天才漫画家の給仕係   作:斎草

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"スタンド使い"

 

来宮美晴は無事にぶどうヶ丘高校へ入学する事が出来た。一時はどうなるかと思ったが、こうして普通に学校生活を送れる事に安堵を覚える。これも一重に岸辺露伴の機転のおかげだ。あそこで彼が美晴を住み込みで給仕係として雇わなければ、今も路頭に迷っていたと思うとゾッとする。

しかし元から杜王町に住んでいる生徒が多く、また給仕係としての仕事もあるわけで、美晴にはなかなか気の合う友達が出来なかった。そつなく授業を受け、放課後はすぐに教室を出る。授業が始まって1週間——そんな時期だった。

 

「今日の夕飯、何にしようかなぁ」

自転車を走らせ、下校途中にスーパーへ寄るのは美晴の日課となっていた。ちなみに自転車は元々岸辺家にあったもので、露伴はバイクと車があるために譲ってもらったものである。じゃあなんで自転車を捨てなかったのかと云えば、これはこれで資料になるらしい。この人は断捨離が出来ないのだろうか。

美晴はそんな事を考えながらスーパーへの道を辿っていたが、コンビニの前に人集りが出来ているのを見て自転車を止めた。もっと近くで見るためにそれを下りて手で押しながら近付き野次馬の話に耳を傾けてみると、どうやら強盗が女性店員を人質に取って立て籠もっているらしいとの事だった。

「見ろッ!出てきたぞッ!」

その声に反応するようにコンビニの入り口に目を向けてみると、強盗犯が女性店員の首元にナイフを突きつけながら外に出てくるところだった。警察官達が必死に強盗犯を諭していたが、昂っている様子の彼は歪な笑みを浮かべながらそこに停まっている車を指している。

「車に乗んだからよ!てめーら下がってろッ!」

状況はかなりまずい。強盗犯は逆上したら確実に店員を殺すだろう。尤も、そんな事はさせない。もし仮に店員を殺そうとしようものなら、美晴はあの能力を使って店員を守る事を考えていた。

美晴の能力で守れるものは彼女自身だけではない。"ひとつのものしか守れないが、ひとつのものであれば何だって守る事が出来る"のだ。少しばかり離れているので不安だが、視認出来る範囲なのできっとイケる。そうでなくても、この身に代えても——。

「おい!そこの変な頭してるガキィ!車から離れろって言ってるだろッ!殺すぞボゲッ!」

しかし、その状況は"変な頭してるガキ"と強盗犯に呼ばれた人物によって一変する事になる。

(えっ…!まさか、あの人…ッ!あの人はッ!)

それは美晴も知っている人物だった。改造学ランに特徴的なリーゼント頭——強盗犯の挑発に乗って躍り出たその人は、同じクラスの"東方仗助"だった。

「今てめー、なんつったッ!」

仗助は強盗犯の真正面に立ち、怒りを露わにしている。

(そんなッ!なんだって東方くんが!2人同時は守れないよ!)

そう思った直後、美晴はある事を思い出した。

"東方仗助の髪型を貶した者は、誰だろうと返り討ちにされる"。学年内では噂になっている事で、実際に中学でたびたびやらかしていたらしい。

「チクショーッ!頭きたッ!この女にナイフブチ込む事に決めたぜッ!」

警察官の警告も虚しく、強盗犯は言う事を聞かなかった仗助に逆上して店員の首をナイフで斬りつけようとした。

(今1番危険なのは店員さんッ!それならッ!今ならッ!)

美晴は夢中で野次馬の群れを押しのけてその先頭まで躍り出ると能力を発動させようとした。だが——!

 

「そうかい……」

そう、仗助の声が聞こえたかと思えば、ナイフではない何かが店員ごと強盗犯を貫いた。

「えっ…!」

そして仗助のすぐそばには、先程までいなかった人影があった。それは確かに人の形をしているのだが、明らかに人間ではなく。

(私や露伴先生と同じ…ッ!でもなんて事をッ!)

美晴がまさに店員を守るために出した、能力を可視化している鎧の人影と同じようなものが仗助のすぐそばにいた。店員ごと強盗犯を貫いたのは"それ"の腕である。

「頭に来ただと?そいつはおれのセリフだッ!」

ズボッと腕が引き抜かれると2人の体には風穴が空いていた。見るに耐えきれず美晴は咄嗟に目を背けたが、次にそちらに目を向けた時には店員に空いたはずの傷口が塞がって元通りになっていた。そして強盗犯の腹には何故かナイフが埋まっていて、彼は情けない悲鳴を上げていた。

(ど、どういう事!?)

