ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
「とても名残惜しいですけど、もうそろそろ帰る支度をしないといけませんね……」
甘い夢から醒めてまどろむ操祈の背中を宥めるように撫でながら、少年は顔を寄せて耳許に囁きかけてきた。
声変わりを始めたのか、少しだけ男っぽくなって聞こえている。
そうだったわ――と、思いながら、操祈は自分がとっくにそれを諦めていたことに忸怩と後ろめたさを覚えていた。
本当は八時前には学校に戻っている予定だったのに、教師として生徒の進路の手続きを最優先にしなければならなかったはずなのに、欲望に溺れて義務を投げ出していた。
「……あなたをちゃんとエントリーさせるために来たのに……それをしなくちゃいけなかったのに、こんなことになって……もう、できなくなってしまったなんて……」
操祈はしょげるが、少年は逆に欣然、してやったりの顔をして
「良かったぁ! やっと諦めてくれたんですね。じゃあ、ボクは受験をしなくても済むんだっ」
「そんな、あたしどうしたらいいの……あなたの将来がかかっていたのよ……」
「そんなことどうにだってなりますよ、心配しないでください。それよりボクは寮の門限があるから、そろそろ帰り支度を始めますけど、そういうことなら先生はゆっくりしてらして下さってもいいんですよ」
「門限? 生徒の門限って、たしか八時でしょ、もう間に合わないわ……」
「え、どうしてです?」
少年は不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「いま……何時……?」
「もうじき五時半になるところですけど」
「五時半?!……いつの……」
「いつのって、今日のに決まってるじゃないですか」
「今日って……?」
自分でもどうかしていると思うような頓珍漢な会話になっていた。
「どうされたんですか先生? 今日は先生が家庭訪問でウチに来られてたんですよ」
「そうだけど……だって……」
つぶらな瞳を見ひらいて怪訝そうにして少年の顔を見上げた。
淫らな体位で幾度も迎えた歓びの全てが、ほんの三十分あまりの出来事だったなんてとても信じられなかったのだ。
もう何時間も、否、それどころか幾夜も褥を共にしていたような感覚でいた。さすがに何日もというのは大袈裟だったかもしれないが、それでも束の間の逢瀬というのとは違っている。
全身で女の愛をうったえて、恋人に身も心も捧げていた――。
そう思ってから、それが綺麗ごとだと認める。
実際は目の前にあった甘美な果実を思うさま頬張る誘惑に抗えずに、神聖で大切な役目を投げ出して淫らな欲望を満たす方を選んでしまっていたのだ。
もっともっと可愛がられたくて、体をいっぱいに開いて愛撫をおねだりしていた。心優しい恋人は、そんな彼女に応えてさまざまな形で歓びへと
心地よい疲労感と充足感、気怠さ、それは深く愛を契った後ならではのもの。そして汗にまみれた肌の汚れと身に纏った淫らな臭いが二人が演じた情熱の密度と時間の長さを教えている。
「こんなに遅くなってしまって……ごめんなさい……」
「遅く? 寝ぼけちゃったんですか?」
「だって……だって……」
操祈は合点がいかなくて、納得のいく答えを求めて相手の顔をまんじりとしてしまう。その罪のない表情はいたいけな美少女のようでもあった。
「そんなにボク、頑張っちゃったかな」
すぐに少年はわけ知りのいたずらな笑みを向けてくる。
「コラぁ、先生をバカにしてるなっ、許さないんだゾっ」
「時間を忘れるほど歓んでもらえたなんて嬉しいなぁ」
「もう、イヤな子ぉ……だって、そんなはずがないから……あんなことだってしてしまったのに……」
女の秘密をさらけて、やすやすと禁忌を破り
堕落して、穢れた
それでも体と体でたくさんのおしゃべりをして、思いのたけを伝え合って、そしてどこまでも許しあったのはとてもステキなことだと思うのだ。
ただ長く愛し合ったというのは操祈の錯覚であるらしく、恋人によればほんの小半刻にも満たない間の出来事だったらしい。
不思議――。
「きっと、先生がそう感じるくらい深く愛しあえたってことですよね……ボクたち……」
また真顔になった恋人に言われて、操祈も素直に「うん」と、頷いていた。
