ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~   作:真夜中のミネルヴァ

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第139話 蜜の思い

 

 京王線の車内は都心からの家路につく乗客がまばらにロングシートに腰掛けているばかりで、ちょうど帰宅時間に重なってしまったものの週末ということもあって混雑することはなく、操祈はドアの横に立つと手すりに指を軽くかけて体を支えながら流れゆく風景をぼんやりと眺めている――風を装いつつ密やかな事情と闘っていた。

 午後六時を回り、師走の街並みはすっかり夜の帳が下りて丘陵地に点在する家々の照明と星明かりとの境界が曖昧になっている。

 近距離リニアは揺れも少なく加速や制動時に体にかかる負荷もわずかで、立ったままでいることにさして不都合はなかったのだが、操祈が席に着こうとしないのには別の、もっと切迫した理由があるのだった。

 今の彼女を悩ませているのは、ひとえにまつろわぬ我身について。

 

“おねがい……もう少しだから……我慢して……”

 

 惜しみなく愛情を注がれてしどけなく(とろ)けた女の体に、官能の熾火を残して去っていった彼――。

 憎らしい……。

 最初は、一刻ばかりのお散歩デートのつもりだったのに、きっと、あの子にとっては何もかもが計画通りだったのだろう、やっぱりただのお散歩では済まずに濃厚なアバンチュールになってしまった。

 ちょっとはちょっとではなくなり、「脱がなくてもいい」と言っていたはずなのに「やっぱり脱いで」になって、結局は紅音のペントハウスでするような淫らで破廉恥なことをしてしまっている。

 

“……お外でエッチするなんて……信じられないわ……”

 

 レイとの交際が深まるにつれてどんどん大胆になっていた。

 そんな自身の変わりように操祈本人がいちばん驚いていたのだ。

 去年までは“普通の”キスだってしたことがなかったのに……。

 それが今では――。

 

“……だって、あたしがイヤだって言えなくなるのを見越して、いろんなことをするんだもん、仕方ないじゃない……”

 

 気恥ずかしげに微笑むかわいい男の子が、心の中ではいつでもあんなにワルいことを考えているものだなんて!

 そう思ってから慌てて考えまいと意識して視線を窓の外へと向けるのだが、気を張っていないとすぐにまたあらぬ方へと想いが傾いてしまう。だが、それも致し方なかったのかもしれない。というのも、遊歩道の外れで別れてから幾らも経ってはいないのだ。

 他ならぬ彼女自身のニオイをまとった恋人を眩しく感じながらの、さよならの口づけを交わしてからまだほんの小半刻足らず。その口づけにしても、唇へのキスの後には裸のコートの中にも潜り込まれて、いつものようにあいせつな部分にもしっかりと別れを惜しまれていた。

 そのようにされれば、たとえ歓びに誘う時のやりかたとは違っていても女の体には深刻な影響が残ってしまうもの。今もそこはぼってりと膨らんで疼くような感覚があって、無造作に脚をこすり合わせたりしようものなら、たちまちキュンと甘啼いて思わず声を発してしまいそうになる。

 そうならないように唇をかたく引き結んで堪えるのだが、わが身のしどけなさが恨めしかった。

 

“みんなレイくんがイケナイんだゾ……あたしをこんなにして……”

 

 恋を知る以前の自分にはけして無かった悩みごとだった。

 このうえなく甘美な禁断の果実をほしいままに貪って、その代償としての罪の意識と、それまでの平穏をすっかり失ってしまった我が身の変わりように当惑させられている。

 ただ相手が相手だけに恋の秘め事と教師としての義務との間には常に緊張関係があって、操祈の場合あまり融通無碍とは言えない性格も手伝って、人並み以上の苦労を背負い込む形になっているようだった。

 気を紛らわそうと、円香先生から貰ったばかりのアンマス(アナルズオブマセマティクス)の別刷りを取り出そうとして、トランクの中には脱いだ服が入れたままになっていることを思い出して諦めた。

 あのときは人の気配を感じて慌ててコートを纏ったものの、レイが集めてくれた衣類はブラやショーツのような汚れものの肌着を含めてトランクに突っ込んでそのままになっているのだった。

 それでも別れてから駅の化粧室などでちゃんと身につけてくれば良かったが、折悪しく多目的室が空いていなかったり特急の発車時刻が迫っていたりしてつい先を急ぐ方を優先してしまった。

 湾岸エリアから学園都市まで乗換を含めても特急を使えば一時間足らず、ちょっと我慢すればと軽く考えていたのだが、素肌にコートというのは実際のところはかなり頼りないもので、地下鉄の階段を上り下りする際などでは風圧で裾が捲り上がりそうになるたびにヒヤヒヤさせられるし、第一、厚手のものとはいえ黒天鵞絨(ベルベット)の生地はうっかり粗相をしようものならたちまちシミを浮かせてしまいそうで、それを思うと怖くてとても座席に座る気にはなれないのだ。

 こうした操祈の悩ましい事情に気づいてか、乗客がチラチラと向けてくる眼差しが痛かった。

 そんな中で“危険物”の入ったトランクを開くことなどできるわけもなく……。

 尤も、乗り合わせた客たちがこっそりと操祈に視線を送るのは、彼女が思っているような理由からではなかっただろう。

 黒いコートにコサック帽、ロングブーツのスラッとした立ち姿、背中を流れるストレートの長いブロンドヘアはイヤでも目を惹く上に、暗い色のサングラスで目元を隠しているとはいえ当該の人物が素晴らしい美貌の持ち主であることは誰の目にも明らかだったからだ。

 あの呪わしいミスコン以来、何かと身辺が騒がしくなっていたこともあって彼女が学園都市を離れる際には濃いサングラスを携行するのが常だったのが、むしろ逆効果になっているのかもしれなかった。

 整った顔を隠さなければならないというのは間接的に著名人であることを疑わせることにもつながるからだ。

 能力を失って何の取り柄もなくなった凡庸で無名の中学教諭――操祈の自己認識は現実とは大きく乖離している――が、突然、マスコミにまで追いまわされるようになったのは、ミスコンなんかに引っ張り出されてしまった所為だ、と、彼女は今でも恨めしく思っている。

