天才漫画家の給仕係   作:斎草

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みんなのおかげ、かげのかげ

 

露伴は目的の教室に辿り着くと飛び込むようにその中へ入り込んだ。

「えっ!あれって……岸辺露伴じゃね!?」

「うわ、本当だ!来てるって噂マジだったんだ!」

そこには同じく得点係らしい生徒4人と監督教師が1人の計5人。

(こ、こんなに…!?スタンド使いはどれだッ!?男か!?女か!?)

露伴はこちらに好奇の目を向ける生徒達に変わる変わる視線を向ける。のんびり悩んでいる時間なんてない。

「ええいッ、まどろっこしい!"ヘブンズ・ドアー"ッ!!」

ペンを出し、空中に絵を描くように動かすとまるでそこにガラスや透明のアクリル板でもあるかのように線が描かれ始める。そうして一瞬で絵が完成すると、そこにいる全員の"心の扉"が一斉に開き始めて当人達は昏倒した。

「ぼくも成長したようで、こんな事も出来るようになった……さて、手短に調べさせてもらおうか」

以前は原稿がなければヘブンズ・ドアーを使えなかったが、今はこうして空中に描くだけで発動出来る。しかし波長が合わなければ使えないのは相変わらずで、今回は全員が波長の合う人間だった事にホッとしていた。

しかし5人の事をササッと調べてみたが、彼らがスタンド使いである記述は誰のものにもなくスッと青ざめる。

「まさか……予想が外れた!?犯人は応援席の方かッ!?」

露伴が慌てて窓際に駆け寄ると、騎馬戦の盛り上がりも佳境のようで歓声が至る所で湧き上がっていた。

「ここだよ……」

そこで背後から男の声が聞こえ、ハッと息を呑んでそちらを振り向く。

「くそッ……来宮美晴に俺の"捕縛者"……"キャプター"が破られるなんて思ってもなかった……」

そこには眼鏡を掛けた短髪の細身の男子生徒が腹部や脚、腕に傷を付けながら扉にもたれ掛かるように立っていて咄嗟に身構える。

「お前が美晴を……」

「そうだ。まさかと思ってここに戻ってきたが……本当にまさかのまさか。岸辺露伴、お前がいるなんて。ちょうどいいから今度はお前を……ッ」

そんなによろよろな体でこれ以上何が出来るというのか。しかしその"何かしてやる"という精神力には気迫があり、油断すれば己もやられると確信を持って言える状況だった。

 

だが——、

「うらぁッ!!」

「んごほッ!!」

突如彼の体が前のめりに倒れ、その背後から来宮美晴が姿を現したかと思えば彼に馬乗りになって両腕を固定する。

「ああああッ!!痛い痛い痛いッ!!」

「…………」

美晴がアレを本当に突破してしまった事にも驚いていたが、それよりもそのギャグのような状況に露伴は思わず口をあんぐりと開けてしまっていた。

「露伴先生ッ!早くこいつにヘブンズ・ドアーをッ!」

「あっ、ああ…!そうだね!」

促されるまま露伴は彼にヘブンズ・ドアーを使うと、まずは余白に"岸辺露伴と来宮美晴を攻撃する事は出来ない"と命令を書き込んでからファイルを読み始める。

「名前は村雨 焔(むらさめ ほむら)、年齢は17、ぶどうヶ丘高校2年生。スタンド名は"捕縛者"を意味する"キャプター"……空洞のある物に人や物を閉じ込められるスタンド……か」

つらつらとファイルに記述されたプロフィールを読むと美晴は目を丸く見開いた。

「えっ、村雨先輩だったんですか!?」

「知り合い?」

「同じ体育祭実行委員の人です。午後はここで私と得点係をやる事になってた人なんですけど……なんかやたら絡んでくる人で……」

すぐ下でピクピク動いている男子生徒——村雨 焔は顔を上げて割れた眼鏡越しに2人を睨み付ける。

「に、憎いんだよォ…!」

「えっ?」

その彼から漏れ出た言葉に露伴と美晴は顔を見合わせる。

「お前らみたいな"勝ち組"が憎いんだよォッ!岸辺露伴ッ!お前は超人気漫画家でッ!来宮美晴ッ!お前は彼氏とキャッキャウフフか!!岸辺露伴とも仲良いみたいだしよォーッ!クソムカつくんだよォォーッ!!」

