頭上に、黒い刃が振り上げられた。
デウスは、なぜかその黒い刃を絶対に受けてはいけない気がした。
神であるデウスは、当然人間とは比べ物にならない強力な肉体を持っている。が、それでも目の前で振りかざされている黒い刃は危険だと感じた。
故にデウスは、無理やりに掴まれた槍を黒い竜の手から引き抜くと、槍で黒い大鎌を受けるのではなく、その場で地面を蹴って跳び退いた。
斜めに、叩き落とすように振るわれた刃が、一瞬前までデウスが立っていた場所を抉り飛ばす。
明らかに尋常ではない威力が地面に放たれたことが分かった。
それを回避できたことに、ほっとしたのもつかの間、デウスはギクリと身を硬直させた。
攻撃色に満ちた黒い竜の眼が、自分を直視していた。別にそれ自体は何の不思議もない。攻撃を躱したデウスをその竜は視線で追っただけの話。
だが、その視線を向けられたデウスは、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。気のせいだろうか?デウスには、黒い竜が嗤ったように視えた。
―――来る!
直感に従い、デウスは再び地面を蹴り水面に降り立つ。
黒い竜は、デウスが飛び退く直前、無造作に左手を地面に叩きつけた。
そこから竜の身体と同じく黒い「何か」が地面から剣のようなものが、デウスの居た場所をまで次々と生えていく。
デウスにとって予想外だったのは、それが先ほどまでデウスがいた場所で止まることなく水面からも黒い剣が次々に生えてきたこと。
「ッ!?」
後ろに引けばすぐに追いつかれる。
逃れられる場所は……空。空中にデウスは水面を蹴り跳び上がった。
瞬間、地面から水面にかけ生えていた黒い刃が一瞬で消える。
一体あの黒いものの正体はなんだというのか?そんな疑問を持ったデウスは、すぐにハッと前を見た。そこには、大鎌を持った右腕を、爪の生えた左腕を、両の腕を振り下ろしてくる黒竜の姿。
避け切れない。
デウスは、左腕を蹴りあげると、右腕の黒い刃を槍で受け止めた。
ズシリと、重い衝撃がデウスを襲う。そして同時に、ピキッと言う何かがひび割れる音。
視線の先、打ち付けあった大鎌と槍。音は槍がわずかにひび割れた音だ。
デウスの眼が驚愕に見開かれる。
そして、この黒い大鎌の正体が先ほど地面から生えてきた黒い刃と同じものであることに彼は気づいた。
―――なんだというのだコレは!?
このままでは、槍が切断され、その刃は自分にも届く。
「されるか!」
がら空きの竜の腹を、デウスは神速で蹴り飛ばす。神無討也が最初にそうしたように。
だが、デウスがそうしたのと同じように、黒い竜もそれを左腕で防いだ。
蹴り飛ばした衝撃で、槍と大鎌の刃が一瞬離れる。
その一瞬を見逃さず、デウスは今度こそ必殺の、神速の突きを繰り出す。
だが、黒竜は、右手に持った大鎌でそれを弾き飛ばした。右腕上に跳ね飛ばされる。ギリギリで槍はつかんだままだ。
―――まずい。
デウスは次は左腕での攻撃が来ると予想した、躱すすべはない、防ぐこともできない。ならばせめて少しでもダメージが軽くなる受け方をしなくては、と、デウスは思考を巡らす。
だが、攻撃は来ない。
その代り、黒い炎のようなものが、黒竜を包み込んでいた。
今度は何をしようというのか。
何となく黒い炎に触れてはいけない気がしたデウスは、空中を蹴り距離を置いて水面に立つ。
ゆらりと、黒い炎が右側に集まり、再び大鎌の形を成す。
そして、集まった黒い炎の中から、黒い少年が姿を現した。
ありえない。どうやってその姿に戻った?どうやって「ドラゴン・インジェクション」を解いた?
驚愕にその瞳を見開いたまま、デウスの中に生まれるのは疑問だけ。
少年は楽しげな笑みを浮かべ、大鎌を両手で持ち構える。
ゆらりと、鋭い殺意が向けられる。デウスは、それがすぐに「王威」、王の力であることに気づいた。
そして同時に理解した。
―――その少年は別に自分に挑もうなどと考えているのではないのだ、と
デウスは思い出す。少年が最初に行っていた言葉を。
―――ちょっとばかり……死んでもらおうと思っただけだ、少年はそう言っていた。
自分を倒す気で戦っている。殺す気で刃を向けている。
―――そして自分を倒しうる実力もある。
ならば。
自分を倒すかも、殺すかも、超えるかもしれない、同等の力を持つ存在。
それならば。
「わが名は[龍神]デウス。……さあ、我を殺してみるがいい!我を超えてみるがいい!来い!人間!!」
「敵」と認めた存在に、「相手」と認めたその少年に、神たるデウスは名乗りを上げる。
「俺は[神殺王]神無討也。………さて、せいぜい足掻いてくれよ?俺を……楽しませろ!」
討也は空中を蹴り大鎌をデウスに叩きつける。デウスはそれを槍で受け止めた。
ガチリと、鈍い音が響く。
「[神殺王]神無討也……滅ぼしてくれよう!!」
「くははッ!殺してやるよ…[龍神]デウス!!」
ありったけの敵意を、殺意を向け合った神と神殺は、お互いに楽しげな笑を浮かべ、それぞれの二の刃を繰り出した。
ここまで来るのに50話……道のりは長い!