 綺麗で愛くるしい若い女の子たちに混じって、自分のような薹がたった教師がたった一人参加するのだから、そりゃ悪目立ちもするわよ、と。

 ただ、彼――が、入賞を喜んでくれたことだけは嬉しかったのだった。

 

”……夏休みに修学旅行、体育祭に文化祭……いろんなことがあったわよねぇ……”

 

 レイとの関係が深まってからのこの数ヶ月は自分の人生の中でも最も濃密で充実した期間だったと思う。もちろん困ったことがなかったわけではないけれど、こうして年の瀬に振り返るとあらためて自分がどれほど幸せであったのかを思わずにはいられない。

 そしてその記憶の中心にはいつでも彼が居た。

 恋を知らなかった自分が、今では男の人を好きになるのってこういうことだったのかと胸に落ちるようになっている。心と体の深いところで異性を求める気持ちが判るようになっていた。

 愛と性とが織り成す情熱のドラマ――。

 それはモノトーンの殺風景だった心象風景が極彩色に一変するような変化なのだった。

 

「ああいうことは女にとって人生の転機となる重要な出来事だから、だから簡単にしちゃいけないのっ、何よりも最初が肝心っ――」

 

 昔、誰かがそう言っていたことを思い出して記憶をたどり、クスリと穏やかな笑みが泛ぶ。

 中学時代の友人の風貌が更新されることのないままの姿で脳裏に蘇っていた。

 常盤台を卒業後は進路が分かれ、そのまま疎遠となって彼女のその後については人づてに噂としてしか接する機会はなかったが、風の便りに高校在学中に渡米して飛び級で東海岸の名門大学に進学したということだった。

 屈折した思春期後半をなりふり構わぬ必死さで過ごしていた操祈とは異なり、友人の方は能力を失ってからもさほど変わらぬ日々を過ごしていたようである。

 

“そうね、そうだったわね……あなたが言っていたとおりだったわ……”

 

 口にした当の本人が、意味をどこまで判っていたものか知る由もなかったが今の操祈には身にしみるのだ。厳密には未だヴァージンではあったが、レイとの営みをとおして少女であった自分との決別を遂げていた。体を通してのコミュニケーションは言葉によるもの以上に深く、互いに強い愛着と絆、結びつきを生むもの。

 それが恋をする、ということだった。

 

“彼女が今の私たちのことを知ったら、なんて言うのかしら……『アンタなにやってるのよっ! 子供っ!? それも教え子と関係を持つなんて正気っ?!』って、また責められてしまうのかしらね……うふふっ……”

 

 ただ、呆れられても否定まではされないような気がする。こちらの気持ちが本気であるのが判れば生真面目な彼女のこと『仕方がないわね』と言って最後は認めてくれるのではないか、とも。

 そもそも生一本の性格の彼女は何をするのにもレールガンのように一直線、そのためぶつかる事も少なくはなかったが、彼女のことは嫌いではなかったし向こうも口調こそいつでも辛辣だったが悪意や敵意を感じたことはなかった。

 きっと互いにやり方に違いはあっても、価値観はそんなには差がないことを察していたのだろう。

 だから女にとって肌を許すということが……そんな相手に巡り会えることがどれほど特別なことなのか、きっと分かってくれると思うのだ。

 

“……あなたには好きな人ができたのかしら……御坂美琴さん――?”

 

 もし彼女に会う機会があった時にはどうか互いの幸せを確認できますように……。

 そう願わずにはいられなかった。

 友として、同性として、そして……恋を知るものとして。

 窓外に視線を転じると、自動運転プログラムが定常モードから減速に入ったらしく微妙ではあったが走り去る灯火が次第に速度を落としていくのが感じられるようになっていた。

 時を置かずに車内アナウンスの女声AIが、ようやく学園都市駅への到着を告げていて、軽く吐息をひとつ。

 あと少し――。

 ふと気がつくと、すぐ目の前のドア横に三、四十代の小太りの眼鏡をかけた男性が居て、へつらうような笑顔を貼り付けたままこちらを凝視していたのでギョッとする。

 操祈と目が合うと相手は、

「あ、あのっ、食峰操祈さん、ですよねっ?」

 と、いきなり話しかけられて、どうして気づかれたのだろうかと不思議だったが、表情を変える事なく

「что? тебе что-то нужно?」

 と、とっさに片言のロシア語で応じた。

 これもミスコンの悪影響のひとつで、学園都市の外に出ると過去にもこうして知らない人から話しかけられる事が度々あって、その都度、回りくどい事情を話すなどしていたのだが、そうやっていちいち応じるのも煩わしいので日本語がわからないふりをしてスルーするようになったのだった。

 幸い容姿がそれを許していた。

 ただ英語だと多くの場合に通じてしまうので、さして得意ではなかったものの今のようにロシア語を使ってガードすることにしていたのだ。これだとさすがに使える人の割合がぐっと下がって、操祈の考えでは今日、わざわざロシア風の格好をしているのもその為だった。

 相手が怯んだ隙にそそくさとその場から離れた。逃げるようにして車両を移りながら、列車が停まってドアが開くやホームに降り立ってひと安心。しかし振り返ると、いま降りたばかりの列車の窓という窓から自分に向けられている視線に気がついて目を丸くする。

 

 えっ!? どうしてっ――?

 あたし、何かおかしなことしてたっ――!?

 

 反射的に体を見回して粗相がないことを確かめた。何事もなくて安堵したが、体を捻って優美なボディラインを際立たせる甘やかな仕草が見る者の目を楽しませていることにまでは気が廻るはずもなく、再び走り始めた列車の窓から乗客たちが笑顔でこちらに向けて手を振っているのに気がつくと、操祈もワケがわからぬままに片手を上げて手を振って応えるのだった。

 そもそも学園都市内の乗降客はほとんどが住人に限られる上に、目立つ容姿をしていれば容易に身バレするものなのだが、彼女の場合は全般に自己評価が低く、その思い込みがある故に人並みの感覚がうまく働いていないようである。

 こうして訝しみながら駅を後にしたのだが、さすがにホームタウンに戻ってくると心身のガードも緩みがちになって、軽やかに巡回バスを乗り継いで自宅マンションに戻った時には六時半を過ぎていた。

