天才漫画家の給仕係   作:斎草

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来宮美晴は諦めない

 

「間違いない……この子、重清くんは死んでるわ」

オーソンの前に集まったスタンド使い達。そしてその中心にいる杉本鈴美。彼らは引かれ合うようにここに集まっていた。

鈴美は矢安宮重清の写真を悲しそうに見つめていた。

重清の魂は鈴美のいる小道の上空を飛んで行ったのだ。鈴美を殺した犯人に殺された魂は全員、あの場所を通っていく。

「美晴は!?美晴はどうなんだ!?会った事あるんだから一発で分かるよなァ!?」

「お、落ち着いて、露伴ちゃん…!」

露伴が掴みかかる勢いで迫ってくるのを鈴美は宥めるように手を胸の前に出しながら一歩後ずさる。

「美晴ちゃんはあいつに殺されてないわ!それだけは分かるの!この町のどこかにいるわ…!」

 

犯人は仗助と億泰が2人とはぐれてしまったほんの5分足らずのうちに重清を殺して死体を隠し、更に美晴を連れ去った。重清と美晴の教科書や筆記用具はそのまま学校に残され、重清の両親は捜索願いを警察に届けている。

美晴の方は露伴が保健室の教師や担任にスタンドで彼女は早退した事を書き込み、なんとか事なきを得ている状態だ。敵がスタンド使いだと確定した今、重清の両親には悪いが警察はアテにならない。

 

「みんなは重ちーの事、あんまり知らねーだろーがよォ……重ちーのハーヴェストに勝てる奴ってのは考えらんねーぜ。美晴ちゃんも……殺せねーから犯人が連れ去ったとしか、」

そこで鈍い音と共に仗助の言葉が不意に途切れた。誰もが彼に視線を向けると、そこには切れた口の端から血を滴らせる仗助と、拳を握ったままの露伴がいて息を呑む。

「どうして君がいながらこんな事になるんだ…ッ!!美晴を守るんじゃあなかったのかッ!?えぇッ!?」

「落ち着いてください、露伴先生ッ…!」

今にも仗助に掴みかからんとする露伴を康一と承太郎がその身を押さえて阻止する。その間も露伴は歯を食いしばって込み上げる物を必死で抑えていた。

「こんなところで喧嘩をおっ始めても何も解決しねェ……敵は町に溶け込んでいる。最初から正体を知っていたらこんな状況にはなってねえはずだ」

美晴のスタンド、ガーディアンは承太郎お墨付きの鉄壁の防御力を誇る。簡単にしてやられるような代物じゃあない。重清の事も真っ向からならちゃんと守れたはずだ。

つまりこの事態、完全なるイレギュラーと見ていいだろう。

「そんな事ぐらい分かっている…!分かっているさ…!けど美晴は僕の…!」

露伴が目元を片手で覆うのを、誰もが直視出来なかった。

岸辺露伴は気難しい男だ。簡単に懐柔される事のない、我が道をひた走るような男なのだ。その露伴が漫画や自分と同じくらい大切に想う人物、それが来宮美晴だった。

「どうしてまた美晴なんだ…!」

以前も死にかけて、それでもまだ足りないというのか。

康一はそんな露伴の背を撫で、承太郎は帽子のツバを摘んで目を伏せる。

億泰は己の右手を見て、目を伏せながら右手の甲を額に当てがう。

"この力強い右手が守ってくれるって信じてるわ"

ジョセフ護衛作戦の時、美晴が己の右手を優しく包みながらそう微笑んだのを思い出す。隣では彼の父親がそっと何を言うでもなく寄り添っていた。

「…………」

仗助はようやく口の端から流れ続ける血を指で拭い、露伴を見る。

己は彼に殴られて当然の事をしてしまった。美晴を守ると、ついこないだ彼の前で宣言したばかりにも関わらず、美晴は殺人鬼に攫われてしまった。

たった5分。そもそもはぐれたりしなければ、こんな事にはならなかったはずなのに。

「……仗助、ボタンを拾ったらしいな。SPW財団で調査してみる。預からしてもらえないか」

重々しい沈黙を破ったのは承太郎の声で、彼は仗助に手を伸ばす。

「重ちーからの"遺言"……犯人の服から引きちぎってきたものだとしたら、服のブランドやメーカーは調べられるかもしれん」

地道な作業になるだろうが、購入者を洗いざらいにすれば犯人に辿り着けるかもしれない。仗助は承太郎にハーヴェストが持ってきたボタンを渡し、その過程で露伴とも距離が自然と近くなるとチラと視線を向ける。

