-惣流・アスカ・ラングレー-
「00-1、00-2、00-3リフトオフ。さ、みんな歩いてみて。」
地面に着地した3体の深緑色をしたエヴァが、地面に立ち、各々が歩こうとする。しかし―
[あ、あれ?]
[上手く歩けない…?]
[おわっ!!痛てて~…エヴァがコケると自分も痛いのかよ~。]
[それがエヴァとのシンクロよ。エヴァへと変化した自分を受け入れれば自然と歩けるし、走れるようにもなるわ。先ずは落ち着いて、周囲の環境を感じるの。]
レイのアドバイス…私には外の空気を感じれるほどのシンクロはしたことがない。もしかして、エイジはそれをやっていたのかしら…。1時間くらいして、やっと皆がぎこちなく歩けるようになった。
[エヴァとのシンクロって、思ってたより大変…。]
[思考制御・体感操縦式ってこんな難しいのかよ、よく皆初っぱなからうまく行ったな。]
[痛てっ!今度は尻餅ついた~…。]
「やっぱり最初はこんなよね~。」
[適正はあると言っても、体感操縦は初心者よ。普段足を動かす事なんて意識していないし当然だわ。]
「クロッシングで感覚的に伝えられるのが不幸中の幸いといった所かしらね。」
[そうね。]
[うへ~、これどうやって立つの?全然身体が動かないや。]
[立ち上がる事を考えてみて。普段立ち上がるのを思い出して、それをイメージするんだ。]
[え、え~っと…うわ、後ろに!?]
[よっと。ケイタ君、少しずつ慣れてこうね。みんないきなり動けるわけ、じゃあ…。]
ケイタの介護をしていたシンジとカヲルは目の前で自由に走っていたマナを見て唖然としていた。
[たのし~!自分の身体より自由に動くや!]
「すご…彼女やるわね。」
[アスカ並の逸材かも。]
00タイプの稼働訓練も終わり、各々が帰る場所へと向かおうとした時、ケイタがこんな事を言い出した。
「ねえ、せっかく一緒の部隊なんだし、みんなでどこか夕食食べに行こう?」
「お、賛成!お前らもいいよな?」
「僕はいいけど、シンジ君たちは…」
「僕の方は大丈夫だよ。特別何かあるわけじゃないし。」
「シンジがいいって言うなら大丈夫ね。ミサトに伝えておくから、すぐ行きましょ?アテはもちろんあるのよね?」
「そりゃあ、美味い店知ってるよ!まだやってりゃの話だけど。」
「決定ね!それじゃあ…レイ、どうしたの?」
「ごめんなさい。私、用事あるから。」
それだけ言うとレイは反対方向へと行ってしまう。皆が不思議そうな顔をしていたため、あたしはさっさと行けと言ってからレイを追いかけた。
正直、エイジの時に感情的になって失敗して以来、誰かを励ますということに躊躇いがあった。次は失敗しないと意気込んだレイへの言葉も、案の定感情的になってしまって失敗していた。それでもずっと謝らず仕舞いというのはイヤだったから、とりあえず話だけでもしようとレイの元へ向かった。
「やーっと追い付いた。どうしたのよレイ、ここ最近、ずっとらしくないわよ?」
「アスカには関係ない。」
「そう。…この間はごめん、ずっと謝ってなかったわね。私も感情的になりすぎてた。叩いたのはやりすぎだったわ。」
「言ったでしょ?何も思ってないって。それだけならもう一人にさせて。」
「待って!」
思わずレイの手首を掴んで引き留めていた。
「何?」
「まさか、エイジみたいにあたしらの前からいなくなろうなんて思ってないわよね?」
「…思ってないわ。」
「やっぱり、レイは嘘が下手よ。お願い、もうこれ以上あたし達の前からいなくならないで。エイジが死んだときに悲しんだのはレイだけじゃないのよ。あたしも、シンジも、ミサトも、エイジのパパだって…みんな悲しんだの。あたしらはもう家族を失いたくないのよ。お願い…。」
「家族…。」
