あの日から東方仗助は少しの間学校に来なかった。祖父が急死し、忌引きというやつだった。
(今日は東方くん、学校来るかな……なんだか嫌な予感するな)
この日は雨が降っていた。いつもならなんら気にする事はない事のはずなのに、美晴は胸騒ぎがする心地になった。というのもあの青色のスタンドの存在のせいだろう。
もしかしたら、仗助の祖父はあのスタンドに殺されてしまったとか——。
(いやいや、そんな突飛な……)
しかし、可能性はないとも言い切れない。相手は明確な殺意を持っているのだ。見せしめに彼の身内を殺す——十分あり得る話である。
(やっぱり今日、学校終わったら東方くんの家に行ってみよう。心配だし)
美晴は東方仗助の家を知らない。だから、そのために"口実"を作っている。机に広げられた2冊のノートはひとつは美晴のもので、もうひとつは仗助のために作っているもの。
"止むを得ず休んでいる生徒のために書き写しのノートを届けたい"。
それを口実にすれば、職員室にある名簿で仗助の家の住所を教えてもらえるはずだ。
(まぁ、口実のためだけじゃあなく、本当に心配だからノート作ってるっていうのも勿論あるけどね)
仗助の成績の良し悪しは分からないが、もう5日以上休んでいる。クラスでも彼の欠席はたびたび話題に挙がるほど皆心配している。
(露伴先生には言ってないけど、友達のお見舞いくらい許してくれるよね……)
さすがに露伴も人の子だと思いたい。いくら友人がいなくたって心配になる気持ちくらいは汲んでくれる……そう思いたい。
正確には"友達"ではなく"クラスメイト"だが。しかし美晴は彼と友達になりたいと、自然とそう思っていた。
放課後になっても外は相変わらず雨だった。今日の雨は夕方には止むと天気予報では出ていたが、これはもう少し掛かりそうだ。
「わ、結構遠いな……こういう時に限って自転車じゃあないんだよなぁ」
この学校の生徒の通学手段はほとんどがバスか自転車である。しかし今日のように雨の日はバス通学に切り替える生徒が大多数で、雨の湿気の中ぎゅうぎゅう詰めの車内にいなければならない事を思うと途端に憂鬱になる。人の家に行くのだから尚更気になる。
「美晴」
そんな事を考えながら校門を出たところで不意に呼びかけられ顔を上げる。
「わッ!露伴先生!?」
「君はぼくを見て失礼な反応しか出来ないのか?」
視界に映ったのは岸辺露伴その人で、予想外の人物の登場に驚いた美晴の反応をあからさまにブスッとした顔で見下ろしていた。
「せっかく迎えに来てやったのに……ほら乗って、買い物も行くんだろう?」
露伴はそこに停めてあった車までスタスタ歩くと後部座席の扉を開けて美晴を振り返る。
珍しい事もあったものだ。彼は自分の事ばかりだからこういう事はしないタイプだと思っていたのだが、同居人を気遣う心もあったようだ。
「あ、ありがとうございます、露伴先生」
「ぼくも買いたいものがあったんだけど、君にリストを渡すのを忘れていてね。ついでに君の事も拾っておこうかと思っただけだから」
口ではそう言っているが、本心はどうなのだろうか。らしくない行動とそれらしい言葉。どうとでも取れるこの状況だが、単純に混み合ったバスに乗る事を回避出来た幸運の方が美晴にとっては大きかった。
「先生、買い物の後でいいのでこの住所の家にも寄ってもらえませんか?」
美晴は先程担任からもらった東方家の住所が書かれたメモを露伴に手渡す。彼はその紙を受け取ると書かれていた住所をカーナビに打ち込んで道筋を確認していた。
「ふぅん、ここから結構遠いね。何の用事なの」
「忌引きで休んでるクラスメイトに書き写しのノートを届けたくて」
至ってありがちな用事に露伴は「ふーん」と興味なさげに息を吐けば、まずはスーパーに向けて車を走らせる事にした。
「もしかしてそれって、こないだ言ってた"気になる人"?」
「そうですけど」
「男?」
「はい」
そう聞くや否や、露伴はニヤリと口角を上げる。
「ほぅらやっぱり!そういうんじゃあないとか言っておきながら、男出来たんじゃあないか!詳しく聞かせろよォ!」
「だから!本当に違うんですってばッ!すぐそうやってネタにしようとするの、やめた方がいいと思いますよッ!」
そうやってぎゃあぎゃあと声を上げる美晴と、それを飄々とかわしつつネタを引きずり出そうとする露伴の声は車内に響き渡っていた。結局彼女は頑なに仗助との関係を否定したわけだが、露伴の中ではそれすらもネタの一部として取り込まれていた。だって、ラブコメ創作物にはありがちな会話を体験する事なんて、露伴にとっては今までなかった事なのだから。
