天才漫画家の給仕係   作:斎草

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岸辺露伴の暴走

 

放課後。

仗助と美晴はカフェ・ドゥ・マゴにてお茶をしていた。こうして2人きりでのんびりとした時間を過ごすのは、付き合ってから初めての事だった。

「悪りーな、本屋付き合ってもらってよ」

「ううん、私も買い物付き合ってもらったから」

互いに亀友マーケットにある本屋と食料品売り場での用事を済ませ、その袋がテーブルの空いた椅子に置かれている。

「それにしても仗助くんが"育児書"って…!」

美晴は本屋の袋の中身を思い出してクスクスと笑みを零す。それを見て仗助は「あっ!」と声を上げて飲んでいたコーラのグラスを置いて彼女を指差す。

「し、仕方ねーだろォ!?透明な赤んぼの事でジョースターさんに御使い頼まれてんだからよォーッ…!」

「分かってるわよ…!お昼休みに聞いた!大変だね、色々と」

今日の昼休みに億泰と康一と一緒にご飯を食べている時に、昨日拾ったという"透明な赤ちゃん"の事を聞いた。今のところジョセフにしか懐いていない赤ちゃんで、ジョセフが近くにいないとスタンド能力で自分の体や周りのものを透明にしてしまうらしい。

そこでジョセフは息子である仗助に御使いを頼んだ……という運びだ。

「でもまさか、"恥ずかしいから代わりに買ってきてくれ"なんて言われるとは思わなかったけど…!」

そう。仗助は美晴を本屋に連れて行き、育児書が置いてあるコーナーをジッと吟味したかと思えば、数冊棚から引き抜いて財布と共に彼女に預けたのだ。上述のセリフを添えて。

まだ美晴が笑っているのを見て、仗助はカァァッと羞恥で顔を赤らめる。彼にとっては難易度の高い御使いだったようだ。

「そっ、それよりよォ……水族館、いつ行くよ……?」

椅子の背もたれに寄りかかり、強引に話題を変えるように仗助はコーラを一口飲んでからそう切り出す。

今朝、やっとの思いで彼女に水族館のチケットの事を話せた。だが日取りをまだ決めておらず、2人して「うーん」と唸り声を上げる。

「中間考査と体育祭の事を考えると、来月になるのかしら……」

「だよなぁ……あー、遠いなァ……」

2人きりで誰の干渉も受けずにデート。最初こそ恥ずかしさと緊張が占めていたが、そう考えるとアレコレとプランを練り始めるのが止まらなくなっていた。絶対完璧にエスコートしたい……それが"カッコいい男"ってやつだ。おかげで仗助は今日の授業をあまり聞いていない。

しかし実際、学生というのは忙しい。美晴が言った通り、今月は中間考査があって来月の頭に体育祭がある。チケットの有効期限は1年ほどあるのでいつ行っても構わないのだが、あまり先延ばしにしても良くない。

「待ち遠しいわね……承太郎さんが選んだんだから、きっとすごいところよね。イルカとか見たいな……」

美晴も今日は水族館デートの事を考えっぱなしだった。水族館なんて今まであまり関心がなく最後に行ったのもいつだったか忘れてしまったが、この一件で途端に興味が湧く施設になっていた。

仗助くんと一緒に行くその場所は、きっと何処よりも大切で素敵な場所なんだ。そう思うとロマンチックな気分になる。

しかし駅前にある時計台の時刻を見てハッと現実に戻ってきてしまった。

「いけない、そろそろ帰らなきゃ」

「うわ、もう17時かよ。今日はサンキューな、美晴ちゃん」

2人して慌ただしく席を立ち、それぞれ椅子に置いていた袋を手にする。仗助が「じゃあな」と手を振ってくれるのを、美晴も目を細めて手を振り返す。

「また明日ね、仗助くん」

"また明日"。そう言えるのがとても幸せな事に思えた。

 

だが、今日という日はこれで終わりではなかった。

 

 

「先生、ただいま帰りました」

美晴がいつも通りに岸辺家に帰ってくると、家の中はシンとしているように感じた。

(お仕事中かな……、あれ?)

