俺が起きたのは9時半くらいだった。正直、これでも早起きな方だと思う。こーゆうキャパオーバーするような激務(?)をした日の後ってのは昼頃まで寝ててもおかしくはないと思うけど、幾ら休んでていいって言われたところでルーチンが変化するわけでも、大きく崩れるわけでもない。なんか、何もないと改めて昔の趣味に走ろうだとか、普段と別のことをしようとか、そう思わなくなってくる。これが所謂「感覚が麻痺した状態」ってゆーのかな。
「何かしよう」つっても、唐突に決まった休暇だし全然すぐに思いつか…あいや、たまには外食するか。それ以外は何をしようか。どっか遊びに行こうつってもなァ…。
少し頭を動かすと、昨日だか渚君から譲ってもらった子猫が俺の横で丸くなってる。俺らが帰って来た時には既に色々家財が増えてたし、アスカは本気らしい。病院行く分の金は出してやらねぇとな…。
そいや、寝る前に感じてた重さがない。レイはもう起きたのかな。関節が痛むなか、ゆっくりと立ち上がるとレイがコーヒーを淹れてくれていたようだ。
「おはよう、エイジ君。遅かったわね。」
「おはよう、レイ。なんか久々に熟睡した気がするよ。」
「コーヒー淹れたから、飲んで。」
テーブルにはレイが座って、コーヒーを飲んでいた。なんか、このテーブルにゃいつも俺ら以外の誰かしらが座ってるからか、家に俺らだけの、静かな空間ってのが不思議な感覚だ。
俺もレイの真正面に座る。
「ありがと。それじゃ……ん?こいつは…。なあレイ、これ砂糖どんだけ入れたんだ?」
「棒状の袋のを二本だけ。嫌い…だった?」
「こんなことあんま無かったから今言うけどさ、俺って甘いの苦手なんだよね。でも大丈夫だよ。これくらいなら飲めるから。」
「嫌いなら嫌いって、はっきり言って欲しい。はぐらかされると、不安になるもの。」
「あー…ごめん。これは本当のこと。心配かけてごめんね。」
レイって、案外察しがいいのかな。それとも俺が隠しきれてないだけか。どっちだろ。
「ねえエイジ君、今日、何もないんでしょう?」
「そりゃまあ、ねえ。レイもミサトさんからも聞いたっしょ?」
「ええ。…ねえ、デートしない?」
「へ?デート?」
自分でもびっくりするくらい、非っ常に間抜けな声が出た。だってさ、レイが唐突にこんなこと言ってくるんだぜ?正直想像がつかなかった。
「ダメ?」
「ああ、まーたそうやってそんな顔して…。大丈夫だよ、そんな顔しなくたって、ちゃんと付き合うからさ。」
「ちゃんと言って。」
「え?」
「一緒に行きたいのなら、『一緒に行く』って言って。言わないのなら、行かない。」
いつものような、むくれた顔でレイは訴えてくる。ああ、やっとわかった。レイは15の俺と一緒に行きたいんだな。
「うん、わかった。一緒に行こ?レイ。」
「うん、行きましょ!」
俺らは着替えてから外出する。俺の手を引いて駆けるレイは、今まで見たことないくらい、明るい顔をしていた。
「これ、欲しい。やっちゃダメ?」
「…際限が無くなるから5クレだけだよ。」
「ありがとう。」
俺らはクレーンゲームの筐体の目の前に居る。レイはその中にあった大きいアザラシのぬいぐるみが気に入ったようで、俺にしきりに催促してきた。まあ、俺らもゲーセン来たところで太鼓は素人だしアケコンなんて触れないから、自然とこういうものばかりを見ていた。
レイは訓練の時以上に真剣な顔でレバーを操作し、目当てのものを取ろうとするが、なかなかうまく行かない。あっという間に5クレ分消費していた。
「エイジ君も、見てないで手伝ってよ。」
「俺が?まあ、結果は変わらないと思うけどなぁ…。」
俺の分ということで、2クレ分だけ挑戦したのだが、結果としては大当たりだった。両方ともアザラシってのは面白くなかったから、俺の分はペンギンを狙ったのだが、不思議と上手くいってしまった。こりゃ誤解待った無しだなァ。
「むー、できるのなら最初から手伝ってよ。」
「悪ィが全部マグレだよ…。」