恐らく仗助にも美晴や露伴のように特殊な能力があるのだろう。だが、その能力がどんなものなのかを理解しきれていない。

 

「オゲッ!オゲェェッ!!」

「!?」

そう思ったのも束の間、今度は強盗犯の口の中から吐き出されるように何かが出てくる。それはズルリとたちまちに人の形を成し、美晴はまた驚愕する事になった。

「こんなところに!オレの他にスタンド使いがいるとは…!この男にとりついて気分良く強盗をしていたのに……よくも!邪魔してくれたな!」

"それ"は下水道の排水口にヌルッと移動していく。なのに、野次馬の目は誰もそちらに向かず、美晴と仗助だけが"それ"を追って視線を排水口に向けていた。

("スタンド使い"って…!?じゃあこの人型のものは"スタンド"って云うのかしら…!)

仗助はその事を知っているのだろうか。青色をしたその"スタンド"は仗助だけに敵意を向けている様子で、どうやら美晴にも同じ能力がある事は気付いていないようだった。

そうして敵と思しきスタンドは排水口の中に消えていき、それを追おうとした仗助は先程の向こう見ずな特攻により警察官に一時取り押さえられる事となった。

 

 

「あ、あの、東方くん」

無事に強盗犯も逮捕され、仗助の警察官からの拘束も解かれてこの件は落着した。

美晴は先程の事を確認するために帰ろうとしていた仗助と、一緒にいた友人を呼び止める。2人は彼女に声を掛けられると立ち止まってくれた。

「え?えーと……誰だっけ」

美晴は仗助のように目立つ生徒ではないので覚えられていなくても無理はない。しかし申し訳なさそうに頬を掻いている彼は、見た目の割に素行は悪くないのだ。

「来宮美晴です。同じ1年B組の」

「あ!あ〜!そういえばいたな、ウン」

本当に認識されていたのだろうか。微妙な触りである。一呼吸置き、気を取り直して美晴は彼と向き合った。

「さっきのあの能力……えっと、"スタンド"って云うんですか?あれで一体何をしたんですか…?」

言葉を濁してもかえって意味が分からなくなる。だから、単刀直入に尋ねる事にした。すると、仗助は驚いたように目を見張る。

「おいおいおい…!ちょっと待てよ。なに?美晴ちゃんには"こいつ"が見えてるってのかよ?」

仗助は慌てた様子で己のスタンドを可視化させる。それに頷きながら同じようにスタンドを可視化させるのを見て、彼は動揺を露わにさせた。

「私も同じですから……これ、同じような能力を持つ人にしか見えないみたいですね」

杜王町に引っ越してくる前もそうだった。彼女のスタンドが見える人間は周りには居らず、そのせいで彼女は親戚に夜逃げまでされたのだ。この町に来てやっと、岸辺露伴にだけは話が通じた。そして今、仗助の友人の方はスタンド能力がないようで、2人の会話に付いていけてない様子で視線をその間で右往左往とさせている。

「私の能力は"対象ひとつをあらゆる攻撃から守る"ものです。東方くんのは?そしてさっき強盗犯から出てきたスタンドは一体…?」

場合によっては露伴にも知らせなくてはならないかもしれない。青色をしたあのスタンドは明らかに操っている人間が殺意を持っていた。彼に危険な事があっては困る。

「……おれのスタンドは"ケガとか壊された物を治す"能力を持っててよー、だからさっきは店員もろとも犯人に風穴空けて"治した"。犯人の方にはナイフもその時に埋め込んでやったがよォ」

仗助はスカッとしたように笑っていた。

なるほど、それなら納得がいく。どうやら仗助の能力は治す事が主だが、"元通りに治さない"事も出来るようだ。彼が話した通り、修復過程で異物を混ぜる事も可能なわけだ。

「けどよォ、美晴ちゃん。きみがおれと同じでも、あいつとは関わらない方がイイぜ」

しかし一転、彼は険しい表情を浮かべて美晴を見る。"あいつ"というのは、あの青色のスタンドの事だろうか。

「ちょいとした心当たりがあるんでね。おれに任せときなよ」

そうやって彼はまたニッと笑い掛け、「行こうぜ、康一」と友人——康一に呼びかけてさっさと歩いて行ってしまった。

「えっと……よく分からないけどまたね、美晴さん」

康一は去り際にペコリと美晴に頭を下げてから仗助の後を追って行った。

「東方くん……」

まさかこんな身近に、しかも敵意を持つスタンド使いまでいるなんて。

 

一体この町は何なんだろう。

 

 

それから買い物を済ませ家に帰ってくると、いつもより少し遅くなった事を露伴に咎められた。

(とは言っても、今日のは仕方ないと思うけどね)

あんな出来事があったのだ。美晴はそう自分に言い聞かせながら夕飯の準備をする。今日はハンバーグを作ろうと思っていた。

(それにしても東方くん、心当たりがあるって言ってたけど……どんな心当たりなんだろう)

