天才漫画家の給仕係   作:斎草

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"杉本鈴美"

 

目の前には淡い雰囲気の少女。

「道案内……してあげようか?」

今まで何度も私達は道を辿ってきたというのに、この女の子に道案内なんて頼んで大丈夫なのだろうか。それにもしかしたら——、

(この子が……私達をここに閉じ込めた"スタンド使い"!?)

ないと思いたいが、その可能性も拭いきれない。美晴がゴクリと唾を呑み込んだ時、隣にいた露伴の手がグワッと動いた。

「"ヘブンズ・ドアー"ッ!!」

露伴の手が、指先が、ピンクダークの少年の主人公を描いてその像が宙に浮かぶ。それを見た少女の"心の扉"がバラッ!と開き、彼女が昏倒するのを露伴が受け止めた。

「有無を言わせず先手必勝さ!」

「言わせなさすぎです!!無害だったかもしれないのにッ!」

ニヤッと不敵に笑いながらカリカリとペンで彼女の余白に"岸辺露伴、来宮美晴、広瀬康一を攻撃する事は出来ない"と書き込んでいる露伴に向かって美晴は声を張り上げる。

「うるせーなぁ、ヤベー奴が常にヤベー顔してると思うなよな」

しかし一転、真面目なトーンで紡がれたその言葉に美晴と康一は「うっ」と押し黙った。それは正論であったし、現に目の前にその"いい例"がいるのだから余計に真実味が増す。2人がそう思っている事など露知らず、露伴は昏倒した少女の心の扉を捲り始める。が、「ム!」と声を上げたかと思えば、すぐに眉間にシワを寄せていた。

「こいつ……スタンド使いじゃあないぞ。"書いてない"……ただの女の子だ」

ページをいくら捲ってもスタンドの"ス"の字も出てこない。

露伴のヘブンズ・ドアーで開かれた扉に書かれている事柄は、心をそっくりそのまま曝け出すのと同じく嘘を吐けないし隠し事も出来ない。100%の真実だけがそこにあるのだ。それは美晴も康一もよく知っている。

「名前は杉本鈴美、16歳。住所は杜王町勾当台3の12……すぐそこだ」

露伴が呟いた住所を、美晴は先程彼が尻ポケットにしまった地図を遠慮なしに引っ張り出して調べる。確かに、この小道が存在しているならばすぐ近く、目の前にある家のようだった。

 

「なになに……彼氏はいない。スリーサイズは82・57・84」

その辺りまで歩こうと一歩踏み出し掛けた時、露伴のそんな声が聞こえてきてピタリと足を止める。

「左乳首にホクロがある。初潮があったのは11歳の9月の時で……初めて男の子とキスをした時に舌を入れられ、」

「「ちょっと待って岸辺露伴ンンーーッ!!」」

淡々と告げられていく少女——杉本鈴美のピンポイントな個人情報に堪らず美晴と康一は声を荒げて彼との距離を詰め始めた。

「彼女がスタンド使いじゃあないならそれ以上読むのはぼくが許しませんよッ!!」

「ホンッット露伴先生ってデリカシーがない人ですね!?そういうところはホンッットに直した方がイイと前から思ってるんですけどッ!!」

「わかった…!わかったよ!そう怒るなよ、もう〜〜っ」

ぎゃあぎゃあと捲し立てられる露伴を非難する声に彼は耳を塞ぎながらもニヤつきながら2人を見ていたが、そんな最中美晴に視線を向けてビシッと指差す。

「けどよォ、美晴だってさっき僕の尻触ったろ!?こんな時に!それともなにかね、嫉妬か?安心しろよ、君のスリーサイズだって知ってるさ。確か……」

フゥー、と肩を竦めながら彼女のスリーサイズを思い出そうとする露伴。その悪びれもない声に、言葉に、美晴はついに顔を真っ赤にしながら折り畳んだ地図でペシッ!と彼の頬を叩いた。

