-赤木リツコ-
彼らを見送った後、私たちは発令所で異変が無いかを見守っていた。
「もうそろそろ戦闘が始まった頃でしょうか…。」
「そうですね、MAGIの予報でも天候の異常は無いと言われていますわ。彼らの言った通り、青空での戦闘が始まっているでしょう。」
「それにしても…私は辛いです。彼らの戦いを、安全な所で見守るだけなんて…」
「そういう人が居てこそ、彼らも安心して戦う事ができる。それはあなたもご存じでしょう?」
「それはそうですが…」
「司城、お前の気持ちは痛いほどわかる。だが、私達は第三新東京市の防衛をしなければならない。赤木の言う通り、もうそろそろ落ち着け。」
「…はい、狩谷指令。」
もう何度目だろうか。このような話をまたしていると、唐突に警報が鳴る。
「パターン青検出!」
「唐突にどうして!?紀代美さん、何処で発生した!?」
「ネルフ本部、ターミナルドグマ…!」
「詳しい場所はわかる?」
「現在、検索中…これは、ダミープラグの製造工場…!」
「まさか、ミチヨちゃんが閉じ籠ってた場所で!?」
「行くわよ!至急保安部の人間を集めて!」
私たちは保安部の人間を連れてダミーの製造工場の扉の前に来る。私はカードキーを機械に通してみると、今度はあっさりと開錠された。以前までは拒否され続けていたのに、急にどうして…?部屋の中には変わらず中央にチューブがあったが、その横に一脚の椅子があり、目の前には白い新型プラグスーツを体にフィットさせた長髪の人がいた。髪や周辺に青色の結晶を散らしながら私らに振り返ったその人は…その顔は影嶋エイジその人の顔だった。髪型は束ねていない昔のままでも、表情が無くても、2年近く一緒に活動をしていた彼の顔を見間違う筈がない。
全員が一斉に警戒をした。保安部は私たちを庇うように立ち、彼に銃を向ける。前例はあるが、彼と全く同じ「人間」とは限らない。
「君は『影嶋エイジ』君…なのかい?」
「光也…なの?」
青葉君と紀代美さんは彼にそう訊く。確かに外見は生前のエイジ君にそっくりだが、銀髪に真っ赤な目。これはまるで、ミチヨちゃんのような特徴を持った…。
「彼」は近くにあった椅子に座り、ヘッドセットを装着しながら回答する。その声は彼のものではない、女性的な低い声だった。
「確かにこの肉体は影嶋エイジの情報を元に造り出したものだ。だが、この肉体は彼自身のものではない。それに、私は影嶋エイジでも司城光也でもない。」
「じゃあ、あなたは誰…なの?」
「私はお前達リリンが言う『リリス』と呼ぶ個体だ。私はお前達が造り出した私自身のコピー体と私の魂の器を元に、綾波ミチヨという個体を再構成して造り出した器の中に収まっている。」
今度は私がリリスと自称する者に問う。
「でも何故、あなたがリリスと言うの?仮にあなたがリリスとして、オリジナルの魂はレイが持っているはず。全く同一の魂はこの世には存在しないはずよ。」
「綾波レイという個体の事を言っているのであれば、彼女は既に私自身という枠からは外れている。彼女は私の同類でなく、ほぼ人間の『綾波レイ』という別個体へと変化した。完全に独立したのは、ここを戦略自衛隊が攻撃をした日時に等しい。
それ以降の欠番は、影嶋エイジから魂というものを学びとり、その形が私に酷似していた綾波ミチヨが対応していた。ゼーレへの攻撃の日までに再構成をしようと思ったのだが、そう都合良くうまくは行かなかった訳だ。」
少し悔しそうに左の掌を見つめる彼女。薬指の付け根には指輪の痕が残っている。そこまで忠実に再現しただなんて…。
「でも、それならどうしてエイジ君の外見を使ったんだ?」
