ボーイ8メンタルアウトアウト~学園都市編~ 作:真夜中のミネルヴァ
ⅩⅣ
水着に着替えた操祈がおそるおそる更衣室を出ると、待ちかまえていた少女たちの視線が一斉に集まり、声にならない嘆声がそちこちでこぼれて、曰く言い難い雰囲気が場を
肌の白さと清潔感のある白い水着、それに相反するようなグラマラスな肢体が少女たちの目を惹きつけているのだった。
骨細の伸びやかな四肢とよく締まったウエストのくびれは華奢で幼さすら感じさせるのに、胸と臀部の見事なまでの充実は成熟した大人の女のものだった。柔らかそうでありながら張りもあって、描く曲線は優雅で甘く、体の動きによって姿を変える陰影は、同性であっても正視するのを躊躇うようなひっそりとした謎をたたえているようなのだった。
ただ操祈にしてみれば、少女たちの好奇の視線はたとえ悪意の無いものであったとしても、やはり気になるのだ。生徒たちにこうした恥ずかしい姿を見られていることには教師として差し障りを感じてしまう。
「先生、こちらです」と言って唯香が操祈を案内して先に立った。
だから自分の担任するクラスの教え子であり、ともにミスコンに参加をさせられることになった“犠牲者”でもある唯香の存在は、この場では心強く、救いと感じられるのだった。
操祈は舘野唯香が演劇部だったことを思い出したが、今は撮影部のサポートに入って彼女の介添え役を買って出てくれているらしい。
活動内容からみても近しい関係にある演劇部と撮影部は、必要に応じて互いに部員の融通をしあっていることが窺えた。
「撮影に入る前に、まずは身体計測をさせていただきますので」
唯香はホルターネックのビキニになった操祈を体測スキャナーのある方へと連れて行く。
「下の二つのランプを両足の土踏まずのところで踏むようにされて下さい。両手は頭の後ろに組むようにして……ここには女の子しかいませんから、お気遣いなく大胆に」
スキャナーは直径が1メートルほど、高さが十五センチほどの丸い台状をしたもので、被験者はその上にあがると幾種類もの光源によって全身をくまなく走査されて、身体の形状を精密に測定される。操祈はこの検査を成人してからも過去に一度だけ経験しているが、プライバシーデータを丸取りされるようで女にとっては気持ちのいいものではなく、好きではなかったのだが、みながやっていると言われれば止むを得なかった。
指示されるままに台の上に乗る。
だがいかに同性であってもひと前で無防備な姿を晒すことには抵抗があって、手を頭の後ろに組んではみたものの肩を寄せて、体を庇おうとするポーズになってしまうのだった。
するとすぐに「それだと先生の美しいバストラインが隠れてしまうので――」と、ダメ出しをされたあげくに
「おもいっきり男の子を悩殺するつもりで、はっきり腋の下が見えるように」とまで言われてしまったので、操祈のささやかな抵抗もそれまでだった。
「そのまま五つ数えるあいだ、じっとされてて下さい」
計測器のスイッチが押され、身の回りの空間で低い作動音が上下するのが聞こえはじめた。
“うわさには聞いてはいたけど、操祈先生って本当にスゴいわね、服を脱ぐとこんなに雰囲気が変わっちゃうなんて、もう反則よ……ぜったいに彼氏には見せたくないわ……”
“……お綺麗よね、ただただため息がでちゃう……”
“こりゃビッグフォーもうかうかしてられないわよ、ここにきてダークホースっていうか本命登場っていうか”
“たしかにウチら常盤台の秘密兵器よね……クイーンの目だってありそうな……”
“でもそうなったらなったで、またひと騒ぎになっちゃうかもしれないんだけど……”
“後から資格を云々するようなKYさんが出てこないとも限らないしね……とくにあっちの方角から……”
スキャナーの周りにいた少女たちは身動きの取れない操祈を眺めながらお喋りをし、顔を見合わせては頷いていた。
「ハイ、もう結構です、お疲れさまでした」
唯香に言われて操祈が台から降りると、すぐに渡されたローブに身を包んだ。少女たちの視線が痛かったので、ちょっとほっとする。長い髪をふっさりと襟の外に出して、だらしなく着崩れないようにきちんと腰紐を締めた。
「先生、こちらへどうぞ。得られたご自身のデータをご確認下さい」
別の少女が操祈をディスプレイのあるところへと案内した。
そこには画像とともに身体的特徴を捉えたさまざまな数値が並んでいて、オペレーターをしていた少女が、
「こんなにシンメトリーポイントの高い方って初めてです……97.6って、人間の体の素材である蛋白質の構造体としては理論値としてほぼ限界なんです。仮に先生のお体が全身プラスチックでできていたとしても、このスコアと殆ど変わらないんじゃないでしょうか……」
「………」
「要するに、完璧、っていうことです」
「あの……」
操祈が気にしていたのはやはりデータの管理だった。
利発な少女はすぐにそれを察して、
「先生の個人情報は公開されませんのでご懸念には及びません、いまこの瞬間に……」
リターンキーを押して
「これでご自身のパスワードからしかデータバンクにはアクセスできなくなりました。私たちを含めて、先生以外によるデータの閲覧はできませんので、パスワード管理にはご注意下さい」