次いで靴を脱ぐために玄関先を見てみると、露伴のもの以外の靴が2足ある事に気付いた。どちらの靴も露伴のものと比べると小さめで、学生が履くような靴だ。

(お客さんが来てるの……?で、でも、この靴……この靴はッ!見た事あるわッ!)

お茶を出さないと、と思うより前に嫌な予感が全身を伝っていく。

2足あるうちの片方は美晴もよく知っている、毎日顔を合わせる人物が履いている靴だ。その彼がどうしてここに、と考えるより先に美晴は靴を慌てて脱いでスリッパも履かずに露伴の仕事場のある2階へ駆け上がっていく。

(そんなまさか…!どうしてこの家が分かったの!?この家に来てはだめなのよ、"康一くん"!!)

そう、あの靴は己の友人である"広瀬康一"のものだ。大方もう片方の靴の持ち主である誰かに連れられたのだろうが、露伴が返事をしないという事は立て込んでいるという事であり、その立て込む理由が彼らであるならば非常にまずい。

岸辺露伴は週刊誌で漫画を連載している人気漫画家だ。その彼が「仕事場を見学していくかい?」と言ってついていかない奴なんていない。彼のファンなら尚更だ。そうやって術中にハマった人間に何をするかなんて、それはたったひとつしかない。

「康一くんッ!!」

半ば叫ぶように露伴の仕事場の扉を開ける。しかし扉を開けた直後に見えたのは岸辺露伴その人だけ——正確には距離が近すぎてそう見えただけ——で、その顔を見上げる前に視界は"岸辺露伴の漫画原稿"で埋まった。

 

油断した。あまりに慌てていたものだから私は、ガーディアンの守護を"掛け忘れた"。

 

「"ヘブンズ・ドアー"ッ!!」

その声と共にバラバラと紙が捲られる音が聞こえ、膝から崩れ落ちる。

「美晴さんーーッ!!」

康一の悲鳴が聞こえ、そこに彼がいる事を認識した時には美晴の"扉"が全て開き切っていた。

「フフフッ…!実にいい気分だ。やっと捕えたぞ、美晴!」

岸辺露伴はニヤついた顔を隠しもせずに崩れ落ちた彼女の体をグイッと引っ張り部屋の中へ招き入れる。スタンド使いでなければ気絶してしまう衝撃で"本"にされた美晴の体は思うように動かず、されるがままに床を引きずられていた。

「ろ、露伴先生ッ…!なんて事をッ!」

それでも美晴は"自分がついに本にされた事"よりも"自分の友人を本にした事"の方で露伴をギリッと睨み付けていた。しかし露伴はその視線を意に介さない様子で美晴の顔部分のページを捲り、しきりに手に持っているページと照らし合わせている。

「ふん……"なんて事を"?ぼくを騙しておいてそれはないだろ?"康一くん"のページに君の事も色々書いてあったんだ」

そしてあるページに辿り着くとその手を止め、その頬を撫でるように指を這わせる。

「"虹村形兆の死は私の責任だ。私がもっと早くレッド・ホット・チリ・ペッパーの存在に気付いていれば形兆さんは死ななかったかもしれない。ごめんなさい億泰くん。"……か」

「……ッ!!」

"記憶を読まれる"という感覚。それも最も読まれたくない記憶を読み上げられ、ドクリと心臓が跳ねて頭が真っ白になった。

「"例えチリ・ペッパーに左脚を切断されて殺されたとしても、それが両親への罪滅ぼしになるのならそれもいいと思った"……だと?」

「……ッ」

岸辺露伴の"ヘブンズ・ドアー"で本になった記憶は嘘を吐かない。100%事実なのだ。

チリ・ペッパーに電気ケーブルに飲み込まれた際のショックで失った記憶は、日が経つにつれて少しずつ蘇りつつあったのだ。だが今読み上げられた事で完全に蘇った。

 

美晴はその時、本当に本気でそう思っていた。

億泰が"罪"は何らかの形で自分に返ってくると言っていたように、自分が両親を救えなかった"罪"がこういった形で返ってきたのだと、そう思っていた。

 

