天才漫画家の給仕係   作:斎草

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高校生の恋愛事情

 

虹村億泰は、あれから仗助や美晴達と同じぶどうヶ丘高校に通う事になった。父親がDIOから受け取っていた金や宝石のおかげでこれから5、6年は生活していけるだけの蓄えがあるらしく、家もあの屋敷にそのまま住む事にしたそうだ。

 

「はよ、美晴ちゃん」

「はよーっス、美晴」

美晴が学校の駐輪場に自転車を停めると、わざわざ仗助と億泰が駐輪場に立ち寄ってきた。

「おはよう仗助くん、億泰くん」

美晴もいつも通り給仕係の仕事を再開し、今朝も洗濯や朝食作りをこなしたばかりだ。

「仗助くんだ!おはよう!」

「仗助くんおはよう!今日も髪型ステキね!」

「仗助くんおはよー!」

するとすかさず駐輪場にいた女子生徒達数名が仗助に笑顔を向けながらすれ違っていく。その様子を億泰はポカンと、美晴は彼らとソロっと距離を少し置いて見ていた。

「仗助よォ……こないだからずっと思ってるけどオメー、スゲーモテるんだなァ〜ッ……」

億泰は羨ましそうに彼を見るが当の本人は「そうか?」と特に気に留めている様子ではないようで、美晴は思わず苦笑いを零した。

「仗助くんってすごく人気あるけど、全然女ったらしじゃあないのよ」

美晴は思った。もし自分が男で仗助のようにモテていたら、少しくらいはデレデレしてしまうだろう、と。だが彼は違う。鈍感ともまた違うと思うのだが、何故か彼は言い寄ってくる女子達になびく事がないのだ。というのも本人曰く、"あいつらが好きにやってるだけだから、俺も好きにやってるだけ"、との事だったが——。

(可愛い子も美人な子も結構いるのに、全員タイプじゃあないって事なのかしら……)

東方仗助はああ見えて優しい。タイプじゃあないのに思わせぶりな態度を見せるのは相手を傷付けるだけだと理解しているのかもしれない。多分、本能的に。

 

「美晴よォ、仗助の事好きな女子らにいじめられたりしてねーか?」

仗助のモテ話を本人不参加で続けながら昇降口まで歩き、反対側の下駄箱から上履きを取る億泰が美晴を振り返る。

「それは問題ないわ。仗助くんが言ってくれたから」

あれは仗助と仲良くし始めた頃の事。彼は美晴を見てムッと険しい表情を見せた女子達に"こいつは友達だ"と言ったのだ。彼女らは意外にも聞き分けが良く、"仗助くんがそう言うならそうなんだ"と素直に納得していたのを覚えている。おかげさまで美晴は平和な学校生活を送れているのだ。

 

そんな話をして美晴も上履きを取ろうと下駄箱を開けると、上履きの上に1枚の封筒が置いてあるのを見つけた。薄紫色のそれを手に取って裏表を確認するが、送り主が書かれていない。

「あっ!!美晴!!それってよォ、もしかして…ッ!!」

億泰が彼女の背後からニュッとその封筒を覗いてくる。次いで仗助もニュッと反対側から顔を覗かせると、目をまんまるく見開いた。

「ええッ!?美晴ちゃん!それってひょっとして…ッ!!」

「あの、2人とも声が大きい……」

2人とも顔が美晴の耳に近かったからか、キーン……と声が鼓膜に直接響いたように感じて眉間にシワを寄せる。

「わ、わり……つい興奮しちまった」

「仗助くん、自分の事には疎いくせに人のにはすぐ反応するのね…!」

仗助も一応恋愛というものがどういうものなのかは理解しているようで美晴は人知れず安堵したが、この3人の中で唯一モテている彼が人の恋路を気にするなんて意外だった。そう、これは、今私の手にあるのは、紛れもなく恋文の類なんじゃあないか。しかもこんなベタな手法で届けられている。

「なぁ〜ッ!開けて見せろってェ〜ッ!」

「億泰くんは遠慮というものを知りなさい…!」

虹村億泰、彼は変なところでデリカシーがない。誰かさんそっくりだ(その誰かさんはこの時間にくしゃみをしたらしい。おかげでインクが飛び散ったとか何とか、後で美晴に愚痴を零していたのはまた別の話である)。