次に俺らはプリクラの筐体に向かった。うわ懐かし、使ったのいつ以来だ?最早家族で使ったってこと以外思い出せねぇ。
俺らは景品を袋から出して、それぞれを抱えて数枚撮った。その後は恒例のペイントなんだが、レイは案の定初めてのようで、何を書くかずっと迷っていた。
俺はというと、迷わずレイの頭の上下にこう書いた。
『可愛い、好き!!』
『説明不要!!』
ってさ。レイのことを横目で見たら、ペンが止まって顔を真っ赤にしてたよ、そらもう湯気が出てる幻視するレベルで。そんな顔のまま、レイもペンを動かしていた。俺の左頬に掛かるように書かれたそれは、文字こそ大きくなかったものの、気持ちを伝えるのには十分だった。
『大好き。』
俺らは数枚、数パターンの大きさのものを印刷して筐体から出た。今は11時半、もうそろそろ食い物屋が混み始める頃だ。
「ねえレイ、ラーメンって食ったことある?」
「無いわ。どうして?」
「よし決まり!美味い豚骨ラーメンの店知ってるから行こうぜ!早くしないと待ち行列に巻き込まれっぞ!」
「あ、うん!」
今度は俺がレイの手を引いて走る。その店ってのは麺の固さやら、タレの辛さやらを細かく調整できるし、左右が仕切りで分けられてるから静かに一人で味を楽しめる。行ったことがない人は是非とも行ってみてほしい、一生の内一度も食いに行かないのは人生の半分以上を損してるって言っても過言じゃない。
-碇シンジ-
学校は特に何かあるわけでもなく、昼まで静かに時間が進んでいった。
なんか、教室に綾波とエイジ君が居ないってだけで、こんなに静かに感じるものなのかな。普段は二人を見て、トウジとケンスケが絡みに行くってのが普段の光景なのに、それが無いってのが変な感じ。二人もつまらないからか、僕とカヲル君に絡んできた。
「よう二人とも。一緒に食ってもええか?」
「僕は別にいいよ?ねえ、シンジ君。」
「うん、平気。どうしたの、いつもの二人が居ないからつまらないの?」
「あ、アホ!んなことがあるわ―」
「そうなんだよねぇ。最近はみんな休みがちだし、パイロットってそんなに大変なのかなぁ。でも、やっぱり憧れちゃうな~、エヴァのパイロット!」
「そ、そんなもんなのかな…。」
「ったくー、ケンスケは相変わらずやなぁ。ところでシンジ。今日、綾波とエイジが休みっちゅーのはどういうコトや?」
「ええ、僕に言われたって…」
「あのバカップルは今ごろ家でラブラブ~って感じよ!これ見ればわかるわ!」
唐突に話に割り込んできたアスカが、今朝の二人の写真を僕らに突きつけてくる。こんなものをいつの間に…。
トウジとケンスケはその写真を食い入るように見ていた。
「アスカ、どうしたのさ?」
「ムカつくのよあいつら!いっつも『私たちは幸せで~す!』って主張してきちゃって!たまには痛い目を見た方がアイツらの為よ、全く…。
ねー、それはそうとさー。今日のバカシンジの弁当、味が薄過ぎじゃない?」
「そりゃエイジ君のお弁当の味が濃すぎるんだよ。こないだだって、アスカがフライパン壊したからってエイジ君が作ってたし。」
「え~!?アレあいつの弁当だったの~!?ならバカシンジ、何でアンタも濃いめにしないのよ!」
「ええ!?そんなこと一言も言ってなかったじゃないか!」
「言わなくても分かりなさいよ、このバカ!」
「無茶苦茶言わないでよ!」
「何や、こいつらもこいつらやないか。」
「ああ、こっちの方がまさに『夫婦喧嘩』って感じ。」
「せやなぁ、エイジと綾波は普段喧嘩しとる雰囲気は無いしのぉ。」
教室に広がる笑い。僕ら二人は顔を真っ赤にして抗議する。
「「[僕/あたし]らはそんなんじゃない(わ)よ!!」」
こないだの訓練の影響か、完全にハモってしまった。全く同時に互いを睨んで、そっぽを向く。
「「ふん!!!」」
-綾波レイ-
エイジ君が行こうって言ったラーメン、少し辛かったけど美味しかった。
