ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
「みっ、見ないでっ! そんなところばっかりっ……あっ……はうっ――」
美由紀の背後に屈んで、彼女の片方の脚に腕を巻きつけてしっかり抱きとるようにしていた男の舌に、あいせつな急所を捉えられて美由紀の背中がクンッと
冷たく澄んだ強化ガラス製の壁の外には大都会の夜の街並みが一望できて、足元には赤坂御所、神宮外苑そして新宿御苑、少し離れて代々木公園が見えている。他にもところどころ光の海に浮かぶ小島のように暗いスポットが浮かんでいた。
四谷、午後十一時すぎ――。
七十三階にあるセミダブルルーム。
リッツ・オータニ・グランドタワーはこのところ美由紀と俊介が定宿としていて、シティホテルと比べるとさすがに料金は嵩むのだが客のプライバシーが守られやすいことから、週末、仕事帰りに落ち合うのにはとても都合が良いのだった。
「そこはイヤっ……それ、本当にイヤなのっ斎藤くんっ……」
「もう先輩にはナンにもイヤだなんて言わせませんよ、ここしか僕に残しておいてくれなかったんですからね、だからしっかりいただかせてもらいます」
「そんなっ……」
灯りを落とした薄昏い部屋で、黒い鏡面のようになった窓には街あかりに照らされて、全裸に剥かれた美由紀の全身が映し出されていた。
四肢の長いファッションモデルのような体型をしていながら、両の乳房は量感もみごとな美しい曲線を描いていて、それは今、哀しげに先を尖らせている。
男からは避けたい口づけをされて悩ましげに伏せられる端正な顔。甘く淫らな誘惑から逃れようと、時に豊かな長い髪をうち振って堪える姿には、一流の美女ならではの被虐美が匂いたつ。
大学の後輩であり職場では部下でもある斎藤俊介は、セックスの場面でだけは
このようなアブノーマルなプレイも、俊介と出会う以前の美由紀は当然、未経験であり、嫌悪を感じこそすれ嬉しいはずも無い――そう思っていたのだが、この若い牡は彼女の想像を越えたテクニシャンで、女体に隠された致命のボタンを探り当てると男と女の立場の違いをイヤというほど思い知らせてくるのだ。
「あぁっ、だめっ――」
前からは
視界が焦点を失って、彼女の眼下に遠く遥かに広がる家並み、ビル群の灯火がいつしか地平線と溶け合っていき、眩いばかりに星辰の瞬く銀河に身を投げ出しているような浮遊感に包まれていく。
「ああ……斎藤くん……」
「気持ちいいですか?」
「……ん……ええ……」
か弱い部分を舌と指とで優しく弄ばれて、体が飛躍に備えて身を竦ませていた。歓びに腰から力が抜けて萎えてしまいそうになるのを、股間を潜って胸にまで伸びてきた男のたくましい手と腕が支えている。
愛撫が進むと美由紀はいっそう従順になるのだった。結局、男の剛い腕からは逃れられない、そう思うことでそれがさらなる見知らぬ歓びへと繋がっていく。
「あはぁ……いいっ……いっちゃうっ……あたしっ……」
「おっと、それはイケナイなぁ、そう簡単にイカせてはあげませんよ」
「えっ――!?」
もうあと少し、というところで愛撫を中断されて、欲求不満とめくるめく陶酔への期待との間で心も体もみくちゃにされてしまうのだ。そんなどっちつかずの状態へと追いやられて、男の腕に軽々と抱き上げられて窓際からベッドへと運ばれたときには、美由紀にはもう抗う力はなにも残されてはいないのだった。
羞恥と体の感動に顔を赧らめつつも、肉の歓びの酔いがまわり始めたつぶらな瞳を切なげにして、情の深い陵辱者となった男の顔を見つめる。
「とてもきれいですよ……本当に誰よりもきれいだ……」
「………」
実際、森下美由紀は美しかった。
この春には三十七、世間ではアラフォーと言われる年齢になるのだが、愁いを含んだ美貌は少しも衰えを感じさせないどころか、大人の女の落ち着きを備えることでかえって魅力に磨きがかかったようだった。
