ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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六本木幻夢

 

 

 リアシートに深く身をあずけたまま、しばし瞑目していた湊浩平が再び窓外に視線を転じると、プリウスは青山通りから裏路地へと折れたらしく、あたりは古くからある住宅街に変わっていた。

 深夜2時――。

 一旦、ホテルに帰り仮眠を取って着替えをしてから再び社へともどり、朝の五時にはあっち側の連中を交えてのホロ会議が控えている。

 一連の騒ぎへの対応で、このところ気の抜けないタフなスケジュールが続いていた。どれも一つ対応を誤ると取り返しのつかない事態を招くことになる。ミスの許されない決断を矢継ぎ早に下していかなくてはならないというのは、齢六十半ばの老身には堪えていた。

「……ったく、厚労省まで使ってくるとはな……」

 車中という密室に居ることでガードが下がっていたのか、迂闊にも不満を独白してしまい、

「社長、大分、お疲れのようですね……」

 フロントシートで、今はドライバー兼ボディーガードをしている秘書室付きのニューフェース、中本真也から心配そうな言葉をかけられることになっていた。

「いや、私なんかの相手をさせられている君の方がもっと大変だろう、明日も早いからね。貧乏籤に当たったと思って諦めてくれ」

「そんなことは……」

 浩平はスーツの内ポケットを探りながら

「いいかな?」

 と前に訊いた。

「どうぞ、こちらにはお気兼ねなく」

「すまんな……」

 取り出した“セブンスターライト”の中から一本を唇にくわえると、使い古されたジッポーのライターで火を点じる。普段は滅多に吸わないのだが、時に無性に紫煙の香りが恋しくなる時があって、それが今だった。

 ニコチンを含んだ熱い煙が喉をチリチリとさせていく感覚をゆっくり楽しみながら、長く鼻から吐き出していると萎えかけた気分がシャンとしてくるようなのだ。

「ホブソンの件は、やっぱり大変なんですか……?」

「ん――?」

 ホブソン・ジャパンによるミナトグループへのTOBの件は、一昨日マスコミによって大きく報じられてからは全社員の知るところとなっていて、今更、隠し立てをする意味も、そのつもりもなかった。

「すみません、出過ぎたことを申し上げました――」

「いや、これは経営陣だけでなく社員一人ひとりにも関係することだから、かまわんよ……だがその件は今しばらく、俺たち年寄りに任せておいてくれないか。若い君たちが心配するようなことにはならないよう上手い落とし所を見つけるつもりだからさ……」

 ここ一ヶ月あまり、特に材料が無いのにもかかわらず不可解な値動きを見せる自社株には、何らかの意図が働いていることは誰もが気がついていたが、しかしいきなり食品偽装の疑いをふっかけられただけでなく、待ってましたとばかりに工場の立ち入り査察までされるとは、その手際の良さには正直、やられた――と唇を噛むしかなかった。

 週明けの二日続けてのストップ安――。

 時価数十億が吹き飛んだ格好になる。

 メインバンクである帝都銀の支援を受けて何とか買い支えてパニック売りを封じることはできたが、それを受けてのホブソンのTOB宣言は、こちらの動きを見透かしたかのようだった。

 自己の要求を押し通すために一国の行政やマスコミを手足のように扱える手あいはそう多くはない。だがいうまでもなくホブソンにはその意思も力もあった。

 世界的な乗っ取り屋、自由市場のハイエナ――。

 標的にされた企業は震え上がるという。実際、この一報を受けた際には役員一同、自分を含めてみな一様に色を失った。

 何故――?

 というのが、最初に抱いた感想だ。

 国内有数の外食大手にまで成長させたとはいえ、元はといえば企業相手の弁当の宅配業だ、乗っ取り屋から目をつけられるような特段の技術や資産を持ち合わせているわけでもない。

 もっと美味しい獲物なら他にいくらでも転がっているだろうに、なぜウチが狙われた?!