「イテッ!」

「触ってないもんッ!地図を取っただけッ!露伴先生のスケベッ!!」

顔を赤く染めたままムスッとむくれて美晴は露伴から体ごと視線を背けてほんの少し距離を置き、それを見た康一は更に声を荒げる。

「痛がってる場合じゃあないでしょ!今すぐ美晴さんに謝ってくださいよッ!」

美晴に頬を叩かれたショックでそこを押さえながらズーンと項垂れていた露伴だったが、その声にハッと顔を上げると鈴美と美晴を見比べ、ポソッと康一にだけ聞こえる声で「杉本鈴美の方が少し大きい……」と呟いてから美晴を見る。

「悪かったよ、美晴。調子に乗りすぎた。今から杉本鈴美を起こすから……君もこっちに来い。道案内してもらおうじゃあないか」

美晴がチラッとこちらを窺うのを見計らってちょいちょいと手招きする。彼女だってここから出たいはずだ。その思惑通り彼女はトコトコとこちらに戻ってきてくれた。

 

一方康一は、先程露伴が己にだけ聞こえる声で呟いた言葉の意図に気付いて「うげっ」と密かに青ざめていた。

(露伴先生、まさかぼくを共犯者にしようとしてるんじゃあないかッ!?)

来宮美晴より杉本鈴美の方が(何がとは言わないが)少し大きい——無意識に頬を染めながらも露伴を睨みつけると、彼は康一をニマニマ笑いながら見て「ようこそ」と口を動かしていた。

絶対にこの事は墓場まで持っていこう。康一は美晴と鈴美を交互に見ながらそう誓った。

 

「さて、"今起こった事はすべて忘れる"……と」

 

 

仕切り直し。

「道案内、してあげようか?この辺、似たような路地多いから……迷う人結構いるのよ」

意識を取り戻した杉本鈴美は何事もなかったかのように先程と同じような事を言う。

この少女はスタンド使いじゃあない。それは露伴の能力で確かめた事だから事実だ。しかし、このまま彼女についていっていいのか、という疑問は未だ拭いきれたわけではない。もしかしたら敵のスタンド使いとグルかも……なんて事も考えられる。

「さっきから、何度もあのポストのところに戻ってくるの」

「この辺、似たようなポスト何個かあるわよ」

道順だけ教えてもらえれば彼女との接触時間も減る。美晴が犬の糞のポストを指差して暗にそうしてもらえないか図ってみるが、鈴美はさも当たり前のように言って退けた。

「行き方だけ教えてくれればいいんだけどな」

なかなか手強そうだ。その意図を汲み取ってか露伴が単刀直入に訊いてみると、彼女は首を横に振ってから踵を返し、ポストに背を向けて歩き始める。

「だめだめ!説明だけじゃあ分からないのよ。案内してあげるからついてきて!」

もはや有無を言わせない状態だ。強制的な道案内が始まった今、ついていかないのは逆にこちらが怪しまれかねない。

「何かあれば僕がまたヘブンズ・ドアーで対処してやる。ここで立ち止まってちゃ埒があかないのも事実だからな」

3人で顔を見合わせ、露伴がポソッと鈴美に聞こえない声で呟いてから他の2人よりも少し前に出る形で歩き始めれば、仕方なく鈴美の後をついていく。それを見た彼女は安心したように微笑み、ポッキーの箱をポケットから出して自分も1本取りながら彼らにそれを差し向けた。

「食べる?」

しかしいくら人懐っこい笑みを見せようと、まだ疑いの晴れていない人間から物をもらうほど3人とも警戒心がないわけではない。一様に首を横に振って断るのを見て、鈴美は「あれ?」とでも言いそうな顔をして持っていた1本を露伴に向ける。

