天才漫画家の給仕係   作:斎草

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復讐と運命

 

バイクに乗るチリ・ペッパー。その荷台に立つ億泰と美晴。その億泰の振りかぶる右手は今にもチリ・ペッパーを削り取らんとしていた。

(言わんこっちゃないわ!やっぱり億泰くん、考えなしに突っ込んでる!!)

巻き込まれる形でバイクの荷台に転移した美晴は億泰に脇に抱えられながら、いつか言った"億泰は考えなしに突っ込んでいきそうで怖い"という言葉が現実になったようなシチュエーションに内心でハラハラしていた。

「"形兆の弟"よ……バイクに瞬間移動してきた事についてだけは褒めてやるよ」

チリ・ペッパーの不敵な笑みに向け、億泰は何でも削り取る右手をガオンッ!と振り下ろす。だがそれはいとも簡単に避けられ、バイクを操る電撃を纏いながらチリ・ペッパーは空中へと居場所を素早く変える。

「だがなァ〜!お前の削り取る動きッ!超スローであくびが出るぜッ!!」

チリ・ペッパーは嘲笑うように億泰を見下ろしていた。

やはり億泰ではこのスタンドには敵わないのだろうか。美晴は己のスタンドが守る事しか出来ない事に悔しさで唇を噛む。せめてもっと使い勝手のいいスタンドであったなら——、

しかし、突如足場がグラリと傾いて意識がこちらに戻り、慌てて億泰にギュッと掴まる。

「よく見ろや……削り取ったのはテメーじゃあねぇ。バイクの方だぜ」

「な、何ィッ!?」

その声に視界を下に向ければ、削り取られたバイクの中心から前輪が外れ暴れながら地面を転げていくのが見え、億泰達の乗る荷台がある後輪もバランスを失って左右に激しく揺れながら、それでもまだ走行を続けている。

「!!」

極め付けは進行方向にある背の低い岩にガツッ!とぶつかり、電撃でバイクと繋がっていたチリ・ペッパー諸共億泰達の体も勢いよく前方に飛んだ。その恐怖で美晴は固く目を瞑り全身を強張らせる。

 

「ふぃ〜〜……中古だがバイクをお釈迦にしちまったぜ」

そんな美晴の体をしっかり抱えて億泰はシュタッと着地し、彼女を地面に下ろすと安心させるようにポンと頭に手を置いた。

「悪りぃな、巻き込んじまってよ。アブねーから下がってなァ」

次に美晴が目を開けた頃には、ガシャンッと少し遠くの方に壊れたバイクとチリ・ペッパーが落下し、億泰はそちらに向かって歩を進めていた。

「これでもう逃げられねぇな〜〜……」

バイクにはまだバッテリーが残っている。つまり、チリ・ペッパーは電力を確保するためにそこから離れる事が出来ない。この場所は電線が通っておらず、億泰の言う通り逃げ場はどこにもなくなった。

美晴が後ろを振り返ると承太郎達が少し遠くの方からこちらに向かってくるのが見える。承太郎のスタンド——スター・プラチナはほんの僅かな間だが、時間を止める能力を持っている。加えてパワーも段違いに強い。チリ・ペッパーがどんなに速くても時を止められてしまえば意味がなくなる。今彼が最も恐れる存在であった。

「虹村億泰……この俺を追い詰めたつもりかよ。形兆の敵討ちでもしようってか!?」

チリ・ペッパーはむくりと起き上がり、挑発するような笑みを浮かべている。しかし億泰は目を伏せ、緩く首を横に振った。

「違うな……俺の兄貴は死んで当然の男だった。いつか誰かに殺されると思ってたぜ」

億泰はあの日からずっと考えていた。たとえどんな理由があろうと、形兆のした事は到底許される事ではなかったのだ。あの弓矢でこの町の人間を射止め、スタンド能力の才能がなかった人間達は全員死んだのだ。兄もそれを"罪"として認めていた。

「"罪"ってのはよォ……そうなるような事をしてりゃあ、どっかから巡り巡って"罰"がやって来る。それぐらい俺にだって分かるからなァ……」

それを弟である己は勇気がなかった故に、正してやる事が出来なかった。それが1番心残りだった。

「テメー、本体の名前と住所を言え。"命だけは"助けてやるからよォ…ッ」

「ほぉ〜〜ッ!?言えば"命だけは"助けてくれるのか!意外と冷静じゃんかよぉ〜〜、敵討ちにハラワタ煮え繰り返してんのかと思えばよォ!」

その言葉にチリ・ペッパーは面白そうにニヤニヤした笑みを浮かべた。随分と格好つけたような、悠長な事を言うものだ。俺はテメーの兄を殺したんだぜ!?チリ・ペッパーは挑発しながらも、"その時"を待っていた。

 

「本心はテメーが答えねー事を願ってんだよォッ!!テメーを削り取りたくて仕方ねーんだよボケがァァァッ!!!」

 

"来た"。億泰はついに被っていた冷静さを自ら剥ぎ取った。待っていたのはこの瞬間だ。

(億泰くん!それじゃあ相手の思うツボよ!!)

