「失礼します。ジョースターさん、荷物運びに来ました」
港が見え始め、仗助と康一が米粒ほどだが肉眼でも視認出来るようになった頃に船室の扉が開き、乗組員が入ってくるとジョセフの荷物に手を掛ける。
しかしすぐに慌ただしく扉が開くと別の乗組員が船室に入ってきた。
「大変です!敵がこの船に乗っていますよッ!ジョースターさんを守りに来ました!!」
「!!」
その声に3人は振り返り、美晴はジョセフに掛けた守護を更に強固にし、億泰はベッドから立ち上がり2人の前に立ち塞がるように移動する。
「くそッ!外には承太郎さんもいたっつーのに…!!」
周囲を忙しなく、それでいて注意深く見回す億泰。乗組員が言うにはチリ・ペッパーの本体である"音石 明"という男がこの船に紛れ込んでいる可能性が高いという話だった。承太郎が康一のエコーズからそのように連絡を受け、承太郎本人も今、船のあらゆる場所を捜索しているらしい。
「……??なんだこいつ、見た事ない奴だぞ……」
そこまで報告した直後、乗組員は先程荷物を運びに来た乗組員を見てボソリと呟いた。
「? 何か言ったか?」
それは本当に独り言のような呟きであり、しかし荷物を持っている——長髪の乗組員を指しながら言ったようにも聞こえ億泰は聞き返す。
すると、長髪の乗組員はぐるんとそこにいる——短髪の乗組員を振り返りながら指差して口を開いた。
「言ったのは私ですッ!!こいつ我々SPWの人間じゃあないぞッ!!」
「な、何ィッ!?」
短髪の乗組員が驚いたように目を見開いて口をあんぐりと開けるのを見て、すかさず長髪の乗組員は更に言葉を連ねる。
「こいつ変装してますッ!!こんな男初めて見ますよッ!!船に今まで乗ってませんでしたッ!!こいつが敵ですッ!!」
声を張り上げる長髪の乗組員は短髪の乗組員を指差しながら億泰と美晴を見ていた。それを受けて億泰が短髪の乗組員の方に掴みかかる。
「テメーかッ!!」
「わあー!!待ってください!!私は敵が来る事を教えに来たんですよ!?敵がわざわざそんな事しますか!?あいつこそ敵ですッ!!」
短髪も長髪を指差して声を張り上げる。すると億泰は今度は長髪の方に向かって拳を振り上げた。
「そうか!じゃあーテメーだなァッ!?」
「ひいいーーッ!!私の方が先に敵だと指摘したんですよーッ!!そいつが教えに来たのは油断させるためです!!」
美晴はこの状況を見てサッと青ざめる心地になった。これは非常にまずい。億泰ではどちらが敵かなんて判断がつかないし、それは美晴にとっても同じだった。
しかしどちらかが敵である事だけは分かる。ここにいるのは間違いなくチリ・ペッパーの本体である音石明、本人だ。恐らくチリ・ペッパーも何処かに潜んで機会を窺っている。
(でも結局どちらが本体でもこんな茶番、チリ・ペッパーで叩くための時間稼ぎに過ぎないわ!億泰くんが悩んでいる間に近付けさえすればいいんだから…!)