「それは綾波ミチヨが彼の事をずっと意識していたからだろう。彼女は彼の最期まで、ずっと影嶋エイジとクロッシングを続けていた。使徒と同質な肉体と化し、その身を滅ぼしてまでリリンを救おうとした子。本来は私と対をなす存在だが、今は私の魂と同化している。元々私の肉体の器は、魂さえ無ければいくらでも扱えるからな。」
「ミチヨちゃんはあなたの器になって、エイジ君はあなたの魂へと変化したという所かしら。」
「概ねそうだ。今、この肉体の本来の主の綾波ミチヨという個体の魂は、私とのクロッシングで私自身へと変化した。最早彼も、彼女もここにはいない。…もう時間は少ない。私は行かせて貰う。」
「行く?何処へ?」
「私のもとへ。」
彼女は振り向くと、部屋の外へと歩きだそうとする。立ち上がる所で保安部の人間はリリスに銃を向けるが、それに構わず紀代美さんは呼び止めた。
「待って!どうして…光也はもう、死んだんじゃないの…?」
「同化現象による肉体の結晶化は、魂の死ではない。あれは彼がイメージしていた『肉体が別のものになる感覚』をバルディエルが具現化したに過ぎない。
影嶋エイジの『司城光也』としての、司城紀代美への最後の思考がある。…親不孝者で悪かったな、お袋。親父にも同じように言っといてくれ。今までありがとう。」
最後の言葉は、エイジ君その人の声だった。
「そんな…待って!行かないで光也!!お願い!!」
紀代美さんの悲痛な叫びも届かず、リリスはその場から消滅する。まさか…!
「発令所へ行くわよ、早く!何としてもリリスを止めるのよ!」
全員が走って移動し始める中、一人だけその場に立ち尽くしている人がいた。
「紀代美さん!」
「…ごめんなさい、すぐ行きます!」
彼女はハッとしてすぐに駆け出す。後ろからそれについていくと、彼女の左頬に涙が流れているのが見えた。
-リリス-
私の本来の肉体が、目の前で歪な形状で磔にされている。私はそれの眼前に浮かび、目を閉じる。
滅びは避けられない。リリンの言うサードインパクトは止める術がない。
それでも尚リリン同士の争いが続くなら、ただ痛みと哀しみが増えていくだけなら、私の手で、その刻を―
…いや、それを私が望んでいるのだろうか。止める事が出来ないのではなく、止める気が無い。望み?誰の?この意識は『私自身のモノ』なのか?
ここまで明瞭な自意識を持ったことが無いから理解度は低いだろう。
両手を前に突き出す。
私はお前だ。
お前は私だ。
周囲にエヴァシリーズの回収されるも使用されなかった余った3個のコアが現れる。
私の存在とは対をなすもの。アダムより生まれし無限の生命。だが、
目を開けると共に、磔の肉体とコア、私自身が結晶に覆われる。それが砕けると、私の肉体はエヴァンゲリオンと呼べるものに変質していた。
濃紺の肉体に翼と6対のアンカーケーブル、背面スタビライザ周辺のウェポンラック、身体の至る所に装備されたハードポイント。そして、両腕部に装備された射撃ユニット。
只、単騎で全てを拒絶する為の器。
MAGIシステムに接続し、使える武装を検索してここへと転送する。
太刀二本、拳銃とパレットライフル二丁、ガトリング砲一基、狙撃ライフル一丁。
それらを全てアタッチメントへと装備し、上を向く。天井が、隔壁が開いていき、リリンによって造られた結界が解かれていく。
「アレス…そうか、そうも翻訳出来るな。」
私はたとえ
-司城紀代美-
「ドグマの隔壁が自動で開いていきます!制御不能!」
「ダメです、自爆装置も作動しません!リリス、尚も上昇!」
「…MAGIの通告です。『対象を13番目の使徒として認識可能』…とのことです。光也…。」
「まさかリリスが自ら動くとは…」
「もう起こってしまったことをとやかく言っても仕方ない!IFFは第13使徒として設定!攻撃部隊にも即刻通達しろ!」
「了解!」
「そんな!あの子は…」