長い睫毛に縁取られた黒目がちの大きな瞳、柔らかにナチュラルウエーブのかかったロングヘア。スレンダーなボディには不釣り合いなほどの豊かな胸が、たわわな肉感も露わに、バストトップの位置が重みでわずかに下がってきていることを除けば、清潔感のある面ざしとともに未だ女子大生と言っても誰も疑わないくらいに若々しさと瑞々しさを留めている。
それが女の扱いに慣れた手練れの恋人に抱かれて、それまで知らなかった濃密な経験を重ねて、恋をすることでさらに白い肌が艶っぽく輝いていた。
「じゃあ、またこのあいだの続きをしよう」
続き――と、言われて美由紀の表情が当惑に陰った。
女にとって歓びと哀しみの舞台となる恥辱のベッド、そこで彼女は新しい自分と巡り合うための準備を少しずつ進められているのだった。
初めはとても小さなものから――。
けれどもそれは望まない調教であり、屈辱的な開発と言えるもの。それでも忍従しているのは、もう逃れられない、という諦めもあったが美由紀が本気で男を愛してしまったからでもあった。
愛するがゆえにたとえ女の誇りと尊厳を奪われても、どんなことをされても、もう拒めなくなってしまったのだ。
俊介から求められて「ノー」と言って撥ねつけ続けるだけの勇気をすっかり失っている。
代わりに彼女がしがみついたのは、辱めの悔しさを埋め合わせて余りあるほどの恋の歓び。
三十路の半ばを過ぎて初めて知った官能の極み、性愛のもたらすオルガスムスは、ひとたび味わってしまったら、もうそれ以前の自分には戻れなくなってしまうほどの甘美な経験なのだった。
恋とは、まるで麻薬のように女の脳と心を蝕む禁忌の秘儀。
貞淑な妻であり賢い母であった慎ましい美女が、哀れな生身の肉人形になることを選ばずにはいられなくする淫らな性技の誘惑。
肌を許してからわずかの間で、美由紀の心と体は男の望むように作り変えられていた。
煌々とした照明の下で
肌を合わせる度に、そこを念入りに
拘りの強い俊介は貪欲に美由紀の体を求めて、より淫らで背徳的な、抵抗感の強いプレイへと引きずりこんでいったのだった。
悩ましい玉子を入れられて恥ずかしい体液を採集されたり、直にノギスをあてられて前後の大きさの変化を測られたりと、彼女自身が知らなかったこと、知りたくも無かったことまで今では詳らかにされてしまっている。
そして――。
「今日はね、フィンガーエロンゲーターっていう小道具を持ってきたんだけど、きっと気に入ると思いますよ。“数珠”なんかよりよっぽど気が利いてるから」
「イヤよ……本当にイヤなの……ああいうことは……」
あられもない姿になってひとつひとつ入れられるのは、女にとってのこの上ない辱めなのだ。そのうえ取り出される時はさらに惨めな気持ちにさせられる。
美由紀は俊介の股間にそそり勃つ猛々しいものに怯える視線を送って慈悲を願った。けれどもその思いが彼にはもう届かないことも彼女には良く判っているのだった。
ひとたび裸に剥かれて肌と肌とを接するようになった時、そこでは年の違いも社会的な上下関係もなくなって、ただ男と女という自然の掟、神の摂理しか通用しなくなるからだ。
男の前ではどこまでもか弱い性である女は、慈悲にすがって相手を信じて愛される存在。哀しくてもそれが女の生きる道であり、歓びへの近道でもあった。
「心配しなくていいですよ、先輩の体の準備がしっかり整うまではしませんから。その前にやりたいことはいっぱいあるし」
俊介がそそり勃ったものを誇らしげに軽くしごいて、ベッドに上がるやすぐに覆いかぶさってくると、美由紀は本能のままに自ら体を開いて迎え入れようとしていたが、だが男には別のたくらみがあるらしく、すぐに体を一つにしようとはしてくれないのだ。
両手を掴まれて頭の上に導かれる。身を守る術を奪われて、豊満な乳房が男の大きな手に包まれて白い肉をさらに白く輝かせて、はちきれんばかりに盛り上がっていた。
乳暈もバストサイズに見合って見事な拡がりを示していて、清楚な顔立ちとのコントラストを際立たせてより一層、官能的に見せている。
「こんなに綺麗な体を、ずっと何もしないで死蔵させておくなんて……もったいない……旦那さんが僕みたいな男じゃなくて本当に良かった……」
「………」
