ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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第133話 薫匂梅

 

「いい香り……これは梅?……よね?……」

 河沿いの、枯れたススキや葦の草むらの間を縫うようにして、ひと気のない曲がりくねった遊歩道を歩く午后三時過ぎ、操祈は仄かな甘い香りに土手の上を窺って、そこに思いがけず一本の梅の木が白い花弁を展げているのに気づくと、傍を歩く恋人に微笑みかけた。

 化粧っ気のない素朴な笑顔には屈託がなくて、未だ女子高生と見紛うほどの初々しさをそなえている。眼差しが柔らかく眉がたとえようもないくらい優しいカーブを描いて、身にまとった大人っぽい雰囲気の黒のオーバーコートとの対比が愛くるしい美貌をよりいっそう際立たせているようだった。

「ホントだ、梅ですね。もう咲いてるんだ……都内では師走に咲くのも珍しくなくなっているそうですけど、すっかり新春の季語が変わってしまいましたよね」

 少年も美しい年上の恋人の嬉しげな容子に眼鏡のフレームの奥の目を細めていた。

「季語ですってぇ? なんだかレイくんがまた年寄りくさいことを言ってるわよぉ、うふふっ……」 

「ボク、年寄り臭いですか?」

「ええ、ときどきあたしよりもずっと年上って感じたりすることもあるくらい。不思議ね、普段は普通の男の子なのに……」

 口にしてから操祈の表情に愁いの陰がよぎった。

 そのことをいちばん意識させられるのは、なにより愛し合っている時だったからだ。

 教師と生徒ではなく、ひとたび裸になって男と女になるとレイは常にこちらをリードして庇護者として振る舞おうとする。

 温かい手に励まされて、これまでずっと操祈は女である自らの弱さ、脆さを乗り越えてきたのだった。心のこもった言葉に勇気をもらって、正視に堪えないような己の姿とも向き合ってきた。

 

“すっごくやさしいのに、この子、イケナイこといっぱい知っていて、とってもワルい子なんだから……用心しなくちゃ、用心用心……”

 

「……あたし、梅の香りが好きよ……桜よりも……」

 またその時のことが蘇りそうになって、彼女は気持ちを入れかえるつもりで言葉を紡ぐのだった。

「そうですね……」

「とても素敵……」

 目を閉じてうっとりと微香を楽しむ。

「ボクも好きですよ……どこか先生と似ているところがあるからかもしれません……」

「あら、あたしに……!?」

「冬の寒さに堪えて、ひっそり忍ぶように咲く姿に清潔感、透明感があって……」

「……?……」

「春の陽のもと豪華に咲いて絢爛と散る桜とは違って、梅には香りにも上質な官能美があるような気がするんです……控えめで慎ましいのに、それがかえって艶やかに感じられる……」

 微妙にひっかかりのある物言いに操祈は目を瞠ると、少年はすぐ隣でこちらにまっすぐ視線を向けていた。その顔からは既に教え子の仮面が剥ぎとられていて、目にした途端、胸が妖しく高鳴ってくるのだった。

「でも、先生のダイジなところのにおいの香しさには、とても及びませんけれど」

 言われた操祈はたちまち顔を耳まで赧くする。

「……イヤぁねぇ、レイくんは、すぐにそういうお話にもっていこうとするんだから……」

 本能的に身を守ろうとして肩を寄せていた。そうするとケープレットに隠れていた胸が豊かに盛り上がって甘やかな曲線を描くのだった。

「先生をからかうなんて、いけないんだゾ」

 無理をして悪戯っぽく微笑んで、何気ないこと、とやり過ごそうとする。

 けれども

「キス、しませんか……?」

 と、真顔で持ちかけられるとたちまち追い詰められた気持ちにさせられるのだ。

 少年は唇の間に舌をチロリと覗かせていて、何を求められているのか判っていた。

「……いま……?」

 こくりと頷くと「ほら、そこにベンチがありますから――」

 視線の先の道端には、休憩用に置かれたプラスチック製の平たいベンチがあった。

 陽気のいい頃であれば、ハイキングにやってきた親子連れなどが、バスケットなどを広げて青空ランチを楽しむようなところ。

 のどかで和やかな日常の場面が目に浮かぶ。

 お天気が良かったので「学園都市(まち)に戻る前に師走の東京をちょっとだけお散歩しませんか」と誘われて、二つ返事で応じたのだったが、なんだか急に雲行きが怪しくなってきている。