村雨は鬱憤を晴らすかのように大声で喚いていた。それを聞いた2人はぱちくりと目を瞬かせ、次の瞬間にクワッと表情が強張る。

「それってただの僻みじゃあないですかッ!」

「そうだぞ!ぼくは努力をしてここまで上り詰めたんだッ!」

しかし村雨の視線も負けじと2人を、特に今その体の上に乗っている美晴を睨み付けていた。

「なら岸辺露伴はまだいいッ!だが来宮美晴ッ!お前は許せんぞッ、彼氏持ちのくせに男を何人も連れやがってッ!なのに俺には見向きもしねーとかッ!ふざけてんのかクソアマァッ!!」

そんな理不尽にも程がある事を喚く己の先輩の頭を美晴は容赦なく床に押さえつける。ふごふごと村雨が苦しそうに声を漏らす中、美晴は露伴にチラリと視線を向けた。

「先生、思い切りお願いします」

「ン?あ、ああ……」

美晴の冷たい目には逆らえないのか、露伴は彼のファイルに"わたしはどういうわけか2時間ほど昏倒してしまう"と書き込んで強制的に再起不能にさせた。

 

「美晴。どうやらこの村雨とかいう男、君ならお近付きになれるかと思っていたらしい。得点係になったのも君と何かきっかけがあればと思ったらしいがな、どうやらこいつ相当に面倒な男だぞ……」

読めば読むほどこの村雨 焔、束縛の強い男のようである事が浮き彫りになっていく。恋人がいた事は何回かあるものの、その束縛癖でことごとく向こうからフラれていったという経歴持ちだ。

「なるほど、だから"捕縛者"なんですね……」

彼のスタンドである"キャプター"はまさに"この人にしてこの能力あり"を地で行ったようなスタンドであった。

「まっ、"心配性"と言えば多少聞こえはイイがな……こういう束縛の強い男は女の方から離れていくもんさ」

自分の事を棚に上げて何を言ってるんだこの人は。美晴は真っ先にそう思ったが、当人である露伴はそんな事は露知らずに日焼け防止のために羽織ってきた上着を脱いで美晴に羽織らせる。

「あと、どうしてそんなに濡れたかは知らないけど……透けてるからな。君自身が軽く見られた原因はそういうところもだぞ」

そんな事を唐突に言われ疑問符を浮かべたが彼の視線を辿って己の体を見ると、先程脱出するために箱の中で水筒の水を被ったせいで濡れた体操服から下着が透けて見えていて、途端に羽織らせられた上着の前を手繰り寄せながらカァァッと顔に熱を集中させた。その様子に露伴が呆れたように溜息を吐くと同時に仗助達がこの教室にバタバタと慌ただしく入ってくる。

「美晴ちゃん!大丈夫か!?」

仗助は真っ先に美晴に駆け寄るが、彼女はサッと露伴の後ろに隠れて顔だけを覗かせた。

「じ、仗助くん…!今は見ないで…!」

「ええっ!?……って、びしょ濡れじゃあねーか!何されたんだ!?」

濡れた髪や脚を見て彼は心配そうに眉を下げながら近付こうとするが、頑なに美晴は首を横に振って徐々に露伴の背後へ隠れていく。

「はいはい。仗助、お前も少しは察しろよ。ぼくは美晴を着替えさせに行ってくるから、お前達はそこの村雨 焔を医務室に運んでやってくれ」

露伴が美晴の体を支えて立ち上がり、そこに倒れている村雨を顎で指す。改めて教室を見回すとこの場にいる全員がヘブンズ・ドアーによって扉を開かれた状態で昏倒しているという状況に、仗助達は息を呑んだ。今この教室に得点ボードを動している者がいないという事は、いずれここに教師達がやって来る事を示している。

