ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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週が明けてそれぞれの朝、女たちは己がさだめを振り返る 6

 制服に着替えてからも、鏡を見ながら首筋に残る虫さされのような痕を隠そうとしきりに襟元を整えるのだが、少し体を動かしただけでたちまち暗紅色の淵が覗いてしまうのだった。

 山崎碧子は、わずかに不満げに頬をピリっとさせて

「顕正さん、もっと気をつけてくれれば良かったのに……」

 ひとりごちた。

 ファンデーションを塗ってごまかそうかとも思ったが、そうすると寧ろ逆効果になってしまいそうで、もしも誰かに見咎められた時の言い訳を考えると、虫にでも刺されたことにするのが無難だと結局そのままにする。

 いずれにしても午後の体育の授業は見学するしかなかった。

 もとよりバスケットボールなど取り立ててやりたいわけではなかったが、イレギュラーに休みを入れるとなると周りから何事かとアレコレ気をまわされるのが鬱陶しいのだ。

 ただ現状、とても更衣室や浴室などで他人前で肌を晒せるような状態ではなかった。

 昨日の朝、シャワーを浴びた時に肌の上に夥しい数の赤い斑点があるのに気がついて愕然としたが、それは一日経っても薄くなるどころか更に色が赤黒くなって、白い体をキャンバスにしてかえって目立つようになっている。

 柔らかな二の腕の内側、巨きな胸、すんなりとした腹、伸びやかな内腿、流れるような曲線を描いた優美な背中、そしてふっくらハリのある臀部……。

 全身くまなくと言っていいほど醜い染みが浮き出しているのだ。まるで発疹性の疾患にでも侵されたような惨状だった。

 顕正さんが、あんな変態だったなんて……しかたのない男……。

 白皙の美貌にさまざまな感情が入り混じった複雑な表情が作られ、やがて諦念の頬笑みへと置き換わっていった。

 週末、葉山にある顕正の別荘――リゾートマンションの最上階にある一室で、ベッドルームがホスト用とゲスト用の二部屋しかないという手狭なものだったが、プライバシーは十分に保たれる仕様になっていた――で過ごした碧子は、そこで年上の男の望むとおりに身を任せていた。

 これまでは、たとえ(しとね)であっても男に対して自身の優位性をけっして手放すまいとしていた碧子にとって、相手の望むままに流されてみるというのは初めてといってもいい試みで、その結果は想像していた以上のものなのだった。

 自分が拒まない――と、判ると、顕正はこれまで見せたことがなかったほど欲深で情熱的になった。様々な要求を繰り出してきては碧子の体を弄んだのだ。

「女性の体は男性とは比較にならないくらい大きな歓びを感じるように造られている……もしきみが、それを弱さの現れだと思うのなら大きな誤解だ……僕はきみに(かしず)いて、心から歓びを与えさせてほしいと願うよ」

 跪いて顔を寄せてくる男に、碧子は素直に脚を開いて受け容れていた。

 こうしたことを今までは相手に自分の弱みを晒すことで、支配されてしまうように感じて求められても拒んだり、たとえ許したとしても気持ちを解き放つまいとして心から愉しんだことはなかったのだが、また顕正の方でもそんな彼女の胸の裡を慮ってのことか――今はそうだったのだと判っていた――あまり深入りするようなことはなく、結局二人の間では脇へと置かれがちで、彼女の方が男に対してマウントを取るためにすることはあっても自身が受けることは稀なのだった。

 一見、同レベルのことをしているように見えて、オーラルセックスは女が男に対してする場合と、男が女に対してする場合とではまるで意味が違っている。

 支払う対価は女の側の方がはるかに大きくて、失うもの、奪われるものが多いと思う。

 相手の面前に秘所を晒すのは、女にとっては自尊心や誇りを差し出すのと変わらない。処女を失う時には肉体的苦痛を伴うが、性器接吻には羞恥という心の痛みが伴うのだ。

 そしてひとたび相手に知られてしまったことは、けっして取り返せないし、知られる以前の状態に戻すことなどできはしない。

 自分ですら良く知らずにいる自身の体の仕組みについての詳細を、相手に知り尽くされてしまうことへの不安と畏れは、美貌への自負もあって碧子を頑なにさせずにはおかないのだった。

