天才漫画家の給仕係   作:斎草

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奪われる誰かの"日常"

 

ある日の昼休み。

「美晴ちゃん、お待たせーっ」

教室でぼんやりとしていた美晴に不意に声が掛かるとパッと振り向く。

「仗助くん、億泰くん!今日はごはん何にしたの?」

「2人して幕の内弁当だぜーッ」

億泰が掲げるビニール袋に入った2つの弁当。今日は3人で昼食を食べる約束をしていて、美晴は2人が戻ってくるのを待っていたのだ。

「それで食べる場所なんだがよー、いいところ見つけたからそっち行かねーか?」

「いいところ?」

仗助がくいくいと親指でどこかを指してから美晴の手を引いて歩き始め、億泰も疑問符を浮かべたままの彼女の両肩に手を置いて押すように歩く。

「まーまー!お茶も出るからよォ、美晴もそっち行こうぜェ!紹介してェ奴もいんのよ!」

「し、紹介…?」

あれよあれよと進んでいく話についていけなくなりそうになりながらも、その人物について考えてみる。

2人の友人である事はまず間違いないが、"紹介"という事はその人もスタンド使いなのだろうか。2人の様子を見るに、とても頼れるスタンド使いである事は予想がつく。

そうこうしているうちに昇降口で靴を外履きに履き替えさせられ、また手を引かれ背を押されながら歩く。いつの間にかぶどうヶ丘の中等部の区域に入り「あの、」と声を上げるが仗助達は「しーっ」とまるでイタズラっ子のような笑みを浮かべながら人差し指を唇の前で立てるばかりで止まってはくれなかった。

 

「しかしよォ康一の奴、由花子と付き合い始めてからそっちに行っちまうから寂しいぜェ」

「だなァ〜」

2人は今頃康一と由花子が仲良くランチタイムをしているであろう実験室の窓を見上げる。

そう、実は最近ちょっとした"事件"が起こったのだ。なんと先程聞いた通り、康一と由花子はついにめでたくゴールイン、男女の付き合いをする事になったのである。

『やったじゃない!おめでとう由花子ちゃん!』

そうやって祝ったのも記憶に新しい。なんでもきっかけは"愛と出逢えるメイク、いたします。"のキャッチコピーが売りのエステ、"シンデレラ"という駅前にある店らしい。

そこのオーナーである"辻 彩"先生は"肉体のイメージを変換する"能力を持つスタンド使いで——と、話せば長くなるが、そのスタンドによって(9割は由花子の不注意だったが)ピンチに陥ったところを康一が助けてくれた、それが決め手だったようだ。

 

「ここだぜ」

そんな事を思い出しながら歩き続けようやく止まったその場所は中等部の体育館の入口前で、その横にある体育準備室の窓を億泰が覗き込む。

「ほーっ!結構広いじゃあねえの」

もしかしてここが2人の言う"いいところ"なのだろうか。美晴も一緒になって中を覗くが、億泰は躊躇いなく窓を開けて美晴を持ち上げる。

「よし、美晴から入れよ」

「えっ、私?」

ぐいぐいと窓枠の向こうに押し込めるようにその身を乗り出さんとされ、思わず声を上げる。

「俺らが先入ったらよォー、パンツ見えちまうだろ」

「ちょっとやだ、もう…!」

窓枠に手を掛ける美晴だったが、億泰の言葉に頬を染めると咄嗟に片手でスカートを押さえて振り返る。と、同じように若干頬を染めている仗助とカチリと目が合い、彼が咄嗟に視線を逸らすのを見て更に紅潮した。

「〜っもう、しょうがないわね…!」

美晴は前を向き直すと億泰に押されるままに窓枠に再び手を掛けてグッと中に身を乗り出す。しかし——、

「きゃああっ!」

「えっ!うおあああッ!?」

突如美晴が悲鳴を上げたと思いきや勢いよく体を引いてしまい億泰もバランスを崩して後ろにズテーンッと倒れ込んでしまった。

「なっ……おい大丈夫かよ億泰、美晴ちゃん!」

すぐさま仗助が膝を折ってしゃがみ込み様子を見るとまずは美晴が起き上がる。

「びっくりした……億泰くんごめんね、大丈夫?」

「いてェ〜ッ……」

続いて億泰も尻をさすりながら起き上がり、まずは2人とも大した怪我がない事に安堵した。

「美晴よォ……急に悲鳴なんてあげてどうしたよ?」

億泰は美晴の体に腕を回したまま問い掛ける。

「それが……人がいたのよ。ちょうどあの窓の下あたりに、座り込んで……」

驚きすぎて一瞬しか見えなかったが、確かにあれは人間だった。男で、スーツを着ていたので教師を連想したが、どこか見覚えのあるような姿をしていた事を思い出せば記憶を掘り起こし始める。

