ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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閉館後の図書館で

 扉を開いて、目に入ったのは参考図書の山の間に埋もれるようにして、デスクの上で突っ伏して眠りこけているらしい男子生徒の後ろ姿だった。

 梶谷満里乃(かじたにまりの)は相手の無防備な容子に躊躇ったが、

「あの……密森先輩……閉館、なんですが……」

 恐る恐る声を掛けながらキャレルの中に入ると椅子の前に回り込み、身を屈めて覗きこんだ。男の子の寝顔が見えて、途端にドキッとする。

 密森黎太郎は図書館の常連なので委員の女子たちにはお馴染みだったが、自分が間近で男子の顔をしげしげと見入るのは、きっと初めてのことだと思う。

 

 密森先輩ってこんなに睫毛が長かったんだ……。

 

 安らかな寝息が聞こえている。

 少年は人あたりがやわらかくて、背はそれほど高くはなかったが、ふとした時に大人っぽい雰囲気を感じることのある、満里乃にとってはちょっと気になる先輩なのだった。

 それが眠っていると幼なく見えたりするものだから、また少女の胸をキュンとさせてしまう。安息を妨げるのがなんだか罪なことのような気がしてくるのだ。

 しかしこのまま放っておくわけにもいかず、少女は勇気を出して相手のブレザーの肩に手を伸ばした。と、触れようとしていた背中がピクっと痙攣して、満里乃は、わっ、と驚きの声を発してしまう。

 その気配に反応して少年も「えっ!?」といきなり身を起こしたものだから、少女はさらに「きゃっ!」と、悲鳴をあげてキャレルの後方へと跳ね退いていた。

「なっ、なにっ――!」

 虚を衝かれた少年は椅子の上で反射的に防御の態勢をとろうとして、その弾みで、積み上げていた分厚い本の山がドサっと崩れ、一冊が足の上にでも落っこちたのか

「あっ、いったたたたたっ!」

 顔をしかめている。

「だっ、大丈夫ですかっ!?」

「うん……大丈夫だけど……えっと……びっくりしたぁ、どうしたんですか?」

 本を拾い上げ、足をさすりながらようやく少年が笑顔を向けたので、少女も気おくれしているような曖昧な笑みを返すのだった。

「あの、ノックをしてもご返事がなかったものですから……」

「ごめん、ボク、寝ちゃってたみたいで、驚かせちゃったかな? ハハハハ……」

「閉館時間を過ぎましたので退館のお願いをしようと……」

「え、もうそんな時間っ!?」

「八時をまわってますよ」

「わっ、ホントだ――」

 デスクの上にあったスマホの時刻表示を見て、少年は目を丸くする。

「いっけない、すっかり寝過ごしちゃった……なんにもしてないのに……」

 自嘲気味に笑いかけながら拡げていたノートを閉じて教科書や筆記具を揃えて帰り支度を始める。

「受験対策の勉強ですか……?」

「うん……」

 三年生にとって今はデリケートな時期なのだった。満里乃も来年のことを想うと顔見知りの上級生の挙措にはいきおい関心が向かずにはいられない。

「たしか明日ですよね、三年生の進路振り分けの発表があるのは……試験勉強は結果を見てからでも良いんじゃないかと思うんですが……密森先輩なら、きっと合格してるに決まってるので」

「いやあ、きみはボクを買いかぶりすぎてるんじゃない? きっと明日はエントリーしたところ全て落選していると思うよ……」

「そんな、先輩が落ちるなんて……」

 満里乃が訝しむと少年は自身の事情を簡単に説明してくれたのだ。親と教師の意向で一番人気の難関校へのチャレンジを余儀なくされているのだという。

「これで二次募集にもひっかからなかったら、最悪、学園都市からも所払いの刑に処せられるかもしれないから」

 少年がボヤいて少女は銀縁メガネの中の眼を驚きに大きくした。

「そんなわけないじゃないですか、先輩なら願書さえ出せばどこでも歓迎してくれるはずです」

 密森黎太郎は学年でもトップクラスの優等生であることは彼女もよく知っているのだ。

「試験の方が推薦枠で決まるよりもずっと大変なんだよ……だからボクはみんなの進路が決まった後で、定員が割れて隙間のあるところに潜り込ませてもらえれば十分だって思ってたんだけど……なのに大人たちが話し合ってサクサク決めてしまって、こっちには事後承諾による重大決定の押し付けが廻ってくるっていうんだから、ひどいよね」

