ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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週が明けてそれぞれの朝、女たちは己がさだめを振り返る 2

 凛子先生、女子力高いな――。

 ふだん持ち歩くバッグの他に、学校のデスクの引き出しにも予備の化粧品のポシェットを置いてあるなんて……。

 相も変わらず学生気分を引きずったままのような我が身を振り返って、大人の女性との違いを感じてしまう。

 結局、操祈は凛子からコロンを貰ってしまった。

 後でお返しをしなければと思いながら、教員用の化粧室でひとりになると未使用のボトルを開封して、手首やうなじなどに軽く噴きかけてフローラルの香りを纏う。

 ラベンダーのにおいは控えめで、こうしたものも悪くないと思うのだった。

 アクセサリーや化粧にお熱を上げていた子供時代を、能力を失うにつれて、幼さゆえ――と感じるようになって、いつしか距離を置くようになってしまったが、本来、身だしなみを整えるのは女の子のエチケットだった。

 ただ……。

 彼――がそれを好まないことから、操祈が香水の類を使う場面は限られている。

 とりわけデートの時などは何もつけたりしないようにと繰り返し言い含められていて、恋人から自分の素肌のにおいを好まれるのは嬉しくても、レイのこだわりは、なおハードルが高いのだった。

 それに……。

 いつでも予想もしないような思いがけないことを求めてくるのだ。

 凛子先生にも気がつかれてしまった……バニラの香り……。

 今朝早く、レイと別れた後でしっかりシャワーを浴びてきたつもりだったのだが、生クリームの香りが肌に染みこんでいて除ききれていなかったらしい。

 操祈の胸に、また蜜の思いが寄せてきた。

 レイくんがいくらお料理が上手だからって、まさか、あんなことまでするなんて……。

 ちょっとエッチな睦言を交わしながら、いつものように愛された後、お風呂に誘われて、本当の夜はそこから始まったのだった。 

 生クリーム……。

 操祈はもう、それを知る以前の自分には戻れないと思う。

 スーパーなどで見かけるたびにレイとの行為の数々が蘇ってきて、きっと胸がざわつくことになってしまうのに違いない、現に今も既にそうなりかけていた。

 あの子、あんないけないこと、いったいどこで覚えてくるんだろう……?

「恋人どうしなら、言わないだけで誰でも使われているものだとおもいますよ――」

 彼はしれっとしてそう言ったが、とても信じられなかった。

「だってローションなんかと違って生クリームは食べ物だから普通に口にできるし」

 その通りのことを彼は操祈に対して“した”のだ。

 初めは女の体を飾るために、次いで肌をなめらかにしていっそう敏感にするために。

 そして、最後には食べるために――。

 淫らで、背徳的でアブノーマルな、けっして他人には知られてはいけないこと。

 ぬるぬるした感触がどんなに女の肌には毒となるものか、今の操祈は思い知らされている。

 あんな非道いことを凛子や唯香が彼氏としているなんて、そんなこと絶対にないと思う。だって身持ちのいい女の子はけっしてしないし、してはいけないことだから……。

 わたしだけ……わたしが愚かで悪い女だから……すぐ誘惑に負けて、イヤだって言えないから……。

 鏡に映った顔は教師のものではなくなっていた。

 股間がしどけなく熱を持ち始めているのがわかって、操祈は他の人がやってくる前に個室に逃げ込むと肌着を下ろして便座に腰をかけるのだった。

 案の定、朝に着けたばかりのライナーは潤いを含んで重たくなっていて、すぐにも換えが必要な具合になってしまっている。生理はまだ先の筈なのに、このところまた一段とおりものが増えているようで、だらしない自分が情けなかった。

