天才漫画家の給仕係   作:斎草

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"守護者"

 

———

それはつい最近の事だ。

 

両親を事故で亡くした。葬式の日は雨が降っていて、外の空気を吸いに行った時についた雨粒を軽く払った私は、火葬場へと戻った。

「美晴ちゃん、可哀想にね……」

「まさか両方いっぺんに亡くすなんて」

親戚の人達がヒソヒソと話している。私は敢えて能力で耳を塞ぐ事をしなかった。

 

私の能力は"ひとつのものをあらゆる攻撃から守る"能力だ。

私は無意識のうちに、"私だけ"を守るように祈ったのだ。今までだってそうしてきた。祈るとあの鎧の人がなんでも守ってくれた。

でも私は初めてその祈りに憎しみを抱いた。

あの時、守る対象を"来宮美晴"ではなく、"乗っている車"にしていれば、こうはならなかったからだ。

 

「でも気味が悪いわ、あの子だけなんて……」

「しっ、聞こえるぞ」

「私いやだわ、あの子引き取るの……怖いじゃない。だってあの子……」

 

「だってあの子って、生まれた時から怪我ひとつしないじゃない」

 

———

 

「美晴ちゃん!!」

「美晴!!」

「美晴さん!!」

そんな声が四方から聞こえた。呼び声に目蓋をピクリと動かしながら、朝目覚めるように目を開く。

「……!!」

その視界に映ったのは、喜びを顔に露わにさせた後にヒンッと涙ぐむ3人の男と、僅かに口元に笑みを浮かべながら後方に立つ大柄な男だった。

「ん……、私……」

美晴が身動ぎしようとするとグッと視界が引き寄せられて何かに顔を埋めさせられた。次いで伝わった人肌のぬくもりに、すぐに己の身は誰かに抱き締められているのだと認識する。

「生きてて良かった……」

その言葉に目を僅かに見張った。耳元で囁かれたそれは、美晴がずっと心のどこかで欲していたものだったからだ。

「仗助くん……」

その言葉をくれた、今己の身を抱き締めている彼の名を呼んで、美晴もギュッとその背に腕を回して抱きつく。

 

(でも私、どうしたんだっけ……)

彼の腕の中にいながらも、僅かに身動ぎして何故か恐る恐ると美晴は己の足元を見た。

確か、左脚が焼けるように熱く、痛かったはずだ。しかし左脚は特に異常がないようで、手で触れてみても違和感はない。

「仗助くんが美晴さんの脚を"治して"くれたんだよ。仗助くんの能力で、脚の方に美晴さんの体が戻ってきてくれたんだ」

不思議そうにしている美晴に、康一が涙を拭いながら説明してくれた。

という事は、この左脚は一度何者かに切断されてしまったという事になる。それを聞いて美晴はゾゾッと背筋が凍る感覚に陥った。

怪我なんて億泰を助けた時を除けば、今まで1回もした事がなかった。というのも、美晴のスタンドであるガーディアンが守ってくれたからだ。それが急に左脚を切断なんて、ショックで記憶が多少飛んでてもおかしくないはずだ。

「やれやれ……チリ・ペッパーの奴、見せしめ"ついでに"厄介な能力を持つ美晴を先に始末しようとするとは。抜け目ない野郎だ」

そこに承太郎が歩み寄り、美晴を見下ろす。そしていつかの日を思い出していた。

 

———

 

康一のスタンドである"エコーズ"が覚醒した数日後。

それを聞いた承太郎は仗助、康一、億泰、美晴をグランドホテルのすぐ近くのプライベートビーチに呼び出していた。康一のスタンドである"エコーズ"の確認をするためだ。

「物体や人に音を染み込ませる……か。変わった能力だな」

小さなトカゲのような見た目のエコーズは、如何にも生まれたてといった感じで可愛らしい見た目だった。その容姿に美晴も思わず目を輝かせたのを覚えている。

エコーズは小柄で更に遠距離型のスタンドであり、偵察等に持ってこいの形態であった。

 

「時に、美晴。君もあの弓と矢の事を知ってしまった以上は、関わらざるを得なくなったようだな」

承太郎は美晴を見て"やれやれ"と帽子のツバを摘んで僅かに下げる。

美晴がスタンド使いである事は彼女が仗助にノートを届けに来た日に知った事だが、"生まれつきのスタンド使い"だったため無関係として扱っていた。だが、彼女は虹村兄弟との件でスタンド使いを増やす弓と矢の事を知ってしまった。このまま無関係で知らないフリをしろというのは難しい話である。