美晴には攻撃手段がない。そして真っ先に狙われるのはガーディアンの本体であり、守護をジョセフに掛けて無防備状態である来宮美晴、己だ。
「ジョースターさん、出来るだけ安全な場所に移動しましょう……電気のないところに」
ドクドクと心臓の鼓動がうるさく聞こえる。しくじれば今度こそ己の命はない。それでもジョセフの事を放って自分だけ逃げるわけにはいかず、美晴はジョセフの身を支えながら周囲を見回す。しかしどこを見回しても電気のない場所などなく、今度こそ顔から血の気が引いていく。
「そんな場所はねーんだよォ、美晴……!!」
そこにパチリと小さなプラズマの音が聞こえ振り向けば、電灯からボロボロになったチリ・ペッパーが顔を出していて体がゾクリと震えた。
「まずはテメーからだ、美晴……!ボロボロだがなァ〜〜、無防備なテメーを感電死させるくらいチョロいんだよォ〜〜……!!」
チリ・ペッパーは今にも美晴に電撃を浴びせようと腕を伸ばしている。今の美晴はジョセフに付きっきりで思うように移動する事が出来ない。こんなにボロボロになってまで追い詰めてくるなんて、なんて執念深い奴なんだ。
「なっ……レッド・ホット・チリ・ペッパー!!」
億泰もようやくその存在に気付き声を上げる。
「えっ?ポッポ・ポッポ・ハト・ポッポ?」
「ジョースターさん、こっちへ……!!」
わざとなのか何なのか、ふざけた聞き間違いをしているジョセフを支えながら、美晴はとにかく出来るだけチリ・ペッパーから離れようと彼を誘導し始める。それを見て億泰はもう一度乗組員2人と向き合った。
「〜〜ッ!分かったぜェ、どっちが本体かッ!」
その言葉に乗組員2人と美晴は弾かれるように彼に視線を向ける。彼は手汗を雑にズボンで拭い、右の拳を握ると思い切りそれを振りかぶった。——長髪の方に。
「本体はテメーだァァッ!!」
「うぎゃァァーーッ!!」
気持ちのいいほどの右ストレートパンチが長髪の乗組員の顔面に炸裂し、彼の体はジョセフの持っていた杖を巻き込んで勢いよく吹っ飛んでいく。
「2度もおちょくんなよッ、この虹村億泰をッ!!」
彼の顔は吹っ切れたように凛々しいものだった。チリ・ペッパーの体からも血飛沫が上がり砂のようにその姿が消えてしまい、今度こそ敵を倒したのだと確信する。
「億泰くん…!」
思わず美晴が感嘆の声を上げる後ろで、本体である音石明が呻き声を上げながらまだ起き上がろうとしていた。
「なっ、なんで……俺の方が本体だと、分かった…!?」
「知りてーか…?」
億泰は彼に歩み寄り、目線を合わせるように腰を下ろす。音石明の体はヒクヒクと痙攣しながら、不思議そうに彼を見上げている。
「両方ブン殴るつもりだったんだよ。俺、頭悪りーからよォ」
音石の前髪を引っ掴みながら、億泰は悪どく笑っていた。その言葉に美晴は思わず苦笑いを零す。
「億泰くんはやっぱり、億泰くんだったわね……」
彼は短髪の乗組員の方に音石の身柄を預け、美晴とジョセフの前に戻ってきて"ふんす!"と得意げであった。
「でもま、結果オーライよ。すごいわ億泰くん、大手柄じゃあないの!」
「お前の事、守るっつったろ?有言実行ってヤツだぜェ」
2人でグータッチを交わし、互いに勝利の笑みを見せ合う。
それをジョセフは微笑ましそうに静かに見守っていた。
程なくして船は港につき、タラップが桟橋におろされた。
やがて船の中から美晴に支えられているジョセフが姿を見せ、仗助を見るなり彼はハッと息を呑む。その仗助は気まずそうに顔を逸らしていたが、ジョセフは早く彼に会いたいのか自然と足が早まっていった。
「あっ…!」
