ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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この世の果てで愛をささやくあなたへ 中編

 

 階段を四階まで上がって案内されたのは十畳ほどの広さの洋室だった。

「ここがレイくんのお部屋……」

「ええ、オンナのコを招くのは初めてですけど」

「あら、それは光栄ね」

 “女の子”と言われたことを含めてちょっぴり嬉しくなって心が躍る。

 操祈は興味津々に中に足を踏み入れた。

 部屋に入って真向かいに明かりとりの腰高窓があって、その前には古びてはいるが重厚感のある両袖の大きなマホガニーのデスクが置かれている。デスクの上にはお定まりのパソコン。けれども二、三世代前のやや旧式のもののようで、ディスプレイがホロではなくてフィルム式だった。

 窓にはレースのカーテンが引かれていて、その向こうには近隣の家々の屋根が見えている。

 しかし何より目をひいたのは、入り口から左手壁の全面が木製の本棚になっていて天井に届くまで書籍でびっしりと埋め尽くされていること。

 図書館でも見られるようなスライド式の書架には、ざっと数千から一万冊ぐらいの蔵書がありそうなのだ。

「ずいぶんたくさん本があるのね、すごいわ……」

「この部屋は昔、祖父が書斎として使っていたもので殆どが祖父のものですけど……ボクのはデスクの横のコーナーにほんの少しあるだけで……」

 たしかに多くは医学系と思しき専門書で、背表紙のタイトルをひとわたりする限りどれもかなり以前のものらしい。

 たしかに中学生男子の私室というよりも、造作は老成した知性を窺わせるものだった。

 部屋の大きさに比べて窓が小さいのは、大切な本を陽射しから守るためなのだろう。

 少年の話によると、元は四階は祖父母世代、三階をレイを含む両親が暮らすフロアという形にして棲みわけていたそうだが、高齢化に伴い階段を嫌った祖父母が三階へ移動、代わりに少年と妹が四階に移ってきたのだという。

