天才漫画家の給仕係   作:斎草

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"守りたい"と思う心

 

空条承太郎が杜王町に来てから1ヶ月。5月も上旬で爽やかな陽気が降り注いでいる。

色々な事が起こりすぎて、まだぶどうヶ丘高校に仗助や美晴達が入学してから1ヶ月ほどしか経っていないのかという心地になる。

 

チリ・ペッパーの本体である音石明は、スタンドによる窃盗罪で警察に逮捕された。被害総額は実に5億円であり、全て押収されていった。警察にはスタンドが見えないので、一体どんな方法でこんなに盗んだのか皆目見当もつかないだろう。

そして同じように盗まれていたスタンド使いを増やす弓と矢も無事にSPW財団に回収された。何やら色々な調査をするらしく、厳重な管理下に置かれている。

 

 

そんな5月の夜。

仗助は自宅の自室でベッドに転がりながら1枚の封筒を眺めていた。もう何回も中身を出し入れしているのだが、改めてもう一度そこに入っている紙を取り出す。

 

———

 

「先日は邪魔をしてすまなかったな。これはその詫びだ」

ジョセフ護衛作戦の数日後。

承太郎がわざわざ東方家まで出向いたかと思えば、彼は仗助にその封筒を渡してきた。一言断ってからその中身を確認すると、そこに入っていたのはS市内にある水族館のチケットで、仗助は首を傾げる。

「なんスか、これ。ゴールデンウィーク中に海洋生物のお勉強でもしなさいって事っスか?」

「違う。よく見ろ、2枚あるだろ」

その言葉にチケットを擦ると、ピッタリくっついていたもう1枚のチケットが顔を覗かせた。しかしそれが何を意味するのか、承太郎が何を言いたいのか理解出来ず、やはり仗助は首を傾げていた。

「えっと……承太郎さんと行くって事っスか…?」

ようやく絞り出した回答に、さすがの承太郎も"やれやれ"と帽子のツバを摘んで目を伏せる。

「テメー……これが先日の詫びだと言っているのが分からねーのか。急いでいたとはいえ、"テメーと美晴の邪魔をした"詫びだというのが分からねーと」

彼が溜息混じりに答えあわせをする前で、仗助はぱちぱちと目を瞬かせる。そしてやっと思考が追い付くとカッと顔に熱が集中するのを感じた。

「こっ、ここに美晴ちゃんとッ!?行くって事っスかッ!?」

「何度も言わせるな……いいか。ここは海洋生物を研究している俺が選んだ、展示内容も充実しているS市内で1番デケェ水族館だ。女ウケもいいと聞く。しくじるんじゃあねぇぞ」

承太郎がそう言い残して東方家の軒先から去っていくのを、仗助は呆然としながら見送る他なかった。

 

———

 

「んなコト言ってもよォ……誘えるかよ……」

今日は透明な赤ちゃんとジョセフの事でくたくたに疲れ切っていた。そんなこんなで連休最終日も終わってしまい、明日から学校、また来宮美晴と顔を合わせる事になる事実に仗助は長い溜息を吐いた。

あれから2人の仲はなんだかあやふやなままだった。付き合っているとも言えるし、そうとも言えないような、とにかくフワフワなままの関係であり、美晴も相変わらずすぐに下校してしまうのでゆっくり話す時間もない。

けれどもこの感情は、この心の奥底からじわじわと滲み出てくる感情は、まさしく"恋"だった。己もまた美晴のように、言葉の影響を受けてハッキリと彼女を意識するようになっていたのだ。

『また連休明けにね、仗助くん』

連休直前、隣の席の美晴がそう微笑みかけながら手を振る姿が脳裏に浮かび、自然と頬が紅潮するのを封筒で隠す。

「明日……明日か……」

頭の中がボーッとして、美晴の姿ばかり思い出してしまう。

仗助くん、とあの声で呼ばれるだけで心臓が跳ねる。

特別可愛い部類に入る容姿というわけでもないのに己の目には1番可愛く見えて、友達想いで、強い意思を持っていて、東方仗助にとって来宮美晴はグレートな女の子だった。

 

だがその中で、不意に先日チリ・ペッパーに殺されかけた美晴の姿がフラッシュバックしてザッと頭の中が急に冷えた。

彼女の悲痛な叫び声と、切断されて冷たくなった左脚の感触を思い出してザワザワと胸騒ぎが止まらなくなる。

 

明日、明日本当に彼女に会えるのだろうか?

自分の知らないところで、危険なスタンド使いに出くわして何かされていたら?

 

「い、いや……あいつのスタンドは鉄壁なんだぜ?承太郎さんお墨付きのよォ……そう簡単にくたばりやしねーっつの……」

ハハ、と乾いた笑いが零れる。そう分かっているのに、心臓は静かな部屋に響くようにドクドクと大きく波打っている。

 

本当に、今の今に、彼女はこの町に存在しているのだろうか?