「でも先輩の担任って食峰先生ですよね? スゴイじゃないですか、先生からそれだけ期待されてるってことで」

「なのかなぁ……だけど自分の適性もわからないままに勝手に進路を決められちゃうってのはどうなんだろう……」

「先輩は、将来の希望とか……ないんですか……?」

 碌に言葉を交わした事もない男子に、いきなり踏み込んだ質問をしてしまっていた。

 満里乃はそんな自分を、らしくないな、と思う。男子相手にいつになく言葉の接ぎ穂を探して会話に積極的になっているのが不思議だった。

「そりゃあ、ないわけじゃないけど……いま決めなきゃって迫られると、ちょっと退いちゃうかもしれない……現時点で適性と希望がしっかりマッチしている人って、そんなに居るものなのかな? みんなまだ手探り状態だと思うんだけど……きみには希望とかあるの? まだ一年先のことだから考えてない?」

 逆に訊かれて満里乃は答えに窮してしまった。

 こちらから切り出しておいて失礼だろうと焦るが、にわかには気の利いた返事が頭に浮かんで来ないのだ。

 物語をつくったりすることに興味があって図書委員などをしているが、だからといって自分に才能があるかどうかなんてわからない。

「わたしは……」

「言い辛かったら、無理に教えてくれなくてもいいですよ」

 質問を投げかけた相手は、そう言ってやさしげに微笑みかけてくる。積み上げた本を抱えて返却図書置き場へと運ぼうとする少年に

「そのままで結構です、あとは図書委員たちが朝の見回りの際にやりますので……」

「でもこれ重たいよ」

「大丈夫です、ワゴンも使いますし馴れてますから。それより早くしないと購買も閉まっちゃいますよ。先輩、きっと夕ご飯まだですよね?」

「あ、そうだね……学食はもう終わっちゃってるか、参ったな……じゃあお言葉に甘えさせてもらうけど……」

 重ねた辞典などの大型書籍をデスクの上に戻しながら、シャイな感じに肩を竦めてみせ、少女の胸の扉をまたノックしていた。

「ごめんね、遅くまで手を煩わせて」

「いいんです、これも図書委員の仕事ですので」

 少年は満里乃に促されるままノートと筆記具を携えてキャレルを後にする。その背中に向けて少女は、

「密森先輩、頑張ってくださいねっ」

 激励の声をかけるのだった。

「寝惚けていたのを見られちゃったから、その応援はちょっと痛いけど……うん、ありがとう、梶谷さん」

 振り向いて会釈が返ってくる。

 相手が自分の名前を覚えてくれているのが意外で、少女は素直に嬉しかった。

 地下一階の書庫に居残っていた最後の利用者が通路の先から見えなくなるまで見送ると、満里乃は念のためにフロアーの四隅に散在する他のキャレルの扉も叩いて開いて回り、誰もいないことを確かめると一階受付へと戻っていくのだった。

「書庫の見回り完了、異常なし」

「リノちゃん、お疲れー」

 図書カウンターの向こう側にはクラスメートで、同じく図書委員の飯島音瑠(いいじまねる)がいてメインコンピュータの端末ディスプレイに向き合っていた。他にも一年生の図書委員の少女が二人、すでに館内の見回りから戻ってきていてパソコンで業務日誌をつけている。

 満里乃も席についてパソコンを開いた。

「いま密森先輩が慌てて出て行ったけど三年生は明日は大変よね、うちらも来年のこと、今から考えておかないとね」

 閉館のルーティンをこなしながら音瑠が話を向けてきた。館内の照明が次々に落とされていく。

「ネルはどうするの?」

「まぁ、わたしは文系だから、高望みをしなければどこかには収まると思ってるけど……リノっちは?」

「まだわかんないな、そんなこと……ところで特別考査って、志望校の変更がきかないって知ってた?」

「そうだってね……だからエントリーの時に滑り止めをしっかり塗っておかないと、もし試験でも拾って貰えなかったら、最悪、全然興味のないところに行くしかなくなっちゃうかもって話よ」

 エントリーシートには進路希望先を三つまで記載することになっているが、推薦に漏れた場合は不服申し立てをして同じ志望校の受験をすることになっていた。しかし仮にもしもその試験にも落ちた場合には、あとはランダムに定員割れした先に送られることになるのだ。

