-赤木リツコ-
エイジ君の定期検診も終わり、今はエイジ君と前回の戦闘についての話を聞いている。
「つまりあなたは、先の戦闘で敵が行った心理攻撃…アレはATフィールドを用いていると言いたいの?」
「ええ。アレは只の質量と厚みが限りなくゼロに近い剛体板じゃないです。使用者の相手の意思によって形を変質させる、一種の対話方法と言ってもいいでしょう。でも、普通の人間はそもそもATフィールドの概念を理解できていません。俺はそれを、俺に同化した使徒…バルディエルによって理解しました。」
「バルディエル…霞や雹を司る天使だったかしら。」
「こいつの事を俺らの言葉で翻訳するとこういう名前になるらしいですよ。」
彼はずっと声は暗く、下を向いたまま。やはりレイがあの後倒れてしまったから…そのショックを引きずっている。あのエイジ君ならそういう感情は切り捨てると思っていたけれど、これは私の予測が外れた。
「次に聞きたいのは、初号機と弐号機のS²機関の事よ。アレはあなたが発生させたの?」
「いいえ。俺はアスカとシンジの母親を二人と繋いだだけです。それ以上は、あのお二方が勝手にやった事だと思いますよ。俺は関与してませんし。」
「母親を?まさか、エヴァの中の!?」
「そらそうとしか言えませんよね。てか赤木博士は最初から知ってたんですね。まあ開発者だから当然か。」
「そ…そうね。」
「それじゃ俺はこれで。失礼します。」
彼は私の研究室を後にする。稼働時間無限のエヴァが4機もここに存在している…3機だけも世界を滅ぼせるというのに。計画以上の過剰戦力ね。尤も、今はその4番目の機体…世界で初めてS²機関を搭載したエヴァも、今はダミー実験が延びに延びてしまっている。実質中止状態のそれに、職員の不満もたまってきているらしい。何かが起きる前に、手を打たなきゃね。
「ヒトミ?初号機と弐号機のF型装備実験の予定を繰り上げておいて。」
『わかりました。あの、四号機のダミー実験に関して何ですが…』
「アレに関してはいつでも出来るようにと……」
『でも、それをずっと言われ続けて他の職員の不満も溜まってきているようです。』
「それはわかってるわ。でもお願い。まだ使徒は全て倒せてないんだから。」
『わかりました。』
また…彼にあの事を言い出せなかった。臆病者ね、私。一冊のレポートを見ながら、私は唇を噛んだ。
-影嶋エイジ-
「レイ…。」
彼女は呼吸器を付け点滴を受け、今は落ち着いた状態で病院のベッドで寝ている。
どうして……どうしてなんだよ…。あの日以来、確かにちょくちょく発作は起きていた。でも吐血するほど激しいものは一回も無かった。このまま、短かろうが長かろうが最期の日まで穏やかなまま、俺の前でいなくなって欲しかったのに…。
無意識に、俺は左腕に巻いた時計とミサンガを握りしめていた。
その日、レイは起きる事は無かった。それでも、俺は起きるまでずっと彼女の傍にいた。
いつだっただろうか。半分眠っている俺の横に、ミサトが座ってくる。
「エイジ君、一度家に帰って寝なさい?着替えとかお風呂以外でここから動いてないんでしょう?食事も食べなきゃ。」
「……ミサト。俺は別に…それに腹も減ってませんし。いいですよ。」
「ほら、そういう事言わない!昼食は私の奢りでいいから、好きな所行きましょう?」
「やめてください……。」
ミサトに腕を掴まれ、引きずられるように俺は病室を出る。
違う。
俺はそんなこと望んじゃいない。
俺はそんな同情を望んでるワケじゃないのに……
「もうやめてくれ!」
強い口調になって、ミサトの腕を振りほどいてしまう。
「エイジ君……あなたがレイの事を大切に思ってて、不安に思うのはわかるわ。でもそれで倒れたら、レイが起きたときに悲しむわよ?だから、少しだけでも休んで。」
