攻撃だ。本当は相手を傷つけるための道具ではないのだが……。

 頭をおさえてうずくまるゴムのやつ。そのまま全員で取り囲んでタコ殴りにする。身体を庇う仕草を見るに、どうやら痛みは多少感じるらしい。

物理攻撃に強いとの事前情報なので、遠慮はしない。

 そのままそいつが「ごめんなさい」と口にするまで、オレたちは一人をよってたかって袋叩きにしたのだった。

 

 

 

「う、ううーむ」

 

 職場の休憩所で、テレビで放送されている自分たちの“活躍”を見て唸る。ちょっとやりすぎたかもしれん。

 しかし街の人々からは、意外と応援の声が多いようだ。それを聞いてやや安心する。この商売、イメージが大事なのだそうだが。

 課長はファン層のターゲットに想定していた女児たちにウケなかったのを、たいそう嘆いていた。人気に合わせて自社製品の広告塔にするという予定だったそう。

 この業界の話だが、例えば地方で活躍しているとある魔法少女の方が女児への広告塔として人気だったりするらしい。あっちの戦闘スタイルもオレらとそんなに変わらないと思うんだけどな……。

 テレビを見ながら菓子をボリボリ口にしていると、横から菱川に話しかけられる。蒼乃さんも一緒だ。

 

「青木さーん、訓練終わったら蒼乃さんと服買いに行こうぜ。あんたセンスないから」

「なんだとぉ?」

「ちゃんと内面から女子になりきらんと俺達売れねーぞ」

「そうそう」

「ああもう、わかったよ」

 

 他愛ない会話をする。近頃は懐にも余裕ができて生活が充実しているが、支出も増えてきて微妙に本末転倒な気もしている。まあ、楽しいからいいか。

 

「みんな! 集まってくれ! 次の依頼があったらしい」

 

 水無月姉さんが大声で休憩所に駆け込んできた。みんなで顔を見合わせ、会議室へ急ぐ。

 ――オレのアルバイトは、悪をくじき人々を助けること。

 有給あり。賞与あり。労災雇用保険加入済み。勤務日は原則週に2回。

 この街の日曜日の平和は、主にオレ達が守るっ!

 

 

 

 

 

~次回予告~

 

「ぎょえええ!!??」

 

 バイト組のみんなで集まり、市営プールに遊びに行ったオレ達。ひとしきり互いの水着姿に鼻血を流してから脱衣所に戻ると、薬師寺の姐御の下着が何者かに盗まれていた……!

 

「おんどれ……犯人は私刑(リンチ)じゃああああ!!!」

 

次回

ハードパンチャープリキュアネオ超能力ロボ

 

  第26話

 

 お楽しみに!

 

 


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