ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
ⅩⅢ
どうしてこんなことになっちゃったのよぉ――。
手の中の白いセパレーツの水着を見ながら、操祈はまたため息をついた。
更衣室のドアがノックされる。
「はい、どうぞ……」
「失礼いたします」
遠慮がちに扉が開かれて少女が顔を覗かせ、操祈をみるやすぐに表情をくもらせて当惑したようすになった。
「先生、まだ着替えていらっしゃらなかったんですか?」
「あの……時間も押しているので……」
別の少女も現れて口添えに加わった。
「ねぇ、ほんとにやらなきゃダメなのぉ? だってわたし教師なのよっ、生徒でもないのに文化祭のミスコンに出るなんて……」
「いいかげん先生も覚悟をきめられて下さい。そのお話にはとうに決着がついてるじゃないですかっ」
さらに舘野唯香まで加わって操祈を急かすのだ。
「もうウチを除いて他校はとっくにエントリー十名分のサンプル映像を流し始めているんですよ。ウチだけなんです、先生のご都合に合わせて映像公開を控えているのは……私だってこんなことイヤだったんですけど、決まった以上は仕方がないって、ウチの学校の為にやろうって協力しているんですからっ」
「でも、これ普通のセパレーツ水着じゃないじゃない? ちょっと露出が多すぎやしない?……こういうのは、わたし無理よ……」
「なに子供みたいなことを言われてるんですか? しょうがないじゃないですか、条件を整えないと公平じゃないからって各校で協議した結果の統一規格の水着なんですから。私も着ましたし、山崎さんも着ましたよ。あとは先生だけなんですから早くして下さい、みんな待ってるんです」
普段はおとなしい美少女から一歩も引かない構えで迫られると、諦めるしか無かった。
「わかったわ……」
二週間ほど前のこと――。
「密森くん、投票用紙の回収は終わった?」
「終わりました。ボクと栃織さんの分を除いて二十三名分あります」
「わかりました、じゃあこれは私の分……密森くんも投票したの?」
「はい、いま栃織さんのと一緒に入れました」
「いいわ、これで全員ぶん揃ったわね。では、これより開票作業に入ります。私が読み上げるから密森くんは板書して下さい……」
朝のホームルームで、例によってクラス委員の栃織紅音が壇上に立ち、自分を含めて二組の二十五名の生徒たちに当日の議題を諮っていた。
その日のテーマは文化祭で開催されることになったミスコンテストの出場者についてで、クラスとして誰を代表者として出場させるかを決めるための投票が行われたのだ。これは学園祭実行委員会からの全校通達で、各クラスから代表二名を選定せよとの指示を受けたものであり、生徒会も承認の上の正式な“選挙”だった。
クラス投票によって一年から三年までの計九クラスで各二名ずつを選び、十八名の候補者リスト名を学内LANで内部公開、そこから常盤台全校生徒の無記名投票によって十名を選抜、外部のサーバーに登録して学園都市内で一般公開するという段取りになっていた。
なぜ学内イベントであるはずのミスコン候補者名を一般公開するのかであるが、これは常盤台中学学園祭実行委員会が、かつての五本指と呼ばれた名門校に合同でミスコンを行わないかと呼びかけたところ、それならばいっそのこと“甦る一端覧祭”と銘うって、学園都市全ての中高等学校に対象を拡大してはどうかという話になり、その結果、都市内にある女子校、共学校の全三百六十二校のうちの殆ど、三百四十九校からの参加の打診を受けて一気に十一月の最大の目玉といえる巨大イベントに発展したからである。
今やエントリー数、総勢四千名近くにものぼる世界最大と言ってもいいプロムクイーンのオープンコンテストになっていた。
各校の代表者は概ね十名程度で、文化祭当日に行われるミスコンテスト本選までの約二週間の間に、ウエブ上に公開された各候補者映像のヴュワー数と、“いいね”数を元に、上位二十名を最終コンテスト参加者として決定、ファイナリストに選ばれた二十名は水着でのランウェイのホログラム映像を各校の特設ステージにて同時公開して、最終的にクイーンが決まる、という流れになっている。