 ドレッシングルーム付きの広い祖父母の寝室を相部屋とするのを拒んだ妹から、追い出される形で狭い書斎を彼の勉強部屋として使うことになったのだそうだ。

「期待外れでしたか?」

「あら、どうして?」

「だって中坊男児の部屋にありがちなものが全然ないから――」

「ありがちなもの……?」

「例えばビキニの水着の女の子のポスターだとか、猥褻な本だとか」

「そんなこと思ってもいなかったわ」

 レイに限ってそうした俗っぽさとは無縁だと思っていた。意外だったのは妹がいたことの方だ。

「妹さんが居たのね……」

 どこか孤独の影を纏っていたことで、なんとなくひとりっ子だとばかり思い込んでいた。

「あれ、ご存知じゃなかったんですか?」

「うん、だってレイくん、自分のことは何にも話してくれないんだもん」

「そうだったかなぁ……先生にも言ってなかったでしたっけ?」

「ええ、初耳よ」

「たしかにボク、学校では一人っ子っていうことにはしてますけど……」

「どうして……?」

「保護者不在を伏せているのと同じ理由です。妹は両親と行動を共にしていてずっとここにはいないので……」

「そう……でも寂しいわねぇ、いつも独りぼっちだなんて……」

「いえ、今のボクには友達が居るし……それに誰よりも大切な人、先生が居るから……」

 傍らで少年は黒い瞳を憧れに輝かせて見上げていた。

 リビングでは躊躇いもなく肌に触れてきたのに、今はまた純情そうな男の子の顔をしている。

 レイには二面性があって、外では温順なしくてナイーブな聞き分けの良い優等生なのに、プライベートでは大胆さや好色さを隠さずに見せつけてくるようになっている。

 その相反する性向にデートの時はいつでも翻弄されっぱなしだった。

 そしてひとたび肌を接するようになるといっそう触れ幅が大きくなるのだ。

 神さまのようにやさしいのに無慈悲、とても情が深いのにけっして妥協をしてくれない。

 操祈がどんなに拒んでも、容赦を願っても、そのときだけいったん退いたふりをするが、やっぱり最後には彼の方が我を通して思いどおりにされてしまう。

 悔しい――。

 でも今ではそれさえも、良かったのだ――と納得ができていた。

 性愛のすばらしさは、どんな果実よりも甘やかなもの、そして一人ではけして手に入れることができないものだ。

 そこは心を許した最愛の恋人を得てたどりつける二人だけの秘密の聖域、どこよりも遠い所。

 だから操祈も彼の前でだけは、けっして他人には見せられない自分を見せている。

 きっとレイもそうなのだ……。

 どちらが偽りでどちらが本当というのではなく、やさしい男の子のレイも、若い暴君のレイもどちらも同じ彼。

 操祈自身がそうであるように――。

 でも……。

 心と体の中心に、理性だけではどうにもならないものを抱えさせられて、どうして神さまは人の体をこんな仕掛けにしてしまったのかしらと思う。

 欲しくても自分からは欲しいとは言えないように、罪の意識と羞恥の感情という二つの鍵がかけられているなんて……。

 すごくいじわる――。

 操祈の場合には、さらに法と倫理というハードルまであるのだから尚更だった。

 けれど、軽々しく手の届かないところに隠されているからこそ、男と女の秘めごとはこのうえもなく甘美な経験になるように思う。

 他人目を忍んで、時を惜しんで結ばれるから、互いの関係はいっそう濃密なものになれるのだ。

 いま自分は恋人の寝室に居て求められるときを待っていた。

 じきに裸になって体を開いて彼の愛撫に身をまかせることになる。

 女にとってこれ以上ないと思えるような辱め、けれども一度でも知ってしまったらけしてそれ以前には戻れなくなってしまう悦楽の迷宮。

 いつしか見つめ合うレイの眼差しが女の体を知悉する男のものになっていて、操祈は視線を逃れて目を伏せた。

 そうすると非のうちどころのない完璧なレディでありながら、悩ましい恋に身を灼くとびきりの美少女の顔になるのだった。

 長い睫、気貴く整った鼻梁、面相筆で描いたような細い顎のラインには未だに穢れを知らない処女――実際に未だそうなのだったが――の生硬さが残っているよう。

 ノーメイクであることでかえって初々しく、清楚な美貌を際立たせている。

「だいぶ部屋も暖まってきましたし……まだお寒いですか?」

「ありがとう、もう平気よ……大丈夫……」

 頬笑みは自然に愁いを含んだものになっていた。

「ボク、先生にお見せしたいものがあるんですけど……ご覧になっていただけますか?」

「え? いいけど……なあに?」

 てっきりベッドに招かれると思っていてそのつもりでいたのだが、ちょっとはぐらかされたようにも感じて小首を傾げた。

 少年は壁際に据えられたシングルベッドをギシギシと軋ませて、そこに腰をおろすと下からキャスター付きの木箱を引っ張りだしはじめた。

 こちらはスチールパイプ製の折りたたみ式の簡易ベッドで、明らかに部屋の元の主の趣味ではないのだった。

「エッチ関係のものはみんなベッドの下に隠してあるんです」

 エッチ関係って――?

 猥褻本でも見せるつもりなのかしらと怪しむ。

「見せたいものってそういうものぉ? いいわよ、そんなの見せてくれなくてもぉ……」 

「そう言わないで、せっかくの家庭訪問なんですから思春期男子の実態もしっかり見ていってくださいよ」

「だって、平均からはかけ離れたあなたを見ても、大して参考になるとは思えないんだけどぉ……」

「うーん……じゃあ、ボクのヒミツの宝ものを先生にだけお披露目する、というのならどうですか?」

 秘密、と言われると、やはり気になってしまう。

「レイくんの宝もの……?」

 少年に手を引かれてベッドの端に並んで腰掛ける。木箱の中には何冊かのスケッチブックが収められているのが目に入った。

 その一冊を手渡される。

「ここにあるスケッチブックは、出逢ってから以降、こっそり先生のデッサンをしていてずっと描き貯めていたものなんです」

 表紙には番号が振られていて、“新版No.1”とされたものには三年前の日付が添えられていた。

 三年前というと、まだ常盤台に着任する少し前――。

 操祈がレイと出逢ったのは教師になってからだったが、少年はそれ以前から自分を知っていたらしい。

 彼が以前に見せてくれた写真には西伊豆での卒業旅行のものが混じっていて、(えにし)の不思議を感じさせている。

 スケッチブックを膝の上にのせ、まるで仲睦まじい姉弟が一冊の絵本を囲むときのように、身を寄せ合ってボール紙の表紙を開く。と、そこには紛れもなく彼女の姿が描かれていた。

