天才漫画家の給仕係   作:斎草

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空条承太郎の訪問


 

来宮美晴が無事に帰ってきた翌日。

 

岸辺家の呼び鈴が鳴り響き、露伴は書斎から出てくると玄関の覗き窓を見る。そこには予想外の人物が立っており、ハッと息を呑みながら玄関を開けた。

「先生。昼間から訪ねてきてすまねぇな」

「承太郎さん!ここに何の用なんです?」

空条承太郎。海洋冒険家であり、無敵のスタープラチナを持つスタンド使い。

彼が岸辺家を訪ねてくるのは初めての事で、間近で捉えるその体格の良さに思わず萎縮しそうになる。

「美晴から例の殺人鬼の話を聞きたくて来たんだが……彼女は今日学校を休むと聞いてな。様子はどうだ」

やはりか。その言葉に露伴は自然と浮かない表情を浮かべていた。仗助が承太郎に朝イチで昨晩の出来事を伝えると言った時から薄々予想はしていたが、彼ならすぐにでも殺人鬼に1番近付いたであろう美晴の話を聞きたがるだろう。

「美晴なら……今朝は元気に朝食を食べていましたよ。案外元気そうで僕も安心したところです」

「そうか。なら問題なさそうだな。話を聞かせてもらいたい」

承太郎にとっては一刻も争う事だろう。しかし美晴にとっては忘れたい事かもしれない。——露伴がかつて、その記憶を丸ごと封印したのと同じように。

「あ、承太郎さん!こんなところまでどうしたんですか?」

そこで美晴がちょうど何か下に用事だったらしい、階段を降りてくる最中にその大きな体躯を見つけて軒先までやって来た。

「美晴。久しぶりだな……」

「はい、お久しぶりです」

美晴がぺこりと頭を下げると承太郎はその肩にポンと手を置く。2人が知り合いである事は以前ヘブンズ・ドアーで読んだ時に知ったが、こうしてこのアンバランスな2人が親しげにしているのを見るのは奇妙な心地になる。

「美晴。承太郎さんが殺人鬼の事について訊きたいそうだ。大丈夫そうか?」

露伴が確認するように彼女に尋ねると、やはり浮かない表情を浮かべていた。どうするか迷っているのか、少しの間口をパクパクと開けては閉じてを繰り返していたが、やがて承太郎を見上げるとこくりと頷いてみせた。

「私の話で、お力になれるなら……」

その返答を聞き承太郎もひとつ頷き、それを見た露伴は軒先では何だからと彼を客間に通し、お茶の準備をと台所の方へ向かおうとしたが、承太郎は彼を引き止める。

「心配ならお前も揃ってから話す」

承太郎なりに気を遣っているのだろう。彼は露伴と美晴がこうして揃っている姿を初めて見るのだが、この前——重清が殺され美晴が拉致された日の剣幕を目の当たりにして、どれだけ露伴が彼女を大切に想っているかは手に取るように理解出来ていた。

「……ありがとうございます」

露伴は軽く頭を下げてから客間を出て行く。そんな一部始終を見届け、美晴は向かいに座る承太郎をおずおずと見て落ち着かなそうに身動ぎしていた。

「……広い家だな」

承太郎は改めてぐるりと客間を見回しながら岸辺邸の外観を思い返す。その声を受けて美晴も肩を揺らしながらこくこく頷く。

「そ、そうですよね。私も初めて来た時はびっくりしました」

彼女は承太郎と初めて会った時からそうだ。承太郎の体格はこの辺ではガタイのいい部類に入る仗助や億泰よりも立派で大きい。だからか、その辺を歩いていても二度見される事は少なくない。例に漏れず彼女も未だに慣れないらしく、小動物のようにほんの少しだけ緊張しているようにも見えた。

「先生は美晴が来るまで、この広い家に1人で住んでいたらしいな。2月に越してきて……1ヶ月ほどか?」

「そ、そうみたい、ですね」

なので少しでも緊張を和らげてやろうと、露伴を待つ間に彼の話をしてみる事にした。

承太郎は岸辺露伴の事を漫画家である事以外はあまりよく知らない。日常的に共に過ごしている者の話なら難なく話せるだろうし、そうしている間に緊張もいくらか解れるだろう。