「……すみません。美晴ちゃん……俺……」

言葉が上手く出てこなかったが、なんとか続く言葉を見つけようと口を僅かに動かす。

また殴られるかもしれない。だが、それだけの事をしてしまった。何度殴られたって構わないし文句を言うつもりもない。

しかしそんな思いとは裏腹に、露伴は仗助の学ランを縋るようにギュッと握り締めた。

「謝るくらいなら探すの……協力、しろよな。あいつは……お前が助けに来るのを待ってるはずだろ……!」

握り締める拳も、声も震わせながら露伴は仗助を見る。その目は相変わらず反抗的なものだったが、真っ直ぐに彼を捉えて離さなかった。その目を見て、仗助は本当に彼が美晴を大切に想っている事を改めて悟った。

「……あんたの事も、美晴ちゃんは待ってると思うんスけど」

「うるさい…!言われなくたって当然だ。美晴は僕がいないと泣くんだからなッ」

いつぞやの入院していた頃の出来事を思い出しながら露伴はフイと顔を逸らす。

必ず犯人を突き止めて美晴を助ける。東方仗助と岸辺露伴はやはり、来宮美晴の事だけは意見が合う。それは気に障るようでそうでないような、曖昧で複雑な気持ちではあったが、今この状況で闇雲に動いても仕方がない。

美晴を連れ去った犯人を見つける事は、重清を殺しこの町で大量の殺人を行なってきた殺人鬼を追い詰める事にも繋がる。

杜王町のスタンド使い達はそれぞれの思いを胸に、オーソン前を後にして行った。

 

 

———

 

 

どれくらい時間が経っただろうか。

来宮美晴は杜王町郊外にある吉良吉影の自宅で目を覚ました。

体の傷には包帯が巻かれ、仮とは言え吉良の替えのシャツに身を包んだ美晴は布団の上に横たわっていた。

「…………」

嗅ぎ慣れない吉良家の匂い。横たわる布団のすぐ近くで香るのは畳の匂い。スンとシャツの袖の匂いを嗅ぐと、洗剤の匂いがする。吉良のシャツは美晴には当然大きめで、奇しくも傷を圧迫しない、今の彼女には快適なものだった。

目は相変わらず見えず、目元に巻かれている包帯をペタペタ触ってみるが光は届いていない。

「……ガーディアン、いる?」

美晴が掠れた声で呼ぶとすぐ近くにその気配が現れ、それだけでも今は安堵出来た。彼は何も言わないが、いつだってそばにいてくれる。

「本体が傷を負うと……スタンドも同じところに傷が付く。あなたも……今目が見えないのかしら」

スタンドの視界を共有出来たらと思ったが、スタンドは本体の生命エネルギーそのものだ。本体が奪われた五感はスタンドでも補えないだろう。

「吉良吉影……夜8時にはいつも帰宅するって言っていたわ。私が連れ去られたのはお昼休み……あいつの気配がないって事は、少なくとも夜8時前って事よ」

吉良吉影。規則正しく健康的な、静かな暮らしをしている殺人鬼。鈴美の話を聞いた時はどんなイカれた男かと思ったが、それどころかゾッとするほど普通の男だった。

美晴が痛む体を起こすとそっと背中に手が添えられる。

「ガーディアン……あなたは守るスタンド。目が見えなくても……私の事を守ってくれるのね」

まるでもう1人、そこにいるかのようだ。けれどもそれは確実に吉良ではない。なぜなら波長が己と全く同じだからだ。

スタンドとは、己の本質そのものなのだ。

「私を守るスタンド……今、あなただけが信用出来る存在だわ。……吉良に見つからないように逃げるには、どうしたらいいかしら」

寡黙な己のスタンドは言葉を話してはくれない。今この瞬間でさえそうだ。それでも、その存在の安心感は大きい。

「……ふふ。いいのよ、お喋りしてくれなくても。私が勝手にお喋りするわ。……私が潰されたのは目だけ。耳は今、遠くの波の音が聞こえるくらいにはなってるわ。匂いも……畳のいい匂いがする。この布団は誰かが使ってたものじゃあなかった。押入れの匂いがしたわ……長くしまわれていた物ね」

布団や畳を撫でながら、ガーディアンに話し掛けるように今の状況を整理し始める。

ここが吉良の自宅である事は間違いない。杜王町の別荘地帯は海沿いに位置する。波の音はその証明だ。

この家のほとんどは恐らく、畳が敷いてある和室だ。先程から畳の匂いに囲まれている。掃除も行き届いていて埃っぽい空気ではない。

そして吉良はこの家にほとんど客人を招かない。彼の年齢からして実家であるなら年老いた父や母が住んでいてもおかしくないが、人の気配がない事から彼はここに1人で暮らしている。布団は押入れの匂いが染みついていて、客人用か亡くなった両親の物だったかのどちらかだ。