 ベイフロントまでの人通りの絶えた遊歩道は、こっそりとお忍びのデートをするのにはうってつけで、仲良く手をつないで身を寄せ合ってお話しをしたり、愚痴を聞いてもらったり聞かされたり、そんな他愛もないことでも愛する人のそばに居ると胸が踊るのだ。世界がバラ色に輝いて見えていた。

 操祈にしてみれば、恋人と一緒に居られるだけで十分に幸せを感じられて、それで満たされていたのに……。

 体を愛されるのはイヤではないが、背徳感を覚えずにすむ分こっちの方が気楽でもあった。

 ただ、思春期の真っただ中にいる男の子にはそうではないらしく、

「せっかくここまで来たんですから、やっぱり楽しんでから帰ることにしましょうよ」

 そう言ってニンマリして、また悪い事を考えている時の顔をしているのだ。

「楽しむって、ナニよぉ……あっ、ちょっとレイくんっ」

 手を引かれてベンチの所まで連れてこられると、操祈はそこに腰掛けさせられてしまうのだった。

「何が見えますか?」

「何がって……?」

 座ると、枯れたススキの作る自然のブラインドの遥か先に対岸の高層ビル群が見える他は、川面も、広く(ひら)けた河川敷もすっかり見えなくなっていた。遊歩道も左右の見通しが悪くて、ベンチの周囲数メートルがちょうどエアポケットのように日常から切り取られている。

 海浜公園で球技を楽しむ少年たちの歓声も遠い。

「ね――♥」

「ね、ってなによぉ……」

「誰も居ないでしょ――」

 少年は大発見でもしたように自慢げな容子でいるのだ。

「土手の上からだってよほど身を乗り出すようにしない限りここは死角になっていて見えませんから」

 少年は斜面を仰ぎながら言った。

「だから……?」

「大丈夫ですよ、きっとここなら時間を気にせずゆっくりできるはずです」

「ゆっくりって……へんな冗談、いわないでちょうだい……」

「冗談なんかじゃありませんよ、ボクは本気です、先生をここで抱きたい」

「……!……」

 想定外のなりゆきになって、操祈の無言の抗議はくちづけによってうやむやにされてしまうのだった。

 少年はすぐに舌を抉じ入れてきて口腔深く侵そうとしてくる。

 男の舌は、容赦のない侵入者に怯える女の舌の下側に潜り込んだかと思うと、奥へと逃れようとする儚い抵抗を許さずに、操祈の舌はたちまち少年の唇に囚われて逆に彼の口の中に吸い上げられてしまうのだった。舌を絡めてきて妖しく刺戟しながら唾液を啜られる。

 それは欲望をかきたてる時の男と女の本気のキスだった。

 愛し合う前の予戯としての、いつものディープキス――。

 歯と唇の合間、頬の裏側や上顎の方にまで欲深な舌で探りを入れてこられて、あふれる唾液をかき出すようにして貪られて、操祈の形の良い眉はせつなげに寄せられている。

 いまにもくず折れそうになって長い睫毛をふるわせる姿には、性の(にえ)にされる女の恨みと諦めとが重なって、虐げられたことで彼女の美貌をさらに凄艶なものにしているようなのだった。

 恋人のくちづけは、我が身が受けることになる本当のくちづけの、ほんの前奏曲にすぎないことを体はよく知っているのだ。ひとたび彼が欲望を満たそうとしたとき、もう女の身には逃れる術など残されてはいないことも……。

「本気、なの……?」

 長いキスに乱れた息を整えながら訊く。端正な瓜実顔に官能の翳がさして、長い指を当惑げに乱れた髪を耳にかける仕草にも愁いがのっていた。

「ええ――」

 少年の手が、まるでスカートをめくるようにコートのケープレットを捲ると、その下はボディラインをくっきりと浮き立たせていて、みごとに豊かな乳房の表情が黒いコートの生地を通して露わになっているのだった。

 彼の指先にあっさりバストトップを探り当てられて、そこをまぁるく円を描くようにしてゆっくりなぞられると、愛撫に馴れた女の体はすぐに甘い悲鳴を発してしまう。

 操祈の屈折する思いをよそに、もっと可愛がって欲しい、じかに触れて欲しい、と勝手に訴え始めている。

「黒いオーバー、すごくよく似合ってますね。先生が着るとドキドキします。パッと見、おとなしいシックな雰囲気なのに、ショルダーケープがひるがえる度にすごくキレイな体の線がチラチラ見えて、巨きなおっぱいがどんなふうになっているのかを確かめずにはいられなくなるから」