美由紀の過去のセックスライフについて俊介は強い関心を示していて、繰り返しなんども訊かれていたのだった。
初体験はいつだったのか、肉体関係を持った男の数、経験した全ての体位や、どんなことをされて、どこをどのように愛されるのが好きか、など。
愛撫の合間に、セックスの最中にしつこく問いただされて、結局、心も体も挫けるかたちで打ち明けざるをえなくなっていた。
そうしないとご褒美を与えては貰えないからだった。それほどまでに俊介の女体の扱いは巧みで、彼女がその時いちばん欲しているものを見つけるや、かえって腕を高く差し上げて、美由紀が伸ばした手から遠ざけてしまう。
じっくりと時間をかけられて心と体のわだかまりを剥ぎ取られ、欲しくて欲しくてたまらなくされてから、今度はなかなか与えようとはしてくれない。それはほとんど拷問と言ってもいいような残酷なお仕置きになっている。
こうして根負けしたあげく甘い果実と引き換えに美由紀は自分だけの秘密を失っていったのだった。
(男性との)キスは夫が初めてであったこと、処女を失ったのは結婚後であったこと、セックスはノーマルでオーラルセックスは未経験だったことなど。
美由紀の体が舌技を知らないということは、俊介をひどく悦ばせて逆に彼女を後悔させるものとなっていた。好色な本性を隠さなくなった男の愛撫は、経験豊富とは言えない女体にとっては毒になるものばかりだったからだ。
全身をしゃぶられつくしてから、もうそれまでの自分でなくなってしまったことを鈍い敗北感と喪失感とともに思い知らされていた。
あろうことか男の口の中で果ててしまうというのは、セックスを交わりとしか捉えていなかった美由紀にとっては激しいショックで、強い羞恥とその代償ともいえる歓びの大きさに自分があらためて、後輩と越えてはならない一線を越えてしまったことを認めないわけにはいかなくなったのだ。
たった一度の過ちのつもりが、どこまでも堕ちていくきっかけとなってしまった。
社の同じフロアーに、体の隅々まで知り尽くしている相手が居る、というのは俊介とそうなる以前に美由紀が覚悟していた予想を超えて特別なもので、二人の関係に決定的な変化をもたらしていたのだ。
「きみが肌を許したのは本当に旦那さん一人だけだったの? だって先輩みたいな美人、言い寄ってくる男はいくらだっていたはずだから。僕なら絶対に放ってはおかない」
「……だって、高校まではずっと女子校だったし……それに進学校だったから、脇見をしている余裕なんてなかったのよ……」
「でも大学ではそうもいかなかったでしょ? 卒業までバージンを守り通すなんてウチじゃなかなか珍しいから。叡智は積極的な奴が多いし、特に女子はブランド力もあって学外の男からも人気があるからさ」
たしかに学生時代には同級生、先輩後輩を問わず、サークルでもゼミでも、またアルバイト先でも言い寄ってくる男は少なからず居たし、実際、貞操の危機的状況に追い込まれたことも一度だけではあったが遭遇していたのだ。ただ仲のいいクラスメートの女子が機転を利かせてくれて難を逃れることができたのだったが――。
その時の友人こそが誰あろう亡き夫、翔悟の妹であり彼と引き合わせるきっかけをつくってくれたマホリン、こと森下真保里だった。
人の縁とはつくづく不思議なものだと思う。
「特にきみみたいな美人は……なんといってもうちの準ミスだったわけだし……でもなんできみがクイーンじゃなくて準ミスだったりしたんだろうな? 当時の選考に参加した連中の目は節穴だったんじゃないのか?」
「………」
「……そうかっ、うちのミスコンには水着審査がないからなぁ、だから誰もきみのおっぱいがこんなに巨っきいってことに気づかなかったのか……僕だって裸を目のあたりにするまで、これほどとは分からなかったくらいだし……もの凄くうれしい驚きだったよ……」
乳先を含んで舌で愛らしい尖りを擦りながら言う。
「ブラのカップサイズは? 九十のFってところかな? それともG?」
「………」
「教えてよ、きみに下着のプレゼントをするのに知っておかないとならないから」
しつこく迫られて、仕方なく
「……今つけてるのは……たしか、E70の筈よ……」
