東方仗助のクレイジー・ダイヤモンド、来宮美晴のガーディアン、そして虹村億泰のスタンド。3人のスタンド使いが1人の少年——広瀬康一を巡って睨み合っている。
「おい億泰……」
そこに窓の男が静かに声を響かせた。相変わらずあの男だけは顔がよく見えない。
「スタンドと云うのは車やバイクの運転と同じなのだ……能力と根性がねえ奴はどんなモンスターマシンに乗ってもビビってみみっちい運転するよなぁ…!?」
「兄貴……あんまりムカつく事言わんといてくださいよ……ッ」
窓の男——億泰の兄は弟に対して説教まがいな事を言い始める。どうやら億泰が簡単に仗助に殴られたのがイマイチ気に喰わなかったらしい。その後もなにやらあの兄は弟にクドクドと説教を説いている。
「…!」
美晴はそんなよくある兄弟の様子をポカンと眺めていたが、仗助が彼女を振り返って"そこで待ってろ"と手を前に出して合図を送っている。静かに頷いてみせると、彼はそのまま億泰の横を素通りしていった。そのあまりにも簡単な突破方法に思わず美晴もカクッとズッコケるように首を傾ける。
(え、えぇ〜ッ……)
確かに、特撮ヒーロー物の敵のように、立て込んでいる様子の相手を律儀に待っている必要はない。それに今は一刻も争う事態なのだ。尚更待つ義理はない。
しかしこの虹村億泰という男——、
「あぁーッ!仗助、きさまッ!俺が話している間にッ!卑怯だぞッ!!」
「お前……頭悪いだろ」
そう、彼はきっと頭が悪い。仗助の方が1枚も2枚も上手のようだ。振り返ってスタンドの拳を再び突き出す億泰だったが、仗助は極めて冷静だった。
「退いてろっつってんスよ!」
バキッ!と再び仗助のスタンドの拳が億泰の頬を叩く。その衝撃で彼は美晴の方に吹っ飛び、仗助は康一の元へと無事辿り着いた。
(私の能力、使うまでもなかったかもしれない……)
美晴はそっと仗助に使っていた能力を解く。てっきりもっと苦戦を強いられるかと思っていただけに、なんだか拍子抜けだ。まぁ、相手がバカで良かった、と思えるだけ平和的かもしれない。
ふわりと能力を解除した感覚が伝ったのか、彼は美晴の方を振り向いてグッと親指を上に立てていた。それに返事をするように美晴もまた親指を上に立てたが、仗助が康一の方へ向き直ったタイミングで足をガシッ!と掴まれて弾かれるように下を向く。
「へへっ…へっ…!女を捕まえたぜッ!!」
億泰だ。億泰が這いつくばりながら美晴の両足をガッシリと掴んで彼女を見上げていた。
「なッ…、んッ!」
彼は美晴が声を上げるより速く彼女の体をよじ登るかのようにして立ち上がり、後ろに回り込み体を押さえて口を手で塞ぐ。
「おぅい東方仗助ェ!その小僧から離れなァ!さもなくば、この女に俺の"ザ・ハンド"を叩き込むぜェ…!?」
「み、美晴ちゃん!?テメーッ…!!」
億泰は己のスタンド——ザ・ハンドをすぐそばに現し、美晴にその右手を向けていた。
(康一、あともう少しだけ待っててくれ…!)