どんな姿になっても、あの子はあの子なのに、それなのに敵だと言えてしまうなんて…。私にはどうしても切り捨てられなかった。
「司城!アレはもう影嶋エイジじゃない、リリスであり、使徒だ!あの子らの努力を無駄にするつもりか!」
「っ……。」
「機体コード、登録されました!攻撃部隊とのリンクを開始します!」
「ベークライトでの直接的な封印も排除されていきます!」
「目標、ジオフロントに到達!」
『輸送機を一機だけ拝借させてもらう。』
「待って光也、何をしに行くの!?」
『…私は「リリス」として、我が子らへの祝福を成しに行く。それに私は光也ではない、過去の名で呼ぶな。』
「そんな…。」
最後の一言に、私は崩れ落ちてしまった。幾ら声が違くとも、息子の顔でそのような事を言わるのに耐えられる筈がなかった。
「リリス、地上へ出ました。飛行場へと進路をとっています。追撃しますか?」
「…追撃中止。最早こうなってしまったら、手はつけられないわ。恐らくあれは、神に等しい力を持っている。もう、私たちじゃどうしようもできないわ…。」
「光也…あなたはいつも、そうやって…。どうして私たちに何も言ってくれないのよ……。」
-リリス-
輸送機の上に乗り、コントロールを直接こちらで行いながら戦場へと向かう。
未だに、リリンの心という概念を理解しきれていない。影嶋エイジの複雑な思考パターンや、彼が過去に行ったクロッシングによって周辺人物の思考パターンはある程度把握した。しかし、クロッシングをしたことがない人間に関しては理解をできていない。彼自身の評価こそあれど、相手の思考が憶測の域に留まっている。…何故、彼はコミュニケーション手段のクロッシングを多様しなかったのだろうか。
人間らしい思考はやめよう。戦場付近全域へのクロッシングを行い、状況を把握する。どうやらエヴァンゲリオンを全て投入したにも関わらず劣勢、しかも碇ゲンドウを盾にされて思うように立ち回れていない。…何故、犠牲を出さずに勝利しようとする。私は狙撃ライフルを構え、フィールド越しにアダムとその子らの模造品を狙い、狙撃を始めた。
私には、絆という概念が未だに理解できない。
バトルフィールドを貫通しての援護。武装に関しては全てのエヴァと同じ規格のものを使っているが、私自身のATフィールドで強化されたそれは敵のフィールドを容易く貫通していく。数体を一時的に行動不能にした後、ガトリングに持ち替え敵のフィールドの一点を集中的に砕き、内部へと侵入する。着地までに他の執行者を近づけないよう弾幕を張りながら参号機へと接近し―
-攻撃部隊-
「シンジ、一旦下がりなさい!それ以上はフォローしきれないわ!」
「そんな事言っても!クソっ、どうして父さんがあんな…!」
「二人とも下がって!」
彼らはカヲルに促されるまま後退すると、スイッチで前に出てきたカヲルが強力なフィールドを展開して狙撃を防ぐ。
「こいつは…大した攻撃能力だね。よくもまああの器で再現したものだよ。」
「この砲撃…まさかあの8面体の使徒の攻撃!?」
シンジとレイには心当たりがある。これはヤシマ作戦の時の荷粒子砲の攻撃に酷似していた。あの時は零号機の身を呈した一回限りの防御で何とかカウンターを決めて勝利したが、今回はそんな犠牲を払うわけにはいかない。しかもそれだけではなく、このクロッシングが崩れれば思考防壁は破られ、敵の精神攻撃にも晒される。連携を取って攻撃をしてくる執行者に対しバラバラに来た使徒の方が余程タチがいいまである。
シンジとカヲルがインパクトボルトの砲撃で牽制をかけるが、それも強力なフィールドを展開する執行者に全て防がれている。個々の能力の強化と統率が取れた行動により、使徒より更に厄介になった。
「全員、アルトドッグ展開!一点突破で先ずはシンジのパパから救うわよ!」
「「「「「了解!!!!!!」」」」」