 まずは汚れた体を洗い流したくてバスタブに湯を張りながらコートをハンガーにかけて全裸になる。プライベート空間であればこそ誰にも遠慮せずに一糸まとわぬ姿になって。 

 ほっそりとしていながらも形の良い巨きな胸と、腰のくびれもくっきりとした素晴らしい体つき、白い肌に淡い桜色の乳量の拡がりは豊かで、無垢な清潔感と官能美とが矛盾なく共存している。

 どこにも非の打ち所のない見事な裸身だったが、操祈は大きく肩を上下させて、半ば諦め混じりの疲れたため息をつくのだった。それというのも飴色のヘアが濡れてぐっしょりとなっていて、さらに内腿の間まで広くべたつかせていたからだった。

 こんなみっともない姿を彼にはすっかり見られていたのかと思うと、わが身のしどけなさが情けくて気持ちが萎えてしまうのだ。

 シャワーを浴びて穢れを流し、バスタブにゆっくり身を浸して目を瞑る。

 土曜日なのに朝からいろいろなことのあった一日だった。

 普段ならば週末は、一人で過ごすときには前の晩はお酒を飲んで、翌日は朝寝坊して、朝昼兼用の食事を家で摂るか外でランチにするかはその時の気分や状況次第だったが、午後はたいがい大学の図書館で勉強をして、それからお買い物などをして部屋に帰るということを繰り返していた。

 しかし今日は浮世のしがらみで朝から都内に出向かなければならなかったのだ。

 大学時代の恩師の滝川円香教授――昨年、まだ四十代半ばだったが後進に道を譲る形で先端大の教授職を辞して、今は都内の女子大で指導をしていた――から助教のポストのオファーを受けていて、その断りを入れるのにメールや電話でというわけにもいかず、手土産を携えて直接、彼女の教室まで足を運んでいた。

 とても荷が重くて自分には無理だと固辞したのだが、先方にはなかなか聞き入れてはもらえず、結局、教授の代わりに非常勤で一コマを半期分、夏休みの間の集中講義として受け持つ事で手打ちになっていた。

「あたし、やっていけるのかな……大学で講義なんて……」

 操祈が当惑しているのは講義の内容ばかりではなかったのだ。

 円香教授との面談の後、顔見世を兼ねて学内を案内されて、学科主催のオープンセミナーに参加したり研究室の学生さんたちと学生食堂――さすがに女子大の学食はお洒落で、ちょっとしたレストランの趣があって、メニューにはフレンチのコースまでがあるのでびっくりだった――でとってもイタリアンなランチをしたりと、それはそれで楽しかったのだが、食事中も年の近い女子大生や大学院生たちから質問――どうしたことか聞かれたことのほとんどは数学とは無関係のことばかりだった――責めにされて、そればかりかいつの間にか周りに人垣ができるほど学生たちが集まってきていて、いったい何事だろうと訝しんでいると、

「みんな“世界の恋人”のご尊顔を拝したくてたまらないのよ、あなたのことに興味津々なの」と、教授から言われてからようやく、あのいかがわしいミスコンの影響が学問の府にまで及んでいることを知って改めて辟易させられたのだった。

 先生のとりなしでなんとかキャンパスの外へと脱出できたのだが、今から来年のことを考えると頭が痛くなってくる。来春にはレイたちも卒業して学校から去ってしまうし、いろんなことが一度に大きく変わることになりそうで、操祈にとっては期待よりも不安の方が大きいのだった。

「レイくん、もうお家に帰ったのかな……」

 石鹸を含ませたタオルで体をなでつけながら、身に受けた愛撫の後をたどっていく。

 東大島からだと彼の方が家に近い筈だったが、念のため監視カメラの記録に残るのを避けて遠回りをして別の駅を使って帰ると言っていたので、別れてからどうしたのかは分からなかった。

 ただ、周到な彼のことだから間違いはないのだろう。

 けれども家族になんて言い訳するつもりなのかしら? と思いを巡らせるとまた胸がもやもやしてくるのだ。

 母親であればきっと息子の変化に気づいているに違いなかった。

 男が考える以上に女の目を欺くのは難しいもの。いつぞやの京都での出来事とその後を思い出さずにはいられない。

 自分とレイとの関係に目敏く気づいたのは、まず栃織紅音だった。彼女がオーラリーダーだったというのもあるが、舘野唯香は能力者ではないのにもかかわらず二人が放つ僅かな兆しを嗅ぎ取っていた。

 幸い、二人とも操祈の理解者になってくれたのは救いだったが、綱渡りのような恋路を歩んでいることは今も変わりはなかった。

「……いつかご家族とも会って、ちゃんとお話しないといけないのよね……でも……」

 口にしてから、ちゃんとってなに――? と、思ってしまう。

 自分はどうなるのか、彼はどうしたいのか……。

 深く追求すると、また気分がささくれだってきそうなので、つとめて手早く体を洗うと浴室から出て部屋着――クリーム色のとっくりのセーターにチェックのスカート、白いソックスというシンプルな組み合わせはフォーマルなシーンとは違い素朴なあどけなさがあって、着痩せすることも相まって美女というよりも美少女のものになっている。が、胸のラインだけは豊かなやさしい陰影を作っていて、そのアンバランスは彼女の魅力をいっそう引き立てているようだった――に着替えた。

 夕食の支度をしながら温めた日本酒をほんの少しだけ――ラージサイズのマグカップになみなみと一杯――呑んで気持ちに喝を入れる。

 冷凍してあったグラタンとクラムチャウダー――以前にペントハウスでレイが料理したものを冷凍保存していた――をレンジで温めている間に、汚れ物の洗濯でもしておこうかとトランクを開いた。すると中に自分のショーツの代わりに見覚えのない肌着が一つ混じっていることに気がついたのだ。

 白の化繊ではあったがローライズの大胆なデザインで、以前にこうしたものを身につけたことはなかったし、なにより洗濯済みのものなのだった。 

 これもレイの仕業なのだろうと大きくため息を吐く。きっと脱いだものは持ち去られて、代わりに別の肌着を入れられたのだろうと。

「ホントに仕方のない子……変なものばっかり欲しがるんだから……」

 不満げに唇を尖らせるが、これも仕方ないことだと諦めて受け止めることにする。

 彼から匂いを求められるのはとても恥ずかしいが、単純に嫌――というのとも少しちがうのだ。

 お口を使う愛撫にも初めての時にはとても驚いたけれど、デートの度に顔を寄せられて、やさしさに触れて、彼がそのように振る舞うのは愛されているが故なのだと分かっていたからでもあった。