「人?"重ちー"じゃあねーか?中等部のちっこくて頭がトゲトゲしてる……」

「ううん、違う……大人の、男の人だったわ」

恐らく2人が紹介したかったのがその"重ちー"だったのだろうが、挙げられた特徴は美晴が見たものとは全く違うものだった。

「しょーがねーなァ、俺やっぱ先入るわ。仗助ェ、オメーが持ち上げてやれよォ」

「えっ、ちょ、億泰!」

気を取り直したように億泰はポンと美晴の頭に手を置いてから立ち上がり、よっこいせと窓枠を越え始める。

(なんだァ…?なんもいねぇじゃあねーの)

しかし億泰が美晴が先程言っていた場所を見ても誰も居らず、首を傾げるばかりだった。

 

———

 

(なんという事だ……姿を見られてしまったか?)

体育準備室の跳び箱の中。美晴が目撃した男は息を潜めながら外の会話を聞く。幸い彼女はすぐには中に入って来なかったためこのように身を隠す事が出来たが、ここに来た目的を果たす事が更に難しくなってしまった。

 

この男。名前は"吉良吉影"。

"重ちー"が取り違えてしまったサンジェルマンの袋を取り返すべく彼の後を追ってここに来た。

しかしたったそれだけの事でここまでする必要があるだろうか?

 

「なんだッ!仗助さんに億泰さんじゃあないかど!……と、アレ?この人誰だど?」

トゲトゲ頭の中等部が上げる声にギクッと肩を揺らす。まさか跳び箱の中にいるこの姿が見えたのだろうか。

「ああ、紹介するぜ。この子は来宮美晴ちゃん。俺らと同い年だぜ」

「あなたが重ちーくん?よろしくね」

「エッ、あ…!お、おらは矢安宮重清っていうんだど!よろしくだど、美晴さん」

会話を聞くに、どうやら違ったらしい。跳び箱の隙間から様子を見ていると、先程の彼女—美晴とトゲトゲ頭—重清が互いに頭を軽く下げていて、吉良は思わずホッと胸を撫で下ろした。

しかし彼女、来宮美晴。どこかで見覚えがあって思考を巡らせる。

「今お茶淹れるど…!美晴さんは何がいいど?」

「え、いいのかしら……」

「勿論だど!おら、こう見えてお茶淹れるの上手いんだどォ!」

「おいおい!美晴ちゃんが来たら急に態度変わったな!」

跳び箱の外では楽しげな笑い声が聞こえる。

「だめだかんなァ〜、美晴は仗助のカノジョなんだからよォ!」

「エェ〜ッ!じ、仗助さんにはもったいないど…!」

「コラ、どういう意味だよ重ちー!」

まったく、こちらの気も知らないで学生達は暢気なものである。吉良はそう思いながらも美晴から目を離せないでいた。

彼女は吉良の目的であるサンジェルマンの袋のすぐそばのマットの上に腰掛けると、重清が淹れてくれる緑茶を待ちながら弁当の蓋を開けている。

(そうだ、思い出したぞ!)

その"手"を間近で見て記憶が蘇った。ポケットを弄り、先日拾ったハンカチを広げて眺める。

そう、これはあの少女が落としていった品だ。

あの日、己とぶつかった拍子に手放してしまった自転車や鞄を拾ってあげた少女。顔は思い出せなくてもその"手"の感触はずっと忘れられなかった。あたたかくて柔らかい、小さめの可愛らしい手。その感触を思い出してうっとりと目を細める。

(袋の中の"彼女"を救い出す事が最優先だが……、来宮美晴。そうか、彼女は来宮美晴……ずっと探していた。手を見れば分かるよ。このハンカチを返す時が来たようだ)

今は難しくても、名前とその姿を目に焼き付けておけばいずれチャンスは来る。あの"手"は是非とも我が手中にしたい——吉良はそう願って止まなかった。

 

吉良吉影。彼は平穏な日常を過ごす事を目標にしている。

だが、彼にはどうしても抗えない衝動があった。

それが、"手の綺麗な女性を殺す事"だった。そしてその"手"を愛でる事で幸せな日常が完成する。

そこにあるサンジェルマンの袋には、パンではなく先日殺した女性の"手"が入っている。"彼女"と楽しいランチタイムを過ごそうと思っていたのに、あの重清が袋を取り違えてここまで持ってきてしまったのだ。

だから吉良はここまで彼を追ってきた。

 

(だが1人ならまだしも、4人の対処は厳しい…!どうする……何かあの袋だけをこちらに持ってくる方法を考えなくては!)