レイはそれだけ呟くと、あたしの手を振りほどいてまた歩き始める。
「待って、レイ…」
伸ばした指先はレイに触れる前にATフィールドによって阻まれた。
「もう、私にはエヴァしか残されてないの。」
その言葉に立ち尽くした私は、その場で動くことができなかった。みんなと今まで通りに過ごしたいだけなのに、いつも空回りしてばっかね、あたし。
「残される方の身にもなりなさいよ……アンタらが一番よく知ってる筈なのに…。」
-綾波レイ-
あの後また少し訓練をした後は食堂で夕食を食べてから家に帰った。帰るとミサトさんが二人で話がしたいと言うのでミサトさんの部屋に向かった。
「どうして、私をメンバーから外すなんて言うんですか。」
「アスカから聞いたわよ。あなた、無茶な訓練をずっとしているそうじゃない。そんなんじゃ体を…」
「体調管理ならきちんとしています。その上での高負荷な訓練なら葛城二佐も理解してくれる筈です。」
「それでもよ。あなたを見ていると、零号機が自爆した後のエイジ君とどうしても重なっちゃって。レイ、約束して。絶対に無理はしないって。」
「私はそんな事を言われる前から無理はしていません。それだけなら、もう私は部屋に戻ります。」
「待って!最後に…この話だけ聞いて。」
私が部屋を出ていこうとすると、ミサトさんはまた話し始める。
「私はね、本当はもう、みんなには戦って欲しくないの。勝手な言い分だけどね。
私はね…セカンドインパクトの時、目の前で父さんを失ったの。私の父さんはその時、私をシェルターに入れて、このペンダントを渡したときに爆風に巻き込まれて死んだわ。あの時以降、私は使徒を憎んだ。でも、憎しみだけで、復讐だけで戦うなんて虚しいだけよ…。」
「それは葛城二佐が戦う力を持っていないからでしょう。」
「レイ?」
「私たちには…いえ、私には使徒を、敵を倒す力がある。エヴァンゲリオンがあるの!この力は、葛城二佐が思ってる以上に私たちの全部になったの!もう私にはこれしか残ってないの!!」
「レイ、それは…」
「葛城二佐がお父さんを失ったときの感情は、私がエイ君を失ったときにだって全く同じことを思ったわ!そもそも私の存在なんて、使徒を倒して補完を行う為だけの道具だったのよ!今さらその事に、この身体に未練なんて無い!」
「やめなさい!その事を二度と口にしないで!」
ミサトさんは私の両肩に手を置いて言う。
「レイ、よく聞きなさい。あなたはね、あなたが思ってる以上にみんなから大切にされてるのよ。それを一人の勝手な思い込みで無下にしないで。あなたが死んでしまったら、また皆が悲しんでしまうのよ!?だから―」
「どうして…どうしてそれをエイ君にも言ってあげなかったの!大人だから、理解してるはずだからって言わなかった癖に!突き放した癖に!!どうして、私にだけ…。」
泣き崩れてしまった。
勝手な言い分だってわかってる。エイ君はどんなに辛くても、甘えさせて欲しいと私以外には言えない。それを知ってるのは私だけ。だから、こんな勝手な事を言って理解して欲しいとは思わない。
もう、私に存在を与えて欲しい人はいないのに。なのに今さら与えられたって…。
ミサトさんは私を正面から抱いて言う。
「ごめんね…私がこれしか方法を知らなくて…。」
「お願い…出撃していいって言って…。葛城二佐は、そういう命令を出してくれる、ただ一人の大人…。私がこのまま外されたら、この感情をどこにぶつければ……」
「レイ…。」
「行かせて、ミサトさん…。お願い、お願い…!」
ここで折れてしまったら、出撃できなくなってしまったら、もう私は本当にどこにもいなくなってしまう。この先ずっと、何もできなかったって負い目を感じたまま生きてしまう。そんなの、絶対に嫌だ。
「おねがい…。」