「カワイイな……先生がそんなふうに時間感覚もはっきりしなくなるなんて、余計にかわいくて……」
「……だって……あんなにいっぱい……レイくん、やさしくしてくれたんだもん……」
「どうしてキミはこんなに可愛いんだろう、ああもうボク、学校になんて帰りたくないな……こんなにも愛おしい人と離れるのなんて……」
少年はごろんと身を返して操祈を組み敷くと、仰け反ってあらわになった操祈の喉にしゃぶりついてきた。
「レイくんっ」
「ずっとキミとこうしていたい……」
舌を絡めてのディープキスに始まって乳房への恭しい口づけとなり、甘い刺激にうっとりとなって身をもがかせて、気づいた時には彼女の脚はまた大きく開かれようとしていた。
けれども少年がまた顔を寄せようとしてくるのが判ると、寸前に操祈はハッとして上体を起こすと手を伸ばして股間を庇って愛撫を拒んだ。
「本当なの……?」
「何がですか?」
「まだ間に合うっていうのは……」
「もういいんです……ボク、先生と暮らせるのなら……そっちのほうがいいから……」
少年は操祈の手を剥がして舌先を差し入れてくる。おっつけてくるような温かなものにいきなり感動の極みを包まれて、愛撫にすっかり馴染んでいた体はすぐに花弁を展げて歓びを受け容れる姿になっていた。
「ああ――っ、ダメっ……レイくんっ……!」
なんてやさしい、そして愛情深い口づけ。めくるめく官能の甘い誘惑に体はたちまちとろけてしまいそう。それでも懸命に勇気を振り絞って両手を伸ばすと、操祈は少年の顔をそこから押しのけようとする。細く長い指に必死の思いをのせて。
「ダメよ、レイくん……帰らないと……」
息を乱して訴えた。
「あなたの志望校の申請をしないといけないから……」
義務を果たせると思うと俄かに教師であることの矜持を取り戻すことができたのだった。女が一瞬でも気を緩めてしまうと転落しそうなギリギリの状態でいる中、
「そうですね……」
少年は素直に矛を収めてくれて安堵する。
こうした場合、いつもは言うことを聞いてくれないのが常であったのだが、幸いなことに今日ばかりは彼女の言葉に従ってくれたようだった。
「じゃあ、一緒にシャワーを浴びましょうか……」
「うん……」
「先生はまだゆっくり間に合いますよ。ボクの方が時間がかかるから六時前にはここを出ますけど……後のことをお任せしてもいいですか?」
「後のこと?」
「戸締りとか火の元とかですけど」
「だって、お家の鍵を……」
「ここの合鍵を先生におあずけしますので」
鍵を託されるというのは特別なことだった。
操祈は既にレイには自室の鍵をあずけていたので、これで互いの鍵を持ち合うことになる。
それには二人の生活が溶け合っていくのを実感させる象徴的な意味合いがあるのだった。
これまでは寝室にいる時だけが素の姿になれる場所であったのが、これからは共に活動する場も拡がって、そしてますます重なりあっていくようになるのかもしれない。
現実的にも人生を共にするパートナーであることを意味しているよう。
「いけませんか?」
念を押されて操祈は首を横にうち振った。
「良かった……助かります……」
互いに支えあうようにして身を起こして、その間も惜しんで感謝の口づけを交わし合う。
「愛してるわ、レイくん……」
操祈の明るいブラウンの瞳が恋の歓びに燃えて深い色に変わっている。
「愛してます……先生がボクを思うよりもずっと……」
少年の言葉に操祈はもう争わなかった。
愛が量れるものではないことを分かっているからだった。賢い少年がそれを知らないはずはないことも。
「いいわ、それで……いつかきっと、あなたにわたしの思いが届く時までは……」
ベッドの縁に全裸で並んで腰掛けたまま微笑みを交わし合う。
「もうお互いの心の鍵の交換は済ませているので、今更って感じかもしれませんけど……先生にボクの家の鍵を持っていてもらえるのは嬉しいな……」
「心の鍵? ナマイキ言って……うふっ……」
「東京に来て、もしもお泊りの際にはこの部屋、自由に使っていただいて構いませんので……ボロ屋ですけど……」
「そんなこと……」
