-綾波レイ-
エイ君、いつになくとても怒ってた。ちゃんと謝らなきゃ。私が…勝手に彼の秘密を聞いちゃったんだから。
「ただいま…。」
家に帰ると、エイ君はアスカとの練習をしてた。アスカ、碇くんとの練習で本当に上手になった。スーパーな人…少し羨ましい。荷物を部屋に置いてリビングに行くと、エイ君が声をかけてくれる。
「あ、お帰り。悪い、気付かなかったわ。」
「いいの。練習頑張って。」
「ありがと。んじゃアスカ、続きやろう。」
またこの笑顔をしてる。なんだか、これを見てると不安になってくる。多分、エイ君は私が不安に思わないように黙ってくれていたのだと思う。でも、それでも言って欲しかった。自分だけで背負って、苦しい思いをしないで…。
連弾の練習も、全然集中できなかった。だって、余りにも彼が普段通り過ぎて、怖くなってきたの。あんなことがあったのに、私に変わらず接するエイ君が、初めて怖く感じた。
終わった後も、ずっとそれが気になって仕方なかった。今夜もまた外を歩くのだろうけれど、上手く喋れる自信が無い。
ドアをノックする音。…行かなきゃ。
「レイ、今日は大丈夫?なんか不調そうだったけど。」
「ううん、平気。」
「本当?」
エイ君ズルい。自分ばっかり私を心配してるのに、私には心配させてくれないなんて。
「本当。大丈夫だから。」
「そう?じゃ行こうか。」
「うん。」
-影嶋エイジ-
家を出ようとすると、ふと空気の匂いに気付く。俺は引き返して傘を持ってくる。
「どうしたの、エイ君。」
「雨降りそうな空気だからさ。はい。」
「ありがとう。私、こういうのわからなくて…。」
「何度か経験すればわかるよ。空気の匂いって思った以上に変化するからさ。」
俺らはその後は特に話すこともなく、静かに近所を歩いていく。それにしてもレイ、どうしたんだろう。何度か気分が落ち込んでたときはあったけど、今はその原因がよくわからない。
ん?腕に水滴が落ちてきた感覚。掌を空に向けて軽く腕を前に出すと、やっぱり雨が少し降ってきてるようだ。
「あ…本当に降ってきた。」
「だろ?ちっと公園寄るか。」
「うん。」
俺らは公園の中央にある、屋根のついたベンチに座る。といっても背中合わせという普段のレイからは考えられないものだったけど。何だか、不安だ。
俺が何か訊こうとしたとき、レイが話を切り出してくる。
「エイ君、その…帰り際はごめん。本当に出来心で…。」
「アレくらいは平気だよ。もしかして、それで悩んでたの?」
「そうじゃない、そうじゃないけど…。本当に何でもないの。それに…エイ君にこれ以上心配かけたくないし。」
「何だよ、「これ以上」ってさ。別に俺をサンドバックにしてくれてもいいのよ?」
「じゃあ……訊かせて。どうしてエイ君はいつも自分だけ辛い思いをしてるの?」
「それが俺の仕事だから。他の3人だけが前線に出てるのに、俺は他の大人と同じ後方任務だ。だったら、俺だって痛みを背負いたいんだよ。」
「だからって、無茶をしないで。青色の四角い使徒の時だって、エイ君が庇ってくれたあと、目覚めないんじゃないかって、とても怖かったんだから。」
「知ってる。それの後で、俺にもうシステムに乗らなくてもいいようにってレイが思ってるのも知ってる。でもさ、俺はそれでもシステムに乗って戦わなきゃならないんだ。」
「…どうして?」
「俺の予備パイロットとしての意地だ。」
本当は違う。
俺の過去の贖罪。中学生の子を戦場に立たさなければならない責任感。
でも、この言葉は欠片すら口から出てこない。
「嘘。」
「え?」
「エイ君、本当は怒ってるんじゃないの?辛いんじゃないの?おかしいよ、あんな…私があの話を聞いてたのに、今はこれっぽっちも怒らないなんて。」
一瞬表情が崩れるけど、声色だけは変えずに応答する。
「辛くなんか―」
「嘘!あのときあんなに怒ってたのに、怒ってないはずない!ねえ、本当の事を言って。辛いなら辛いって言って。これじゃあ私、エイ君に何をしてあげたらいいの…?一緒にいるのに…。」