「…っ。わかったわ。」
「え…。」
「レイが望むなら、そうしてあげる。でも約束して。全部終わった後、いなくならないって。その約束を守ってくれるのなら、許してあげる。」
「………は……は、い…。」
その返事と共に、ミサトさんは私を強く抱き締めた。
「ごめんね…本当にごめんね…。」
-惣流・アスカ・ラングレー-
あんなに泣き叫ぶレイ、始めて見た。たぶん、今まで抑えてきた感情を全部吐き出したのね。エイジがいなくなった直後ですらあれほどにはならなかったのに…。
一人リビングのテーブルに座り、頬杖をつく。最近ため息ばっか吐いてる気がする………
私…やっぱりエイジの代わりにはなれないのね。
-そらそうだろ。別に俺もアスカに代わりをして欲しいとは思わないさ。アスカにゃアスカにしか出来ないことをして欲しいな。-
「何それ、あたしにしか出来ないことって何よ。」
-そりゃあ自分で考えてくれよ。無理に俺の後を追っかけるのはよしてくれよな、指揮官殿。-
「むー…わかったわよ。」
-ありがとう、信頼してるからな。-
「ええ…ありがとう。あたし、頑張るわ。」
「んー…ん?何してんだろあたし…。何か飲んでさっさと寝よ…。」
「ね、ねぇアスカ、寝るって言ったってまた僕の所に来たの?」
「シンジはあたしと一緒に寝るのはイヤ?」
「え?イヤじゃないけど、ちょっと…恥ずかしい、かな?」
「もー、それくらいいいじゃない。」
結局シンジは折れて、またあたしをぎゅ~って抱き締めてくれたり、頭を撫でてくれたりした、すき。
「アスカ、今日はどうしたの?なんかすっきりしたような顔してるけど。」
「え?…なんだか、あたしを励ましてくれような、そんな気がして。」
「励ますって、誰が?」
「わからないけど、そんな気がするの。」
「そんな事ってあるんだね。でもよかった、アスカ最近ずっと張りつめた顔してたから。」
「そう?でもシンジのお陰かも。一緒にいてくれるし。」
「え、そ、そう?」
「そうよ。好き。」
-綾波レイ-
力……エイ君を私から奪った力……私が求める力……。
私はまだ弱い。心を、彼より制御ができない。
強くあらなきゃ、敵を討たなきゃならないのに。
『憎しみだけで、復讐だけで戦うなんて虚しいだけよ…。』
『レイ、俺が居なくても、幸せに……』
『あなたはね、あなたが思ってる以上にみんなから大切にされてるのよ。』
『でも………俺みたく引きずり続けるのだけはやめて欲しい。』
「無理だよ、そんなの…。」
ベッドに仰向けに倒れ、右手で首から下げている指輪を握り、左手を上にあげて薬指にはまっている指輪を見つめる。
「強さって、力って何?教えて……おしえてよ……。」
誰も、答えてくれない。
「こんな私が、まだここにいていいの…?」
はっとして目覚めると、もう朝だった。あのまま気を失って寝てしまったらしい。一度寝ても、やっぱり暗い感情がまだ頭の中にある。やっぱりそんな簡単には答えが出ない。時計を見ると、もう9時過ぎになっていた、
「あ…寝過ごしちゃった…?」
慌てて着替えてリビングに飛び出ると、ミサトさんがテーブルで座って待っていた。
「おはよう、レイ。」
「ミサトさん…。おはよう、ございます…。」
「そんなに慌てなくてもいいわ。今日はレイ、休みにしてあげてるから。」
「え?どうして―」
「さ、まずは朝食食べて。食べながら少しお話しましょ。」
「…はい。」
椅子に座り、朝食に手をつけ始める。最近は味を感じることが殆どなかったのに、今は美味しいって思える。
「ミサトさん、その…昨日はごめんなさい。どうかしてました。」
「いいのよ。ここ一ヶ月、私たちは急に変化し過ぎたわ。そんな中仕事が増えていっているから倒れてしまう人がいるのも事実よ。ほんとは皆、つらい事はしたくないのよね。」
