天才漫画家の給仕係   作:斎草

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水族館に行こう!

 

体育祭の振替休日である月曜日。

美晴は姿見の前でしきりに服装をチェックしていた。横や後ろもくまなくチェックし、新しく買った花柄のスカートがそのたびに揺れる。

「美晴、何やってるんだよ……」

「うわっ、露伴先生!ノックくらいしてください!」

そこに少しだけ開けた部屋の扉の隙間から露伴が覗き込んできて思わず声が上がる。お決まりの反応に彼は溜息を吐き、扉を完全に開け放った。

「もう時間だろ。今日は"不本意"で"誠に遺憾"だが、君と仗助のデートの日だ。駅まで送ってやるんだからさっさと降りてこい」

"不本意"、"誠に遺憾"。そんなワードをわざと強調する露伴に美晴も溜息を吐く。しかし釣られて時計を見れば約束の9時まであと20分ちょっとのところで、慌てて鞄を持って露伴に着いていくように一階の玄関まで降りた。

「携帯電話、持った?」

玄関前で露伴が振り向いて確認すると、美晴は鞄から新しく彼に買ってもらった携帯電話を見せる。美晴を狙う変質者の事もあり、昨日露伴と一緒に契約したばかりものだ。まだ互いの電話番号しか登録されていないが、仗助達の番号も登録しておけば安心だろう。……露伴的には"不本意"ではあるが。

「デート中に掛けてこないでくださいね?」

「いくらぼくでもそんな無粋な真似はしないよ」

美晴が念を押すように携帯電話をしまいながら言うのを、「はいはい」と二つ返事で受け流す。

 

岸辺露伴は東方仗助の事が嫌いだ。己の漫画のセンスが分からないバカでダサい奴だし、来宮美晴をいつの間にか己の隣から攫っていった男だから。しかし、仗助といる時の美晴はとても幸せそうに笑うのだ。最初こそ引き剥がしてやろうかと思ったが、そうしたならきっと美晴は露伴の事を一生恨むだろう。

 

だから、来宮美晴が東方仗助と一緒にいて幸せに笑っている間は目を瞑ってやる事にした。

 

(しかし仗助。一度でも美晴を泣かせてみろ。ぼくはいつだって美晴を貴様の隣から攫い返してやる気でいるぞ)

岸辺露伴が来宮美晴に抱く感情は"恋"に限りなく近く、それでいて限りなく遠い"愛情"だ。露伴は彼女の事に関しては、自己を優先させずに彼女にとって一番良いと思える行動を取ると決めている。これもその一環だ。

 

「今日の帰りはどうするの?」

美晴を車で駅まで送り、仗助との待ち合わせ場所に向かおうとする彼女を窓を開けて呼び止めながら問い掛ける。

「仗助くんに家まで送ってもらいます」

「分かった。じゃあ今日は楽しんでおいで」

少し前に美晴本人からも指摘されたが、露伴にも少々彼女に対して過保護なのでは、という自覚はある。しかし体育祭での村雨 焔の件や、彼女のハンカチを所持していると思われる変質者の事を考えると、そうならざるを得ない。

その点においては美晴にスタンド使いの友人がたくさんいて良かったと思える。特に恋人である仗助はスタンド能力も強力だ。……誠に遺憾ではあるが。

「……何もないといいが。"スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う"、か……」

美晴の後ろ姿を見送りながら、露伴はぽつりと呟く。今回は杜王町を出てS市内へ行くわけだが、美晴や承太郎がそうだったように杜王町の外にもスタンド使いはいるはずだ。

妙な胸騒ぎを抱えながらも、露伴は駅前に来たついでに画材屋を覗いてこようと車を再び走らせた。

 

 

