手はとりあえず治療をしてもらった。スーツのお陰で酷いものにはならなかったが、しばらくは強く握ったり、長時間のタイピングは難しいだろう。料理をしばらく封じられた上に、ピアノも弾けなくなってしまった。余り手を激しく使うのは控えろと言われてるお陰で、予定の伴奏はできない。
自業自得といえばその通りなのだが、そんなことを考える余裕はこの時にはなかった。こんな強い不安を他人に向けるのは、今まで生きてきて感じたことがなかった。親族の死ですら、その場に立ち会ったことがなかったのに―
「ようエイジ!…って、その手どうした!?何かあったんか!?」
「おはようトウジ。ちっと、仕事での事故でね。薬品被って手を焼いちゃったんだよ。」
「な、ちっとって、その両手じゃあ…」
「だいたいのことはできるから大丈夫。それに、合唱コンクールのだって洞木さんが上手くやってるでしょ?そういうことだから。」
「あれ、そいや綾波は?この時間ならもう来とるはずやが。」
「レイも事故でね、酷い怪我をしたんだ。しばらくは学校に来れないよ。」
守秘義務やら何やらで適当な、それっぽい嘘を言った。とりあえずは納得してくれたようだ。んでも、俺の心情はずっと穏やかなモンじゃなかった。8月頭の試験だってそっちのけにするくらい、俺はずっと心配だった。
今日は訓練は休んでいいと何故か言われたため、放課後は洞木さんの伴奏の練習を聴きに行った。
「ほんと凄いな…。ちゃんと完成してるじゃん。」
「ありがとう。影嶋君のお陰よ。」
「そいつァどーも。これなら俺がやらなくてもいいかな。手もこんなんだし、仕事がいつ入るかわからないからね。」
「でも、本当なら影嶋君にやってほしかったな…。」
「大丈夫、自信を持ちなよ。コンクールは上手くいく。ね?」
「…うん、ありがとう。」
この後は、本部に行ってレイの様子を見に行く。手術も終わり、今は落ち着いたようだ。
「よ、レイ。見舞いに来たよ。」
「影嶋君?その手…」
「気にしないで、大したことないから。にしてもよかった、手術も無事に終わってさ。嬉しいよ。」
「嬉しい…」
「その感じ、まあまあ元気そうで何よりだ。それじゃ、また明日。」
「あ…うん。」
結局、俺は仕事の都合もあって、合唱コンクールにすら未参加だった。でも、話を聞くにうまく行ったらしいから俺は嬉しかった。
数日後の放課後。
俺は初号機でインダクションモードでの訓練をしている。ライフルの命中率もだいぶ上がり、プログレッシブナイフでの格闘戦もそこそここなせてきた。
[お疲れさま。今日もなかなかの成績だったわ。]
「ありがとうございます。でも、ナイフ格闘なんかはやっぱプロに教わりたいですね。素人の俺じゃ超近距離は分が悪いと思うんで。」
[そこら辺はミサトに相談すればいいわよ。ミサト、そういうパイプは多く持っているわ。]
「わかりました。にしても、やっぱこれだけの武装だと心もとないですね。対物ライフルだとか、ガトリングだとかの瞬間的に火力が出る武装が欲しいです。後はやっぱ長物の近接武装。素人でも扱えそうなもので。」
[なるべく検討するわ。機関砲に関しては既に製造を開始していて、来月には稼働試験を行えるはずよ。]
「わかりました、ありがとうございます。」
唐突だが、8月の中頃に飛ぶ。期末試験の返却、成績が俺ら学生に渡される。その昼休み。
「よっしゃ一位!アイアム・チャンピオン!!!(Pガン覚醒技)」
「はえ~、またかいなエイジ、お前ほんと頭ええなぁ。」
「また委員長より上の成績…すげぇ…。」
「当たり前だろォ?年季が違うんだよ、年季がさ。」
「どういう意味よ全く…。」
年季がそのままの意味だから困る。中学2年の勉強に対して高校、いや大学の勉強までしてきたのだから、相手からすればインチキもいいとこだろう。
そいや今日は葛城さんが新しい子の送迎に行くらしい。本人曰く、
「新しい子を迎えに行くのヨ。」
らしいので、つまりパイロットが一人増えるのだろう。本当に予備になっちったな、俺。
そんなこんなしてると、唐突に携帯が震える。なんだ?携帯を開くと、そこには
[非常召集]
と出ていた。…まさか、使徒?こんな日に限ってか?