 正面顔、横顔にはじまり、笑顔や憂い、怒りや恐れ、そしてはにかみや羞恥など様々な表情が描かれている。

 鉛筆デッサンというよりも、ディテールへのこだわりは細密画に近いもので、ひとつひとつがしっかり描き込まれていた。

「……とても上手だわ……」

 操祈は素直に賞讃したが、だがそれはまだほんの序の口に過ぎないのだった。

 二冊目以降になると、坐像、立像、半身、全身と展開していき、テーマも着衣から、やがては裸婦画になり、後の作品になるほどきわどいポーズを取るようになっていったのだ。

「こんなの描かないでよぉ、恥ずかしいじゃない……ねぇ、いつのまに描いていたの? 全然、気がつかなかったわ」

 操祈は絵のモデルをしたことなどなかったのだった。

 自身のリアルな表情を見せられて、いったいいつこんなところを描かれたのだろうかと不思議になる。

「ヌードは最初は想像して描いていただけだったんですけど、途中からは目にしたものをそのままに描けるようになって……」

「目にしたもの……?」

「覚えてますから……っていうか忘れられないから……絶対に忘れたりしたくないから……」

「覚えてるって!?……じゃあ、頭の中にあるイメージだけで描いてるってこと?」

「ええ……」

「すごいのね、絵を描ける人の観察力や記憶力って……」

「大好きなものをなんども目にしていれば誰だってできるんじゃないかな……」

「そんなこと……」

 自分にはできっこないと思う。自分だけではなく大概の人にはまず無理だ。見たままを描くことだってトレーニングを積まないと出来るようにはならないし、どんなに努力をしてもできない人にはできないことがある。

 想像していた以上にレイの画才は非凡なものだった。

 能力というのなら、つまらない特殊能力なんかよりもずっと素敵だと思う。

 同時に、こんなにも詳細に写し取ることができる眼でいつも見つめられているのかと思うと少し心が落ちつかなくなるのだった。

「やだっ、こんなのまで描いてるしっ!」

 これまで二人が演じた体位も、さまざまなアングルから構図を工夫して描かれていて、それはもはやアートではなく紛れもないポルノだった。

「ボクたちのことも描いておきたかったから……」

 官能の奔騰に余裕を失って、男の子の顔の上にしゃがんでいるのは、まさしく操祈本人だった。

 上気した顔で快感に瞳を潤ませて、息を乱しているのか半ば開かれた口許、量感もみごとな胸の先を発情の徴も露わに尖らせて、あられもない角度に股間を割って女の秘所を舐らせている。

 作品は、今にも腰をわななかせそうになる逸楽の瞬間を見事に切り取って描きあげていた。

「もう、なに考えてるのよぉっ!」

 真っ赤になった操祈は恥ずかし紛れに声を黄色くして、握った手を振り上げて傍らの少年の頭を戯れに打擲しようとする。が、その手が、つ、と止まってしまった。

「怒らないで、先生っ」

 少年はひしっと身を寄せてきて、彼の温もりが体にじんわりと伝わってくると、たちまち気がそがれてしまう。

「だって、どうしても描きたかったから……すごく綺麗で……」

「……ずるいわ、そういうのって……」

「女の人が感じている時の姿って、いちばん美しくて可愛いと思うから……歓びと愛とを全身で表現していて……先生は特に……」

「言っておくけど、こんなのあたしじゃないからねっ! ゼッタイちがうもん。あたし、こんなはしたないことしないわっ」

 駄々をこねた。

 けれども言葉では否定してもそれが自分自身の姿であることはよく判っているのだった。

 密やかなくさむらの影に隠れていても少年の歓喜の表情や、(ひら)かれた谷間を労るようになぞる舌の動きまで想像させる巧みな構図。

 互いを思い合い、愛しあっていることがひと目で感じられるほど、描かれた二人は強い絆で結ばれていた。操祈の脇腹のあたりを支える少年の両手は、淫らな肉の感動に乱れる女を励ますようにさすっているのが窺える。

