杉本鈴美は15年前、家に忍び込んだ何者かにナイフで背中を切り裂かれて死亡した。
15年間、この不思議な空間——あの世とこの世の境い目であるこの場所で、鈴美は地縛霊となりながらもこの事を誰かに伝えなければと思い、道行く人に訴えかけた。しかし誰も鈴美の存在にすら気がつかなかったのだ。
「あなた達が初めてよ、こんなにたくさん話が出来たのは……」
鈴美は終始寂しげだった。15年という長い年月を、彼女は愛犬のアーノルドと2人で待ち続けていたのだ。美晴はその途方もない時間をここで過ごしていた彼女の事を思うと、胸がズキリと痛む心地になり思わずそこを押さえる。
「犯人はこの町にとけこんでいるのよ。それをずっと知らせたくて……」
「おい、ちょっと待てよ。君の話ってのはまさか、"僕らにその犯人を捕まえろ"とでも言うんじゃあないだろーな?」
鈴美は改めて3人と向き直るが、露伴は眉を潜め彼女の話を遮った。それに対して鈴美は首を横に振る。
「捕まえてくれとは言わないわ。でも誰かに教えてほしいのよ。警察とか、犯人を捕まえられる誰かに」
「おいおい!なぜ僕らがそんな事しなくちゃあいけないんだ?僕らが君に何か義理があるのかい?」
「ちょっと露伴先生ッ!」
「いくらなんでも酷すぎますッ!」
更に抗議の声を上げる露伴に堪らず美晴が食って掛かるように彼の腕を掴み、それに続くように康一も服の裾を掴むが、彼はそれらを振り払うように腕をグッと勢いよく引いた。
「2人はちょっと黙ってろよ。僕は冷静な意見を言いたいんだ。イジワルなんかじゃあない」
露伴がそう言っても2人は不満げに眉間にシワを寄せていたが、構わず彼は鈴美を指差しながら話を続けた。
「殺されちまった事はそりゃあ気の毒に思うよ。だからと言ってなぜ僕が君個人の恨みつらみのために犯人を見つけなきゃあならないんだ?」
殺人事件の時効は"15年"とも云う。露伴が言いたいのはつまり、警察なんかに言っても相手にしてもらえない可能性の方が高いという事であり、また見ず知らずの、しかも本物かどうかも分からない幽霊のために自分達がリスクを背負う必要があるのか?という事でもある。
「"この世"への未練は断ち切って"あの世"へ行っちまった方がいいってのが、正しい幽霊の在り方だと僕は思うぜ」
確かに露伴の言い分は見ようによっては正しい。だが、いくら正しくても彼のその言い方や態度には棘が多すぎるのだ。美晴と康一が彼を咎めたのは決して良い子ちゃんぶりたかったからではなく、彼女の事を思えば思うほどそれが1番気掛かりだったからだ。
鈴美はやはりキッと露伴を一瞬睨んだかと思えばすぐに顔をフイと逸らす。
「あなた……この町の少年少女の行方不明者の数、知ってる?」
露伴に問い掛けられたその言葉。それに康一はハッと息を呑み、
「全国平均の8倍……」
彼よりも先に口から言葉が滑り落ちていた。
前に調べた事があった。それはつい最近、仗助と承太郎が片桐安十郎の事でごたごたしている頃、康一はどうしてもあの青色のスタンド——アクア・ネックレスの事が気に掛かって独自にこの町の歴史について調べた事があったのだ。図書館や書店の資料、新聞のバックナンバー等、使えるものを全て使って調べてみたら、そんな奇妙な数字が浮かび上がってきて血の気が引いたのを今も覚えている。
今年に入ってから、杜王町では行方不明者が81人も出ている。そしてそのうちの45人が康一や美晴と同じ年頃の少年少女なのだ。もしかしすれば、そのうちの何人かは虹村形兆があの弓矢で殺してしまった人間達なのかもしれないが——。
興味本位で調べた事がまさか、今になって生きる事になるとは。
「そうよ。あたしもオーソンで新聞の"犯罪白書"を読んだわ。全員とは言わないけど、ひっそりと殺されているの。ヤツの仕業よ」
鈴美はそうはっきりと言い切ってみせた。
「ち、ちょっと待ってくださいッ!この杜王町で殺人が行われているですってッ!?しかもそんなに大勢の犠牲者が出てるって!?」
最初に声を上げたのは康一だった。確かにあの数字は康一も調べてみて異常だと思った。しかしそれが一概に"殺人"によるものだとは言い切れない。