「では読み上げます……」
紅音は最初の投票用紙を取り上げて二つ折りにされた紙片を開いた。
「田野倉美麗さん、食蜂操祈先生……」
レイは電子黒板に田野倉美麗と書いて、その下に正の字の一画目の横棒を引き、その隣に食蜂操祈先生と書いて、同じようにした」
「次は……これは二人枠ともに先生のお名前が書いてあるから操祈先生に二票ね……」
レイは言われるままに操祈の名の下に縦棒と横線を書き加えるが、ここで操祈からクレームがついた。
「ちょっと待って――」
「ハイ、なんですか? 先生」
栃織紅音は怪訝そうに操祈の顔を仰いだ。
「これ、おかしいでしょ? どうして私の名前が出てくるの? 無効票になるはずでは?」
「いいえ、有効票ですけど――」
「――え!?――」
「候補者は特に生徒限定との指示を受けてないので」
「それはおかしいわ、だって学祭のミスコンに教師が参加できるわけがないでしょ?」
「いえ、既に学校単位の利権のかかる総力戦になっているので、生徒も教師も関係ありません」
少女はキッパリと宣言した。
「へぇっ??」
「我が校としても持てる戦力は出し惜しみせずに全てを投入して必勝を期すということで、生徒会も実行委員会も意見統一がされていますから……そうよね?」
少女はクラスの全員に確認を促して「まったく異議はありません」との賛同の声を得た。
操祈は言葉もなく教室の脇に立ちつくしたまま、しばし口をあんぐりとさせていた。
ここでも操祈は、まったく与り知らぬままに、自身にとっての重要な決定が勝手に為されていることに唖然とするばかりだった。
「わたし、ミスコンになんて出ないわよぉ」
「それはまだ投票結果がでていないので……密森くん、開票を続けるわよ……」
「はい……」
「えーと……食蜂操祈先生、舘野唯香さん……食蜂操祈さん、食蜂操祈さん……舘野唯香、食蜂操祈……食蜂操祈……」
少女は票を読み上げていく。もはや操祈は敬称まで省略されて開票は進み――。
「投票総数五十、有効投票五十、白票、無効票なし……密森くん、結果を読み上げて下さい」
「ハイ、食蜂操祈先生、三十九票、舘野唯香さん九票、田野倉美麗さん二票……以上です」
「よって三年二組の候補者は、食蜂操祈先生と舘野唯香さんに決定いたしました」
操祈の「わたし、出ないわよっ」の声は生徒たちの盛大な拍手によってかき消されていた。
「紅音さん、選出されたのは嬉しいけど、わたし辞退させていただくわ」
「まぁ、まだ候補リストにのっただけですので……ここから八名が落選しますから、お話はそれからでもいいんじゃないですか?」
そう言われ操祈は引き下がったが、事態は彼女の予想を越えて加速していった。
その後、一週間にわたって行われた学内での生徒全員による投票によって、操祈には票が集中し、なんと全校生徒の七割もの支持を受けて学校の代表メンバー十名の一人として選抜されてしまったからだ。これにはさすがに悪意すら感じてしまい、操祈は教務主任の森脇女史に相談したのだが、
「いいことじゃない? 学校のためにがんばってきて」
かえって激励されることになってしまった。
「ですが先生、わたしは教師として……」
「大丈夫よ、みんなあなたのことが大好きだって言ってるわけだし、期待に応えてあげて」
「そんな……」
「わたし、ぜったいに出ませんからねっ」
翌日のホームルームで操祈は自身の生徒たちにうったえたが、反応は予想していた以上に冷ややかなものだった。
「だって投票権を持たない教師が、どうして結果に従わなければならないの?」
当然の疑問を口にして訴える。
「じゃあ、一票を加えればご納得していただけるんですか?」
「そういうわけじゃないけど……」
操祈の票を加えたところで焼け石に水、大勢に影響は望むべくもない。
「だって、水着審査まであるなんて……」
だからアリなんじゃないかっ! との男子生徒の囁きが操祈の耳にも届いていた。
「そういうのって教師としての体面にもかかわることだし……」