 その時の感覚が蘇ってきて操祈は非難の言葉を呑み込んだ。

 裸になった彼女に少年はどこまでもやさしいのだ。濃い愛撫になればなるほど配慮、思いやりを忘れない。

 歓びを迎え入れた後には、しっかり寄り添って独りじゃないことを教えてくれる。

 そんな二人の親密さまで一枚の絵の中にしっかり描きこまれているようなのだ。

 彼のひたむきな思いの込められた作品。

 淫らでとても扇情的ではあるものの、美的であることは認めないわけにはいかなかった。

 モデルが自分でなければ、きっと素直に讃辞を贈ることができたに違いない。

「内緒でこんないけない絵をかいてるなんて……ワルい子……」

「わかってます、だから先生にしかお見せしません……ボクたちだけのヒミツです……」

 真摯な顔をして訴えられて、またしても少年のペースにはまって言いくるめられてしまった。

「まだ先もありますから、続きをご覧になってください……」

 促されて仕方なく更にページを捲っていくと、今度は彼女の肉体の様々な部分のパーツアップとなり、とりわけ陰部には多くのウエイトが割かれているのが判って操祈の悩みは深まるばかりだった。

 自分でも見たことのない姿が描かれていて、とても正視に堪えられないものばかり。

「もう、なによぉっ! 描かないでよ、こんなことまでぇ!」

「でも可愛らしいじゃないですか。これだけで完成されたとても綺麗な造形物だと思いますよ、ボクの大好物ですから」

「バカっ――」

 操祈は今度は相手の頭を軽くはたいて不満を行動にしてうったえた。

 それでも少年は悪びれるでもなく幸せそうにしている。

 写真以上に淫靡であるのは、それが彼の手によって描かれたものであること。

 こんなにも仔細に観察されていたのかと思うと、やっぱりやりきれない。

 けれども初毛の一本一本、繊細な皺や毛穴の一つ一つまで再現しようとするこだわりは、強い情熱に支えられたものであるのに他ならなかった。

 同時にいつもこんな密度で愛情を注がれていたのだとすると、この恋に後戻りなんてできるはずがなかったのだと胸に落ちるのだ。

「じゃあ、叱られついでにこういうのはどうですか……?」

 少年はさらに別の箱をベッドから引っぱりだしてきた。

 取り出されたのは菓子の空き箱のような縦横二十センチあまりの方形の紙箱だった。

「……これ、先生からおあずかりしているボクの大切なコレクションなんですけど……」

 なんだか胸騒ぎがして悪い予感がしていたが、

 なぁに――?

 と言いかけて、中に収められていたものをひとめ見て、操祈は呆れはてて肩で大きくため息をついた。

「それも……わたしの……?」

 強い羞恥に頬を見事にバラ色に染めて訊く。

「もちろん先生のだけにきまってるじゃないですか」

 少年は、だけ――というところをことさら強調して誇らしげに言った。

「ボク、先生にしか興味ないから――」

「………」

 見せられたのは透明なフィルムに真空パックされた肌着だったのだ。何枚かあるらしく箱の中に丁寧に重ね置きされていた。

 それもわざわざクロッチの部分を裏返しにして展げてあって、穢れを露わにして封じられている。

 黄ばんだシミのロールシャッハ図は産みだした本人にとっては見るに堪えないもの。

「しまってよ、そんなものぉ」

 半ば悲鳴に近く、声音を高くして訴える。

「そう言わないで下さい、ボクにとってはたからものなんですから……四枚あるんですけど……これが一番最初に戴いたものです……去年のバースデープレゼントに……とってもいいにおいのするなによりの贈り物……」

 ひとつひとつ取り出した少年は自身の膝の上に大事そうに並べている。

 それぞれに日付と場所を記した記録票も一緒に封じられていて、恥ずかしい秘密が永久標本にされてしまっているのだ。

 淫物嗜好のある少年ならではのこだわりが反映されていた。

「もう……変なことばっかりするんだから……」

「だって、みんな香りが違うんですよ、それって凄いと思いませんか? 生理の前後だけじゃなくて、その合間でも強く鋭角的に香る時と、複雑に濃厚ににおうときがあって、そればかりか一日の間でも変化しているんですから、どんなに芳しい花だって先生のにはとてもかなわない……」