「そうですか…。」
ミサトさんの顔を見て喋れない。
「ねえ、聞かせて。どうして『自分にはエヴァしかない』なんて言ったの?」
「それは……。私には、もう私自身を見てくれる人はいないんです。彼はもういなくなりました。もう、私に残ってる彼との絆は、思い出と、エヴァだけなんです。」
「だから、戦っていなくなりたいの?」
「………。」
「それじゃあ、右手に握っているのは何?」
「え……」
目を下に向けると、私は無意識に首から下げた指輪を握っていた。
「私と似てるわね。私もこれを貰った直後は、ずっと父さんの死に引っ張られ続けてたわ。光の巨人―アダムを見たとき、私には確かに何も力は無かったわ。レイみたいに、使徒に対して抵抗することすらできないまま、カプセルに押し込まれて私だけ生き残ったの。」
「そんな事が…。」
「私は声を出せなくなるほどに壊れたわ。それ自体は時間が解決してくれたけれど、それでも使徒への復讐心は消せなかった。それこそネルフの作戦課に配属されてすぐ、2番目の使徒が来たときなんかはパイロットのみんなを復讐の道具にしか見てなかったわ。
それでもね…私はエイジ君と会って、レイと一緒に暮らすようになって、アスカやミチヨちゃんとも…。そうなってね、私は変わったの。」
「ミサトさんの変化と私に何の関係があるんですか?」
「今のあなたたちの存在が、私の戦う理由だからよ。」
「え?」
「私はね、みんなを守るために、みんなができない事をするために、私ができることをするの。誰も失わないように、私ができる精一杯の事をしたいの。それだから、私は誰にもいなくなって欲しくない。それは…レイ、あなたも入っているのよ。」
「それは……私……。」
「あなたの全てはエヴァじゃないわ。まだみんなとの、エイジ君との絆は残ってるでしょ?」
「でも……」
「あなたの居場所は、私が絶対に守るわ。絶対に一人にはしない。約束するわ。」
「ミサトさん、ごめんなさい……私、私…!」
ミサトさんは立ち上がり、私の隣に来て優しく抱いてくれる。
「あなたは、ここにいてもいいのよ。」
その日の夜、私は都市を見回せる展望に行った。以前よりまばらに光る都市を見下ろしながら、眼前に指輪を持ち上げる。
「私を喪った時も、エイ君はこんな気持ちになったのかな…。」
本当はあの時いなくなった筈の私の存在。二度目のクロッシングの時、私は彼を傷つけ、自爆を選択させてしまう程に追い込んでしまったのを知った。
結局私は3人目の命を使って、彼女の命を奪ってもう一度存在できただけだ。彼に何もしてあげてれいない。寧ろ、彼の命を奪ってしまったのは私というまである。そんな私がという迷いはまだある。でも、もう決めた。
「私、生きる。自分の意思で、戦う。もう絶対にエイ君の後を追おうなんて思わないから。」
エイ君だけじゃない。もうみんなが私を認めてくれていた。だから、私はもう存在の意味を誰かに依存することはない。ふと、彼と会ってすぐくらいの時の会話を思い出す。
『他にもある。今はなくても、これから探していけばいい』
「これってただ一人に、一つに固執しないでいいって。そういう意味だったのかな。」
返事は来ない。でも、それで納得をした私がいた。
「私、もう行かなくちゃ。」
展望を降りようとした時、声が聴こえた気がした。
-ありがとう。-
「え…エイ君!?」
驚いて振り返っても、誰もいない。でも、確かに聴こえた。目を閉じて周囲を視ても、何の気配も感じれない。私は再び振り返って、目を開けた。
「もう、今度こそ大丈夫だから。」
-司城衛-
今日もモニター越しにパイロット達の訓練の様子を見る。彼らの動きは日に日に洗練されていき、より精度の高いものになっている。子供達に任せるしかないというのがやはり歯がゆいものがあるが、だからこそ私は精一杯の支援をしようと思った。
