ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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土曜日の夜

           Ⅺ

 

 

「先生はご自宅でもお料理されるんですか?」

「ええ、するわよぉ」

「どんなものをつくられるんですか?」

「何でも作るわ」

 操祈は自信たっぷりに胸を反らした。

「でも何でも作るっていう人に、作れる人が居たためしがないんですけど」

「まぁ言ったわねぇ、いいわっ、見てなさい、お姉さんだってやる時はやるんだからっ」

「一応、お伺いしておきますが、先生はこれから何をお作りになられるのですか?」

 少年はつとめて慇懃に訊く。

「えーと、ラザニアっ」

「えーっ! 先生にできるんですかっ? あれって結構ステップ多くて手間ですよ、火傷したり手を怪我したりしたら大変だから、ボクがやってもいいんですけど」

「あらぁ、本当に疑ってるんだな、もしも美味しくできたって食べさせてあげないんだゾ」

“そりゃ作るのは初めてかもしれないけどぉ、レシピはしっかり頭に入れてきたしぃ、食材だってちゃーんと揃ってるんだもん、きっとだいじょうぶっ!”

 そのつもりだったが、

「あの、もしもって言われてる段階で、すでに黄色ランプが点ってるんですけど」

 少年がそう言うと、一瞬、二の句が継げなくなった操祈は、わけ知り顔をしている少年と顔を見合わせてしまい、やがてどちらともなくプっとふきだして、キッチンは和やかな笑いにつつまれた。

 操祈とレイは、ペントハウスのキッチンで互いに買いものを持ち寄りながら、夕餉(ゆうげ)の支度にかかっているのだった。

「あなたは何を作るの?」

「ボクは定番の肉じゃが。普通は女の子が好きな男の子に作るものなんですけどね、でも惚れた弱みでボクが作る側です……」

 二人きりになると、少年はこういうことをぬけぬけと言ってのけるのだ。

 操祈にすれば肉じゃがは惣菜売り場で買ったり、学校の食堂で食べることはあっても、自分で作るというイメージは全くと言っていいほど持ち合わせてはいなかった。

「うーん……それって良き主婦の家庭料理って言うくらいだから、難しいんでしょ?」

「実は全然、難しくなんてないんですよ、ここにはいい圧力釜もあるし、三枚肉を厚切りにしておけばちょっとした角煮っぽくすることもできそうだし」

「そうなんだ……」

「大丈夫です、わからないことがあったら訊いて下さいね」

「うんっ」

 

 

「お料理って楽しいっ、こんなに楽しいなんてっ」

「そりゃそうですよ、先生と一緒なら、なにをしてても楽しいにきまってますから」

 レイの(ねぎら)いに操祈はやわらかい笑顔で応えた。

「ありがとう、手伝ってくれて……なんだかほとんどレイくんが作ってしまったみたいになってるけど……」

「そんなことないですよ、このラザニアは先生が作ってくれたんです……ボクのために?」

「うん……」

「すごく嬉しいな……それに先生もお料理上手ですよ、頭がいいからのみこみも早いし……さあ冷めないうちに戴きましょう」

「ええ――」

「こっちの三枚肉じゃがと鰤の照り焼きもバッチリできあがってるし、と」

 レイはそそくさと皿に盛りつけると、手慣れたようすで皿の汚れを拭って見栄えを整えている。

 そのようすを操祈は興味深げに小首を傾げて眺めていた。

 

 

 渋るレイを浴室へと追いやり、ひとり厨房に残って食器を洗いながら、いったい、いつ以来かしらと操祈は思った。

 こうして夕食を誰かと一緒にするのは――。

 友人や仕事仲間と一緒に外で食事を摂ることはあっても、誰かを自宅に招いたことはなかったし、誰かと一夜を共にするようなことも就学時代を除くと長じてからは一度もなかった。

 まして殿方と二人だけの夕食というのは――。

 すごく楽しかった……。

 他愛もないお喋りが何よりの心の栄養になって、こわばりをほぐしてくれる。

 これが、家族の団欒、というものなのかな……?