「あれ、そいつはどうかな……ちょっと下にサバ読みしすぎじゃない? さすがにこのおっぱいがEなんていうファミリークラスの上限ってことはないと思うけどな。きみのはワールドクラスだからさ」
「……ワールドクラスって……もう、なんの話をしているのよ……」
「実際、きみのはスミソニアンかMOMAに常設展示してもいいくらいの完成度だと思うよ。もちろんアヴァンギャルドではなくてね」
「………」
「細っそり着瘦せするから緩めの服だと騙されちゃうけど、多分アンダーは一つ下のサイズのものの方がフィットする筈だよ……だとすると六十五のGとかHってところかな? みたところトップは九十くらいありそうだから」
若い時はたしかにそれぐらいだったのかもしれないが、出産を経験して年齢を重ねてからは肌のうえに痕がつくほどのあまり窮屈なのも嫌で、サイドは緩めにしてホックで調整をするようにしていたのだった。だが女の事情に通じた俊介はすぐにそれを看破してしまう。
「強く抱くと折れてしまいそうなくらいなのに、おっぱいはこんなに大きいんだから、きみはなんて罪作りな体をしてるんだろうな……それなのにきみの旦那さんだった人は、ろくに面倒も見てくれなかったなんて信じられないよ……」
亡夫の翔悟はエンジニアというよりも学究肌の人物で、出会った時から浮世離れしたところのある、どこか枯れた印象のある青年だった。
痩身でひょろりと背が高く、申し訳なさそうにやや猫背になって歩くところも、彼女が知る他の男たちとは違っていて興味がわいたのだ。
凡そ俗事や見栄、体裁といったことには拘らない性格で、好きな研究さえできればハッピーという最果ての理系オタク。
せっかく会社からあてがわれた通勤用の高級車も、メンテを兼ねて乗りまわしていたのは専ら美由紀の方で、翔悟は論文を読んだり書いたりできるのであれば移動手段はなんでも構わなかったらしく、ラグジュアリーな装備にもほとんど関心を示さなかった。
幼い頃から彼を知る男友達の言葉を借りれば、冗談交じりに「もしかすると冷蔵庫の開け方も知らないのではないか」とのこと。中高六年間、起居を共にした宿舎では、チャイムが鳴らなければけして食堂にやってくることは無く、仲間内では「館内スピーカーが壊れたら奴はきっと部屋で餓死するんだろうな」と噂されていたともいう。
仙人みたい――。
大学入学以来、周りに居合わせた、常に自己アピールに情熱を傾ける牡たちとは違う文化、空気を纏った二つ年上の男に感じた物珍しさ、好奇心はいつしか淡い恋心へと傾いていた。
むしろ美由紀の方が積極的だったのだろう、またそうしなければ結婚することもなかっただろうし母にもならなかったと思う。
思う……。
ここで美由紀の気持ちはいつも停止せざるをえないのだ。夫の胸の内はこちらが想像するしかなかったからだった。
本当に不思議な人だった――。
実のところ、自分が夫から必要とされていたのか今も良くわからずにいる。
夫が父親として息子の翔馬のことを愛していたのは判るが、自分のことを女として見てくれていたかどうかは、とうとう謎のままだった。
愛されていたとは思うが、それはあくまでも家族としてであって、恋というものとは違う……違っていたのではないか……そんな気がしている。
「……あの人は、もともとそんなに強い方じゃなかったから……貴男とは違うわ……」
「でもきみのファーストキスの相手で、処女も捧げたんだろ……悔しい……本当はみんな僕のものになる筈だったのに……」
口惜しげに言う俊介を前に美由紀はため息をつく。
生殖ではなく恋愛感情の発露としての肉体関係という意味では、美由紀にとって俊介が初めてのパートナーといえるものだった……かもしれないからだ。
だからヴァージンを失った時よりもセカンドバージンを奪われた時の方が喪失感は遥かに大きかった。けれどもそう感じてしまうのがとても罪深いことに思えて彼女をさらに屈折させている。
男にリードされて、手取り足取り性の手ほどきを受けることの驚き、目醒しさ。
女の身の弱さと脆さを思い知らされている。
これがセックス――!?