操祈は納得したが、
「じゃあ、撮影の前にボディスキャンをする理由はどうして?」
ウォーキングの撮影をするだけだと思っていたので、確かめておきたかったのだった。
「それはコンテスト用の基本データを抽出するためです」
「基本データ……?」
「身長、体重、それにスリーサイズです。コンテストで開示される時には、小数点以下を四捨五入してさらに数字を丸めますが」
「それでも女にとっては十分に差し支えのあるデータよね……いまどき女の子の価値をそんなもので測ろうとするなんて……」
操祈は不満を口にする。
「まぁ、水着審査があるってだけで当然、女子の一部からは拒絶反応が出るくらいですから……ミスコン自体がそういう主旨のものだと思って諦めていただくしかないですね」
「でも、先生、頑張って下さいね」
「頑張れって言われても……」
「だってここにいる子たちって、唯香ちゃんを除けば選ばれなかった子ってワケで……」
「こういうことをすると、選ばれる子とそうではない子っていう学内ヒエラルヒーが自然にできちゃうんですよ」
「ヒエラルヒーって、もうそういうことから卒業したんじゃなかったの? 能力者の優遇も終わったし……そりゃ私たちの頃は酷かったと思うけど……」
能力の上下が人としての価値をきめると看做されていた時代を思うと、今は遥かに風通しが良くなっていると思うのだった。
「操祈先生、立て前はそうなんですけど、人は集まれば自然に上下関係ができちゃうものなんですよ。だから今、ここでは私たちの中で唯香ちゃんがいちばんエライんです」
「なにいってるのよ留美ちゃん、そんな心にもないことっ」
「へへぇ……でも、やっぱり羨ましいってのもあるんだから、だって彼氏に自慢できるじゃない。わたし美人コンテストでクラス代表になったよって。唯はさすが演劇部副部長ってだけはあるなって、尊敬してますよっ」
「たいして違わないわよ、私だって間違いなくファイナリストにはなれないから……」
半ば諦め顔で唯香もそう訴えた。
「でも先生にはファイナルに残って欲しいんです、できればクイーンになっていただきたくて……」
「これ以上無理を言わないで、ファイナルに残るのは約四千人の中の二十人でしょ、二百分の一の確率よ、0.5パーセントっていうのは偶然に起きるのを期待できるようなイベントじゃないの、だから、もうこれ以上恥ずかしい思いをしないで済むとは思うんだけど」
「………」
少女たちは怪訝そうに眉を寄せ、無言で互いに顔を見合わせた。
「先生はミスコンの意味ってわかってらっしゃいますよね?」
「ええ、みんながたくさん居る女の子たちの中から自分の好みの女の子に投票するんでしょ? それで集まった票の多い人がコンテストの一番になる」
操祈がそう言うと、少女たちはまたもどかしげに首を捻りつつ互いに相手の顔色を窺っていた。
「間違ってはいないわよね……」
少女の一人が他の少女たちに訊くとはなく訊いた。
「……間違いではないと思うんだけど……でもなんか違うような……っていうか重要な点で間違っているような……」
「あの操祈先生、先生は女の子が男の子を好きになる時って、どういう時だと思われますか? たとえば先生は男性の容姿に好みとかおありですか? お好きなタレントとか……」
「うーん、よくわからないわねぇ……容姿は人それぞれに好みが違うだろうし……好きになると相手の容姿はあまり関係がなくなっちゃうと思うし……」
少女たちは合点がいった、というように頷き合っていた。
「きっとこれまで先生はご自身の容姿についてストレスを感じられたこととか、コンプレックスとかを経験されたことがないんですね……」
「……コンプレックスならたくさんあるわ……とりかえしのつかない過ちとか、愚かな失敗なら数えきれないほどしているから……」
「私たちが言いたいのはそういうことじゃなくて……先生の時代とは違うのかもしれませんが、でも、私たちの世代にも能力者のランクがあって、はっきりとした階級があるってことなんです」
「……?……」
「たとえば今度のミスコンは、あからさまに言えば、女の子の容姿の品評会です。主催者側がどんな飾り事を唱えても、その事実は動きません」
「女の子にとって容姿っていうのはある種の能力、異性を魅惑する能力だと言い換えれば、能力至上主義っていうの今だって全く同じなんですよ」
「そんなふうに考えるのは、嫌だな……能力があって良かったと思うことなんて私には無いから……ただ自分を愚かにするだけで……」
「そうお感じになられるのは、それは先生が恵まれていらっしゃるからです……」
少女の言葉は操祈の胸をうつものだった。本音だとわかる物言いをしていたからだった。
「舘野さんもそう思うの?」
操祈は居合わせた中でいちばん馴染みのある少女に尋いた。
少女はこっくりと頷き、操祈の表情が翳る。
「……わたし……やっぱり昔と何も変わってないのね……莫迦なままで……」
操祈の消沈したようすに逆に少女たちの方が色を失った。
「ちがうんです、先生っ、ただ私たちは先生にミスコンで勝って欲しくて、それを言いたかっただけなのでっ」
「応援しますからっ、だから――」
「ありがとう、でも、あまり期待しないでちょうだい……そもそも最高齢のエントリーなんだゾっ」