天才漫画家の給仕係   作:斎草

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来宮美晴も恋をする?

 

校舎裏にある焼却炉まで来たが、一足遅かった。

由花子と委員長が何か口論している声は聞こえたのだが、その由花子が立ち去った直後に彼女の攻撃が始まったのだ。委員長の頭にどういうわけか焼却炉の火が燃え移り、彼女の髪とは別の黒くて長い髪が後頭部から伸びて助けを呼ぼうとする口を封じる。ついには委員長の目まで覆い、そこでようやく仗助達が追いついた。

「どりゃッ!」

億泰が委員長の髪をガオン!と削り取ったので事なきを得たが、これで山岸由花子が"スタンド使い"である事が確定的となった。

「"髪の毛を操るスタンド"か……まさかとは思ったが、ありゃあグレートに厄介だな」

恐らく委員長の頭に由花子のスタンド——つまり、由花子の髪の毛を植え込んで遠隔で操作したのだろう。髪の毛を植え込まれてしまったら、美晴のガーディアンでは守れなくなる。何故なら、"髪の毛は守る対象と一体化してしまう"からだ。そして今回のケースに限り、仗助のクレイジー・ダイヤモンドでもどうにもならない。

「しっかし委員長の髪……ありゃあどうすんだよ。オメーの"ザ・ハンド"で削り取ったものは俺には直せないぜ。削り取ったものが何処に行くか分かんねーんだからよォ」

「知るかよ、俺は床屋じゃねぇんだ。命が助かっただけありがたいと思えってんだ」

後頭部の髪の毟り取られた部分を撫でさすり、悲鳴を上げる委員長。億泰の言う事は尤もだが、髪は女の子の命だ。

(ごめんなさい、委員長…!)

しかしやはり、どうにもならないものはどうにもならない。美晴は心の中で彼女に謝っておいた。

 

「というか仗助くん、まるで由花子ちゃんがスタンド使いだって予想ついてたみたいだったけど……どうして分かったの?」

クラスが別の億泰と別れ、自分達の教室に戻る途中で先程から気になっていた事を美晴は問い掛ける。確かにあの逆立った髪の毛を見た時、美晴にもひょっとして、と勘付く事が出来たが、仗助は最初から目星が付けてあったかのようで、それがいつからなのか気になっていた。

「ああ……いや、あれは完全に俺の勘だったんだけどよォ……俺がこの前戦った"間田"っていただろ?俺そっくりに化けるスタンドの」

「あー……私が由花子ちゃんに相談を受けた日のやつね。その人がどうかしたの?」

あの日、美晴と億泰は学校に残っていたので関わり合いにはならなかったのだが、あの後仗助と康一は"小林玉美"という男から"間田敏和"というスタンド使いの情報をもらっていた。それを頼りに捜査している途中で間田のスタンド、"サーフィス"が仗助にまんまと化け、承太郎をも巻き込んで一悶着あった、それがこの前美晴が由花子に相談を受けていた裏で起こっていた事件だった。

「そいつがよォ……"スタンド使いはスタンド使いに引かれ合う"、"正体を知らなくても、知らず知らずのうちに引き合う"……なんて言ってたからよ。だから、"まさかな"って思ったんだ」

不思議な言葉だった。けれどもそれは、物凄く的を射ていると思った。

来宮美晴は杜王町に引っ越してきた日に岸辺露伴と出会い、一緒に暮らす事になった。そしてぶどうヶ丘高校に入学して早々に東方仗助と出会い、仗助にノートを届けた日に空条承太郎と出会った。仗助と友達になり、広瀬康一とも親しくし始めた頃、虹村億泰と虹村形兆に出会った。形兆が死に、康一がスタンド使いになったら、今度は山岸由花子と出会い、由花子は康一に恋をした。