 少年は屈み込むとケープの中に顔を入れてきて、しくしくと体のにおいを嗅ぎ始めた。

「……いい匂い……なんてやさしい匂いがするんだろうな……心のやさしいステキなお姉さんの、やさしい肌の匂いがする……」

 あきらめ顔でされるままになっていた操祈の視線を手繰り寄せるようにして

「……それなのに……」

 と、わけ知り顔になって妖しく微笑んだ。

 言外にとても淫らな恥ずかしい意味をにおわされていることに気づいて、操祈は真っ赤になって身を硬くするしかなかったのだった。

「ボク、先生のにおいが嗅ぎたい……」

 すぐにまっすぐな思いをぶつけてくる。

「……そんなこと……」

「イヤ?」

「……だって……」

 心もとなげに首を横に振りながら、これが今の操祈にできる精一杯の抵抗なのだ。

 彼を前にするといつも強く拒むことができずに、つい曖昧な態度になってしまう。

「可愛いな、先生は……そんな哀しげな顔をして煽られたら、よけいに愛おしくなってしまうじゃないですか、可愛がらずにいられなくなるから」

 そして閨での抗議はいつも聞き届けられずに説き伏せられて、彼だけが思いを貫くことになっていた。

「誰も来ませんよ。ここは朝のうちだけ近くの住人が犬の散歩に通ることがあるぐらいで、過去一ヶ月にわたって、今のこの時間以降に人が通ることは一度もありませんでしたから」

 このときになって操祈はようやく、彼にとってのデートの目的がこの場所であるのを察したのだった。

 周到な少年が理由もなくそのようなことを調べたりするはずがなかったからだ。

「それに、ここなら近づいてくる人の気配にもすぐに気がつきますから大丈夫です、先生はおとなしいから、大きな声を上げて乱れたりすることもないし」

「………」

「じゃあ、服を着たままだったら許してくれますか? それならいいでしょ?」

 ためらっていると、こうして妥協案を示してくる。それがいつものやり口なのだ。

 レイは何かを要求してそれを彼女が拒んでも、けして不機嫌になったりイラついたりすることはなかったが、その代わりにもっと軽めの別の愛撫に熱中しているふりをして操祈の心と体の準備が整うのを待ったり、要求のハードルをずっと下げた再提案をして譲歩を迫ったり、または逆にもっと酷いことをチラつかせて、今の要求が受け容れ可能だと思わせるように誘導する。

 そうした駆け引きを時間を惜しまずに、手数をかけることで、どんな場合でも最後には彼が目的を達して、結局、持ちかけられた要求はすべて呑まされてしまっていた。

 要するに操祈にはレイに対してノーといい続けることができなかったのだ。

 女のわがままを聞いてはもらえない。

 今もなしくずし的に、コートの中、セーターの中にまで手を入れられて直に胸を探られていた。ついさきほどまで繋がれていた手が、女の体を愛するためにかいがいしく働いている。

 乳先が目覚めさせられて、指に嬲られるたびに肉芽を固くしこらせて刺戟に堪えていた。

 指の腹の柔らかさとペンだこの固く乾いた感触との違いは、操祈を悩ましくさせずにはおかないものなのだった。胸にピリッと甘美な感覚が産まれると、そのショックは体の奥にまで響いて、匿されていた女の特別な器官までがじーんと熱を帯びてくるような気がする。

「ああ、レイくん……あたし……」

「ボクにまかせてください、先生はなんにも心配することなんてありませんから」

「どうしてもダメなのぉ?」

「ダメじゃないですけど、でも付き合ってくれると嬉しいです」

「……付き合うって……」

 求められているのは、そんなありきたりな言葉ではとうてい言い表せられない、とても口にできないような羞ずかしいことなのだ。

 でも――。 

 逃れようとあがけばあがくほど、逆に深みにはまっていく……。

 それこそがレイと愛し合うようになって、彼が教えてくれた禁断の果実の味なのだった。

 相手にしているのが大人の女がけして触れてはいけないミドルティーンの男の子であること、自分が受け持ったクラスの大切な教え子であること、そして交わりを目的としないがゆえの終わりなき官能の探求、許されない愛撫、くちづけ……。