 即座に対策チームを立ち上げて対応に当たらせたが、敵の本当の目的がはっきりしないままでは手を打ちようにも何処を守るべきなのかもわからず、ただ関連資料だけが増えるばかりという徒労の悪循環に陥っている。

 役員の中にはポイズンピル発動に賭けてみるべきではとの声もあったが、株式の暴落を受けて、伝家の宝刀は抜く前に竹光にされてしまっていた。

 要するに明日の連中との会議では、こちら側は丸腰で臨まざるをえず、大ホブソン相手に出たとこ勝負をするしかないというところにまで追い込まれている。

 状況はいうまでもなく圧倒的に不利――だった。

 よくもやってくれたな――。

 人生の終盤にきて表舞台からの静かなフェードアウトを考え始めた矢先に、こんな苛立ちと憤り、そして不安を覚えさせられることになるとは思わなかった。長年の労苦の成果を、ふらっとやってきては根こそぎにしていこうというのだから、やりきれない。

 もっとも、浩平はシナリオを書いたのはホブソンじゃないだろうと推していた。連中がろくに肉もついていない鶏肋にしゃぶりつくほど飢えているとは思えなかったからだ。

「小山田課長との面会はいつだったかな?」

「ええと……本省で木曜の午後3時です」

「そうか――」

 浩平はまた長く白煙を吐き出しながら窓の外に目を向けるのだった。

 もしも思い当たることが一つあるとすれば民政党、松永議員との繋がりだ。

 東京湾ミレニアムシティプロジェクトの旗振り役の一人、松永啓二郎とはプロジェクトへの参入問題が持ち上がる遥か以前から、浅からぬ因縁があった。

 だが今更、騒いだところでどうなるというものでもない。

 と――。

 ちょうど横を差し掛かった公園のベンチに、ほんの十秒足らずの短い間だったが、視界に実に奇妙な光景が飛び込んできて、浩平は細い両目を大きく見開いた。

「中本くんっ、わるい、車を止めてくれっ」

「は――?!」

「ちょっと戻してもらえないか?」

「はい……できますけど……なにか?」

「今、通り過ぎた公園までゆっくりと……静かに……気づかれないように……」

「は、はぁ……」

 若い社員は怪訝そうな面持ちのまま、プリウスに微速後退を命じた。

 公園の入り口、植え込みの木々の間から園内を見渡せる所まで車を戻させると、浩平は車を停めさせた。ブランコが二つ並んで居るのが見えて眉をひそめた。

 遊具とただのベンチとを見間違えるはずはなかったのだ。

 第一、たった今、そこに居た人の姿ははっきりと目に焼き付いている。それを受けて肉体の方も年甲斐もなく反応を示していた。

 夜目にも鮮やかな金色の長い髪、闇に溶け込むような黒いコート……。

 長い睫毛の白い横顔が優しげでとても美しかった。

 その美しい女が唇を吸われていた――。

 それも口腔内を深く犯すディープキスだ。ファーカラーの襟足から白い喉元が溢れて、小さくわなないていた。切なげに寄せられた眉が悩ましい。

 恋人たちの深夜の公園デート、というのであれば場所柄からいって特に珍しいわけでもないのかもしれない。

 だが、ベンチに座わらされているのが大人の女で、その前に立って(かが)みこむようにして女の口を貪っていたのが小さな男――否、子供だったとしたら……制服っぽいスクールブレザーのようなものを着ていたことから、まず間違いなくせいぜい中学生ぐらいの歳格好だった――情景の意味合いは一瞬で様変わりして映るようになる。