「風は感じないから……窓は開いてない。この家は……平家かしら。これは完全に勘だけど……」

首を左右に振り、四つん這いになると布団の上を歩き始める。

「1、2、3……」

己の歩幅でカウントしながら歩き、布団の大きさを調べる。その端まで来ると次は襖を目指して再び歩く。

「1、2、3、4……ひゃっ」

しかし歩いている途中で何かに脇腹を押さえられ思わず声が上がった。

「びっくりした……ガーディアン、あなたなの?もしかしてこの先は……」

前に手を出すとペタリと壁に手が付く。さわさわ撫でると砂壁のようでザラザラしていた。

「そうね……あなたってそういうスタンドよね。"守る"……"危険から守る"……ありがとうね」

今己の身を押さえているガーディアンを振り向き、そうしてから砂壁を再びペタペタ触る。

「だいぶ今歩いたわ……この部屋広いわね。布団から起き上がって、そのままの方向に進むと……壁。襖はどこかしら……」

そのまま壁伝いに膝立ちで歩いていく。角に差し掛かるとすかさず手を横にかざし、恐る恐る指を伸ばした。

「あ……障子?」

薄い紙のような感触。指を上に這わせると木で出来た格子に当たる。

「やだ……これ破ったりしたら動いたのがバレてしまうわ。ガーディアン、障子を守る事は出来るかしら?」

少なくとも通常なら視界にさえ入っていれば守護を掛ける事が出来る。しかし今、目が潰れている状態で対象を見る事が出来ない。そんな状態でも能力を使う事は可能だろうか?

「……!!」

そんな事を考えているうちに触れている障子がふわりと一瞬だけあたたかくなり、また恐る恐る指先に力を入れていく。

「……すごいわ。ちゃんと物を認識出来ていれば守護を掛けられるのね。触ってるのも条件かしら……初めて知った」

何度叩いても破れる感触のない障子に感心しながらまたそれを伝って進む。

ガーディアンには美晴自身も知らない力がある。それは承太郎からも聞いていた事で、それがどんなものなのか一番ワクワクしているのは他でもない美晴自身だった。きっとこれも新しい知識として役に立つだろう。

障子と障子の間にある隙間に指を入れて押し開くと、今度は床が畳から板張りに変わった。

「縁側ね。雨戸……ひゃあっ」

手を前に突き出しながらまた立て膝で歩いていたが、数歩のところでまたガーディアンに押さえられスルスルと身を引かれる。

「もしかして雨戸……どころか、ガラス戸も開いてた。今日は風のない、気持ちいい天気なんだわ」

見えるわけでもないのに、自然と上を向いて空に顔を向けていた。

「空……見たいな」

今、空は何色だろうか。美晴は見える事のない空から顔を下げると、縁側の床に手を付いて終点を辿る。

 

「……!!」

しかしそこで車が敷地内に入ってくる音が聞こえてあたふたと手を右往左往させた。

「おや?美晴さん。どうして縁側にいるのかな?」

車の扉が開く音と共に、あの低い声が聞こえてビクリと体が震える。

「き、吉良吉影……っ」

「ああそうか、夜風に当たりたかったんだね」

吉良は美晴に歩み寄るとその手を取り、スリと頬擦りした。

「美晴さん……また怪我でもしたら大変だ。布団に横になっていようね」

彼は美晴の身を抱え上げ、布団に寝かせる。そうしてからまた美晴の手を握って頬擦りし、手のひらに舌を這わせた。

「ひ…っ!」

そのザラリとした生温かい感触。何が己の手に触れたのかすぐに分かり息を呑むと同時に鳥肌が立つ。

「さて……まずは着替えをしようか。体を拭いて、包帯も取り替えてあげよう。今お湯を汲んでくるよ」

吉良の足音と鼻歌がだんだん遠くなっていく。

彼がいると分かった瞬間、体が言う事を聞かなくなった。美晴は知らずのうちに吉良を恐怖の対象として見て、意識しなくても恐怖を感じる体になってしまっていた。

(ガーディアンの事も無意識に引っ込めてしまったわ……私、ここから逃げられるのかしら)

程なくして吉良が鼻歌交じりにこの部屋に戻ってきて襖が開く。どうやら襖は障子のちょうど反対側にあるらしい。

とにかく吉良がこの家にいる間は大人しくしていなければ。そんな事を考えていると徐にシャツのボタンが外されていき思わずその手を掴む。

「な、なにを…!」

「ん…?脱がさないと体を拭けないだろう?包帯も着替えも用意してある。心配いらないよ」

「そういう問題じゃあないわ!」

声が掛かった方向に睨むように顔を向ける。この男、殺人ばかりしてきたから異性の扱いが分かっていないのだろうか。そもそも断りもなく着ているものを脱がすなんて。

「ああ……そういえば君、彼氏がいるんだったかな。"仗助"……彼以外の男にこうされたくない、その気持ちは分かる」

吉良は彼女の押さえる手から片手を引き抜くと小さなその手を撫でる。己の手を握ってくれる——今まではなかった事に"生きている女の子の手もいいかも"と少しだけ考えてしまっていた。

