ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
平成十一年、十二月三十一日、午前一時半頃、
「……俺は信じるよ……徳さんのハナシ、きっとホントに見たんだろうな……」
「私もです、作り話にしちゃ出来すぎてます、とても徳さんのにわか仕込みとは思えませんからね」
森山の意見にチャカ――長北恒明――が頷いていた。
シニアの二人が同調する中、カズヤは
「でもどこいっちまったんでしょうね? 人間が二人、一瞬で煙のように消えて無くなっちまったんですよ、どうみたって普通じゃない」
「一瞬ってこともないんだろう、徳さんにもいろいろあって、そのときは時間の感覚もはっきりしていなかったんじゃないのか? 警察の見落としもあるだろうし。おおかた二人は周りに誰も居なくなるまで近くの茂みに潜んでいたんだろうさ」
「そうですね、先生と生徒の禁じられた関係なら、そりゃ警察沙汰になるのがいちばんマズイ」
森山もチャカも現実的な説明をつけて納得している。
他方、二人より少し若いカズヤとセキトリは、惑星直列による重力の異常によって偶然開いた次元の隙間から異空間を覗いていたとか、空間断層がどうだとか、口にしている本人すら解っていないことを言って、二人が異世界からの使者であると主張していた。
やっぱりメー○ルは居るんだ――と、マンガのキャラクターの実在に興奮しているようだった。
もちろんシニアの二人は取り合わない。
「おそらく近くの私立中学の先生と生徒、といったところなんでしょうな……男の子の制服のデザインが判れば学校を割り出すことも可能でしょう」
「しかしベンチまで無くなってるってのはどう説明をつけるんです?」
「それはたぶん、徳さんの記憶違い、あるいはハナから見間違いだった可能性もある。倒れて盛り上がった雑草の山がベンチに見えたとか」
「いくらなんでもそりゃあないですよ、チャカさん」
カズヤが食い下がるが、チャカには確信があるのか
「徳さん、男の子がどんな制服を着ていたか覚えていますか?」
と、尋いていた。
「はて……黒い学ランじゃなかったってことは覚えてるけんども……」
ほらね、とばかりに賢しげに首を少しかしげてみせる。
「カズヤくん、君は二十年も前の出来事をしっかり覚えていますか?」
「……それは……場合によると……」
「じゃあちょうど今から二十年前の1979年の大晦日、君はどこでなにをしてましたか? 節目となる80年代を迎える印象的な日だったはずですが」
カズヤはしばらく考えていたようだったが、やがて諦めてため息をついた。
「人間の記憶なんてそんなに確固としたものじゃないんですよ、若い君でもそんな具合なんだから、ご高齢の徳さんの記憶が不鮮明で不正確だったとしても少しもおかしくはない」
「なにより物証があるしな」
「物証――?」
「徳さんの話を忘れたのか? 女のパンツだよ、あれこそそこに女が居た証拠だろ」
「あ、アレは……」
「アレは何だ? 確かに居たという証じゃないか、天女でも徳さんの見た夢でも幻覚でもなく、そこに生身の人間が居たという」
「生理具が付いたままの脱ぎたての肌着が、しょっちゅういろんなところに落ちてるハズはないですからね。彼女が脱いだ服を集めていた男の子が拾い忘れたと考えるのが自然でしょう」
森山とチャカの二人にダメを押されてカズヤは口をつぐんだ。
「まぁ金髪の美人先生は実在するのかもしれないが、徳さんの思い出補整で美化されていて実際に会ってみたら美人には違いないかもしれないが、天女というほどではなかった、ってあたりのオチかなと私は思います」
「その美人先生には俺も会ってみたいが、二十年も前ってことだと今は四十代の半ばか……外人女は老けるのが早いからな――」
シニアの二人はあくまでも現実的で、世代の違うカズヤとセキトリとの溝は深そうだった。
もっとも、チャカとセキトリとの年の差はたった三つだったのだが、知性、という面では親子ほどの違いがあるようである。
浩平にもチャカの説明はもっともらしく聞こえていた。だが、未だ胸にもやもやとわだかまるものがあってすなおに納得できずにいるのだった。
たとえ元の黙阿弥だったとしても、一度は徳さんに自分の人生を見直そうという動機を与えたほどの衝撃を与えていたのだ、とても尋常な経験とは思えなかった。