「俺は…俺は本当に平気。平気だよ。」
レイは立ち上がり、俺の左側に座る。それから両手を俺の頬に添えて、自分の方を向かせる。
「私の目を見て言って。」
「っ………。」
レイの目を見たとき、あの子の目と同じモノに見えてしまって、自分の目を逸らしてしまった。またあの目を見てしまうと思うと、怖かった。
「お願い、私を見て。エイ君、いつか碇指令のような目をしそうで…怖いの。だから―」
「ごめん」
「え?」
あの目を見て、はじめて自分の心が少しだけ崩れるような気がした。自分を制御できず、考える間もなくレイに抱きついていた。
知っていた。知っちゃいたけど、変われなかった。
俺の心はずっと過去に引っ張られ続けてること。それがずっと苦しかったこと。
レイと同じ位置に居るのが怖かった。また繰り返しそうだったから。
一度だけ本当の心を吐露した時だって。
なら、俺は一歩離れた所にいた方が互いにいいと思った。
俺の心を殺してでも。
「こんな俺でごめん、レイ。今だけは…甘えてもいいかな。」
「今だけじゃなくても、ずっと甘えてもいいの。でも約束して、もっと自分を大切にするって。辛かったら、私にも言ってくれるって。私もエイ君がいなくなるの、嫌だから。」
レイもまた優しく抱き返してくる。これじゃ、いつかと同じ……いや、逆の立場か。
「わかった。ありがとう、レイ。」
今の言葉だけで、少しだけ救われたような気がした。ただただ安心感と涙が俺の中から静かに溢れてくる。
いつか俺も…自分の罪と真っ向から向き合えるのかな。
-惣流・アスカ・ラングレー-
テレビ、今日はつまんないのばっか。チャンネル変えるのも飽きてきちゃったし、ゲームしよっと。
あ…またチェロの音が聴こえてくる。シンジのチェロって、聴いてて落ち着く、綺麗な音なのよね。ずっと聴いてられる。
ゲームをしてた手も止め、テレビも消音にする。心地良い音。確かこの曲はカノンよね。バ影嶋、なんでまたそんな曲を。まあ綺麗な音だからいいや。
終わった後もしばらく余韻に浸っていると、シンジから声をかけられる。
「アスカ?寝てるの?」
「起きてるわよ。どーしたのよ一体。」
「テレビつけっぱなしだよ?またエイジ君から怒られるよ。」
「じゃあ消しといてー。」
「はぁ…仕方ないなぁ。」
なんだかんだ言ってやってくれるのよね、シンジってさ。
「そういえば、二人遅いね。普段ならもう帰ってきてる時間なのに。」
「どーせあいつらなんて、どっかでラブラブチュッチュ~なんてやってんのよ。ヤな感じ。」
「アスカ、いつもそれしか言わないよね。でもそんなことやってるのが普通に想像できちゃうけど。」
「だってぇ~、あいつらいっつもベタベタなんだもーん。家出る前のバ影嶋の困り顔、いい気味だったわねぇ。」
「ほんと、何があったんだろ。」
「ねーシンジ、あいつらどこまで進んだか知ってる?」
「な、何で僕に訊くのさ!?」
「だって~、シンジが一番アイツと長く暮らしてるんでしょ~?そーゆうことの話題の一つや二つくらい出てこないの?」
「知らないよ…。エイジ君だってそういう話題振られると露骨に嫌がるし。」
「他にもさ、寝てる時にベッドが軋む音とかバカ波の喘ぎ声とか…」
「ない!ないから!」
顔真っ赤にしてる、お子ちゃま~。でもちょっと期待外れねぇ、帰ってきたら思いっきり冷やかしてやろうかと思ってたのに。あ、でもこないだの事を考えるとスルーされそうかしら。アイツ、私の裸見ておきながら耳すら赤くなってなかったし。
にしても狙ったところがことごとく撃沈したわね。面白くない。
そ~だ、もっとシンジをからかってやろ。
「何なのさ、僕の方見てニヤニヤして…。」
「ねえ、キスしてみない?」
「ぶっ!?ゲホゲホ、何言い出すんだアスカ!?」
「いーじゃない。何、ビビッてんの?」
「そういうんじゃなくて……」