「それって問題発言ですよ、水着になるのが生徒ならよくて教師はダメっていうのはっ」
女子の一人がそれを言うと、ここぞとばかりに「そうだっ!」という低い声が唱和する。
「そういうつもりで言ったんじゃないの、ただ……」
操祈は迂闊な失言から弁解に防戦一方になってしまった。
「私だって、水着になって見せ物にされるのはちょっと抵抗がありますけど、でも名誉なことでもあるし、選ばれた以上はみんなの為にも頑張るつもりでいますから」
舘野唯香にそう詰め寄られると、操祈は返す言葉もなくて天を仰ぐしかなかった。
「こんなオバサンを裸にして、さらし者にしようだなんて、みんなひどいわ……」
落胆した操祈が呟くと、
「先生……先生は本当にご自身をオバサンだって思われてるんですか?」
近くに居た一人の少女が操祈に訊いた。
「わたしにはとても信じられません、だって……先生は、誰から見たってもの凄い美人で……私たちにしても先生というよりちょっと年上の憧れのステキなお姉さんって感じだから……」
「………」
返すべき言葉も見つからずに索漠としている操祈に、
「あの、こんなことをしてみるのはどうでしょうか?」
紅音とともに黒板の前に居たレイが口をひらいた。
レイが助け舟を出してくれたように思えて、操祈は表情をパッと明るくして少年の顔を期待を込めて見やるのだった。
「これから三日間、また無記名の全校生徒投票をやってはいかがかと? プラットフォームはあるのですぐにでもできると思うから、手っ取り早いんじゃないかなって……」
「どういうこと?」
紅音がレイに先を促すと
「食蜂先生を、先生がおっしゃられるようにオバサンだと思うかどうかを生徒に問うんです。それで……どうでしょう、三票以上の同意があった場合、クラスとして再投票をやって操祈先生の代理をたてる、というのでは?」
生徒たちからは異議の声が上がったが
「先生、いかがですか? たった三票です、生徒たちから先生をオバサンだと認める声があがれば、ミスコン参加不適格として辞退を了承する、というのでは……? もちろん操祈先生には当事者としての投票権を認めますので」
レイから言われ、操祈は即座に票読みをした。
わたしでしょ、レイくんでしょ、それに紅音さんに頼めば、これで最低でも三票になるわっ――!
「ええ、いいわっ」
二つ返事で応じる。
クラスの生徒たちからはブーイングがあがったが操祈は、希望の光が見えたように思えて破顔するのだった。
「民主的手続きを重要であると信じる我々は、常に個人の人権に対して最大限の配慮が為されるべきであると思います。操祈先生がご辞退を申し入れている以上、また操祈先生には投票権がなかったことを鑑み、クラスとしての特例として私から生徒会には追加の投票を発案してみます。結果については明日、報告します」
紅音が事態を収拾して、その日のホームルームは無事おえた。
翌日のホームルームでは当該追加投票についての生徒会の承認が得られたことがつたえられ、
「じゃあ、これで恨みっこなしということで、操祈先生には結果が得られたあかつきには、今度はくれぐれもご辞退されるなどとわがままを言われることなく、公益に服するというお約束をお願いいたします」
紅音がクラスの生徒全員の前で操祈に同意を求め、彼女はそれを受け容れた。
なんと言ってもたったの三票、うち二票はすでに確実、大丈夫、との読みだったのだが……。
その三日後――。
結果は二票、食蜂操祈をオバサン認定したものは、操祈本人を除いて他にはひとりしか居なかったのだった。
意外だったのは、レイも紅音も操祈の要望に全く応えてくれなかったことだ。
二人ともまるで口裏を併せるように「自分の心にウソはつけません」と言って操祈の期待を拒んだのだ。
それでもたった二票、と楽観していた操祈だったのだが、その日の朝、出勤すると、同僚の教師たちからは「おめでとう」「よかったわね」と労われ、操祈も笑顔で「ありがとうございます、これでホッとします」などとニコニコ顔で応じていたのだが、結果を知って青くなり、メンタルアウトの能力を失って以降、そのことをこれほど怨めしく思ったことはなかったのだった。