男の人に抱かれるって、本当はこういうことだったのね……。
それとも、この人が少し変わっているのかしら……?
俊介が彼女の肉体へと向ける関心と興味は、とても女の口からは言えないようなもので、どこまでも執拗で容赦というものがなかった。
「もしも人生をやり直せるのなら、今度こそ絶対に誰よりも先にきみを見つけ出して、みんな僕だけのものにするから」
「もしそうなら……今頃、貴男はとっくに別のもっと若くて綺麗な女の子に夢中になってるわ……こんなおばさんなんか相手にしようなんて思わない筈よ……」
「きみは本当にそう思いますか?」
「これまでだって、いろいろな女性とお交際あいしてきたでしょ? そうだわ、法務の栗田さんとか……」
実名を口にしてから、何やってるんだろうと後悔したが、言ってしまった以上はもう後戻りは利かない。
「栗田さん? ああ、あの子か……」
「綺麗な子よね……」
「たしかに彼女とは何回かデートをしたけど、それだけだよ、別に本気じゃないから。それにあっちにも本命の彼氏がいるみたいだし」
「あら、そうなの?」
「そうさ、僕が本当に好きになったのはきみが初めてだから」
「嘘……」
「ウソなもんか、もしもきみともっと前にちゃんと出逢っていたら、そして僕の恋人で妻になっていたら、今頃はしがないサラリーマン編集員なんてしてないと思うな。天才作家と呼ばれて文壇の寵児になっているか、それともビジネスで大成功して巨万の富を築いているか……」
「……?!……」
「男にとってミューズを自分のものにするっていうのはそういうことなんだ……人生の全ての幸いを携えてきみは今、ようやく僕のところへやってきてくれた……」
男の瞳には少年のような真摯な色が窺えて、偽りやお追従を言っているようには見えなかった。だがそこに美由紀はかえって気詰まりを感じてしまう。評価があまりにも過大で、やがて迎えるだろう揺り戻しが怖くなってくる。
ただ、それならそれでも構わなかった。
彼が思いを遂げて満足するのなら、自分の存在がその助けとなるのであればそれで十分で、その後でどうなろうと、それは今頃になって恋に溺れたこちらが悪いのだから、罰を受けるというのならそれも仕方がないのだ、と。
「ねぇ、斎藤くん……貴男はあたしの歳を知ってるわよね? 再来月には三十七よ、もう立派なおばさんだわ……こんなおばさんにミューズなんて言葉は重たすぎるの……あなたが私を玩具にしたいというのなら、それはそれで仕方ないけど……」
「僕にはきみの体をオモチャにしているつもりはないですよ……やっぱりそんな風に思ってたんですね……」
生真面目な顔で詰め寄られて、美由紀は俊介の意志的な眼ざしを逃れて横を向こうとする。だが、男の手がそれを許さない。
俊介の口許が他ならぬ自身の移り香を纏っているのを感じて、美由紀の胸がまた妖しく高鳴り始めた。
「例えば……」
強い意思を感じる手が腰に掛かかると、グイッと寝返りをうちながら体位を入れ替えて美由紀を上にする。男の体にまたがる形になって熱く固いものが太腿の間で猛々しく押し返そうとしていた。その貪欲な逞しさは女の体には無いもので、それはもう何度も彼女を挿し貫いて女の儚さを教えた憎らしいものだ。
美由紀は瞳の色を懸命にして男に意志を問いかけた。腰を浮かせば、それはたちまち強靭なバネのように跳ね上がり、すぐにでも中へと誘うことができそうなのだった。
だが俊介は微笑むばかりで逆に彼女の腰に腕を回すときつく抱きしめるようにする。そうしてから空いている手で最も触れられたくないと思っている場所へと指を伸ばしてくるのだった。