「みんな……あなたが教えてくれたのよ……レイくん……」

 交わりを目的としないデートは女にとって嬉しくもあり哀しくもあるもの。彼には恥ずかしいところをみんな知られて、体のことを知り尽くされてしまっている。

 

 でもそれは、彼にだけだから――。

 

 この体が自分一人のものではなく愛する人のものでもある、ということには言葉にならない感動があるのだった。

 自由を奪われたようで、逆に心は解き放たれているという奇妙な感覚。

 

 セックスをするのって、不思議よね……。

 

 情を通じると、その人のことで心が満たされて、その人の喜びが自分の喜びにもなるのだ。

「……あんなに幸せそうな顔をして……」

 頬を赧く染めてひとりごちる。

 愛撫の最中のレイの容子を思い出して、また密やかな部分が甘く疼きはじめていた。午後の口づけの記憶が蘇ると体はすぐに色めき立ってしまうのだった。

 スカートの中に手を忍ばせて、着替えたばかりの肌着がもう既に湿っていることに気がつくと目を閉じた。

 鼻筋の通ったやさしい顔立ちの美貌に懊悩の翳が萌している。

 長い睫毛に慎ましげに閉じられた愛くるしい口元、蒼を沈めたような首筋の白さは未だセックスとは無縁の少女の清潔感を留めている。だが、ほんの数時間前には年若い男の欲望に弄ばれて、性の歓びに何度も果てて、しどけない肉の姿を晒していた。

 オーラルセックスを好む少年に舐りとられていないところなど、もう彼女の体のどこにも残されてはいないのだった。

 ほんの戯れのキスから始まった関係が、今では求められれば彼の顔の上にしゃがんだりするくらい、大胆なことにも挑むようになっている。

「あたしの体、こんなになっちゃって……どうしてくれるのよ……」

 生理用具のストックからラージサイズのものを一つ取り出して、残り少なくなっていることに気づくと子供のようなむくれっ面をする。

 ライナー一つ買うにしても、サイズの大きなものとなると他人目を気にしながらでいつも一苦労なのだ。目立たないように人のいない時間帯を狙って無人のスーパーなどで手に入れていたが、また遠くまで足を伸ばさなければならないとなると滅入ってくる。

「明日はお買い物に行かないと……」

 肩を落とした。

 土曜の夜だったが深酒は控えないと、と戒める。いつ誰に見咎められるかもわからない街なかを、宿酔いの酒臭い状態で歩くわけにはいかなかったからだ。

 睡眠薬代わりにと買っておいたとっておきの21年もののバランタインはひとまずおあずけにして、今夜は食事に合わせてキャンティで妥協することにした。スピリッツと違ってアルコール度が低いからフルサイズにとも思ったが、大事をとってハーフボトルにする。

 レンジの電子音声が加熱終了を告げていて、操祈は手にして汚れ物を洗濯機に放り込むとワインセラーのあるパントリーへと足を向けるのだった。

 

            ◇            ◇

 

「……なんてきれいな皺……カワイイ……」

 背後でレイの嘆声が聞こえるのを操祈はじっと目を瞑り、辱めに堪えて唇を結んで聞いていた。長い睫毛もくっきりと、顔にかかる前髪が翳をつくっていて恥じらいに染まる美貌にいっそうの清婉さを添えている。

 どうしたことか今の彼女は全裸でいるのにも関わらず少しも寒さは感じなくて、まだ遠くに蝉の鳴き声が聞こえるような気がしているのだった。

「明るいところだとよくわかります。神さまが先生のカラダのどんなに細かいところもおざなりにすることなく、心をこめてつくりこもうとしていたってことが……本当にきれいです、こんなにきれいな女のひと、どこにもいない……いるはずがないから……」

「………」

「でも先生のことを見てると思うんですけど……神さまって、実はそうとうオンナ好きの変態なのかもしれませんよ……だって、先生ってこんなにキレイでカワイイのに、カラダの隅々にまで意外な仕掛けがいっぱいあって、そのどれもがエロスとしっかり結びついてエロティックな謎がちりばめられているから、知れば知るほど驚くことばっかりで……よーくワカッテルなぁ、さすが神サマだなって感心します……ホラ、おっぱいだって、ただ巨きくて豊かなだけじゃなくて……」

 操祈はベンチの縁に両手をついて体を支えているが、ゆっさりと垂れた乳房は肘を少し曲げただけで座面に届いてしまいそうなほど。それでも形がくずれることはなくて甘やかな曲線を保っている。

 いま股間をくぐって恋人の手が伸びてきて、その一つと戯れはじめ、桜色の尖りは哀しく抗うように身を固くして指先の陵辱を受け止めていた。

 

“……やっぱり、こうなってしまうのね……”

 

 鈍い諦めとともに、でも自分だって本当はそれを望んでいたのかもしれない――とも思うのだ。

 レイとのデートで胸が踊るのは、彼から深く愛されるから、可愛がってもらえると、そう期待するからに違いなかった。彼といとなむ性の秘め事をうわべでは避けたいと思っていても、心の奥では密かな願いとなっていて、だからいつでも拒みきれずに流されてしまう。

 今だってそう――。

 ちょっとだけ、という言葉に縋りついて、服を脱がなくてもいいと言っていたはずなのに、結局は命じられるままに服を脱いで、つるんと全裸にされてしまっている……否、自分から丸裸になったのだった。

 それでも、さすがにこれは――と、思う。

 いつ誰に見咎められるともわからない屋外で、彼にお尻を向けて、平たいベンチを跨いで四つん這いになっているなんて!