 

仗助はムクリと体を起こすと自室を出てリビングにある電話の受話器を取り、岸辺家の電話番号をプッシュした。時計を見ると22時を回っており、内心やっちまったと少し後悔したが、呼び出し音が不意に途切れて意識がそちらに向く。

『はい、岸辺です』

「も、もしもし、東方です、けど……」

聞こえたのは男の声だった。彼は『ああ、』と仗助の事を覚えていたようでしばらくの間保留音を流す。その間に仗助は水を一杯飲み、ぐったりとソファに身を沈めていた。

『もしもし、東方くん聞こえるかい?』

保留音が止み、再び男の声が受話器から聞こえるとピンと体が強張り姿勢を正す。

「は、はいっス」

『悪いね、美晴はもう寝てしまったみたいだ。明日から学校だし、君も早く寝たら?』

岸辺の言葉にほんの少しだけ落胆する自分と、彼女がそこにいるという安堵を覚える自分が半々くらいで存在していたが、ひとまず自分がある程度冷静になったのを感じて受話器を握り直しながら、別に彼に見えるわけでもないのに仗助は数回頷いた。

「そ……そっスね、すんません」

『ン!よろしい』

電話口の向こうの彼も頷いているのだろうか。会話ももう終わるだろう。しかし受話器から耳を離しかけた時、また彼の声が聞こえてきた。

『ねえ、東方くん。君から見て"来宮美晴"ってどんな子?』

「えっ……」

ギッ、と電話口の向こうから椅子の軋む音と共に、岸辺の声はそう言葉を連ねた。思わずギクッと肩が跳ね、心臓が一瞬止まったかのような心地になる。

『君は美晴の事、どう思ってるのかな』

「ちょ、ちょっと待ってくださいっス……!な、なんスか急に……!」

せっかく冷静になり掛けていたのに、また顔に熱が集中するのを感じて仗助は声を裏返しながら動揺を露わにした。その様子に岸辺はクスクスと小さな笑い声を零す。

『ンフフ。いやね、ちょいとした質問だったんだが、君は驚く程分かりやすいな』

その声に更に顔が熱くなる。そんなにあからさまだっただろうかと思い返すも、自覚する程動揺しているのだからそりゃあそうだと仗助は肩を落とした。

『まっ!別に深い意味なんてないさ。引き止めてしまって悪かったね。これからもよろしくしてやってよ』

「は、はいっス……」

『じゃ、おやすみ』

そうやって一方的に電話が切れ、ようやく緊張が解けたようにソファにダラっと身を預けた。

結局岸辺に弄ばれて終わってしまった。美晴が時々意地が悪いのは岸辺に似たのだろうか。

「明日どんな顔して会えばいいんだよォ……」

岸辺は明日の朝、この事を美晴に報告するに違いない。

仗助の心配事は減らずに上書きされただけだった。

 

 

翌朝。

美晴がいつも通り朝食を作っていると、いつも通りの時間に露伴がリビングにおりてきた。

「おはよう、美晴」

「おはようございます、露伴先生」

いつも通り、何ら変わりない朝。今日から連休が明けて世間は仕事や学校が始まる。勿論露伴のように連休など関係ない職種の人間もいるが、それは今は置いておく事にする。

「ああ、そうそう……昨日夜中に東方くんから電話があったよ」

リビングのテーブルの椅子に座り、美晴が朝食を盛り付けるその背中を見ながら言うと彼女は僅かに反応を示していた。

「そうなんですか?起こしてくれてよかったのに……」

「いや、向こうも特に急いでる感じじゃあなかったからさ。暇だったし少し彼と話した。今度連れてきてよ、興味湧いたから」

露伴のその言葉に、美晴は盛大な溜息を吐きながら盛り付けたベーコンエッグの皿を2人分テーブルに置いた。

「絶対だめです。先生、そんな事言って仗助くんに"ヘブンズ・ドアー"、使うつもりでしょう」

「バレてら」

「"バレてら"、じゃあないですよ!」

まったくもう、と美晴はむくれていた。露伴の考えている事などお見通しだ。仗助に能力——ヘブンズ・ドアーを使って記憶を読み、作品のネタにしたり私の事を間接的に調べるつもりなのだ。そんな事は絶対にさせない。彼の事は私が守る!美晴はそう心に誓っていた。

「ふーん、随分と東方くんが大事なんだねェ」

露伴はそんな事を言って美晴と同じようにむくれる。それを尻目に彼女は炊飯器から炊きたての白米を茶碗に盛っていく。

「友達はみんな大事です。仗助くんだけじゃありません」

億泰も康一も由花子も、露伴の好き勝手にはさせない。美晴が自分の住居である岸辺邸に友達を連れ込む事はまずないだろう。

「ふーん……」

つまらん、といった様子で露伴は長く息を吐く。そうしているうちに朝食が全てテーブルに並び、挨拶をしてから露伴の向かいに座る美晴はそれらを口に運んでいく。

(美晴の"友達"に"気になる東方くん"……ぼくも気になるなァ〜……美晴は正義感が強いなァ。いいヤツだ、本当に。しかしぼくはとても心配なんだ)