しかし、しかしだ。確かにこれの中身を教室で読むには難易度が高い。これはここで開けてしまった方が良さそうだ。ちょうど仗助と億泰が背後から覗き込んでいる事もあって、上手く壁の役割をしてくれている。

美晴は高鳴る心臓を心の中で諫めながら封を開け、背後の2人が固唾を飲み込む音を聞きながら丁寧に折りたたんである便箋を開く。

 

『あなたにお話があります。放課後、教室で待っていてください。』

 

小さな薔薇をあしらった便箋。その罫線に沿っているのは几帳面だが丸みを帯びた字だった。だが短く綴られた文面に添えられるはずのものがなく、美晴は便箋の四隅までしっかりと目を配る。

(やっぱり送り主が書いてないな……)

こんなに几帳面な字を書く人が自分の名前を書くのを忘れるなんて有り得るのだろうか。

しかしそんな美晴の様子などお構いなしに、背後の2人はバシバシとその小さな背中を叩いていた。

「美晴〜ッ!オメーもモテそうだと思ってたけど、こいつぁ大当たりだぜェ〜ッ!!」

「幸せにならねーと男の方をブッ飛ばすからなァァ〜ッ!!」

「痛い痛い痛い…!ちょっと2人とも!私まだ付き合うとも言ってないしそれに…!!」

早々に好き勝手言い始める男2人の手を美晴は払うように振り返って便箋に並べられた文字を掲げる。彼らはぱちくりと目を瞬かせながらそれを見つめていた。

「この字、この丸みのある字!送り主は分からないけど女の子だわ。便箋も女子っぽい色とデザインだし……きっとうちのクラスの誰かと間違えたのよ」

この学校の下駄箱には生徒の氏名が入っていない。代わりに出席番号が並べられていて、生徒達は自分の番号で下駄箱を管理しているのだ。ちなみに生徒用ロッカーにはちゃんと氏名が入っている。

「可能性があるとしたら仗助だけどよォ……オメーら出席番号離れてんじゃん。間違えるとかあり得んのか?」

億泰は違うクラスなので除外するが、仗助と美晴は確かに出席番号も離れていて下駄箱もそこそこ距離が空き、更には段まで違う。間違えたという可能性は低い。

「あ、おはよう仗助くん、美晴さんに億泰くんも」

そうやって3人で唸っているところに声を掛けてきたのは広瀬康一だった。彼もこないだから自転車通学に切り替えてバス通学組ではなくなり、仗助達とは登校時間にズレがある。

「……違うよな」

「まさかな……」

「ちょっと失礼よ、2人とも……」

が、康一を見て少しの間を開けた後、3人は挨拶もせずにまたこの恋文の送り主について考えるのを再開する。

「な、なに?なにかあったの?」

さすがに康一も不思議に思ったのか、小さな体で彼らが囲むものを覗こうと試行錯誤していると、美晴は康一なら大丈夫だろうと持っていた手紙を彼に渡した。

「それの宛先が誰なのかを話していたのよ。私の下駄箱に入ってたんだけど、便箋と筆跡からして女子なのよね」

至って簡潔に書かれている内容文を視界に入れ、次に筆跡を見ると確かに丸みがあって女子っぽいな、と康一はすぐに思った。

「ふーん……ぼくじゃあない事は分かるけど。でも仗助くんにしては、下駄箱の位置が離れてて間違いようがないよね」

さすが康一。少し卑屈が入ったのは敢えて置いておくが、すぐにそこに気付くのが彼を甘く見られない要因でもある。

「やっぱり……これは美晴ちゃんに宛てられたものなんじゃあねーか?女子が女子を好きになる事だってあるだろーよ」

「ひょっとしたらこれ書くのにも照れちまって代わりに誰かに書かせた、とかもあり得るぜ!」

康一からもこれの宛先は東方仗助ではないと断定されると、仗助と億泰はすぐに最初に手紙を受け取った美晴を囃し立て始めた。それを受けて美晴もほんのりと顔が赤く染まっていく。

「そ、そうなのかな……こういうの初めてだから……わ、分からないわ……」

自分でも情けない程か細い声で紡がれた言葉。まるで蒸気でも出そうな雰囲気に、仗助と億泰はビシッ…!と衝撃を受けた。

(てっきりまた言い返してくるのかと思えば…ッ!)