「いらないの?じゃあ〜試しにそっちの端を持って!」

露伴が疑問符を頭に浮かべながらも言われた通りにポッキーのチョコ側の端を持つと、彼女はポキッと小気味のいい音を響かせながらそれを折った。

「あっあ〜♪あなた、女の子にフラれるわよっ」

どこか小馬鹿にしたような、悪戯っ子のような微笑みを見せる鈴美と、対照的に機嫌が悪そうに眉根を寄せる露伴。

「あっ、もしかして……フラれたばっかりだったりする?」

「……なんだ?この女……!」

鈴美はスイと美晴に視線を向けてクスクス笑っていたが、苦虫を潰したような表情の露伴が堪らず声を上げたので図星である事を確信したようだった。

「うふふ、"ポッキー占い"よ。折れた感じで占うの。あなた、ワガママでしょう?それも結構人を引っ掻き回す性格ね。フラれた原因はそれよ」

その言葉に美晴と康一はギクッと肩を揺らす。だって、杉本鈴美は今初めて会ったばかりの少女だ。なのに、こんなに的確に露伴の性格を当ててしまった。もしかしたら自分達の事を既に把握済みなのかもしれない。

しかし、露伴はニヤつきながら両サイドの2人と肩を組んでその顔を交互に見遣る。

「おいおい!"ポッキー占い"だってよ!2人とも聞いたか?全然当たってないよなァ?僕がワガママだってさ!」

クツクツと喉奥で笑うその様子からしてどうやらこの男、自己分析能力がお釈迦らしい。美晴も康一も思わず引きつった笑みを浮かべてしまっていた。きっと考えている事も同じだっただろう。

「それに僕が"フラれた"?決めつけはよせよ。第一告白もしてないしそんな風に思っちゃいないさ。大切ではあるがな」

ろくすっぽテキトーだ、なんて言いながら露伴は美晴の頭をポンポンと撫で叩いてみせ、その美晴が疑問符を浮かべているのを尻目に鈴美を指差す。

「しかし"占い"か。そんなんだったら僕だって知ってるよ。薄いピンクのマニキュアの女の子は"恋に臆病"。"肝心なところで本当の恋を逃す"」

——正確には鈴美の指先、爪を指差して。

「……ウソよ……」

美晴も思わず自分の爪を見たが、鈴美の切なげな、動揺したような声が聞こえて業務上マニキュアを付けられない己の爪から再び彼女に視線を転じる。

「これは"占い"というより"心理テスト"さ。恋でなくても今……何かを恐れているだろう?」

先程のポッキー占いの仕返しのつもりなのだろうか。露伴が言っているだけあって真実味がある心理テストだが、鈴美は3人から視線を逸らすと進行方向のすぐそこにあった家を見上げる。先程までの陽気さとは一転、神妙なものになった鈴美の雰囲気に3人も思わず疑問符を浮かべながらその家を見上げていた。

「ここの家ね……15年ほど昔、"殺人事件"が起きたんですって……」

静かな空間に鈴美の声が響く。その言葉に弾かれたように彼女に視線を向けると、彼女はゆっくりとこちらを向いて再び口を開いた。

「今は誰も住んでないわ。……これ、隣のおばあちゃんから聞いた話よ」

 

———

 

その事件は静かな真夜中に起きた。

この家に住む少女が寝室で寝ていると、両親の部屋の方から水の滴る音が聞こえたそうだ。"ピチャリ!ピチャリ!"と。その滴る音で少女は目が覚めた。

浴室や台所からこの部屋は遠いのに、なぜそんな音が聞こえるのだろうか。

「パパ!ママ!」

少女は部屋から声を張り上げたが、両親からの返事はなかった。

しかし少女はそんなに怖くなかった。なぜなら少女のそばにはいつも番犬のように大きな愛犬がいたからだ。暗闇でもベッドの下に手をやると「ククーン」と甘えてペロペロと手を舐めてくれるのだ。

「アーノルドがいるから安心だわ……ありがとう」

少女にはこんなにも心強い味方がいる。

だが相変わらず外からは"ピチャリ!ピチャリ!"と滴る音が続いていた。一度気になったらずっと気になってしまうこの音、両親はなぜ気付かないのだろう?そんなにも熟睡しているのだろうか?