 それは秘密が守られた紅音のペントハウスにいるときでさえも躊躇いを感じる、とりわけ大胆な体位のひとつ。

 ベッドでは彼が体位をずらしていって内腿に手が添えられて、そこに顔を寄せようと脚を開かれるだけでも緊張してしまうのに、今日はもっとずっとひどいことを白昼、公然としてしまっている。

 ただ、いつでも愛撫が進むと操祈にはもう恋人の求めから逃れる術はなくなってしまうのだった。

 巧みなボティタッチと密やかな口づけのもたらす蕩けるような快感に、理性の抵抗感はぐずぐずにされて最後は彼の思い通りの姿になっている。

「やっぱりスゴいな、先生のカラダは……」

 左右の肉の果実のひとつが彼の手に包まれて量感豊かにはちきれんばかりに膨れ上がったかと思うと、ゆっくりと解き放たれて、白い肉の柔らかさを確かめるように胸全体が広く撫でつけられていく。乳暈のひろがりがみごとに官能的でありながら、小さな肉芽が初々しくも可憐な彩りを添えていた。

 女のシンボルともいえる乳房の造作は、彼女の人となりを表すように性の歓びと畏れとを映して、肉感的でありながらも慎ましげでもあるのだった。

 そうしたせつない思いを心得て、恋人の手と指は壊れ物を扱うように物静かで慎重な動きをしている。しかし弱みを知悉して感じ易いところを確実にとらえて刺戟をくわえていて、手慣れた愛撫は女の体を魅了せずにはおかないものなのだった。

 ただ、いま操祈を悩ませているのはそのことではなくて、彼の空いている方の手指に捉えられているもう一つの方――。

 それは女にとってなによりもプライベートな恥ずべき隠しどころ、でもそのはずだったのに今はもうそうではなくなっていて、求められれば差し出さなければならない彼のお気に入りのオモチャにされてしまっているものだった。

 いま少年の興味は乳房に向けるよりも、むしろそちらの方により多くの関心が寄せられているようなのだ。

 さいぜんからそこに指の腹がぴたりと貼りついていて、凹みの周りをまるくなぞられている。その妖しいくすぐったさは、目もくらむような快感とは違って逆に緊張を強いるものでもあるのだった。

 歓びに逃げられない分、彼の指使いをはっきりと感じて、動きを固唾をのんで追っている。

 こうして本人ですら目にした事のない部分の、そのきわどい皺と皺の間を伸ばすようにされてじっくり弄られていると、いつでも体よりも先に心が折れてしまうのだ。

 淫靡でやさしい陵辱。

 そこにほんの僅かでも潤みを感じてヌルんでくるのがわかると、否応もなく汚穢さを意識させられて泣きたいくらいいたたまれなくなるのだった。でも、けっして愛撫からは逃れられない。

 たとえ拒んでもかえって相手を刺激するだけで、いつでも彼が興味を持った部分はそっとしておいてはもらえずに、解き放たれるまではその感覚をしっかり味あわされ、教え込まれることになっていた。

「いいにおい、なんていいにおいがするんだろう……ボク、先生のにおいは、どこもみんな大好きです」

 そんな恥ずかしい臭いまで嗅ぎとられてしまっていて、自分だけの秘密がもう何も残されてはいないのだと思うとやっぱり気持ちは負けて萎えてしまいそう。

 初めてお口を使われた時も、女のプライバシーを奪われて、なんだか自分がすっかり空っぽになってしまったように感じられて哀しかったが、そこが終点だとばかり思っていた禁忌の口づけに、さらにまだその先があることを教えられた時にはそれに劣らないほどショックを覚えて打ち拉がれていた。

 でも、思いがけないほど強い力で抱きとられていて、どんなに啼いても懇願しても、ひとたび手に入れた場所を彼は容易に手放してはくれないのだった。諦めた操祈がすっかり従順になるまで長くとどまり続けて、その危険な感覚を嫌というほど思い知らされていた。

 この子はどうしてこんなにひどいことをするんだろうと思う。

 まださして年端もいかない教え子の男の子が、大人の女のいちばんあいせつな部分を舐めたがるなんて!

 そんな恐ろしいこと、教壇に立つ側には考えも及ばない。

 しかし、それ以降はデートのたびに求められて渋々ながら応じてしまっている。

 たとえいけないことだと分かっていても、褥を共にした男の前では我を通すことができないのだった。

 

 だって――。

 思い通りになるまでは、けっして諦めてはくれなんだもの……。

 

 相手の面前で脚を開いて陰部を晒すようなことは少し前の操祈にはありえないこと、けしてあってはいけないことで考えるだけでも体が羞恥に震える恐ろしいことだったのに、今は異性の、それも子供を相手にもっと非道いことまで許してしまっている。

 ただ、その背徳感が新たな目覚めを促しているようで、顔の上に跨ったりするときなどには、うっかり自分の方から彼のお口に寄せてしまうこともあって、そんなはしたないことまでできるようになった自分自身にも驚かされていたのだった。

 レイとの交際が深まり経験を重ねることによって知らず知らずのうちに彼の色に染められていて、今ではもう何も知らなかった頃とは違って意識も振る舞いもすっかり変わってしまっているのだ。

 愛と性とが渾然となった恋という果実は、まるで麻薬のように一度でも口にしたら最後、けっしてそれを知る以前には戻れないものなのだった。

 だから、このまま進んでいったら自分たちはいったいどこへ行ってしまうのだろうかと不安になってくるのだが、いけないと思うことの先には眩いばかりの歓びがあって、尻込みしながらも性の冒険に乗り出していくことに心惹かれている自分が居ることにも気がついている。

 セックスを畏れる気持ちと、セックスへの憧れ――。

 どちらも建前なんかではなくて、どちらも本音、どっちの自分も本当の自分だった。

 だから……流されてしまう……。

 彼に身をまかせて、何もかも彼の思い通りにすることで撞着する自己から逃れていた。

「いやよっ……レイくんっ……それっ……」

 操祈を悩ませていた彼の指が、プスっと窄まりを潜るや中に挿入ってきて、つぶらな瞳が驚きに大きくみひらかれた。体の感覚からそれが中指であるとすぐに判るのだが、そんないやらしい記憶に戸惑いながら、やがて訪れることになる衝撃に備えて身をこわばらせる。

「ごめんね、先生……また触らせてください……先生の特別なところ……」

 すぐに奥の方にまで探りを入れられて、彼の指がそこに隠された秘密の場所を捉えようとしているのが感じられるのだ。

 それは彼女をダメにする彼しか知らない内緒のウィークポイント。たっぷりと蜜を含んで温かいスポンジのようになった女性特有の器官と、それをとりまく若々しい筋肉を鳴動させて縮み上がらせずにはおかない秘中の秘ともいえる禁断の裏技。

 操祈の体の開発は、表の方はまだほとんど手がつけられてはいなかったが、裏口の方は着実に進んでいて、抱かれるたびにより歓びを感じやすいようにと調教されているようである。