今日も訓練の後に個々の不調や違和感等を聞いて、彼らの訓練の後に調整作業をする。
「おや、レイ君か。今日もまだやるのかい?それなら今日は私が監督をしよう。」
「いいえ、それで来たんじゃないんです。えっと…衛さ…司城大佐はエイ君のお父さんなんですよね。」
「好きな呼び方でいい。やっぱり似ていないかね?光也と私は。」
「そ、そういう訳じゃないんです!でも、エイ君は衛さんの事を何も話しませんでしたから…。」
「そうか…。仕事しながらで悪いが、少し話をしないか。」
「話、ですか?」
「ああ、レイ君から色々聞きたいんだ。まあ、そこに座ってくれ。」
彼女は私の正面に座る。少し緊張しているようだ。
「こちらでの光也はどんな感じだったかい?」
彼女は少し考え込む仕草をしてから話し出す。
「無茶ばっかりしていましたけど…いつもみんなを守ってくれていました。いつも辛いことを背負ってくれて、私たちを後ろから見守ってくれている、そんな感じです。」
「光也らしいな。レイ君とはどこまでの仲なんだい?」
「えっ!?私とエイ君の?そ、それは、えっと…」
彼女は顔を赤らめ、俯いてしまう。
「ふふ、なるほど…。光也もいい青春を送れたじゃないか。」
「それってやっぱり…」
「おや、レイ君には光也は話したのか。あいつは昔の事をあまり喋りたがらないからな。」
「はい。中学高校って、あまりいい思い出がないっていうのは知ってます。」
「あれは運が悪かったとしか言いようがない。人なんて外見からは内側のどす黒いものは見えないからな。」
「そうですね…。」
「ありがとうレイ君、光也が迷惑をかけたろう。あいつはストレスを溜め込んでしまうタイプだからな。」
「いえ、話してって言ったら少しずつ話してくれましたよ。彼も話した後は、少しだけ楽になったような、そんな顔をしてくれてましたから。」
良かったのか親として情けないのか、そんな感情が出てくる。あの時も光也は私らには話してくれなかった。敢えて無理に話させはしなかったが、それが却って光也を苦しめたかもしれないという後悔は二人ともあった。
「衛さん?」
手が止まるほどに考え込んでしまっていた。
「失礼。あいつがそんな顔を…。私らは辛いときにそういう顔をさせてやれなかったからな。ありがとう。」
「そんな、感謝されるほどの事じゃ…。」
彼女は照れているようだ。こんな話ができるのも、私らが大なり小なり光也の死を受け入れているからだろう。
「こんな流れで聞くのも何だが…光也の最期に立ち会ったと聞いている。あいつは何か言ってたか?」
「それは私も聞きたいね。」
奥から茶髪で癖っ毛の女性が顔を見せる。彼女は私とレイ君が使っている机の横に座る。
「えっと、こちらの方は?」
「私は司城
「エイ君の、お母さん?し、失礼しました!」
「いいのよ、初対面だしね。」
「で、でもいいんですか?あまり聞いていいものじゃないかもしれませんし…」
「それを決めるのは私たちよ。私は聞きたいの、光也が最期に何を言ったのか。」
「…はい。彼は最期に、私に『自分の事を覚えておいて欲しい、今まで支えになってくれて…本当に、ありがとう』…って、彼は……本当に言いたかったのは、多分これです…。」
まるで自分の事は忘れられても構わないと暗に言っているような言葉だった。紀代美も下を向いて唇を噛んでいる。
「ねえ、レイちゃん。本当に言いたかったのはってことは、本当は別の事を言ったんでしょう?教えて。」
「紀代美…」
「いいの。私は聞きたい。こんな話ができる内に、ね。」
「む……レイ君、頼む。」
「はい。彼は、エイ君は……『俺がいなくても幸せになってくれ』って…。」
