「さて……康一くん。君に質問があるんだが……どうして東方仗助くんは、あのドア陰から出てこないと思うね?」
膝に乗せた美晴の身を今一度抱き寄せ、露伴は考える素振りを見せながら康一を見る。
「ン?どう思う?何故出てこないと思うね?」
康一はゴクリと固唾を飲みながら、恐る恐ると口を開いた。
「仗助くんは……あなたのその"原稿"を見ないために隠れている……」
「そう、正解だ。なかなか賢いな」
2、3度拍手を彼に送り、露伴はもう一度ドア陰の向こうを見るようにそちらに視線を向ける。
「そこの虹村億泰くんは、ぼくの"ヘブンズ・ドアー"の能力を知らなかったから術中に落とせたが……今披露してしまったせいで東方仗助くんには正体がバレてしまった」
"岸辺露伴の漫画原稿を視界に入れる事でヘブンズ・ドアーが発動し、本にされてしまう"。先程の一部始終は一字一句違わず露伴の能力の正体を明かしてしまっている。それについては彼も"非常にマズい"と思っていた。
己も向こうの能力を知っているのと同じように、相手もまたこちらの手の内を知っている。つまり優位には立てなくなったという事であり、単純にパワー面では露伴の方が劣っているのだから。
「だが彼がドア陰から出てこないのはもうひとつ、理由がある……それは何だと思うね?」
ドア陰から視線を外し、再び露伴は康一を視界に入れる。だが彼は答えを探るように視線を逸らしたのでこれ以上の回答は見込めないと判断し、今度は大人しく己の腕の中に収まっている美晴に視線を向ける。
「フム、美晴は分かるかい?」
ジッとその瞳を覗く。先程の威勢が嘘のように、バカに大人しい。もう少しもがくかと思ったが、逃れられないと諦めたのだろうか。
「……どうやってあなたを攻略しようか、考えているのでは?」
それとも、またあの"どうしてか分からないが"、というやつか。彼らを"友達と認識出来ない"ようにはしたが、奥底から湧き出る何かが、彼女に掛けたヘブンズ・ドアーの攻撃を跳ね除けようとしているのか。だとしたらものすごい精神力だが、果たしてどうだろうか。
「なるほど。それも正解のうちのひとつだろうな。だが"正確には違う"」
変わらず意志の籠もったその瞳は綺麗だと思った。しかし露伴は彼女の出した答えを否定した。
「正確には……東方仗助は"このまま自分だけこの屋敷から逃げ出すのはどうか"……と、考えている!」
ビシッとドア陰を指差してみれば、そこに隠れている僅かに見える影がピクリと動いたように見え、露伴は密かに口角を上げる。
「"逃げ出す"って!仗助くんはそんな事絶対にしないッ!!」
「そうだな、康一くん。君のファイルには東方仗助は決して君達を見捨てたりしないと書かれている。だがね……漫画家という職業柄、あらゆる状況の可能性を考える癖がついているんだ。"こんな時、主人公はどんな行動が可能だろうか"といった風にね」
堪らず康一が声を上げているが、彼はきっと今の今までそう考えていたに違いない。根拠だってしっかりある。
「"逃げる"……そうか、そりゃあいいかもしんねーなァ!承太郎さんを呼べるしよォ、由花子が康一がアブねー事を知ったら怒りまくるぜッ!」
億泰が閃いたようにしたり顔で露伴を見る。億泰がそれに気付くとは予想外だったが、それこそが露伴が考えていた可能性……つまり"正解"であった。
「おい仗助ェ!聞いただろ!?早く知らせろォ!!」
「うわっ、やっぱりお前はバカだな!?そうさせないために説明してるんじゃあないか億泰くんッ!もうお前の体に"書き込み済"なんだよッ!!」
しかしせっかく見直してやったのにやはり虹村億泰はただのバカだった。
露伴は呆れたように眉を潜めながら彼の巻物状の腕を引っ掴んで手繰り寄せ、美晴に書き込んだ文章を見せる。
「この書き込んだところを3人に読んで説明してやれ、美晴」
それを受け取り、美晴は整然と並べられた億泰の記憶や体験の書かれた紙面から露伴の筆跡で書かれた文章を見つけ出し、読み上げようと口を開く。が、そのあまりの内容に一瞬動きが止まった。
「……"東方仗助が岸辺露伴を困らせた時、わたしは焼身自殺します"……ッ!?」
「ッ!?」