 前と後ろを侵されて、指をこすりあわせるようにして間の肉を両側から責められると、もう後がなくなってしまう。

 体の心張り棒が外されて、

「ダメっ――!」

 抗議の悲鳴は、たちまち諦めの淵へと沈み、瞼は再びかたく閉じられた。長い睫毛がハミングバードのように細かくふるえて言葉にはできないせつない心根を訴えていた。

「愛してる……先生……キミはボクのものだ……誰にもわたさない、わたすもんか……」

 ときおり水っぽいものを啜りあげる淫らな音の合間に、彼の言葉がうつろに響いた。

 体に力が入らなくなって腰を落とした操祈は再び恋人の顔に跨がっていて、密やかでとても敏感な部分が覚えのある起伏とぴったり密着しているのが感じられるようになるのだった。

 深い谷間の奥から溢れ出す香り高い体液を求めて動きまわる舌に応えて、粘膜の襞も色めいて熱く湿った繊細な裏地もあらわに柔らかくひるがえる。

 親密な、とても親密な男と女の間で交わされる、とりわけ愛情深い思いのやりとり。互いに絆をたしかめあうようにしっかりと寄り添い、ひとつに溶け合おうとしている。

 いつもは怜悧な白皙の美貌が、今はすっかり上気して頬を紅に染めていた。しっとりと汗を浮かせてきらめく肌、目にもやさしい豊麗な曲線を描くすばらしい女体が、指と舌の両方から追い詰められて、いくつもの大波に弄ばれる中で再びその時を迎えようとしていた。

 それは高みをめざして放たれるこの上なく優雅な弓なのだった。

 いっぱいまで引き絞られて、やがて――。

 その瞬間、最愛の人の名を呼んで、肉の張った尻が、ぶるんっと引き攣ったようになって頭の中で光が弾けた。刹那、硬直してピンと張り詰めた体はすぐにまた力を失ってその場にくずおれてしまう。

 彼女にしかできないやり方で情熱をほとばしらせたのだった。

 ベンチに突っ伏して座面に圧しつぶされた乳房が、乱れた呼吸に合わせて量感もあらわに、はじけてしまいそうなほど真っ白い肉を輝かせている。

 背中をわななかせながら肉慾に堕ちていく、その無防備な姿はどこまでも柔媚でしどけなく、そして愛らしさに溢れていた。

 身も心も許した相手にだけ見せる、気貴く心やさしい女性の負けきった美しい姿。

 歓びを迎え入れた後も、女の中心から生まれた波が余韻となって二度、三度と全身を駆け抜けていく。体からゆっくりと熱が放たれていくにつれて、操祈は夢見心地の異世界から気だるい充実感のある現実へと引き戻されていくのだった。

 つい今しがたまで耳元に聞こえていた蝉の鳴き声がいつしか遠のいていき、やがて聞こえなくなっていった。

 少年は女の肉うろから染み出す恥ずかしい蜜のそのひとしずくさえ漏らさず舐めとろうと今もくまなく舌と唇を這わせていた。が、歓びへと誘う時とは違っていちばん敏感な部分を避けるようにしていて、そのために一つ一つの動きに彼の優しさと思いやりとがのっているのが感じられるのだった。

 操祈がようやく体を起こした時、少年の顔は、まるで産み落としたばかりの赤子のようになって、彼女にしかつくれない体臭に包まれていて、胸にどうしようもないほどの感情が膨らんでくる。

「……いけない子……」

「いいにおい……ボク、先生のにおいが、大好きだから……」

「エッチ……」

 両腕の間に頭を垂れて、跨いだ股間に向けてはにかんだ笑みを送る。かけがえのない最愛の恋人から自身の秘所の匂いを好まれて言葉にならないくらい嬉しいのだが、それと同じくらいとても恥ずかしいのだった。

 

“この子はみんな知っているんだ、あたしの恥ずかしいところをなにもかも……”

 

「それにとっても美味しいです……ちょっと酸っぱかったり、しょっぱかったりするのに、どんな蜜よりもあまーく感じる……」

 あられもないことを口にしながら粘膜に残る滴をペロリと舐めとって、そのままいちばん敏感な尖りをやさしく掠めた瞬間、腰がキュンと跳ねて操祈の目の奥に火花が散った。その危険から逃れようとする反応は女体の脆さ、弱さのすなおな表れで、性戯を加える側の男の目を愉しませずにはおかないものでもあった。

 少年の唇にふたたび愛の尖りを捉えられて、彼女は甘い啼き声を発して応えている。

「レイくんっ……ダメっ……また、いっちゃうっ……」

 すっかりしどけなくなった体は、すぐに真奥が蠢き始めてまた熱いものが溶け出してきてしまうようになっていた。

 股間から半透明の粘液が糸を引いて落ちるのを嬉しそうに見つめながら、

「ホラまた美味しいヌルヌルがいっぱい……」

 少年は口を開いて受け止めようとしている。

「言わないでっ――」

「だって、大好きな先生のカラダがつくってくれたものだから……ボクにとって何よりも素敵なご褒美なんですよ」

 言葉と行為の両方で、心と体のどちらからも責められて操祈は泣き笑いになっている。

「こんなにもきれいな女の人と、こんなにステキなことができるなんて……このまま死んでもいいと思うくらい、幸せ……」

 彼の手の動きも口づけも、いっぱいの愛情に溢れていて敏感な肌はその全てを懸命に受け止めている。

 愛される性であることの歓びに全身を感動させて。

「愛してるわ……レイくん……あなたのことが好きよ……大好き……」

「ボク、ずっと……永遠に、先生のことを抱いていたい……それがボクの夢です……ぜったいに叶えたい夢……」

「――!?――」

 熱に浮かされた頭で、それって、どういうこと――? と、操祈は思う。

 まるで彼からプロポーズをされているようだったからだ。

 けれど、すぐにそんなはずはないと戒める。

 だって彼はまだ十五歳になったばかり、人生がはじまったばかりの男の子なのだ。そんな子供が今から自分の未来を縛るようなことをするはずがなかった。

 否、むしろそんな考えをしようものなら窘めないといけない。

 教師として、大人の女として――。

 そもそも、そのつもりで始めた関係のはずなのだった。

 せめてもの矜持として、レイとの親密な交際は彼の成長を助けるものでなければならない。

 自分の存在が悩み多き思春期を乗り越えていくよすがとなるのなら、それはそれで構わない。こうしたことも教育者としての務めとなりうるかもしれない、と。

 言い訳としてはいささか苦しくても、自分の逸脱した行動を許せるギリギリのラインをそこに見出していたのだ。

 それに、そもそも男の子は移り気なもの。すぐにもっと若くて可愛い女の子を見つけて夢中になってしまうのだろう、自分なんかを置き去りにして通り過ぎていってしまうのだから……。