 どれもアブノーマルで、不道徳で、人の道を外れた営みに思えることばかりだった。

 けれどもそれは甘美な陶酔と表裏の関係にあるようで、禁忌のその先にかけがえのない愛と性の歓びがあることを今の操祈は知っている。

 身も心も虜にする淫らな肉欲の罠――。

 もうすっかり魅了されていて、気持ちでは避けなければ、逃れなければと焦る一方で、求められることがひそやかな希いにすらなってしまっていた。

 初めの頃はたとえ抱かれていても何度も寝返りをうって逃れようとしていたのに……。

 そんな変化に敏感な彼が気がつかないはずがなく、足元を見られていたとしても仕方がなかった。

「ちょっとだけですから、ほんの少しの間、ボクのわがままに付き合って下さい」

 操祈が欲しかった自分自身への言い訳となるものを見透かしたように投げかけてくるのだ。

 ためらう心のバランスを傾けるには十分な一言を。

「いいわ……」

 小さなため息をひとつ、彼の方を見ずにうつむいたまま頷いていた。

 やっぱり折れるのは自分の方だ――と、悔いながら。

 いままで少年の言うちょっとが、ちょっとだったことなんてあったかしら、と思っても、ほんのちょっとのことなのだから、きっと大丈夫、と言い聞かせて。

「ホントにっ?」

 少年は破顔する。

「しかたのない子ね、言い出したら聞かないんだから……」

 相手の顔を見上げた時には微笑み――それはどこか翳のある淋しげなものになっていたかもしれないが――をつくって精一杯、年上のお姉さんの顔をしてみせるのだった。

 だが、そんな一時の虚勢も

「じゃあ、脱いで下さい」

 と、言われたとたんに、すぐにまた不安そうな女の子の顔に戻ってしまう。

「え!? だって……」

「だから下着だけです、服はそのままで。だって脱がないと食べられないでしょ」

 実にストレートな物言いをして操祈をたじろがせた。

 食べる――。

 その言葉ほど二人の関係性が表れているものはなかったのだ。

 自分は食べられる側で、彼はいつでも食べる側だった……。

 自然界でこれほどはっきりしたヒエラルキーはない。

 彼が頑なに操祈からの愛撫を拒むのにはそうしたこともあるのかもしれないと、ようやく合点がいったように思う。

「素敵だな、先生の肌はどこもつるつるしっとりなめらかだから……」

 足元に跪いた少年がコートをたぐってスカートの中に両腕を深く差し入れてきていて、ストッキングを穿いていなかったために少年の手が直に太ももに触れていた。

「自分でするからいいわ……」

「いいえ、ボクがしたいんです、だって脱ぎたての肌着のチェックもしておきたいし」

 さすがにその言葉は女としてはとても忍びがたくて、胸の中で嫌悪の悲鳴があがる。

 すでにそこがしとどにぬかるんでいるのを意識している分、切実なのだった。念のためにライナーを装着してはいたものの、そんな醜いものを彼に見られたりするなんて、

 とんでもない――! と、思う。

 けれども少年は、自分がためらったり、たじろいだりすると却って興味を示して、より情熱的になって理由をさぐろうとしてくるのだ。それを思い出して操祈は唇をかんだ。

 その間にも少年は黒いロングブーツを脱がせると、うやうやしく左右のつま先にキスの雨を落として、幸せそうに匂いを楽しんでいて操祈の心をかきみだしている。

「先生がボクに知られて恥ずかしいことなんて、なにもありませんよ。だって誰よりも特別なんだから……先生のカラダはすべてが完璧で、どこにも欠点なんてありはしないんですから……」

 あっ、と思った時には肌着を奪われていて、

「イヤよっ――」

 哀訴する声も虚しく、奪われた肌着はすぐに裏返しにされて、股ぐりの部分を表にされてしまうのだった。ライナーに大きく黄ばんだシミが付いているのに気がつくと泣きたくなった。

