ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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131話 スウィーツ・ハート

 

 目を醒ました時、もうそこに彼が居ないのは判っていた。それでも股間に手を伸ばして確かめてしまう、そうせずにはいられなかった。

 そして本当に居ないのがわかるとため息が出てしまう。安堵と恨みと寂しさ、哀しさ、悦び……いろんな感情がないまぜになって自分でも整理のつけられなくなった心が揺れる。

「……レイくんのバカ……あんなひどいことをした女のコをまたひとりぼっちにするなんてぇ……」

 内腿に感じる髪の毛のくすぐったい感じ、敏感な部分にかけられる吐息、優しく繊細なタッチでくわえられる口づけ、自分を慈しむように寄り添ってくれる温かな舌の感触。

 ここをこうするとどうなるか、そこをどのようにされると彼女がどんなふうになってしまうのかを知り尽くしている動きで操祈を悩ませて、もっと高くもっと遠くへと誘い続けてくれた彼。

 それは幾度繰り返してもいつでも新鮮で、彼女をめくるめく陶酔とほとばしるような歓びへと導いて倦むことはなかった。

 女にとって隠しておきたい体の秘密を、どこまでも相手の面前に晒してしまうことには今でも強い羞恥を感じるし抵抗感もある。

 それでもデートを重ねて望まれるままに躰を開いてしまうのは、彼の巧みな誘いもあったが、操祈なりの覚悟の現れでもあるのだった。

 彼を愛すると心に決めたのだから――。

 そして彼の求めに素直に応じることが、自分にとっての彼を愛するやり方だと信じられるからだった。

 ふうっ――。

 また、小さくため息をひとつ。

「……あたし、チョコレートにされちゃったんだゾ……どうしてくれるのよぉ……」

 バレンタインギフトで彼が望み、なにより悦んだのは、他ならぬ“操祈の味――”のするチョコレート。

 本当にあの子、ワルいことばっかり知ってるんだからぁ……イケナイ子……。

 レイが二人の寝所に食べ物を持ち込むのは今に始まったことではなかった。

 これまでにも生クリームを使われたことはあって、それがどんなに罰当たりなことかをイヤというほど心得ている。

 その所為で、ふと町のショーウインドーにホイップクリームたっぷりのケーキを目にしたりすると、突然、自分にデコレーションをされた時のことが鮮やかに蘇って、心も体も穏やかならざる状態にされてしまったりすることが一度や二度ではなかったのだ。

 そこへ昨夜、また新たにチョコレートが加わった、ということ。

 とても言葉にできないような使い方をされて――。

「あーあ、レイくんがあんなにヘンな子だったなんてなぁ……うふふっ」

 操祈はくるんと寝返りをうつと仰向けになった。形の良いしなやかな両腕をいっぱいに差し上げて伸びをする。すると毛布が体からするりと床に落ちて、カーテン越しの鈍い外明かりに見事な裸身が真っ白いシーツの上でくっきりと映えるようになるのだった。

 操祈自身はまだ気がついていなかったが、そのクリームのようになめらかな肌の上には情熱的な恋人との一夜の証としての真新しいキスマークの花びらが、二の腕の内側や腋の下、乳房や腰のくびれ、下腹部周辺といったとりわけ柔らかくてきわどい部分を中心にしっかりと残されている。

 けれどもそれは恋の戯れのほんのとば口に過ぎずに、彼がもっとも時間をかけて丹念に口づけたのはいつでも痕のつかないところになのだった。

 彼がいちばん好むのはお口を使うこと……。

 初めての時は、ただ恥ずかしくて吃驚だったのに……。

 わけがわからなくて泣きたくなるくらい。こんなちっちゃな男の子がすることだとは想像もしていなかった。

 

“……ボク、キスがしたいな……先生のだいじなところに……”

 

 最初、レイはそんなふうに言って、おずおずと少年らしいナイーブな雰囲気で切り出してきたけれど、経験させられたのはそんなあたりさわりのない言葉でイメージできるものとはまるで違うことだったのだ。

 

 なにがキスよ、よくも騙してくれたわねっ――!