「仗助くん!」

美晴が待ち合わせ場所に向かうと、既にそこには仗助がいた。その呼び掛けに気付いた彼は手を振りながら駆け寄ってくる彼女を視界に入れてハッと息を呑む。

「美晴ちゃん!うわ、グレートに可愛いな……」

私服の美晴を見るのは彼にとって初めての事だ。普段見慣れた制服姿とは違う新鮮さがあってドキドキと胸が高鳴る。

「そ、そう…?仗助くんもそのジャケット、とても似合ってるしカッコいいわ……」

一方で美晴も、そんな彼の私服に胸を高鳴らせていた。

いつもの改造学ランと違い、引き締まって見える黒のジャケット。暫く互いの私服姿にソワソワと体を揺らしていたが、仗助は美晴の前に流してある髪に手を伸ばす。

「今日は髪留めも違うんだな……本当にスゲー可愛い」

花柄のスカートに合わせた、同じく花をあしらった髪留め。スルリと梳くようにその髪に触れると、美晴の頬が赤く染まった。

「ん……仗助くんに、"可愛い"って言ってもらいたくて……」

「! そ、そっか……」

恥じらいながら紡がれる言葉に、思わず仗助まで頬が染まる。そのために頑張ったというなら、それはもう大成功だ。だって会った時から"可愛い"と思っているし、それ以上の言葉が出てこないのだから。

「ん、えっと……じゃあ、行こうぜ」

せっかく早めに来てどうエスコートするかを考えていたのに、ほぼぶっ飛んでしまった。もっとカッコよくキメようと思っていたのに、そんな言葉しか出ない。それでも美晴は己の隣に並んで頷いてくれるのだ。その姿が愛らしく見えて、"本当にこの子は俺の恋人なんだ"と思わせてくれる。

券売機で切符を買って電車に乗り込み、空いている席に2人で隣同士で座る。平日で通勤ラッシュも通り過ぎ車内の人影は疎らだったが、人前で密着するような距離感になるのは初めての事で、それにすら心臓がうるさく鼓動を鳴らしていて早く目的の駅に着かないかとまたソワソワし始めていた。

(今日の仗助くんも、私のために頑張ってくれたのかな……そう思うのは自惚れなのかな。ああ、なんだか緊張するわ。とっても楽しみなのに、逃げ出してしまいたい……)

(今日の美晴ちゃん、マジでグレートに可愛くてどーしよって気分だぜ……俺、ちゃんとエスコート出来んのかな……くそッ、どうしたら美晴ちゃんに"カッコいい!"って思ってもらえんのかなァ〜〜……)

高まる緊張の中、2人して視線を膝に落としながら思考を巡らせる。

「「あの、」」

それでも何か言葉を紡ごうと意を決すると互いの声が重なって気まずそうにすぐに顔を逸らしてしまった。「あ、あ……」などと声を漏らし、チラチラと互いに様子を窺い、また落ち着かない様子で視線が泳ぐ。

「今日、よォ……俺も、杜王町から出るの久々なんだ。楽しみだな」

最初に口を開いたのは仗助だった。彼は膝に視線を落としつつも呼び掛けるように彼女にチラリと視線を一瞬向ける。その言葉を受け、美晴もこくこくと頬を赤く染めながら何度も頷いた。

「私も……仗助くんと一緒だから、すごく楽しみだわ」

彼女が嬉しそうにそう言うのだから、また仗助は視線が膝に戻ってしまい顔に熱が集中するのを感じて思考がフリーズ寸前になってしまっていた。チラリとまた視線を隣にそのまま向けると己の膝よりも小さな膝が見えて目を伏せる。

「あっ、仗助くん。降りるのここよね?」

その声にハッと意識を現実に戻して窓を見ると水族館の最寄り駅の名前が見えて慌てて立ち上がる。

「おっ!おぉッ、そうだ!降りようぜ!」

「あ…!」

美晴の手を掴んで、扉が閉まる前に彼女を連れて電車から降りるとすぐにそれは発車していってしまった。ギリギリセーフだった事に安堵の溜息を吐くが、ふと手の中に柔らかな感触があってそこに視線を落とす。

「! は、離さないで…!」

無意識に掴んでいた彼女の手を恥ずかしさで解こうとするが、あの柔らかな感触がすぐに追いかけてきて再び手と手が繋がった。

「離しちゃやだよ……」

周囲には人も疎らで、静かな駅のホームにか細い彼女の声が響くように感じた。顔は俯かれていて表情は分からなかったが、その声は寂しそうな響きを纏っていてキュッと胸が締め付けられる心地になる。