露伴はここ1ヶ月ほど前からの彼女の事を思い返した。

最近の美晴は何かと厄介事に巻き込まれている匂いがする。いつも通り振る舞っているつもりかもしれないが、たまに疲れているような顔をしている時がある。

 

こないだだってそうだ。醤油を買いに行くと言って何故1時間以上掛かる?東方に会いに行っていただけだとして、何故そんなにも疲れた顔をしていた?もっと浮かれた顔をして帰ってくるものだとばかり思っていたんだぞ。

そして最大の謎はあのしきりに落ち込んで泣いていた日の事だ。詮索はしないと決めたが、ずっとぼくの胸の中にしこりのように存在し続けている。

(ぼくに隠し事なんて甘いぞ、美晴)

共に暮らし始めて2ヶ月近く。嫌でも毎日顔を合わせているのだから、少しの変化だってすぐに気が付く。東方仗助を始め、美晴の周りにいる人間の誰か1人の記憶を何とかして読めれば、その理由も分かるはずだ。

 

(けどま、そう都合良く出向いてくるわけもない。下校時間を狙って出会い頭に能力を使うか……いや、人目もあるしなァ。あぁ〜、めんどくせーなァ。このぼくが何故こんなにもこいつの事で悩まなきゃあならないんだ)

箸も持たず、トントンと指でテーブルを鳴らす音がリビングに響く。

「今日は片付け、先生がやってくれるんですか?」

しかし向かいの美晴の声にハッと顔を上げれば、ジッと彼女は心配そうに露伴の顔を覗き込んでいた。

「……そうだな、今日はやってやろう」

「すごい上から目線」

「早く食べな、遅刻するよ」

しっしっ、と手を払って急かすとまたむくれながら美晴は朝食を食べるのを再開する。

こいつが学校に行ってから考えよう。それより腹も減ったし、朝食を食べる方が先だ。

露伴はようやく箸を持つと炊きたての白米を口に運んだ。

 

 

美晴が学校に着き駐輪場に向かうと、いつも自転車を停める場所に仗助がいた。

「おはよう、仗助くん」

「ん、はよ、美晴ちゃん」

仗助は美晴が自転車を停めるなり「ちょっと、」と彼女の手を引いて駐輪場を出て、校舎裏まで歩く。

「どうしたのよ仗助くん、こんなところに……」

普段から人気のないこの場所は朝だからかもっと静かに聞こえ、表の喧騒が遠くの方のように感じた。

「その……よォ。俺らは……付き合ってる、って事でイイ、んだよな……?」

ここに連れてきたままの小さくて柔らかな手を握りしめて、仗助は頬をほんのり染めながらも美晴を見つめる。その視線を受け、まるで手のひらから伝染したように彼女も頬を染めておずおずとひとつ頷くのを見て、仗助はひとまずホッと安堵しながら一旦手を解き懐にしまっていた封筒を取り出す。

「これ……承太郎さんからもらったんだけどよォ。今度……2人で行ってみねーか?」

封筒の中から水族館のチケットを2枚取り出し、美晴にも見えるように1枚差し出せば彼女はそれを僅かに目を見張りながら受け取り券面を眺めていた。

「これって……その、"デート"ってやつになるのかしら……?」

「……多分」

"デート"。その単語に2人して顔を赤く染める。ドキドキと心音が響き、チケットが僅かに湿るような手汗が出る。それを押しのけるように美晴は視線を上げて破顔した。

「嬉しい…!私、あっちの方って行った事ないから……仗助くんと行けるの、嬉しいわ!」

その笑顔に、その声に、仗助はギュッと心臓を鷲掴みされる心地になった。まさかこんなに喜んでくれるなんて。先程まで抱えていた不安が嘘のようだった。

「そ、そっか、美晴ちゃんって外から来たんだっけか……」

来宮美晴の出身は確か静岡だったはずだ。前にチラッと聞いた事があったような。それも由花子と彼女が話しているのを耳にしただけの。随分と遠くから越してきたんだな、くらいにしか仗助は思っていなかったが、今となってはちょっぴりチャンスなんじゃあねーかと彼は考えていた。

「お、俺で良ければ、ここ以外も案内してやるぜ」

「本当に?」

「ん……これからもっと、一緒に出掛ける事も多くなるだろーしよ……」

仗助のその言葉に美晴の瞳の輝きが増していく。

もうあの弓と矢の事もないし、これからはいつも通りの安息の日々が始まるはずだ。普通に過ごし、普通に2人で話し、そこらにいるカップルと同じように普通の恋をする事だって出来る。

「素敵だわ……好きな人とそうして過ごせるのは。ありがとう、仗助くん」

そうやって幸せそうに笑う彼女を、守りたい。これからもし何か、この平和を脅かすものが万が一現れたとしたなら、彼女と、その彼女が住むこの町は己が守る。

もうあんな肝が冷えるような思いは御免だ。

 

東方仗助は幸せを噛み締めながらも、密かにグッと強く拳を握っていた。

こびりついて離れない彼女の叫び声を、戒めにしながら。

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