失恋というならともかく、いくら美女とはいえ赤の他人のセックスを見ただけで人生が変わるほどのショックを受けたりするなど、我が身に引き寄せてもありそうにもない。
まして四十絡みの、お世辞にも知的にレベルが高いとは言えない中年男性にそこまでの感傷を抱かせるとは、やはり普通ではないような気がしてならなかった。
徳さんの見た夢だったのか? はたまた幻覚、なのか……。
しかし物証もあるらしい……。
考えても堂々巡りをして、徳さんが目にしたという絶世の美女は、存在と非存在の間をいったりきたりしている。
だからといってカズヤの言うようなマンガチックな説明は論外だとバッサリ切り捨ててから、もしかするとそっちの方が本当だったりするのでは、と思ってしまうのだ。
「あの――」
「なんだい浩平くん」
「証拠のパンツは、どうなったんでしょうか?」
「おおっ、君も気になるかい?」
チャカがワケ知りな微笑を向けてくる。
「そういうのではないんですが……ただ、どうなったのかなって……」
「普通は捜査が終わったら持ち主に返されることになるが、仮に裁判になったりすると返却まで長引くこともあるよ。この場合はおそらく持ち主が現れることはないだろうから証拠品保管庫に収められていたと思うけど、もう二十年近くも経っているとしたらとっくに処分されてるハズだね」
「美人のパンツが気になるのは男としちゃあ正常な反応だよ。汚れたパンツにしゃぶりつきたくなるくらい好きなオンナに巡り逢えた男は幸運だ、まぁたいがい幻滅するだけだけどな、オンナってのはヤローが思う以上にばっちいイキモンだから」
百戦錬磨の風俗店オーナーが、また身も蓋もないことを言って房仲間からの喝采を浴びている。
その後も徳さんが見た美女の濡れ場についての反省会が延々と続けられ、みごとな女体についての仔細に渡る検討は浩平を何度もトイレに通わせることになったのだった。
そしてみんなが語り疲れて睡魔に落ちたのは、もう明け方近くになっていた。
1999年も残すところ二十時間足らず。
あるものはに2000年問題を危惧しつつ、またあるものは恐怖の大王が降ってこなかったことに落胆しつつ、千年に一度の大きなページがめくられるその時を待っていた。
そして浩平も、床に就いて仮眠だけは取っておこうと目を閉じながら、出所してからの身の振り方に思いを馳せるのだった。
手に職を得て、小さくてもいいから何か自分にできるビジネスを始める――。
それがこれからの目標になっていた。
徳三爺さんが言っていた通り、まだ自分は若い分、機会があるというのは本当だと思う。
ここに入れられたばかりの頃は前科者にされた不運を嘆いて、未来がすっかり閉ざされてしまったように感じて投げやりに過ごしていたが、そればかりでは本当に人生を無駄にしてしまうところだった。
むしろ不運をバネに新しい自分と出会う――。
刑務所に入れられたからこそ、そんな心境にたどり着けたように思った。
ひどく印象的だった今夜の徳さんの話にしても、ここに居なければけっして聞けなかったものなのだ。
そう考えると、まるで天の配剤ででもあったように思えて勇気が湧いてくるのだった。
それからもう一つ――。
娑婆――に戻ったら、時間の空いている時を使って、徳さんが見たという謎の美女についても調べてみたいとも思っていた。
手がかりとなるのは相手の男の子の着ていた制服の方。
チャカが言っていたように、私立中学の制服は特徴があるから、そこから学校名を割り出すことができるかもしれなかった。それに、二十年前に金髪の女教師を抱えていた学校はそんなに多くはなかったはずだから、そちらからも網をかければ、案外、簡単にたどり着けるかもしれない。
実在するのならば――。
ただ、実在しようとしまいと、それはもはやそれほど大きな問題などではないのかもしれなかった。
彼女たちの存在があたかも人生における灯台のようで、そちらに向かって舵を切って行けば、きっと目的の地にたどり着けそうな、そんな気がしているからだ。
まずは早速、明日から下調べを始めるとしようか。
ビジネスをスタートするとしたら、学んでおかなければならない事が山のようにあった。
なんか面白いことになってきたぞ――。
浩平は布団の中で一人、ほくそ笑むのだった。
今日分の5話連投の最後です
まだあと2話、描きたいところなのですが