「そんなところばっかり見ないでったらっ」

 愛くるしい温和な顔立ちには不釣り合いな黄色い悲鳴があがる。

「けっこう濡らしていたんですねっ、カワイイなぁ」

 今度はおよそデリカシーのかけらもないことを言い放って操祈の自尊心をねじ伏せてくるのだ。

「しかたないでしょっ、レイくんがおかしなことばっかり言っていじめるんだからぁっ」

「褒めてるんですよ、ボクは」

「バカっ、レイくんのバカっ、もういいでしょっ、返してよっ」

「まだダメです、こんなにいいにおいをさせてるんだから、ちゃんと嗅いでからじゃないと」

 言われてから、操祈本人にも他ならぬ自身のつくった恥ずかしい臭いを感じて、やりきれない思いでいっぱいになった。

「もうイヤぁっ」

「スゴい……」

 操祈が見ている前で少年はそれを鼻先へと持っていくと、目を細めて恍惚とした表情になる。

「……本当に、なんていいにおいがするんだろう……先生のは……」

「いわないでっ――」

 激しい羞恥に、操祈は耳を塞いで強くかぶりをふった。

 彼の言葉に偽りはなかったとしても、そういうことは女の矜持に触れる辱めなのだ。

 どんなに好きな人であっても、あるいは好きであるがゆえに、その人には知られたくないことが女にはたくさんある、と操祈は思う。

「いいにおい、先生のにおい……こんなに可愛い顔をしてるのに……」

 胸に刺さる感想を漏らしながら、肌着のいろいろな部分の移り香が嗅ぎとられていた。

 操祈が固唾をのんでみまもる中、半日もの間に染み込んだ自分の臭いがみんな知られてしまったのだと分かると、なんだか心が空っぽにされたような虚ろな気持ちにもなってくる。が、それだけではなくて、同じくらい安堵している自分がいるのも奇妙な感覚なのだった。

 レイは、いったいこの子はいつまでそうしているんだろうと訝しくなるくらい、肌着に長く顔を寄せたままでいたが、やがて顔を上げると

「愛してる……先生……」

 と、無垢な男の子の顔になって、一途な眼差しで訴えかけてくる。

「ひどいな、レイくんは……女の子にいっぱい恥をかかせてから、そんなことを言うんだもん……ずるい……あたし、あなたのことが嫌いになれなくなっちゃうじゃないですか……」

「そんな……先生に嫌われたら、ボク……」

 お返しにちょっぴりイジワルを言ってみたかっただけで、もちろん本気であるはずがなかった。

「冗談よ、わたしも愛してるわ、レイくんのこと……」

「ボク、大好きなんだ、先生のにおいが……だって先生にしかつくれないにおいなんだもん……先生の命のにおい、心の優しい女の人の美しい魂のにおいがするから……」

 

 何が魂の臭いよ――。

 

 そう言い返したくなるが、少年の思いのたけを説かれて、なぜだか急に目頭が熱くなってくるのだ。操祈にはただ黙ってコクンと頷くことしかできないのだった。

「じゃあ、立って」

 抗う意思をすっかり失って、手をとられるままにベンチから立ちあがる。すると今度は少年がベンチの上にごろんと横になって仰向けになるのだった。

「おいで――」

 彼が口を開けて長く舌を伸ばして誘っていて息をのむ。自分が何をさせられるのかが判って。

 それは暗い寝室でもハードルの高いプレイ。

「レイくん……」

 伏し目がちの瞼に懊悩の翳が濃く落ちていた。長い睫毛に悔いと迷いとが交錯している。化粧気のない素直で清楚な美貌は、官能の匂いを纏うとどんな装いにも優る魅力を放つようになっていた。

 つくりものの美は所詮はかりそめのもの。顔をバラ色に染め上げながらも羞恥に堪える姿の艶やかさには遠く及ばない。

「先生、脚を開いて跨って」

 彼の顔に跨ることは初めてではなかった。レイがそのやり方を好むことから、寝室で愛し合うときは一度は潜らなければ許してはもらえない、操祈にとっての試練の一つ。

 クンニリングス――ということだけでも抵抗があるのに、自分が上になって見かけ上とはいえ主導権をにぎる形をとることには強い忌避感があるのだった。

 それをいつ誰に見咎められるかもわからない公共の場で、それも明るい陽射しのもとで、というのにはやっぱり異議を唱えたかった。けれど、もう後戻りのできないところにまで来てしまっている。

 恥ずかしいにおいが好きで、エッチなことが大好きなこのちっちゃい悪魔は、思いを遂げるまではけしてこちらを自由にはしてくれないのだろう。

「スカートを濡らさないように、ちゃんと広げて……」

「どうしてもしないとダメなの……?」

「ええ、服を脱がなくてもできるから、そんなに恥ずかしくないでしょ?」

「………」

 諦めた操祈は覚悟を決め、物憂げなしぐさでベンチの端へと動くと命じられるままにコートをたくし上げてスカートの裾を展げるようにするのだった。おずおずと白い内腿を開いてベンチを跨ぐ格好になった。