美晴が読み上げた文章に各々が息を詰まらせる中、露伴だけはニヤリと口元を歪めていた。
「こっ、これはつまり、仗助くんが私達を助けようとしただけでも、虹村くんは…!!」
バッと美晴が億泰を振り向くと彼は既にライターを手にして点火しているところだった。
「なッ、なんだこりゃーーッ!!か、勝手にライターをッ!!」
「フフフッ!もうぼくはとても"困っている"からな!お前が自殺するのも時間の問題さッ!!」
もう攻撃は始まってしまっている。絶体絶命のこの状況に冷や汗を浮かべる美晴だったが、不意に顎を掴まれグイッと強制的に視界が露伴の方へ向く。
「ところで美晴……今"仗助くん"とか言ったか?」
「ッ!!」
思わずハッと息を呑んで口を手で塞ぐ。その様子に露伴は途端に表情を険しくさせた。
「おかしいなァ……さっきまで確かに"苗字呼び"だったのに。やはり君、何か隠しているなッ!?」
やはりだ。どういうわけか美晴に書き込んだ命令が弾かれている。一体何故だ!
そう露伴が彼女に迫ろうとした時、ダンッ!と派手な足音が仕事場に響き4人はその方向を向いた。
そこには目を瞑りながら仁王立ちしている東方仗助がおり、彼もまた冷や汗を浮かべていた。
「ようやく出て来たか…!いや、"引きずり出された"の方が正しいかな?」
目を瞑っているその顔を見て露伴はやれやれと息を吐くが、実際彼の取っている行動は"まぁよく考えたものだ"と感心していた。
ヘブンズ・ドアーは岸辺露伴の漫画原稿を視界に入れる事で発動する。ならば単純に"見なければいい"と彼は考えたのだ。目を瞑り、真っ直ぐにこちらに突っ込んで1発喰らわしてやれば、パワー面で劣るこちらは再起不能となり3人に掛けている能力も解ける。
「だが、こちらには"最強の鎧"がある事を忘れてないかい?」
露伴は喉奥で笑い声を零しながら美晴を見る。
「美晴。"ぼくにガーディアンの能力を使え"」
「なっ…!」
露伴の指示に美晴は目を見張りながら息を詰まらせた。
美晴のガーディアンは鉄壁だ。あの承太郎のラッシュでさえ傷ひとつつける事を許さない程の防御力を誇っている。それを今の露伴に使えば、仗助の勝利は間違いなく無いものとなってしまう。
「どうした。早く使えよ。書き込んで強制的に使わせようか?」
"こんな時、主人公はどんな行動が可能だろうか"。露伴はその思考を自分にも適応させている。そして、その中でも最上の選択をしようとしているのだ。
「……分かりました」
強制的に使わされるのは単純に気分が悪い。美晴はこうなったら逆らえないと思い、康一に掛けていたガーディアンの守護を解除して露伴に掛け直す。その感覚をしっかりと確認した露伴は美晴を解放し、億泰や康一のいる方へ向かうよう背中を押した。
「よろしい。危ないから君は下がりな」
それを受けて美晴も2人の方へ移動し、座り込んで仗助を見つめる。視界に映る彼は眉を潜め、歯を食いしばって何かを考えているようだった。
「仗助くん……私を信じて…ッ!」
その様子に居た堪れなく、美晴は彼に向かって絞り出すように言葉を掛ける。それに露伴がチラリと美晴に視線を向けると同時に、仗助は彼に向かって突進するように床を蹴った。
「この状況で向かってきたかッ!だがその目を開かせれば……ぼくの勝利は確実となる!」
鉄壁の守りがあるだけでは仗助を負かした事にはならない。今そこにいる3人と同じように支配下に置く事で初めて"勝利"となるのだ。
露伴は漫画を描く時に使う替えのペン先を数個手にすると仗助の顔に向かって投げる。
「ッ!!……うおおおおッ!!」
しかしそれが確かにサクサクッと仗助の顔に刺さったにも関わらず、彼は数回首を横に振って堪え、尚且つ目を瞑ったまままだ露伴に向かって走り続けていた。
「なっ……堪えやがった!普通は刺されるという恐怖で立ち止まるか、何が飛んで来てるのか見てしまうものだが……なんてタフな奴だッ!」
出血しながらもこちらに走ってくる仗助に露伴は一抹の恐怖と称賛を感じたが、康一のファイルを手に取ると素早くそれに目を通す。
(確かここに"気になる事"が書いてあったはずだ…!それならば目を開けさせるファクターになるかもしれないッ!)