「なんだよこれは…ッ!君はこんな事を隠してッ!ぼくを騙し続けたんだなッ!?死にかけただとッ!?ふざけるなッ!!」

グッと彼女の顎を掴んで引き寄せれば露伴は激昂した感情を力任せにぶつける。

「先生違うんです…!私は先生を巻き込みたくなかったんです!!」

「だまれよッ!!まだ隠してる事があるよなァッ!?東方仗助の事も読んでやるッ!!」

「や……やめてください……!!」

露伴が次のページを捲ろうとする手を必死で掴んで抵抗する。互いの力が拮抗しブルブルと痙攣するように震え、それでも露伴の方が力が強くて手は徐々に彼女のページへと近付いていく。

 

「もうやめろッ!!岸辺露伴ッ!!」

その時、部屋に2人以外の声が聞こえ露伴も美晴も弾かれるようにそちらに顔を向けた。

「やめろよッ!!お前と美晴さんがどんな関係か知らないけど!それ以上美晴さんに何かしてみろ!ぼくはお前を許さないぞッ!!」

康一だ。彼は既にヘブンズ・ドアーによって扉を開かれていたが、それでも勇ましく立ち上がり、露伴を力強く指差していた。それを見た彼はニヤリと口角を上げて康一の方へ移動を始める。

「康一くん。やっぱり君には主人公の素質ありだ。いいね今のッ!最高だッ!カッコいいじゃあないかッ!」

素晴らしい!と両手を広げながら歩く露伴にとっては今の状況、何もかもが鮮度最高のネタの宝庫に見えているのだろう。康一が美晴のために声を上げるその姿だって、物語の主人公がヒロインに手を出した悪党に向かって叫ぶ様子そのままであり、まるで"100%なリアリティ"でそこに存在しているようで胸が躍るだろう。

これは思った以上に最悪のケースになってしまったと、美晴は冷や汗をかいた。

露伴の能力で扉を開かれてしまったら、美晴のガーディアンの守護はいくら掛けても無効化されてしまう。何故なら"露伴の攻撃は続行中だから"だ。己には今、康一やそのすぐそばにいる康一の友人、そして自分自身を守る力すらない。

「気に入ったよ、本当にね!なぁ、明日も来てくれよ。もうそのように"書き込んでおいた"からさァ。とりあえず怪しまれちゃあ仕方ないから今日は帰ってくれたまえ」

「な、なんだとォ…ッ!」

しかし今の状況で聞き慣れない単語が出てきて思わず目を見張る。"書き込む"。それは美晴も初めて聞く攻撃方法だった。

(まさかこのヘブンズ・ドアー、"読むだけ"じゃあないのか!)

美晴は顔以外の、本にされた腕や胸のページをパラパラと捲る。そこには己が今まで体験した事柄が細かく、更に己の感じた事までが記されておりゾッとする感覚に陥る。

そしてついにその"余白"に露伴の筆跡で何か書いてあるのを目撃した。

「美晴。君にももう"書き込み済み"だ。君の"スタンド"……"ガーディアン"だったかな?そいつで守ろうと思ってももう手遅れだよ」

露伴は康一とその友人を追い返し、仕事場の扉を閉めると美晴の開かれていた扉を何かされる前にパタリと閉じた。

「な……何をしたんですか。"書き込む"って……!それにさっきから手に持っているそれは……!」

未だ座り込んだままの美晴を覗き込むように、露伴は口元に笑みを浮かべながらしゃがんで頬杖をつく。

「何って、もう勘付いているくせに。それを訊くという事は己の仮説に真実味を持たせたいんだな?」

真面目だなァ、と露伴は感心している風だった。美晴がギリッとまた睨むと「怖い怖い」とおどけたように肩を竦める。

「ぼくの能力は"読むだけ"じゃあない。"ページの余白に書き込んでコントロール下に置く事も出来る"んだ。……ぼくの能力が"読むだけ"だと思って油断したなァ、いつも防御してたのが仇になっちまったなァ!」

そして先程から手にしている顔の形をした紙を彼女の眼前にチラつかせ、クツクツと喉奥から笑い声を零す。

「そんでもってこれはご存知"広瀬康一くん"の"記憶そのもの"だ。こうしてページを破り取って奪っちまう事だって出来る!すごいだろう?ぼくの"ヘブンズ・ドアー"はッ!」