 そんなふうに感じてしまうほど、今の操祈は穏やかな幸せをかみしめている。

 レイが示してくれた思いやりが嬉しかった。

 少年がこの部屋にやってきたとき、なにかと身がまえがちになる操祈に、

「今日は何も酷いことをするつもりはありませんから、怖がらないで下さい」

 そう宣言して、その言葉通りに振る舞っていた。

 それはまるで年の離れた弟が居るような感覚で、操祈はずっと寛いだ気持ちでいられたのだ。

「“時間”はいっぱいあるから、ボクたちに道を急がなければならない理由は何もないですから――」

 言われた操祈も、そうかもしれない、と思う。

 慌ただしく確かめなければならないことは、もう何も無かったからだ。

 お互いに信頼し、愛しあっている。

 家族――と、言い換えてもいいくらいに強い絆で結ばれている。

 だから――。

 ただ、急がない――と、レイは言ったが、これまでだって急き立てられるようなことは無かったと思う。レイは、操祈が少しでもたじろぐ様子を覗かせると、必ず歩みを止めて彼女のペースに合わせようとしてくれていたからだ。

 上り坂を進む時、優れた先導者が何度も後ろを振り返って群れの安全を確かめようとするように、いつも細やかな気配りでこちらの身を案じてくれていた。

 やさしい人だな……。

 そう思うと胸に熱いものがこみあげてくる。

「そりゃ、ちょっとエッチなところはあるかもしれないけど……それだって……」

 操祈はそうひとりごちてから頬を染めた。

 それにしたって操祈への忠誠心や愛情表現であって、少し過剰なところもあるかもしれないけれど、嬉しくないかと問われれば首を横にふる。

 むしろ今夜のように何もされないと、かえってつまらない。でも、それも悪くなかった。

 レイが言うように、時間はいっぱいあるのだから――。

 幸せの時間、愛情に溢れた二人だけの時間が……。

「明日の朝は……ベーコンエッグトーストにしようかな……ベーコンエッグだったらちゃんとつくれるんだからっ」

 決意を口にすると操祈はエプロンの腰紐を、またキュッと締めなおした。

 

 

 深更――。

 広いキングサイズダブルベッドの上で、操祈は体を開いて恋人の愛撫を受け容れていた。

 レイの企みで彼女の腰の下には二人分の枕が分厚く重ねられていて、長い時間をかけてじっくりと愛しあえるように体位に工夫がされているのだった。

「……ウソつき……何もしないって言ったのに……」

 甘い刺戟に堪えながら操祈が(なじ)ると、

「先生がイヤと言われるならやめますけど……」

 そこ、から顔を上げて恋人が訊く。それは操祈がけっしてイヤとは言えない問いかけだった。

 少年は愛おしげに操祈のしっとりと汗を纏ったなめらかな内腿に頬をすり寄せていて、欲望に燃える黒い瞳が彼女を見つめていた。やさしい笑みを浮かべて。

「ボクはこれまで先生には一度だってウソをついたことはありません……女神さまに誓って本当です……」

「………」

「たしかに昨日の約束はしましたけど、今日の約束まではしていませんから……でも、ボクは先生がイヤがることはしたくないから……」

 女の体にしっかり火をはなってから、こんな無慈悲な物言いをする。操祈はがまんできずに幼い少女がイヤイヤをするように首を振るしかなかった。

「よかった……ボクの女神さまからお赦しをいただけた……」

 再び恋人の顔が寄せられる。

 触れ合う瞬間、傷つきやすい女の身は他所からの恐ろしい詮索を避けようと生理的な反射をみせることがあったが、レイはそれさえも赦してはくれないのだった。

 操祈の両手を恋人つなぎにしっかり結んで逃れられなくすると、それまでの愛情をつたえるときのものとは違い、今度は彼女を歓びへと誘うときの動きになって追いつめてくる。

 たちまち操祈の視界が潤んでピンク色のヴェールが降りてくるようになっていった。

 目の奥に火花が散って、体に痺れるような甘い感覚が(ほとばし)る。それなのに彼女が欲しいものに手を伸ばしかけると、彼はさっと引っ込めて置き去りにしてしまうのだ。

「はぁっ……ひどいっ……ひどいなっ、レイくんっ……」

 愛情深く、思いやりがあって、それなのにとても残酷なところのある彼。

 だから慈悲にすがりついてしまう。

「愛してる……愛してるわ、レイくんっ……おねがいよっ……」

 年下の恋人はそれに応える代わりに、操祈の体にじかに思いを伝えてくれるのだった。

 

 




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