 

 初心(うぶ)で何も知らない男の子に、彼の憧れのお姉さん役であるあたしがきちんと教えてあげなくちゃ、否、自分だってよく知らないことだから、一緒に学んでいければいいな……ぐらいに勝手に思いこんでいたものが、(しとね)に入ると彼に手取り足取りされて性愛の悦びを教えられていたのは自分の方だった。

 それでもまだ夏休みの間は、教師としての矜持を取り戻す余地も勇気も残されていたのかもしれない。けれど、二人の関係を力学を含めて決定的にしたのは、たぶんあの秋の京都でのフリータイムからのことだろうと思う。

 

“……あのおかしな椅子……なんていったかしら……たしか……らぶらぶ……だとかなんとか、だったわよねぇ……もう、みんなみんなレイくんがイケナイんだからねっ……”

 

 操祈には、あんな奇怪なものを使おうとするカップルが、自分たちの他にも居るとはとても思えなかったのだ。卑猥で退廃的で、そして女にとってどこまでも屈辱的な……。

 たとえば教え子でありながら女友達でもある唯香――内緒のガールズトークをする関係になってからは操祈にとっての親友の一人になっていた――も、自分と同様に濃密なオーラルセックスの経験者であることを知ってはいたが、それでもあの椅子に座ることを求められたら女子力の高い彼女のことだから、きっと冷静に対処して抵抗するに違いない。

 けれでもあの時の自分にはそれができずに彼の言いなりになってしまった。

 左右のアームに脚を乗せてから、これはいけない、と後悔したがもはや何もかもが手遅れ。悔いる間もなく彼の顔が寄せられて、後はもう……。

 思い出して、操祈は独り真っ赤になっていく。

 彼の指の味を覚えたのも、あの日が初めてだった――。

 中指に大きなペンだこがあって、人差し指とは違う形をしていること。

 一番長い指で探りを入れられると、それは操祈の知らなかった泣き所にも届いてしまうことなど、微に入り細に入り、実にいろんなことを体に教え込まれたのだ。

 なによりも驚いたのは、あの子にはタブーなんて何もなかったこと。

 それは操祈の心を捩伏せるには十分すぎるものなのだった。

 

“他の誰にもしたくないことでも、先生にだけはしたいから――”

 

“キミは自分が思っているよりも、遥かに特別な存在なんだから”

 

“だからボクはするんです……どんなことでも……”

 

 女が隠しておきたいと願う体の秘密を詮索し尽くされて、誇りを奪われてうちひしがれ、あげく悦びの極みへと導かれた後、心も体も無防備にされた時に彼女が最も欲していること――操祈自身、それがどのようなものか知らなかったが――を少年は操祈にもわかる言葉と行為に代えて伝えてくれたのだ。

 その瞬間、心がふるえて女の肌が泣き出すのが感じられた。

 教師であること、年上の女であることへの拘りを捨てて、ひとりの女として素直に男の胸に安らぎを求める道を選んだのだった。

 あの経験がなければ、きっとチョコレートにされるなんてことにもならなかっただろうし、今の二人の関係もこんなふうにはなっていなかったかもしれない……。

 そう思う――。

 

「プロポーズ……されちゃった……」

 

 枕を抱きしめて(おとがい)を埋めて、嬉しさと恥ずかしさを堪えてころんと身を返すと体を丸くする。

 

「だけど、あんなことをしている時に言わなくたって……いじわるなんだからぁ……」

 

 それはレイの顔に跨って、自分の作ったチョコレートを食べてもらっている最中のこと。

 まだ外が白みかける前の真夜中――。

 

「……今度の三月の終わり、卒業式が済んだら、ボクと結婚してくれませんか?」

「え――!?」

 

 いきなりのことで、一瞬、頭が真っ白になって――実際はピンク色をした深い靄がかかった状態だったのだが――言葉をなくしていた。それ以上に彼の舌と唇の動きが気になって、とても冷静に頭を巡らせることのできる状態ではなかったのだ。

 

「お返事はいつでも構いませんから……ボク、ずっと待ってますから……でも出来ればボクが生きている間にご返事をいただけたらうれしいな……」

 少年はそう言うとまたチョコを食べることに熱中してしまい、操祈は

「うん――」

 と、応えるので精一杯だった。

 

「イエス、イエスよっ、イエスにきまってるでしょっ」

 いまベッドに取り残された操祈は、枕を相手にひとりごちた。

 他に気をとられることさえなければ二つ返事で応じていたところ。

 なのに――。

「……でも……この国では十五歳の男の子には、まだ婚姻資格がないはずなんだけどな……」

 顔にかかる豊かな黄金色をした前髪のヴェール越しに、大きな瞳をもどかしげにくるりとさせる。

 ただ卒業すれば、とりあえず教師と生徒という間からは解き放たれるのは確か。デートをしても涜職の後ろめたさを感じずに済むというのには期待に心が躍る。

 あの子のことだから、また悪知恵を働かせているのに違いない。そう考えると自然に頬も緩んでくるのだった。

「もぉー、自分だけ言いたいことを言ってぇ、あたしをひとりぼっちにするなんてぇ、ずるいんだゾ」

 恨みごとを口にしても、まどろみから次第に頭が冴えてくるに従って自分が怖いほどの幸せのまっただ中にいるのを感じていた。

「早く帰ってこないかなぁ、レイくん……」

 操祈の思いは、もうすでにその日の夜遅くに立ち寄るという恋人の訪問への期待に移っているのだった。

 




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