「ごめんみんな、ちと仕事行ってくる!気を付けてな!」
「お、おーう。」
「どうしたんだ?アイツ。」
走っていると、校内やら街のスピーカーから放送が流れる。
[緊急警報、緊急警報をお知らせします。本日12時30分、東海地方を中心とした特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は速やかにシェルターへ避難してください。繰り返し―]
マジなんだな。急いで専用の駅へと向かおうとすると、俺の近くへ車がドリフトをしながら停車し、黒服の人が顔を見せる。
「パイロット、私が本部まで送迎いたします。」
「ありがとうございます!」
-碇シンジ-
現在、僕は葛城さんの車にのって、巨大な黒い化け物から逃げている。電車も電話も通じない困った状況で唐突に始まった攻撃。僕は逃げ惑うことしかできなかったけど、それを助けにきてくれたのは葛城さんだった。
「あのう、一体何なんですか?アレ。」
「状況の割に落ち着いているのね。アレはね、”使徒”よ。」
「使徒?」
「今は詳しく説明してるヒマがないわ。」
そんなことを話していたら、唐突にミサイルが僕らが乗っている車を襲う。近くで爆発して、僕らは車から放り出される。車は逆さまになってしまった。背中が痛いが、何とか起き上がって車の方を向くと、葛城さんの悲鳴が聞こえてくる。
「ああ~~~~~~っ!!!!!!うっそひどぉ~~~~い!!!」
え?
「破片直撃のベッコベコーっ!まだローンが29回もあるのに~~っ!この服高かったのよ、汚れ落ちないじゃん!やだグラサン粉々!」
変な女…。グラサンなんて昔の言葉使ってるし…。
こんな姿を見ていると、急に周囲が暗くなる。日光を遮るものを見ようと振り返ると、僕らの真上にはさっきの大きい化け物が…
「ひっ…!」
「シンジ君伏せて!!」
葛城さんに突き飛ばされるのと同時に、今度は長い鉄砲を持った紫色の化け物が、黒い化け物を突き飛ばす。僕らは助かったようだが…
「も、もう一匹増えた!?」
「違うわシンジ君、これは味方よ!」
紫色のロボットは、さっきの黒い化け物に対して鉄砲を撃ちながら、ひっくり返った車をもとに戻してくれた。
「ロボット…なのか?」
「いけない、もうこんな時間!こうしちゃいられないわ、早く車に乗って!時間がないの!」
「時間?」
「できるだけここから遠くへ離れなくちゃならないの!」
そう言って葛城さんは車を飛ばす。バックミラーで後ろを見ると、ロボットが鉄砲を投げ捨てて逃げようとして、逆に化け物に左肩を突き刺されてる。…え?血が出てるの?ロボットから?取っ組み合いになりながらロボットは何とか化け物を蹴って、その場から逃げていった。
「え?あのロボット、やられて逃げちゃったの!?」
「嘘、エイジ君が!?どうしちゃったの~?」
「え?エイジ君って…」
「もうそろそろだわ!顔引っ込めてショックに備えて!」
眩しい光と共に来る衝撃。僕は葛城さんに抱かれながら、またひっくり返る車の中で悲鳴をあげることしかできなかった。
衝撃が落ち着いたところで、二人して宙吊りになりながら葛城さんに問う。
「だ、大丈夫ですか?葛城さん…。」
「もうイヤ…。」
-影嶋エイジ-
目を覚ましたところは、病棟のベッドだった。今まで生きてきて、訓練中も、起動実験でもベッドのお世話になってねぇっつーのに、ほんとしょうもないな、俺。
「あつつつ…」
額は軽いようだけど、左肩は砕けたのかもしれないな、これ。完全に固定されてる。でも、行かないと。幾らあの子が初号機の選抜者といっても、何も教えて貰っちゃいないのに戦えなんて無理だ。俺が行かなくちゃならない。
時折来る激痛に顔をしかめながら、ゆっくり、でも急いで初号機のケージへ向かう。途中、ストレッチャーで運ばれるレイを見つけてしまった。まさか、彼女に比べれば俺の方が軽傷なのに、何で彼女なんだ?訳がわからない。
「ちょっと、彼女をどこへ運ぶつもりですか?」
「指令の命令でね。初号機ケージへと…」
「な…え!?俺の方がまだ戦えるのに、何でレイが徴発されるんだ!?」
「私らにそんなこと言われても…」
「指令は何考えてんだ全く…!」
もっと急がねぇと。重症の怪我人に何ができんだ?