美晴は対峙している2人に近付き、億泰にガーディアンの守護を掛ける。下がっていろと言われたが、今この能力を使わずにいつ使うと云うのか。相手はどうやら挑発するのが得意のようだった。冷静さを欠けば欠くほどチリ・ペッパーはその隙をついてくるに違いない。

「やはりか!しかしよォォ〜、"削り取る"か!テメーのスタンドのスピードはノロくてノロくてよォォ、笑っちまうぐれーなんだよなァ〜〜ッ!!」

突っ込んでくる億泰が面白くて仕方ないのか、チリ・ペッパーは下卑た笑い声を響かせながらそれを迎え撃つために前に出て行く。

「どんくらいノロいのか、もう一度教えてやるよッ!」

億泰のザ・ハンドが右手を振りかぶる。その大仰な動きは隙が大きく、チリ・ペッパーはそこをついて電撃を集めた衝撃波でザ・ハンドの腹部を殴るように攻撃し、自身はスッと身を引くように彼の横へ移動する。

しかしその攻撃はガツッ!と金属音のようなものを響かせて弾かれ彼はその方向を勢いよく振り向き、次いで美晴に視線を向けた。

「ほォ〜〜……鉄壁のスタンド使い。その名は伊達じゃねーってか」

ニタ、と彼の目元が歪み、美晴はほんの少しだけゾクッと身を震わせる。あのスピード、今迫られたら回避出来ない。

だがその美晴の背後から承太郎達が徐々にこちらに近付いてきているのが見え、チリ・ペッパーもまた恐れを抱いた。早く決着をつけねば、承太郎が来て己はやられる。

そんな事を考えた時、不意に今度は己の背後に気配を感じてバッと振り返った。

「"瞬間移動"すんのを忘れたかよォ、チリ・ペッパー!美晴の能力に気ィ取られて、空間を削り取ってた事に気付かなかったようだなァ!!」

億泰だ。チリ・ペッパーの背後から億泰と連動するようにザ・ハンドの渾身の蹴りが炸裂し、吹っ飛んだ黄色いその体はバイクから少し遠ざかる。

「捕らえたぜッ!!」

倒れ伏した体に間髪入れずに蹴りの追撃を掛ければだんだんとそれは地面に埋まっていく。

「ヒーッ!!」

追い討ちにそこに右手を振り下ろしチリ・ペッパーを地面ごと削り取ろうとするが、彼は残った力を振り絞って地面を転がって避けていく。しかしそうすればするほど、バイクのバッテリーからは体が遠ざかっていった。

ゼェゼェと息を切らせながら起き上がるチリ・ペッパーの体はどんどん錆び付いたように輝きを失って、ついにその身は黄色ではなく茶色く変色していく。

 

「すごいわ億泰くん!チリ・ペッパーはもう反撃出来ないはずよ!」

「おうよ……やってやったぜ、ようやくな」

美晴が億泰に駆け寄り、すぐ間近で弱っているチリ・ペッパーを見下ろす。

「どれ、トドメを刺してやらぁッ!!」

しかし彼はまたザ・ハンドで攻撃を仕掛けようとしていたので、慌てて美晴は彼の右腕を掴んだ。

「待って!承太郎さん達が来るのを待ちましょう!どの道もうあいつは攻撃出来ないから焦らないで!」

チリ・ペッパーからはまだ聞く事が山ほどあるはずだ。ここでトドメを刺して殺してしまったら、それを聞く事は叶わなくなる。そしてそれは自分達にとってマイナスになってしまう。トドメは承太郎達が来てからでも遅くはないはずだ。

それを受けて億泰も振り上げていた右腕をゆっくりと下ろす。手にはじっとりと汗をかいていて、それを雑にズボンで拭うと右手をポケットに収める。

「へへ……いいのかよ、トドメを刺さなくてよォ……」

そこに、息を切らしたチリ・ペッパーのか細い声が響いて2人はそちらに視線を向けた。

「もしかしたらよォ……俺は弱っている"フリ"をしているだけかもしれねーぜ……?弱ったフリをして承太郎を近付け……瞬間、その喉を掻っ切ってやろうと考えているかもしれねーんだぜ……?」