 男の子の片手は女の頬に添えられていて動きを封じていた。空いた方の手は、慣れた動きでケープコートに隠れた豊かな胸をやんわりさぐっていた。

 まさに、これから恋の儀式を始めようという寸前を垣間見せられた格好なのだった。

 子供が大人の女を、それも極上の美女を抱くというのであれば、二人の間にいかなる事情があるのかを含めて、きっと誰だって関心を寄せずには居られなくなるだろう。

「……変だな……」

 静かにウインドを下げて目を凝らした。

「なにがです?」

「さっきは……あそこにベンチがあったはずなんだが……」

 言いながら車から降りるとスタスタと公園内へと立ち入っていく。若い運転士もボスの背中を追って小走りになって後に従っていた。

 公園といっても住宅街の中にある空き地のようなもので、せいぜいがテニスコート一面ほどの広さしかなく、出入り口が反対側にもう一つある他は、周囲を常緑樹の囲いが覆っているばかり。入り口の脇に古めかしい遊具であるブランコが二つぶら下がっている他は園内には何も無かった。

 真夜中に人の気配もない。

 湊浩平は公園をぐるりと一渡りすると、狐につままれたような顔で傍の部下の顔を見上げるのだった。

「社長、どうされたんですか……?」

「さっき……あそこにベンチが無かったか?」

「はぁ……?」

 浩平はブランコのあるあたりへと顎をしゃくると、車との位置関係を確かめながらそのまま遊具の方へと歩き出し、片側のブランコの前まで来ると「ここだ……ここ……」と、再び高い背の顔を振り返る。

「さっきは、たしかにここにベンチがあった……ブランコなんかじゃなかった……」

 青年は明らかに当惑したようすで、何と応じて良いものやらわからずに言葉を失っていると、湊浩平は若い部下の様子に漸く気がついた風で、やれやれ、といった感じになりながら、身にまとった上質なコートを着たままでブランコの一つに腰を下ろすのだった。

 苦い笑みを泛べて、

「急に妙なことを言い始めて、ストレスでとうとう俺がおかしくなったと思ったか?」

 一人称が私――から、よりくだけた印象になる、俺――に変わっている。

「いえ、そんなことは……」

「君も座れよ、そっちのヤツに」

「は、はぁ」

 青年はもどかしげな表情を貼り付けたまま、命じられた通りに隣のブランコに腰を下ろした。

「……そうか……そうなのかもしれんな……」

「………」

「……きっとそうだ……あの時も、そういうことだったんだ……たぶん……」

 納得した様子でひとりごちる老齢の男の横顔は、車中にいた時とはうってかわって再び覇気を取り戻しているようなのだった。

 浩平は内ポケットからセブンスターライトを取り出すと、傍にも一本を勧めた。

「僕はやりませんので……」

 すまなそうに辞する相手に

「そうだったか……すまん、言ってくれれば車中でも吸ったりはしなかったんだが……」

「いえ、お気遣いなく、本当に僕のことはお気になさらないでください」

「じゃあ俺だけ……タバコが貴重だったころは、みんなで回し吸いをしたりしたもんなんだがな……まぁ今じゃ本当の意味で貴重品だ……これがたった一本でコーヒー一杯分もするんだからな……」

 紫煙を大きく吸い込むと美味そうに吐き出して穏やかに笑んだ。

「こんなに美味いもんが体に有害だなんて、どうして信じられよう」

 そう言うと、今度は声を発して笑う。

 やがて短くなったタバコの火を靴底でもみ消し、吸い殻を拾うと、手を出そうとした部下を制して、自前の吸いさし入れに収めてポケットにしまいこむのだった。

「君は俺が前科持ちだってことは知ってるか?」

「あ、は、はい……でも大昔のことで……自分が生まれる前のことは……」

 青年はいきなりきわどい話題を振られ、居心地が悪そうにまた目を白黒させている。 

「そうか……そうだな……じゃあ、何で捕まったか聞いてるか? 俺がムショに入れられた経緯(いきさつ)を……俺がクサイ飯を食らう羽目になったのは、ちょうど今の君と同じような年だった……大学を出て二年めの秋……」

