天才漫画家の給仕係   作:斎草

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02.忍び寄る"影"、侵食する"非日常"
それは電撃によく似た、


 

ある土曜日の昼前の事だった。

「はい、岸辺です。……ああ、はい」

ちょうど美晴が昼食の準備をしようとしている時、岸辺家に1本の電話が入った。それをたまたま下に降りてきた露伴が取り、すぐに受話器から耳を離すと台所まで歩き美晴に受話器を渡す。

「君宛ての電話だ。"ヒガシカタくん"から」

「あ、はい。ありがとうございます」

美晴は手を洗ってから受話器を受け取ると手近な椅子に腰掛けた。

「もしもし、仗助くん。電話代わったわよ」

『美晴ちゃん。初めて電話するからよォー、びっくりしたぜ。マジで"岸辺"って苗字の人と暮らしてんのな』

番号間違ったかと思ったぜ、と苦笑いをする様子までが想像出来て、美晴もつい口許が緩んだ。

仗助や由花子達に電話番号を教えた時、家主の苗字が"岸辺"であり、男性である事も同時に伝えてあった。というのも美晴も電話を取る時に、まずは「岸辺です」と最初に名乗るからだ。ちなみにその"岸辺"が"漫画家の岸辺露伴"である事は、露伴の身バレを防ぐために誰にも教えていない。

「こないだも由花子ちゃんが私と間違えてずっと喋ってたみたい」

『ハハ、マジかよ。……って、そうじゃなくってよォ。美晴ちゃん、これから用事とかあるか?』

仗助はそのまま話し込みそうになったが、肝心の用件を思い出すとすぐに気を取り直して本題に移る。

「ううん、特にないわね……」

『そっか。じゃあこれから言うところに来てほしいんだ』

美晴は疑問符を浮かべながらも、冷蔵庫のメモを1枚取って住所を書いていく。そこは港やグランドホテルがある海辺から少しだけ遠くにある何もない更地であり、更に疑問符を浮かべてしまった。

(こんなところに何の用事なのかしら……)

そんな感じで会話を終えて受話器を戻すとエプロンを外して部屋に戻り、身支度を整えてから露伴の仕事部屋に顔を出す。

「先生、醤油切らしてたのでちょっと買ってきますね」

「ん、そう。行ってらっしゃい」

露伴は左手を美晴の方を振り向きもせずにヒラヒラと振って扉が閉まる音を聞いた。やがて窓から自転車を出して走り去っていく美晴が見えて、彼はフゥー…と溜息を吐く。

「……ヒガシカタ。下は"ジョウスケくん"とか言ってたな、あいつ。さて、"醤油を切らしてる"ってのは本当かな?」

仕事部屋のある2階から再び下に降りて台所に入ると戸棚を開ける。油や麺汁を押しのけて目的のボトルを見つけたが、中身はまだ半分以上も残っていた。

「やっぱりか……」

露伴は再び溜息を吐く。それがどんな感情からくるものなのかは分からなかったが、ひとつハッキリしたのは彼女の"気になる人"の名は恐らく"ヒガシカタ ジョウスケ"である事だった。

そして昼ごはんに作ろうとしていたのはうどんだという事も、台に置いてある麺とネギと油揚げで分かった。

「まったく……先に2人前作って全部食っちまおうかな」

無性に腹が減った。うどん2人前くらい今のぼくならイケると思う。

 

一方、美晴は。

(着きはしたけど……どこにいるのかしら)

先程仗助に指定された場所まで来て自転車を押しながら歩く。想像していた通り、町から外れたこの場所には何もなく、ただ草だけが雑に生えているようなところだった。

「あ、いた」

ポツンと1人、人影があるのを見つけてそこまで駆け寄ると、それに気付いたその人も軽く手を挙げて挨拶していた。

「仗助くん」

「美晴ちゃん。悪りぃな、急に。あと億泰と康一も来るからよォ、待ってようぜ」

仗助は美晴を座れそうな岩に誘導すると軽く砂を払ってから座るよう促す。「ありがとう」と礼を言ってから美晴はそこに腰掛け、億泰と康一が来るのを待つ事にした。

 