「他の奴らはぼくが教室から出たら目覚める手筈になっている。だがそこの村雨 焔はスタンド使いだ。2時間昏倒するようにヘブンズ・ドアーで書き込んでやったから心配いらないがな」

だから早く連れて行け、と露伴が促すと億泰が慌てて村雨を担ぎ上げ、康一もそれに着いていくようにこの教室を後にして行った。

 

「箱に閉じ込められてた!?」

女子更衣室の前で仗助は露伴から話を聞いて素っ頓狂な声を上げた。それを露伴は「シッ!」と指を唇の前に持っていき睨み付け、仗助も慌てて口を塞ぐ。

「恐らく村雨は美晴の背中にダンボールを投げつけてその中に捕えたんだ。ぼくが来るまであの子は"何かに"閉じ込められている事には気付いていたが、それが"何なのか"は分かっていなかったからな。ぼくがダンボールだと教えたから、水筒の水を使って脱出出来たんだろうね」

両腕を組み、彼女が濡れていた理由と水筒の中身がカラだった理由を推理する。仗助はそんな露伴の推理を聞き、居心地が悪そうに視線を逸らした。

「その……美晴ちゃんを助けてくれて、ありがとうございます。俺、何も出来なくてよォ……」

「別に。結局あいつはほとんど自分で解決しちまったしな。ぼくがしたのはほんの少しだけで、ぼくが助けたかと言えば厳密には違うのかもしれない」

美晴はあの状況でも決して諦める事をしなかった。村雨 焔の確保だって、美晴1人でも出来た事かもしれない。

いつだってそうだ。来宮美晴はいつだって"諦める"という選択をしない。己が美晴を家に閉じ込めた時もそうだったように。

 

そこで更衣室の扉が開き、新しい体操服を着た美晴が姿を現した。

「水筒貸して、中身入れてきてやるよ」

「あ、ありがとうございます……あと、これも」

美晴は空っぽになってしまった水筒と借りた上着を露伴に渡し、彼が校舎を後にするのを仗助と一緒に見送った。

「あの、仗助くん……騎馬戦、応援出来なくてごめんね」

仗助と一緒に壁に寄り掛かり、しゅんと俯きながら美晴はぽつりと呟く。

「いいって、そんなこたぁよ。それより美晴ちゃんが無事で良かったぜ」

ふと優しく微笑みながら、仗助はそんな彼女の肩を抱いて引き寄せた。互いの体温が伝わり、自然と安堵したように顔が綻んでいくのが分かる。

「あ、でもこの仗助くんよォー、グレートに大活躍だったんだぜ?3年生のセンパイ相手にバッタバッタとキメまくってよォー」

「本当に?まさかスタンドとか使ってないでしょうね……」

仗助がドヤ顔を決めている姿をすぐさまジトッとした目を向けた美晴が訝しみ、彼はギクッと肩を揺らしてすぐにわたわたと表情を崩す。

「んなこたしねーよ!いや、クレイジー・ダイヤモンドは実を言うとちこっと使ったけど……落馬した相手の怪我をちーっとばかし治したぐれーで……試合には使ってねーよ!断言するッ!」

だがすぐにまた持ち堪え、腰に手を当てて彼は胸を張って言い切った。それを見た美晴はクスクスと笑い声を漏らす。

「冗談で言ったつもりだったんだけど……でも、そういう使い方は仗助くんらしいわ。私、仗助くんのそういうところが好きなのよ」

笑いながら彼に寄り掛かるように体を預ける。仗助はその言葉に目を丸くさせたが、それは一瞬の事で彼女と同じように目を細めると更に密着するようにその身を引き寄せた。

「悪りぃな、すぐ助けに行ってやれなくてよ……」

「ううん。大活躍って聞いて安心したわ……それに露伴先生もいてくれたもの。ちっとも心細くなかったわ」

美晴は目を伏せて、その時の事を思う。

「私、みんながいてくれるから諦めずにいられるのよ。露伴先生に捕まった時も、仗助くん達がいてくれたから立ち向かえたわ。今回だって1人じゃあきっと私、今も閉じ込められたままだった……みんなのおかげよ」