「おい!いい加減な事言うなよッ!君は犯人の顔も見ていないと言ったのになぜ杜王町に犯人がいるとかッ!殺人が未だに行われているとか分かるんだよッ!」
「決め付けが過ぎるわ…!あなた、地縛霊だって言ったじゃあないの!見たわけでもないのにどうしてそう言い切れるの!?」
露伴と美晴も堪らず声を上げた。彼女はここから離れる事が出来ないはずなのに、あたかもそれを目撃したかのように言い切ってみせたのだ。いくらなんでも怪しい。そんな情報を鵜呑みにするほど露伴達はバカではない。
それに、自分達の住むこの杜王町でそんな凄惨な事件が秘密裏に起きているなんて考えたくもない。
だが、鈴美はその言葉を受けて——いや、それより前から、怯えるように小刻みに体を震わせていた。そして意を決するとぐるりと3人に背を向け、ワンピースの肩紐をずらしてその小さな背中の素肌を露わにさせ——そこに刻まれた"印"に誰もが息を呑んだ。
「ここの上空を、"殺された人"の"魂"がよく飛んでいくからよッ!これと同じ傷口を負ってッ!!」
目の前の儚い少女からは想像も出来ないほどに深く、長い、傷痕。その背に汗が滲むのと同じように、3人の体からも血の気が引くのとほぼ同時に汗が滲み出ていく。
「ひ、ひどい……ッ」
「ムゴすぎるッ……」
口元を手で覆い、それでも誰もその傷痕から目を逸らす事が出来ない。それほどに彼女の傷は今までに見たどんな物よりも惨いものだった。
「あの世へ飛んでいく魂達と話は出来ないけど、何度も見たわ……ヤツの"趣味"はよく分かるのよ…!」
鈴美は空を仰ぎ見ながら、震える声で何かを堪え、それでも言葉を紡いでいた。
「あたしが生まれ育った思い出の杜王町で15年に渡って殺人が行われている……とても怖いわ。そして誇りが傷付くわ。犯人が捕まった時、あたしの大好きな"杜王町"は"殺人者の町"として日本中に悪名を轟かせるのは事実だもの」
美晴は思わず息を呑んで胸を押さえた。だって、"同じ"だったから。私も鈴美と同じように、"杜王町"が大好きだから。露伴や康一、仗助達に会えたこの町が大好きだから、鈴美の気持ちが痛いほど分かるのだ。
「それでも、1日も早く犯人を止めなきゃいけないのよッ!今も誰かが狙われてるわ!あたしには何もできない!今度殺されるのは一体誰なの!?」
そう、だからといって野放しにしておくのはもっといけない事だ。だから鈴美はずっと待ち続けていた。
——この話を、あたしの話を聞いてくれる人を、ずっと待ち続けていた。そしてやっと伝える事が出来たのだ。
「あなた達生きている人間が町の"誇り"と"平和"を取り戻さなければ、一体誰が取り戻すって言うのよッ!!」
涙ながらに振り向いた彼女の声は、彼らに届いただろうか。
ずっと待ち望んでいた"彼ら"の心に響いただろうか。
静かすぎる空間に反響したように感じたその声は、やがてその静けさに溶け込んで消えてしまった。
「……伝わったかどうか分からないけど。あたしの話は終わったわ」
静寂は意外と短い時間だったかもしれない。そんなふわふわとした時間感覚の中、鈴美はポツリと呟いて俯きながらもその視線を3人に向けていた。
「……つ、伝わりましたよ。とてもショックを受けましたけど……なんとか……なんとかしなくては……!」
康一は震えながらも拳を握って言葉を絞り出していた。行方不明者の数字を見た時からずっと気味が悪かったが、鈴美の話が本当なら放ってはおけない。次に狙われるのはもしかしたら自分や家族、友人達かもしれないのだから。
「そう……そうよね。とても信じきれない事だけど……私もこの町が大好きだもの。見て見ぬ振りは出来ないわ……」
美晴も俯き気味にひとつ頷いてみせた。鈴美と己は似ている。彼女の言葉をすべて受け入れて信じる事は今は難しいかもしれないが、やはり見過ごしてはおけない。美晴には守りたい大切なものがたくさんあるのだから。
「……君達ならそう言うだろうと思ったけどさァ。正義感も大概にしろよ……今にしんどい目に遭うぞ」