 そんな気持ちに変化が現れたのは食峰操祈のセックスライフを垣間見るようになって以来のことだ。

 密森黎太郎は女の心の侵し方、(くじ)き方を心得て、女教師の体を支配していた。

 さまざまな体位で陰部だけでなく全身を舐り取られていく彼女の姿は、教室での容子からはとても窺い知れないような哀れなもの。

 男の口や手というものが、どれほど女にとっては危険なものか、女の心と体を削る無慈悲な責め具となるものかということを、二人のセックスがわかりやすく教えていた。

 あの食峰操祈が、彼女の教え子の前では、いかなるプライバシーを持つことも許されてはいなかったとは――。

 舐められて、吸われて、撫で回されて、ほじくり返される。

 啼いて、のたうちまわり、逃れようと抗いながらも儚く散っていく、淫汁を溢れさせて(とろ)け堕ちていく女体……。

 とてもびっくりだった。

 自分よりも遥かに年下の、体格も劣る男子生徒の望むままに体を(ほしいまま)にされていた女の恥態――。

 若きマスターにひれ伏す奴隷女のように従順になって。

 しかし観察しているうちに、本当にそうなのだろうか、という疑念が湧いてくるようになっていったのだ。

 嫌ならハネ退ければいい。きっと拒めば、愛撫から逃れることなんて簡単にできたはずなのに。

 何より彼女は能力者なのだから。

 それもほんの僅か、力を振るうだけで相手を意のままに操れるという史上最強ともいわれる精神系能力者。

 にもかかわらずそれをしないというのはどうしたことか?

 尋問の際、密森黎太郎も自分の意思であのような振る舞いをしていると言っていた。

 心を覗いても同じで、彼は嘘を言ってはいなかった。

 ならば明白だ。

 彼女自身がそれを望んでいるからだ。

 一見、虐げられているようで、そうではなかったのだ。

 されるままになっているように見えるのは仮相に過ぎず、操祈の方が主導権を握って、歓びを得るために素直に、そして貪欲になっている、というのが実相なのではないか?

 とどのつまり、ああいったことの一切は、全てを差し出しても構わないほど、きっと心地の良いことなのだろう。

 プライベートでは操祈がセックスジャンキーの享楽主義者だと看做せば、少年の前で悲劇のヒロインを演じて効率的に快楽の果実を貪っている、との見立てには納得がいく。

 それにどんなことをしても、いざとなれば相手の記憶を消すことだって彼女にはできるのかもしれない。

 これは碧子の胸にも落ちやすい帰結だった。

 

 やっぱりあの女っ、自分の生徒をセックストイに利用しているんじゃないっ――!

 

 しかしそれはそれで面白い試みだった。自分でも取り入れてみてもいいと思えるほど。

 男の手に身をまかせることで、存分に歓びを味わうという密かな目論見。

 一度は試しておいても悪くはないのかもしれない。

 そう決意して臨んだ顕正との週末。

 結果が今だった――。

 碧子は初めて本気になった男の怖さを肌で知ることになった。

 それまで自分の支配下にあるのが当然だと思っていた自身の肉体が、背き寝返るという経験をイヤというほどさせられていた。

 男の愛撫とは、想っていたような奉仕されるというレベルの(ぬる)いものではなかったのだ。寧ろ欲望そのものであり、確かな意思を持って女の精を吸い尽くそうとする、尽きざる女体への執着だった。