「アーノルド……やっぱりあたし、ちょっと調べに行ってくるわ」

少女はついにその音の正体を調べにいく事にした。

なぜこんなにもこの音が恐ろしく感じるのだろう。なぜこんなにも静かな夜が、今日は特別恐ろしく感じるのだろう。

少女は部屋の扉を開け、廊下に出た。しかしその滴る音の正体は、予想したよりも早く少女の瞳に飛び込んできたのだ。

 

———

 

「壁のコート掛けには愛犬アーノルドが、首を切られてぶら下がって死んでたの……ピチャピチャって音はその血が滴っていた音なのよ……」

3人は目をギョッと見開いた。アーノルドは少女の部屋のベッドの下にいたはずだ。それがなぜコート掛けなんかに?それも死んでいる?

では、ベッドの下にいたのは一体——、

「女の子は慌てて部屋に戻ったわ。すると突然、ベッドの下から声が聞こえたの!」

 

『お嬢ちゃんの手、スベスベしてて可愛いね。クックックーンッ!両親も既に殺したぞ!』

 

「そして!その女の子も殺されたのよォォーッ!!」

「うわぁぁぁぁぁぁッ!!」

迫真の鈴美の声に康一も美晴も思わず露伴にしがみついて恐怖を露わにし、その露伴もあまりの迫力に表情を強張らせながら身を引いていた。

「そ、それ、本当の話なんですか…ッ!?」

よほど怖かったのか、康一は息を切らせ目にうっすらと涙を浮かべながら鈴美を見る。

だが、鈴美はそんな怯えた様子の3人を見て思わず表情を緩ませると朗らかな笑顔を見せた。

「アハハハッ!本当の話に聞こえた?マニキュアの仕返しよ、ウフ♡」

その表情と言葉に3人はしばしポカンと呆けていたが、ようやく状況を飲み込むと康一は緊張が解けたように深く息を吐く。

「し、心臓に悪いなぁもう〜〜……冗談キツいよ……!」

それでようやく美晴も息を吐いて露伴から離れながら先程の家を再び仰ぎ見る。

「すごく臨場感のある怪談だったわ。私、ホラーの類は強い方だと思ってたけど……まるでその場にいたかのようなリアルさが……あって……、……ん」

 

ピチャリ。ピチャリ。

 

視界を下げるたびに耳につく"何かが滴る音"。それは怪談に出てきた少女が聞いたものと似ているように思え、美晴は思わず表情を引きつらせた。

「ん?どうした、美晴」

これ以上視線を下げる事が恐ろしい事のように思える。無意識に露伴の腕を掴んでいて、彼も彼女の視線を辿るように家を再び視界に入れる。

「露伴先生……何か、聞こえませんか」

 

ピチャリ。ピチャリ。

 

確かに露伴の耳にも滴る音が聞こえる。先程の怪談を聞いた直後だからだろうか、怯えている様子の美晴の肩を抱いて引き寄せながら、彼女と一緒に視線を下げていく。

 

ピチャリ。ピチャリ。

 

そこにいたのは1匹の犬だった。大きな番犬のような犬で、2人に背を向けている。

しかしその特徴だけで十分だった。2人が息を呑むとその犬はゆっくりとこちらを振り返る。

そう。滴る音は、意外とすぐ近くから聞こえていたのだ。

「……ッ!!」

 

——少女の愛犬"アーノルド"は首を切り裂かれ、廊下の壁のコート掛けにぶら下がって死んでいた——

 