「もう一度初号機のシステムをレイに書き換えて再起動!」
「いや、システムは俺のに書き換えてくれ!」
「エイジ君!?」
「そんな、あなた、まだ左腕が!」
「まだ利き手が使える!指令、どういうことですか!?何故重症で、自分から動くのも大変そうにしてるのレイが徴発されてるんです!!」
[お前にはもう無理だ、予備パイロット。]
「だからって重症患者を出すのは間違ってますよ!あんなフィードバックの中、どうやって…何だ!?」
突如として襲う振動。恐らく使徒からの攻撃だ。
[ヤツめ、ここに気づいたか…。]
「ともかく、初号機は俺で出ます。赤木博士、頼みますよ。」
そう言っていると、後ろから右手首を掴まれる。振り返ると、レイが何とか起き上がってこちらを向いている。
「私が…出るわ。」
「レイ?何言ってるんだ?そんな体じゃ無理だよ。頼む、後ろで待っててくれ。」
「あなただって怪我してる。それに、私も何かしてあげたい。」
「…それなら、尚更出ないでくれ。今のレイは出撃できる状態じゃない。」
「いいの。私が死んでも、代わりはいるもの…。」
「え?それはどういう―」
必死の説得の中放たれる使徒の攻撃。その衝撃はここまで届き、天井が崩れる。
「くっ、あうっ…!」
「レイ!あ…がっ!」
ストレッチャーから落ちるレイをかばうが、左肩で着地してしまった。二人分の体重がかかればそりゃ固定だって意味をなさない。滅茶苦茶痛ぇ。これフィードバックよりヤバい痛みだな。学生服の男の子が俺らに向かってくる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「君…さっきの子か。」
「え?」
右腕でレイを抱えながら、手は同い年くらいの子の左肩をがっちり掴んで言う。
「いいか?今から言うことをよく聞いてくれ。これから君が乗らされる機体ってのは、俺やこいつみたく大怪我、最悪死ぬ可能性もある。でも、あの黒い奴に勝つにはアレに乗って戦うしかない。」
「そんな…。」
「だから、選んでくれ。
俺やレイの代わりに、こいつに乗って戦うのか。
それとも、何も見なかったと全てを忘れてここを出ていくか。」
「君も…父さんみたいなことを押し付けるんだね。」
「悪いね。話を聞く限り、俺らより君のほうが適性は高いようだからさ。」
「…わかった、乗るよ。」
「ありがとう。」
「ありがとう、シンジ君。それじゃあ、こっちに来て頂戴。簡単な説明をするわ。」
「”ちゃんと”説明してくださいよ?赤木博士。」
「あら失礼ね。もちろん、そうするわ。」
ここにいる偉い人たち全員頭おかしい。どうなってんだ?今日来たばかりで何も知らねぇ子にパイロットをやらせるとか、俺より重症の子を代わりにパイロットにしようとするとか。指令のこと過保護モンペかと思ってたけど、どうやらベクトルが違うようだ。
「大丈夫か?レイ。」
「平気…うっ…。」
「だから平気じゃないのに平気って言わないの。葛城さん!ストレッチャーに乗せるの手伝ってください!」
「わかったわ!…ごめんね、二人とも。」
「ここの大人、どいつもこいつも頭のネジ100本くらい飛んでませんか?」
「ノーコメントで。それじゃ、発令所行くわよ。」
「はい。」
さっき一瞬見ちゃったけど、俺とレイがコケて痛い思いしてるときあの指令笑ってやがったな。マジで最低な大人だ。人の保護者をするようなタマじゃねぇだろアイツ。
発令所に着くまでに碇君のことはだいたい教えて貰った。とりあえず、俺が彼のエスコートをすることになった。
「碇君、だいたいのことは赤木博士から聞いたな?」
[あ、えっと、そうだね。]
「わかった。これからLCLが注入されるけど、思った以上に普通に呼吸できるから安心してね。」
[わ、わか…うっ…ごぼっ…あ、本当だ。]
「それじゃ、エヴァ発進。ポイントはA-66。その間、兵装ビルは全力で使徒の妨害。ワイヤーでの足止めで十分なんで。」
「碇、いいのか?」
「構わん、好きにさせろ。」
「リフトオフ。んじゃ、まずは歩いてみっか。」
[あ、歩く…。]
少しごこちないが、ちゃんと歩けている。いい感じじゃん?流石シンクロ率4割越えを出すだけある。しかもプラグスーツ無しってんだからまた凄い。
「お、いい感じ。それじゃ暫く落ち着いて歩き回ってみよっか。」
兵装ビルのワイヤは思った通り、使徒の動きをしっかり封じ込めている。だが、あの腕力に攻撃性能だ。しばらくしたら突破されるだろうな。碇君の動きがよくなってきたあたりで再度連絡をする。
「どう?動きには慣れた?」
[少しは…ね。]
「第9兵装ビル群、突破されます!」
「了解。碇君聞こえるか?これから直近の兵装ビルにライフルを射出する。それを持って、敵と戦ってくれ。大丈夫、ある程度ダメージが入ることは確認できてるから。落ち着いて、胸の赤い球体を狙って撃ってね。」
[わ、わかった!]