「先生はなかなか気難しそうな男だが……君の事は大切にしているようだ。何かきっかけがあったのか?」

岸辺露伴は気難しくわがままかつエゴイストな男。対する来宮美晴は優しく正義感に溢れた少女。一見してこの2人の相性はお世辞にもあまり良いとは思えない。

岸辺露伴と来宮美晴。彼らはなぜこんなにも互いを大切に想い合えるのか。空条承太郎は純粋に疑問を抱いていた。

「きっかけ……きっかけですか……」

美晴は「うーん」と唸りながら考えるが、それらしいきっかけというものが複数思い当たるものの、決定的なものがなんなのか、それをどう説明したらいいのか、そもそもそんな事を考える機会もなかったためにしばらく沈黙が流れる。

「…………」

その間、承太郎はジッと彼女の返答を待つがまさかここまで悩ませてしまうとは思わず、どう話を切り替えようか考えてみるがなかなかいい案は浮かばない。そもそも己もあまり口達者な方ではなく、美晴が勝手に色々話してくれるものだと思っていたのでこれは予想外の展開だった。

「その……いろいろあるとは思うんですけど」

そうやって彼女が口を開いたのは何分後の事だったろうか。露伴が戻ってきていないという事はまだそこまでの時間は経っていないのかもしれない。

「私、露伴先生のスタンドで記憶を読まれてしまうのが嫌だったんですけど……1回だけ読まれてしまった事があるんです。露伴先生の事を巻き込みたくなくて、チリ・ペッパーの事とかいろいろ秘密にしていたんですけど……その時に全部バレてしまって……」

岸辺露伴のスタンド、"ヘブンズ・ドアー"で本にされた記憶は嘘を吐かない。秘密にしていた事も全て暴かれてしまう。

露伴はその時、美晴がチリ・ペッパーに殺されかけた事を知ってしまったのだろう。承太郎も目撃したあの惨状は彼女の能力の弱点を見事に突かれた結果であり、そしてその場にいた誰もが心を痛めた酷いものであった。

「露伴先生はそれ以前から、愛想は悪いけど私の事を大切にしてくれてるんだって思える感じだったんです。でも、その時はすごく怒らせてしまって……私をこの家に閉じ込めようとしたんです。もう、"怖い目に遭わないように"、って……」

露伴は露伴なりに、大切に想う美晴の事を守ろうとしたのだろう。露伴の仕事は在宅で出来るもので、休みの日を除けば大体家にいてやれる。

「……そうか。……まぁ、そうだろうな」

承太郎は帽子のツバを摘んで目を伏せる。

きっと彼はその時と同じ事を今、思っているだろう。今やこの町は殺人鬼まで闊歩する町なのだ。敵意を持つスタンド使いがまだ潜んでいるかもしれない状況で、その時以上に美晴を大切に想っている露伴がそう思わないはずがない。

 

そこでコンコンと客間の扉がノックされ、そこから盆を持った露伴が入ってくると床にそれが置かれ、緑茶の入った湯呑みが承太郎と美晴、そして彼女の隣——露伴が座る場所にも置かれる。

「——さて、本題に入るか」

露伴が椅子に座り、承太郎もひとつ咳払いをして気を取り直すと資料らしき紙をテーブルに置く。

「美晴。君が見たのはこの男で間違いないな?」

紙を覗き込むと"吉良吉影"と書かれていて、その横には彼のものと思しき写真も貼り付けられていた。その下には詳細な彼のデータが載っていて、年齢や住所は勿論、勤務先まで細かく載っている。

「……はい、間違いないです。吉良吉影……彼、私と重ちーくんにすごく細かく自己紹介してきました。……多分、勝利を確信していたから」

吉良吉影はいつもそうしているように、2人の事を始末して証拠を隠滅するつもりだった。だから素性を知られても恐れる事は何もなかったのだ。そしてその通り、吉良は重清を殺す事に成功し、能力が効かない美晴を拉致監禁する事で証拠隠滅に成功した。