午後は、平日の人通りが少ないショッピングモールでお買い物をした。二人でお洋服を見て回った後、アクセサリーを見ていた。私が指輪を見ていたときは、苦笑しながら「流石に気が早すぎると思うな」って言われちゃったけど。結局、アクセサリーは何も買わなかった。
今度は腕時計を見ていると、聞き覚えのある声が私たちに声をかける。
「おや、エイジ君にレイちゃんじゃないか。こんな時間からデートかい?」
「加持さん?珍しいですね、こんなとこで会うなんて。」
「こんにちは、加持さん。葛城さんから、今日は学校も訓練も休んでいいって言われたんです。」
「ちょっと時計のベルトをね。それにしても葛城らしいな。最近君らは大変だったらしいし、いい休暇になったろ?」
「そらもう、最近働き詰めでしたしね。だいぶいいリフレッシュになりましたよ。」
「私も、楽しいです。」
「そうか。エイジ君、君にはレイちゃんが居るんだ。体も心も、溜め込むのはよくないぞ。」
加持さんは平然と言っているけど、溜め込むって…つまり……
「あーもう、それを冗談って取れるのは俺くらいですよ?もーやめてくださいよ加持さん。」
「はは、悪かったね。最後にエイジ君、この番号に電話をして欲しいとのことだ。久々に声を聞きたいってさ。じゃあな、二人とも。デート、楽しみなよ。」
「電話?わかりました。それじゃまた。」
「さようなら。」
加持さんは去っていく。加持さんが見えなくなると、エイジ君は困惑した様子でメモを見つめていた。
「電話、かけてあげて。」
「レイ。…うん、そうだね。暫く席はずすよ。ちっと電話してくる。」
「行ってらっしゃい。」
エイジ君は早足にどこかへと行った。………やっぱり、これがいい。革ベルトの色を指定して、二個買った。
-影嶋エイジ-
「…もしもし。」
『エイジか?久々だな。向こうに行ってからは連絡の一つも寄越してくれなかったじゃないか。割りと心配したんだぞ。』
「この声、もしかして…。ねえ、魚はもう食えるようになったの?」
『いいや、相変わらずだよ。』
「やっぱり。久々ね、親父。」
『そうだな。最近はどうだ?第三新東京市に行ってから音沙汰なかったからな。心配だったんだぞ?』
「それはごめん。仕事が無限に忙しかったもんでさ。」
『そうか。…なあエイジ、この先、重大な決断を強いられる事が何度もあるだろう。それでも、最後は必ず「自分の意思」に従え。決して他人の意思に流されるな。』
「どうしたんだ親父?らしくないこと言っちゃってさ。」
『俺はいつでもお前を見守っている。頑張れよ。』
「ありがと親父、喋れてよかったよ。加持さんにもよろしくって言っといて。」
『わかった。じゃあな、エイジ。』
-綾波レイ-
近くのベンチで座って待っていると、エイジ君は電話を終えて私の隣に座る。
「お待たせ。悪いね、長電話になっちったよ。」
「平気。…はい、エイジ君の分。」
小箱を渡す。今度はすんなり受け取ってくれた。
「開けていい?」
「ええ。」
昨日のように丁寧に箱を開けると、さっき買った腕時計が出てくる。
本体は銀色で、ストップウォッチが付いている程度のオーソドックスなものだけど、ベルトは二人でお揃いのネイビーブルーの革ベルトになっている。
「なかなかイカした時計じゃん。俺好みのデザインだ。ベルトが革ってのが少し不安だけどね。」
「お揃いなの。いいでしょ?これ。」
私は左手に既に着けた時計を見せる。彼も時計を腕につけ、互いに見せ合う。
「似合ってるよ、レイ。」
「エイジ君も、ぴったり。…ねえ、もう一回、撮っていかない?」
「賛成。それじゃ、行こうか。」
「ええ。」
デートの帰り道。私たちは並んで手を繋いで歩いている。
「今日、楽しかった。」
「そうだね。正直、俺も明日からまだ仕事に戻るんが嫌になるくらい楽しかった。」
「そうなの?よかった。」
エイジ君の心が、少しでも楽になって欲しい…そう思って朝に葛城さんに相談したお陰だろう。
『そういえばさ、昨日エイジ君が持ってたのって、レイからのプレゼント?やるわね~。』