来宮美晴の強さは、仲間がいてくれるからこそ発揮されるものなのだ。それを彼女は実感していた。

私達はみんなで、この短い期間の間にたくさんの事を解決してきたのだ。その強固な絆は他人に測れるものではない。だから村雨に、自分がまるで彼らを侍らせているかのように言われた事にムカっ腹が立って仕方がなかったのだ。

「ありがとうね、本当に」

仗助だけじゃない。後でちゃんとみんなにもお礼を言わなくては。

 

来宮美晴は、そんな心強い仲間に出会えた杜王町を、大好きになっていた。

 

 

体育祭も1年生の逆転優勝という結果で無事に閉会し、美晴は実行委員の仕事で後片付けや反省会議などをこなしてから女子更衣室で制服に着替えて帰宅しようとしていた。

「美晴」

昇降口で不意に呼び止められて振り向くと、そこには岸辺露伴がいてこちらに歩いてくる。

「露伴先生。もう校舎は見て回れました?」

「おかげさまでね。いい資料をたくさん撮らせてもらったよ。今帰りなら一緒に帰ろうか」

どうせ帰る家は同じだ。自転車はここに置いて、次の登校日の朝は露伴が車に乗せていけばいい。こうして一緒に学校から帰るのは、仗助にノートを届けに行った日以来だ。

「亀友寄るだろ?今日の夕飯は何にするんだ?」

美晴を後部座席に乗せ、露伴も運転席に乗り込むとシートベルトを締めながら問い掛ける。

「そうですね……中華はどうでしょうか。麻婆豆腐に餃子でも作りましょうか?」

「いいね。芙蓉蟹もあるともっといい」

「じゃあそれにしましょう」

美晴もシートベルトを締めたのを確認し、ゆっくりと車を出す。その心地よい振動に彼女はうとうとと船を漕いでいた。

「麻婆豆腐に餃子に芙蓉蟹。今日はぼくが作るよ」

公道に入り、亀友までの短い距離の中で露伴が言うと美晴は微睡そうな意識をパッと呼び戻して目を見開く。

「えっ、いいんですか?」

「今日の美晴はよくやってくれたよ。今も寝そうだったろ?無理もないさ。洗濯もしてくれたし、弁当作りに実行委員の仕事、箱の中に閉じ込められたりで大忙しだったんだからな」

バックミラーに見えた彼女の寝ぼけ眼。村雨の事がなくても、露伴は最初からそうしてやるつもりだった。そのために掃除を済ませてから体育祭に赴いたのだ。

「でも……」

「"でも"とか"だって"は受け付けないよ。たまには甘えろ」

今日はもうゆっくり休んで、明日また給仕係の仕事をこなしてくれればいい。美晴は甘え下手だから、こうしてやらないと自分に鞭打ち兼ねない。

バックミラーに映る美晴は戸惑ったような顔を依然晒していたが、亀友の駐車場に車を停めてここで待っているよう指示すると首を横に振った。

「だめです!お買い物くらい行きます。それに、寄りたいところもあるんです」

美晴も慌ててシートベルトを取ると車を降りて縋るように露伴の服の袖を掴む。

「じゃあ一緒に行こう。その寄りたいところも寄ってやるよ」

車の中で仮眠でもしてもらおうと思ったのだがどうやら彼女、ワーカホリック気味のようだ。そう仕立て上げてしまったのは己だが、露伴は溜息を吐きながら袖から離される手を掴んで店内へと歩を進めた。

 