ふと隣で立っている仗助を見上げる。彼は身長が高く、加えて自身は座っているためか見上げていると首が疲れるが、片手で頬杖をつきながらずっと見つめてしまっていた。

(私、仗助くんの事が"好き"なのかしら……)

先日由花子の口から飛び出した"来宮美晴は東方仗助が好き"という言葉。美晴はずっとそれを考えていた。あの時は由花子の勢いに圧倒されてそう思い込んでしまったが、冷静になって考えてみると——、

「? どうした、美晴ちゃん」

「!!」

そうしていると視線を感じたらしい仗助が美晴の方を向き、ずいっと彼も草むらに座り込んでその顔を覗き込んできた。

「ううん、なんでもないわ……」

すぐにフイと視線を顔ごと背ける。冷静になれるわけがないのだ。彼が戸惑うのも気に留められないほど、体がそわそわして落ち着かない。

おかしいな、電話で話してた時は大丈夫だったのに。ああ、早く億泰くんと康一くんが来てほしい。冷静になりたい。

 

(俺、美晴ちゃんに何かしたっけか…?こないだからずっとだぜ。電話の時はフツーだったから安心したのによォ……)

一方の仗助も同じような事を考えていた。席替えをした日から美晴の仗助に対する態度が少しだけ変わったのだ。それまでは普通に話せていたのだが、どういうわけか今のように会話を避けられる事があるようになった。

だから授業中、ふと隣にいる美晴を見る事が多くなった。板書をノートに写す彼女を見て、自身が忌引きで休んでる間こうしてノートを作ってくれていたのかな、等と色々考えてしまっていた。あの頃、と云ってもついこないだの事だが、ここまで親しくなるとは互いに思わなかっただろう。

「いいや、なんでもなくないな」

そうだ。美晴ちゃんにとって"なんでもなくても"、俺にとっては"なんでもなくない"んじゃあねーか。

「ちゃんと言ってくれなきゃ分かんねーぜ。俺、美晴ちゃんに何かしたか?だとしたら、ちゃんと俺が謝んなきゃあいけねーだろーが」

どうしても腑に落ちない。美晴に避けられる理由が己にあっただろうか。身だしなみだってキチンとしてるし、ここ最近で色々無茶苦茶はやったが、今更それについて咎められるのか。周りの女子が何かしたのか、或いは仗助が理由で不良に絡まれたか。それにしたって、美晴には鉄壁のスタンドがある。今までだって当たり前のようにそうしてきただろう。

「違うの、仗助くんは何もしていないわ。どうかしちゃったのは私の方よ……きっと」

美晴はチラリと視線を仗助に向けて、それから目を伏せた。仗助はぱちくりと目を瞬かせ、彼女の次の言葉を待つように黙っていた。

「……私、由花子ちゃんに"仗助くんの事が好きなんでしょう?"って言われて……恋なんてした事なかったから、びっくりして、戸惑って……だから、仗助くんは悪くないわ……」

もう思い切って言ってしまおう。そう思って、か細い声だったが懸命に今の気持ちと仗助は悪くない事を伝える。ところどころ辿々しかったが、言い終えて静かに息を吐いて改めて彼に視線を顔ごと向けてみると、彼は大きく目を見張って頬を赤く染めていた。

「……美晴ちゃん、俺の事好きなの?」

「だ、だから分からなくて…!分からないけど、でも、意識すると変になるというか……その、……ごめんなさい、不安にさせちゃって」

打ち明けた事で更に微妙な空気になってしまった。美晴はその事も含め、ほんの僅かな時間だったが彼を困らせていた事に対して謝罪する。

それからは暫く気まずい沈黙が続いた。2人とも居た堪れないようにそわそわと身動ぎし、億泰や康一が早く来ないか待つ。鳥のさえずり。風で草同士が擦れて音を立て、少し遠くの方で波の音が聞こえる。