「……悪りぃ、ちっと動揺しちまってよ。……もう離さねーから、心配いらねーぜ……」

そんな彼女を、手を繋いでいない方の手で抱き寄せた。髪型が崩れないようにそっと頭を撫でると、胸板に彼女の額がコツリと当てられる。

美晴を狙う変質者の話。つい昨日カフェに呼び出されたかと思えば、それは億泰や康一、露伴も交えて彼女の口から直接語られた。露伴にもその場で"なるべく美晴と一緒にいてやってくれ"と念を押されたのを覚えている。

まさかこんなところでまで付けてくるとは思えなかったが、ここ最近立て続けにスタンド絡みのトラブルに遭っているのも事実だ。変質者でもスタンド使いでも、何かあれば今日彼女を守ってやれるのは東方仗助、己しかいない。

「ご、ごめんなさい、なんか我儘みたい……」

そうやってパッと離れようとする美晴の体をもう一度引き寄せて抱き締める。彼女が目を丸くしながら仗助を見上げると、彼は優しく目を細めて見つめていた。

「いいって。美晴ちゃん全然甘えてくれねーんだもんよォー、たまには甘えてくれよ。な?」

普段からあの露伴の給仕係をしているからか、美晴は"自分がしっかりしなければ"と気を張っている事も多い。今だって電車を乗り過ごしかけて、そう思わせてしまったかもしれない。もう付き合い始めて1ヶ月になるが、キスをしたのだってあれっきりだし頼りなく思われていても仕方ない。

しかし、男である以上はやはり好きな女の子には頼られたいし甘えられたい。このデートで全て挽回してみせる。仗助はそう意気込んでいた(初っ端からミスの連発だったが)。

「さ、行こうぜ。まだ水族館に着いてもいねーんだからよ」

きゅっと指を絡めるように手を繋ぎ直し、彼女が歩き出すのを待つように一歩前に出て振り返る。そうして歩き始めると、改札を出て少し先の方に見える目的地を目指した。

 

 

「デッッケェー……!」

S市内で1番大きい水族館。承太郎もそう言っていたが、目の前まで来るとさすがに迫力が違う。少しの間その外観を見て2人して立ち尽くしていたが、ハッと我に帰ると入場口まで歩く。

「仗助くん、仗助くん」

承太郎がくれたチケットを係員に見せてもぎってもらい、入場口にあったパンフレットを広げていると美晴が彼の袖口を引っ張り1枚の紙を見せてきた。

「ここのペンギン……喋るんだって!」

その新聞風のチラシには"不思議!?喋るペンギン達!"とデカデカと見出しが載っており、ペンギンの写真と共に活字が並べられている。

なんでもこの水族館のペンギン達は文字通り"喋る"らしい。それも1羽ではなく全員が、"ペンギンふれあいショー"というプログラムの中でだけ。

(どーせアテレコか何かだぜ……上手い商売だな)

仗助は真っ先にそう思ったが、キラキラと好奇心に満ちた目を見せる美晴の前でそんな事は言えるはずがなかった。

「これ……後で見に行ってみるか?」

「! ……うん!」

彼がそう問い掛けてみると更に瞳の輝きが増して笑顔で頷く。その反応が可愛らしくて、もしかしたらこれが彼女なりの"甘える"というやつなのかと直感した。心なしかいつもより子供っぽくも見えるが、新しい一面を垣間見たようで仗助にとっては嬉しい事だった。なんとなく、億泰が"あいつは俺の妹分だぜェ、仗助ェ!"と言っていたのが分かる気がする。

「うし、じゃあ順番に見ていくか。ペンギンはそこに着いた時間で、何時の回を見るか決めようぜ」

ここはしっかり己がリードしなければ。頑張れ仗助くん!この日のためにこの水族館が載ってる旅行雑誌を買い漁ったんだぜッ!仗助はそう自分を激励して展示物のあるフロアに彼女を連れて足を踏み入れた。

 