 操祈はそれでもいいと思っていたのだった。

 少年の今のこの情熱が、やがて彼にとってのひなびた思い出の一つになってしまうのだとしても、それはそれでかまわないし、その覚悟はできているつもりだった。

 でも……。

 体を交えることで、彼女の心にも大きな変化が生まれてしまっている。

 教え子の巣立ちを願いながらも、愛する人を独占してずっとそばに置いておきたいと期待してしまう。

 心の内ではこの恋が終わらなければいいと願ってしまうのだ。

 つくづく自分は女なのだと思う。

 肌と体で睦んだ相手は誰よりも特別な存在になる――。

 肉親にすら見せない姿を彼にだけは見せているのだから……それはもうどうしようもないことのように思われるのだった。

「先生、今度は仰向けになってください」

 また彼に命じられる。

「……?……」

 てっきり解き放たれたとばかり思っていた操祈は、きょとんと要領をえない顔をしている。赤らめた面差しに瞳を大きくした驚きの表情は、事後には不釣り合いなほどちょっと幼気で愛くるしい。

「終わったと思ったんですか?」

「ちがうの……?」

「まだおしまいじゃありませんよ、続きをするんですから。ボク、先生のこと、全然食べ足りないから」

「食べるって……もう……」

 拗ねて唇をとがらせるが、そこに教師でいる時の顔などどこにも残ってはいなかった。

 ましてや黒いコートに身を包んでいた時の、シックで落ち着いた雰囲気の極上の美女から、一気に十歳も巻戻っているようで、少年のクラスメートに見えるくらいにまでなってしまっている。

 はにかんだり、むくれたり甘えたりと表情がくるくる変わるのは、日頃の理知的な美貌との落差もあって間近にしている男には瞬きをするのも惜しくなるほど目が離せない魅力となっているに違いなかった。

「だって、こんなにかわいい顔されたら、放っておくことなんてできないじゃないですか」

「カワイイだなんてナマイキ言って、あたし、レイくんの先生なんだゾ」

「ええ、わかってますよ……でも、今はボクの恋人です、誰よりも大切な女の人、この世でいちばん可愛いオンナのコ」

「そんなこと言って……ずるい……」

 肩を抱かれてすなおにベンチに座ると、すぐ近くに迫る恋人の嬉しげな顔をまんじりとしながら、彼の手に促されるままに今度はベンチに身を横たえるのだった。

「両脚を抱えるようにしてください」

 少年の黒い瞳が操祈の目をまっすぐに捉えて命じている。彼が自分をどうしたいのかは分かっていた。

 ベッドにいる時でもすごく抵抗感のある体位。

 それでもしかたなく、いいわ――と、首肯いてしまう。もう今更、と、ちょっと投げやりな気分でもあった。

 しかし体位を変えると、やっぱり脚を開く時には別の新たな抵抗感があって、粘膜が展く感覚には恥ずかしさを意識しないわけにはいかなくなるのだ。

 それでも操祈は覚悟をきめて、どうぞご覧ください、とばかりに両脚を胸に抱えるようにする。女の隠しどころをどこまでも露わにする体位に。

 見上げた青空に白く輝く積乱雲がかかっているのが目に映って、訝しげに眉を翳らせていたが、それもほんの数瞬のこと、恋人に体を触れられるとすぐにどうでも良くなってしまう。

 そんなふうになってもまだ満足してもらえないのか、彼の手がさらに脚を左右にいっぱいに開くようにしていて、さらなる開脚を促された操祈はただなされるままになっているのだった。

 レイはベンチの端に跪いて、両手で彼女の股間の柔肉をぱっくりと左右に展げて内側に潜めていた秘密の粘膜の一切を剥き出しにしようとしていた。操祈の顔と股間とを交互に見比べるようにしながらニッコリ笑顔を向けている。

「きれい……なんてきれいなんだろう……先生は顔だけじゃなくて、こっちもすごい別嬪さんだから……」

 湿地帯のデルタを飾る飴色の和毛は蜜に濡れて根元の方が色味を濃くしていたが毛端はキラキラと黄金色に輝いていた。肉厚で目にも柔らかな白い唇の間には朱を潜めたような一対の花びらが咲いていて、秘密を湛えていた深い谷間の底まで白日の元に晒されている。

 あまりにも繊細な真珠のきらめきはさながら愛の化身のように、それがどれほど尊い神秘であるのかを教えているようなのだ。

 その肉真珠が纏うフードの上から指のはらで優しく撫でられて、操祈は甘い刺戟に辛そうに目を細めるのだった。

「先生、目を逸らさずにボクを見ていて下さい」

 少年の瞳に視線を捉えられる。見つめ合うなかで

「じゃあ、こっちはどうですか……」

 今度は顎側を指の腹で撫でられて、腰がピクリと跳ね上がった。と、操祈の目に映っていた彼の顔も、一瞬、ハレーションを起こしてしまっている。

 でも、あまりの甘美さに目を閉じようとすると、彼はそれを許してはくれないのだ。

「ホラ、ダメですよ、ボクを見ていてくれないと」

 操祈が怪訝そうにしているのを察したのか、

「先生にはボクが食べているところを見ていて欲しいからです」

 少年は言ったが、まだよく意味がのみこめずにいる。

「どうして……?」

「先生にボクのことを忘れずにいてもらうためにです」

「……?……」

「ボクたちが愛し合っていることを何があっても忘れないで欲しいから……キミがボクのことを必ず思い出してくれるように……」

 まるで操祈が少年のことを忘れてしまうような物言いをしている。

「よく、わからないわ……」

「いいんです、今はわからなくても……ボクはキミのことを忘れるはずはないけど……キミはボクにとっての女神だから……だから大切にしないと……こんなにきれいな姿をした生きものは、けして傷がつかないように守らないと……」