美晴もそれに付き従っていたが、ジョセフの足がタラップの継ぎ目に躓き、その老体が大きく傾いて彼女では支えきれずバランスを崩す。
「……!」
それをすかさず、仗助が美晴ごとジョセフの体を支えた。労るように彼女の肩をポンポンと叩き、彼女と入れ替わりで今度は彼がジョセフの体を改めて支え始める。
「足もと、気をつけねーと海に落っこちるぜ」
「す、すまんのう……美晴さんも、世話掛けたのう」
「いえ、お気になさらず」
美晴は一言添え、軽く頭を下げてからそっと後ろに下がりその様子を眺める。歳がいくつ離れていようと、彼らは"親子"なのだ。色々な事情で感動の、とまではいかないかもしれないが、親子の対面に水を差すような真似は出来ない。
「杖があればちゃんと降りられるんじゃが……今さっきへし折られてしまってのう……」
ジョセフは先程の一悶着で真っ二つに折れた杖を見る。やはり船内で何かあったのかと仗助と康一は確信したが、乗組員も含めてジョセフ達全員が生きているという事は大事には至らなかったという事だ。
仗助はおずおずとジョセフに向けて手を差し伸べる。その顔は恥ずかしそうに僅かに赤く染まっていた。
「し、しょうがねぇな〜〜……俺の手に、ほら……つかまんなよ……」
だんだんと語尾が小さくなっていくのが自分でも情けない程だった。
ジョセフはといえばそんな息子の言葉に目をまんまるく見開いて、やがて嬉しそうに目を細めればその大きくて優しい手を握って彼に寄り添うようにタラップをおりていく。
「あっ、俺いい事思い付いたぜェ〜!仗助よォ、この杖クレイジー・ダイヤモンドで直せば、ッんぐぐ!?」
「億泰くんちょっと黙って…!」
「ホントに億泰くんはバカだなァ!早くその杖捨てなよッ!」
その後方、仗助とジョセフの様子を見ていた億泰は先程ジョセフが捨てていった杖を拾い上げ仗助の背中に声を投げ掛けようとしたが、彼が気付く前に美晴が億泰の口を手で塞ぎ、康一は杖を捨てさせるようにその手をバシバシと叩く。
「んぐッ……なんでだよォ、ナイスアイディアじゃあねーのかよォ!あとバカって言うなッ!」
息苦しそうにしていたのでさすがに今回はすぐに解放してやったが、億泰だけはこの意味が分かっていないらしく美晴は頭を抱えて溜息を吐いた。
「いやバカだよ億泰くんは…!いいかい?今回だけはね……"直さない"からいいんじゃあないか……!」
康一の言う通りだ。そうでなければ、仗助はとっくに杖のひとつやふたつ直してしまっているはずだ。
それが何を意味するかなんて、言葉にするのは野暮である。
未だに意味が分かっていない様子の億泰を尻目に康一と美晴はその背を見送り、承太郎も僅かに口角を上げてから少し離れた間隔で仗助とジョセフと共に港を去っていった。
「さてと!気を取り直してよォ、護衛作戦お疲れ様会しようぜ!俺、駅向こうにいい店知ってんのよォ〜、"トラサルディー"っていうめちゃくちゃうんめぇ〜イタリア料理店なんだけどよォ!」
「駅向こうまで行くの?ちょっとここからだと遠くない?」
残された億泰と康一と美晴は3人のジョースター一族を見送った後に遅れて港を出た。時刻は正午を少し過ぎた辺り。ちょうど昼時なので億泰は3人で外食を提案してきた。
しかし美晴はふと思い返すと不意に足を止め、ある事を思い出してブワッと冷や汗が噴き出る心地になる。
「あれ?美晴さんどうしたの?」
「おい……なんか顔色悪くねェか?ひょっとして船酔い我慢してたのか?」
康一と億泰が戻ってきて声を掛けてくるのが遠くの方に感じる。
(ろ、露伴先生にテキトーな事言って抜け出してきたの、忘れてた〜……!!)