「そりゃあ理解してるさ!でも…俺は……。すみません、やっぱり、一人で居させてくれ……頼むよ……。」
「エイジ君…。」
レイが倒れてからずっと、俺は頭の中がぐちゃぐちゃになったままだった。近い内、いつかレイが死んでしまうのは知っていた。時折発作が起きて、それを何度も再確認させられた。でも、それでも俺自身はこの事を受け入れていると思っていた。思っていた筈なのに、どうしてこんなに不安に怯えているのだろうか。
以前は虚勢を張って平気な素振りができた筈なのに、今は全くそれができない。顔が…作れない。
現実以上に、自身の変化というものを受け入れることができなかった。
俺は病室に戻り、決して答えを出せない自身のこの困惑の対応法を、またずっと考えていた。
俺は…何故こんな事になってしまったのだろう。
-碇シンジ-
綾波の病室に行くと、エイジ君が目を半開きにしたまま椅子に座っている。…もうこれで5日だ。エイジ君が殆ど動いていないって聞いて、流石に黙っていられなかった。
エイジ君の横に行くと、彼はこちらに気づいたのか顔をこちらに向け、僕の右腕を掴む。
-何しに来たんだ?-
え、これってまさか…クロッシング、なの?
「え?あ、えーっと…エイジ君、何も食べて無いって聞いて。これ、今日の夕食から作ったお弁当なんだけど…少しでもいいから食べて。弁当箱は明日取りに来るから。」
-何で、わざわざ俺なんかの為に…-
「俺なんかなんてやだなぁ。いつも一緒に暮らしてるのに、何でも何もないよ。」
今の僕の言葉を聞いたエイジ君は驚いた顔をして、より強く僕の腕を掴む。そして目を青く光らせ、手の甲から青い結晶を生やしていく。それと同時に来た僕の中に何かが入ってくる感覚に、反射的にエイジ君の手を振りほどいてしまった。
僕が驚いてエイジ君を見ていると、彼は少し残念そうな顔をしてから、また綾波の方を向いて呟く。手の甲から生えていた結晶は、僕の腕から離れたときに砕けていた。
「ありがとな、シンジ。」
「い、いいよこのくらい。それじゃあ、またね。」
「ああ…。」
この時ほどエイジ君を怖く思った事は無かった。彼が何をしたかったのか、何を思っていたのかが全く理解できなかったから。
-影嶋エイジ-
初めてだ。初めてレイ以外に俺の全てを知って欲しいって、そう思ってシンジへの心に直接アクセスしようとした。だが、当然それは拒絶され、俺の願いは叶わなかった。
当たり前だ。他人の心にズカズカ入っていって、感情を押し付けるなんざ人間のやることじゃない。
でも、レイはそんな俺を、ここにいていいって認めてくれた。肯定してくれた、ただ一人の人だった。
「レイ…助けてくれ……。」
気がつくと、俺は教室の中にいた。この場所、見覚えがある。俺が「司城光也」だった時に通っていた中学校―
『た、助けて……』
な…これは…
-お前は、「自分には関係ない」ってコイツを見捨てたんだ。こんな下らない事に巻き込まれたくなかったからな。そうだろ?-
違う、俺は……
-違わないだろ?それを認めないから、また同じことを繰り返す。-
次は高校の教室へと変化する。そこでは、中学と同じような光景が広がる。今度は、もっと陰湿で、過激ないじめ。俺は、ここでも―ずっと目を逸らしていた。
『お願いだよ、僕を助けて。このままじゃあ―』
強烈な吐き気。こんなもの、俺が望んで起こったものじゃない。なのに何故……
-そうだ、お前が望んだことじゃない。でも、これが起こったのは事実だ。こんなもの切り捨てればいいものを、お前は勝手に安っちい罪悪感で頭を埋め尽くした。だから羽佐間霞に接触したんだろう?罪滅ぼしなんて無意味な事をする為に。-