「……付き合うか?俺ら」

それの繰り返しを何往復かした、その時不意に仗助の声が鼓膜を震わせた。慌てて美晴が彼に視線を向ければ、そこに映った顔は赤みを帯びながらも真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「その…よォ、分かんねーなら試しにそうしてみるのもアリっつーかよォ……俺も別に、美晴ちゃんなら、イイっつーか……寧ろ美晴ちゃんがイイ、っつーか……」

尻すぼみな仗助の声。ドッドッと心臓の鼓動が跳ねるように伝わる。互いに見つめた顔が徐々に赤く染まっていくのが分かる。

どう返事をしたら良いのか。目まぐるしく回る思考の中、美晴は口を開きかけた。

 

「もういいか。話をするぞ」

「うわあッ!承太郎さんちょっとォ!!」

「おいィッ!?そこで出ていく奴があるかよォ!?」

そんな時にガサガサと草を足で掻き分けて歩いてくる複数の足音と耳馴染みのある声が聞こえてきて2人して勢いよく立ち上がりそちらを振り返る。

「テメーらを集めたのはこんな話を聞くためじゃあねェし時間も無い。仗助、その話は後でたっぷりやってろ」

ようやく合流してきたのは、いや、多分ずっと前からそこにいたのは承太郎、康一、億泰だった。承太郎以外の2人は気まずそうな顔を見せている。

「き、聞いてたんスかァ!?どっから!?」

「"ちゃんと言ってくれなきゃ分かんねーぜ"の辺りから聞いてたぜェ」

「ほぼ最初じゃあねぇかよォ!!クソーッ!!」

承太郎の代わりに億泰が仗助の問い掛けに律儀に答えていたが、その回答に彼は頭を抱え、美晴はフリーズしたように固まっていた。

「その……ごめんよ、仗助くんに美晴さん。聞きたくて聞いてたわけじゃあないんだ。たまたまなんだよ……出るに出れなくなってさぁ……」

おろおろとしながら康一は2人を宥めようとしていた。その声で美晴はハッと意識をこちらに戻す。

先程の話はきっとこのまま有耶無耶になって消えてしまうだろう。康一がフォローしている間も承太郎はイライラするように目つきを鋭くさせていた。きっとこれ以上は今は許してもらえない。けど。

「……!!」

仗助の隣に立って、ほんの少し指先を絡めるくらいは許されるはずだ。

互いに顔は見れなかった。でも、指先が絡み合った時、それがそういう合図な事は自然と理解出来た。

 

「本題に入る。お前達を呼んだのは他でもない」

仕切り直し。改めて承太郎は仗助、億泰、康一、美晴を見る。

「護衛を頼みたい人物が正午きっかりに杜王港に到着する。お前達とも因縁のある……"レッド・ホット・チリ・ペッパー"の本体の居場所を割り出せるスタンド使いだ」

「!!」

承太郎が出したスタンドの名前。その名を聞いて美晴がすぐに億泰に視線を向けると、やはりあの日見た険しい表情が再び顔を覗かせていた。その様子を見て承太郎は帽子のツバを摘む。

「そのスタンド使いは年齢にして79、昔はなかなか筋肉質だったが、今は見る影もなく色々衰えている。女を巻き込むのは気が引けるが……美晴のスタンドは護衛向きだ。頼めるか」

「待ってくれ、79だとォ!?本当に大丈夫なんスか、そいつは!」

そこに割り込むように仗助が声を上げるが、彼は懐から1枚の写真を出して仗助に見せる。

「いいか仗助。この写真を念写したのが今から来るスタンド使いだ。どういう事か……分かるな」

そこに映っていたのはぶどうヶ丘高校の校舎と、それに心霊写真のように薄く映り込む青い人のようなものだった。その青い人のようなものは美晴にも見覚えがあり、ハッと息を呑む。