偶然とは思えない綺麗な連鎖。まるで何かの"引力"が働いているのかと錯覚するほどに、"来宮美晴の周り"で、或いは"東方仗助の周り"で、"スタンド使いの周り"で、"スタンド使い同士が引き合うように出会っているのだ"。

「"スタンド使いはスタンド使いに引かれ合う"……」

教室に入り、定刻のチャイムと共に席に座る。5時間目の学活は特にする事がなく、生徒達の厚い希望で早々にクラスの席替えをする事になった。

(まだ4月なのに…?まぁ地元民が多いし、グループは固まりたいのかな……)

その気持ちは少し理解出来るのだが、いくらなんでも気が早すぎるだろう……なんて苦笑いを零したが、決まったものは仕方ないし自習なんて大人しくするようなクラスじゃあなかった。担任が即席で作ったくじ引きを全員で引き、黒板に書かれた席図にランダムに振られた数字を頼りにガタガタと自分達の机を移動し始める。この机を移動させるのが面倒で美晴には席替えのメリットが全く浮かばず、中学の時も周りが湧く中彼女にとってはそこまで興味がないイベントだった。の、だが——、

「あっ仗助くん、ぼくの後ろの席なんだね!」

「おー、康一!こりゃあ黒板見やすくてラッキーだぜ」

「どういう意味だよー、それ!」

ようやく机を移動し終えて溜息を吐きながら席につくと、そんな2人の声が聞こえてきて思わず隣を見る。

「あれェ!?美晴ちゃんが隣!?またまたグレートにツイてるな!」

「美晴さんも席が近くて良かったよ〜!ぼく友達少ないからさ〜!」

教室の1番後方。美晴の隣の窓際の席では仗助が、その仗助の席の前には康一がいて2人とも嬉しそうに彼女に微笑みかけている。

「これは……信じるほかないみたいね」

まさかここまで"引かれ合う"だなんて。どうやら間田とやらの言っていた事は真理のようだった。

(まぁ、仗助くん達と席が近いのは私も嬉しいかな……)

スタンド使い同士のアレコレが多かったせいか、美晴の周りにはそれ以外の友達がいない。加えて仗助は窓際の席で、美晴以外の"隣"がいなかった。それもなんだか嬉しかった。

……嬉し、かった?

(……何かしら、今の)

それはふと思った事なのだが、何故それが"嬉しい"になるのかはよく分からなかった。

 

放課後。

「あの、美晴さん。本当に昨日はごめんなさい……せっかく見守っていただいていたのに、あたしったら……」

由花子を待っていようと隣のクラスの教室の前で立っていると、彼女が小走りで駆け寄ってきてすぐにそうやって謝罪してきた。聞けば昼休みに謝ろうと思ったのだが、美晴の姿が見当たらなくて放課後になってしまったのだとか。

やはりこうして見ると素直ないい子にしか見えないのだが。

「あー……あれは私もびっくりしたけど。それより康一くんとはどう?仲直り出来そう?」

しかし由花子がスタンド使いである事や、そのスタンドで委員長に過激な攻撃を仕掛けていたのを知っている。美晴は下手をしたら自分まで攻撃対象になってしまうのではないかと内心冷や汗をかいていた。

「それなんだけども……あたし、彼のために手編みのセーターをプレゼントしたの。御守りも。お弁当だってこしらえたわ……お詫びの印よ。そうしたら彼、とっても喜んでくれて!お友達から始めましょうって言ってくれたのよ!」

そんな悩みなど吹っ飛ばすような由花子の幸せな報告は、文字通り冷や汗の一滴も許さないかのように一瞬で美晴の心をいろんな意味でブッ飛ばした。

「(ど、どこが喜んでるように見えたのよ〜ッ、由花子ちゃんッ!)そ、それは良かったわ。私も心配だったから……ハハ」

幸せそうな笑顔を見せてくれる由花子と対面している美晴は引きつった笑みを見せる。それもそうだ。美晴は昼休みに実験室で行われていたやり取りを目撃しているのだ。康一は明らかに喜んでおらず、寧ろ恐怖の色さえ見えた。

それを由花子、どうしたら喜んでいると捉えられたんだ!?