これだけ言っておけば大丈夫だろう。彼は俺より俊敏に初号機を動かせている。それなら、俺は彼が持っていない知識面でサポートするべきだ。マイクをオフにすると、赤城博士が口を挟んでくる。
「そう上手くいくかしら。」
「まさか、んな訳ないですよ。でも、俺らがやれるのはこういうサポートだけでしょう?それなら全力でやるべきです。
あ、碇君。その様子だと着弾煙が酷いから
[た、タップ撃ち?指切り?]
「失礼、トリガーをずっと引くんじゃなくて、ちょくちょく指を離してみて。」
[こ、こう?]
「そうそう!やるわ碇君!」
でも、彼の筋はいい。何だかんだいって攻撃は避けているし、ちゃんと中和距離で射撃している。飲み込みも早い。残弾がもうそろそろヤバい?なら…マイクをつけて呼び掛ける。
「聞こえる?」
[うん!]
「弾がもうそろそろ無くなるから、指定したポイントまで下がって、新しいライフルを受け取って。今持ってるのは投げ捨てていいよ。」
[わかった!]
おいおい、だからつってマジで投げ捨てる奴がいるかよ。にしても、確実にライフルの弾はコアにダメージを与えていっているようだ。この調子なら、無事に倒すことが…
「使徒が突然暴れだしました!初号機に向かって突っ込んでいきます!」
[な、なんだこいつ!!来るな、来るなあああああああああ!!!!!!]
「落ち着いて!まずはライフルを取ってそのまま敵に向かって乱射しろ!」
[あああああああああ!!!!!!!!]
辛うじて掴んだパレットライフルを乱射する初号機。使徒はそれに構わず初号機にとりつき
「使徒内部に、高エネルギー反応!」
自爆した。
自爆の後、初号機はまるで何もなかったかの如くその場にへたりこんでいた。
「自爆は俺も管轄外ですよ全く。碇君?生きてるか?…伊吹さん、生体反応はありますよね?」
「ええ、パイロットは生きてるわ。ちょっと気を失ってるだけみたい。」
「そいつはよかった。あ、そうだエヴァの破損はどうですか、青葉さん?」
「エヴァに目立った外傷、ありません!だいぶ少ない損害で済んだようだよ。」
「はーよかったよかった。皆様お疲れさまでした。」
「エイちゃん、ものを教えるセンス抜群ね。」
「そうですかね?じゃ、俺は医務室行ってきますよ。肩に余計な負担かけちゃいましたし。」
「わかったわ。お疲れさま、エイジ君。」
「葛城一尉もお疲れさまでした。」
医務室では医者から滅茶苦茶怒られた。まあ当たり前なんだけど、あの状況はんな事言ってられなかった。
「レイ、どうでしたか?」
「レイ君の怪我は酷くなっていなかったよ。これなら回復も早いだろうし、暫く安静にしていれば大丈夫だね。」
「そうですか、ありがとうございます。」
「君には痛み止を処方しておくから、辛いときはこれを飲みなさい。今日はお疲れさま。」
「有難うございます、先生。」
何とか帰れた。全てが終わってから疲労が一気に来て、監視員に甘えて車で送ってもらった。
「ただいま。」
「おかえり~エイちゃん。」
「あれ、もう帰ってたんですか?仕事大丈夫なんです?」
「保護者としての務めを果たしてんのよ。あなた、左腕使えないでしょ?だから。」
「そいつはありがとうございます。暫くはレトルトですかね…。」
「しょうがないわ。ほら、食べましょ。」
「「いただきます。」」
「にしても、途中でやられそうになってたじゃない。あれ、どうしたの?」
「唐突にシンクロ率がめちゃくちゃ下がったんですよ。詳しいことは俺にもわかりません。」
「そっか。…に・し・て・も、いつからレイのことを『レイ』って呼び捨てにしてんの?」
「え?何を言ってるんです?俺はいつも通り接してるだけですよ?」
「いやいや、前は『綾波さん』って呼んでたじゃない。やっぱ何かあったんでしょ?隠さなくてもいいのヨ~?」
「いや、だから何を言って……いって………な…!?!?!?!?!?」
「あ~~ら、そんな激しく動揺するなんて、珍しいじゃない。そんな顔真っ赤にしちゃって~。」
「いいいいいつから言ってたんだ俺は…。」
「もう、い~じゃないそんなこと。私はレイとの関係が進展しただけで嬉しいワ。」
「ジーザス…」
全くもって無意識に言ってた。