「はぁ……」

 湊浩平は自身の四十数年前のことを懐かしげに振り返りながら、問わず語りに昔話を始めるのだった。

「Fラン私大文系って言っても、今の君らにはわからんだろうな……」

「……?……」

「俺が君ぐらいの時は、バブルがはじけた後の就職氷河期でなぁ、名ばかりの学卒の履歴なんかじゃ職にありつける方が珍しかったんだ。俺の場合、卒業しても職にあぶれて仕方なくコンビニのレジ打ちバイトで食いつないでいたんだが、それでも正規の職につこうと懸命だった。履歴書を書きまくり、運良く面接にまで漕ぎ着けられれば期待に胸を膨らませて出かけていって、帰り道はシュンとちっちゃくなって俯いて下ばっかり見ている、そんなことの繰り返しだったんだよ……」

 浩平が自身が収監されるまでのあらましを話していると、それまでおし黙ってただ話を聴いていた青年が、急に関心を示して

「社長っ、その催眠商法ってのは、いったいどういうものなんですか? 超能力を使って何かするんですか?」

「超能力っ!? ああ、そうかそうか、今はそういうのもあるんだったっけな……だが俺らの時代にはそんなものは影も形もなかった。みんなインチキトリックぐらいにしか思っちゃいなかったんだ。実際、中には本物がいたのかもしれないが……だが俺の言う催眠商法ってのはそういうものとはぜんぜん関係がない。ただの詐欺の手口だよ」

 浩平は説明をするが、青年の方はまだ胸に落ちないようすで曖昧な顔をするばかりでいる。

「俺も悪いことをしているなんて全然、思っちゃいなかったからな。会社の指示でしっかり売り上げを出していて、給料だって同期で他のまともな企業に入れた連中の倍ぐらい貰っていて、俺は有能、俺はラッキーだ、ぐらいに思っていたんだ。だから警察が現場に踏み込んできた時も、どうせ何かの間違いだろうって軽く考えていた。しょっ引かれて刑事に囲まれて調書を取られて、弁護士と会うことになってから、漸く、自分がどえらい犯罪の片棒を担がされていたことに気がついたのさ」

 判決は懲役六月、執行猶予なし――。

「上の指示で動いただけの悪意のない初犯で、猶予もつかないことに俺は憤ったが、弁護士の奴は詐欺罪の相場は実刑二年、それが半年で済んだんだから安かった、と嘯きやがった。まぁ、弁護士とのアクセスの仕方も、その扱い方も知らないガキが、刑事たちに言われるままにすっかり白状しちまった後になってから弁護士にやれることなんて、そもそもあまり無かったんだろうけどな。結果、国立(くにたち)刑務所送りにされて、その年越しを生まれて初めて家族とではなく、犯罪者どもと一緒に正月を迎えることになったってわけだ。まぁ、俺も立派な犯罪者だったんだが」

「………」 

「いま何故か、急にその時のことを思い出してしまってな……」

 何故か――というのは言葉の綾で、部下を相手に口にするのが憚られただけで理由は良く判っていた。だが、若い頃のすっかり忘れていたことが、さっきの件をきっかけにして鮮やかに蘇った、というのは偽らざるところだった。

「俺が刑務所に居たその年の十二月半ばだったか、ちょうど今頃だな、クリスマス前だったから……徳さん、ってムショ仲間から呼ばれている爺さん……って言っても今の俺よりもずっと若かったのかもしれないが……その爺さんがまたムショに戻ってきたんだ。若いころは、縁側の徳――とか言われてコソ泥の常習だったそうだが、その頃には泥棒稼業の方からはすっかり足を洗っていて、ただ寒くなってくると暖かい布団とご飯を目当てに、ちょっとやらかしては自首してムショ帰りするような、なんだかんだでシャバとムショとを往復するような人生を送っている人だった。もしかするとちょっとココに障害があったのかもしれない」

 言いながら浩平はフェルトの中折れ帽をかぶった頭を指先でトントンと叩く。

「そんな年の暮れ……俺が入れられたのは六人部屋だったんだが、もちろんテレビもないしラジオもない。みんな年越し蕎麦のカップ麺やら、おせちの栗きんとんを心待ちにしながら、暇を持て余していたのさ。夜も更けてきて、そこで誰かが、退屈しのぎに艶話をしないか、って言い出してな、各人が持ってるとっておきの猥談の中で、誰が一番か決めようじゃないかって話になったのさ……なぁ、バカバカしいだろ?」