「というわけで、君の能力も改めて試させてもらわなければならない」

承太郎がスタープラチナを出すと、美晴も戸惑いながらガーディアンの姿を現す。

「た、試す、とは…?」

「言葉通りだ。今からこのスタープラチナで君を攻撃する」

承太郎がスッと美晴を指差す。

「その守りの強度がどれほどのものか見たい。言っておくが、女だからと加減はしない。最大強度だ、準備をしろ」

彼の目は本気だった。美晴はゴクリと固唾を飲みながら己にガーディアンの守護を掛け、準備が整った事を示すためにひとつ頷く。

と、スタープラチナが真っ直ぐに美晴に向かって突進し、その速さに誰もが息を呑んだ。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!!!」

「ッ……!!」

力強い怒涛のラッシュが金属音を響かせながら美晴の体を襲う。彼女はその勢いに無意識にガードするように腕を顔の前でクロスさせ僅かに身を屈めていた。

(お、重いッ……!!一撃一撃がすごく重いッ!!ダメージはゼロ……で、でも、……お、押し負けるッ……!!)

ぶつかる衝撃が僅かにだが体に響く。こんな経験は初めての事で、美晴はまた無意識に歯を食いしばる。

「み、見てッ!美晴さんの体が……!」

「押し負けて、後ろに下がっていくッ……!」

康一と仗助が声を上げる。その通り、ザリ、ザリ、と美晴の踏ん張っていた足は砂を浅く掘りながら後方へ下がっていく。

「オラァァッ!!」

「ぅあッ……!?」

承太郎の最後の一撃がゴンッ!と金属音を響かせながら炸裂すると、美晴の体はザーッと勢いよく砂に足をついたまま更に後方へ滑り、勢い余って尻餅をついた。その様子を見て承太郎は長く溜息を吐き、滲んだ汗を指で拭う。

「フゥー……鉄壁のスタンド、ガーディアン。強度は本物だな。ただ、強い衝撃を与え続けると押し負ける……か」

呼吸が上がり、尻餅こそついたものの美晴の体は骨折も痣もなく、吐血もしていない。押し負けるのは恐らくスタンドの落ち度ではなく、本体である美晴の体力の問題だろう。彼女には少し体力づくりをしてもらう必要もあるかもしれない。

(しかしこのスタンド。ただ守るだけじゃあなく、弾いてくる。集中していなければ、あらぬ方向に腕が飛んでいたかもしれん)

恐らく弾き加減は美晴が無意識に弱目にしたのだろうが、それでも手に汗が滲むほど集中していたのを目の当たりにし、承太郎は再び静かに息を吐く。

 

だが、承太郎の"試験"はそこで終わりではない。

「美晴ちゃん!」

「待て、まだ終わっていない。ここからが本番だ。……まだスタンド能力を解くな」

すぐさま美晴に駆け寄ろうとする仗助を片手で制し、彼女に近付くと手を差し出す。その手を取って立ち上がるのを見るやすぐに手を放し、彼は先程の位置に戻った。そんな彼を見ながら、美晴はスカートの臀部についた砂を払って守護を掛け直す。

 

(これ……この承太郎さんの"試験"のようなもの。私自身も知らなかった"ガーディアンの力"が分かるかもしれない……)

この能力は美晴が生まれ持った才能のようなものだ。

だが杜王町に来るまでの間でこの能力が効果を発揮するタイミングといえば、せいぜい転んだとかそういった日常的な怪我の時だ。赤子の頃は無意識なのか、常にそばにいて守ってくれていた(両親から聞いた話と辻褄が合う)が、物心ついた頃からコントロール出来るようになり、走る時や料理をする時等、怪我の恐れのある行為をする時に守ってもらうようになった。おかげで美晴の体は怪我知らずだ。最近では露伴に記憶を読まれないよう、彼と顔を合わせる時にも能力を使っている。

しかし、この町では奇妙な事件が起こりつつあるのだ。それに己も片足を突っ込んでいる以上、改めてガーディアンのスタンド能力について自己分析する必要があるし、ブラッシュアップも然りであろう。

今承太郎が施した"試験"で、ガーディアンにはかなりの守備能力がある事が分かった。押し負けたのは己の体力不足である事も、同時に痛感した。

「やるぞ。準備は出来ているな」

承太郎がまたジッとこちらを見据えてくる。顎に伝った汗を手の甲で拭い、美晴が先程のようにひとつ頷く。——が。

 

「スタープラチナ・ザ・ワールド!!」

 

「!?」

そう声が聞こえたかと思えば、突如目の前にいた承太郎の姿が消えた。それに思わずハッと息を呑んで目を見張る。

「オ……オイィッ!な、何が起きたんだよッ!?いつの間にか承太郎さんが……ッ!!」

億泰が驚いたように目を見開いて彼を指差すのと同時に、グッと美晴の背中にスタープラチナの拳が押し付けられる。

「承太郎さんが美晴のすぐ後ろにッ!!」

一瞬の出来事だった。美晴がゆっくりと顔だけを振り返れば、承太郎の大柄な体がすぐ背後に迫っていて静かに息を呑む。

「"時間を止めた"……これは防げないようだな」

ポンと、まるで鬼ごっこで鬼がタッチするかのように承太郎は美晴の肩に手を置く。その一転したフランクな態度に拍子抜けたように美晴は目を瞬かせていた。

しかしはたと思い返せば、何か引っ掛かりを覚えて彼から視線を外して記憶を掘り返すように意識を集中させた。その様子に承太郎は疑問符を浮かべる。

「どうした、気になる事でも?」

「いえ……あの、"時間を止めた"っていうのは、そのままの意味で……時間を止めている間に承太郎さんが私の後ろに移動して、だから時間がまた動いた時に、まるで一瞬で移動したかのように見えた……って事なんですよね?」