そしてついにその項目を見つけると、露伴は顔を上げフッと勝利を確信した笑みを浮かべ口を開いた。
「"君のそのヘアスタイル、笑っちまうぞ仗助ェ!!2、30年前の古臭いセンスなんじゃあないのォ〜〜ッ!?カッコいいと思ってんのかよォ〜〜ッ!!"……かな?」
露伴の声に、言葉に、世界が静止したかのようにピタリと空気が固まった。
その言葉が何を意味するか、この後何が起こるのか、露伴以外の3人は想像しながら目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。
「こう言われると"キレる"んだよな?信じられない性格だが、ここに書かれている事柄は嘘を吐かない……"100%の真実"だ」
キレて、状況の区別の付かなくなった人間がどんな行動を起こすのかなんて簡単に予想がつく。少なくともまずは露伴が"達成したかった事柄"が果たされる事になるだろう。
「今なんつった…ッ!!もういっぺん言ってみろコラァッ!!」
ギラリと仗助の目が開かれ、露伴を鋭く睨み付ける。それを見た康一と億泰は絶望したような表情を浮かべた。
「仗助くんーーッ!!何もこんな時にまでッ!!」
「うわーーッ!!焼けるッ!!あぢーーッ!!」
億泰のファイルがライターの火によって焼け始めている。しかし仗助には気に留めるような余裕はなく、ただひたすらに髪型を貶した岸辺露伴の事を見下ろしていた。
「"もういっぺん言ってみろ"だと?いいだろう、耳元で何度でも言ってやるよ」
露伴は椅子から腰を上げ、更に彼の視界を狭めるためにその長身の前に立ち塞がる。
「お前のその髪型な……自分ではカッコいいと思っているようだけど……ぜェーーんぜん似合ってないよ、ダサいねッ!!今どきいるのかこんな奴!って感じだよ」
もはや煽りでしかない貶しように美晴も思わずあんぐりと口が開く。仗助の身は怒りでブルブルと小刻みに震え、それを見て露伴は更に言葉を連ねた。
「小汚い野鳥になら、住処として気に入ってもらえるかもなァ!?ひょっとしてだけど……!」
ツンっと仗助のリーゼントを指で弾く。誰もがヒエッと息を呑むような極め付けに遂に仗助は拳を握り、クレイジー・ダイヤモンドを出して素早く重量のあるラッシュを繰り出した。
「ドララララララララァァァーーッ!!」
しかし露伴の手の動きの方が信じられない事だが遥かに速く、机にあった漫画原稿を手に取ると彼の眼前に押し出すように見せつける。
「(勝った!)ヘブンズ・ドアーッ!!」
確実に彼の目に、クレイジー・ダイヤモンドの目に、漫画原稿を見せつけた。
美晴のガーディアンの守護だって掛かっている。
今に東方仗助の体が崩れ落ちるぞ。
岸辺露伴は勝利を確信しきっていた。
筈なのに。
「ボギャッ!?」
メシャッ!と紙がグシャグシャに潰れる音と共に顔面に衝撃と激痛が走った。歯が数本抜け落ち、原稿用紙に己の血が付着している。
「はぎッ…!?」
岸辺露伴は信じられないと言った様子で目をまんまるく見開いたが、間髪入れずに次のラッシュが襲い掛かる。
「ドララララララララァァァァァッ!!」
目にも止まらない拳の連撃は露伴の顔や体を潰すように炸裂し、フィニッシュをもろに喰らったその身は勢いよく吹っ飛んで棚にぶつかり、衝撃に耐えられなかった棚が崩れ落ちて露伴の体に覆いかぶさる。
「なっ……ど、どうしてッ……!確実に原稿を見せたのにッ……美晴のガーディアンだって……ッ」
木材の隙間から顔を出すボロボロの露伴の顔は原型を留めておらず、しかし無数の疑問符が頭を埋め尽くしているようでフガフガとうわ言のように呟いていた。
「どうやら煽るのに夢中で気付けなかった……みたいですね」