厄介なのは跳び箱の上に乗っている男子生徒—仗助と袋のそばに座っている美晴だ。なんとか2人の目を掻い潜って、まずは袋の回収をしなければ。あの中身を見られたら己の人生は終わりだ。

("彼女"は先日私が買ってあげた指輪をしている……あの指輪の購入元から身元が割れてしまう可能性がある。それはなんとしても避けなければ…!)

このままでは15年間続けてきた平穏で幸福な日常が終わってしまう。

タイムリミットは重清が4人分のお茶を用意してここに戻って来た時。吉良は跳び箱の中に落ちていたハンガーを見つけると、それを分解して長い針金の状態に戻し、それを跳び箱の隙間から差し入れようとした。

「そういえば重ちーくん、これサンジェルマンの袋よね。今日のお昼ご飯は何にしたの?」

しかしそこでなぜか美晴が袋を手に取ってガサガサと揺らし始めたのだ。

(な、なんだとォーッ!?来宮美晴、今すぐやめろ!!)

これには吉良も驚いた。もし重清が答える前に中を見たら大変な事になってしまう。大人しそうな見た目をしてなんて気ままな少女なんだ!

「それはテリヤキチキンサンドだどー!おらの大好物なんだど!」

「サンジェルマンのサンドイッチっていつも人気ですぐ売り切れんだぜ」

「へぇー!すごいじゃあないの、重ちーくん!今日はツイてるわね」

私は全くツイてない!!吉良は学生達の会話に混じるように心の中で声を上げた。まったくなんて日だ!

美晴が早く元の場所に袋を置いてくれないかそわそわしながら様子を窺うが、ついに袋のシールを剥がそうと美晴の指が動く。そのフニフニした可愛らしい指が、吉良の命運を左右しようとしている——。

「あっ!ぜーったい開けちゃあだめだど!いくら美晴さんでも分けてあげないんだどー!」

「ふふ、分かってるわよ。大好物だものね」

しかし美晴は重清の声を受けてなんとも素直にポスッと元の位置に袋を置いて給湯室に向けて声を掛けていた。

(フゥー……き、来宮美晴……見た目に反してちょっと不躾な女の子だ。連む相手は選んだ方がいいぞ……)

そういえば先程チラッと聞いたが美晴は仗助のカノジョらしい。あんな時代遅れな髪型の不良のどこがいいのか知らないが、少なからず影響を受けているのかもしれない。そうでなくとも体育準備室で教師のお茶をくすねる連中と絡んでいるなんて、人は見かけによらないものだ。まぁ、そんな事はどうだっていいが。

吉良は静かに安堵の息を吐きながら今度こそ針金を跳び箱の隙間から差し入れる。袋の折り目の輪の中にこれを潜らせれば、こちらに持ってくる事が出来る。

美晴が弁当を食べている隙に素早くその輪の中に針金を通すと、そっと持ち上げてこちらに手繰り寄せ始める。ほんの数センチ。ほんの数センチの距離だ。あとはこの跳び箱の隙間から引っ張り込む。

しかし——今日の吉良は本当にツイていなかった。

(な、なにッ……シールの粘着が……!)

あとほんの少しの距離なのに、シールがだんだん剥がれかけていてもう限界を迎えそうになっていたのだ。

ここに来る前、2度ほど開け閉めを繰り返していたからだ。

なんという事だ!ここからではシールなんてどうする事も出来ない!

吉良は慌てて手繰り寄せる速度を速めたが、それが逆に仇になりドサァッ!と無情にもマットの上に派手な音を立てながら落ちてしまいシュッと素早く針金を引いて手元に戻す。

「ん?」

「え?」

仗助と美晴が同時に声を上げる。まずい。

「美晴ちゃん、それまた触った?」

「ううん……」

美晴が首を横に振るのが見える。次いで跳び箱から仗助が降りる音が聞こえ、吉良の視界にもその姿が映る。

「どした?」

「いや、今この袋がよォ……ちっと動いた?変な音したからよォ」

億泰の姿もそこに現れ、3人は訝しげにサンジェルマンの袋を見つめている。

まずい。まずい。まずいぞ。

(シールが剥がれて完全に袋の口が開いてしまっている…!それにちょこっと"彼女"の指がはみ出しているようにも見えるぞ…!!)