承太郎の"時を止める"能力。それさえ発動されなければ、チリ・ペッパーの方が速度は上回っている。彼はそれに関しては自信を持っていた。しかし。

「テメー……何言ってんだ……?」

わざわざ何故そんな事を言うのか。億泰は頭に疑問符を浮かべた。

「別にィ…?さぁどうする……トドメを刺すか?承太郎を待つか…?」

「だ……だめよ、億泰くん。何か企んでるわ。攻撃しちゃあだめよ」

美晴は掴んだままだった億泰の右腕をギュッと力を込めて握り直す。

奴は億泰に揺さぶりを掛けている。わざとトドメを刺させようとしているのだ。その企みが何なのかまでは分からないが、とにかく奴に攻撃を今仕掛けるのはまずい。

「どうするんだよ、億泰……決めるのはテメーだぜ……?ほらよォ……承太郎がもうすぐそこまで来てる。攻撃仕掛けるならチャンスかもなァァ〜〜……」

「億泰くん、だめ!まだよ、まだあいつには聞く事がたくさんあるのよ!」

チリ・ペッパーの声と美晴の声。その両方に板挟みになっている億泰は思考をぐるぐると振り絞り、どうするのが最善か必死に考える。

チリ・ペッパーが何故そんな事を言うのか分からない。だって、言わなければ俺達を騙せてズル勝ち出来たのだから。それを言うという事はもう本当に力が残っていないという事だ。だが、わざとそう言って二重に騙しているとしたら?トドメを刺さなければ承太郎さんはマジにやられるかもしれない。

「億泰……!」

「億泰くん……!」

汗がまたジトリと頭を、体を、右手を濡らす。

 

「ウオオオオオ!!ウダラァァァァァッ!!もうどっちか考えるのは面倒くせーッ!!チクショーッ!!」

しかし煮えたぎった思考に億泰はついに感情を弾けさせ、勢い任せにポケットから右手を抜いて強引に美晴の手を振り払いそれを振りかぶる。

「あっ…!だめよ億泰くんッ!!」

「俺を止めるな美晴ッ!!こいつは兄貴を殺したんだッ!!俺がケリをつけてやるッ!!俺の心の中の真実はそれひとつだッ!!」

美晴が手を伸ばしながら彼を止めようとするが、完全にタガの外れた彼の勢いに圧倒されてその場から足がすくんだように動かなくなった。

「くたばりやがれ!ダボがァァーーッ!!」

億泰の右手が咆哮のように叫ぶ。チリ・ペッパーの錆びた体は地面ごと削り取られ、その様子に美晴は顔を背けながら目を瞑る。

次の瞬間にはその場は何もなかったかのようにしんと静まり返り、億泰の荒い息遣いだけが響く中で美晴は目をゆっくりと開け、彼に近付く。

「お、終わったのかしら……」

承太郎達もほんの十数メートルというところまで来ている。弓矢の事を始め、色々な事を聞く事は叶わなくなったが、億泰の中ではきっと決着がついたのだろう。

 

だが、抉られた地面から見えたものにギョッと目を見張った。

「こ、これは…ッ!!」

"それ"はバチバチッ!と激しい音を立ててプラズマを発し、やがて人の形を成していく。

「ここの地下に外灯用の"電気ケーブル"が!!あいつ、ここを俺に掘らせるためにわざとッ……!!」

チリ・ペッパーが億泰に攻撃させようとした理由。彼はここに電気ケーブルが通っている事を知っていたのだ。

 

「おかげで蘇ったぜ…!!」

 

先程よりも眩い光を纏ったチリ・ペッパーが切断されたケーブルの隙間からヌルリと姿を現す。

「俺は本当の本当に弱っちまってたんだよ…!バイクのバッテリーなんてたったの12ボルトしかないんだからな!逃げるならこの地下ケーブルと思っていたが……バイクからちと離れすぎて掘り起こすスタンドパワーはなかったのさ」

だから億泰に掘らせた。カマを掛けまくれば、億泰はバカだからそのうち考えるのをやめて攻撃する選択肢を取る。彼はそんな億泰の性格まで見越してわざと揺さぶっていたのだ。

「野郎ーーッ!!」

億泰が力任せにまた右手を振り下ろす。しかしチリ・ペッパーはそれをいとも簡単に、先程よりも速いスピードでその攻撃を躱して億泰よりも後ろにいた美晴の背後へと目にも止まらない速さで移動した。