(スゲー女子っぽい反応きちゃったよコレェ…ッ!)

恐らく、声に出したら今度こそ反撃されるだろう。

「美晴さん、どうするの?放課後本当に教室に残るの?」

そんな中で康一だけはまともな事を美晴に問い掛ける。その声にハッと意識が戻ってくると、彼が差し出していた手紙を受け取ってもう一度文面を読む。

「そうね……まだどの可能性も捨てれたものじゃあないし……どれにしても誰かが教室に残ってないと、来てくれるのに可哀想だわ」

間違っているなら間違っていた事を直接伝えればいい。もし万が一間違いでなければ、その時によって行動を変えなければならないだろうが。しかし美晴は間違いである事を切に願っていた。だって——、

(こういった体験にとても貪欲な人を知っているから……ネタにされるのは向こうに申し訳ないわ。間違いでありますように)

これに尽きる。

その日の授業は4人の耳には右から左であった。

 

放課後。

「美晴、何かアブねー感じになったらすぐ呼べよ?すぐ助けてやるからな」

「うん、ありがとう」

億泰が美晴の肩をポンポン叩いてからドンと自分の胸を叩く。結局仗助は"なんか間違ってなかったら俺がショック受けそう"などと言って先に康一と一緒に帰ってしまった。残った億泰は美晴がもし相手に無理矢理に迫られたら困ると思い、彼女と一緒に学校に残る事にしたのだった。勿論、美晴に告白をする相手がどんな人間なのか、という好奇心もあるが、やはり友達に無理に手を出されるのは我慢ならない。彼はそういう人間なのだ。

「しかし仗助め、意気地のない男だぜェ〜…!惚れてんなら先にコクれよなァァ〜……」

億泰は美晴のSOSにすぐに気付けるよう隣の自分のクラスの廊下側の席で待機している。

 

東方仗助と来宮美晴。彼らはてっきり男女の付き合いをしているのだと、億泰は最初そう思っていた。だからこそ自分が美晴を人質に取った時に、作戦であっても一瞬でも後退りをした仗助に対し軽蔑の念を抱いたのだ。

しかし後から聞いた話で彼らはそういう仲ではない事を知った。今のように連むようになってから、彼らの間にそういった感情がない事を確認した、それがついこないだの事だった。

だが蓋を開けてみれば、仗助は今朝の事でだいぶ動揺しているように見えた。いつものように昼メシを買いに行けば順番が来たのも忘れるほど上の空で、体育のサッカーではパスが来ても空振りだった。授業中窓の外から見てたんだぞ。センコーに頭ぶっ叩かれたけど。

 

(しかしよォ〜、あの女、なかなか帰らねぇな……)

億泰は同じ教室でずっと座って本を読んでいる女子生徒に視線を向ける。

彼女の名は"山岸 由花子"。学年内でもトップクラスの美人だ。勿論男子からの人気も厚い、物静かでお淑やかな、育ちのいい感じの女子だ。

「あら……もう残っているのは虹村億泰くん、あなただけなのかしら」

視線を感じたのか、由花子も億泰を振り返って視線を向ける。初めて美人に話し掛けられた……、億泰は緊張したようにピンと背筋を張る。

「お、おう。俺だけだぜェ……」

軽く手を挙げて返事すると、彼女は席を立って机の横に掛かった鞄に本をしまい、早々に教室を出て行ってしまった。

(やっぱ俺なんて眼中にねぇよなぁ……)

億泰は1人残された教室で項垂れる。だがすぐにはたと我に帰り、思考を巡らせた。

彼女、山岸由花子はまるで誰もいなくなるのを待っていたようだった。そして美晴に送られてきた手紙の内容は放課後に教室に残っていてほしいという内容だった。

「もしかしてよォ…!そのまさかなんじゃあねぇのか…ッ!?」

なんとなく繋がってきた。あの手紙の送り主は山岸由花子だ。宛先が誰なのかはまだ分からないが、もし下駄箱を間違えていなければ彼女は美晴に何らかの用事があるという事になる。