「そうだが……それがどうかしたのか」

美晴が至極当たり前の事を、まるで億泰にでも説明しているかのように口に出している事に承太郎は再び疑問符を飛ばす。

 

「その……違うかもしれないんですけど。承太郎さんは私から見て右、つまり承太郎さんから見て左から回り込んで後ろに行きませんでしたか……?」

 

しかし美晴の言葉に、浮かべていた疑問符が飛び散った。

「ッ、何……ッ!?」

ゾクリと動揺が走る。胸の鼓動が弾けるように一度だけ大きく波打ったのが分かる。

(こいつ、俺の進行方向を記憶している!見たのかッ!?見えていたのかッ!?)

美晴の言葉は本当だ。承太郎は確かに時を止めている間に、左から回り込んで彼女の背後に回ったのだ。

だが何かおかしい。何故今それを思い出したのだ!?その妙な間はなんなのだ!?

「何故そう思った…?見えたのか?」

口の中がカラカラに渇いていた。空条承太郎ともあろう者が、久しく大きく動揺している。

 

だが彼女が出した答えは何とも不思議なものだった。

「"おかしい"というのは百も承知なんですけど……"見た"とかそういうんじゃあないんです。記憶の底に埋まってたかのように、"承太郎さんが私から見て右から回り込んできた"という記憶だけが、そこにあったんです。ただその記憶を掘り起こしただけで……」

 

承太郎は固唾を飲んだ。今までこんな事が出来るスタンド使いはいなかった。それが出来るのは恐らく、同じ能力を持つDIOだけだったはずだ。彼と決定的に違うのは、彼女には時間を止めている間の意識はなく、また本当に何も"見ていない"事だ。

「……やはり、"こいつ"の能力は"ただ攻撃から守るだけじゃあない"らしい……」

彼女のそばに佇む鎧のスタンドは、その下にある顔や目を決して読み取らせない。しかしオーラで分かる。"あれ"は対象を守る事に関しては一級品、或いはそれ以上だ。

"あらゆる攻撃から守る"……それは即ち、"危険を察知し、排除する"という意味合いも含まれるのではないか。

(末恐ろしいスタンドだ……)

美晴の精神力がスタンドの持つ本来の力に追いついた時を想像すると鳥肌が立つ。承太郎はまだ不思議そうに首を傾げている彼女を見て、立ち尽くす他なかった。

 

———

 

(あれはマジに冷や汗をかいた……美晴のスタンドは恐らく、どんなスタンドにおいても脅威だろう)

仗助の助けを借りて立ち上がる美晴を見る。左脚をしきりに確認しているのを見て、仗助は意識的に彼女の左側に回って体を支えていた。

「美晴ちゃん、マジに覚えてねーのか……ありゃあグレートにショッキングだったぜ……」

「聞いて寒気したわ……あのケーブルに引きずり込まれたなんて」

どうやら彼女はチリ・ペッパーに左脚を飛ばされ電気ケーブルに連れ去られたという記憶をショックでなくしてしまっているようだ。無防備になった彼女を叩く事は唯一にして最大の攻撃方法である事が分かる。承太郎はそれを試す事は出来ず、今回のチリ・ペッパー戦は不謹慎だが貴重な参考資料を得られたとも思っていた。

(最初からこちら側にいたから良かったものの……敵として遭遇していたらと思うとゾッとする。誰もこいつの隙をつく事が出来ねえ)

不意打ちには弱いという話だったが、ハナから能力を発動されてしまえば関係のない話である。実際、あの"試験"では能力をあらかじめ使わせていたからああいう結果になっていて、承太郎が不意打ちで時間停止を発動させていたならば、美晴に気取られる事なく背後に回れていたはずだ。

美晴が今回死にかけたのは、彼女に自分以外の"守りたいもの"があったから、という優しくて強い意志が存在したからである。

「……あまりのんびりはしていられねえ。もうじき正午だ。それにチリ・ペッパーもじじいを追い始めている。急ぐぞ」

ジョセフ・ジョースター護衛の要として今回彼女を呼んだわけだが、皮肉にもその優しい祈りが彼女の最大の弱点になるという事を改めて思い、承太郎は踵を返しながら帽子のツバを摘み、その陰で目を伏せた。

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