笑い声をあげるかつての兄に向って、メリルは震える腕で槍を構えた。
否―――それはもはや兄ではない。
メリルは、目の前で不快な笑い声をあげるかつて愛したその「何か」に手にした十字の槍を向ける。
もはや、ファウストには、今から襲おうとしている少女が、自分の妹であるメリルであることなどわからない。
当たり前である。今のファウストは《クトゥール》なのだから。
「ギハハハハハハ!恐怖に叫ぶ魂を捧げよ!」
地面を蹴って、一瞬でメリルに接近した《クトゥール》は、メリルに向かって手にした杖を叩きつける。メリルはその一撃を槍で受け止めはじくと、今度は自分から「それ」に刃を突き出した。
が、《クトゥール》は地面を蹴ると一瞬で退き、無造作に空中を殴りつける。
そこから生まれたのは、討也が生み出すそれには及ばないものの圧倒的な威力を備えた衝撃波。
本来ならば、この技をクトゥールは使わない。が、討也がそれをやって見せたために、それを学習したのだ。
しかも今のクトゥールは、昨日討也が戦った時よりもはるかに強くなっている。
昨日から、メリルと戦うその時まで、クトゥールは百を超える人間の魂を「食って」きたのだ。
この村に転がっているいくつもの「人間だった物」はすべてクトゥールに食われた後なのである。
衝撃波によろめいたメリルに、クトゥールは距離を詰め食らおうとした。
だが、ここで異変に気付く。
体がピクリとも動かないのだ。
「!?」
なぜだ?とクトゥールが原因を探ろうとする前に。
「焔眼の火玉!《ひのめのかぎょく》」
そんな声とともに、巨大な火の球がクトゥールめがけて放たれる。
直撃コース。だが、体は動かない。クトゥールは、スキル「ガーディアン・ヒール」を使い、食らったダメージを一瞬で回復させる。
「そういやそんなのも有ったな」
くははははッ!と楽しげに笑いながら、見覚えのある黒いコートを着た少年が、上空から自分を見下ろしていた。いったいどうやったら翼もなしに空中に制止できるのだろうか?
だが、討也はもちろんクトゥールがそんな疑問を浮かべていることなど考えてすらいない。たとえ聞かれても「俺はチートだからな」と簡潔に答えるだろう。
赤い、マチェットのようないびつな形状をした太い大きな剣を、だらりと下げた討也は、楽しげな笑みを浮かべながら、クトゥールに言う。
「昨日ぶりだな。用のついでに殺しに来たぜ」
用―――討也は、結局メリルの命を助けることにしたのだ。
かつ、クトゥールが数十年後魔王として再臨できるようにもしなければいけない。
だが、チートである討也にはそれが可能なのだ。
ついでに、そんな扱いを受けて気を良くする人間などいない。しかも討也は、ついでで自分を殺すと言っているのだ。クトゥールは怒りのままに凶悪な笑い声をあげると。
「貴様も我に食われに来たか!!」
討也めがけて地面を蹴り跳びかかる。
それに対し、討也も空中を蹴って向かってるクトゥールとの距離を殺すと、「朱竜の焔眼」を移植した武器を叩きつけながら言った。
「だからよ、百年経ってからまた来いって!」
大した力はこもっていないように見える一撃。
だがそれは、赤い武器の攻撃を杖で受けたクトゥールを、あっさりと地に叩き伏せた。