先頭にアスカのクロスドッグ、その両翼に00-1と00-2、後方に00-3が展開し、敵へと突撃していく。防御重視でカヲルが先頭に立ち、強力なフィールドを角錐状に展開しながら敵の攻撃を防ぎ、強引に前へと進んでいく。下手に接近してきた執行者は蹴散らされていき、次第に目標へ近づいていった。
「シンジ君、もうすぐお父さんにたどり着く!」
「わかったけど…どうするの?」
「君は波長を合わせてくれればいいよ。後は僕がやる。」
「…わかった。」
少しだけ不安なシンジだが、使徒の肉体を持つカヲルの方がその手の知識は圧倒的に多い為に言葉を飲み込んだ。アルトドッグの中、戦闘に初号機と四号機が並ぶ。カヲルは左手を伸ばして目の前の執行者を拘束し、そのコアへと手をかざす。更にその上からシンジが手を重ね、互いの波長を合わせてコアへとフィールドを干渉させていく。
「っぐ、こんな抵抗…!」
「シンジ君、お父さんへの気持ちをATフィールドに込めて。そうすればきっと届く。」
「うん…やってみる!」
シンジは自身の願望をATフィールドに込める。「また、父さんと話をしたい」という願いを。それをカヲルが押し出し、コアへと干渉させる。他のメンバーが露払いをしている中、ようやくゲンドウを取り込んだ執行者が抵抗を弱めていく。
「よかった…父さん、まだ…」
「何だ?余りにも様子が安定しすぎている。…まさか!」
カヲルの確信も束の間、突如として目の前の執行者が苦しみ出し、シンジへと襲い掛かる。
「父さん、どうしたんだよ、父さん!」
「シンジ君ダメだ!」
カヲルは何とかシンジと執行者を引き剥がし、フィールドで形成した檻の中に敵を閉じ込める。しかし、執行者はその檻を破壊するのではなく、その中で腕を大きく広げる。二人は次にどんな攻撃が来るのかと身構えるが、目の前の敵がやったことは直接攻撃ではなかった。
「ちょっと、どういう事よ!?倒したはずの奴らが、再生してるっての…!?」
「こっちもだ!俺ら3人で遅らせてはいるけど、これじゃ弾が幾らあっても足りねぇよ!」
「これは、まさか…そうか!使徒を生み出したアダムそのものの…!」
「渚君!」
思考に集中してしまい、動けなくなっていたカヲルへの攻撃をレイが大鎌で防ぐ。彼女は攻撃元へと振り向くと、そこには腕をカッターのように射出する使徒を模した執行者がいる。
あの時は、なす術がなかった。ATフィールドへの理解も、武装も今より弱かった。でも、今はあの時以上の知識も、経験もある。それなのに、
「それなのに、たった一体のせいで動けなくなるなんて…!」
パイルの攻撃を鎌で防ぎながらも、レイは敵の執行者への攻撃を続ける。しかし、それもアダムの力を持った執行者の再生のせいで有効打が生まれない。弾薬も精神も消耗していく中、段々と互いの連携を分断されていく。いつの間にかレイは腕パイルの執行者とゲル状に肉体を変化させる執行者の猛攻を受けていた。浸食攻撃は彼女自身のフィールドで跳ね返せるが、純粋なパワー勝負だと間違いなく相手の方が上になる。
レイはパイルの攻撃をフィールドで防御はするものの、その衝撃で後方へと弾き飛ばされる。膝をついた彼女に対し、二体の執行者は飛び上がって襲い掛かるが、それは更に上空から飛んできた銃弾によって阻まれた。
「8号機なの!?」
「いいや、アイツはまだ出撃できてないわ!」
「じゃあ、誰が!?」
彼女の疑問はすぐに解消される。二本の太刀を両手に装備し、二体の執行者の胴体を両断しながら降下してくる機体。それと共に戦場にいる全員に上書きされるように行われるクロッシング。
参号機の、レイの近くに落下してきたものは…まだ誰も見たことが無い濃紺の翼が生えたエヴァンゲリオンだった。
[クロッシング、クリア。作戦行動開始。]