「ノート渡してくるだけなので、先に帰ったりしないでくださいよ」
スーパーで買い物を終えると雨もすっかり上がっていた。露伴にそのまま東方家のある住所の周辺まで車で走ってもらい、そこで待っているように伝えると車を下りる。
家が立ち並ぶ閑静な住宅街。1軒の家を見つけるのも車の中からではなかなか面倒だ。それに、露伴に車の中からジーッと見られるのはまるでネタを提供しているかのようで居心地が悪い。だから、テキトーに置いて来たのだ。
「? 変な岩だなぁ……」
途中、何か不気味な大きなオブジェのような岩を見つけた。魚のような顔をした岩だ。試しにコツコツと岩を拳で叩いてみると、どこからか「アギ……」と何かの鳴き声が聞こえて更に頭に疑問符を浮かべる。
「まぁ……今気にする事でもないか」
後に"アンジェロ岩"と呼ばれるそのオブジェを通過し、美晴はようやく"東方"の表札が掛かった家を見つけ、呼び鈴を鳴らした。
(東方くん、お祖父さんを亡くしたショックで引き籠もってるとか、そういうんじゃあないといいんだけど……)
そんな事を考えていると玄関が開き、ハッとして顔を上げた。が。
「……ッ!」
中から顔を出したのは仗助ではなく白い学ランに帽子を被った大柄な男で、その圧倒的な威圧感に美晴はその男を見上げて息を呑んだ。
「……仗助の学校のヤツか。何の用だ」
男は美晴の制服を見て幾らか警戒を解いたようだったが、依然放たれるオーラはプレッシャーを感じる。
「あ、あの……東方くんが欠席してた間の授業のノート、届けに来たんですけど……」
そうやって口を開くのが精一杯だった。鞄を握る手にギュッと力が籠り、手汗が滲み出てくる。気圧されて視線が自然と下にさがる。
「承太郎さん、一体誰が来たんスかぁー?」
その時、聞き覚えのある声が奥からこちらに向かって来た。その声の持ち主は美晴を視界に入れるとパッと表情を明るめる。
「美晴ちゃん!なんで俺んちに!?」
「あっ、東方くん…!」
仗助が真っ直ぐに玄関の方へ向かい、更に相手の名前を呼んだ事で"承太郎さん"と呼ばれた大柄の男は今度こそ美晴に対する警戒を解き、スッと彼女と会うのに邪魔にならないように脇に体を避けた。
「あなたが休んでた分の授業のノート、届けに来たの。住所は担任の先生から聞いたのよ」
「えっ、いいの!?なんか悪りーな……」
「ううん、それより元気そうで安心したよ」
和気藹々とノートのやり取りをする2人を見て、承太郎は珍しくムカムカする事はなかった。
(まぁ、やかましい女じゃあないからいいか……)
寧ろそんな事を考えていた。
「そうだ、承太郎さん。この子について言っておきたい事があるんスけど」
会話に区切りがついたところで仗助は不意に承太郎の方に顔を向けた。承太郎が疑問符を浮かべながらもそれに応じると、仗助は再び美晴の方に視線を戻す。
「この子も"スタンド使い"なんですよ」
"スタンド使い"。その単語に承太郎と美晴は同時に衝撃を受けた。
ここで仗助がその単語を出すという事は、目の前にいる"承太郎さん"もまた、スタンド使いであるという事を意味する。だが、2人とも仗助の関係者だ。敵ではない事は確かなのだ。
「君、スタンド能力はいつ身に付いたものだ?」
承太郎は先程彼女が明らかに萎縮していたのを受け、努めて威圧しないように問い掛ける。最初こそ彼女はビクリと肩を揺らしたが、彼に敵意がない事を感じると口を開く。
「これは、生まれつきなんです。"いつ"とかじゃあなく、ずっと……」
「ちなみにどんな能力だ?外見は?今出してみてもらえるかな?」
矢継ぎ早に繰り出される承太郎の質問にどこから答えれば良いのか一瞬悩んだが、美晴は己の鎧を纏ったスタンドを背後に可視化させた。
「私のスタンドは、"対象ひとつをあらゆる攻撃から守る"能力です。杜王町に引っ越してくる前、交通事故に遭って……この能力で私だけが生き残りました」
「なるほど。守るスタンドか……"ひとつだけ"となると、取捨選択が重要になるわけだな」
その通りだ。仮に自分ではなく他人や物をこのスタンドで守った場合、本体である美晴は完全に無防備になる。その間に本体を叩かれた場合、当然のようにダメージが入る事になる。
コンビニ強盗の時は己の身が狙われる心配がほぼなかったから店員に使おうと考えられた。だがもしこの先、敵意を持つスタンド使いと対峙する事になり、露伴や仗助を天秤に掛けられたら?