「もうやめてくれ!何なんだお前は!」
振り向いた先にあったのは、全てを諦めたような、作った笑顔をした俺だった。ただ、昔の…ここに来たばかりの頃の髪型をしている。
-お前は俺だ。お前が同化したんだろう?私を。私はお前の鏡だ。お前が今まで見ようとしてこなかった、いや、忘れていた醜い顔のな。-
「俺」は顔を変えずに、そのまま続ける。
-お前の中にあるものは、世界への絶望とそれへの破壊衝動だ。そして、今までの全てを否定してきて生まれたのが…お前自身だ。影嶋エイジ。-
「違う!!俺は、こんな絶望の為にここにいるんじゃない!!」
-綾波レイ-
目が覚めると、私は病院のベッドで横になっていた。まだ上手く回らない頭を動かして周囲を見ると、エイ君がベッドの横で座ったまま寝ていた。…なんだか、彼らしい。
でも、その表情はとても辛そうだ。それに、半開きの目が青く光っている。もしかして―
「ぅあ…レイ、頼む…俺を……」
彼は猫背だった背筋を伸ばして、私の方に右手を伸ばす。その手を、私は指を絡ませて優しく握る。彼はその手を握りしめると安心した顔になり、目を閉じてがくんと俯く。もう一度目を開けて目覚めた彼の瞳は、もう光ってはいなかった。
「おはよう、エイ君。」
「レイ…!よかった…。」
「うなされてたよ?大丈夫?」
「そう…だったのか?ごめん、最近は悪い夢見てるようなんだけどさ…毎回覚えてないんだ。」
「私の名前、呼んでた。手を握ってあげたら安心した顔してたよ。」
「そいつは…少しばかり恥ずかしいな。」
彼は珍しく、少しだけ顔を赤らめている。
「その反応、可愛い。」
「やめてくれ。そういうからかいにゃ慣れてないんだ。」
やっぱり、こんな素直に色々な表情を出してくれるエイ君は可愛い。ずっと見てられる。
そんな事を思っていたら、私のお腹がく~と鳴ってしまう。
「ごめん。…私、どれくらい寝てたの?」
「五日間。ほんと、ヒヤヒヤしたんだからな。唐突に血を吐いて倒れるもんだから…。あ、それならこれ食うか?」
「あれ、そのお弁当どうしたの?」
「シンジが持ってきてくれたんだ。でも、どうせ俺が食っても味はしないし、腹も減ってなかったからな…。」
「じゃあさ、二人で食べよ?どうせエイ君、ずっと食べてないんだから。」
「…おっしゃるとーりです。じゃ、レイから食べていいよ。」
「ありがとうね。」
私は上体を起こして、きっちり半分だけ残してお弁当を食べる。この味は、やっぱり碇くんのだ。エイ君にお弁当を渡しても、手をつけようとしてくれない。
「やっぱ、俺は…病み上がりのレイに無理させたく―」
「私の事はいいから、食べて。」
私は箱を掴んでいるエイ君の左手に手を添えて、彼と繋がる。彼は少し驚いたようだけど、それでも震えながらも一口食べる。
「どう?」
「……美味いよ…美味いって、感じるよ…………。」
彼はぼたぼたと涙を流しながら、残りを全部食べていた。
「一度帰るよ。こんな時間だけど、みんな心配してるかもしれないしさ。」
「そうして。みんな、エイ君が辛そうにしてるのは嫌なんだから。」
「ああ…。」
食べ終わった後から、ずっと手を繋いでいる私たち。彼からやっと辛い感情が抜けて、安心した感情が流れてくる。よかった。
「レイ。」
「どうしたの?」
「いつまで続くかわからないけど……これが俺の、祝福だ。」
彼は私の頭を抱き寄せて、キスをしてくる。その瞬間、私の意識が遠のいていった。
-影嶋エイジ-
レイの唇から自分の唇を離すと、握っていた手から生えた結晶は砕けていた。それをレイを起こさないように回収してから、俺は帰路につく。家までの道のりで、俺はミッちゃんにコンタクトを取る。
ミッちゃん、まだ起きてるか?