 本来、生理は順調な方で苦労したという経験はそれほどなかったはずなのだが、年下の恋人から細やかな感心を寄せられて以来、すっかり気にするようになってしまった。

 みんなレイくんがいけないのよ……わたしの体……こんなにして……。

 温かいシャワーをかけてその部分を濯ぎながら操祈は瞼を閉じた。長い睫毛に憂いが差して、さながら悩める女神のような表情になる。

 いとけない人間の男の子に情をかけたつもりが、逆に肉を持つ身のさだめを知って女であることの頼りなさ、弱さに戸惑っているような。

 ただ――。

 彼は本当にやさしい人なのだ、神さまみたいに……。

 愛されて、慈しまれて、いつでも彼の思いが女の肌を通して流れ込んでくる。

 乳飲み子が無心にお乳を求めるように、一途に顔を寄せてくるのだから拒めるはずもなかった。

 どんなに恥ずかしいことでも、自分から体を開いて彼の望むままにあられもない姿になっている。

 いけないことだとわかっていてものめり込んでしまう。

 逢いたいな……レイくんに……。

 ほんの数時間前に別れたばかりなのに、小一時間もすればまた教室で顔を合わせることになっているのに、それでも操祈はもう恋に(かつ)えを感じていた。

 二人だけの世界で裸になって、誰の目を意識することもなくいつまでも睦みあえるのなら、どんなにステキだろう……。

「クリームの甘さやバニラの香りが先生のと混ざっちゃうから、はじめは無味無香料なら良かったのになって思ったけど……でも混じり合ったにおいも味も先生にしかつくれないものだから……だからやっぱりとってもステキ……かわいい……かわいいな、先生の妖精さんは……ボクにフードの下のきれいな素顔を見せてください……」

 レイの指によってすっかり剥き出しにされて、そこにクリームが盛られていく。ふわふわの感触に包まれてもやもやしていると、突然、舌先で薙ぎ払われてしまうのだ。そのときのショックはとても言葉では言い表せないほど常ならぬものなのだった。

 一瞬で意識が跳びそうになるくらいの鮮烈な快感。

 それが一度で済まずに、何度も繰り返し襲ってくるのだから身も心もおかしくなってしまう。

 ああ……あんなこと……。

 操祈は股間に手を伸ばして切ないため息を漏らした。罪深い体はすぐに目覚めて甘い旋律を奏で始める。でも……恋人の愛撫には遠く及ばない。

 

 

 ……レイくんっ……あいたい……あいたいなぁ……レイくんにっ……。

 

 

 すっかり言うことをきかなくなってしまった体を持て余して、やるせない思いに涙がにじんでくる。

 

 

 あらぁ、とうとう学校でもイケナイことをするようになっちゃったのぉ、ホント、困ったおねーさんだことぉ――。

 

 

 しばらく鳴りを潜めていたインナーセルフから嘲りの言葉を浴びせかけられた。いつもそれは自分が少女の頃の姿になって現れるのだった。

 切り棄てたはずのもう一人の自分……自分自身。

 

 

 だって……だって……あたしっ……。

 

 

 操祈は弁解しようと思ったが、それができずに唇を噛んだ。レイと逢ってどうしたいのかと詰め寄られれば、愛されたい――! というのが本心だったからだ。

 可愛い――と、言われて、彼の気持ちを体に教えられて……。

 それがどんなに甘美で幸せなことか。

 命と引き換えにしても構わない、身も心もとろけてしまうほどの歓び……。

 

 

 言ったハズよぉ、欲の深い年増女は嫌われちゃうんだゾって――。

 

 

 ……イヤっ! それはイヤっ……ぜったいにイヤ……。

 

 

 しょうがないかぁ、あんなに楽しいことをいっぱい経験しっちゃったらぁ、もう知らなかった頃には戻れないわよねぇ――。

 

 

 ………。

 

 

 愚かな女ねぇ、肉欲に溺れて自分のことしか考えられなくなっているなんて、みっともなぁい――。

 

 

 そんなことないわっ! そんなこと……ないから……。

 

 

 さぁどうかしらぁ、あなたがイケナイことをするのはぁ、ただ気持ちがいいからでしょう? それって、あの子のことをイヤラシイ小道具にしているだけじゃないのぉ――?

 

 

 ちがうっ、ちがうわっ……わたしは彼を……愛してるから……だから……。

 

 

 愛? そんな曖昧なことを言いわけにするつもり――?