「いいかい。この町に意図的にスタンド使いを増やしている奴がいるかもしれない。だが関わろうとするな」
承太郎はポンと美晴の肩に手を置いた。
「君のスタンドが守るものであって良かった。これなら君が死ぬ心配はない。だが関わっちゃあいけない。これは俺達の問題だ」
承太郎の手にグッと力が籠る。思わず美晴が痛みに顔を歪めると、彼はすぐに手を退けた。
確かに関わらない方が無難かもしれない。関わったところで、己の身を守るので精一杯な状況になりかねない。それこそ足手纏いだ。露伴にも話さない方がいいかもしれない。彼を危険な事には巻き込みたくない。
(……ただ仗助のスタンド能力とは、ちっとばかし相性がいいかもしれんがな)
治す者と守る者。美晴が的確にバックアップを取れば、或いはどんな敵にも引けを取らないコンビになり得る。承太郎はそう考えていた。
「確かに、美晴ちゃんに何かあってからじゃ遅せーもんな。ここは俺達に任しときなよ」
仗助も美晴の肩をポンポンと叩いてニッと笑みを浮かべた。その笑みを見て、美晴は確信もないのにホッと安堵する気持ちになった。
「うん……なんかごめんね、任せっぱなしみたいで」
「気にすんな、そんなこたぁよ。……あ、こないだの青いスタンドはさっき倒したから問題ねーぜ」
ホッとしたのも束の間、その話に美晴は「えっ!」と目を見開く。
「た、倒しちゃったの!?」
「おう。家の前に変な岩あったろ?それがスタンドの本体だぜ。ちっとばかし形が変わったけどな」
「えぇー…っ」
驚いたってレベルじゃあない。あんな危険そうなスタンドを本当に倒してしまうなんて。それにさっき見たオブジェのような岩が本体だなんて。恐らく元は人間だったのだろうが、どんな風にすればあんな形になるのだろう。そしてその答えはたったひとつ、シンプルなものだろう。
(まさかその人、東方くんの髪型を貶したとか、そんなんじゃあないだろうな……)
実際その通りなのだが、考えるのはやめておいた。その代わり、絶対に仗助の髪型を貶すのだけはやめておこうと胸に刻んだのだった。
「遅かったじゃあないか。えらい話し込んでたんだね」
ノートを届けに行くだけだったはずが、承太郎がいた事で少し話が込み入ってしまった。だがそれを露伴に話す事は叶わない。
「すみません、やっぱり久しぶりに会ったら会話が弾んじゃって」
仗助は明日から学校に来ると言っていた。そういえば仗助とは学校では一度も話した事がなく、また美晴も学校でクラスメイトと話す事はあまりない。放課後もすぐに帰るから友達は居らず、中学でも友達はいたけどスタンド使いである事を共有出来る人間はいなかった。
(私が勝手に思ってるだけだけど、友達になりたいなぁ。東方くん)
"友達になりたい"と言ったら仗助はどんな反応をするだろうか。仗助は見た目の割にいいヤツだし、だから自然とそうなりたいと思える。
それに、承太郎にも"この件には関わるな"と言われたが、やはり心配だ。青色のスタンド使いはたまたま倒せたかもしれないが、もし承太郎の言った通り"誰かが意図的にスタンド使いを増やしている"としたら?そして、今車を運転している岸辺露伴だって、恐らく方法からして"意図的に増やされたスタンド使い"である事は間違いない。
(増やすからには、目的があるはずなのよ。まるで宝くじのように、"数打ちゃ当たる"みたいな……)
承太郎が"意図的にスタンド使いを増やしている"としたのは、恐らく青色のスタンド使いもそうだったからだ。美晴が関わり合いにならないように詳しくは教えてくれなかったが、ここにはまさに"意図的に増やされたスタンド使い"がもう1人いる。そう予想を立てるには難しくはない。だが、肝心の"増やす理由"が見当もつかない。だからモヤモヤする。
(ああ、露伴先生と会っていなければ、私は関わろうとなんてしなかったと思うわ……)
美晴は杜王町に引っ越してから半年も経っていない。だがこの町で何か奇妙な事が起こっているなら、同じ能力を持つ以上避けては通れないのだと、今日承太郎に会った事でそう思うようになった。東方仗助と友達になれれば、その真相にもきっと早く辿り着ける。そしてそれはゆくゆくは露伴を守る事にも繋がる。
「美晴?顔色が悪いじゃあないか。車酔いでもした?」
そんな露伴の声でハッと意識がこちらに戻ってきた。赤信号で停止したのをいい事に、彼は後部座席に座る美晴を振り返って珍しく心配そうな表情を浮かべている。
「あ……いえ、そんな事はないですよ」
「そう?強がってここでゲロ吐いたりするなよ。掃除大変なんだからさ」
どうやら露伴が心配していたのは美晴の体調ではなく嘔吐した時の掃除の方だったらしい。美晴は深く溜息を吐いて後部座席のシートに深く腰を掛けた。
岸辺露伴は来宮美晴の恩人だ。だから守りたいと思えるのだ。そうでなければ、守る理由なんてなかったと思う。