-ふぁぁ~…これから寝ようと思ってたのにぃ~。どうしたの?エイジ。-
司城光也名義で、成人した男の健康保険証を捏造して欲しい。
-え~?クロッシングを悪用するなって最初に言ったのはエイジだよー?-
それでも頼む。大人ならできて子供じゃできない事が多すぎるんだ。子供って立場だけで大人からとやかく言われる。
-……そこまで必死に言うなら。エイジも、何度も後悔はしたくないものね。-
ああ。…よろしくな。
-惣流・アスカ・ラングレー-
レイが起きたって知らせを受けて、私たちは朝イチで病室に向かった。あたしも何度かお見舞いには来たのだが、エイジのこの世の終わりみたいな顔を見て、どうしても病室に入る踏ん切りがつかなかった。
「みんなごめんね、心配させたよね。」
「当然じゃない。それに一人、5日くらいここから動かなかった奴もいるしね。みんな心配してたのよ?」
「うん。綾波が回復してくれて、よかった…。」
「二人ともありがとう。…あれ、エイ君は?」
「エイジなら安心したように寝てたわよ。やっぱりこの五日間無理してたから、それが出てるのかも。」
「そっか…。でも、彼も元気ならいいや。」
「アンタたち、いつも信頼関係は厚いわねぇ。羨ましいわ。それじゃ、私らはこれから訓練があるから。そこで大人しくしてなさいよ。」
「お大事に、綾波。」
「うん、ありがとう、二人とも。」
病院を後にした私たちはプラグスーツに着替え、実験場へと向かう。今日は新装備の稼働実験らしい。
「ねえ、シンジ。こないだの戦闘の時なんだけどさ。…ごめん、勝手にシンジの昔の記憶を見て。」
「え、アスカも…だったの?僕もアスカの過去を見てて…それを言っちゃったら怒るかなって……」
「「本当にごめん!!」」
ハモったあたしたちは互いに顔を見合わせ、その直後には笑いあっていた。
ひとしきり笑った後、あたしたちはまた歩き出す。そのとき、自然とシンジの手を取っていた。
「アスカ。これで僕たち…少しはまた互いの事を知れたのかな。」
「心を見ただけで理解したと思ってるのは傲慢よ。ちゃんと、言葉で言い合わないと。でしょ?シンジ。」
「うん…そうだね。」
-綾波レイ-
それから2時間くらい後になって、エイ君はまた改めて来てくれた。その時は私も検査が終わって、病室で外を見ていた。
「悪いな、今日は遅くなってさ。」
「珍しいね、エイ君が寝坊なんて。」
「いや?確かに遅くには起きたけどさ、ちっとばかし別の用事があってね。…仕事じゃないよ?」
「仕事じゃないって聞いて安心した。エイ君私ね、びっくりするくらい快調なの。赤木博士も不気味なくらい健康だーなんて失礼な事言っちゃってさ。」
「そうか、そいつは良かったな。」
「それでさ…私の我儘、聞いてくれない?」
「うん?いいよ。」
私はエイ君の手を取って、彼と繋がって言う。
私、海に行きたい。
-海か。どんなところ?-
綺麗な砂浜があって、近くに旅館もあって……花火が綺麗なところ。結局、私たちって一度もこういう旅行に行けてないから。
-確かに、そういうのもいいかもな。いつ出る?-
今日にでも行きたい。
-こりゃまた無茶を…仕方ない、ミッちゃんに相談するよ。-
最後は言葉にして、口から言う。
「ありがとう。」
-赤木リツコ-
「え!?夕方から二人の行方が掴めないですって!?」
「そうなのよ~…保安部もダミー映像を掴まされたようで、IDの発信源もちぐはくだし、もうお手上げ。まさかゼーレが動き出したのかーって躍起になって探ってるのよ。」