「……それっ……きたないわ……」

「そんな謙遜は無用だよ……きみのような美しい女性の体には汚いところなんてどこにもないからね……」

「……ああ……いや……おねがいよ……しないでっ……」

「そうはいかない……こんなに可愛くなったきみを放っておくことなんて、できはしないよ……無理を言わないでくれないか……」

「顕正さんっ――」

 性器だけでなく、彼女が他人目から遠ざけたいと思う自分だけのプライベートが、あられもなく(ひら)かれて、ことごとく彼のものにされていった。

 淫らな詮索の中で体だけでなく、刻一刻、麻薬のように心が侵されていくのが判るのだ。にもかかわらずその時にはもう歯止めが利かなくなっていた。

 自分が自分でなくなっていく無力感と絶望感――。

 できることは鳴くことだけだった。

 何度、許しを請いて涙を流したことだろう。

 悔しかった、許せなかった、自分をこのようにした男が憎かった。

 だが、泣いたのはそれだけではなかったのだ。

 心を冒していたものが、やがて、恋、なのだと悟った時、碧子は初めて感じる眩いほどの高揚感に全身が満たされて女の至福に触れたように思うのだった。

 そして、そんな彼女を、男は信じられないくらいの優しさで包んでくれた……。

 あの感動を体験して、それを知る以前の自分には戻れないだろう。

 このことで、二人の関係に変化が現れても仕方がなかった。仮に主従の入れ替わりがあったとしても……。

 以前に顕正が、女は抱かれ馴れした方が幸せなのだ、と言っていたことの意味が漸く納得できたように思うのだった。

 女が男の腕の中にいる時に感じる緊張は、自分とは異なる強い性への警戒感によるもの。だがそれがいったん安堵へと代わると、この上なく居心地のいい(よすが)となる。

 歓びの後、ぐったりとなって顕正の胸の中で微睡みながら碧子が想うのは、自分を愛してくれた(ろう)たけた大人の男の過去、だった。

「……顕正さんは……きっといろんな女のひとのことを知ってるのね……」

 あらためて相手が女の扱いについて、たくさんの抽出しを持っていたことを認めざるを得なかった。

 自分は今まで、彼の腕の中で我がままを許されていただけなのだということを。

 手加減ですって――!

 このわたしに……。

「驚いたな、きみが僕のプライバシーなんかに興味を持つなんて……」

「………」

「まあ、そうだね……三十四にもなって坊屋じゃいられないからね……でもきみほど素晴らしい子は知らないよ……誰にも負けない……本当だ……」

 彼の言葉に感じる、かすかな胸の痛みは、きっと嫉妬というものなのだと思う。

「……じゃあ、それを証明して……」

 碧子は強い羞じらいの中、気丈に男の顔を見上げた。

「いいとも……」

 再び愛撫が始まって、やがて碧子は男の手に誘われるままに大胆に膝を割ると、ついには男の顔の上に腰を下ろしていったのだった。

 その時の羞恥とスリルとが蘇ってきて、喉を鳴らして唾液を呑んだ。

 あんなことを自分は、したのではなくて、させられたのだと思う。

 きっと操祈もそうだったのだ。どんなに恥ずかしくても、淫らなことだとわかっていても、でも恋人から希まれれば拒めない。

 そこに力――なんかが入り込む余地などなかった。

 碧子もただ純粋に顕正との契りが欲しかったのだ。

 彼の手で変えられていく自分を、絆のように感じていたかったからなのかもしれない。

「顕正さん……」

 恋人の名を呼び、求められるままに恥ずかしい体液をふるまっていた。自分から腰を動かして心地よくあたるポイントを探していた。

 歓びの中で碧子は、親鳥が大切な卵を温めるように、両手で男の頭をしっかりと包んで抱きよせるようにして股間に閉じ込め、女の密やかな肉が剥き展かれたままで男の顔と密着し一つになっていた。

 それは映像の中で食峰操祈が密森黎太郎にしていた時のものと、そっくり同じ姿なのだった。

 デリケートな陰部の全体で男の顔の起伏を感じるという、この上なく大胆なふるまい。あまつさえ貪欲に動き回る舌のつくる甘美な刺戟と、そこを啜る水っぽい響きが今も耳に残っている。

 密森黎太郎の心の鋳型を読み取った際には、彼の記憶の中でこの時の操祈はなんども「愛してる」と訴えかけていて、その気持ちは碧子にもよく分かるのだ。

 自分も強い愛情を感じていたからだ。

 あんなにも淫らで大胆な行動は、誰よりも愛する者にしかできないし、してはいけないことだった。

 疎ましいと思うばかりだった女体の脆さが、今は逆に愛おしくなっている。

 自分が少なくとも一人の男を魅了しているという事実は、碧子には驚きであるとともに女としての矜持を満たして、それは彼女の心境に変化をもたらしているようなのだった。

 

            ◇            ◇

 

 その朝、二年二組は驚きと感慨、そして幾ばくかの緊張を含んだ常ならぬ空気に囲繞(いにょう)されていた。前会長の山崎碧子が取り巻き――そこには京極なつきが加わっていることがほとんどだったが――を従えることなくたった一人で現会長の黒田アリスを訪ねてきたからである。

 方や学園を代表する美少女、美女である碧子と、会長就任以来、一皮むけたようにこのところ一段と魅力を増しているアリスのツーショットは、男子生徒だけでなく女子たちの目も惹きつけずにはおかなかったのだった。

 みな何事かと固唾を呑んで見守る中、碧子が、

「別に大したことじゃないのよ、会長にちょっとお話があって来ただけだから――」

 と()って、居合わせた生徒たちに普段通りに戻るように促したのだが、四十九の瞳――一人の少女はものもらいの治療のため眼帯をしていた――は突然の事態に呆気にとられたように二人に集中したままでいるのだった。