「いっ、イヤっ!」
不意に再開された陵辱に美由紀は焦るが、開かれたそこはあまりにも無防備で、そのうえ腰をがっしりと抱き取られていては、たとえ腕を伸ばしても届かず、男の手を払いのけることも身を守ることもできずに、ただ男の指にされるままになっているしかなかった。
中を窺おうと不穏な動きをする指に、既に愛撫をされていてほぐれかけていたそこは、たちまちのうちに口を開きかげんにしてしまっている。
またあのイヤなことをされるのでは、と必死に身構える美由紀に、下にいた俊介は優しい顔をして見上げていた。
「おねがいよ、やめて……本当にイヤなの……しないで……」
美由紀の瞳に悔し涙が滲む。
「きれいだな先輩は……きっと先輩は、僕がこういうことを誰に対してもしてると思ってるんですよね……」
相手はとりわけ淫らなことをしている時になって、敢えて、先輩――という言葉を選んでくる。
力関係で言えば圧倒的に有利なポジションを得て、美由紀に対してどのようなことでもできる今の状況で、そこに日常を持ち込まれるとどう反応していいかわからなくなってしまうのだ。
それに男の指先とはなんて無慈悲でいやらしい動きをするんだろうとイヤになる。なぞられる度に、妖しいくすぐったさに、もう美由紀の心はくじけてしまいそう。ちょっとでも気を許してしまえば、体の方もたちまち折れて屈してしまう。
それどころか口ではイヤだと言いながら、気持ちでは拒みながらも女の体は勝手に先を望んでどんどん淫らに、しどけなくなっていくのがわかるのだ。
そこがヌルヌルとぬかるんできているのを感じると情けなくて泣きたくなる。
「男がココを食べたいと思うのは、誰よりも尊敬して、誰よりも愛する女性に対してだけなんですよ。たしかに今まできみ以外の女の子にしたことが無いとは言わないけど、それはその時の勢いとか成り行きとかでたまたまそんな風になったこともあったかなっていうだけで、きみにするのとは意味も内容も違う。先輩にする時は僕はどこまでも本気で、したくてしたくてたまらないからするんです。きみの体はどこもすごく美味しいご馳走だから」
ココ――という場所を指の腹でやさしく、そして執拗に撫でられて女心の最後の砦に開城を迫っていた。
「俊介くん……」
「だから、ココは僕だけのもの……僕の先輩に対する愛と崇拝の証……永遠の忠誠の誓い……」
それは美由紀が未だ拘り続ける心のわだかまりを萎えさせるものいいだった。
思いが自分だけに向けられている、というのはたとえ嘘であっても恋に迷う女には道を照らす導きとなるもの、希望の灯火だった。
そんなやり方をされたら、もうイヤだとは言えなくなってしまうのだ。
「……ずるい……ずるいわ、俊くんのそういう言い方……」
鼻にかかった声音になっている。
呼びかけもファーザーネームからファーストネームに、そして今はペットネームへと変わっていた。それは美由紀も見栄を棄てて男に甘える時のものなのだった。
と、女の覚悟を見届けたかのように指が潜り込んできて、彼女は絶望と諦めの小さな悲鳴をあげていた。
男の指は驚くほど長くて、深く奥まで分け入ってきて、さらに女の矜持を蹂躙していく。今まで感じたことの無いところまで触れられて、美由紀は驚きに目を瞠って男の顔を見つめていた。けれども嫌悪する相手を見るときのものとは違って黒目がちの瞳をさらに深い色に変えているのだ。
「俊くん……」