 満里乃にはこの受験縛りがきついと思う。

 自分の適性と希望をよく見極めてからエントリー申請しないと、密森黎太郎が言っていたように、最悪、行き先がなくなって学園都市外へと落ちのびるしかなくなってしまうかもしれなかった。

 もしも文系の自分が理系に進学するとしたら地獄だし、ましてや体育系や芸術系へと送られるとなったら泣く泣く辞退する他ない。

「どうしてそんな融通の利かないルールにしてるんだろう? 二次募集の選抜法をもっと弾力のあるものにしてくれたら気分的にはずっと楽になるのに」

 少なくとも第三志望には推薦枠を含めて確実に入れるところを入れておかないと、と満里乃は思う。

「そもそも学園都市では飛び級やら専門課程の変更やらを融通無碍にしているから、その分、締めるところは締めておかないとということなんでしょ。きっと冷やかし受験を避けさせるって意味もあるんだと思うわ」

「そういうことか……」

「まぁ、自分の適性ぐらい見極めをつけられないようじゃ、そもそも見込みがないってことで、逆に考えれば仮に回り道をすることになっても挽回できる機会は常に与えられているんだから、やる気次第だよって話よね……」

「そのことでいま密森先輩と話をしてたんだけど、彼、エントリーシートを白紙で出したら、親と先生から第三志望までみんな長点上機にされちゃったってこぼしてたから……」

「わー、それは大変……でもなんとかなるんでしょ。だってあの人、操祈先生のお気に入りみたいだから」

「え、そうなの!?」

 友人からの意外な物言いに満里乃の胸はチクっとする。

「それってどういうこと……?」

「うーん、なんて言ったらいいのかな……単なる教え子以上の関係っていうか……あんた知らなかった? 以前から一部の女子たちの間では噂になってたみたいだけど」

「噂って……付き合ってるとかじゃないでしょ……?」

「私もさすがにそれはないと思うけど……でもそう思ってる子もいるみたいよ、心と体の相性がとてもいいんだって」

「心と体の相性って……そんな……」

 悩ましげな表現に、満里乃は頬をポッと赧らめた。

「一年の誰かが言ってたらしいけど、二人が並んで歩いたりしているのを見るとまるで恋人同士みたいに親密に見えるからってサ……」

 満里乃にすると初耳だった。

 コミュニケーション能力が高くないことは自覚しているが、一方で飯島音瑠はソツがないのだ。適度な距離感で上とも下とも手広くやっている。それゆえ仲間内での情報は音瑠から降りてくることばかりの一方通行で、その逆というのはまずなかった。

「ホラ、ここって昔は能力のある子たちを集めていた特殊研究教育機関だったじゃない? その流れで今も超能力のある生徒が何人もいるから」

「それは知ってるけど……」

「でね、中には見えたり感じたりする子も混じってるのよ」

「見える……?……透視とか予知とか?」

「うんそう、テレパシーを使える人もいるみたい……その子たちが言ってるらしいのよ、操祈先生と密森先輩はあやしいって……」

「まさか……」

「こっそりデートをしているんじゃないかって……そうよね? あなたたち」

 音瑠は後ろを振り返って下級生の二人の女子に確かめた。

 一年生の二人は申し合わせたように同じリズムで首を縦にふる。

「先生の心の声が聞こえちゃったりする子とか、二人がキスしてるところが“見えちゃったり”する子とかが居るらしくてサ」

 同僚の少女はちょっと得意げな容子でそれを言い、逆に満里乃は頑なになる。

「それは信じられないな……だって先生と生徒よ……歳だって離れてるし……」

「なに言ってるのよ、あの操祈先生よっ、男子なら誰だって憧れてるマドンナなんだから、歳の差なんて全然関係ないでしょ」

「それはそうかもしれないけど……でも、操祈先生が生徒を相手にするとも思えないし……」

「ま、そうよね……先生なら相手なんて選び放題だし、生徒に手をだすのって先生の方にはリスクしかないし……でも、そういうのが刺激になって、かえってのめり込んだりすることもないとは言いきれないでしょ?」