そんな露伴を見下ろすように、美晴はそのすぐそばまで移動してくるとしゃがみ込んでその顔を覗き込む。
「私は仗助くんの事……"友達"じゃあなくて"恋人"だと思ってます。だからきっと"命令の範囲外"だったんですよ。苗字呼びしていたのは演技です」
玄関で応対した時、仗助に肩を掴まれた時から美晴は彼の事をしっかりと"恋人"と認識し、彼との記憶だけは掘り返さなくても思い出す事が出来たのだ。その過程で仗助が己を救ってくれていた事も思い出して彼に"待ってる"と伝えられたし、信じる事が出来た。そして彼もまた、"恋人"である美晴の言葉を信じて露伴に立ち向かい、拳をぶち込んでくれた。
「それに、別に認識出来ていなくてもあなたへの守護は解いていたと思います。例え他人だろうと、こうして弄んだ事は許される事ではありません」
来宮美晴の優しく勇ましい正義感は本物だ。だから彼女には"守護者"を意味し、鉄壁の守りを誇る"ガーディアン"というスタンドが、生まれた時から発現している。
「反省してください、岸辺露伴先生」
立ち上がり、露伴を冷たく見下ろす美晴の隣には仗助が立ち、クレイジー・ダイヤモンドが目の前に現れると再び露伴の体はその拳によって吹っ飛ばされ、今度は本棚に突っ込んでまたそれの下敷きにされてしまった。
「……でもどうしてヘブンズ・ドアーが効かなかったのかしら……私、露伴先生の守護は確かに解いたけど、仗助くんには掛けてないのよね……」
うーん、と美晴は不思議そうに唸る。ガーディアンの守りならヘブンズ・ドアーも無効化出来るし、実際日常的に美晴もそうしていたが、今に限っては彼女は能力を解除しただけで新しく誰かに掛ける事はしていなかった。
「どこ行きやがった漫画家ァッ!!隠れてないで出てきやがれッコラァァッ!!」
「いや、そこにいるけど……」
しかし仗助は本にされず、このようにピンピンしながら露伴を探して机や椅子を破壊してまわっている。ひとつ奇妙なのは、露伴はその机のすぐそばにある本棚の下敷きになっていて顔も出しているのに、彼にはまるで見えていないらしい事だった。
「いや……マジに見えてねーよ、ありゃあ……」
億泰が暴れ回る仗助を見て独り言のように呟く。それに反応した康一が彼と仗助とをブンブンと首を動かして見比べる。
「み、見えてないって…!あまりに逆上し過ぎたんで、原稿どころか周りも見えないほどに興奮しちゃってるって事!?」
「あ、有り得なくはないわね、すごい煽りようだったし……それもかつてないほどの」
あらゆる言葉を使う漫画家だからこその物量の多い煽りは、仗助の1年分くらいの怒りを買ってしまったのかもしれない。
「そ、そんな……康一くんも知らなかった仗助の性格……だとォ……!?」
露伴はそこに落ちている康一のファイルをチカチカする視界の中に入れる。ファイルに書かれているのは100%の真実。しかし本人が知らない事は当然、書かれているはずがないのだ。
未だに露伴を探して見境なく周りのものを破壊してまわっている仗助を皆呆然としたように見ていたが、露伴が事実上再起不能になった事で康一の剥ぎ取られたページが顔にスッと戻っていき、億泰の体も巻物から人体へと戻る。美晴に書き込まれていたさまざまな命令も無効化され、次に康一と億泰を視界に入れた時にはしっかりと彼らを友達と認識でき、今までの記憶も元通りになったのを感じてホッと胸を撫で下ろした。
「ま、これで一件落着……」
「そこにいたのか漫画家ァッ!!まだ殴り足らねーぞドラァァッ!!」
「ヒーーッ!!」
……安堵したのも束の間、まだまだ岸辺邸の朝は破壊音と家主の悲鳴で賑やかになりそうな予感がした。
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