一方で露伴は眉根を潜めたままだった。いくら考えたってこんな突拍子もない話、信じろという方が無理な話だ。己は探偵でもジャーナリストでもない。そこの正義感溢れる学生達は立派だと思うし好感が持てるが、それとこれとは話が別。一緒くたにして感情に引っ張られてしまうほど単純な思考はしていないつもりでいる。
彼らに背を向ける露伴の事を、誰も非難する事は出来なかった。彼の言い分は冷たいものではあるが、それは他人に流されない冷静なものであり見方を変えればそれが1番正しいとも言えるからだ。
「……でも犯人を追って"取材"するのもいいかもな!面白そうな漫画が描けるかもしれん」
だが岸辺露伴は"リアリティを追い求める漫画家"だ。リアリティのある新鮮なネタには目がない。たとえ危険を冒したとしても、露伴にとってはそんなのは些細な事なのだ。
だから"犯人を突き止めてみたいと思った"。
「露伴先生!」
美晴は思わずそんな露伴に駆け寄ったが、フイと彼は顔ごと視線を逸らす。
「勘違いするなよ。別に幽霊なんかのためじゃあない。僕のためだ。それによォ〜、変質者に狙われてる君を手放しで危険な事に首突っ込ませるわけにいかないからな」
美晴の頭をグワッと掴むとうりうり左右に振る。堪らず「うわわーっ」と声を漏らす彼女を尻目に、露伴は鈴美を振り返った。
「で?出口はどっちだ?こっちか?」
テキトーに指を差してみせると鈴美は表情を明るくさせながらポストの先を同じく指差す。
「あのポストの先を左に曲がるとすぐよ」
案外近くにあったらしい出口。それがようやく示されると3人もようやく安堵したようにパッと表情を明るくさせた。
「やったー!ようやくこの境い目から外に出られるぞ!」
「待って康一くん!ポストから先を通るには"ちょいとしたルール"があるのよ」
1番に駆け出そうとした康一を呼び止めるように鈴美は手を伸ばし、彼はその声に反応して疑問符を浮かべながら彼女を振り返る。
「"ルール"?」
「あのポストを越えて曲がった後、20メートルぐらい先に出口が見えるわ。今はポストを越えてなかったから大丈夫だったけど……そこまで何が起ころーと"決して後ろを振り向かない"って約束して」
それはなんとも不思議な"ルール"だった。
"決して後ろを振り向いてはいけない"……まるでオカルト話にでもありそうな話だ。いや、幽霊なんている今、まさしくオカルトそのものな状況ではあるのだが。
「どうして…?」
美晴は恐る恐る訊いてみた。何が起こるか分からないこの空間で突如示された"ルール"は、それだけでも不気味な響きを伴っていた。
「どーしてもこーしても、"あの世"と"この世"の"決まり"なのよ。太陽が東から昇って西へ沈むっていうのと同じ"ルール"なの。振り向いて見ちゃあいけないの、決して……アーノルドだってもう分かってるのよ」
鈴美はアーノルドを撫でながら本当に、さも当たり前のようにそう言って退けた。そんな風にあっさりと言うものだから、余計に不気味さが増すのだというのに。
「振り向いたらどうなるんですか…?」
康一が震える声で訊ねた言葉。恐らくそれは3人とも知りたがっていて、最も恐れている事だった。
「あたし達の魂が"あの世"へ引っ張られてしまうわよ。……つまり"死ぬ"って事」
恐れていた事。薄々予想がついていた事だったが、改めて聞くとサッと顔から血の気が引く心地になる。
「あっあ〜ッ!怖がらないで!振り向かなければいいのよ、簡単でしょ?あたしは何度もここへ来てるのよ。振り向かなかったからずっと"あの世"へ連れて行かれないで幽霊でいられたの」
そんな3人の顔を見て鈴美はその緊張を解くようにふんわりと微笑みかけてくれた。確かに、この鈴美の言葉には説得力があった。尤もそれは、彼女の強い決意も一緒に感じ取れるものだったが。
「いい?ポストを越えるわよ」
そんな彼女に置いて行かれまいと、それに続いてポストを越えて道の向こうへと足を踏み入れていく。
——刹那。
ズルルッ!と何かが脚の隙間を前から後ろへ通り抜けていったように感じて思わず振り返って確認しようと首が動きそうになった。
「振り向いちゃあだめよ!ゆっくりと落ち着いて歩いて!」
その声に美晴は意識をハッと戻して振り向きそうになった首を戻す。
(あ、危なかった…!ちゃんと前を見て歩かないと…!)