「つやばなし……ですか?」

 相手の受け取りかねている様子に言葉を付け足した。

「まあいわゆる猥褻……うーん、エロ話のことだよ」

「はあ……」

「まぁ、時間を持て余した囚人たちが、エッチな話でもして盛り上がろうぜって、それだけのことさ」

 言いながら浩平自身も若い部下の前でちょっと気恥ずかしくなってきて、中折れ帽を目深にかぶりなおした。

 どいつのネタも自慢で話が大袈裟に盛られているのが垣間見えて、そんなもんなのかな、ぐらいの印象しかなかったが、最高齢ということで一番最後になった徳さんの話だけは、今でも良く覚えていた。それだけ印象が強かったという事だろう。それに驚かされながらも、実際、半世紀近くも経ってなお、自分がたった今も動揺したばかりである事を含めて宜なるかなとも思う。

 なんと言っても徳さんが見たって話は、自分が見かけたようなあんな一瞬じゃなくて、美女の方が男の子にまるッと全裸に剥かれて殆ど前戯のフルコースだった。

 何とも羨ましい眼福――。

 もっとも本当に羨むべきは男の子の方に対してなのかもしれないが、二人の仲の良さに喝采を贈りたくはなっても、不思議にジェラシーのようなものを感じることはなかったのだ。

 もちろん、目撃したのが同じカップルだとする理由なんかどこにもない。むしろ半世紀も経って同じ人物たちだと思う方がおかしいのかもしれない。

 それぞれの時代のコスプレイヤーたちが酔狂でご乱行に及んでいたという可能性もないわけではないだろう。

 しかし、目撃したばかりの浩平には確信めいたものがあった。

 時を超え、空間を超えた運命の恋人たちは本当に実在していて、時にお忍びでこの惑星、この街に降り立っては必死に愛を紡いでいるとしたら、それが何かの福音のように下界で汚穢に塗れて生きる人間の目の前に啓示として現れたとするなら、それはとても美しい幻となるに違いない。

 どちらのケースでも、二人が一瞬で煙の如く消え去ってしまったことも、その思いを後押ししていた。普通の人間に到底できることではなかったからだ。

「徳さんか……もう生きてはいないだろうなぁ……もしかするといま俺が、この世で一番、妬ましく思ってるかもしれない爺さんだよ」

「社長のような成功者が、一生を刑務所暮らしだった哀れな犯罪者を妬むんですか? 僕にはわかりません……」

「人の幸福は、他人には推し量れないものだよ」

 自分で口にしてから納得していた。

 彼があの時、どうしてあんなに生き生きして見えたのか……。

 徳さん――縁側の徳の平川徳三ってのも偽名で、確か本名は並木平輔だったっけな……と、湊浩平は語り部の顔を脳裏に甦らせた。恐らくは過酷だったであろう人生を映して、頭はすっかり薄くなり、どこか体でも悪くしてでもいるように顔色が悪く貧相な年寄りであったことを。

 だが艶話をしている時だけは、不思議に精気に溢れて、自分もつい惹き込まれて話に聴き入ってしまっていた。訥弁で、およそ話上手というわけでは無かったのだが、誰かが質問をすると、それに応じて彼なりの言葉――それは拙いものだったのかもしれないが――身振り手振りを交えてそれなりに臨場感のある一幕が披露されたのだ。

 初めのうちは、少しばかり頭のいかれた年寄りの戯言ぐらいに思って、軽く聞き流していた風だった他の受刑者たちも、話が熱を帯びてくるにつれて「ちょっと待ってくれ」と話を止めさせては、一人、また一人とトイレに立ち上がって用――を足すようになっていた。

 むろん、若かりし頃の湊浩平もその例外では無かったのだった。

 




甘いお菓子ばかりだとお腹がいっぱいになってしまうので
ちょっと脇道へ逸れたくなって
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