潜めた笑い声をついに高笑いに変えて露伴は心底愉快そうだった。その姿を見て美晴はサッと青ざめて本気で震え上がる心地になり、この場から逃げ出そうと背後にあるドアノブに手を掛けるが、すかさず彼は扉を押さえた。

「おっと。見ただろう?君は逃げられない。そう書き込んだ。今後一切、君をこの家の敷地から外へは出さないよ」

"わたしは岸辺邸の敷地から外へ出る事が出来ない"。

先程目にした腕部分のページに書き加えられた一文を思い出し、ヒュッと息を呑みながら頬をパタパタと触る。

「フム……そっちに書いたのは確か、"わたしは電話を使う事が出来ない"、だったかな?」

この部分は自分で見る事が出来ない箇所なので、もしその内容が本当ならば助けを呼ぶ事も不可能という事になる。

なんという事だ。こんな恐ろしい事が出来るなんて、彼は一度も話した事がなかったしそんな素振りを見せた事もなかった。そして身をもって体験する事も、己の能力を使ってきたせいで今の今までなかった。

美晴は震える手で今度は胸の辺りを触る。露伴は口元に手を当て、思わずニヤけるのを隠しているようだった。

「そこは心臓……つまり"心"だ。そこに書いたのは最も残酷な事だろうね」

ブワッと汗が噴き出て、俯いた視線がぐらぐらと目眩のように揺れる。

「でもそれは教えなくてもいいだろ?もう関係のない事だ。さて、明日は仕事が終わったら君の退学届を書いてやらなきゃな」

ポンと美晴の頭を撫で、露伴は飲み物を取りに仕事場を一旦出て行った。

心臓が警鐘のように大きく波打つ。きっと"ここ"に書かれているのは想像したくない程に絶望的な事柄だ。直感で分かる。

「……露伴先生、どうして……ッ」

先月、空条承太郎から聞いた"スタンド使いを意図的に増やしている者がいるかもしれない"という話。それを聞いた時から、美晴は己を救ってくれた露伴を守りたいと思っていた。今まで危険な事に巻き込まれていた事も、露伴に心配させないために黙っていた。美晴の記憶を読んだならそれくらい書かれていたはずなのに、何故か理解してもらえなかった。

それがとても悲しい事のように感じて、床に涙がぽつぽつと落ちていくのも気に留められないほどだった。

 

("わたしはわたしが友達だと思っている人達をそうと認識する事が出来なくなる"……我ながら私怨だと思うし、ちょいとやり過ぎかなとは思ったが……元を断てば厄介事に巻き込まれずに済むだろう。ま、外に出すつもりはないが念のためだ)

露伴は台所でボトルの紅茶をグラスに注ぎながら、閉じる直前に美晴の胸部のページに書き込んだ内容を思い返す。

広瀬康一の記憶にも東方仗助の事が書かれていた。そして彼もまた、東方仗助に会った4月からの記憶は今までの平凡さを覆す程に波乱万丈なものであり、美晴もたびたびそこに居合わせては厄介事に巻き込まれていた。

特にショッキングだったのは彼女が"死にかけていた"事だ。それはつい最近の事で、美晴が醤油を買いに行くと言って1時間以上帰ってこなかった日の事だった。

(もうあんな怖い目には遭わせないよ……ぼくが守ってやるんだからな。ここにいれば君は安全なんだ)

もうこんな肝が冷える思いは御免だ。

これは自身のためであり、彼女のためなのだ。己の知らないところで死なれるくらいなら、ここに閉じ込めて四六時中そばに置いておくのが1番いい。

(康一くんには明日も来るように書き込んだが、明日には君は彼を友達と認識出来ないはずだ。もう関わらせないぞ)

広瀬康一の事は露伴も気に入ってはいるが、それとこれは別だ。彼には悪いが美晴には近付かないでいただきたい。

 

来宮美晴が彼の事を守りたいと思う事。それと同じように、岸辺露伴は岸辺露伴なりに、やっと出来た大切な人を守ろうと必死だった。

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