「ねぇ、その手の噂話って、どんなスジから出てくるの?」

「えっと……一年の……誰だっけ……」

 音瑠はまた首をひねって後ろの席にいた後輩の少女たちに訊いた。少女たちが応えて

「よくわかんないけど、中堂アキとか加賀まどか、入江忍あたりが出所らしいんだって……知ってる?」

 満里乃は首を振った。

「その子たちとは面識がないからわからないわ……わたし、能力とかってあまり信じてないから……」

「でも操祈先生は、その昔、ものすごい超能力者だったじゃない」

「その先生が言ってたけど、特殊な能力って思春期に一過性の不安定なもので、原因不明の病気のようなものだったって。それに今はもうほとんど居ないんでしょ? 弱い力を持っている人が少し出てくるぐらいで……低レベルの能力者のそれって、ちょっとカンがいいとか、運が強いとかくらいのもので無能力者とほとんど違わないって筈だったけど……そういう子たちが関心を集めようとしていい加減な作り話を吹聴して周りを騒がせるのは感心しないな……」

 噂話の類いは発信元をたどるとたいがい、つまらない動機、例えば嫉妬とかいわれのない差別意識とかが発端になっていて、他者を傷つけるものも少なくないのだ。

 満里乃はそうしたことを以前、自身で経験したこともあって、根も葉もない話には容易に迎合する気にはなれないのだった。

「確かにうちらの代ではリッちゃんと一組の藤枝和美ぐらいしか能力のある人はいなかったし、特殊能力といっても、手を触れずにコインを動かせたり、トランプの神経衰弱がちょっと強いってぐらいしかなかったから、うちらも力のことをあまり意識しないで居られたけど、でもいまの一年にはもっと能力のある子が居るらしいのよ。だって、レベル2となると前会長の山崎先輩と同じくらいの強さよ」

「………」

 多くの生徒たちが山崎碧子に対して憧れを感じつつも畏怖するのは、その圧倒的ともいえる美貌に負い目を感じてしまうこともあったが、他方、学園最強のレベル2のサイコメトラーという能力に対しての虞れも働いていた。

 あの美しくも碧い瞳に見据えられると、心の奥底まで透視されてしまいそうでいたたまれなくなるのだ。

「……さっき言った三人はみんなレベル1程度だっていうから置くとしても、それとは別に、レベル2のマジモンの能力者の子も一年生にはひとり居るらしいんだわ……その子には予知能力があるらしくて未来の出来事を結構な確率で言い当てているって言うから……それでね、彼女の話だと操祈先生は今日、外で密森先輩とデートをすることになっているらしくて……」

 音瑠が言うには、今日の午後、食峰操祈は車で学園都市の外に出て、都内にあるどこかのホテルかアパートの一室で密森黎太郎と秘密の逢瀬をする――した――のだという。予知能力があるという少女の目には狭いシングルベッドの上で裸になって愛し合っている二人の姿が見えていたのだそうだ。

 むろん、満里乃には到底、信じられないことだった。

 あの操祈先生と密森黎太郎が肉体関係にあるなんてあまりにも荒唐無稽すぎて、想像するだに難しい。

「……私もさすがに、そんなことありっこないとは思っていたんだけど、それでも気にしていたら本当に先生は午後には早退されて学外へと出かけられたそうだから……」

「でも密森先輩はここにいたわよ――」

「そうなんだよね……」

 音瑠は悩ましげに眉を顰めた。ひっつめ髪の額に手をあてがって思案する容子になる。

「そもそも未来って、あらかじめ決まってるものなんかではなくて、ロールプレイングゲームみたいに選択によって枝葉が刻々と変わっていくものでしょ? 当たるも八卦当たらぬも八卦じゃないの? 偶にまぐれで当たることもあるのかもしれないけど……」

「でもね、さっき食堂行った帰りに偶然、学校に戻ってきた先生の姿を見かけたんだけど、すっごい綺麗な格好してたの、まるでモデルさんみたいだった。だから勝負服でお出かけしてたのは確かよ」

「その話なら先生は今日、密森先輩のご実家で先輩の進路の相談をされていたそうだから……保護者の方と面談するのに普段着ってわけにもいかなかっただけじゃないのかな? 先輩絡みという意味では、まぁ予知も当たらずといえども遠からずかもしれないけど」

「あ、そうなの?」

「うん――」

 満里乃はいましがた密森黎太郎本人から聞いたことを音瑠にも話して聞かせた。

「その能力者の子が、密森先輩の家庭訪問をした、というのを先輩とデートしたと読み違えていたとかならありそうなオチよね」

 自分が受け容れやすい結論へと相手も誘導する。

「そっか……そうかもね……先輩はずっと図書館に居たんだから、瞬間移動でもできない限り先生とデートするのは無理なわけだし……でもさ、もしも密森先輩が能力者で……」

「瞬間移動ってレベル2とか3とかの話じゃないでしょ? そんなのが居たらとっくに大騒ぎになってるはずよ、学校だって定期的に能力者の検査をしてるから気がつかないわけがないし」

