杜王駅前にある商店街にはさまざまな店がある。昔ながらの八百屋や精肉店など、亀友が出来た後でも活気を失う事はない。
その一角にある"村雨書店"も例外ではない。
村雨 焔。ぶどうヶ丘高校に通う2年生。彼はその書店の1人息子である。
「こないだの"靴のムカデ屋"のガス爆発、すごかったなぁ。ウチも気を付けないとな」
カウンターの奥から店主である父親が顔を出す。店番をしていた焔はそちらを振り返るとわざとらしく溜息を吐いてみせた。
「で?だから?暇ならレジ代わってよ。俺まだ宿題あるんだけど」
「ン、父さんも用事あるから……」
いそいそと店の奥に引っ込む己の父親を見てまた溜息を吐く。
「ったく、マジで腹立つ……」
そんな悪態をつきながら、焔はカウンターの狭いスペースに腕を置いて頭を乗せる。店内はそこまで人も居らず、先程からただただ暇な時間が流れていた。
「ガス爆発、ねぇ……」
フゥと短く溜息を吐きながら、先程父親が言っていた事故の話に思いを馳せる。
焔は知っている。世間では"ガス爆発"と報じられているその事故の正体を。
矢安宮重清が殺され、来宮美晴が行方不明になったあの日。村雨 焔もまた導かれるようにスタンド使い達の元に集まっていた。岸辺露伴の激昂する姿、そして来宮美晴が殺人鬼に拉致された事実は、体育祭の時に彼らと対峙した焔にとっても衝撃的な出来事であった。
件の"ガス爆発"が起きたのはその3日後の事である。広瀬康一と空条承太郎が"靴のムカデ屋"で例の殺人鬼——吉良吉影と対峙したのだ。吉良吉影のスタンド、キラークイーンは人や物を爆弾に変えるという能力を持っており、ムカデ屋で起きたガス爆発はそれの能力が引き起こしたものだったのだ。
勿論ながらムカデ屋の店主は吉良によって殺され、店も継ぐ者がいないので近々取り壊しになるらしい。突然すぎる痛ましい"事件"に、商店街の者達は皆心を痛めたばかりである。
焔は身を起こして椅子の背もたれに寄り掛かり、軽く伸びをする。
来宮美晴は先日、吉良吉影の元から無事に生還してきた。今は彼女の精神状態の安定や新しい制服が届くまでの期間、休学しているとの事だが本人は元気らしい。
しかし、吉良吉影は姿を変えて未だ逃走中であり、吉良の自宅に居着いていたらしい彼の父親の幽霊もスタンド使いを増やす弓矢を持って逃げおおせたという。結局捜索は振り出しに戻ったというわけだ。
(しかしまぁ、来宮が戻ってきた事は大きいか……空条さんもアイツから話を聞いて目星を絞るとか言ってたしな……)
来宮美晴。吉良吉影と1番接触した時間が長かった人物。彼女は拉致監禁されている間、吉良に目を潰されていたらしいが思いの外冷静だったようで空条承太郎にその時の事を全て話していた。それがついこないだの事であり、彼から配られた1枚の写真を制服のポケットから取り出す。
(けど吉良吉影……ぶったまげたぜ。コイツはここの常連だ。俺も親父もよく知ってる顔だ)
そこに映る吉良吉影の逃亡する前の姿。彼はなんと村雨書店によく足を運んでいたのだ。本は勿論、ノートや日記帳、文具も買っていく。常連だったのでカウンターで言葉を交わす事も少なくなかった。
ああ、なんという事だ。やはり"スタンド使いはスタンド使いと引かれ合う"ものなのだろうか。
彼の正体を知らずに接していた自分が、まるで恐ろしい存在のようにも思えてゾッと鳥肌が立つ。
そこまで思い返した時、入口の扉が音を立てた。反射的に背もたれから身を起こし、そちらを窺うと岸辺露伴の姿が視界に入る。
「おや、岸辺先生じゃあないですか」
「ム!村雨 焔……」
彼は焔を見るなり顔をしかめる。
村雨 焔。スタンド名は"キャプター"。空洞のあるものに人や物を閉じ込める能力を持つ。彼は体育祭の時に美晴の事をその能力を使ってダンボール箱に閉じ込めた事があったのだ。——多少恨まれていても仕方はないと思うが。