『そ…そうですか?でも私、もっと何かしてあげたいんです。どんなものがいいと、思いますか?』
『そうねぇ~、”デート”なんてどうかしら?』
『デート、ですか?』
『そう。せっかくの休みなんだから、二人でどこかに遊びに行けばいいのヨ。』
『でも、どこに行けばいいのかわかりません。それに、エイジ君が一緒に来てくれるか…。』
『そっか~。
まずね、デートってのは二人っきりでゲーセンに行って遊んだり、お買い物したり、お食事したりすることよ。レイの行きたいと思ったところに行けばいいの。思いっきり楽しめばエイちゃんだって少しは気持ちが楽になるはずよ。
それで、一番の問題がエイちゃんを誘うことだと思うの。でも大丈夫よ。』
『どうしてですか?』
『彼、あれでもレイのこと大好きだから、少し強気に行けばちゃんと乗ってくれるわよ。そういうところはすぐ折れちゃうから。それに、帰ってくるころには…やば、もうこんな時間!また連絡するわ、頑張ってねレイ!行ってきます!』
『行ってらっしゃい。……ありがとうございます。』
今朝、葛城さんに訊いてよかった。こんなに幸せな時間があるなんて、知らなかったもの。
最近、エイジ君の色々なところがわかってきた。
わかってるのに気づかないフリをしてるのも、いつも顔が赤くなりそうなのを必死に隠してるのも、本当は寂しがり屋なのも。
そして、それらを全部隠し通そうとしてるのも。
でも、私の前では、少しだけそれを見せてくれた。そんな彼が、可愛く感じた。
これは、私の特権。
そんな幸せを満喫していると、メールが来る。葛城さんからだ。『準備OK』…どんな反応をしてくれるのだろう。
「どーしたんだ?そんな嬉しそうな顔しちゃって。」
「内緒。」
「なんだそりゃ。」
彼は笑いながら返す。やっぱり、前よりも柔らかい表情。そんな頬を触ってみたくなった。左手を伸ばして、人差し指で左頬をぷにっとひと突き。…柔らかい。
「ひっ!?なななななな何何なに!?」
「あ……ふふ、可愛い。」
「なんか最近、意地悪くない?」
「エイジ君、可愛いもの。」
「な、何それ…。」
可愛い。
家の扉の前まで来た。彼の反応が、もう楽しみに感じてくる。
「ただい―何だ?みんな揃って出迎えとはらしくな」
パパパン!
「お誕生日おめでとう!」
「お誕生日おめでと~!」
「お
3人の手からクラッカーが鳴らされる。彼は酷く驚いた様子だった。
「あ……え……?」
「ごめんね、本当は昨日やろうと思ってたんだけど、色々面倒が重なっちゃって…」
「ミサトがケーキの注文日時ミスったからでしょ?」
「あ、アスカ、それを言わないでよ!」
「今日くらいは全部任せて。たまにはこういうのも―エイジ君?」
彼は右手で口元を隠してる。それでもわかるくらい赤面してる。
じりじり…
ばっ!
カチカチカチカチ…
プシュー
ドン!
物凄い勢いで隠れちゃった。あんなに顔を真っ赤にしてる彼、初めて見た。やっぱり可愛い。
こんな姿を見たからか、私以外の全員はポカンとしていた。
「何よアイツ、人がせっかく祝ってやってんのに…。」
「照れ隠しなの。可愛いでしょ?」
「はぁ?ったく、これだから惚気てるのは…。」
「じ、じゃあ僕は一回戻ってるから。あ、ちょっとダメだよリーベ!テーブルの上に上がっちゃ!アスカ~、頼むよ~。」
(ニャ~)
「わかったわよ仕方ないわね!」
惣流さんもドタドタとリビングへ向かってしまう。
「エイジ君、二人とも向こうへ行ったし、入りましょ?」
(い、いやその、心の準備が全く…)
「あらエイちゃん、いい機会じゃない。素直に祝われなさい。」
少し経つと、彼が扉から入ってきた。顔もそうだけど、少し目元も赤い。
「ただいま。さ、行きますか。」
「そうね。さー、今日はビール飲みまくるわよ~!」
葛城さんは上機嫌にリビングへ向かっていった。
「ねえエイジ君。泣いてたの?」
「え?んなまさか。」
「嘘つき。知ってるのよ?聞こえないように鼻すすってたでしょ。」
「…はは、レイには敵わねぇや。」