仗助は唇を噛みしめ、康一から離れるように立ち上がり億泰の方へ一歩ずつ歩み始める。
「そうだ。もっと近くに寄んな……俺の射程距離までよォ」
まずい事になった。相手がバカだからと油断してしまった。
ガーディアンの守護を掛けられるのは"対象が受ける攻撃の初期段階"までだ。"殴る"なら"拳が体に触れた瞬間"、"刃物で斬り付けられる"なら"刃物が体に当たる瞬間"、"暴言"なら"最初の一文字が発声された瞬間"までなのだ。元々は先程の仗助のように、"攻撃される前提で最初から守護を掛ける"事で安全に効果を発揮する能力なのである。
岸辺露伴に記憶を読まれそうになった時、まだ"扉"は完全に開かれていなかった。だからガーディアンをギリギリ発動する事が出来たのだ。もし扉が開き切り、記憶を羅列したページが彼の視界に入っていたら手遅れだっただろう。
しかし今の美晴は完全に油断し、億泰の"美晴を捕まえる"という攻撃を通す事を許してしまった。だから彼に捕まってしまっている。
(でももし、この億泰が"これから"何か私に仕掛ける気なら……防げない事もないわ)
それでも美晴はまだ諦めていなかった。"捕まえる攻撃"はまだ続いているため、この攻撃を振り切る事は能力では何ともならないが、"これから来る攻撃"はまだ何とかなるのだ。
今はあくまで康一の怪我の治療が優先事項。己の身は己でまだ守れる。
「……ッ!!……ッ!!」
口を塞がれているため身振り手振りで仗助に合図を送る。"自分は大丈夫、康一のところへ戻って"、と。それがなんとか伝わったのか、仗助は足を止めた。
「……美晴ちゃんに1発でもブチ込んでみろよ。テメーに返ってくるぜ」
彼は決して億泰からも目を離さないよう、康一のいる方に向かって後退りを始める。その様子に億泰は信じられないといった様子で目を見張り、すぐに焦りの色を浮かべた。
「仗助ェ!テメー自分の女に手ェ出されて涼しい顔してんじゃあねぇよ!いいぜッ、ブチ込んでやらァッ!!」
ザ・ハンドの手が億泰の動きを真似るように拳を大きく振りかぶってから美晴の頭上に落ちてくる。その様子に仗助は一瞬だけ血の気が引く心地になったが、美晴は予想していた通りに事が運び口角を密かに上げた。
「ぬぅおッ!!?」
直後、ガツンッ!と金属にぶつかるような音が響き、ザ・ハンドの仕掛けた攻撃が弾かれるように勢いよく拳が上がる。動揺して美晴の身体を拘束する手の力が緩まったのを感じ、彼女は体勢を崩した億泰の脚を払うように蹴り上げる。
「がッ!?」
尻餅をついて転んだ億泰を尻目に、美晴はその腕から脱すると仗助の元へと走った。
「グレート…!まったく冷や汗かいたぜ!」
「心配掛けてごめん!それより早く康一くんを!」
程なく合流し、2人は康一の方へと駆け寄る。だがその背後にはまだ動く影があった。
「行かせるかよォッ、タコがッ!!」
その声に反応する事なく2人は一目散に走る。——はずが。
「ッ!?」
ガオンッ!と音が響いた、その後が何かおかしかった。
「どりゃッ!」
「きゃあっ!」
「うぐっ!?」
美晴の背中に突き飛ばされるような衝撃が走る。前屈みに倒れた彼女の身体はそのまま前にいた仗助に同じ衝撃を与え、2人して地面に倒れ伏す。
「あれェ?さっきは弾かれたのによォ、今度は違ったなぁ…?」
一方の億泰は、したり顔で突っ伏している2人を見下ろしていた。仗助に後ろから被さる形で伏せていた美晴が起き上がるのを見て、その両肩をがっしりと掴む。
「もしかして、攻撃されるか分かんなかったらよォ……攻撃出来ちゃうんじゃあねぇの…?」
ゾクッと背筋に冷や汗が伝う感覚に陥る。美晴の能力は不意打ちの類とは相性が悪い。こんなに早く己の能力の弱点がバレてしまうとは思わなかった。
「どぶッ!?」
しかしそんな億泰の身体が突如後方に吹っ飛んだ。目の前にはクレイジー・ダイヤモンドの腕が見え、仗助が起き上がって美晴をさりげなく己の方へ引き寄せる。
「触ってんじゃあねぇっスよ…!クソッ、なんなんださっきのはよォー…!なんで億泰がこんな近くに!」
