天才漫画家の給仕係   作:斎草

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夜明け前、光る明け星

 

露伴は車から降りると美晴を背負って東方家の呼び鈴を何度も鳴らした。2階にある仗助の部屋は灯りがついていて、外からでもそこにいる事は確認出来る。

「はいはいはい〜っと。誰っスか?こんな時間、に……」

ようやく玄関の扉が開いて目的の人物——仗助が顔を覗かせたかと思えば、彼はそこにいた人物に目を見張った。

「ろ、露伴、先生…!?それに……美晴ちゃんッ!?」

露伴の背後を見ればその背に背負われて、なぜか目元を包帯で覆われている美晴の姿もあって息を呑む。

「話は後だ、家に上げろ!」

「うわっ、ちょ!相変わらずゴーインっスねェ…!お袋いたらどやされてるトコっスよォ!」

ぐいぐいと己を押し除けて言葉通り家の中に押し入ろうとする露伴を一瞬押さえ込もうとしたが、何か並々ならぬ事情がある事は手に取るように分かり早足で露伴の前を歩くと己の自室への階段を上がっていった。

 

仗助の自室に入ると3人で床に座り、美晴の向かいに仗助が移動する。

「まずは"目"からだな……」

仗助が美晴の目元に巻かれた包帯に右手を当てると、クレイジー・ダイヤモンドの能力で彼女の体があたたかい光で包まれた。次いで体の方にも手を回して他の怪我も治していく。

「これで大丈夫……に、なったはずだぜ」

手を離し、露伴が恐る恐る彼女の包帯を解いていくのを仗助は居た堪れ無さそうに見守っていた。

美晴は己になんて言うだろうか。そもそも己が美晴や重清とはぐれたりしなければ、重清は死ななかったかもしれないし美晴も恐ろしい目に遭わずに済んだのだ。——仗助はこの3日間、美晴を捜索しながらも恐れていた。今この瞬間も、美晴の目に己はどう映るのか、どうしようもなく不安に苛まれていた。

「目を開けてごらん、美晴」

露伴は美晴の頬に手を添えながらその目が開くのをジッと待つ。その瞼がふるりと震え、美晴の深い青みを帯びた双眸が徐々に開かれていく。

「美晴…!僕が分かるか!?」

声を詰まらせる露伴の姿が、一瞬見えてはぼやけていく。しかし美晴は瞬きのたびにその雫が頬を滴る感覚と光の明るさを感じて堪らず目の前にいる露伴に抱きついた。

「露伴先生…ッ!!やっと見えた…!!」

3日間、ずっと姿を見る事が出来なかった互いの姿。暗闇という恐怖に囚われた時間からようやく解放されたのだと実感し、安心からか涙が止まらないままに互いの体を抱き締めていた。

そんな2人を見て、微笑ましく思いながら仗助まで涙腺が緩んで思わずぐすりと鼻を鳴らすと、美晴がそちらに視線を向けて手を伸ばす。

「仗助くん…!」

濡れた深い青が仗助を捉える。その姿にどうしたものかと戸惑ったが、その様子を見た露伴は彼女の身を一旦離して彼の懐へと押しやった。

「仗助くん!」

「み、美晴ちゃん…!」

ぎゅうっと彼女の細い腕が仗助の体を包み込む。その感触が、その体温が、全てが愛おしいものなのに、それでも仗助の不安は拭いきれないままだった。

「……なんだよ。まさかまだ"自分のせい"とか思ってんじゃあないだろうな?」

見かねた露伴が口を開くと、図星をつかれた仗助が反射的に顔を上げる。その様子に露伴は"やっぱりか"と首を横に振りながら溜息を吐いていた。

「承太郎さんも言ってたろ、これは誰のせいでもない。"殺人鬼のせい"だ。たとえそれが"運命"だったとしても、"僕らが美晴を助ける"のも含めて"運命"にすりゃあいい話だ。違うか?」

"俺があいつを助けるのも含めて、あいつの運命にしてやるぜ"

チリ・ペッパー戦の時に己が言った言葉をハッと思い出す。

運命は変えられる。己にその力と強い希望さえあれば、乗り越えられる。今回は露伴が彼女を救い出し、己は彼女の失われたものを取り戻してやれた。その力と希望があったから。

「仗助くんは……あなたにしかない力で私を助けてくれたわ。ずっとそうよ、あなたは必ず私を助けてくれる……とっても頼もしい恋人よ」

美晴は涙を溢れさせながらも微笑んで仗助を見上げ、また彼の胸元に顔を埋める。

「ありがとう……仗助くん」

「美晴ちゃん……」

美晴の感謝の言葉に、仗助はようやく己を締め付けていた鎖を解き放った。恐る恐る彼女の体に腕を回せば、あたたかな体温が己の体に染み込むようで無意識に涙が溢れては滴り落ちていく。