「それは無いと思うわよ。まだ全ての使徒を倒した訳じゃない。ゼーレの人間も使徒殲滅に必要な人材をわざわざ拉致する理由も無いわね。」
何より、エイジ君の肉体サンプルとしてのデータは常に私の方で送ってるから人体実験をする必要もない。
「まさか、駆け落ちなんて話は無いでしょーねー。あの二人も年頃だし…」
「無いわね。エイジ君なら必ず帰ってくるわ。」
「どーしてそんな言いきれるのさリツコ~。幾ら『数日いなくなるだけだから事を大きくしないでくれ』って書き置きがあっても不安になるわよ~。」
「それが全てよ。エイジ君は絶対に何も言わずに失踪はしないわ。ミサトもエイジ君の性格は知ってるでしょうに。どうせそれには仕事の連絡も寄越すなって書いてあったんでしょ?」
「よくわかったわね。」
「やっぱり。…数日くらい、好きにさせましょう。彼らだってまだ子供なのよ。ずっとここに縛られていい気分であるわけがないわ。」
「リツコ…あなたどうしてそこまで肩入れするの?らしくないじゃない。」
「これを見れば誰だってそう言うわ。」
私は一冊のレポートをミサトに渡す。数ページ読んだ彼女は青ざめていた。
-影嶋エイジ-
「ん~、この水と砂の感じ、気持ちいい!」
「走るのはいいけど転ぶなよ~?」
朝の日差しが海を照らす中、俺らは海岸を歩いていた。夜行バスで時間を合わせてこの海岸に来ることができた。白いワンピースを着たレイは両手に靴を持ち、初めての砂浜と海水の感覚にはしゃいでいる。俺も左手に靴を持ち、彼女の後ろを海水に浸かりながら歩いている。
「ほら、エイ君も走ろ?」
「わわ、だから引っ張るなっつ…うわ!?」
「きゃ!!」
俺らは盛大に転び、海水を頭から被ってしまう。かなり酷く濡れた俺らは互いにとぼけた顔を見せ合い、そして盛大に笑い合った。
「このラムネの瓶…どう開けるんだっけ?」
「えェ?ほら、こうやって押し込みゃ…うわっ!?ちょいちょい何で吹き出るんだ!!」
「あはは~。こうかな?あ、できた!おいし~!」
「はー!?レイのだけ吹き出ないなんてズルだぞ!」
「星の砂か~。でもこれ、何かの殻だよね?」
「まあ、ざっくり言えば。身も蓋もない言い方をすれば、そんな殻をした小さい生物の死骸だよ。…本当にそれでいいのか?」
「うん。これ好き。そこにいたって、証明だもの。」
「そっか。」
「「あ~…今敵が来たら間違いなく負ける~…。」」
「ねえ、今日はありがとう。こんな私の我儘に付き合ってくれて。」
「まだ…終わりじゃないよ。」
「え?」
「また明日も…今までできなかったことをするんだ。二人でさ。」
「ほんと…?」
「ああ。俺らの気が済むまで、ずっと。」
「嬉しい。ありがと、エイ君。それじゃおやすみ。」
「おやすみ、レイ。」
-綾波レイ-
今日の夕方から夜にかけて、ここの町では夏祭りをしていたため、私たちもそれに出向いた。と言っても今の日本じゃずっと夏だけど。
「ど、どう?浴衣なんて着るの初めてで…似合ってる?」
「似合ってる。綺麗だよ。」
「ふふ、ありがと。それじゃ行こ?」
「ああ。」
私たちは手を繋いでお祭りへと向かう。エイ君、「俺は別に浴衣なんていいよ」なんて言っておいて結局着てる。
その後は色々出店を巡って回った。金魚すくい、射的、綿菓子…どれも初めて経験することに、私はとても楽しかった。
「あ~、また破けちゃった…。」
「俺もだ…。やっぱこれは何度やってもわからねぇなァ。」
「一匹くらいすくいたかったなぁ…。」
「持ち帰っても仕方ないしよかったかも。」
「そーゆう問題じゃないの!」
パチン!