彼らの視界には"彼女"は入っていないらしい。3人は顔を見合わせ、仗助がそっと袋に手を伸ばし始める。

「あぁーッ!!仗助さん!やっぱりおらのサンドイッチを盗もうとしているどッ!!」

そこに重清が給湯室から顔を出したかと思いきや、すぐさま素っ頓狂な声を上げながら仗助に詰め寄っていた。

「なっ!?ちげーよ誤解だ重ちー!今この袋から変な音が聞こえたから調べようとしただけだぜ!?」

「そんな事言ってッ!"そのサンドイッチ、俺の大好物だから一口かじらしてくれよ〜ッ"って強請る魂胆だどッ!!」

重清がシッシッ!と仗助や億泰を袋から遠ざけようとドタドタ地団駄を踏み鳴らす。

「お、落ち着いて重ちーくん…!私も聞いたのよ、その音!」

「み、美晴さんの事まで使って言い逃れなんてヒキョーだどーッ!」

「あのなァ重ちーッ!ホントだって、信じてくれよーッ!」

何やら一気に騒がしくなったが、視界から3人の姿が消えてすかさず吉良は針金を伸ばして上手く袋を引っ掛け、一気に跳び箱まで手繰り寄せる。そして僅かに隙間を開け、スッとやっと袋を手中に収める事に成功した。

(やったぞッ!)

だがパタッと僅かに跳び箱の隙間を閉めた音が響き、美晴がそちらを振り返る。吉良はその事に気付いていなかった。

(何かしら、今の音……跳び箱の方から聞こえたわ)

美晴はまだ言い争っている仗助達を尻目に、跳び箱の方へ歩み寄る。

そして、恐る恐るその隙間から中を覗いた。——刹那。

「「ッ!?」」

カチリと。互いの目と目が合ってしまったのだ。

「きゃああっ!」

本日2度目の悲鳴と共に美晴が尻餅をつく。一方の吉良も悲鳴を上げまいと口を手で押さえつつも驚きで双眸がカッと見開かれていた。

「美晴ちゃん!?」

「どーした!?」

すぐさま仗助と億泰が振り返って美晴に駆け寄る。美晴の体は吉良から見てもカタカタ震えていて、しかもこちらから目を離さない。

「い、今……跳び箱の中ッ!目が合ったわ!誰かいるッ!」

震える指が跳び箱を、——正確には中にいる吉良を指す。

(ま、まずいッ…!このままじゃあバレてしまうッ!!)

釣られて跳び箱を振り返り、そしてこちらに歩んでくるのは仗助。もうおしまいだ——吉良は初めてそのピンチに恐怖し、固唾を飲み込んだ。の、だが。

「あぁーッ!!おらのサンドイッチがないどッ!!なんでなんでッ!?」

重清の声が準備室に響き渡って反射的に3人の目が彼に向く。次いで先程まで袋が置いてあったマットの上に視線を注げば「あっ」と一様に声を上げた。

「確かになくなってらァ!」

「どーなってんだ!?」

キョロキョロと4人が辺りを見回す。まずい。本当にまずい事になった。このままでは"重清の袋を隠したのは跳び箱の中にいる奴"と紐付けられるのも時間の問題だ。

「ゆ、……許さねーど。おらのサンドイッチ!!仗助さんも億泰さんも美晴さんも!この部屋も全部"ハーヴェスト"で調べれば誰が盗んだか分かるんだどッ!!」

重清がこの部屋と3人を調べるべく何かをしようとしている。しかし吉良にはそれが何なのか分からず、神経を尖らせながらも疑問符を浮かべ跳び箱の隙間を覗き込んでいた。

 

だがやはり、運命はこの"吉良吉影"に味方してくれるのだ。

「コラーッ!誰か準備室に忍び込んでいるなッ!?」

ガチャガチャとドアノブを捻る音と共に給湯室の方から声が聞こえる。それは今までいた4人の誰とも違う男の声で、彼らはビクリと肩を跳ねさせていた。

「げッ!?この声は体育の先生だどッ!」

「なにィ!?ズラかるぞ!!」

吉良の視界から4人が慌ただしく消えていく。

「きゃあっ!押さないでよ!落ちるでしょ!?」

「仗助ェ!受け止めてやれよォ!!」

「えっ!?うおおおッ!!」

「おらのサンドイッチィ…ッ!!」

ドタバタと騒がしい音と共に4人は次々と窓枠を越え、外に足音を響かせて去っていってしまった。

 

(まったく……冷や汗をかかせられた)

