ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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第137話 並木 平輔

 

昭和五十五年、八月九日、午後三時過ぎ、

荒川河川敷――。

 

 スゲぇ……スゴかったな――。

 ホントにスゲぇいいものを見ちまった――。

 他の誰にだって、あんなキレーなエッチはできっこねぇや……。

 そんなものを間近で見せてもらえた俺はなんて運がいいんだろうなっ!

 

 極上の美女の濃厚な濡れ場を、最前列からバッチリ鑑賞し終えた並木平輔がそんな満足感に浸っていると、少し離れたところから

「居たぞっ!」

 という声がして、その声に呼応したのか女は全裸の上にじかにコートを纏って体を隠し、坊やの方は脱ぎ散らかしていた女の服を拾い集めていた。

 今一度、名残を惜しむように抱き合っての口づけ、ためらいがちの視線を絡ませて恥ずかしげな微笑みを交わして。

 それは映画でも見られない美しいシーンだった。

 午後の陽光を浴びた女の金髪がさらにキラキラと輝いて、まるで後光でも差しているようだったのだ。

 あらためて女の美貌がどれほど特別なものであったのかを思い知らされていた。

 それが、あんなにエッチなことをされていたなんてなぁ――。

 自分が今まで目にしていたのは、もしかしたら神秘的な幻だったのではないかと思うほどで、それが天女のセックスだというのなら頷けた。

 だから、深い絆で結ばれた天上の恋人たちの幸せそうな容子は、応援したくはなっても嫉ましさを感じることなど少しもなかったのだ。

 いつもの平輔なら他人の幸福が眩しくて、ひねくれた目で見ることしかできなかったが、その時は不思議に清々しい気分ですなおに二人の幸せを祈っていられたのだった。

 そして、そんな自分がちょっとこそばゆいような嬉しいような妙な気分になって、

 これにはなにか別の意味があるのかもしれない――と、ガラにもなく敬虔な気持ちに浸っていたのだ。

 だから、そのすぐ背後から

「縁側の徳っ、もう逃げられないぞっ、観念しろっ!」

 の怒声が響くまで、自分が警官に取り囲まれていることにも気づけずにいて、とっさにヤバい、と思って逃げようとしたが、既に前、横、後ろの三方向から警官たちが迫ってきて退路は絶たれ、草むらから立ち上がろうとするより先に、

「並木平輔っ、窃盗の容疑で逮捕するっ!」

 ひとりの警官にあっけなく制圧されて捕まっていた。

 平輔は、事態のあまりの急変ぶりに、にわかには頭がついてこられずに呆然としているばかりで

「なんだ、ションベンちびっちまったのかぁ、だらしがねぇ怪盗だな」

 年かさの別の警官から手錠をかけられながら、そう言われて、そのときはじめて自分がツナギの股の前をひどく汚していることに気がついたのだった。

 それが尿などではないことは肌着の感触からすぐに判ったが、警官もそれを察したのか

「盗んだ下着で興奮したのか……」

 と、言ったきり、武士の情けか、それ以上深く追求しようとはしなかった。

 草むらの中から遊歩道の方へと連れ出されて

「旦那ぁ、今そこにいた二人はどうしましたか?」

 リーダー格らしい年かさの警官に訊くと

「二人組? おまえ単独犯じゃなくて仲間がいたのか?」

「いえ、そうじゃなくて、若い女の先生と男の子がさっきまでそこに……」

 見ると、つい今しがたまで目の前にあったはずのベンチが、もうそこには無く、ただ雑草の生い茂る原っぱがあるばかりで妙な気分にさせられる。

「おい、他に誰か居るのを見たか?」

 いちばん階級が上の五十絡みのガタイのいい警官が、平輔に縄をかけながら近くにいた若い警官のひとりに訊いていた。

「いえ、誰も――」

「こっちにも誰も来ていません」

 死角になって姿が見えなかったが、反対側からも声がして、

「だってさ」

 自分を捕らえた警官は肩をすくめるばかり。

「まぁいい、後は署に戻ってからじっくり話を尋くとしようか」

「旦那っ、ほんとに誰も居なかったんスか!?」

「二人が遊歩道の右と左から、俺は土手の上から下りてきた。誰か居たら気がつかないワケがないだろ」

「………」

「なんだ、狐につままれたみたいな顔をして」

「かもしれねぇ……でもあれは狐っていうより、まるで天女だった……」

「天女だぁ? 暑さにやられて幻でも見ちまったのか? まぁこの暑さで草むらの蒸し風呂に二時間近くも潜んで居りゃ、誰だってちっとはおかしくなるさ、妙なものが見えちまうことだってあるだろう……おい、そこに落っこちてるパンツも拾っとけよ、それも証拠品だからなっ」

 見ると草むらの中に裏返しになった女物のパンツがあってギョッとする。股のところに黄ばんだシミのあるナプキンが貼り付けてあるのが見えたからだった。

 それは件の美女が身につけていたものとしか思えなかったのだ。男の子が無心で嗅ぎ回っていた、あの愛くるしい女教師の匂いの染み付いたパンツに。

「あれはおいらが盗ったんじゃなくて……」

 若い警官のひとりがそれを拾うと、汚らわしそうに嫌悪に眉を潜めてビニール袋に入れている。

「わかったわかった、話は後でじっくり聴くから――」

 サイレンの音が近づいてきて、ほどなくすぐそばの土手の上にパトカーが停まり、こうして平輔は一年三ヶ月ぶり二度目の御用となったのだった。

 

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