ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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土曜日の夜2

          Ⅻ

 

「わたし、ここからの眺めが好きなの」

 照明の消えたオフィスの廊下、パノラマ窓の張り出しに両手をついて、女はこころもち息を乱しながら言った。

 腕の間にある豊かな胸が、背後の男の動きに合わせてゆっさり前後に揺れている。

 地上七百五十メートル、THMT――多摩ハーフマイルタワー――の168階からの眺望は、晴れていれば遠く筑波山まで続く世界最大の超巨大都市圏を一望できるはずだったが、さすがに午前二時をまわった時間帯では空と地上との境界は曖昧になっている。

 代わりに眼下には宝石箱をひっくり返したような見事な夜景が拡がっていて、その照り返しだけでそこに居るものの表情がはっきり読みとれるほどの光量があるのだった。

 女は若くとても美しい。まだ幼さの残る端正な顔立ちに、すでに十分に成熟していると言っていいメリハリのある体つきをしている。

 男の方はギリギリ、若者と言ってもいい容貌で、縁のついた眼鏡の知的な顔立ち、思索を巡らすような表情をくずさぬままに日に灼けた体がゆっくりとしたリズムで女の腰を突いていた。

「ケンセーさんはいつこちらに来られるんですか?」

「月末にはここに移ってくるつもりなんだけど……まだあっちでの仕事が片付いてなくてね……」

 男は神経質そうに顎をしゃくって筑波研究学園都市のある方を女に示した。

「むこうは使えないヤツばっかりで……財団は全面的に支援を約束してくれたから資金面での不安は無いんだけど、とにかく人材がね、足りなすぎるよ……昔ここに居た優秀な人間はいまほとんどが木工職人の真似事をさせられてるんだから、この国を仕切ってる連中はどうかしてるんじゃないのかと思う。さっさと特赦で出して利用すればいいのに……」

「このビルって、以前はこの学園都市の中枢で世界の最先端を独走していたんでしょ?」

「以前はね……少なくとも十五年から二十年は先行していたと思うよ……でも今はどうかな……せっかく僕らが作った資産もここ数年で無能のド阿呆どもにすっかり使い潰されちゃったんじゃないかな……」

 かつてはその外観の異様さから“窓のないビル”と揶揄されたこともあったこの学園都市庁舎ビルは、巨大プロジェクトの終焉にともない多くの企業群が去り、今は全体の四分の一ほどが空き室になっていた。

 現状は三十一階までの行政機関はそのまま居残り、その上の六十七階までが新たにホテルとして再利用されていて、更にその上層、百三十三階までの分譲区画も入居者こそまだ殆どいなかったものの、ほぼ買い手がきまっていた。問題はその上、百八十六階まであるビル全体の三割を占めるオフィスフロアーで、長らくテナントが見つからずに放置状態だったものが、最近、また企業誘致がすすみ、少しずつかつての活況をとりもどそうとしていた。

「たしかに僕たちは間違いを犯したよ、しかし全部が間違っていたわけではないんだ、重要な発見は幾つもあったんだよ。だがそれすら、バカどもの手にかかるとゴミとの区別がつけられずに棄てられてしまう……嘆かわしいよ、バカを船頭にしているのってのは……」

「わたし、ここの眺めが好きな理由はね……この光の半分が平均以下の馬鹿だってことが面白くて仕方がないの……こんなにたくさん馬鹿がいるなんて信じられないけど、でも現実なのよね……」

「僕の目には全部がバカに見えるから、救いが無くてゾッとするんだが……」

「おバカさんの半分に、もっとおバカな半分を飼いならさせればいいのよ。僅かに居る賢明な人間が多くの愚民を直接支配するのは無理だし手間でしょ? だから馬鹿には馬鹿をあてがって管理させればいいの。その為の手ゴマだと思えば、こんなにたくさん居るんだからワクワクしちゃう」

「フフフっ、なるほどそうかもしれない……ところで、学校の方は上手くいってるのかい?」

「だいたい予定どおりね、生徒会にはそれなりに使えそうなのが集まってきているわ。それよりケンセーさんの方こそどうなのよ、いったいいつになったらあの女の顔を見なくてすむようになるの?」

「こっちもちょっと気がかりなことがあってね……」

「気がかかりって……?」

「もしかするとあの子、能力をとりもどしているのかもしれないんだよ……」

「どういうこと?」

「全てというわけじゃないんだろうけど、部分的に力が回復しているかもしれない畏れ……いや期待と言うべきか、それがあってね……不確定要素があるみたいなので、スケジュールどおりに進められなくなっているんだ」