 少年の指がまたやさしくそこを撫でてきて、操祈の視界はまた真っ白になってしまった。それでも眩い衝撃を乗り越えると、また像を結んできて彼の真剣な顔が映るようになるのだった。

「こうすると気持ちいいですよね……」

 操祈は細かく首肯くことで、せつない事情を訴える。

 けして痛まないようにデリケートなタッチで撫でられている。彼のやさしさが直に伝わる甘美な刺戟。

「では……こうするとどうですか……」

 今度は裏の方を指で捉えられていて、たちまち心が挫けそうになってしまった。

「レイくんっ……それ……それは、ダメなのっ……」

 そこは別の意味で彼女を悩ませることになる致命のウィークポイントだった。じっくり撫でられていると別の意味で我を失うことになる。

「ダメですか?」

「うん……おかしくなっちゃう……」

 もどかしげにお尻をふるわせて訴えたが、むろん聞き入れてはもらえない。彼は嬉しそうに笑顔でいるばかり。

「でもボクは先生のココも大好物だから、ちゃんと食べますよ」

「………」

「そうできるのは、キミがボクにとっての本当に特別な人、女神だから……人にはタブーでできないことも、女神さまを相手にする時には少しもイケナイことにはならないんです」

 わけのわからない理由を聞かされて、幼女がイヤイヤをするように首を振る。

「あたし、女神なんかじゃないわ……ただの女よ……普通の女……だから、こんな恥ずかしいことをしてるのよっ……あっ……」

 また顎にも指を添えられて、二つの場所を同時に責められて、操祈の言葉は封じられてしまうのだった。

「ホラ、また目を閉じてる。ダメですよ、ちゃんと見ていてくれないと」 

「………」

「ボクもキミがイクところを見届けたいんです。絶対に忘れないように目に焼き付けておきたいから……キミのいちばん美しくて愛らしい姿を見ていたい……さあ、両腕を頭の上に持ち上げて……」

 両膝の裏にかかっていた手を彼の手に譲って、言われた通りに両腕を頭の上に運んだ。それは全てを投げ出した屈服のポーズなのだった。何もかもゆだねることを受け容れさせられた、虐げられる者の姿に。

 こんなの、とても女神のすることじゃないと思う。

 でも――。

「きれいです……とてもステキ、先生の美しいところがみんな見えるなんて……腋の下、巨きくて格好のいいおっぱい、お臍……そして……」

 少年が開いた股間に顔を寄せていくのを、操祈は息をのんで唇を結んで見守っていた。もしかしたら、こんな風に彼がするのを見ているのは初めてかもしれないと思いながら……。

 

“ああ、なんてやさしい……そんな顔されたら……あたし……”

 

 秘密の匂いを嗅いでいる時の彼の様子に胸をうたれていた。

 

“……こんなに幸せそうにしているなんて……”

 

 いつでも、どんなときでも冷静でいる知的な黒い瞳がどこか哀しげに、メランコリックな光を放っていて、まるで最愛の幼い娘を見守る父親のような慈愛を感じたからだった。

「……いいにおい……心のやさしい女神さまのにおい……みんな先生が教えてくれたんです……女神さまの肌のにおいと味を……それがどんなにステキな奇跡なのかってことを……」

「……レイくん……」

「キミの初めての時のにおいも、キミが初めて歓びを迎えた時の蜜の味もボクは覚えています……デートのたびにキミの体が少しだけ違う香りをさせて、少しだけ別の味になるのを、ボクはみんな知っているんです。先生のカラダはいつでも新鮮で、どんなに迫っても辿り着かないこの上なく甘美な神秘だってことを……今だってキミは、さっきのキミとは違っていて、またボクを悩ませて新たな歓びへと誘ってくれている……」

 初めて聞かされる彼の言葉にも操祈は驚かされていた。少年がそんな風に自分を見ていたのだとは思ってもいなかったのだ。

 敏感な肉芽を唇に捉えられても、痺れるような甘い感覚に堪えて、意識を刈り取られまいと気を張って少年の仕草を見つめていた。

「だから……もっともっと、女神さまのことを知りたい……教えて下さい……先生のカラダの秘密を……これからもずっと……ずっと……いつまでも……」

 たいそうな物言いは、子供の一時の世迷言、と受け流すこともできたのかもしれない。

 それでも今は、今だけは、彼の思いにすなおになって応えなければいけないと思うのだ。

 操祈は両手を愛しい人の髪の中に差し入れて、自ら股間へと、愛して欲しいと思うところへと導くのだった。

「いいわ……あなたが望むのなら、そうなさい……わたしにできることなら何でもするから……」

 少年の繰り出す思いのこもった愛撫の抗いがたい魅力に息をはずませながら必死でうったえる。

 これが今の自分たちの愛のありようだというのなら、それでもいいと。

「愛しているわ……あなたのことを……あたしだって、レイくんのこと、知りたいことがいっぱいあるんだから……」

 自分にこんなにも一途な忠誠を示して、愛情を注いでくれる相手のことを操祈はまだほとんど何も知らないと言っていいほど知らずにいる。

 セックスの時は今も一方通行。自分は裸にされているのに彼はまだ制服を着たままでいる。同じような愛撫をお返ししたいと思っても、彼はけっして許してはくれないのだ。

「ボクのことなんて、先生はなんでも知ってるじゃないですか」

「……?……」

「ボクは先生のことが大好きで、先生のことが誰よりも大切で……そして先生のカラダの秘密を先生ご自身よりもよく知っているってことを……」

「もう……いつも、そんなこと言ってはぐらかすんだからぁ……はぁっ……レイくんっ、そこはっ」

 くっ、と身をかたくして濃い刺戟に堪える。

 一箇所どころか三つの急所が同時に捉えられてしまい、その甘美さはもはや拷問と言ってもいいほどだった。

 あっという間に意識がとんでしまって、気がつくとだらしなく体液を垂れ流してしまっている。

「かわいい……先生がかわいくて……」

 口づけの合間に満たされた笑顔を向けていて、歓びを迎え入れた後の女には、それはとても眩しく映る。

 少年は、感動した女体が溢れさせたものを丹念にすすりながら、肉うろの中にまで舌をもぐりこませようとしていて、しかたなく操祈も腰を浮かせると、それがやり易くなるように進んで迎え入れようとするのだった。

 

 

 

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