 常の操祈を知るものからすると想像もつかない大胆な姿になっている。

 ショルダーケープの装飾が施されたオーバーコートの優雅な装いであることが着衣の乱れをいっそうエロティックなものに変えていた。ベルベット生地の黒いコートは肌の白さが際立つ上に、ブロンドの長い髪の豪華さも引き立てている。

 それなのに長い睫毛の瞬きの多いいとけない表情や、指を咥える不安げな仕草には経験の浅さが隠れようもなく現れていて、心根の幼さがにじみ出ているよう。

 恋人の顔の位置を確かめながら、下敷きにしないようにゆっくりと腰を下ろしていくときの、そのつきつめたような容子には、恥じらいに堪えて必死に淫らな姿勢を取ろうとしているのが窺えて、男の目からすればまたとない見ものになっていたに違いない。

「すごい……先生……」

 真っ白な下腹部に淡く萌える和毛(にこげ)が午后の陽射しを受けて黄金色に煌めいていた。中に乙女の神秘を宿しているようにつつましく結ばれた唇が覗いている。

 それが少年の指に柔らかな肉を寛げるようにされると、蜜を纏った襞が爆ぜて女の本音ともいえる秘めた姿が現れるようになっていくのだった。

「きれい……明るい所だと先生のカラダの細かいところが隅々まで見えるから……こんなにも美しい姿をしていたなんて……うわぁ、こっちもだ、やっぱりこんなに可愛らしくてきれいなものだったんですね……」

 少年はすなおに驚きと歓びで顔を輝かせている。

 待ちかねたようにすぐに顔が寄せられて、その瞬間、「はうっ」と、呻いた操祈の体は、まるで電気が駆け抜けたようになって、背中をクンっとしならせた。

 きつく握りしめていたコートの裾が手から離れて、少年の頭がすっぽり隠されてしまう。

 けれども黒いコートの腰のあたりをわななかせていて、中では女にとって過酷ともいえる情熱のドラマが密かに演じられているのが窺えるのだった。

 操祈はまわりに視線を泳がせるが、もはや彼女の目には何も映ってはいなかった。

 男と女の命のせめぎ合いに心を奪われて、ひそやかな肉が産み出す痺れるような感動があまりにも眩しすぎて。

 とても執拗に、それはそれは丹念に動き回って悩ませる男の舌。あるときは広く、あるときは一点に彼の思いが注がれている。それが彼女にとって(ねぶ)りとられたくないところにまで伸びてくると、本能的な畏れから腰を引いて逃れようとするのだが、すぐに彼の両手にお尻をしっかり捉えられて引き戻されてしまい、かえって陵辱者の舌の味わいをいやというほど教え込まれることになっていた。

「もう、ダメ……あたし……ダメになるわ……」

 けれども憎らしいことに、少年はそう易々とダメにはしてくれないのだ。

 気をやろうとすると、いつものように肝心なところから離れて遠巻きにしてしまって焦れったくなる。

 やがて操祈は、自分の方から腰の位置を微妙にずらして、恋人の舌と唇に愛して欲しい部分を寄せていくようになっていくのだった。

「……愛してる……愛してるわ、レイくん……」

 息を乱しながらコートの中に必死にうったえかける。お願いだからもうイジワルしないで、と。

 愛撫に夢中になっている少年からの返事はなかったが、その代わりにいちばん感じやすい部分を吸い出されて、身も心もとろけてしまいそうな甘美な仕置きのお返しをされて、さらには指による刺戟までもが加わって、是非もないままに大きくてこの上なく優美な指人形にされた体がピンと張り詰めた。

「とけちゃうっ……はぁっ……ああっ……」

 やがて身体の中から熱いものが流れだしていく感覚とともに、いつしか操祈は薄桃色の霧の中に迷い込んでいくのだった。そして溶けていく意識の中、遠くで鳴くセミの声を聞いたように思い、

 どうして今頃――?

 と、不思議な気持ちになったのだが、それも刹那の後には情熱のうねりにのみ込まれて、泡沫(うたかた)となって消えてしまうのだった。

 




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