「それにアイツらがイチャついてるのに羨ましいとか、そういうのも感じないわけ?」
「そりゃあ何も感じないなんてことはないけどさ。」
「それじゃやるわよ。」
「へ?」
-綾波レイ-
雨が上がって、私たちは帰ることにした。
普段は消極的なエイ君が、今日は自分から手を繋いできてくれて、普段より寄ってくれた。
「雨降った後で少し寒いからさ…近くにいさせて。」
「別に寒くなくてもいいのよ、エイ君。」
「そうなのかな。」
「素直じゃないんだから。」
「前よりかは素直になった…いや、なれたよ。」
-碇シンジ-
唐突にアスカからされたキスに対して、正直何を考えればいいのかわからなかった。ただ顔が真っ赤になっていって、何も考えられなくなっていった。
(たっだいま~。)
「げ、ミサトだ。」
アスカは僕の額をどついて、座ったまま動けない僕を無理矢理突き放す。当然僕は背中から転げ落ちて、派手な音を立ててコケる。
「あ゛あっ!!!いってて…。」
「あら、大丈夫?なんか大きい音したけど。」
「バカシンジがコケただけ、大丈夫よ。」
「そう?気を付けてよね~。」
訳わからない。何を思ってアスカはこんなことしたんだ?
(言っとくけど、今日のはキマグレよ。勘違いしないでよね。)
(わかってるよ…。)
痛ったい…。何でこんな目に遭わなきゃならないんだ?ほんと訳わからないよ…。立ち上がるのと同じくらいに外に出てた二人が帰ってくる。
「ただいま。」
「ただいま。だいぶ遅くなったな。」
「お帰り…。」
「どーしたシンジ、アスカに何かされたんか?」
「え!?どうしてわかったのさ?」
「そらさ、さっきミサトさんが帰ってきたくらいだろ?それまでに何かあったんならアスカに何かされたんが筋だ。だいたいそれでどうして顔を赤くする必要があるんだ?」
「なっ!?!?」
「悪い、流石にイジり過ぎたな。じゃ、俺は風呂入って寝るわ。」
「私も。おやすみ、碇君。」
「お、おやすみ…。」
今日はもうダメだ、僕もさっさと寝よ。
-影嶋エイジ-
「エイ君、もう寝よ…。もうすぐ12時よ…。」
「ごめん、これさえ終われば全部終わるんだよ。……終わった。お待たせ。」
「お疲れ様。寝ましょ。」
「うん。」
俺はいつかレイにしたらしい、レイの肩に腕を回して抱き寄せる。前は寝ぼけてらしいけれど、今はそうしたかったからそうした。
「なあレイ、俺はこんな幸せを享受していいのかな。」
「いいの。でも、何かつらい思い出があるのなら、いつか話して。私も、エイ君に秘密を話したんだから。」
「わかった。気持ちの整理がついたら話すよ。」
「そう言ってはぐらかすのは無しよ。」
「わかってる。これは絶対話すよ。」
「おやすみ、エイ君。」
「おやすみ、レイ。」
4時くらいに、ふと目が覚めた。昨日のこと…自分の罪…向き合うためにも、引き出しから一冊のアルバムを取り出す。見て見ぬふりをしてきたこれに、もう一度…。
裏表紙を開くと、綺麗に切り取られた数ページが顔を見せる。大学の頃の楽しかったけれど、同時に苦しい思い出でもあるそれを見る。
「霞ちゃん…。俺は赦されてもいいのか…?」
それからの俺らは特段大きな出来事もなく、練習も順調に進んでいった。学校も一度だけ渚君からキーボードで相談があったくらいかな。
そんでもって本番4日前。俺らはケンスケに呼ばれてスタジオに来ている。何でもケンスケの親父のコネを使って貸し切りにできたんだとか。ヤバいなNERV関係者。
「すげーなここ。ケンスケの親父どーなってんだ?」
「まま、細かいことはいいからさ、さっさと収録しようぜ?」
最初はバンドの方から収録を始めた。ケンスケとトウジのコンビはともかく、そこに山岸さんと渚君が入ってくるってのがなんとも不思議な感じだ。でも全員上手くまとまってて、なかなか上手いな。ことに渚君はピアノができるんだろなって感じだ。指の動かし方が最近始めた人間のそれじゃない。
『よ~し!今までで最高に上手くいった!』
『どうやったみんな!』