承太郎はようやくその時の状況に納得したように数度頷いてから、紙をトントンと指で叩く。

「彼と3日ほど過ごして……なんでもいい、何か気になった事や気付いた事を話してほしい。思い出すのは恐ろしい事かもしれないが……君が忘れても、そうしてくれれば俺達が覚えていられる」

仗助から伝え聞いた話では、美晴は監禁されている間目を潰されていたらしい。そんな中での事を話させるのは正直酷だとは思ったが、今頼りに出来るのは彼女しかいない。

まだこのタイミングなら、吉良は成り代わった他人の生活を把握し切れていないはず。必ずどこかに吉良本人の痕跡がある。それが分かるのは美晴しかいない。

「……吉良吉影は、」

少しの沈黙の後、美晴が意を決したように口を開いて承太郎と露伴の視線が彼女に向く。

「吉良吉影は、"己の平穏"を乱されるのを嫌う殺人鬼です。そのためなら関係ない人を殺す事も躊躇わない……そして彼は、"女性の手"に異様な執着がある人です」

美晴は己の右手を左手で握り、彼の事について嫌でも記憶にこびり付いた数々の正常にして異常な生活を思い出す。

「"女性の手"に執着?」

「はい。彼はパン屋の袋に殺した女性の手を入れて持ち歩いていました。それを重ちーくんと私が見たから……重ちーくんは殺され、私も吉良の家に連れて行かれたんです」

あらゆるものを爆弾に変える能力を持つ彼のスタンド、キラークイーン。殺人鬼にとってはこの上なく便利なスタンドだろう。現に彼は誰にも勘付かれる事なく、15年に渡って殺人を犯し続けたのだから。

「なるほど……なら次に狙われるのもまた女性……という事か。これでだいぶ絞れるかもしれん」

承太郎は手帳にメモを取り、一通り終えるとパタリとそれを閉じてから出してもらった緑茶を啜る。

「生活態度から絞れそうなのはそんなところか……有力な情報提供、感謝する。よく話してくれたな」

珍しく口許に笑みを浮かべる承太郎を見て、美晴は慌てつつも自然とペコリと頭を下げていた。

己が監禁されていた事実は、少なからず今後の手掛かりになり得るものだったのだ。それだけでも無事に帰ってこれた事に意味があるように感じる。

「しかし、女の手が好きだから殺して奪うとか……これはもう異常性癖だな。なのに自分の生活を乱されるのが嫌だなんて……とんでもないエゴだ」

露伴は深い溜息を吐きながらソファに寄り掛かり緑茶を啜る。その姿を見て美晴は思わずクスリと苦笑いを漏らした。

「露伴先生だって、人の記憶を無理矢理盗んで漫画のネタにしようとしてたじゃあないですか」

「ム……なんだよ。君は僕がその殺人鬼と同じだって言いたいのか?僕はもうそんな事はしない」

ムス、とむくれながら露伴は彼女から顔ごと視線を逸らす。

「君が悲しむような事は……もう出来そうにないからな」

そんな彼のか細い声で紡がれた言葉。シンとした室内で妙に響いたように聞こえたその言葉に、美晴と承太郎は目をきょとんと目を丸めた後にクス、と小さな笑い声を漏らした。

「なっ、なんだよッ!そんなにおかしな事言ったかッ!?」

そう抗議する彼の振り向いた顔は茹で上がったタコのように真っ赤になっていて更に笑いが込み上げてしまう。

「フッ……いや、先生は本当に美晴を大切にしているようで微笑ましくてな」

「じ、承太郎さんまでッ!」

まるで頭から蒸気まで出ているようにも見えて承太郎は口角を上げながら目を伏せた。

先程美晴から聞いた話と繋がった。彼はここに彼女を閉じ込める事ではなく、彼女とその周囲のスタンド使い達を信じて自由にしてやる事を選んだのだ。

そして今もきっと。承太郎はそう考えを改めつつあった。

 