「やだなぁ、そんな怖い顔しないでくださいよ。もう来宮には手を出さないんで」
眼鏡の位置を直しながら焔がジッと露伴を見つめる。焔はもう美晴に付き纏う事はしないと決めていた。だって彼女の周りは岸辺露伴を始め、東方仗助や虹村億泰等、彼女に手を出そうものならその圧倒的な力をもってねじ伏せてくるだろう者達ばかりでそういう気になれない。一般男子ならまず、彼女にはおいそれと近付く事すら出来ないだろう。
そんな意味も込めて視線を注いでいると、露伴はようやくカウンターまで歩み寄ってきてくれた。
「これ、来宮に渡しといてください。アイツが取り寄せ注文してた本です。お代は前払いでもらってるんで」
しかし小説と漫画が4冊ほど入った紙袋を渡しながらそんなちょっとしたお使いを頼めば、あからさまに眉間のシワを濃くする。
「なんだ、美晴のヤツ……お前とまだ交流があったのか。憎いとか言ってなかったか、美晴の事」
「昔の話ですよ。それにこれは客と店員のやり取りの範疇です」
違いますか?と緩く首を傾けてみせる。仕事に私情は挟めない。仮にまだ彼女の事を憎いと思っていても、それが本を売れない理由にはならない。それにこうして美晴がこの店で本を取り寄せるという事は、焔の事をもうそこまで咎めていないという事でもある。
露伴もそれで渋々納得したようで紙袋を受け取ってくれた。
「今、妙なガキに付き纏われててさ……ここには来てないよな?」
彼は用心深くぐるりと周囲を窺い、焔もそれに釣られて椅子から腰を上げると身を乗り出して辺りを見回す。彼が言うからには明らかに挙動のおかしい子供だろう。亀友でよく見るような。しかしここは昔からの所謂常連客の方が多い。その中にそんな子供は居らず、また今この場にもいなかった。
「来ていないならいいんだ。これでやっとゆっくり出来る」
露伴はそう言うとカウンターから離れ、図鑑が置いてある棚へと移動を始める。それを見届けてから焔も椅子に座って背もたれに体を預けた。
(ホント、変な組み合わせだよな……岸辺先生と来宮って)
岸辺露伴と来宮美晴。外から見ればかなりちぐはぐなコンビだ。しかしあの日の露伴の激昂の仕方を見るに彼はかなり美晴を大切にしているように思えるし、それは恐らくあの場にいた人間なら誰しもそう思った事だろう。だからこそ、不思議で奇妙な関係に映るのだが。
(けどま、詮索するほどあの2人と仲良いわけじゃあないし、気になりはするがどーしても知りたいわけじゃあなし……)
暇だから考えてしまうのだろうが、焔にとってそれはどうでもいい事だった。あの2人にはあの2人の事情があるのだろうし、誰だってそういうのはある。焔にとってはその事よりも、欠伸すら漏れ出るこの物凄く暇な店番をどう切り抜けるかの方が重要だった。
「すいませ〜〜ん!この本くださ〜〜い!」
しかしそこで唐突に子供の声が聞こえ、そちらに視線を向ける。先程露伴が向かっていった図鑑が置いてある棚の通路から頬に穴の空いた子供がひょっこりと顔を出していて、それを追うように露伴の顔が再び通路から覗いた。
「待て、きさまァァッ!!さっきからなんなんだよッ!!」
もしかして彼が言っていた"妙なガキ"とは、この今顔を出している子供の事だろうか。その子供はイラスト図鑑を大事そうに抱えていて、だがしかし露伴もそのイラスト図鑑が目当てだったらしい。
「ジャンケンで……決める?」
子供は露伴に向かって不敵に笑いながら握った拳をチラつかせる。対する露伴は付き纏われて怒り心頭のようだったが、やがて一歩踏み出すとジャンケンの構えを取った。
「いいだろう……後出しは負け、あいこは決着がつくまでだったな……」