億泰はガタッと席を立つとコソコソと教室を出て隣の教室をそっと覗き込む。そこにはやはり山岸由花子がいて、美晴と対面で話しているところだった。

 

「あの、来宮美晴さんよね」

自分の席で読書をしていた美晴に突如声が降りかかる。ようやく待ち人が来たかと顔を上げると、そこには息を呑むような美人な女子生徒がいた。

「え、……はい、そうですけど」

「よかったわ、下駄箱間違えてなかったみたい」

頷きながら返事をすると、彼女は嬉しそうに微笑みを見せた。笑うとやはり可愛らしい。美晴はそんな事を思っていた。

「ごめんなさい、自己紹介からよね。あたしは山岸由花子。隣のクラスよ」

「あ、はい。私は来宮美晴です。……えっと、山岸さん。私に何の用だったんです…?」

まさか本当に女子同士の恋愛が始まってしまうのだろうか。美晴は内心ドキドキしながらも震えていた。そんなのは岸辺露伴の恰好の餌食だからだ。

しかしその内容は、美晴にとって別の意味で衝撃的だった。

「広瀬康一くんのお友達……でしょう?ねぇ、彼って最近……とても凛々しくなって格好良くなったと思わない?」

その口から飛び出したのは、なんと広瀬康一の名前だったからだ。そこから連なる彼を称賛する言葉に美晴は暫し目を瞬かせる。

もしかして私が呼び出されたのは、私に対する告白ではなくて私の友達に関する恋愛相談だったのでは!?しかも東方仗助でもなく、広瀬康一だった!

「え……っと、うん、でもそれはなんか分かる気がするわ……」

しかし由花子の言葉を否定は出来なかった。

 

広瀬康一はあの日、虹村形兆が死んだ日、なんとスタンド能力に目覚めていたのだ。どうやら仗助が彼が死ぬ前に傷を治した事で"矢に刺された"という事実だけが残り、スタンドが発現するという異例の事態が巻き起こっていたようだ。

そのスタンドは最初は卵の形をしていたが、最近広瀬家に起こった事件で孵化し、音を人や物体に染み込ませるスタンド——エコーズとなってその事件を解決したという話だ。この事は既に空条承太郎に報告済みである。

それからというもの、確かに康一には自信と力が湧いているようにも見え、由花子のように見る人が見ればとても魅力的な男性に映っていた。

 

「あたし、その……康一くんの事が好き、なんです。でも、この気持ちをどうしたらいいのか……」

由花子は自分で言いながら恥ずかしそうに赤面していた。

まさか康一がこんな美人の心を射止めてしまうとは。仗助と億泰はすぐに彼に頭を下げるべきだ。勿論、私もだけど。

けれども康一はやる時はやるし、由花子が思っているように本当はとても勇気のある人間だ。決してただの小さい男子生徒ではない。

「なるほど……それで私に相談してきたと、そういう事なんですよね?」

「ええ……でも打ち明けたら、ちょっとばかし気が楽になったわ。それだけでも美晴さんには感謝しないと」

彼女は穏やかに笑っていた。それに釣られて美晴も自然と笑顔が浮かぶ。

康一が何と答えるかは彼にしか分からないが、悪い子ではなさそうだし、もし付き合う事になるなら応援したい。美晴は素直にそう思っていた。

2人は康一の事を中心にどこで告白するか、どんな言葉を使えばいいか等を真剣に話し合う。最近は男子と連む事が多かったからか、美晴は女の子特有のふわふわとした雰囲気が懐かしく感じて自然と身を委ねる。気付けば2人はその後も恋愛相談以外の事も話し始めて終始笑顔であった。

 

「おいィ……美晴、山岸由花子と何を話してるんだ……なんにも聞こえてこねーぜ……」

一方その頃、億泰はずっと教室の外で張り付いていた。しかし彼女らの会話は誰にも聞かれる事なく進行していて、彼は密かにぐぬぬともどかしそうに唸っていたのだった。


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