改めて前を向いて鈴美や露伴達の後をついていこうとするが、今度はヒタリヒタリと何かの足音が背後から聞こえてきて背筋がゾクッと震える。次いで耳元からは「お嬢ちゃん……」「お嬢ちゃんもこっちにおいで」と誰かから囁きかけられてぐらぐらと視界が恐怖で揺れ始めていた。
「美晴……ついてきてるか?」
前にいる露伴が振り向かない代わりに手をふわふわ動かしてこっちに来るように促している。美晴は小走りで彼の隣に立つとその腕を両手で捕まえてしがみつく。
「み、美晴さん…!ぼくの後ろに何かいた!?」
隣にいる康一が横顔からでも分かるほど恐怖をその表情に滲ませて呼吸を乱しながらに尋ねる。
「ううん、何も見えなかった……」
彼らはきっと美晴と同じような事を"何か"にされていたのだろうが、しかし美晴は3人の後ろにいたにも関わらず何も見えなかった。
「大丈夫。振り向きさえしなければ姿も見えないし何もされないから。気をしっかり持ってね」
恐らくそう言う鈴美も現在進行形で"何か"されている。しかし彼女は15年もここにいたのだ。当然もう慣れっこだろう。その彼女がそう言うのなら、それは確かだ。
しかしたった20メートル歩くだけなのに、こうも賑やかだと集中出来ない。先程から美晴の背後ではパチパチと無数の拍手が聞こえてきたり、祭囃子が遠くから鳴ってきたりしていた。
「もう少しよ!あの光が出口!」
鈴美が指差す先に確かに眩しい光が見える。
「ううぅ〜ッ…!もう我慢できない…ッ!もう走っていきますッ!」
康一が2、3度その場で地団駄を踏んでからその出口へと全力で走り始めた。
「慌てないでッ!転ばされるわよッ!」
そんな鈴美の声も無視して、康一は真っ直ぐに、一目散に走っていく。
「康一くんッ!」
「ま、待って!」
露伴と美晴も堪らずその背を追いかけた。
「美晴」
しかしそんな時、不意に己を呼ぶ声がしてドクリと心臓を1度波打たせながら立ち止まった。それに釣られて腕を掴まれている露伴も立ち止まる。
「美晴、こっちだよ」
その声は美晴にとっては聞き慣れた声で、思わずほろりと声が漏れ出す。
「……お母、さん……?」
守れなかった両親。そこにいるのだろうか。
ここが"あの世"と"この世"の境目であるなら、いてもおかしい事は何もない。だってすぐそこに幽霊を名乗る少女だっているのだから。
「美晴ッ!!」
しかしすぐに前からグイッと引っ張られるような感覚があって一気に意識がそちらに向いた。
「なにボサッとしてるんだ!!僕だけを見てろッ!!」
そこにあったのは露伴の背中で、彼は振り向かないながらも美晴に向けて声を張り上げてから康一の後を追うように彼女を引っ張って再び駆け出す。
そうだった。ここは振り向いてはいけない道だ。危うく私は母親のような声に釣られて振り向きそうになっていた。きっとそこにいるのは母親ではない"何か"なのだ——。
(お母さんは絶対にこんな事しない…!騙すなんてッ!)
己の両親はスタンド使いではなかったが、いつも美晴のすぐそばにいる"ガーディアン"の事を理解してくれていた。
「美晴にはとても素敵な守り神様がついてくれている」——いつもそう言って肯定してくれていた。
そんな両親が、振り向くとあの世へ引っ張られてしまうこの道でわざと振り向かせようと仕向けてくるとは思えなかった。
「露伴先生、私…!」
「僕にも聞こえたさ、その声…!君の言葉で分かったぞ!どんな手を使ってでも、"ヤツら"は僕らを振り向かせようと必死だ!」
露伴の言う通りだ。"彼ら"は生きた魂を引きずり下ろそうとと画策している。今この瞬間も、彼らは脚の間をすり抜けて転ばせようとしてくるのだ。
だから"その声"も、露伴達の耳に入ってきたのだ。
「もう大丈夫よ。乗り越えたわ。そこからは振り向いてもいいわよ」
出口の手前、後ろにいる"杉本鈴美"の声は3人の耳に、いや頭の中に直接響くような声でそう言った。
「あああ〜……安心したよォ、すっごく怖かったよ〜…!」
その声に反応したのは康一だった。
彼はそうやって安堵の息を吐いたかと思えば、なんて事ない動作で露伴達を振り返ったのだ。
「うそよッ!康一くん!今の声あたしのじゃあないわッ!」