さすがに平日というだけあって館内は人も少なく、ゆっくり見て回れる余裕があった。改めて体育祭の振替休日をデート日にして良かったと心の底から思える。

「見て、仗助くん。この水槽、いろんな色の魚がいるわ」

「ほんとだ、スゲーな……あ、そこのサンゴの陰にもいるぜ」

ちょうど2人くらいの人数で覗けそうな小さな水槽を指差す美晴の隣に並んで仗助もフヨフヨと水の中を漂う小さな魚達を眺め、サンゴ礁の模型の穴の中も覗き見ながら「ほんと!」と小声だが嬉しそうに微笑む彼女を水槽の反射で眺める。

そう、水槽の中を見るのはほんの少しの間だけで、仗助は水槽の反射を使って彼女の嬉しそうな顔をずっと見ていた。今までの水槽でもそうだった。

誰も知らない、同居人の露伴ですら知らない来宮美晴を、今は己だけが独り占め出来るのだ。まだ彼女を抱き寄せてみる事は人前なのもあって出来ていないが、すぐ隣を見ればそこに彼女がいる。それだけで今は十分すぎる程だった。

「……仗助くん、もしかして……」

「えっ!な、なんだ…?」

そこで不意に美晴が仗助を振り向きながら呟き、ギクッと肩が跳ねる。まさか、水槽の反射で彼女ばかり見ていて魚を見ていない事がバレてしまったのだろうか。心臓がドクドクと波打つ中、暫し2人で見つめ合うと彼女の手が仗助のジャケットの袖を摘む。

「もしかして、私達って周りにカップルに見られてなかったりしないかしら……」

予想していたのとは違う言葉に仗助はホッと安堵したが、しかしその内容も確かに気になりはする。水槽から視線を外して辺りを見回すと、人は疎らだが水槽の前で写真を撮っている人やスケッチをする人、その中に紛れて何組かカップルらしき男女もいた。

慣れた手付きで男が女の腰に手を回し、甘えるような女の猫撫で声が微かに聞こえるような、そんな雰囲気のカップルも中にはいる。そうでなくても、大人だからなのかどことなく艶っぽい雰囲気はある。そんな中、己達だけ高校1年生の出来立てカップルだった。

「……別に周りがどう思おうがよォー……俺らがカップルだって思ってりゃあ、カップルなんじゃあねーの……」

しかしその中の誰もが、2人の事を気に留める様子はなかった。仗助は少し不安げな様子の彼女を見つめ、手をキュッと握り直す。

結局のところ、周りがどう思ってるかなんて分からないし、意識したってどうしようもない。それどころか、ここにいる人々はそれぞれの時間を過ごしている。こちらに気を向ける素振りも見せないのに、こちらだけがソワソワと気にするのはおかしな話だ。現に仗助だって今の今まで魚の事すら気にせずに美晴を見つめていたのだ。その美晴だって、十中八九ふと今しがた周りを改めて見てそう思っただけなのだろう。

「俺らがお互いにそう思ってりゃあよォー、関係ねーよ。俺らはちゃんと付き合ってるし、だからこうしてデートしてるだろ?ここにいる奴らが何と思おうが、俺らだけがそれを分かってりゃあいいの。周りなんて気にすんなよ」

彼女の不安を拭うように柔らかい声音で紡ぎ、ポンポンと優しく頭を撫でた。

「不安なら周りじゃあなくてよー、俺の事見てなよ。美晴ちゃん」

「仗助くん……」

美晴はその優しい微笑みを直視出来なかった。だって、この薄暗い館内の中でもはっきり分かるほどに綺麗だったから。

心臓がドキドキと煩く響いて、体が熱くなっていく。彼が掛けてくれた言葉のひとつひとつが沁み渡るように響く。

「……ありがとう、仗助くん」

きっと恐らく、こんなに素敵な彼は自分には勿体ない。でも、その彼が"自分達はカップルだ"と言ってくれる。そうである限りは、彼の隣にいたい。こんなにも好きで、幸せな気持ちになるのだから。

彼も同じ気持ちなのだろうか?

「行こうか」と私の手を引いてくれる彼も、私と同じ気持ちだろうか?

(私……あなたの事、もっと好きになっちゃうわ……)

言われなくたって、彼の事をずっと見つめていたい。

己の歩幅に合わせてくれる彼の足並みも、全てが愛おしく感じていた。

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