雪が降りしきるあぜ道を、包丁でお腹を刺された私はただ歩く。
私が殺した二人から逃げるように。あるいは、私を殺した二人から逃げるように。
痛くて辛いはずなのに涙の一つも出てこない。
それでも目が霞んで、どんどん前が見えなくなる。
だから空いている左腕で必死に目をこする。
その時ふと、私は懐に掛けているものが見たくなった。
それはしょーちゃんが作ってくれた三つ葉のクローバー入りのペンダント。
ただし、誰かの血でクローバーの部分に血が付いた。
「しょーちゃん」
思い出す。
火事で大火傷を負って、いつ死んでもおかしくないほど重症になる前の妹を。
「しょーちゃん……」
辛い時にあった救いのあの時を思い出して、私は泣きながらペンダントを抱えてその場にへたり込む。
止まらない。いくら痛くても出なかった、枯れたと思った涙があふれ出て。
――おじいちゃん。心配かけて……ごめんね。
――お父さん。守ってくれて、嬉しかった。
私はもう一度立ち上がる。
行かなきゃ。
私は死んじゃうだろうけど、せめてしょーちゃんの傍で。
私は歩く。絶対に、絶対にたどり着く。
――もっと甘えたかったよ。お母さん。
歩く、歩く。
でも分かってしまう。
――しょーちゃん。ごめんね。
私、しょーちゃんの元にはいけないし
私、結局何もできなかった。
「野崎春花さん、ようこそ死後の世界へ。あなたは不幸にも、若くして亡くなられてしまいました」
「え?」
いつの間にか訳の分からない空間にいた。
周りは黒に染まっているくらい何も見えない真っ暗闇なのに、この辺りだけ明かりもないのに不思議と照らされている。
そして目の前には、羽の生えた綺麗な女の人。まるで天使様みたい……。
「……そっか、私やっぱり死んじゃったんだ」
「はい。そんなあなたへのせめてもの慰めですが、春花さん。あなたをイジメていた七人は全員地獄へ落とされました。そして、あなたの家族は全員天国へと導かれました」
「全員……」
しょーちゃんだけでも、と思ったけど駄目だったんだ……。
「正直、あの大火傷ではよほど高位のアークプリーストでもなければ助けられなかったと……」
アークプリーストって何? って聞きたいけどそれよりも遥かに重要なことがある。
「……天国って、どんなところなんですか?」
「そうですね。現世より娯楽は遥かに少ないですが、とても安らかなところですよ。誰も苦しまず、幸せに暮らしています」
「釘入りのスパイクで蹴られたり、しませんか?」
「しませんよ」
「包丁で刺されたりしませんか……!?」
「しません」
知らず知らずのうちに上がっていく私の語気。それを天使様は黙って受け止めてくれる。
「……家が誰かに燃やされたりしませんか!?」
「しません」
その言葉を聞いて、私は思わず膝をついて泣き出してしまった。
「う、うぅ……!! あぁ……あああああああああああああ!!!」
恥も外聞もない、正直人に見られたくない泣き方だ。
それでも天使様は私を抱きしめて、優しい言葉をかけてくれる。
「ここの仕事を預かっているものとして、あなたの事情は多少ですが存じています。その上で言いましょう。あなたは幸せになっていい。例え誰かがあなたと狂人と罵っても、例えあなたがあなたを人殺しと嘲っても、私たちはあなたを許しましょう」
どうしてだろう。涙が止まらない。
私今日、泣いてばっかりだ。
そして十分後。流石に泣き止んだ私だけど、気恥ずかしさが止まらなかった。
初対面の人? の胸の中で散々泣いた挙句、服までビシャビシャにしてしまって正直ごめんなさいって言いたい。
「ではあなたの今後についてですが」
「はい」
でも天使様が全く気にしないので、謝るタイミングを失ったまま話が進んでしまった。
「私個人としては、あなたを天国へと送りたいと思いますが、そうもいきません」
「……そうですよね」
当たり前だと思う。
天使様は慰めてくれたけど、私は八人のクラスメイトを殺したんだ。そのことから今更逃げようなんて思ってない。
「ですので、あなたには異世界へと行ってもらい、魔王軍と戦ってもらいます」
「え?」
でも天使様のこの言葉にはビックリした。
異世界? 魔王? そんなこと言われてもなんとなくでしか分からないのに。
「昨今、とある世界は魔王軍が台頭しており、人口減少の危機にあります。そこで私たちは日本で死んだ若者に、言語や文字を理解できるようにしたうえで強力な武器や能力を与え、その世界に送り込むことにしました」
本格的にファンタジーな話になってきた。ついていけるかな……。
「ですが幾人もの若者が敗れ、死んでいきました。そして魔王軍の壊滅は未だ成っていません」
とりあえず、その魔王軍はとても強いことだけは分かる。
「更に最近はどういうわけか、この話をすると死んだ若者が怯えてしまい、その世界へ行ってもらうよう頼んでも拒否されてしまう始末でして……」
「……うん?」
「前任の女神様は何人もの若者をその世界に送り込んだのですが、私はどういうわけかうまくいかなくて……」
それ、その女神が耳障りのいいことだけ話して都合の悪いことは隠してるだけなんじゃないの? って言いたいけど流石にそんなことないよね。
きっとその女神様が凄くて皆思わず従っちゃったんだろう。多分。
「そこで白羽の矢が立ったのが野崎春花さん、あなたです」
「はい」
成程。皆断るから、絶対断らない私を選んだんだ。
その通り。
「あなたはこの話を受けていただけますか? いただけない場合。あなたは地獄へとおちることになります。受けていただけば、あなたを死後天国へと導くことができます」
「受けます」
私は受ける。
魔王が何か分からないけど、きっと人間じゃないんだ。だったら大丈夫。
私は戦える。
「ありがとうございます。では、こちらをどうぞ」
そういって天使様が渡してきたのは沢山の紙束だった。
これらには一枚ごとに私に与える能力や武器の候補が書いてあり、私がその中から選ぶシステムだった。
正直、ファンタジーなので剣とか杖とかだと思っていたら意外と種類があって驚いた。
選ぶのに疲弊していると、ふと一つの武器が目に留まった。
それは、嫌な思い出はあるけど使ったことがあるもので、なおかついざというとき頼りになった覚えがある。
これがなかったら私はきっと相場晄に勝てなかったと思う。
「天使様。私、これにします」
「分かりました」
女神様がそう言うと、私が望んだ武器、魔法のクロスボウが右手に収まっていた。
このクロスボウは、周囲から魔力を集めることで矢を継ぐことなく無限に撃てる上に、撃つ際に火、水、風、土属性の四つの中から属性を選んで攻撃できるらしい。
正直、凄く強いと思う。
更に気づけば、いつの間にか私の足元に魔法陣が発生していた。
「これに乗っていれば、向こうの言葉と文字を理解したうえで旅立ちます」
「はい」
「転移先の街には佐藤和真さんという日本人がおられますので、よろしければ尋ねてみてください」
「はい」
「では最後に――」
そこで女神様は優しい笑みで私を見て言う。
「どうか、あなたの旅路に幸福を!」
その言葉に、私は頷くことができなかった。
何も分からないことばかりだけど、それでももう一度頑張ろう。
いっぱい戦って、魔王を倒してやろう。
どんなことがあっても、絶対に折れないでいこう。
そして、できるか分からないけど天使様が言ったんだから。
もう一度、幸せになろう。
そうしていいって、優しい笑顔で私に言ってくれたんだから。