「ちょっと都心からは離れてますが足の便はまずまずでしょ?……もしも結婚できたら、春からはきっと今よりも自由度が増すはずですし……今日みたいにここでデートをしてもいいかもしれません……いずれにしても、あと二ヶ月の辛抱ですね……」
「……うん……」
「ボク、きっとすっごく悪い夫になりますよ。今よりももっといろんなことをして、先生のことを虐めて、いっぱい啼かせちゃいますから……」
少年は腰のものをまたいちだんと逞しくさせて言った。
「まぁ、こわい……」
操祈は怖がったふりをして少年の体に身を寄せる。肌と肌とを接して温もりを感じて、心も体もじんとしてくるのだった。
まだ十五歳なのに自分へと向けてくるロイヤリティの
心からの友、魂のパートナー、ソウルメイト。
「でも、先生のこと、ぜったいに護りますから……」
「うん……頼りにしているわ……ダンナさま……」
おそるおそる最後の言葉を口にしてみた。それが予期せずとても魅力的に響いて、他ならぬ自分自身の声なのにドキッとさせられて胸がホカホカと浮き立ってくる。
「旦那さまかぁ……なんかいいかも……でも、ボクは今のままの方が好きかな……ボクが先生を愛しているときに“旦那さまぁ”って啼かれるよりも“レイくんっ”て言われる方が、先生の切迫した感じが伝わってくるような気がするから……」
「もう、すぐそういう話にもっていこうとするんだからぁ」
「だってカワイイんだよ、胸がつぶれてしまいそうなくらい可愛くて……この子のためなら死んでも構わないって思えるんだ……もし先生がボクと入れ替わったら、きっとボクに嫉妬すると思うな……キミが感じているよりも遥かに大きな歓びを味わっているということが判って……」
「レイくん……」
先生――が、キミになり、いままた、この子、に代わっている。
ずっと年下で、教え子で、体格だってまだ優っていた。
それなのに、精神的には既に操祈が凭れかかるかたちにもなっていた。いつのまにか立場が逆転していて、それが屈折せずにいられるのは受け容れられると感じているからだった。
「さあ、シャワーに行きましょう、先生」
「そうね……」
振り返るとベッドの白いシーツには睦みあった証が生々しく遺っていて驚きに目を丸くする。
とても片時の逢瀬でできたとは思えないほどの、おびただしい量の汗染み――きっとそれだけではないものも含まれているのに違いない――をつくっていた。
「やだ、こんなになってるなんて……」
「……キミのにおいをいっぱい残してくれて……うれしいな……ボクへの最高のプレゼントですから、ありがたく頂戴させていただきますね」
「……羞ずかしい……ホントにあたし、こんなに汚しちゃったの……?」
「汚れだなんて……これでボク、ここでひとりで寝るとき寂しさを感じずにすみます……先生のにおいに包まれて幸せに眠れますから……」
「もうイヤぁ……」
「この部屋に来ても先生のにおいを感じられるんですから、このシーツだけはぜったい洗濯なんてしませんからねっ」
操祈は頬を赤くして、不安げに唇をキュッと結びながらも気持ちは嬉しさに高鳴っていた。
嗅覚は最も古い脳を刺激して、その愛着は心の一番深いところから生まれる。操祈も初めてレイのベッドの上に身を横たえた時、彼のにおいが恋しくて胸が躍っていた。
愛し合うと互いのにおいを好ましく感じるようになるのか、それとも体臭が好ましくて愛情を感じるようになるのか、どちらが先なのかわからない。
ただ女にとって、大好きになった男から自分のにおいを愛してもらえるのは、恥ずかしいがとても嬉しいことなのだった。
「キミの体はとってもステキないいにおいがするから……」
ただ恋人からそう言われても素直になりきれないのが女心の複雑なところ。
「エッチ……女の匂いが好きって、変態よ……」
「違いますよ、ボク、女の人のにおいが好きっていうのじゃなくて、先生のにおいが好きなだけですから……それって、とても自然なことだと思うな……だって、キミのことが大好きなんだから……男にとって大好きな女の人のにおいほど恋しいものはないから……」
またストレートな言葉が返ってきて、操祈の胸を強く刺し貫いていく。
「うん……あたしも……レイくんのにおい、大好きよ……」
恋愛についてまだ若葉マークをつけている女としては、そう言い返すのが精一杯なのだった。
年内にアップしたくて途中のキリのいいところで上げることにしました