漫画家の岸辺露伴が杜王町に住んでいるという話は4ヶ月も経とうとしている今では町内じゃあ有名な話だ。加えて露伴は顔を隠したりしないし、美晴とも出掛けたりしないわけではない。地元民が多く利用するこの亀友マーケットで、2人が一緒にいても特別騒がれたりしないのはそういう理由がある。ただ、どういう関係かは知られていない場合が多く、"アシスタント"とか"従兄妹"とか"露伴先生のお気に入り"とか捉えられ方は様々であり、しっかりと把握しているのは直接うちに突っ込んできた仗助達くらいなものである。

「餃子の皮は確かうちにはなかったよね」

「はい、あまり作りませんからね。卵はまだあるので大丈夫です」

「ん、そう」

露伴が押すカートに乗ったカゴに今日の献立の材料が着々と入れられていく。他にも牛乳や調味料など、切らしそうなものも入っていた。

「あの、カートくらい押しますよ」

「だめ。手持ち無沙汰ならこれでも持っとけば」

露伴はゴソゴソとカゴを漁ると醤油のボトルを美晴に持たせた。彼女は「ムゥ…」とむくれながらボトルを軽く振り、彼の後ろを着いて歩く。

「先生。大切にしてくれるのは嬉しいんですけど、少し過保護になったんじゃあないですか?」

そんな事を不機嫌そうな声音で言われ、露伴は一旦足を止めて彼女を振り向く。

「そう?」

「そうですよ!退院してからあからさまに待遇変わりました!なんかすごい……優しくなったというか、丸くなったというか…!」

足を止めた露伴に追い付くように隣に並び捲し立てる美晴を見て彼は首を傾げたが、「そうか?」というより「それが何か?」とでも言いたげな目を彼女に向けていた。

というのもこの岸辺露伴、ここ最近体育祭実行委員の仕事で帰りが遅かった美晴の家での仕事を少しでも軽くしようと、彼女が帰宅する前に掃除を済ませたりしていたのだ。その割に、ついこないだ渡された給金の入った封筒に1枚多くお札が入っていたりもしていた。

「だめですよ、本当に…!甘えっぱなしになってしまいます……」

美晴は申し訳なさそうに視線を下げる。今までは少し雑に扱われつつもそれなりに大切にされていると感じてはいたが、ここ最近の彼はベタベタに甘い。本人に自覚はないのかもしれないが、明らかに態度が変わっている。来宮美晴はまだそれに慣れきっていなかった。

しかしそんな抗議を受けても、露伴はそうしたいからそうしているだけで別段特別な事をしているとは思っていなかった。

「別に……ぼくは好きな人に甘えてもらえるなら、全然」

ぽそっと呟いて露伴は再びカートを押して歩き始める。

「ち、違うからな!"好き"っていうのは……別にそういう"好き"じゃあないからなッ!勘違いするなよッ!」

そうやってスタスタ歩く露伴の後ろ姿は耳まで真っ赤に染まっていて、美晴はポカンとしながらもそれを微笑みに変えて後を追い始める。

「分かってますよ、それくらい!どうしちゃったんですか、急に」

「何もないッ…!こっち見るな!」

「ええ〜?」

クスクス笑う美晴と真っ赤な顔をフイッと逸らす露伴。少し前はこんなやり取りをするなんて2人とも想像もつかなかったが、笑顔が増える事自体はそんなに悪い事じゃあなかった。

 

「それで、寄りたいところって何処?」

会計を済ませ、レジ袋を持つ露伴は先程美晴が言っていた"寄りたいところ"へ向かうその後ろ姿を追う。

美晴の事だから本屋だろうか。彼女は漫画も小説も嗜む。先程まで船を漕ぐほど眠かった彼女でも、新刊の発売日ともなれば睡魔そっちのけで買い物に付き合うだろう。ただ、今日発売の新刊とは何なのか、露伴には予想がつかなかった。