「それで、美晴はいつから学校に通い始めるつもりなんだ?」

だから自然な流れでそう切り出した。

今日の午後、仗助達が学校から帰ってきたら吉良邸を一緒に調査する事になっている。しかし承太郎はそれ以降の調査を己やジョセフ、SPW財団のみで行おうと計画していた。

吉良吉影は別人に成り代わって逃走している。変に仗助達が嗅ぎ回れば顔を知られている分、相手も警戒も強めるはずだ。だから仗助達には普通の学生生活を送ってもらおうと思っていた。それは美晴も例外ではない。

「そうですね……吉良に制服を処分されてしまったので、まず採寸とかし直さないと……」

しかし美晴の制服は吉良に拉致された時点で既にボロボロだったし、彼がそれを取っておくような人物だとは思えない。直接処分しているところを見たわけではないが、そうなっているであろう事は容易に想像がつく。

「そうか。なら復帰はもう少し先という事だな……先生はどうなんだ。美晴を学校に行かせる事に反対はしねェのか」

承太郎はその事も手帳にメモしながらチラリと露伴を見る。そこに捉えた表情はやはり浮かない顔をしていて、しかし小さな溜息を吐くと美晴に視線を向けた。

「本当は出したくないですけどね……こいつが行きたいってんなら止める事はしない。周りも強い奴らばかりだしな」

来宮美晴の友人達。恋人の東方仗助を始め、虹村億泰や広瀬康一達は承太郎も認めるほどの実力を持つスタンド使い達だ。そんな彼らに頼むのだから、次こそは大丈夫。露伴は美晴が信じる彼らの事を、性格は相容れないものの実力だけは認めていた。

その様子に承太郎はホッとしたように肩の力を抜く。

(この気難しい男を変えたのは……君なんだろうな、美晴)

仗助から露伴の事を聞いた時はどんなイカレ野郎かと思ったが、こうして美晴と一緒にいる彼はまるで彼女の兄のように感じる。心配性が過ぎる場面もあるが、恐らく彼女の事だけは自分の事のように考えているのだろう。

そんな2人の絆は固く結ばれている。目の前で制服の採寸や携帯電話の再契約の事を話す彼らを見ていると腰を上げるのを忘れてしまいそうだが、この不思議と居心地のいい空間から退出するために密かに名残惜しみながらもソファから立ち上がった。

「話は以上だ。協力感謝する。まだ疲れているだろう……復帰までゆっくり休んでくれ」

「はい。お気遣いありがとうございます、承太郎さん」

そんな承太郎を2人で軒先まで見送ろうとしたが、先に美晴が客間の扉を開けようと背を向けた隙に承太郎は露伴の肩を叩いて引き止め、声を潜めながら1枚の封筒を差し出す。

「吉良吉影の資料のコピーだ。テメーはどんなに言ったって殺人鬼の動向を探るだろう。ただし、何か分かったらすぐに報告しろ」

岸辺露伴。彼が吉良吉影を捜索するのは美晴を拉致した犯人である他にも理由がある。

彼は吉良吉影が犯人である、15年前に起きた杉本家殺人事件の関係者なのだ。他の誰よりも吉良に対する執念は深いはずだ。その彼に捜索をやめて普通の生活をしろだなんて言っても聞くとは思えない。

「……ありがとうございます」

案の定、彼は同じく声を潜ませながら封筒を受け取った。殺人鬼が姿を変えた今、どんな些細な情報でも互いに欲しい。

密やかに結ばれた協力関係は美晴が扉を開けて振り向くと同時に形を潜め、露伴は美晴が承太郎を玄関まで案内している隙に途中にある書斎に資料を置いてすぐに見送りに合流した。

 

吉良吉影の捜索は振り出しに戻ったが、美晴が無事に戻ってきた事で僅かに進展はあった。まだ尻尾を掴むチャンスはある。杜王町のスタンド使い達の結束も深まっている。

必ず見つけ出してみせる——。承太郎は岸辺邸を改めて見上げてから、拠点である杜王グランドホテルへの道を辿り始めた。

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