「みんな上手だったよ。」
「ま、あたしの歌唱力には勝てないでしょうけどね。」
「アスカ、最初はボロボロだった癖にさ。」
「ほんとだよ、それが一番苦労したってのに。」
「うっさい!」
『あ、あの…それで、結局どうでしたか?』
「よかったと思うよ。んでも山岸さんはも少しだけはっきり歌詞を言ってもいいと思うな。」
『あ、ご、ごめんなさい。それじゃ次はそうします。』
「別に謝ることじゃないさ。」
少し休憩をしてから、再度収録。聞き比べてみると、やっぱりはっきり言葉を発している方がやっぱり全体の纏まりが良かった。
「本当だ、こっちの方がいいですね。」
「でしょ?」
「それじゃ、次はあたしらね。」
「んじゃアスカからやるか。多分あの歌が一番キツいだろうしね。」
「オッケー、それじゃやりましょ。」
-山岸マユミ-
最初は抵抗があったけれど、みんなと練習していると嫌なことを忘れられる、そんな気がする。私が小さいころの事も、今までの事も。
今まで私は、私の心に入ろうとしてくる人、私の世界に干渉してくる人…そんな人が嫌いだった。でも、今はそれが文字通り起きている。あの、大きいロボットに助けられた時以来、ずっと…。
人の心を覗けるというのは不快でしかない。だって、私が知らなくてもいいどうでもいいことが頭の中に流れてくるから。鈴原くんと相田くんはいつも破廉恥なことを考えてばかりだからあまり好きじゃない。渚くんは何故か心が読めない。だから彼だけは近くにいても特に何も感じない。
今日会った彼らは―
一人だけ、心と表情がずっと食い違ってる人がいた。影嶋くんは、心の中では激しい後悔と自責が渦巻いているというのに、顔どころか心の表層にすら一切出してこない。どうやったらあんな風に笑えるのかしら…。でも、演奏している時だけはそれを感じない。こんな人は初めて会った。彼の心を覗いてしまってから、ずっと他の人の感覚が掴めない。
え、何!?一瞬、強い敵意を感じた。誰かが私の中に入ってきているみたい…嫌な感覚。
-綾波レイ-
みんなの前で連弾するのは少し緊張したけれど、上手くいってよかった。アスカも碇君も調子よさそうだったし、これなら本番も問題なさそう。自分で言うのもアレだけど、たった一か月でこんなに上手になるとは思わなかった。
その他にも少しだけみんなで楽器を交換してやってみたり、歌う人を変えたり、みんなで同じ歌を歌ったり。楽しい時間だった。
でも、さっきからエイ君の様子がおかしい。何かに困惑しているような、そんな目をしてる。
「みんな、今日はありがとう。文化祭の時には焼けてると思うから楽しみにしておいてくれよ。俺は家帰って編集してくるからさ。」
「お、そいつは楽しみだ。」
「それじゃ、今日は解散。お疲れ様。」
「「「「「お疲れ様。」」」」」
各々が部屋から出ていく中、小声で訊いてみる。
「エイ君、どうしたの?さっきから表情が硬いけど。」
「ずっと誰かにクロッシングされてる感覚があるんだ。」
「クロッシング?システムに乗ってないのに?」
「クロッシングの時ってのは若干の違和感が頭ン中で起きるんだよ。それと同じのがずっと続いてる。まさかと思って一瞬だけ敵意を出したら一人だけ釣れた。」
「誰…だったの?」
「山岸さん。何の補助も無しにクロッシングが発生してること、しかも一方通行ってのが妙だ。俺が相手の考えてることを読めない。クロッシングってのは絶対に相互に起きるはず。どうなってんだ…?」
言葉にはしていないけれど、言いたいことは伝わってきた。彼女は危険な存在である可能性が高いって。
「エイ君、それって…」
「それ以上言うな。せめて本番が終わるまでは絶対に誰にも言うな、ことにアスカには何を言われようと絶対に。話が余計に大きくなるのはマズい。」
「わかった。」
でも、使徒の反応も、ATフィールドの反応も一切出てこない。本来それは安心すべきことのはずなのに、今は二人ともとても不穏なものを感じていた。