「これ……仗助くんと康一くんと初めて会った日に見掛けたスタンドだわ…!」

あの日。コンビニ強盗を目撃して己以外のスタンド使いと初めて出会った日。この青いスタンドは強盗に取り憑いて悪事を働いていた。確かスタンド名は"アクア・ネックレス"。本体の名は"片桐 安十郎"……今は仗助の家の前で"アンジェロ岩"として親しまれている男だ。

「という事は……仗助くん!これからここに来る79歳のスタンド使いってまさか!」

康一は何かに気付いたようで仗助の腕をバシバシ叩く。一方の仗助はピンと来ていないようで「は?なんだ?」と間抜けな声を上げている。

 

刹那、どこからかバチバチッ!と電気の弾ける音が聞こえ5人はその出所を探るようにぐるりと周囲を見回す。

「ここだぜ…!話は聞かせてもらった…!」

次いで聞き覚えのある声がその場に響き、視界がついにそれを捉えた。億泰が押してきたバイクからヌルリと現す、その黄色く鳥のような頭を持つ人型の姿に全員が息を呑む。

「"レッド・ホット・チリ・ペッパー"…!奴め、億泰のバイクのバッテリーに入り込んで尾行していたのかッ!!」

「い、いつの間に…!」

まさか兄の仇を己がここに連れてきてしまうとは、億泰は口をあんぐりと開けながら呆然としていた。

そもそも承太郎がここに4人を集めたのは、電気がそこかしこに通っている町中でチリ・ペッパーにこの話を盗み聞きされないためだった。彼は電線を行き来し仗助の家に侵入したり、承太郎の拠点であるグランドホテルに電話を掛けてきたりとやりたい放題していた。恐らく彼による被害はそれだけではないだろう。

そして彼の本体があの弓と矢を所持している事は由々しき問題であり、彼を殺してでも取り返す必要がある。ここは電線の1本も通っておらず、チリ・ペッパーが介入する術はない。はずだったのだが。

「聞かれてしまった…!これから来るスタンド使い、つまり"仗助の父親"である"ジョセフ・ジョースター"の事をッ!!」

怪しまれないよう、承太郎本人からではなく仗助に各々に連絡を回すよう伝えたのが仇となってしまったか。仗助の電話まで盗み聞きし、瞬間的に電線を伝って億泰のバイクの中に入り込んだのだ。

「"ジョセフ・ジョースター"…か!その老いぼれの命、俺が貰ってやるぜッ!あばよッ!!」

チリ・ペッパーは再びバッテリーの中へ戻るとエンジンをふかし、バイクごと走り去って杜王港へと向かい始める。

「まずいぞッ!このままだと先を越されるッ!!」

バイクを追いかけようとする承太郎だったが、それを追い越す影があった。

「野郎…!!行かせやしねぇぜッ!!」

億泰だ。彼は血走った目でザ・ハンドの右手を振りかざし、空間を削り取ろうとしている。

「億泰くん待ってッ!!」

いち早くバイクとの距離を詰めようとしているのだと勘付いた美晴が彼の左手を掴んだ、その瞬間に彼の能力が発動し瞬く間に彼女ごと億泰の体はバイクの荷台へと移った。

「うわああッ!?」

「っとォッ!?美晴ッ!」

荷台は当然1人分乗れるスペースしかない。億泰は己の左手を掴んで宙吊り状態の美晴を引っ張り上げ、脇に抱え込むように支えてからほんの僅かに空いたスペースに足をつくように促す。

「なッ!?虹村億泰に来宮美晴ッ!!」

チリ・ペッパーも突如加わった2人分の体重に気付き彼らを振り向いた。己を見るあの血走った目、すぐに兄の仇を取ろうと画策している事に気付き、チリ・ペッパーは内心で動揺している様子だった。

「兄貴の仇…ッ!!テメーの相手はこの虹村億泰だッ!!」

億泰の覇気を間近で感じる美晴もまた息を呑む。

しかしどうにも胸騒ぎがする。ザワザワと風で葉が擦れるような、不穏な何かを感じる。美晴は彼の振りかぶる右手を見ながら、この不安が気のせいである事を心から願った。

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