戻ってきたんだ。来宮美晴は無事に戻ってきたんだ。

その事実を噛みしめながらその髪に頬をすり寄せるともっと彼女を近くに感じられて頬が緩む。

「露伴先生」

腕の中の彼女が僅かに身動ぎするのを感じて視線を転じる。彼女の片腕が露伴の方に伸びて、その先にいる露伴は驚いたように目を見張っていた。

「なんだよ……」

露伴は溜息混じりに彼女と向き合い、伸ばされた手に手を重ねて指を絡めて握る。

「露伴先生も……ありがとうございます。露伴先生は私を救い出してくれる人です。初めて会った時からずっとそうです」

「おい、よせよな……前も言ったが、別にそんなつもりじゃあ、」

そこまで紡いだところで仗助が美晴を露伴の懐に押し込んだかと思えば、彼もその勢いで2人に被さるようにまとめて抱き締める。

「きゃあっ!」

「おいッ!なにするんだ仗助ッ!!」

「まーまー、美晴ちゃんがそう言ってんスから、そこは素直に"ありがとー"じゃあねェの?露伴先生よォー」

気を緩めれば床に倒れそうな姿勢のまま、露伴は片腕で体重を支えつつももう片腕で仗助をグイグイ押しながら睨む。

「お前が言えた立場か!?とにかく離せよッ、気色悪いッ!」

「ええーッ、ちとショックっスねェ〜……俺、美晴ちゃんのカレシなんで保護者の露伴先生とも仲良くしときたいんスけどォ」

仗助が口を尖らせながら離れ、ようやくあのガタイのいい体の重さがなくなると露伴は息を深く吐きながら体勢を整えて美晴を抱き直した。

「やかましいッ!調子に乗るなッ!」

「乗ってねーっスよーッ」

その後も2人は美晴を挟みながら(主に露伴が難癖を付けて)ギャンギャン言い合いを続けていた。

 

そんな賑やかな日常が戻ってきた。

露伴と仗助が助けてくれたから。

美晴はその事実を噛みしめながら、次第に微睡みの中に落ちていった。

 

 

「じゃあー帰るよ。世話になったな」

「いえ、とんでもねーっスよ」

そんな言い合いをしているうちに美晴が眠ってしまった事に気付き、仗助は美晴を抱えた露伴を外まで見送りに出ていた。

「そういやァ、あの殺人鬼の家、ナニか怪しいぜ」

こんな事の直後だ。美晴が恐がるかと思い彼女の前では話さなかったが、殺人鬼の家には何か秘密があるように思えた。それを伝えようとしたが、仗助はゆっくりと首を横に振る。

「それなんスけど……俺ら、今日その殺人鬼と会ったんスよ。名前は"吉良吉影"……」

「なんだって…!」

露伴は目を見張る。確か自分が潜った門の表札も"吉良"と書かれていた。これで美晴が監禁されていた家は殺人鬼のものだと確信を得る事が出来たが、仗助の歯切れの悪そうな様子からその吉良をとり逃したであろう事は手に取るように分かる。

「ヤツは土壇場で名前も顔も指紋も別人に成り代わって逃げやがった…!また振り出しに戻っちまった…!」

このままではまた美晴が狙われてしまうかもしれない。仗助は俯きながら目元を片手で覆うが、露伴は己の顎に手を添えて考え込む。

「おい……ならこの話、悪いモンじゃあないかもしれないぜ」

どうしたものかと首裏を掻いていた仗助だが、そんな露伴の言葉に顔を上げる。

「僕はてっきり殺人鬼の事かと思っていたんだが……美晴のヤツ、"この家何かいる"って言っていたんだ。美晴は怯えるように押入れに入っていて、ガーディアンはその入り口を守っていた……僕だから扉を開けられたんだ」

美晴を抱え直しながらつい先程の状況を思い返す。露伴が彼女を見つけられたのはガーディアンが押入れの前に立っていたからだ。ガーディアンは守るスタンド。つまり彼は"何か"から美晴を守っていたのだ。

「殺人鬼が別人に成り代わって逃走したなら、元の自宅に帰ってくるとは思えない……慎重なヤツなら尚更だ。もし手掛かりが何もないってんなら、あの家は調べる価値がありそうだぜ」