仗助の声で美晴もハッと意識がこちらに戻ってきた。
そうだ、結局のところ謎はそこなのだ。2人は先程まで走っていて、対岸まで距離はそこまでなくとも億泰とは十分な距離が開いていたはず。それが何故か一瞬で、億泰が背後1メートル前後といったところまで迫っていた。
「違う……"億泰が来た"んじゃあない。"私達が億泰の方に行った"んだわ……」
美晴は改めて今の距離感を見つめ直す。"億泰が来た"なら、2人の身体は康一の方へ確実に寄っているはずだ。だが"私達が億泰の方に行った"から、康一からは離れている。
「へへっ……そうだぜ。俺の"ザ・ハンド"は"右手で触れた物を何でも削り取っちまう"のさ」
億泰が殴られた頬を押さえながら起き上がり、ザ・ハンドを可視化させる。
「そして削り取った断面は……何事もなかったかのように塞がっちまう!それは削り取った物が"空間"であっても同じなんだぜェ…!」
億泰はザ・ハンドで空間を削り取り、2人を手繰り寄せたのだ。
美晴の能力では空間を守る事なんて出来ない。このままではどんなに頑張っても康一の元へ辿り着くことは出来ない。
やはりこの虹村億泰を倒さなければ、康一を助ける事は出来ないようだ。
「美晴ちゃん……ちょっとアレ、借りるぜ」
どうやって虹村億泰を再起不能にさせるか。美晴は頭の中でぐるぐる考えていたが、仗助がスクッと立ち上がってそんな事を言うものだから彼を見上げて疑問符を浮かべる。そして彼はまた、美晴の返事も聞かないままに億泰を視界に入れてジリジリと後退りを始めた。
「何度やっても同じだぜェ!!」
再びザ・ハンドが右手を仗助の方に振りかぶる。そしてそれはガオンッ!と先程も聞いた音を響かせて空を切った。
これだ。先程私達を手繰り寄せたのは、これだったのだ。美晴の身体は射程外のようで、今度こそその瞬間を捉える。カラカラと転がっていた空き缶が吸い寄せられるように億泰の方へ1人でに向かい始めている。そして仗助の学ランの裾は引っ張られるように、風も吹いていないのにはためき始める。
「仗助くん、来るわッ!」
"あれ"が来る。先程2人の身体を手繰り寄せた、あの感覚が来る。美晴は直感的にそう感じた。
「ああ……けど億泰。やっぱお前、バカだな」
「何ィッ!?」
仗助がそう呟いたのも束の間、彼はスッと横に身を引いた。それと同時に先程まで彼が背後に隠していた物——美晴の自転車がガタガタと音を立てて揺れ、やがてビュンッ!と勢いよく億泰の方へ吸い寄せられるように向かっていった。
「うがァァッ!!」
ガシャンッ!と億泰と自転車が衝突し、彼は自転車の下敷きになってあっけなく昏倒してしまった。
「ふぅ〜ッ、虹村億泰……やべー能力の持ち主だぜ。こいつがバカでなけりゃ、もっと苦戦してたかもしれねぇな」
攻撃に使った美晴の自転車とそのカゴに入っていた先程買ったプリンはクレイジー・ダイヤモンドで修復出来た。それにしても東方仗助、この人だけは本当に敵に回したくない人だ。美晴は機転の効いた反撃を仕掛けた仗助を改めてそう評価していた。
億泰の事は彼に任せ、美晴は康一の方に視線を向ける。
「どれ、しばらく意識が戻んねーようにキツ〜く首を絞めてやるか。せーの…!」
「仗助くん、康一くんが!」
しかし門のところにいたはずの康一の姿が忽然と姿を消していて、思わず声を上げると彼もそちらを向いた。
「なっ……康一!?」
康一がいたはずの場所には血溜まりだけが痛々しく残され、2人は億泰の事を放ってそこまで駆け寄る。するとズルリ…ズルリ…と、何か這いずるような音が耳を掠めて互いに顔を見合わせる。それは目の前に聳え立つこの廃墟の中に入っていくようにも聞こえ、門を越えて敷地に踏み込んだ時、一瞬だけズルリと康一が廃墟に引きずり込まれていく様子が見えた。
「いい加減にしろよなッ…!!」
仗助が怒りを露わにし、更に踏み込んでいくのを美晴も追い掛ける。こんなにあからさまに、見せびらかすように引きずり込むなんて煽っているようにしか見えない。
だが行くしかないのだ。見捨てておけない。