由花子の思想はやはり美晴では読む事が出来ない。全てが範疇を越えている。

「あたし、これからも頑張るわ。それから美晴さんの事も応援させてほしいの!」

「えっ、私?」

心の中で唸り、"これ以上頑張らなくてもいいんだよ"と、どうやんわり伝えようか悩んでいる最中に突然自身の名が出てきて思わず声が裏返った。

「美晴さんは東方仗助くんが好きでしょう?康一くんの事を見る時に2人の事もちゃーんと見ていたわ。東方くんと話している時、美晴さんって可愛らしく笑うのよ」

目の前の由花子は"ウフフ"と微笑ましくしながらその美晴の顔を思い浮かべる。

その言葉に、美晴は電撃を直接受けたかのような衝撃が走った。

(私……仗助くんの事が"好き"だったの…!?)

それは自分でも気付かなかった感情だった。

いや、だが、よく考えてみてほしい。確かに仗助といるのは楽しいし友達として好きだ。でもそれは億泰や康一と一緒にいる時もそうだ。だからこれは由花子が康一に抱くような"好き"とは違うのだ。そう、断じて違うのだ。

「虹村くんや康一くんといる時の美晴さんもとても楽しそうだけれど……東方くんといる時の美晴さんは、なんだか特別可愛らしく見えて……あたしもこうなりたいと思ったの。だから美晴さんに相談したのよ」

なのに由花子はまるで見透かしたかのように優しく美晴の考えを打ち砕いていった。

 

なんて事だ。私には否定する術がない。だってこんなの今まで無縁だったんだもの。

 

美晴はまとまらない思考の中で、ただ茹で上がったタコのように赤面する他なかった。その反応を見て、由花子は「やっぱり!」と彼女の両手を握る。

「東方くんはとっても人気な人だけれど……美晴さん以外にお似合いな子なんていないわ!あたし、なんでも相談に乗るわ!だから美晴さんも遠慮なく頼ってね!」

もう由花子を諭すどころではない。自分が精神的な意味で再起不能になっている。

どうやら山岸由花子、自分の事だけでなく親しい人の恋路でも思い込みが激しくなるタイプらしい。こうなったらきっと誰にも止められないし止まるつもりもないだろう。

やはり私の手に負える人じゃあなかった。美晴は由花子に両手を握られ、微笑みながら見つめてくるその姿に、康一が感じたのと同じような恐怖が背筋に伝う心地になった。

(だ、だれかたすけてーー……ッ!!)

美晴のか細い心の叫びは誰の耳にも届く事はなかった。

 

 

「はぁー……」

夕食を食べていても放課後に言われた"来宮美晴は東方仗助の事が好き"という由花子の言葉が離れず、つい無意識に溜息を何度も零していた。

「美晴さぁ……溜息もうやめろよな。どうして君の溜息なんて聞きながら夕飯を食べなくちゃあならないんだ」

それを見兼ねた露伴もついに彼女を指差しながら指摘する。それでも美晴の表情が晴れる事はなく、またこないだのような——形兆が死んだ日のような——出来事でも起きたんじゃあないかと少しの不安が募ってしまった。

「おいおいおい…!なんだよォ、本当に"らしくない"なぁ。今度はなんだよ、恋煩い?」

"恋煩い"。そのワードにガラン!と派手な音を立てて美晴の手から箸が転げ落ちた。その反応に露伴は一瞬だけ驚いたが、すぐさま"シメた!"といった表情に変わる。

「なんだなんだなんだ!?ひょっとしてビンゴかよォ!"気になる人"と何か、何らかの進展があったんだなッ!?どれ、今度こそ聞かせてもらいたいねッ!」

いつも飄々と躱す美晴がこんなにあからさまに動揺して箸まで落とすなんて。露伴はずっと気になっていた美晴の"気になる人"の正体を前から見破りたいと思っていたのだ。それが今ならちょこっと揺さぶるだけで分かるかもしれない。