己は美晴を助ける事に夢中で逃げるようにあそこから出てしまったが、仗助から承太郎達に言ってもらえればすぐにでも彼らは殺人鬼の自宅を調べ始めるはずだ。

「……分かりました。承太郎さんに朝イチで言っときます。露伴先生は美晴ちゃんの事……よろしくお願いします」

「別に。言われなくても面倒見るさ。とりあえず明日の学校は休ませようと思う」

「その方がイイっスよ。大変だったろうし……」

2人でぐっすりと露伴の腕の中で眠っている美晴を見る。3日間、彼女は目が見えない状態で殺人鬼と過ごしていたのだ。その想像を絶する体験は彼女にとって大きな負荷だっただろう。

殺人鬼——吉良吉影。人や物を爆弾に変えるスタンドを持つ男。彼を追う事が先決だが、美晴なら必ず"自分も殺人鬼を追う"と言うだろう。

「美晴ちゃんはもう……吉良吉影の件に関わらせるわけにはいかねェ」

来宮美晴は吉良吉影に1番近付いた人間だ。そんな人物を放っておくはずがない。

「同感だな。今後は一層警戒を強化しないと」

露伴は車の後部座席に美晴を寝かせると運転席の方へ回る。

「もう行くよ。じゃあな」

「ああ、気ぃ付けてな」

挨拶もそこそこに、露伴の車が東方家から遠ざかっていく。

「……吉良吉影。ぜってー追い詰めてぶっ飛ばしてやる……」

美晴の事もそうだが、奴は重清を殺したのだ。エステ"シンデレラ"の辻 彩先生の事も、そして杉本鈴美の事も。

無関係な人間を殺す事を躊躇わない悪魔のような男。

仗助は拳を固く握り締めながら、露伴の車を見えなくなるまで見送っていた。

 

 

露伴は車を降りると美晴を部屋まで抱えて連れて行き、ベッドに寝かせてやった。久しぶりの自分のベッドは寝心地が良いだろう。

「美晴……おかえり」

美晴がようやく家に帰ってきてくれた。殺人鬼の事も気にしなければならないが、今はその事実が大きすぎて涙腺が緩む。ベッドの前に膝をついて、その髪を指先で掬ってみると懐かしい気分になって更に涙が溢れた。

「露伴先生……」

ぐす、と鼻を鳴らしていると不意に己を呼ぶ声が聞こえてその出所に視線を向ける。

「露伴先生……ただいま」

そこには目を細めつつも眠りから覚めた美晴の姿があり、露伴の方に手を伸ばしていた。

「起きてたのかよ……」

「今起きたところです……」

伸ばされた手に触れると、指を絡めてキュッと握ってくる。それに応えるように握り返してやれば、美晴は幸せそうに微睡んだ瞳で笑った。

「露伴先生……今日だけでいいので一緒に寝てください」

「うん……えっ?」

よく意味を理解しないまま頷いてしまったが、露伴が疑問符を飛ばした頃には美晴がゆっくりと起き上がっていてその緑色の瞳を覗いていた。

下着を付けていない胸元が襟首からチラリと見えて思わず唾を飲み、しかしすぐに我に帰ると首をブンブンと横に振る。

「いやいやいやッ!バカな事言ってんじゃあないッ!」

「え!?だ、だめなんですか…!?」

「だめだろうッ!お前は彼氏いるんだからッ!」

ワシワシと頭を掴んで髪を乱すように撫で回してやると「うわわッ!」と彼女はマヌケな声を上げながらも露伴を見ていた。

「なっ、なに言ってるんですか!?寝るって……違いますよ!本当に添い寝してもらいたいだけなんです!」

縋るように頭から下げられる手を取ると「うっ」と露伴の呻き声が聞こえ、それでも美晴は彼を見つめる。

「私、あの殺人鬼とずっと一緒に寝ていたんです!1人で寝てると思い出しちゃいそうで……だからもし目が覚めた時、そこにいるのが露伴先生だったら……ちゃんと安心出来る気がして……」

それでもだめですか?と美晴の目が訴えてくる。きゅうっと握られた手に力が籠り、彼女がどれだけ怖い思いをしたのかがそこから伝わるように感じて胸が痛んだ。

彼女は暗闇の中、吉良に従うしかなかった。吉良の思うまま、世話をされるしかなかったのだ。それが彼女にとってどれほどつらいものだったか。

それを少しでも拭ってやれるなら、添い寝の1回や2回、どうって事はない。

「……仕方ねーなァ。分かったよ。けどその前にシャワー浴びて来い。お前、あの殺人鬼の匂いがするぞ」

実際そんな事はないのだが。しかし今着ている美晴の服は吉良が用意したものだろうし、石鹸やシャンプーだってそうだろう。それがとても、凄く嫌だった。

「ん……そうですね、浴びてきます」

美晴も初めて己が今着ている服を見たが、やはり吉良が用意したものは早く脱いでしまいたかった。

「ン、よろしい。寝室で待ってる」

露伴はポンと美晴の頭に優しく手を置いてから部屋を出て行き、美晴もタンスから久しぶりに見るように感じる部屋着と下着とバスタオルを手に浴室へと向かっていった。

 