「すみません」

だが彼女が足を止めたのは本屋ではなく亀友の総合カウンターだった。まず目的の場所から予想が外れてしまった事に露伴は自分自身に溜息を吐き、彼女の隣に並ぶ。

「こないだ多分ここでハンカチを落としてしまったんですけど……届いてませんか?」

「落とし物ですね。少々お待ち下さい」

カウンターにいた店員が拾得物を記録するファイルを棚から出し、ハンカチの落とし物の記録を探す。美晴はジッと待つようにそれに視線を落としていた。

「いくつか届いておりますが……柄や色など一致するものはございますか?」

店員が美晴に拾得物リストの一部を指差して見せる。そこには1ページにつき10個もの行に落とし物の品名や特徴などがリスト化されていて、露伴にとっては見ているだけでも興味深い代物として映っていた。

「ない、ですね……」

一応次のページも捲って確認したが、美晴が探しているハンカチは見つからなかったようで、首を横に振っていた。

「ハンカチなんてまた買えばいいじゃあないか。何なら今買っていくか?」

礼を言ってカウンターから離れ、駐車場への道を辿り始める最中に露伴が提案してみるが、それについても彼女は首を横に振る。

「あれは大事なものなんです。億泰くんからもらったハンカチなんですよ……代わりなんてありません」

そういえばヘブンズ・ドアーで美晴のファイルを流し見した時、そんな事も書かれてあったような気がする。

美晴は虹村形兆が死んだ日、持っていたハンカチで億泰の傷の止血処置をした。その汚れたハンカチの代わりを億泰は後日彼女に買って渡していた。それは美晴にとって億泰との友情の印のようなもので、とても大切にしているものだったのだ。

「交番にも行ったんですけど、届いてなくって……ここのカウンターにももう今で3回目になります。でも全然見つからないなんて、変じゃあないですか?」

その交番にも既に2回届けている。落としたと思われる日に使った道も全て確認した。家の中も勿論だ。なのに出てこない。

可能性で考えられるのは拾い主が捨ててしまったか、今もそのまま持っているかの2択である。だが、いくらハンカチでも他人のものを何の躊躇いもなく捨てたり出来るだろうか。持っているにしても、何故持ったままなのか。

「……美晴。君、また今日の村雨みたいに誰かに狙われているんじゃあないか?」

導き出される可能性。それもほんの僅かなものだが、拾い主がそのまま持っている理由として"また出会った時に直接渡せる"というのが挙げられる。そうなると相手は"このハンカチは来宮美晴のものである"という事を知っている事になる。

静まり返る駐車場で、露伴は足を止めて美晴を振り返り見つめる。彼女は目を丸く見開いて足を止め、次に考える素振りを見せた。

「思い出せ。何かなかったか?何でもいい、言ってみろ」

彼女の両肩を掴み、今も誰かが見ているのではと露伴は警戒し始める。そんな中、美晴はハッと小さく息を呑んだ。

「手を……」

「ん?」

「"手"を……触られました。男の人です。それもただの触り方じゃあなくて……まるで感触を確かめるような、舐め回すような手つきで……」

思い出した。露伴の見舞いに行った帰り、男とぶつかってしまい自転車や鞄を彼に拾ってもらったのだ。その男が、そういう事をしてきた。あのゾワッとした感覚が急に背中を這い上がってきて思わず己の両肩を抱く。その様子に露伴はチッと舌打ちを漏らした。

「変質者か…!美晴、暫くの間なるべく1人で行動するなよ。康一くんでも仗助でも誰でもいい、誰かと一緒にいるんだ。そうすれば相手は警戒して近付かないだろうからな」

改めて今日、一緒に帰っていて良かったと思う。暫く送り迎えも己がしてやった方がいいだろうか。

 

しかし何故美晴ばかりが狙われるのだろう。

露伴は小刻みに震える彼女を己の車に誘導させ、感じる視線を振り切るようにいち早く家に帰ろうとそれを発車させた。





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