「あんなオバさんが今さらどうしたっていうのよっ、レベルアッパーを使っているとでもいうのっ?」

「いや、あれの効果は結局はフロックだったというのが再調査で判明しているから、恐らくは何らかのエンドジナスな理由からだろうけど、よく調べないと分らない……結局、堂々巡りになってしまうんだ。あの子の能力を調べたいが、そうする為にはあの能力が障害となる……もしあの子が再覚醒しているとなると、レベルにもよるがもう僕らには手出しができないのかもしれない……少なくとも通常の手段では無理だ……というかそういう手も既に試してはいるんだが、二度とも失敗していて、ちょっと手詰まりでね……こんなことになるとわかっていたら、キミぐらいのときにこんなふうに手なずけておくんだったと後悔しているよ……」

 男は腰の動きを速め、女の吐息が乱れていく。

「なにいってるのよっ……あの女の能力が怖くて、近寄ることすらできなかった臆病者のクセにっ……」

「生意気いうなよっ、ただのダミーの分際でっ」

「それを言うなら、あんただってダミーじゃないのよっ!」

「僕は違う、オリジナルの遺伝子をより完璧に機能させた発展タイプだからね、実際、IQは十ポイント以上、上回っているしオリジナルを悩ませていた遺伝的疾患もない」

「それならあたしだってそうよっ、あたしはケンセーさん以上の改良型なのっ、あなたに使われた技術を更に洗練させた第二世代型のコーディネートによって、全遺伝子配列を徹底的に調整しなおした優良種なのよっ」

「それでレベル2か? キミと同じ頃、食蜂操祈は空前絶後のレベル5だったんだが」

「それは……能力が遺伝子支配じゃないってだけのことでしょっ、くだらないわっ」

「だが厳然たる事実だ……キミはあの子に劣っている……」

「劣ってなんかいないわっ! ケンセーさんは知ってる筈よ、なぜ私が碧子って名付けられたか」

「またその話かい……」

 男は興ざめした顔のままで腰を更に強く打ちつけて、その都度、女に喘ぎ声を上げさせていった。

 やがて男は、おうっと低く呻き、体は密着させたままで、ひき締った男の尻に小刻みな痙攣が奔った。

 二つの体が離れたとき、女の股間からは二人分の体液がだらしなく流れ出して白い内腿の間を汚していったが、それにはかまわずに女は息を乱しながらも(まなじり)を決した顔で男を振り返った。

「わたしが負けるはずが無いのよっ! あんなっ貧乏くさい、茶色い目をした女なんかにっ!」

「いや、キミは劣っている、あらゆる点であの子に劣っている……食蜂操祈はどこまでも特別なんだ。研究対象としてもあの子を起点にブレークスルーが果たされるかもしれないという希望がある……キミには何も期待していないけどね……」

 男がそう言うと、美少女の碧く美しい双眸から涙が溢れ出した。だが少女は怯まない。

「憎いわっ……あの女が憎いっ、ゲス女のくせに、今は聖女みたいな顔をしてみんなから愛されてる……そんなのっ、不公平よっ……」

「それならキミは僕に協力することだね。あの子を確保できれば僕はありがたいし、キミもそれが望みなんだろう? 僕らはあの子には近づけないが、キミには容易(たやす)い。あの子に我々の“協力”をしてもらえるように説き伏せてもらえないか? どんな手を使ってもかまわないから」 

「ええ、そのつもりよっ、あの取り澄ました仮面を剥ぎ取ってさらしものにしてやるわっ、この学園都市(まち)に居られないようにっ」

「だが手荒に扱って壊さないでくれよ、壊れてしまったら元も子もない。あの子を無傷で僕の手に届けるのがキミの役目だ、その為に必要な援助ならなんでもするし、人が要るというのなら手の者を何人か付けよう」

「レイプぐらいならいいでしょ? それもダメなの?」

「無傷でと言ったはずだが」

「でもあの女、もうヴァージンなんかじゃないわよ」

「ほう、男ができたのか? それは意外だな……なにか証拠でもあるのか?」

 それまで怜悧だった男の表情が明らかにくもって、微かに焦慮の色がちらついている。

「へー、ケンセーさんでもショックなんだ、面白いわ、ふふっ」

「キミはなにか知ってるのかい?」

「いいえ、まだなんにも……でも、うちの女子の中にそんなことをもらすのがチラホラ出てきているって話よ。要するにまだ噂レベルだけど、でもね、女ってそういうことにとっても敏感なの、愚鈍な男どもとは違ってね。だからいま探らせてる最中なのよ、もし誰か居るのなら、その相手が誰かについてもね。だってセックススキャンダルってどんな場合にも命取りになるワイルドカードでしょ? 特にあの女の場合には」

 

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