「とは言ったものの……」

露伴は寝室のベッドに座りヘアバンドを外した髪をワシワシと乱しながら後ろに倒れて寝転ぶ。

仕方がないとはいえ、美晴と添い寝する日が来るとは想像すらしていなかった。そもそも僕には元々その気はなく、美晴を恋愛対象として見る事もないと思っていたし、大衆の半分くらいが想像しそうな性処理に使おうとも思っていなかった。

「どうしてやれば変な風にならずに済むんだ?年頃の女の子は難易度高いぜ……」

はぁー、と深い溜息が漏れ出る。何かの弾みで変な風になってしまわないか、それが原因で眠れなくなったりしないか、——美晴にはしっかり休んでもらいたい。だから悩んでしまう。かと言って今更添い寝を断るだなんて、1人で寝てやはり怖くて眠れなかったなんて思いはしてほしくない。

「……くそッ。前はこんな事気にしなくたって良かったのになァ……」

色々な巡り合わせがなければ、2人は今も"雇主と被用者"という枠を外れない、干渉しすぎないただ共に暮らすだけの2人だったはずだ。それが何かの引力のように様々なものが引き合い、今の形になっていった。そしていつの間にか、岸辺露伴と来宮美晴は恋人同士でもないのに簡単に離れられない間柄になっていた。

「……もう1人じゃあ、いられないのか」

ぽつ、と。寝返りと共に言葉が零れ落ちる。

 

3日前、まるで来宮美晴が忽然とこの世から消えてしまったかのようで。それでも来宮美晴がいた痕跡はそこかしこに残っていて。

それはかつて、来宮美晴も感じていた事のような気がして。

来宮美晴が岸辺露伴の元へ駆け抜けていったのと同じように、今度は岸辺露伴が来宮美晴の声を辿って駆けたのだ。

 

「露伴先生」

コンコンと扉をノックする音と同時に聞こえた声にハッと意識がこちらに戻ってきて思わず体を起こす。

「あ、すみません……やっぱりお疲れですよね」

視界に映る美晴の姿はそうやって閉じかけた扉の向こうに消えそうになっていて、露伴はベッドから降りると早足でそこに迫り扉を押さえた。

「誰が帰っていいと言った。来い」

「わぁっ!」

グイッと力任せに扉を引くとドアノブを掴んだままだった美晴の身がこちらに引き寄せられて懐に収まる。

「まったく……君から言っておいて"やっぱやめる"とかナシだからな」

待ってた身にもなれよ。露伴は溜息を吐きながら美晴の頭を撫で叩き、扉を閉めてからさっさとベッドに戻っていくと布団に潜り込んだ。

「ほら、来いよ。どういうのがいい?」

掛け布団を捲って手招きしてやるとトコトコと小動物のように美晴が小走りでやってきて、そこに潜り込んでくる。

「意外と乗り気なのは、これも漫画のネタにしようとか……」

恐らくシャワーを浴びている途中でそんなところに思い至ったのだろう。ジトッとした目で見てくる美晴に対して、露伴は苦笑いを浮かべながら静かに首を横に振った。

「しないよ。参考にはするけど」

「同じのような気が……」

まだ文句を言うつもりの彼女の身を強引に引っ張り、肩に顔を埋めさせる。

「こうか?」

そうしてからトントンと赤子をあやすように背中を叩いてやれば、彼女はもぞもぞと身動ぎしてから僅かに離れた。

「それもいいですけど……でも、手を繋いでくれるだけでいいんです」

こうやって、と美晴はまた露伴の手の指に己の指を絡めて握る。それが余程気に入っているらしく、幸せそうに目を細めていた。

「こうしていると、あったかいんですよ」

ふふ、と彼女の笑い声がすぐそこで聞こえる。いつもと違う、同じ高さの目線で真っ直ぐに捉えたその笑顔は新鮮に思える。

「……そうかい。好きにしな。君が安心出来るのが1番だ」

ふあ、と欠伸が漏れ出て、露伴の瞳がうとうとと微睡み始める。

この1時間ほどで色々あった。けれども目の前にいる美晴も釣られるように微睡む姿を見て、安堵が心の中に広がっていく。

「美晴……おやすみ」

「はい……おやすみなさい、露伴先生」

 

何も心配なんてなかった。

2人ともこんなにも早く、幸せそうに眠ってしまったから。

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