 仕方がないわね、というようにアリスに目配せをした碧子は、

「別に見られていても構わないことだし、むしろ見せた方がいいのかもしれないから……」

 碧子は突然、アリスに頭を垂れて見せ、遅れて教室にやってきた廊下を行き交う生徒たちを含めて周囲をさらに唖然とさせるのだった。

「会長の職権を侵すようなことをして、申し訳ありませんでした」

 この異例の振る舞いに誰よりも驚かされていたのはアリスだったにちがいない。

「かいちょ、山崎先輩っ、どうか頭をあげてくださいっ、周りの目もありますのでっ」

 椿事の発生に他の生徒たちがスマホのレンズを向けようとしてくるのをアリスは手の動きで制したが、

「いいじゃない、撮らせてあげたって、あなたが名実ともにこの学園をとり仕切る生徒会長であることを知らしめるには丁度いい機会でしょ、もうあと二ヶ月あまりで私たちはここを去っていくのだから」

「ですが会長……」

「ほら、また間違えてる、会長はあなたよっ」

 碧子はアリスの背中に腕を回すと身を寄せて、二人の親密さをアピールするように、ツーショットの撮影に応じて華やかな笑顔を振りまいてサービスをするのだった。

 ひとしきりのシャッター音を浴びてから、

「それに、これは私なりのけじめでもあるの、例の会計処理の件であなたの職権を侵害したのは事実だから……思い込みから勝手に先走っていただけで、みっともないことをしたと反省しているわ」

「では、あの件は……」

「落着よ、こちらの思い過ごしだったみたい、彼との関係はなかったというのがはっきりしたから。あとで報告書を持って行くから見てみて」

「はい……」

「ただその前にちゃんと私の口からも伝えておかないといけないと思ったの」

「そのためにわざわざ……」

 碧子はいまだ胸落ちしない容子でいるアリスの手を自分から取ると、しっかりと握りながら、一件についてのごくあらましを口にしたのだった。一般生徒には解りにくい生徒会役員同士ならではの用語を頻用して。

「……そういうことであれば、こちらも動きやすくなるので助かります」

「後のこと、お願いするわね、あなたならきっと立派にこなしてくれると思うけど」

「山崎先輩……」

「アリスさん、あなたにはこれまで、いろいろと難題を押し付けてきたから今更かもしれないけど、もしもわたしの至らなさから気を悪くさせてしまったことがあったとしたら謝るわ、どうか許して下さい」

「そんなこと……」

 アリスは目をパチクリさせていた。無理もなかった。儀礼的な場合を除いて碧子が明朗な感情表現をするのは珍しいことだったからだ。

 碧子は握る手にも思いをのせて、偽りのない気持ちをアリスに伝えていた。

 アリスが接触テレパスであることを知っていて、そうしていたのだった。

「じゃあ、わたしはこれで――」 

 まだどこか釈然としない顔のアリスを残してその場を離れると、碧子は二年生の教室のある三階から階段を降りていった。踊り場には京極なつきが居て、碧子が現れるや姿勢を正した。

「ついてきてくれなくてもいいって言ったのに……」

 碧子は忠実な腹心を労った。

「申し訳ありません……」

 階段を駆け上ってきた後輩の生徒たちが、わきを通り過ぎる際に二人の姿を認めるや、みな一様にギョッとした顔をして、教師たちに対してするのと同じように一礼して去っていく。