開きっぱなしの玄関を潜ると、引きずる音が止まった。そして、暗がりの中に矢が刺さったままの康一と、もうひとつの人影が見える。
「この矢は1本しかない貴重なものでね。回収しなければな」
窓の男と同じ声、同じ背格好。彼は虹村億泰の兄、その人であった。兄は康一に刺さった矢に手を掛け、引き抜こうとしている。
「おい、矢を抜くんじゃあねーぞ!出血が激しくなる…!」
これ以上出血が続けば、康一の命に関わる。しかし虹村兄にとってはそんな事はどうでも良かった。
「……弟がマヌケだったから、俺が貴様らを殺さなきゃあならなくなった。となると、この矢をこのまま小僧に刺しておいたら誰かに見つかっちまうかもしれないだろ?」
矢尻を弄びながら、兄はジッとこちらを見つめている。
「見つかって折られでもしたら大変だ。これは俺の目的のために大切な物なんだからな。先程も言ったが、この矢は1本しかないのだ」
だから康一が死んだとしても構わない。目的のために矢を回収し、違う人間に矢を射る。彼はそう言っているのだ。CDを聴き終えたらケースにしまってから次のCDを聴くように、彼にとってはそれが当たり前なのである。
だから彼は容赦なく、当たり前に、康一の胸に刺さった矢を引き抜いた。康一はまた口から吐血し、意識を失ったまま痙攣し横たわっている。
「仗助くんッ!」
それに激昂した仗助が屋敷の中へと駆け込んだ。それを兄が鋭く睨む。
「ほう……この屋敷の中に入ってくるのか!」
「考えて物を言えよ……入んなきゃあ、テメーをブチのめして康一の怪我を治せねえだろうがッ!!」
何かおかしい。やっと姿を現した億泰の兄が、こんなに簡単に彼の侵入を許すだろうか。
違う。侵入を許すというより、これは"誘い込まれた"という方が正しいような気がする。
「ッ!?」
そこに億泰が身体を引きずって美晴のすぐそばまでやって来た。だが彼は美晴の事など見向きもせず、屋敷の中へ足を踏み入れる。
「兄貴ッ!俺はまだ負けてねぇッ!!そいつへの攻撃は待ってくれッ!!」
「ちょ、ちょっと!あなたとの勝負はもうついたじゃない!」
億泰の事などあの2人は見向きもしていない。もう終わった事なのだから。美晴は億泰の腕を掴んで引っ張るが彼の体はそちらに傾く事はなく、寧ろ掴んでいる美晴が若干引っ張られて彼女も屋敷の中に踏み入る。
直後、パタパタパタ……という奇妙な音と共に、視界の端で何かが光った。
一瞬の出来事だった。直感的に危険を感じた仗助が咄嗟に立っていた位置から避けると何か無数の物が空を切る音が聞こえ、億泰の頭に蜂の巣のように無数の小さな穴が血を噴き出しながら空く。
「え…っ?」
彼は攻撃の勢いに負けたように背後にいる美晴に向かって仰向けに倒れ、支えきれなかった美晴は彼と共に尻餅をついた。
「そっ、そんな!どうして…!」
改めて億泰の傷を見るが、やはり無数の小さな穴が空いている。どんな攻撃をしたらこんな傷になるのか、見当もつかない。
だがそれよりも——、
「どうしてこんな事…!あなたこの人のお兄さんでしょうッ!?どうしてそんなに冷たいのよッ!」
美晴は兄の攻撃によって負傷した億泰を抱えながら彼の兄を見る。しかし彼の顔は弟が己の攻撃によって傷付いたにも関わらず、表情ひとつ変えない。それどころか苛立ちすら浮かんでいるように見えて美晴は声を荒げる。そんな彼女を見て、彼はフゥーッ…と長い溜息を吐いた。
「それはなお嬢さんよ。弟が本当にバカだからだ。俺のスタンド攻撃の軌道上にノコノコ入ってきた……昔からそうだぜ、こいつはバカでマヌケなんだよ。まるで成長しない」
億泰がバカな事は否定出来ないかもしれない。だがそれとこれは別だ。謝罪くらいしたらどうなんだ。身内が負傷したのだから、心配くらいしろ。美晴はそんな事をぐるぐると頭の中で考えていた。そして兄にそんな風に言われる億泰が哀れに思え、ハンカチで出来る限りの止血を試みる。
この兄は冷酷で容赦がまるでない。加えてスタンドも厄介な代物らしい。
彼をどうやって攻略するか……まずはスタンドの正体を見極めなくては。美晴はガーディアンの守護を億泰に掛けながら、周囲を注意深く見回した。