「来宮美晴……あんたは賢いな。けど、分かっちゃいねーのさ」

そんな声が背後から聞こえ振り向こうとした、それさえも遅かった。

突如、パリッ!と衝撃が走ったかと思えば、美晴の視界がガクッと左に寄りながら落ちる。地面に倒れ伏すと同時に何故か左脚の膝辺りが焼けるように熱く、そこに視線をやる。

 

「能力は徹頭徹尾、自分のために使った方がイイって事を分かっちゃいねーのさッ!!」

左脚が、スカートから下の左脚が、ない。

 

「あああぁぁぁああぁぁーーッ!!」

「美晴ーーッ!!」

熱の正体が痛みだという事を認識した途端に激痛が脚を襲う。己の叫び声と億泰の悲鳴が混ざり合い、チリ・ペッパーはその中で嘲笑うような笑い声を響かせながら美晴の視界を覆うように手のひらで頭を掴む。

「億泰ッ!オメーのせいで美晴はこうなったッ!おおー可哀想に!好きな男にコクられてシアワセだったのになァァ〜〜ッ!!」

億泰のバイクから、チリ・ペッパーもあの話を聞いていたのだ。美晴は目元を覆う手を剥がそうとするが、スタンドには触れる事が出来ず空を切るのみだった。

「億泰くっ……!億泰くんは、悪くない……!!」

それでも声を絞り出していると、チリ・ペッパーは感心したように頷く。

「おーおー、健気よのォ〜。だがよォ〜億泰。美晴は優しいからそう言ってくれるがよォ、形兆の言う通りだ。オメーは足手纏いだな!?精神的に未熟過ぎんだよォ〜!あの兄貴を上回ってなきゃ敵討ちなんざ最初から無理なんだよッ!」

再び咆哮を上げながら右手を振り下ろす億泰を見、チリ・ペッパーは美晴を掴んだまま素早く電気ケーブルのそばまで移動して避ける。その過程で億泰の背後を見遣れば、承太郎を追い越して仗助が向かってきていた。

「美晴ちゃんッ!!」

彼は必死に手を伸ばしながら美晴とチリ・ペッパーまであと数メートルのところまで近付く。しかしそれよりも早く、チリ・ペッパーは美晴の体を形兆の時のように電撃と同化させて電気ケーブルの中へと身を潜ませ始めた。

「させるかよッ!!このままジョセフ・ジョースターも形兆や美晴と同じ目に遭わしてやるッ!!今度こそ本当にさよならだッ!!」

あと一歩、仗助が伸ばした手は美晴の体を掠め、チリ・ペッパーと共に彼女は電気ケーブルの中へ引きずり込まれていってしまった。

 

「あ……あ……っ、嘘だろ、美晴……!!」

「み、美晴さん……ッそんな……!!」

億泰と康一は美晴が引きずり込まれた電気ケーブルの前でガクリと膝をつく。

「俺が……俺が悪いんだ……俺がヤツの挑発にさえ乗らなけりゃあ、こんな事には……ッ!!」

億泰の目から涙がボロボロと溢れ落ち、地面に拳を打ち付ける。それを見て隣いる康一は慰めるように彼の肩に手を置くが、彼もまた涙を溢れさせていた。

その少し後ろで仗助は切断された美晴の左脚に触れる。草むらには痛々しい血痕が残されていて、彼はグッと唇を噛み締めていた。

「美晴ちゃんは……こうなる運命だったんだ」

ぽつりと、仗助が零した言葉に億泰と康一はバッと振り返って目を見開く。

「これが美晴ちゃんの運命なんだ」

「じ、仗助ェ……!!」

「仗助くん!?なんて事言うんだよッ!!君は美晴さんの事が好きなんだろう!?なんでそんな事言えるんだよッ!!」

康一が激昂するのを仗助が黙って唇を噛み締めながら受けているのを見て、億泰は目を伏せて視線を逸らした。

こうなったのは自分のせいだ。己に康一のような言葉を吐く事は許されないし、そうするつもりもなかった。

しかし仗助は美晴の左脚を撫でながら、2人を真っ直ぐに見る。

 

「だから、あいつは死なねー。誰が死なせるかっつーんだ」

 

その言葉に、億泰と康一は顔を上げながら息を呑む。彼の隣にはクレイジー・ダイヤモンドが姿を現し、美晴の左脚に触れていた。

「"俺があいつを助ける"のも含めて、あいつの"運命"にしてやるぜ」

絶対に助ける。仗助の表情は決意に満ちていた。

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