一気に後ろにいた3人の表情が強張る。それに釣られて康一の表情も固まってしまった。
「えっ…!?」
完全に後ろを振り向いた状態で。
「まだよ……まだだめなの。あたし1人の時はこんな事されなかった……騙すなんて……!!」
なぜ美晴と康一が騙されたのか。それを考える暇なんて彼らは与えてくれなかった。
「うわぁぁぁぁッ!!」
康一の悲鳴がこだまする。振り向いてしまった彼の目に何が見えているのかは分からなかったが、その体が宙に突然浮かんだ事で何かまずい事が起こっている事は分かる。
「康一くんッ!!」
このままでは康一が"あの世"に引きずり込まれてしまう。だが露伴はフンッ!と鼻を鳴らしたかと思えば康一に向けて手を伸ばした。
「なんだか分からないが"見なければいい"んだろう?僕と一緒で良かったな、康一くん」
そして鈴美にやったように空中に指を滑らせるとそこに絵が浮かび上がる。
「"ヘブンズ・ドアー"ッ!"君は何も見えなくなって吹っ飛ぶ"!」
目にも止まらない速さで康一の心の扉に書かれた命令に従って康一の体がドンッ!と光の中へ吹き飛んでいってしまった。
「これでいいだろ?さっさと僕らも抜けるぞ!」
露伴が駆け出すのに引っ張られて美晴も光の中へ無我夢中で飛び込んでいった。
「うわぁぁぁッ!わぁぁッ!」
そこを抜けて最初に視界に入ったのは、心の扉を開かれたまま狼狽る康一の姿だった。恐らくまだ視界が黒く潰れたままなのだろう。
「落ち着けよ、康一くん。すぐ見えるように書き込んでやるから」
カリカリとそのように書き込むとハッと息を呑んで康一の視界が元に戻ったらしい。彼がキョロキョロと辺りを見回すのに釣られて、露伴と美晴も周囲を見回す。
「……!」
そこに見えたのは先程も見た薬屋やオーソンであり、不思議な小道は忽然と姿を消してそれらは隣接した元の、地図と同じ状態になっていた。
「ここの間に道がないという事は……戻ってこれたのか」
露伴のその声にやっと安堵したように康一も美晴も深く溜息を吐いた。
「あたし達、ずっとここにいるわ」
しかしそこに突如少女の声が聞こえそちらを振り向くと、そこには鈴美とアーノルドの姿があって息を呑む。
「犯人が捕まるまで……あたしとアーノルドが"後ろを振り向いて"パパとママのところへ行くのは、この町に"平和"と"誇り"が戻ってきた時。それまではここを離れられない」
15年。待ち続けたのは話を聞いてもらうためだけじゃあない。今も殺人を続けながらものうのうと生きている犯人が裁かれるまで、鈴美はここに、この町に留まると決めているのだ。
「何かあたしに聞きたい事がある時は、いつでもここに来てね」
彼女と愛犬の姿が徐々に半透明になっていく。それはなんだか不気味なはずなのに、名残惜しさすら感じてしまった。
「いつでも会えるわ……露伴ちゃん、美晴ちゃん、康一くん……」
彼らの名を呼んだかと思うと、その姿は背景に溶け込むように完全に消えてしまった。
夢だったのだろうか。しかし、それは夢と呼ぶにはリアルすぎて、まだあの空間の独特な空気が体に染み付いているかのように感じた。
「あの小娘……僕の事を"露伴ちゃん"だとよ。馴れ馴れしいヤツだ」
露伴は小道のあった薬屋とオーソンの隙間を振り返りながら独りごちる。
「でもま、"杉本鈴美"か……あの幽霊の"生き方"には尊敬するものがある。生きてる人間のためにたったひとりで15年も闘っていたとはな。犯人の危機を知らせるために……」
3人で歩きながら鈴美の事を思う。
彼女は強い意思を持った人だ。普通ならそんな長い時間、あんな薄ら寂しい場所で待っていられない。何度も何度も、あそこの空を飛んでいく魂を見ながらどうする事も出来ずに、しかし希望を捨てずにひたすら待ち続ける事なんて。
そして犯人の存在の不気味さも際立つものだった。
この杜王町で、ひっそりと大量に殺人が行われている——。
「美晴。ちょいと図書館に寄ってみようぜ」
康一と別れた後、露伴は駅前に向かう道とは違う方向に足を向けると美晴を振り返ってそう提案してきた。
「当時の新聞……置いてあるかもしれない」
彼が考えている事。それはひとつしかなく、美晴も同意するように頷いてはその隣を歩いて行った。