俯いた視界がグラグラと揺れている。
そうだ。確か私は露伴先生に「醤油を買ってくる」と嘘をついて家を出てきたのだ。我ながら完璧だと思っていたが、家を出てから実に1時間が経過している。醤油を買いに行くだけでこれはどう考えても不自然だ。
「ご、ごめん、今日お昼ごはん作る日だったの忘れてて……」
それでも露伴の事と給仕係の仕事をしている事をバラすわけにはいかない。美晴はまたその場しのぎの、しかし今度こそそれらしい誤魔化しをしながら顔を上げて乾いた笑いを零す。
「そーなのか?残念だなァ……大変だよな、家事ってよォ。んじゃ、トラサルディーはまた今度にするかァ」
億泰はあの父親と2人暮らしだ。家事も全て億泰がこなしているという話で、彼はその大変さを共有出来る唯一の友人であった。
「また学校でね、美晴さん」
「じゃあなー美晴、気ィ付けろよォ」
2人は慌ただしく港を後にする美晴の背に手を振り、彼女が見えなくなるまで見送っていた。
「た、ただいま帰りまし……ッ」
自転車を全速力で漕いで数分。美晴が息を切らしながら岸辺家の玄関を潜ると、そこには既に露伴が仁王立ちしていて思わず「ヒッ!」と短く悲鳴が上がった。
「おかえり美晴。随分と遠くまで醤油を買いに行っていたんだねェ」
彼の顔は僅かに口角が上がっているものの目が笑っておらず、その目は探るように美晴の手元を訝しげに見つめる。
「いや……醤油はまだ十分にあったし、そりゃあ買って帰ってくるわけがないかァ」
ギクッと肩が揺れる。確かに醤油を買ってくるとは言ったが、肝心のそれはまだ半分以上もボトルに残っているのを美晴も把握している。だから悩んだが、醤油を買ってくるのは諦めたのだ。
露伴がそれを知っているとは思わずにあのテキトーな嘘の材料にしてしまったが、……いや、まさか、己が出て行った後にガサ入れでもするかのように戸棚を調べたのだろうか。
「まっ!それより腹が減ったから早くうどん作ってよ、食べずに待っててやったんだからさ。君も腹減ったろ?ひもじい奴をいつまでも立たせとく趣味はないからな」
しかし露伴は訝しげな態度を一転、いつもの我儘な彼に戻って美晴の頭を雑に撫で叩いてやった。それを「わっ」と短く声を上げて受けた美晴を尻目に、リビングへと先に移動し始める。
(どーせ"気になるヒガシカタくん"に会ってきたに違いないんだ。あまり追求してこないだのような癇癪を起こされても困る。美晴は感情が爆発すると手が出ちまうようなアブなっかしい奴だからな〜……ここは黙っとくのが吉だ)
露伴はこないだの身の毛もよだつような出来事を思い出して密かに身震いした。
だが給仕係の仕事をこなし、学校に行き、そうやって普通にしている限りは露伴にとって美晴は娘のような存在なのだ。雑に扱っているように人によっては見えるかもしれないが、それなりに情はあるし可愛がってもいる。それはつい最近——形兆の件の頃に——自覚し始めた事だ。
ぼくは美晴を同居人としてそれなりに大切に想っている。だから彼女の恋路を応援してやるのが筋ってヤツだ。どーせそのうち家に連れてきたりするんだろうから、その時に好きなだけ観察すりゃあいい。露伴はそう思いながらリビングの椅子に腰掛け、昼食の準備を始める美晴の背中を見つめる。
("ヒガシカタ ジョウスケくん"ねェ……電話の声だけじゃあ判断つかないな。早く家に連れてこい、美晴。いや、連れてくるまでに関係を発展させろ!……だが、ぼくのお眼鏡に適わない男なら……引き剥がしてやるッ!)
ギンッと睨みを効かせると視線を感じたらしい美晴の体がビクッと跳ね、驚いたような表情を晒しながら露伴の方を振り向いた。
「せ、先生……?どうかしましたか?」
「別に?ほら、お腹空いたから早く」
おろおろと問い掛けてくる美晴を催促するように指でテーブルをトントン鳴らせば、彼女はまたすぐに鍋と向き合ってうどんを茹でていく。
(大切な同居人をみすみす何処の馬の骨とも知らない男なんかにやるもんか。絶対ぼくを通してからだ。父親気取りかもしれないがぼくは本気だ。ぼくが認める男でなければだめだねッ!)
(露伴先生の視線が痛い…!やっぱり怒ってる!茹で加減を間違えないように集中しなくちゃ……!!)
双方噛み合わない理由で露伴は無意識に睨みを効かせ続け、美晴は怯えるように縮こまってそれを受ける、そんな昼時の一コマであった。
岸辺露伴と東方仗助。彼らもまた引き合うように出会う事になるのは互いに想像出来ないほど近い未来の話である事など、この時誰も知る由もなかった。
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