「びっくりしましたか? これがフィンガーエロンゲーターですよ。中指に被せてあって、こちらの必要に応じて最長二十五センチぐらいまで自在に伸び縮みをさせることができるスグレモノなんです。しかも先端にまで指の感覚があって、きみの温もりや柔らかさを感じることができる……たぶん……ここ……ここを押すと感じるかもしれません……」
「あっ……ヤダっ……」
「キモチいい?」
美由紀は必死に目を凝らしているが、彼女が息を呑んで見つめているのは、もはや男の顔ではなくて自身の中で探るように動く指なのだった。体の裏側からの指圧がことのほか思いがけない刺戟となっていて女性特有の器官を鳴動させている。
「あ、ああっ……そんなっ……」
支えていた両腕を突っ張らせて豊満な体に緊張が駆け抜けたかと思うと、力が抜けたようにがっくりとなって男の首に抱きついていた。
「ひどいっ……俊くんっ……」
「大丈夫、大丈夫ですよ……本当になんて可愛い顔をするんだろうな、先輩は……」
犯されて哀しみに沈むことでさらに美しく輝くのは、美由紀の美貌が特別なものであるからに他ならなかった。
たとえ本人は気がつかなくても、体に纏った汗が甘く香りたち、乳先を艶づかせて男を魅了する発情のサインも露わに女の体が蕩けていく。
美由紀の変化を受けとめた男は女体を責め苦からいったん解き放つと、体位をずらし向かい合って抱き合う形になっていた。片腕を女の太腿の間にこじ入れて脚を抱え上げるようにするや、今度は迷わず本物の熱いものを刺し入れてきて、美由紀はたまらず男の体にしがみついた。太い首に回された細腕の必死さに、女体の深刻さと女の思いとが込められているようだった。
不規則なリズムで行きつ戻りつする度に、目の奥に光が弾けて体に電気が駆け抜けるのだ。辛くて苦しくて悔しくて、それなのにそれをする憎い相手が愛おしくてたまらなくなる。
「ああっ、イヤよっ、ヤダッ、そんなのっ……」
また再び指にも犯されて、それはもはや拷問といってもいい快感の奔騰となっていた。
やがて美由紀の半ば開かれた口から、甘いため息と、哀しい囀りが途切れることなく溢れ出るようになっていく。
「いい子だ……美由紀……きみは外見だけでなく体の中だって、誰よりも素晴らしいよ……本当だ……」
「あ、あたしっ……あなたのことっ……」
最後に美由紀は何かをいけないことを口走ってしまったように思ったが、意識が光の海に拡散していく中で言葉も逸楽の波にのみ込まれてわからなくなっていた。
ただ彼女の思いは体の中に深く記憶されて、たとえ目には見えなくてもけして消えることのない烙印となっていくのだった。
ちょっと間があいてしまったので言い訳代わりにあとがきを少し。
今回はそのうちにキーキャラになる筈の翔馬の、その美母、森下美由紀のエピソードです。
美由紀はこの世界では操祈に次いでお気に入りのキャラで、好きなタイプだとついつい無駄に言葉を費やして長くなってしまいます。
彼女は三十代の操祈というイメージで、女性としての完成度の高さからすると、もしかすると操祈となんらかの繋がりがあるのかもしれませんが、今のところはまだよくわかりません。
書きながらセリフ部分は勝手にCVが、ママキャラ、お姉さまキャラ役のハマるあの方――もう中堅というよりベテランの域に入りつつある――で脳内再生されてます(笑)
十年後ぐらいには操祈もこんな感じにされちゃうのかもしれない、とか想像しつつ、相手がレイくんならそんな猶予があるはずもないか、と思ったり――。
男どもは揃いも揃って変態ばっかのホント、ロクでもない世界だっ!
けど、ま、そうなっちまうわな――。
女たちの殆どがワールドクラスの美女ってことなら……。
是非行きたい!