「進路希望届けは出してきたのね?」

 碧子が訊くとなつきは表情を綻ばせた。

「はい、長点上機の化学系にはなんとか滑り込めそうです。これもみな会長のおかげです」

「そう、良かったわ、おめでとう」

「会長は法学系ですか? それとも数物系?」

「ねぇ、なつき……」

 碧子はなつきに正対した。上背のある少女を見上げる形になる。

「私は静菜に進もうと思うの……」

「えっ!?」

 相手は明らかに意表を突かれた容子で狼狽えていた。

「社会科学系はあっちの方が私の性に合っているような気がして……」

「では、私も希望を静菜に変更してきますっ、今なら間に合うと思うのでっ」

「待って、なつき……」

 碧子はすぐにも動き出そうとした友の両肩に手を置いて引き止めながら言った。

「ダメよ、静菜はあまり理系が強くないから」

「それなら私も社会科学系にしますっ」

「ねぇ聞いて、なつき……理系に進むなら長点上機がうってつけだから。あなたの進学が決まってとても嬉しいの。あなたの不断の努力の成果よ」

「ですが、それではっ……」

「もうそろそろあなたも、私から離れて独り立ちしてもいい頃だとおもうわ……」

「会長……」

「わたしはもう会長じゃないって、何度言ったらわかるの?」

「私にとっては会長は、一人しかいませんから……」

「これまで、あなたはよく私を支えてくれたわ、本当に感謝しているの。でもこれから先、進むべき道は別々の方がいいと思うのよ……お互いにとって……」

「そ、そんな……」

 碧子の宣告に少女は表情を曇らせてうなだれた。

「あなたには随分、わたしのわがままに付き合わせてしまったわね……ごめんなさい……」

「会長……」

「これからは碧子って呼んで……」

「……できません……そんなこと……」

「わたしがお願いしてもダメ?」

「………」

「……だって、私にとってあなたはたった一人のお友達と呼べる人なんだから……」

「!」

 小刻みに肩を震わせていたなつきが、ひきつるように嗚咽をはじめた。

「……どうしてですか……どうして一緒じゃいけないのですか……?」

「なつき……あなたには対等の友人であって欲しいから……同じような能力のものが二人いても仕方がないでしょ? あなたにはわたしのできないことを経験して欲しいの……新しい時代を作るためには、あなたの力が必要になる時が必ず来るから、その日ために共に力を蓄えておかないと……ね?」

「……会長……」

「ほら、泣かないで……わたしがあなたに酷いことをしているみたいじゃない」

「泣いてません……」

「同じ学園都市(まち)に居るんだし、なつきなら飛び級だってできるわ、そうすればすぐにまた大学では再会できるでしょ」

 それでもぐずるなつきを言葉を重ねることでなんとか説き伏せた。

「高校に進学したら、ひとつだけあなたに課しておきたい……そういう言い方をしたら失礼よね……お願いしたいことがあるんだけど、聞いてくれる?」

「はい、なんなりと……」

「ボーイフレンドをつくって――」

「は――!?」

 なつきが驚きに目を瞠るのを笑顔で受け止めて言った。

「もしも仮にあなたが性的マイノリティーだったとしても、男のひとから愛されることを学びなさい」

「わたしは……たぶんマイノリティーではないと思いますが……しかしそれは……どういうことですか……?」

「言葉通りよ……この常盤台を離れて、次にあなたと再会する時は、あなたには大人の女性になっていて欲しいの」

「……そういうことは……わたしには……」

 なつきは畏友の思いがけない提案に訝しげな顔をしていた。

「でも、つまらない相手と(ケダモノ)のするようなことをして、さっさと処女を失いなさいって言ってるのじゃなくてよ。あなたを愛して、大切にしてくれる一生のパートナーとなるべき人を見つける努力をなさいってこと。それにはわたしの傍にいることが妨げになると思うの。だって、あなたはわたしのことしか見ようとしないから」

「………」

「いいこと、なつき……女にとってはどんな男と出会い、どんなセックスをするかっていうのは、とても大切なことなの。きっと一生を左右すると言っても言い過ぎではないわ。特に最初にどんな相手と(つが)うかは、その後の影響を考えるととても重要よ。だからしっかり目を開いて、相手をよく見て、そしてどうするかを考えなさい。自分が正しく成長していくのに必要な運命の一歩になると思って」

「会長は……?」

 何を問われているかは判る。

「それは、あなたが知っての通りよ……だから大切なお友達である、なつき、あなたにも良い学びがあって欲しいと思うの」

 言外に“卒業”していることを親友には伝えることにした。なつきは、碧子と顕正との交際を知る数少ない一人だった。

 少女はちょっと当惑している容子でいたが、

「でも、どうしたらいいか……わかりません……考えたこともなかったので……」

「いまは分からなくてもいいわ……無理にわかろうとしなくても、時が来ればきっと気がつくから。だから心に留めておいて……わたしの親友へ向けての思いを……」

「親友だなんて、重たいです……会長からそんなふうに言われるのは……」

「わたしはあなたをそう思っているのよ、もし、今、あなたからそう思ってもらえなくても、いつかはそんなふうに互いを思えあえる時が来るのを、わたしは待ってるわ……」

 キーンコーンカーンコーン――。

 始業を告げるチャイムが鳴って、なつきとの立ち話はそれまでになった。

「行きましょう教室へ」

「はい、会長っ」

「だからもう会長ってのは止してっていったでしょっ、今度間違ったら絶交するわよっ」

「それだけはご勘弁下さいっ、かいっ……や、ま、ざ、き、さん……」

 言いにくそうにやってから、飼い主に騙されて病院に連れてこられたバセットハウンドのような情けない表情になる。

「そんな顔しないで、なつきっ」

「努力しますので、いましばらくの猶予をいただけないでしょうか……」

「しかたないわね――」

 碧子は友の背中に腕を回すと、促すようにして階段を下りていくのだった。

 

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