脳裏に過ぎったのはアーノルドの最期。それにシンクロするように、ピチャリピチャリとその犬の首の傷からも血が大量に滴っていてヒュッと2人して息を呑む。

思わず鈴美を振り返ると、彼女は切なげな目で露伴と美晴を見ていた。

「そう。その"女の子"ってあたしの事なのよ」

鈴美の言葉に康一もそちらを振り返り、首を切り裂かれている"アーノルド"を見て「ひっ!」と息を呑む。

「あ、あなた一体……ッ」

絞り出された声は上擦った情けない声で、美晴は自分が心底"怯えている"事を自覚した。

「"幽霊"よ。あたしとアーノルドは……」

アーノルドは鈴美の姿を見つけるとタタタッと彼女に駆け寄り甘えるように脚にからみついていた。

「ゆ、"幽霊"……!?」

杉本鈴美の正体は"幽霊"。それが分かった途端、この空間の空気全体が薄ら寒く、気味の悪いものに変貌したように思えた。

(ヘブンズ・ドアーで読んだのは生前の記憶…!だから彼女が幽霊である事が分からなかったのか…!)

露伴もまだこの能力の全てを知っているわけではない。幽霊に能力を使うとこのようになるのか——しかし感心している場合ではない。

 

ピチャリ。ピチャリ。

 

滴る音はその間も頭の中に染み込むように響いていた。

「あんた達は15年前の"あたしが死んだ場所"に入り込んだのよ。あたしと"波長"が合ったのね……ここは"あの世"と"この世"の境目なの」

なぜこんな突拍子もない話を信じられるのか。それはこの空間の薄気味悪さと突然現れた"杉本鈴美"という少女の存在のせいだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

気付けば康一の絶叫に意識が覚醒されるように脚が自然に踵を返して逃げるように走り出していた。

「"彼女"だったんだわ…!康一くんがエコーズで触れたのは、"彼女"だったのよ!」

康一の"触られた"という表現にずっと引っ掛かりがあったが、今ようやく理解した。"彼女"がエコーズを押し返していたのだ。

「康一くんッ!もう一度エコーズを飛ばせ!逃げるための道を調べるんだよッ!」

「そ、そんなぁ…ッ!」

「いいから早くッ!!」

露伴の脇に抱えられた康一は情けない声を上げていたが腹を括ったらしい、もう一度エコーズを上空に飛ばす。

しかし——、

「なッ…!?」

「うそ…ッ!」

突如、康一の体が露伴の体から離れ宙に飛び上がった。立ち止まってエコーズに視線を向けると、真っ直ぐに地面に戻ってきたと思いきやそこをさわさわと不思議そうに触っている。

「あ、あれ!?おかしいぞ!急に空に"壁"が現れたッ!!」

その不可思議な現象に康一だけが気付いていないようで、その気味の悪さに半開きになった唇が震える。美晴はそっとエコーズを指差し、康一を見上げた。

「康一くん……エコーズが触れているのは"地面"よ…!」

「飛び上がったのは康一くん、君の方だぞ…!気付いてないのか!?」

美晴と露伴の声にエコーズは逆さの視界の中に2人を捉え、それを通して康一もようやく自分だけが逆転している事に気付いたらしい。

「あっ…あっ…!うわぁぁぁッ!!」

「康一くんッ!!」

落下し始める康一の体。一か八かで美晴はガーディアンの守護を彼に掛けようと手を伸ばし、地面に激突する寸前のところで間に合ったのかガンッ!と金属音を響かせながら康一の体が1度バウンドし、四つん這いの状態で地面に降り立つ。

「み、美晴さんのおかげで全然痛くなかったけど……どうしてぼくとエコーズは正反対の方向に!?」

どうやら康一も状況が分かっていないらしく、彼自身がふざけてやったわけではない事が窺える。元より、ふざけている余裕など康一が1番ないようにも思えるが。

 

「ここから出るには"たったひとつの方法"しかないのよ!それはあたしが知っている……」

 

そこにいつの間に追いついたのか、杉本鈴美が佇んでこちらをジッと見つめていた。

「こ、これは……ゆ、幽霊なんかとどう戦えばいいんだ……!」

3人で再び身を寄せ合い、未知なる遭遇にその誰もが怯えていた。こんな芸当が出来るのは"スタンド使い"だけ……そう思っていた頃が懐かしいように感じる。

今までは相手も自分達と同じ"スタンド使い"だから対等に戦えていた。しかし今目の前にいるのは"幽霊"だ。それもこんな大規模な空間に閉じ込め、更に言えば道を探らせる事も許さず、そしてこの空間を流れを意のままに操れる。そんな強大すぎる存在に自分達が敵うとは到底思えなかった。