「やっぱりそうよねぇ……でも先生が勝負服を着てお出かけしてたのは事実だから、デートの相手は密森先輩じゃないのかもしれないけど、生徒の家庭訪問にかこつけて外で誰かとデートをしていたってのはありえる話じゃない?」

「別にそれならそれでいいでしょ? 先生は大人なんだし、プライベートで交際してる男性が居ても少しもおかしくはないし……」

「へー、満里乃って案外、ドライなんだ」

「どうして?」

「だって気にならないの? あの操祈先生がエッチしてるなんて結構ショックじゃない?」

「ショック……かな? わからないわ……もしも私が男の子だったらそうなのかもしれないけど……」

「わたしはちょっとイヤかな……教室での先生とは違う操祈先生が居るっていうのは……理由を言葉にするのは難しいけど……なんかイヤだ……」

「ネルって、見かけによらずロマンチストなんだ」

「見かけによらずってどういう意味よぉ、わたしってどこをどうみてもロマンチストにしか見えないでしょっ」

 ポニーテールにした長い髪の毛をナルシストっぽく撫でつけてみせる。

「ええ、そうね、そういうことにしておいてあげるわ……綺麗な人がいつまでも綺麗なままで居てほしい、っていうのは私にもわからなくはないから……」

「そうそう、そんな感じ……わかるでしょ? あの先生が男の人と変なことをしてるかと思うと……お姉ちゃんに彼氏ができた時もなんかイヤだったけど、それとちょっと似てるかもしれない……」

「でも先生の恋人が密森先輩なら良くて、他の男の人ならダメっていうのはどうして?」

 それまでの音瑠はどこか操祈と密森黎太郎の関係を期待している風だったのだ。それが満里乃の立場との決定的な違いなのだった。

「わたし、別にそういうつもりはないんだけど……ただ、知らない相手よりは知ってる人の方がイイかなってぐらい?……よくわかんない……」

「先輩だと、プラトニックな感じがするからなのかしら……」

 満里乃は口にした言葉に納得していた。同時に、胸がまたざわっとしてきて自分の心のありように戸惑いを感じてもいるのだった。

「ああ、そうかも……あの人、色が白くて線が細くてあんまり動物的な感じがしないから……オトコくさくないっていうか……」

 そこがハードルが低いというか、彼と話をしやすかった理由なのだと判る。

 満里乃は体が大きくて筋肉的な男の子に対しては、まず異質さを感じてしまって近づきたくはなかったのだ。

 狭いキャレルで二人きりになるなんて、とんでもなかった。

 だが密森黎太郎にはそうした警戒感をあまり抱かずに済んでいた……。

「たしかにネルはロマンチストよね……」

「でしょ、でしょっ」

 友人はなぜか胸を張る。

「あなたのそういうところ、好きよ、わたし……」

 満里乃もそれに応じて、わざと流し目を送ってしなを作ると、

「え――! あたしのことが好きって……あたし、そっちの趣味はないから勘弁してよっ」

 音瑠が大げさに反応して、満里乃も即座に打ち返した。

「わたしだってないわよ、仮にあったとしても、ネルはパスだから」

「え――?」

 どう受けたらいいか、一瞬、呆とする友人に

「褒めてるのよ」

 と、更にたたみかける。

「ほめてるの?……そう……なの……?……うん……???……どうせほめるなら、もっと分かりやすくやってくれるといいんだけど……」

「だって、ロマンチストだっていってたから解ってもらえると思って、それともど真ん中にストライクを投げないとダメ?」

「いや、いい……いま分った、いまので完全に理解できた……ありがと」

 上級生二人の掛け合いを黙って聞いていた一年生の少女二人が、堪えきれなくなったように、くくくっと笑い声を漏らして、それはすぐに当事者二人にも伝染していく。

 その意味するところをようやく悟ったのか、音瑠がキッとして椅子から立ち上がった。

「たばかったかっ、リノぉっ!」

「飯島音瑠、やぶれたりぃっ!」

 やがて照明を落としたガランとした図書館に少女らしい笑い声が弾けるのだった。

 




一週とばして二週間ぶりの更新になります
ホットパート前のタメって感じで・・・うすーい味のものを
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