おいおい。まさかここでおっ始めるつもりかよ。焔は他の客がいないかカウンターから周囲を見渡したが、幸か不幸か今のところ店内にこの2人以外の客は見当たらない。
くそ、追い出す口実を作れないじゃあないか!焔は嫌な予感を背筋に走らせながら再度2人を視界に入れる。
「いくよ!ジャァァン〜〜ケン!」
そんな焔の心境なんて露知らず、子供の方が大きな声で掛け声を発した。——が。
「グーーーッ!!だッ!!」
ボグゥッ!と鈍い音と共に子供の体が後方に吹っ飛んだ。次いで露伴に視線を転じると、言葉通り"グー"の形で握った拳を前に突き出した姿が見えて思わず顔を顰める。
「うわ……今、俺の中で岸辺先生の株が大暴落しました」
あの人気漫画家、岸辺露伴が頭に来たとはいえ子供を殴るなんて。しかし露伴はそれを意に介する様子を見せずに声を張り上げた。
「うるさいッ!!さっきから付き纏われて事あるごとにジャンケンを挑まれてッ!ウザったいんだよッ!!クソガキがァッ!!」
ビシッと音がつく勢いで子供を指差す露伴。
分からない。来宮美晴、こんな奴とどうして一緒に暮らしていけるんだ。一度危害を加えた身で言うのも何だが、乱暴されたりしていないだろうか。焔は柄にもなくそんな心配すらしてしまっていた。
「焔ー?何か揉めてるのか?騒がしいぞ!」
そこで父親の声が店の裏から聞こえてハッと息を飲むとカウンターから裏の方へ声を掛ける。
「なんでもなーいッ!」
「そうかー!あ、悪いけど今来た本の整理手伝ってくんないー?」
父親の声はそう言葉を連ねる。
しめた。いつもなら面倒くさいと思うところだが、今となってはこの場を離れる口実になる。この2人とは今はもう関わりたくない。
「今行くーッ!」
焔はまだ床を転がっている子供とそれを見下ろす露伴を尻目にササッと離れると、一旦その場を後にして店の裏へと引っ込んでいった。
数十分後。
焔がカウンターに戻ってくるとさすがに露伴と子供はいなかった。ホッと安堵しながらカウンターの椅子に座ると、客の男がノートを持って会計するためにここにゆっくりと歩み寄ってくるのが見えた。
「いらっしゃいませー」
椅子から立ち上がりノートを受け取りながらチラリとその男を見遣る。仕事帰りらしい、スーツに身を包んだ黒髪の男は何を言うでもなく会計の前に立っている。常連ではなく、焔も初めて見るその男が持ってきたノートには表紙に"かんじれんしゅうちょう"と書かれていた。
「お客さん、ここ初めて来る人ですよね?お子さんのノートですか、これ?」
焔が会計しながら何となしに、常連にもいつもそうしているように男に話し掛けてみると僅かに彼の肩が跳ねる。
「ん、あ、あぁ……そう、なんだ」
加えてぎこちない返答。焔は"そんなに動揺するような事言ったか?"と一瞬訝しんだが、もしかしたら極度の人見知りなのかもと強引に片付ける事にした。——そんなんでよく社会人やってられるな、とは思ったが。
「なつかしーな、俺もこれで漢字の練習しましたよ。小学校までですけどね」
ノートを紙袋に包み、代金を受け取ってお釣りを渡してからそれを男に差し出す。
「ありがとうございます。是非ご贔屓にしてください」
「あ、あぁ……ありがとう、そうするよ」
男は終始挙動不審だったが、杜王町の商店街で店を構える人達は皆一様にフレンドリーで馴れ馴れしい態度を取る事もあるので、男も驚いただけだろう。亀友にも書店があるが、あちらは格式ばったマニュアル接客なのでこちらとは大違いだから余計だ。
(俺も吉良吉影とあーやってフツーに会話してたな……今となってはゾッとするけどな)
椅子に座り、フゥーッと長い溜息を吐く。
今しがた相手をした男。
その男の正体を村雨 焔が知るのは、もう少し先の話になる。
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