「お、兄ちゃん達さっきからやるね~。百発百中っ!って感じじゃないか。」
「伊達にやってきちゃないですからね。だよな?」
「うん!」
「そうかそうか。それならサービスで今までの半分おまけしてやる!ほら、受け取れ。」
「ほんと!?ありがとおじさん!」
「おうよ!」
「ほら、綿菓子買ってきたよ。」
「ありがと。…昔なら、これだって気兼ねなく食えてたのにな。」
「いいじゃない、私がいるんだから。」
「…そうだな。」
私らは旅館に戻り、ベランダから花火を二人で見る。
「花火、綺麗…。」
「本来の夏の風物詩だからな。どこだって気合を入れるさ。」
「これを見れて、私……。ねえ、私の体が元気なの。エイ君のお陰だよね?」
「…ああ。一時的に俺が肩代わりしてる。」
「どうして?エイ君、あの痛みを受けて平気なはずがない。どうして苦しくないの?」
「あの日以降、段々痛みの感覚が鈍ってきてるんだ。」
「え…?」
エイ君は自分が食べていた綿菓子の棒をゴミ箱に捨てに行く。私はそれに驚いて、立ち上がってしまった。使徒の悪影響が、こんなに早く…。
「段々と、本当に俺が俺じゃなくなってきてる。だから―」
「えっ―」
私はあっという間に布団の上に押し倒されていた。
「ちょ、どうし」
「俺は!レイが欲しい。」
「エイ君?」
「俺はあの日以降、強烈に自分を傷つけたくなった。でも、何をやっても直前に止めてしまうし、カッター一枚分突き刺す程度じゃ痛みすら感じない。段々、俺から感覚が奪われてくのが、堪らなく怖い。だから俺が、まだレイを感じれる間に、レイが欲しい。ずっとレイの傍に居たい。レイを抱きたい。レイと…一つになりたい。」
最後の言葉と共に、彼の目が青く光る。私の右手に彼の左手が絡みつき、私の手を突き破って結晶が生えてくる。でも、不思議と痛みを感じなかった。
私をじっと見る彼の目が切なく…愛おしかった、
「私はいいけど…誰かさんは犯罪だってずっと言ってたよ?」
「そんなの知らないな。俺らは今15だよ?少しくらい…いいだろ。」
「都合のいいヤツ。」
私は、エイジ君に全てを委ねた。互いに自らの心の最深まで晒し合い、心を一つに溶かし合った。
私も、ずっと一人ぼっちで寂しかった。
地下の部屋で育ち、一人目は満足に人としての感情を知らないまま赤木ナオコ博士に絞殺された。
二人目の「私」は、エイジ君に会うまでは最早人間ではなかった。誰かに飼われている、都合のいい道具。
でも、エイジ君はそんな私を「一人の人間」として見て、接して、愛してくれた。
エイジ君と、心が一つになっている。
その快感が肉体的な快感と混ざり合い、心地よかった。
私はまだここにいられるというのが、心の底から嬉しかった。
-影嶋エイジ-
俺は多分、この世界に来て初めて、自分の欲望のままに動いている。
圧し潰されそうだった。
自分の味方は、この世界に一人たりとも存在しなかった。
気付いたら自分が幼くなっていて、でも今まで生きてきた記憶は残っていて。
大人にバカ正直に言えば「こいつ狂ってるぞ」って思われるのも理解していて。
こんなちぐはぐな体と心だと思ったら、いつの間にか自分から重責を背負っていた。
そうすれば、過去を忘れられると思っていた。
それでも過去はずっと俺に纏わりついてきて。
自分の名前が違う。
霞ちゃんの事を知っている人間はここにはいない。
俺の事を正しく理解してくれる人間も、いない。
俺はどこにもいない。
でも、レイは長い時間をかけて、俺を認めてくれた。
俺の存在を、肯定してくれた。
ただ一人の味方だった。
ただ、傍にいるだけで安心した。
だから、どんなに儚い命でも、レイが傍にいてくれれば受け入れることができた。自分の変化も、人でなくなっていく感覚も。
だから…俺の見えない所で居なくならないで。
-大丈夫。もう、絶対に離れないから。-
レイ…ありがとう…。