 

だが、杉本鈴美は不思議そうに首を傾げながら3人を見つめていた。

「"戦う"?なにか"勘違い"してない?あたし達、"敵"なんかじゃあないわよ」

彼女のすぐそばにいるアーノルドですら、不思議そうな顔をしているように思えて露伴は引きつった笑みを見せる。

「"敵"じゃあない……?ははは、聞いたか2人とも。敵じゃあないってよ、この幽霊……」

「じ、冗談じゃあないわよ、ここまで周到にしておいて…!!」

「ぼくらに取り憑くのはやめてください〜ッ!!」

それに呼応するように美晴と康一も声を上げたが、鈴美は心外そうに眉根を寄せながら3人に向かって一歩踏み出した。

「ちょっと待ってよッ!"冗談じゃあない"はこっちのセリフッ!人を怨霊みたいに言わないでェ!あたし何もしてないし、あんた達が勝手こいてビビってんじゃあないのよッ!」

その言葉に3人でハッと息を呑む。

確かにその通りだ。言われてみれば彼女がこちらに危害を加えたという決定的な証拠は何もない。全て自分達の勝手な思い込みだ。加えて彼女は道案内をしてくれようとしただけで、よくよく冷静に振り返って考えてみれば親切な少女なのだ。無礼なのはよほどこちらの方ではないか。

「あたしが閉じ込めたんじゃあないわよ。ここは"あの世"と"この世"の"境目"だって言ったでしょう?あんた達、妙な能力持ってるわね……"スタンド"っていうのかしら?そのせいで紛れ込んだのかも……」

鈴美は3人に近付き、じっくりと観察するように瞳を動かす。

"スタンド"——漢字では"幽波紋"と書くのだと、承太郎から聞いた事がある。姿が見えるかは分からないが、幽霊にも感じ取る事が出来るものなのかもしれない。

「境目って……私達、今"この世"……というか"人間の世界"には存在していないの…?」

「分からないわ。でも一時的に"そうなっている"可能性はあるわね」

その回答に美晴はゾクリと身を震わせる。本当にそうであれば早くここから出なければ3人とも存在が消滅してしまうかもしれない。

「ね?それは嫌でしょ?だから道案内してあげるって言ってるのに……勝手に勘違いしてあたしを置いてけぼりにするんだもの。疑い深いのも考えものだわ」

う、と息を詰まらせる3人を鈴美は少々むくれながら見つめて溜息を吐く。鈴美の言う事はまったくもってその通りだし、いくら気が動転していたとはいえ、彼女に無礼な真似をしてしまったのは事実であった。

「ご、ごめんなさい、失礼な事をしてしまって……」

「気にしてないって言ったらウソだけど……当然の反応よ、無理ないわ。あっあ〜!でもちゃんと道案内はするから安心して。ただし、あたしの"話"が終わってからだけど……」

美晴が深く頭を下げると鈴美は首を横に振りながら「顔上げてちょうだい」と彼女を宥めるが、次いで出た言葉に露伴は己の顎に手を添えながら緩く首を傾けた。

「? "話"、とは…?」

その疑問符に反応するように再び自宅を仰ぎ見る鈴美に釣られて3人もそれを見る。いつの間にかまた先程の場所に戻ってきていたが、もう何回もやった事なので今更驚きはしなかった。

しかし次にその口から飛び出した言葉は、この不思議な空間に慣れきった3人の心臓を確かに1度、ドクリと震わせたのだった。

 

「さっきの"話"の続き。あたしを殺した"犯人"……ヤツは、まだ捕まってないのよ。この杜王町のどこかにいるわ」

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