「私は君の"手"以外興味ないんだ、いや本当に。胸だろうと局部だろうとね。寧ろ君がこうして私の手を握っている……そちらの方が興奮してしまう」

声音ひとつ変えず淡々と言い切ってみせると美晴の口元が引きつり、震えながら手の力が抜けていく。それを少し名残惜しく感じながらもボタンを外していき、シャツを脱がせた。

「自分で拭くから……あなたは触らないで。見えなくても自分の体の事だから分かるわ。あなたが触っていいのは背中だけよ」

ショーツだけを纏うその身を起こし、美晴はタオルを絞る音が聞こえる方向へ手を伸ばす。きっとその目が包帯で覆われていなければ、彼女はケダモノを見るような目で吉良を見たに違いない。

「疑い深いなァ……そんなんでよく、"岸辺露伴"なんて姓も生まれも違う男と暮らしていられるねェ」

吉良はおかしそうに喉奥で笑いながら絞ったタオルを彼女に渡し、ハッと息を呑んだのを見てその頬に手を添えて顔をこちらに向けさせたまま固定する。

「彼と私、どう違うんだ?ン?」

声の近さ、顔に掛かる吐息。吉良と美晴は至近距離で見つめ合い、しかし美晴は何事もなかったかのようにそのまま自身の体を受け取ったタオルで拭い始める。

「露伴先生はこんな事しない」

その一言に全てが集約されていた。

 

岸辺露伴と過ごしてきた4ヶ月間、彼は来宮美晴に対して大切な"同居人"という関係性を崩さなかった。始めこそは能力を使って記憶を読もうと奮闘していたが、"もう訊かない"と言った事に関しては追求してこなかった。彼なりに美晴のプライバシーを守ろうとはしていたし、ぶっきらぼうではあるが雨の日に迎えに来てくれたり調子の悪い日に家事を代わってくれたりと、美晴への同居人としての気遣いがあった。

一方の吉良は美晴を"同居人"とすら思っていない。美晴の身はあくまで"好みの手"の付属品であり、彼は私欲のためだけに美晴をこの家に仕方なく招き入れているのだ。だから知らない男に裸体を見られる美晴の気持ちなんてどうでもいい。今まさにそうだ。

 

「……やはり静かな"手"の方がいいな。実に惜しいよ、君の手……とても好きな手なのにね。けど、私の正体を知っている以上、こうせざるを得ない」

吉良は心底面白くなさそうに固定していた彼女の顔を弾くように離す。

彼女の目が潰れてしまっているのは偶然とはいえラッキーだと思った。先程縁側に出ていたのはここから逃げたかったからだろうが、ここは町の郊外だ。目が見えない彼女を助ける者は別荘地帯とはいえオフシーズンなため誰もいない。それは彼女とて分かっている事だろう。

普段なら絶対にこんな事はしないが、彼女を殺せない以上ここに監禁しておく他あるまい。

「そんな事より、露伴先生や仗助くんの事を知ってるのね。調べたのかしら?」

美晴は体を拭き、彼に背を向けると掛け布団を羽織る。

「"スタンド使い"……重ちーくんが教えてくれた言葉だ。彼らもそうなのかなと思って、まずは君の周りから洗ってみる事にしたんだ。仗助、億泰、露伴……彼らも重ちーくんや君と同じく、スタンド使いなんだろう?」

吉良は彼女の耳元で囁き、袋をその手に握らせてすぐに離れる。

「スタンドはスタンド使いにしか見えないものなのよ。知りたかったらその、キラークイーン……だったかしら?それを彼らに見せてみたら?」

「ほう……なかなか酷な事を言うね」

吉良は肩を竦め、美晴は袋に入っていたものを出してその感触と形をなぞってから彼に背を向けたままゴソゴソと身動ぎした。

「背中、拭いてくれる?」

程なくしてスルリと布団を外すと吉良のいる背後にタオルを差し出す。すぐに聞こえた溜息に美晴は顔を下に向け、グッと歯を食いしばった。

今はこの生活に順応しつつ強気に出て、彼に対する恐怖を克服するしかない。

露伴達ならすぐに吉良を追い詰めるはずだ。美晴はこの家の外に出られない今、彼らがそうしてくれる事を信じて待つ事しか出来なかったが、この生活を終わらせて1日でも早く元の場所に帰る事を決して諦めないと心に誓っていた。

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