まさか友人という事はないだろうが、引っ掛かりを覚える。だが、関わるなとも言われている事もあり、しかもあのスタンドはこちらには気付いていない様子だった。つまり、標的は東方仗助ただ1人。確かに見て見ぬ振りにはなるがここは彼の言葉に従うべきだろう。露伴に言ったところで彼はそこまで興味を示さないかもしれないし、まだ報告には至っていない。寧ろ報告する方が危険な場合もある。

(何にしても、安易に首を突っ込む事じゃあないって事ね)

勿論、仗助の事は心配だし己のスタンドなら仗助を守る事も出来る。しかし己のスタンドで守れるものはひとつだ。もしかしたら己の身を守る事で精一杯で、逆に足を引っ張りかねない。だったら大人しくしているべきだ。

(把握しているだけで、私以外にスタンド使いが3人……この町はスタンド使いの町なのかしら。それともたまたま集まってるだけ…?)

露伴が言うには、彼がスタンド能力を使えるようになったのは今年の2月の事。しかも矢に射られたと言っていた。もしその"矢"に射られた人間が、露伴以外にもいるとしたら?

そう考えると、もっといてもおかしくはない。青色のスタンドのように、悪意を持ってスタンドを動かしている人間もいるかもしれない。

(だとしたら、私が露伴先生を守らないと……)

露伴の能力は"対象の記憶を本のように読む事が出来る"もので、明らかに攻撃向きではない。己の身を疎かにしてもいい、恩人である彼の事だけは守りたい。

 

「美晴ってば」

そこにヌッと露伴が後ろから覗き込んできた。

「うわぁッ!ろ、露伴先生ッ!」

「失礼な反応だな。さっきから呼びかけてるのに応えない君が悪いんじゃあないか」

露伴はあからさまに機嫌の悪そうな反応を見せたが、美晴が捏ねている合挽き肉を見て「ン!今日はハンバーグ!」と心なしか嬉しそうに零していた。

「で?ぼくの呼びかけに応えられないほど考え事をしていたようだけど……まさか、入学早々男の1人や2人出来たんじゃあないだろうね?」

「1人ならまだしも、2人は絶対にないですよ。それに、そういうんじゃないです」

付け加えるように添えられた言葉。"そういうのじゃない"だなんて、まるで本当にそのまさかのようで露伴は「ム……」と何か隠し事をしている様子の美晴を睨む。そして彼女は思い付いたように「あ、」と声を上げた。

「でも、気になる人ならいますよ」

その一言に露伴は電撃が走るような感覚に陥った。それは決してショックなどではなく、冷蔵庫に貼ってあるメモ用紙を素早く手に取るとすぐに彼女と向き合う。

「そうか!ならその時の気持ちをここで語ってくれないかッ!赤裸々にッ!ぼくはそういった経験はあいにくしていなくてね……けど!君がすべて語ってくれるならそれは間違いなくノンフィクションッ!リアルな体験談として生きるんだよッ!」

また始まった。美晴は心の底から溜息を吐いた。隣で"さぁさぁ!"と急かしてくる露伴の姿はそこそこ見慣れたものである。美晴には露伴の能力が通じない。だから、彼は美晴から直接聞くしかないのだ。

(能力自体もデリカシーがないけど、露伴先生自身も大概なんだよね……)

まさに、この人にしてこの能力あり、と言ったところか。この人にとって記憶を読む能力は願ったり叶ったりなものだが、第三者から見ればプライバシーの侵害だ。相性が良いんだか悪いんだか判断がつかない。

「先生、申し訳ないですけどそういう"気になる"じゃあないんですよ。なのでお話する事はありません」

美晴の言った"気になる人"というのは東方仗助の事であり、彼の事はそういう意味の領域ではない。どちらかといえば心配になる方の"気になる"だ。スタンド使いのクラスメイト、としか認識していない。

「なァんだ……」

露伴は心底つまらなそうにメモを戻して不貞腐れたようにテーブルの椅子に腰掛け、わざとらしく溜息を吐く。勝手に期待しておいてその反応はないだろう。一緒に暮らしていて分かった事だが、露伴は結構自分勝手で我儘だ。人付き合いが苦手らしいが、きっとその性格も関係しているに違いない。

「で、先生。私を呼びつけていたのは一体どんな用事だったんですか?」

そういえば露伴は仕事中だったはずだ。先程の様子からして美晴に用事があってここに来たようだが、話題を変えたせいで用件を聞きそびれてしまっていた。

「ああ、別に。今日の夕飯が何か聞きに来ただけなんだけど、ハンバーグだって分かったからもういいや」

露伴は思い出したように立ち上がるとヒラヒラと手を振って仕事部屋に戻っていった。

「本当に勝手な人だなぁ……」

岸辺露伴は来宮美晴の恩人だ。だけど、そうでなかったら一生関わる事はなかっただろう。自信がある。

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