 だって、あなたは彼のことを何も知らないじゃない? それどころか知ろうともしない。教え子の一人っていうだけでぇ、体を自由にさせているなんて、それって、ただあの子を使って気持ちよくなりたいだけじゃないのぉ、恋をしてるっていう甘い幻想に浸ってぇ――。

 

 

 幻想なんかじゃないわ……目には見えないけれど……でも心と同じで確かにあるから……人を愛したことのないあなたには解らないかもしれないけど……。

 

 

 操祈は自分の胸をおさえて、思いを吐露するように訴えた。するとインナーセルフの顔からそれまであった冷笑的な余裕が失われて気色ばんだ容子に変わっていったのだ。

 

 

 わたしは愛なんて信じないわ、そんな不確実なもの――。

 

 

 かわいそう……あなたが哀れでならないわ……愛する歓びも、愛される歓びも知らないなんて……。

 

 

 恥ずかしいところからヨダレをタラして、男の子の顔に跨ったりするような、ふしだらな女に、よくもそんなことが言えたものねっ――!

 

 

 愛は……覚悟なのよ……その人のためなら、どんなことでもできるし、どんなことでもしようっていう……そうすることで絆を深めていくの……。

 

 

 あの子の舌がいろいろなところにあたるように、自分から貪欲に腰を動かしていたことも覚悟だとでもいうつもり? ああ可笑しい、お笑いよっ――!

 

 

 ええそうよ……彼が望んでいることがわかったから……だから、わたしも応えたの……気持ちが繋がっているから……。

 

 

 口だけは達者になったのねぇ! 朝っぱらからアソコを火照らせて、そんなみっともないことをしてるようなブザマなオンナの分際でっ――。

 

 

 でも後悔なんてしてないわ、みんな彼が教えてくれたんだもの……今の自分に導いてくれたのは彼なの……この気持ちを大切にして……生きていくわ……わたしは……。

 

 

 操祈が胸の中で宣言すると、インナーセルフの気配は消えた。現れた時と同様に唐突に。

 同時に自身の胸にあったもやもやとした気持ちの整理もついて、体の方も一時の熱から解き放たれていた。

 愛してる……だから……大丈夫……。

 そう言い聞かせたとき、表情からも悩ましげな翳が払われて、いつしか微笑みも泛んでいるのだった。わずらわしい女の生理反応についても、これでいいと思えるようになっている。

 大好きな人に逢いたいと思うのは自然なこと。体が目覚めてしまうのもいけないことなんかじゃない、愛しているが故なのだから、と。

 ただ、自分との対話でひとつだけ心に残ったことがあった。

 それは、恋人のレイについて何も知らずにいたこと――。

 担任の教師として知り得る最低限のことの他は、彼の気持ち、これからどうしたいのか、など深く考えたこともなかったのだった。

 これまではそれでも構わなったが、彼のことをもっと知りたい、知ろうとしてもいいのかもしれない……そんな風に気持ちの向きが変わり始めていた。

 教師としてだけでなく最愛のパートナーとして、レイの将来についてともに考えてみたい。

 きっと彼にも幼い頃からの夢だってあったはず。

 レイくん、どんな子ども時代を過ごしていたのかな?

 そうだ――。

 来年の進路のこともまだ決まっていなかったし……保護者の方にお会いする口実には十分よね……。

 明後日の午後は、リモートで一つ会議を入れてあった以外に時間がポッカリ空いていることを思い出した。スケジュールではその後は図書館で調べ物をするつもりでいたが、もしも会議が早く終われば……。

 往復すると四時間ぐらいかかるそうだけど……ここを三時に出れば、面会時間を入れても八時には戻ってこられるわ……。

 急な思いつきだったが、それはとてもいい考えのような気がした。

 どんなご両親なんだろうな……?

 突然、お邪魔するのはいけないから後で連絡を入れておかないと……でも、もしも会議が長引いたりしたら……?

 その時は、用事を伝えて退室させてもらえばいいわ――。

 大人の会議はとかく長くなりがちで対面だと中座するのにも勇気がいるが、リモートだとその点は気が楽だった。

 水曜日はレイくんのお家に行こう!

 操祈はそう決心すると身繕いを整えて、気分も新たにして化粧室のコンパートメントを後にするのだった。

 

 

 

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