レイ君の目から涙がぼろぼろと出てくる。紀代美は彼女の背中に回り、優しく彼女を抱く。
「あいつらしい、言葉だな…。」
「ごめんね、辛いことを思い出させちゃって…。」
私は両肘をつき、両手を握りしめて頭をそこに預けていた。
光也…こんな重責をお前に背負わせてしまって、本当にすまない…。結局私は、最後にあの時の話しかできなかった…。本当にすまない……。
全員が落ち着いた頃、とうとうあの話を切り出すことにした。私たち夫婦で何度も話し合って出した結論だ。もう異を唱える者もいない。
「レイ君、大事な話がある。」
「何ですか、衛さん。」
「レイ君、君に…私たちの養子になってくれないか。」
「え…?」
彼女は唐突にこんな話を振られたからか、とても驚いた顔をしている。
「急にこんな話を持ち出して驚くのも無理はない。だが、今君には正式な保護者が存在していない状態だ。だから、この戦争が終わった後に正式な手続きをする予定なんだ。無論、他のこのような子にも同じような手続きをする。彼らの合意を得てからね。」
「でも、いいんですか?お二人はエイ君を…」
「いいのよ。二人で決めた事だから。私たちに光也の事、もっと聞かせて欲しいの。」
「すぐに決めて欲しいとは言わない。戦争を終えて、ここに帰ってきた時にでも聞かせて欲しい。」
「養子…」
彼女は胸から下げていたものを手に取り、見つめる。そのようなものがあったこと、そしてそれが指輪であり、彼女の左手にもはまっているのを今初めて知った。
「その指輪はどうしたんだい?」
「あ、これは…エイ君がくれたんです。五日ほどここを離れて旅行したことがあって、その後に渡してくれるつもりだったんです。」
でも、彼女は渡す前に自爆してしまった。私たちは「二人目のレイ君」とは殆ど面識はない。だが、「三人目」であっても目の前にいるレイ君は紛れもなく光也をずっと見ていてくれた彼女である事は話を聞いて理解できた。
「あいつ、15歳の子にこんなものを…。」
「いいじゃない、回りくどい事ができない光也らしくて。」
自然と、全員から笑みが溢れていた。
「今日は長話させてしまって申し訳ないな。マンションまで送っていこう。」
「ありがとうございます。今日はありがとうございました、養子のお話は、きちんと考えてからお答えしたいと思います。」
「おやすみなさい。明日からも頑張ってね。」
「ありがとうございます、紀代美さん。」
車の中で、レイ君が話を切り出してくる。
「あの…どうして私を養子にしようって思ったんですか?」
「光也が世話になったらしいからな。世話を焼いて貰った子を粗末には扱わないよ。」
「そう、ですか。」
「光也の代わりなんて思ってないよ。」
「え!?どうしてそれを…」
「簡単な話だ。別に私らは無理にと言っている訳ではないんだ。機関の保護はこの戦いが終わった後も発生するだろう。だが、だからと言って保護者がいなくなる訳ではない。それに…光也の願いも叶えてやりたいしな。」
「…エイ君、羨ましいな。こんなに想ってくれる両親がいて。」
「親が子を想うのは当然だ。寧ろ私たちなんてこの事を聞かれてから依怙贔屓だの過保護だの言われたからな。」
「あはは…。」
「もうそろそろだな。」
マンションの前に車を止めると、レイ君は降りていった。
「今日は本当にありがとうございました。」
「これくらいは当然だよ。…私たちは後ろで見守ることしかできない。だが、全力でサポートはする。世界の命運を君たちのような子供に預けてしまって、本当に申し訳ない。」
「私は、私の意思でここまで来ました。だから平気です。」
「そうか。…おやすみ、レイ君。明日からも頑張ってくれ。」
「おやすみなさい、衛さん。明日からもよろしくお願いします。」