「こ、この前"私に詮索するのはやめている"って、言ってませんでしたっけ…!?」

美晴がプルプルと小刻みに震えながら声を絞り出している。顔は俯かれていてどんな表情をしているのかは読み取れないが、十中八九、赤面しているに違いない。

「それとこれとは別だ。あの日の事はもう何も訊くつもりないさ。けどねェ、美晴。ぼくはずーっと気になっていたんだ。君が言う"気になる人"……」

露伴は頬杖を片手でつきながら、ずずいっと夕食そっちのけで美晴の方に顔を近付ける。

「これってロマンスの王道なんだよ。ぼくはいずれロマンスだって漫画に取り込みたいのさ。そして今も!今この瞬間もッ!その王道の軌道に乗っているんだよッ、君のその反応はねッ!」

ビシッ!と今度は効果音が付きそうな勢いで美晴を指差してみせた。

どうしたって勝ち取りたい。口を割らない、記憶も読めないこいつから言葉を吐かせたい!露伴はいつもに増して強気で、半ば躍起でもあった。

 

だが。

「ろ、露伴先生はいつもそうですッ!私いつも真剣に悩んでるんですよ!?なのに先生はすぐにそうやって漫画のネタにしようとするッ!私はあなたのオモチャじゃあないんですよッ!?」

突如、テーブルを叩きながらガタッ!と音を立てて赤面した美晴が立ち上がった。それは羞恥からなのか、怒りからなのか、或いはその両方なのか露伴に考える暇はなく、ただ初めて起こした美晴の癇癪に衝撃を受ける事しか出来なかった。

「露伴先生のバッ…!ッたぁ〜〜ッ!!」

美晴が勢い任せにテーブルに膝を打ち、勝手に痛みに悶えているその瞬間でさえ彼はあんぐりと口を開けたまま暫し放心していた。

「うぁ〜ッ…!す、すみませ、すぐに片付けます…ッ!」

膝を打った衝撃で倒れた漆器から味噌汁が溢れて床を濡らしている。ハッとそれに露伴が気付いた頃には、美晴は先程まで怒っていたにも関わらずすぐに正気に戻って布巾で床を掃除していた。

その変わりように露伴はある種の恐怖がゾゾゾッ!と背筋から這いずり上がる心地になる。

(なんだこいつ…ッ!突然怒ったかと思えば、突然火が消えたように冷静になりやがったッ!)

それはバースデーケーキのろうそくを吹き消すような一瞬の変わり方であり、バースデーケーキなんて可愛らしい比喩を使った自分が暢気に思える程だった。

ドッドッと警鐘を鳴らすかのように響いて聞こえる自身の心臓が促すままに、スッと露伴は席を立つ。

「ああ……ンン、代わりを注いでくるけど、いる…?」

「すみません、お願いします……」

その後も美晴は先程の事など最初からなかったかのように冷静さを取り戻していた。露伴が美晴の分の味噌汁を注ぎ直した頃には掃除も終わっていて、他に溢したものはないか、露伴の方の夕食は大丈夫かどうかを確認していた。

(もうこの件も訊くのはやめにしよう……その代わりとても貴重な体験をしたからな……)

もはやそう言い聞かせるしかなかった。己の性格が人の怒りを買う事は実は初めてじゃあないが、それ故に人と深く関わろうとしなかったツケが今まわってきたのだろう。

美晴の"気になる人"は、いずれきっと正体を現してくる。そう信じる他ない。

 

 

翌日、山岸由花子は何故か学校を休んだが、岸辺家に掛かってきた「やっぱりあたし、康一くんの事は見ているだけでいいわ!それで幸せ!とっても幸せなの!」という内容の電話は露伴が受けてしまい、更に女の怖さを思い知ったのだとか何とか。

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