「いわないでっ、そういうことぉ!」

「優しくてこんなに綺麗なお姉さんなのに……こんなに可愛い顔をしているのに……あんなにステキなにおいをさせているなんて……」

 何を言われているかはよく分かっていた。操祈自身にもそのことへの自覚があるからだった。

 恥ずかしさに、怒ったらいいのか悲鳴をあげたらいいのか判らなくなってきて、ついには瞳を潤ませてうなだれる。

「……バカ……女に恥をかかせるなんて、最低よ……」

 絵でも肌着でも行為でも、少年が彼女の陰部へ寄せるこだわりは女にとっては堪え難いもの。それなのに嫌悪する以外の感情も目覚めて、深く強く揺さぶられている。

「先生が素敵なのは姿形ばかりじゃないから……においもお味も、大好きです……」

 デリカシーのかけらもない直截な物言い。

「レイくんのエッチ……変態……」

 口では非難するが、けれども体は勝手に感動していて蕩け始めている。忘れようもない感覚が蘇って、操祈は両脚をきつく閉ざして堪えるのに精一杯になっていた。

「うれしいな、先生にそう言われるのは最高の褒め言葉だから。だってボクは先生にだけはそうありたいと思っているから……先生がボクに教えてくれたんですよ……女神がどんなセックスをするのか……それがどんなに美しい奇蹟なのかを……」

「……何度も言ってるけど、わたし、女神なんかじゃないわ……」

「でも、先生と居ると、ボク、とても敬虔な気持ちになるから……」

 敬虔であることと濃厚な性行為との間には大きな隔たりがあると思うのだが、それが少年の中では矛盾なく一致しているものらしい。

「どうして人間の女の人がこんなにも美しい姿をしているのかと思って……先生の体に触れているときも、描いているときも……そして、美味しく食べているときも……あのときボクが感じている歓びの一端でも知ったら、先生はきっとボクにジェラシーを感じるんじゃないかな……」

 少年は、あのとき――と、言いながら陶然とした面持ちで唇の間に舌を覗かせていた。

 愛されているのは自分だけのはずなのに、そのさなか彼も歓びを感じているという告白には胸をうたれてしまう。その言葉に偽りのないことも、強いこだわりを示されて思い知らされたばかりだったのだ。

「先生……男が女の子に向かって、キミのセックスのにおいが好きって言うのは、キミのことが大好きって言う以上のことなんですよ……」

「………」

「でもボクは先生のセックスのにおいが好きなわけじゃないから――」

「――!――」

 いきなり胸に刺さる言葉を浴びせかけられて、甘い気持ちになりかけていた操祈は一瞬で凝固(かたま)ってしまった。泣きたくなるくらいの衝撃を受けて。それは女にとって恋人から言われる最も残酷な宣告。まるで全てを否定されたような感じに。

「……ひどい……」

 目頭が熱くなってくる。

 自分の醜さを知ってはいても、それでも彼にはどこかで期待していたものもあったのだ。でもやっぱり本音はそうだったのか、という失意と落胆。

「待って先生、最後まで聴いて……」

 慰めるつもりなのかレイの手が背中をさすっている。

「ちがうんだから誤解しないで下さいっ、ボク、先生のセックスのにおいが好きなわけじゃなくて……大好きなんです、そう言いたかっただけなのに……」

「――!?――」

「ずっと顔を埋めて居たいなって思うくらい……どんな良い香りのするものよりも、大好きだから……」

 打ちのめされた反動で今度は感動で胸が熱くなる。それ――が、自分にとってどんなに大切なことだったのかを強く思い知らされていた。

 涙が溢れて頬を伝って落ちていく。

 悔しいけど、また彼の言葉の罠に嵌められていた。

「……ずるいな……ほんとにずるいなきみは……そんなこと言われたら……もう……」

 肩を慄わせて嗚咽する。

「大好きです……先生のことが……言葉にできないくらい……好き……」

「……嫌いよ……レイくんなんか、大っ嫌い……」

 甘えて胸に抱きすがると、頭を優しく撫でられる。

 大好きな人からいい子いい子されるのはいつでもとても嬉しいことだった。

「………」

「困ったな……また嫌われちゃった……先生に嫌われたら、もう生きていても仕方ないから……」

 その言葉にはっとして身を起こすと、涙で頬を濡らしたまま少年の顔を見上げて訴える。

「イヤよ、そんなのっ! 嘘よ、嘘だからっ!……だから……そんなこと言わないでちょうだっ……んんんっ」

 終わりの方は唇を奪われて言葉にならなかった。

 舌と舌とを絡め合う長いディープキスの後、

「脱いで、先生……」

 少年から命じられる。

 キスの後は、まるで魔法にかけられたようなふわふわした心地になっていた。

「いいわ……」

「裸になって先生のいちばん綺麗な姿を見せてください」

 操祈はこくんと大きく頷くと、自らセーターをスカートの中からたくり上げて、みごとに白い肌を晒していくのだった。

 

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