嵐が去ったかのようにシンと静まり返った体育準備室の中。安堵の息を吐き、彼は袋の中を覗く。

袋を回収し、無事に"彼女"を取り戻せた。

吉良はそれで満足だった。

 

———

 

「重ちーくん、大丈夫?」

逃げる途中で転んでしまった重清に美晴は手を伸ばす。彼は涙目になりながら彼女の手を取ってムクリと起き上がった。

「うう、おらのサンドイッチ…!」

「うん、分かるわ……せっかく買えたのにね。明日またサンジェルマンに行ってみましょ。私も付き合うし奢るわ」

美晴は重清と同じ目線になるようにしゃがみ込むと柔らかく微笑みかける。重清は制服の袖で涙を拭い、美晴を見つめる。まるで捨てられた仔犬のようなその眼差しに思わずクスリと静かに笑い声が漏れた。

「ほんと?ほんとーに、ほんとーだど?」

「ええ。ほんとーに、ほんとーよ」

ポンポンとそのトゲトゲ頭を撫でてやり、まだ溢れてくる涙をハンカチで拭う。

しかし重清はスンと鼻を鳴らしたかと思えば、鋭く目を細めた。

「でも……今おらのサンドイッチを盗んだ犯人は誰か分かったど…!」

立ち上がり、彼は何処かへと歩き始める。美晴は疑問符を一瞬浮かべたが、すぐに心配になり彼の後を追うように立ち上がって歩き始めた。

「分かった、って……どうして?」

「おらの"ハーヴェスト"で調べたんだど!そしたらすぐに見つかったど!」

だんだんと小走りになる彼の目は確信に満ちていた。その口ぶりからして"ハーヴェスト"というのは彼のスタンド能力なのだと悟ったが、美晴にはその姿も能力も分からない。

「見つけたぞッ!」

その声にハッと意識がこちらに戻ってきて慌てて視線を上げる。ちょうど校門前、人も疎らなその場所。そこにいたのは——

「あっ…!」

その姿。背格好。スーツの色。

「おらのサンドイッチの袋…!美晴さんが見たのもきっとあいつだど!!」

重清が指差す先。美晴は今度こそその人物に関する記憶を掘り起こし、そしてゾッと鳥肌が立つ心地になった。

「……ひょっとして私に話し掛けているのかね、お2人さん。これは私の袋だし……君は私を見た事があるのかな?」

男は立ち止まり、ゆっくり振り返ると極めて冷静に声を上げ、スイとその視線を小刻みに震えている美晴に向ける。

思い出した。この男は、この一見エリートそうな見た目のこの男は——、

「いいや!その袋はおらのだど!問答無用だど!取り上げろ、"ハーヴェスト"ッ!!」

ドクドクとうるさく早鐘を鳴らす美晴の心臓の音と共鳴するように重清がそう叫んだかと思いきや、急に男の持っている袋がグイッと尋常ではない力で引っ張られた。

(あ、あれが"ハーヴェスト"…!?たくさんいるわ!)

美晴は震えながらも目を凝らす。よく見ると袋に数体の小さな黄色い虫のようなものがくっついていて、それらが力を合わせて袋を引っ張っているようだった。恐らく男にはそれらは見えず、勝手に袋が重清の方に戻ろうとしているように見えるだろう。

「な、なんだ!?袋が勝手にッ!!」

案の定ハーヴェスト達が見えていないらしい男はその力に抵抗しようとグイッと引っ張り返す。

だが、たかがパン屋の紙袋に、その力に耐えられるほどの耐久力はなかった。

「ッ!!」

バリッ!と紙袋が真っ二つに裂ける。まぁ、もしそうなったとしても大抵サンドイッチにはラップ等の包装がしてあるはずだ。地面に落ちれば多少形は歪むだろうが、食べるのに支障はない。

 

——なんて、暢気な事を。

 

「は…ッ!?」

その場にいた3人は血の気が引く心地になった。

その様子を気に留める事もなく、紙袋の中身は重力に従ってポトリと地面に落ちる。

 

だって、普通は誰だって"重ちーのサンドイッチが落ちた!"って思うだろう。

でも違ったのだから、誰だって"それ"から目を離せない。

「ど、どうなってるの…!?」

「は、え…ッ!?なんで、えッ…!?」

重清と美晴は同じような掠れ声を上げながら"それ"を見ていた。

 

「なんという事だ……見てしまったか」

男——吉良吉影は露わになってしまった"それ"——"彼女"、もとい"殺した女性の左手"から再び2人に視線を転じる。

 

目撃者は殺さなくてはならない。たとえ子供でも容赦はしない。

15年間、ずっとそうしてきたように。

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